鬱病SEと山のお話
2006/07/30 02:31 登録: 本当にあった怖い名無し
鬱病SEと山のお話 1
システムエンジニアをやっていた知人。
デスマーチ状態で、残業4−5時間はザラ、睡眠時間は平均2-4時間。
30過ぎて、国立受験生みたいな生活に、ついに神経性胃炎と過労で倒れ、
そのまま内科で軽度の鬱病と診断された。
会社も流石に悪いと思ったのか、5日間の休暇と、賞与を結構たっぷりくれたらしいが、
彼は本格的に鬱病になりかかっていたらしい。
やったことがある人はご存じの通り、鬱は気晴らしや運動などで直ってしまう場合もあるが、
鬱病は、れっきとした神経伝達異常で、幸せを感じる回路が接続不良、
不安や悲しみ回路が増大という状況で、コメディー話を見てすら悲しく、
落語を聞いても悲しいところだけクローズアップされてしまうといった有様なのだという。
知人は、休暇が取れたことで、またあのデスマーチの職場に戻る恐怖感が一層増してしまったらしい。
自殺という単語すら時折頭をかすめ、気が付くと、愛車のジムニーに乗り込んで、車で3時間離れた、
故郷の近くの山に向かっていた。
高校時代、登山部だった彼が、何度も登った山だった。
ツェルトとシュラフ、食料と水だけを持って、夕暮れ時、ただ、黙々と登り始めた。
何も考えず、ただ、足を交互に出していく。
冷たくなっていく、酸素濃度の高い山の空気。草木と水と土の匂い。
首と背中を熱く濡らしていく汗。何年ぶりかの登山の感触。
何時間歩いたか、いつもテントを張っていた場所ではないが、水場もある広場に出た。
シーズンではないので誰もいない。
今日はここまでと思い、ツェルトを張り、シルバーシートを敷いて、荷を下ろした。
お湯を沸かしてラーメンを茹で、にぎりめしをかじり、番茶をすする。
知らず知らずに、孤独な山の空気が、自分の鬱屈をふきながしてくれるようで、
不眠症気味だったのも癒されたのか、眠くなってくる。
たき火に砂を掛け、水で絞ったタオルで身体をふき、シュラフに潜り込んだ。
頭をつけたかどうかもわからないぐらい、素早く、深い深い睡眠に入った。
463 名前:コーヒー7杯目 ◆3W89qHGCZ. [sage] 投稿日:2006/03/30(木) 03:04:03 ID:zLxS1ob/0
鬱病SEと山のお話 2
「しににきたのか?」
「・・・?」
「なあ、しににきたのか?」
唐突に降ってきた声に、知人が粘るような瞼を開いて寝ぼけ眼を向けると、
狭いツェルトのなかに、自分以外の小さな人影がある。
不思議と怖いとは思わず、芋虫のようにシュラフからは出して枕元の眼鏡を取り、
据え置き式の蛍光灯をつけると、ようやく相手が見えた。
綺麗な赤い着物を着た、肩口で髪を切りそろえた、9-10歳ぐらいの、可愛らしい女の子だった。
蛍光灯をまぶしそうに手で光を遮って、物怖じせずに知人を見つめている。
「・・・・」
状況をいまいち理解出来ていない知人に、ちょっと首を傾げて、また、女の子が口を開く。
「なあ、しににきたのか?」
知人の頭で、ようやく変換ができた。「死にに来たのか?」と聞いていたのだ。
知人は、自分でも意識しないまま、答えていた。
「わからない。疲れていたとは思う。でも、いまは、死のうとは考えていない」
その答えを聞いて、赤い着物の少女は、真っ白な歯を見せて、柔らかく笑った。
「そうか、ならいい。」
知人は、必要があるほど高い山ではないが、いつものくせで持ってきた行動食の飴のパックをきって、
「純露」少女の手に握らせた。少女は珍しそうに手の中の飴を見つめていた。
「飴だよ」知人は、包装を剥いて見せて、自分でも食べ、少女にも食べさせてあげると、
少女は、とても嬉しそうにもういちど微笑んだ。
そして、少女は、シュラフを指さして、にこにこと言った。
「おらも、いれてくれ。」
「・・・狭いと思うけど」
「いい。いれてくれ。」
知人が、二人で入るには少し狭いシュラフのジッパーを下げると、
少女はするりとその中に滑りこんできた。
少しひやっとする、ほそい手足の感触と、季節外れの、桃か桜のような匂い。
シュラフの感触が楽しいのか、くすくす笑いをしていた少女が、蛍光灯を指して言った。
「ねよう。けして。」
知人は、手を伸ばして、蛍光灯のスイッチを切った。
未だに自分が夢の中にいるような気がして、ふたたび薄闇の中で知人が眼を閉じると、
すぐ耳元で、少女が囁いた。
464 名前:コーヒー7杯目 ◆3W89qHGCZ. [sage] 投稿日:2006/03/30(木) 03:05:19 ID:zLxS1ob/0
鬱病SEと山のお話 3
「うたって。」
「・・・?」
「なあ、うたって。」
子守歌をせがまれているとしばらくして気付いた知人は、こんな時にうたう歌なんて知らないと慌てたが、
気が付くと、シュラフの中の少女を、あやすように揺さぶりながら、小さな声で歌い始めていた。
「・・・いかに います父母・・・つつがかなきや ともがき・・・・
雨に風につけても・・・・ おもいいずる ふるさと・・・・」
正月に帰って以来、電話もしていない両親。自分が卒業した小学校。
子供時代を遊んだ駄菓子屋と公園。
「こころざしを はたして・・・・ いつのひにか 帰らん・・・
山はあおきふるさと・・・みずは清き ふるさと・・・・」
気が付くと、ぼたぼたと大粒の涙がこぼれていた。そして、歌い終わると、知人は、ここ数ヶ月の
死に絶えていた感情が爆発したように、号泣していた。
少女は、驚きもせず、怒りもせず、知人に抱きつくような姿勢を取って、彼がさっきしていたように、
優しくあやすように揺すっていた。
気が付くと、ツェルトの外側が、すっかり明るくなっていた。
知人は、まだ頬を涙で濡らしたまま、シュラフをはい出した。
飴のパッケージは空になっていたが、ゴミはちゃんとゴミ袋に全部はいっていた。
知人は、冷水で顔を洗って歯を磨き、ツェルトをたたんで、別人のようにすっきりした気持ちで下山にしていった。
職場は、その後、ストライキをほめのかす全員の強い要望があって大幅に改善され、定時に帰れることも多くなった。
知人は、その山の出来事に、心から感謝しているが、いくつか困った点もあったとのこと。
「困った点ってなんだ?」
「一つ。その朝、パンツが白くガビガビになっていることを発見した」
「変態」
「もう一つ。あの少女のことが思い出されて、よく上の空になる」
「ペドエロス」
あれは、追いつめられた知人の防衛反応が夢となって現れたのか、それとも自分の縄張りで
不景気な顔で死なれたくなかった人ならぬものの好意だったのか。
元気の代わりに心を奪われ、何度かその場所で宿泊した知人だったが、
赤い着物の少女には、出会えてはいないらしい。
それでも、そのつど、包装を剥いた飴を、お供えするのは忘れていないそうだ。
出典:オカ板 山にまつわる怖い話
リンク:不明

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