ワンダと俺と妹と
2006/06/24 20:24 登録: えっちな名無しさん
今日は文化祭の日だ。妹のだが。その日を俺は待ちわびていた。
妹は色々準備があるらしく、朝早くに出て行った。
「お兄ちゃん今日楽しみにしててよね!」
妹はまだ寝ている俺にそう言って出て行った。妹と俺は3つ違いなのだが、
仲はいい方だと思う。妹は吹奏楽部に在籍しており、今日の高校の文化祭で演奏する予定なのだ。
問題は演目だ。
俺は常々思っていた。こういう文化祭という華やかな場でシューベルトや
バッハとか、アホかと。
もう俺の個人的趣味でしかないが、ゲームミュージックを演奏してほしかった。
やはり、ドラクエは外せない。ぜひ、「広野を行く」が聞きたい。1のフィールドの曲だ。
まあ、名曲中の名曲だろう。
俺は妹に頼み込んだ訳なのだが、意外と簡単に「いいよ。主将に頼んでみる」とのことだった。
結局、部内での話し合いの結果、「面白い試みじゃない?」ということでOKが出たとの事だった。
そうと決まれば目的は一つだ。俺はどうしても聞きたい一曲があった。それは「ワンダと巨像」という
ゲームで使われている「甦る力」という曲だ。ゲーム中、主人公ワンダの何十倍もあろうかという
巨像に立ち向かう時に使用されている名曲だ。俺に言わせればゲーム史に残る名曲だ。
これをぜひ生で聞きたかった俺は、とりあえず妹にサントラを聞かせた。
「何かいいね。練習しがいがあるよ」
「マジで頼むよ!俺どうしても生で聞きたいんだ!」
「お兄ちゃん必死すぎwwwwwww」
これが3ヶ月前の話だ。それから毎日遅くまで練習にあけくれていたのだろう。妹はいつも
疲れた顔で帰ってきては「お兄ちゃん焼きプリン買ってきてくれた?」と冗談を言っていた。
普通に買って来る俺も俺だが。
「お疲れさん練習うまくいってる?」
そういって俺は冷えた麦茶を妹に出した。
それを妹は一気に飲み干すと、
「ぷはー!!この一杯のために今日は頑張ったよ!!」
と笑顔で言った。
「夏美。ところで『甦る力』の仕上がり具合はどんな感じ?俺はもうそれだかけが心配で」
「正直まだまだだね。一体感が出てないっていうか。でも本番までにはキッチリしあげるから」
「うん。超楽しみ。いい妹を持ったよ・・・・・・・・」
それからというもの、風呂上りに妹の肩を揉むのが日課になってしまった。
俺がテレビを見ていると無言でおれの膝の間に座ってくる。
「はい。お兄ちゃん」
「え?」
「肩揉んで」
「はいはい」
しばらく揉んでいると寝てしまった。気持ちよさそうな顔をしている妹だった。妹よ、お疲れ様。
見たいテレビを見終わると妹をかかえて妹のベットに運んでやる。
途中母さんに「あらあら。いいお兄ちゃんねwwwww」とひやかされるのも日課だ。
ていうか、手伝えよ!!
そして、今日がその文化祭当日だ。たしか12時から演奏だと言っていた。
10時くらいに行って、時間まで色々見て回るか。
妹の高校に着くと正門の前に妹がいた。
「あ!早いじゃん。もっと遅いかと思ってた」
「ああ。何か色々見てまわろうかと思って」
「じゃあ、あたし、11時から準備があるからそれまで案内してあげるよ」
「おう。ありがと」
その時だった。変な音が俺たち兄妹を包んだのは。
「ヒューヒュー!!」
見ると、2人の女子高生が口笛ではなく、声で「ヒューヒュー」と言っていた。
「夏美。誰だあの面白いやつは」
「部活の友達。しかし、今どきヒューヒューはないよね」
「あれは無しだな。見てるこっちが恥ずかしい」
「もう!トモちゃん!ユウちゃん!何してんの!」
「夏美〜!それがいつも言ってるラブラブお兄ちゃんね!」
何?
「ちょ、ちょっと!!」
そう叫ぶと、妹と2人の友達は学校の奥へ猛ダッシュで消えていった。
「おい、案内は・・・・・・・・」
何だ?ラブラブお兄ちゃん?いつも俺の事何て言ってんだろう。
ラブラブお兄ちゃんか・・・・・・・・・・
そんな事を考えていると妹が戻ってきた。
「知ったなあ!」
「何をだ。それよりラブラブお兄ちゃんって何だ」
「どーせ私はブラコンですよ!ふん!!」
「ふんってお前・・・・・・・・」
「もう案内してあげない!」
「何で怒ってんだ。大丈夫。ちゃんと分かってるから。言葉にしづらいがブラコンってのも
ちょっと違うと思うぞ。仲のいい兄妹ってところだろ。俺も夏美の事大好きだしな」
「そ、そう?」
「ちなみに、心理学的に『好き』って言うより『大好き』と言った方がマジっぽさが薄れる効果がある」
「ぷっ、何の解説よwwwww」
「じゃ、さっそく案内してくれ」
「わかったよ。もう!」
そう言うと妹はテレながら笑った。
喫茶店やお化け屋敷など定番のものはやっぱりお約束というか、あるもんである。
喫茶店で、何故かたこ焼きをほおばる俺と妹だった。
「お兄ちゃん青海苔ついてるよ」
「夏美だって。こいつめー!」
シャレでおでこをコツンやる。我ながらサムい。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「ん?どうした?」
「今日本当にやるんだね。今まで練習した成果がちゃんと出ると思うけど、でもやっぱり心配。
失敗したらどうしようとか考えると昨日あんまり寝れなくてさ」
「夏美。大丈夫だって。大切なのは楽しむ事だぞ。うまくやろうとするんじゃなくて、楽しもうとするんだ」
「うん・・・・・・・・・あのさあ、ちょっと手出して」
「ん?ああ」
俺が手を出すと妹は俺の手をギュッと握ってきた。
妹は目をつぶって何か考え事をしてるような雰囲気だ。
妹は何か勇気を出す時にいつもこれをやる。「今の何?」と聞いても毎回はぐらかされるので
意味は今も分からないままだ。
「前から思ってたけど、これ何?」
「あたしだけのおまじない。お兄ちゃんは分からなくていいの!」
その時の妹の目はとても優しい目をしていた。正直ドキッとした。
何か、妹の中で大切な何かがあるんだろう。俺は無理にそれを聞き出そうとは思わない。
いつかは知りたいけど。
「ふふwwwww」
「何だお前は。気色の悪い笑い方をするな」
「いいもーん。元気出たし。私そろそろ時間だから行くね」
「あ、ああ。頑張ってな!」
「うん。期待してて!」
「甦る力だけはマジで頼むぞ!」
「あれ、いい曲だからラストのトリだよ!期待してて!」
時間がそろそろ近付いてきたため体育館に向かった。
妹の高校の体育館はそれほど大きなものではなく、こじんまりしていた。
しかし、これは逆にいいのかもしれない。吹奏楽の演奏を聴くのには一体感が必要だ。
これくらいがいいのかもしれない。何事もプラス思考だ。
中に入ると結構な人がいた。子供連れの親子が多い。俺は真ん中あたりの椅子に座った。
「あと15分くらいで始まりか。妹は確かトランペット担当のはずだ」
妹達の演奏が成功するように祈っているとピローンというメールの着信音がした。
開くと妹からだ。
「どうしよう。すっごい緊張してきた」
そうメールには書かれていた。何か緊張をほぐすメールでもするか。
「こんな時に悪いが、最近1枚下着がなくなったって言ってたろ。あれ、犯人俺だ。
変態兄ですまん・・・・・・・orz」
本当は風で飛んだだけなのだが。
すぐに返事が来た。
「なんかさ、最近お兄ちゃんの本当の意図が色々分かるようになってきたんだよね。
笑わせようとしてくれたんでしょ今のメール。ありがとwwwww何か元気でてきた」
そのメールを見て俺は一瞬固まった。本心を見抜かれているのだろうか。
やっぱり兄妹だなあ・・・・・・・・・・・・・・・・・・一応次のようなメールも送った。
「いやマジだ。ちなみに、はいてはいないから安心汁」
癖で語尾を「汁」で送ってしまった。
「どんだけ変態なんじゃwww伸びてたら弁償だよ!!」
なぜかその返信を見てほっとする俺だった。というか、本番前に準備は大丈夫なんだろうか。
しばらくすると吹奏楽部の部員が続々ステージの上に出てきた。妹もその中にいた。
妹は俺の方を見て手を振ってきた。これだけ人が居るのに一発で俺を見つけるのが凄い。
まずは主将の挨拶からはじまる。
「本日は我が吹奏楽部の演奏を聴きに来てくださって、本当にありがとうございます。
今日は最後まで楽しんでいってください」
一曲目は何だろうか。案内には演奏曲目が載っていない。妹曰く、「サプライズ効果だよ!」
との事だった。意味が分からなかった俺は「小泉首相と同レベルか」と返しておいた。
そしていよいよ演奏が始まる。このドキドキ感が俺は好きだ。
一曲目はドラゴンクエストの「序曲のマーチ」だった。しかもロト編だ。
これは恐らく知らない人はいないだろう。演奏がホール全体に響きわたる。
こじんまりしているこの体育館ではミスはすぐ分かる。
だが、一曲目を聴いてそれもいらぬ心配だったのかもしれないと思った。
高音のメロディーラインを思い切って、だか丁寧に演奏している。かなりのハイレベルな演奏だ。
「甦る力」まじで期待できる。この演奏なら。
妹、吹奏楽部の部員達。頑張ったんだな。
絶対に成功させてやるという心意気が、一曲目から全て伝わってきた。
一曲目が終わると拍手の嵐が起こった。体育館からもれる音に引き寄せられ席は満席になっていた。
体育館いっぱいに人がいて、立って聴いている人もかなりの数だ。
続いて演奏された曲は「ゼルダの伝説」のメインテーマ曲だった。これもかなり有名な曲だ。
楽しい。楽しすぎる。本当にいい妹を持った。こんなにワクワクドキドキするのは何年ぶりだろう。
ずっとこの演奏を聴いていたい。俺は心からそう思った。
ステージの妹はいつも家で見せる顔とは違っていた。真剣な顔。あんな顔もするんだな。
そんな事を考えていると曲が変わっていた。ドラクエ3のゾーマ戦の戦闘曲だ。
これは実は妹に無理に頼んで入れてもらった演目だ。いい。やばい。テンション上がってきた。
その後も、けしてマニアックではない曲が演奏された。たとえばマリオとか。
ゲームミュージックというのは結構、根付いているんじゃないだろうか。
演奏後の拍手の嵐と、観客の楽しそうな顔がそれを物語っている気がした。
1時間ほど経った頃、一人の部員がステージで立ち上がりマイクの前に立った。
妹の夏美ではないか。
「みなさん。いよいよ次で最後になります。この曲はもしかしたら知らない方も多いかもしれませんが、
私達がこの2ヶ月間、一番練習した曲です。ラストを飾るにふさわしい一曲だと思います。聴いてください。ゲーム『ワンダと巨像』から甦る力です」
妹はずっと俺を見ながら喋っていた。
そしていよいよ最後の演目が始まった。
凄いデキだった。これは相当練習したのではないか。各楽器が見事に調和している。
バランスがいい。大抵失敗するのは特定の楽器が音を出しすぎて目立ちすぎて、他の楽器のいい部分が殺されてたりするものだ。だが、妹達の演奏は見事に調和している。
いい!!やべえ、よすぎる!!!!
その最後の一曲で会場と演奏が一つになった不思議な感覚がした。不思議な連帯感とでもいうのか。
とても幸せな感覚だ。ずっとこの場にいたい。そう思わせる感覚だ。
夏美相当練習したんだろうなあ。もっと、肩揉んでやればよかったなあ。
気が付くと何故か涙が出ていた。
「あれ?」
ハンカチがないので服の袖で涙をぬぐう。その涙は、妹に対する思いと演奏の素晴らしさから来るものだった。
曲が終わる。
「本日は本当に我が吹奏楽部の演奏を聴いていただき、
本当にありがとうございました」
主将の終わりの挨拶と共に盛大な拍手が巻き起こる。俺も負けじと手が痛くなるまで拍手した。皆がやめても叩いていたため、周りから変な目で見られたが関係ない。
いい演奏だった。これほど感動したのは初めてかもしれない。
しばらく席で放心していると妹がやってきた。
「お兄ちゃんどうだった?」
「夏美!良かったよ!本当に良かった!俺感動して泣いちゃったぜ。お兄ちゃんを泣か せおって!悪い妹だwwwwww」
「そうwwwよかったあ。練習きつかったけど頑張ってよかった。私、お兄ちゃんのその一言が聞きたかった」
「そういえばラストの前、喋ってたな」
「うん。本当は主将がやる予定だったんだけど、無理言って代わってもらったの」
「感動した!!」
「小泉首相wwwww」
「国民栄誉賞ものだ!!!」
「ありがと。えへへwwww私この後まだ用事あるから、風来橋の所の土手で待っててくれない?」
「何かあるのか?」
「うん。ちょっとねwww」
風来橋は妹の高校の近くにある大きな橋だ。その下に広がる土手は広く、子供達の遊び場や高校の体育会系の部活の練習場としてもよく利用されている。土手の下が広い空き地のようなスペースになっているのだ。しばらくボーっとしていると妹がやってきた。
「おまたせ」
「お疲れ様でした!夏美様!!」
「ちょっとwwww何それ」
「今日ほどお前を尊敬した日はない。お前は妹だが、むしろ姉になってくれないか!?」
「無理無理。私は一生お兄ちゃんの妹だよ」
「そうか・・・・・・」
「なんで残念がってるのwwwwww」
妹は吹き出した。妹はその時とてもやさしい表情をしていた。
しばらく、兄妹並んで子供達の鬼ごっこの様子をボーっと眺めていると
妹はゆっくり喋り始めた。
「変わらないね。普段はふざけてるのに何かあった時は私の事本気で心配してくれるとこ。今日も演奏前に緊張してた私を元気付けてくれたしね」
「普通だろ。それくらい」
「私、今までつらい事とか一杯あったけど、あんまり深刻な自体になる事ってなかった気がする。今考えると、ほとんどお兄ちゃんがいてくれたおかげなんだよね」
「そうか?」
「試験で赤点とった時も追試前、本気で勉強教えてくれたし、病気の時もずっと看病してくれたし、親友と喧嘩しちゃった時も真剣に相談にのってくれたし」
「・・・・・・・・・」
「でも一番嬉しかったのは、あたしが中学生の時、車にはねられた事があったでしょ」
そう。妹は中学2年生の時居眠り運転の車にはねられた事がある。不幸中の幸いかそれほど深刻な怪我はなく、左腕の骨折だけですんだ。隣で一緒に歩いていた俺は心底恐怖したものだ。実際は激痛で妹は気絶していただけだったのだが、俺はあの時妹が死んだと思った。
病院で先生の「骨折ですね。命に別状はありません。じきに目が覚めますよ」という言葉に心の底からほっとした。
「目が覚めたらお兄ちゃんが手をずっと握っててくれて、とても温かかった。そして
『もう大丈夫だからな』ってお兄ちゃんが言ってくれた時、私ほっとした。あの時の事多分一生忘れないよ私。何かあった時、いつもその時のお兄ちゃんの言葉思い出すの」
喫茶店で俺の手を握っていた時、妹はその事を思い出していたのかもしれない。
多分そうだろう。しかし、妹が病院で目を覚ました時ほっとしたのは俺も同じだ。
あれ以来、妹の事が世の中で一番大切な存在になった。
だが、極力態度には出さないようにしていたのだが、妹はお見通しだったのかもしれない。
「今日はお兄ちゃんだけに一曲演奏してあげる」
そういって妹はトランペットを取り出した。
「おいおい、持ち出していいのかそれ」
「いいの!じゃあ聴いてて」
妹が演奏したのは「天空の城ラピュタ」で主人公パズーが冒頭、家の屋根の上で演奏していた曲だった。
俺は黙って聴いていた。
「どう感想は」
「ラピュタに行きたくなった」
「ふふwwwwwじゃあ、帰ろっか」
「ああ」
その日、俺は久しぶりに妹と手を繋いで帰った。温かい手の温もりが俺達兄妹の絆のような気がした。
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