つないだ小指

2006/08/07 00:50 登録: 焼きプリン

大学からの帰り道、時計を見るともう18時を回っていた。
最近趣味でピアノを弾き始めたのだが、やはりド素人ではどうしようもないので、
大学の知り合いに暇な時に基本を教えてもらっていたのだ。

趣味がゲームなので色々なゲームのサントラを持っているのだが、
聴いてる内に自分で弾きたくなってきたのがきっかけである。

それはそうと、今日また1つゲームを買った。「ワンダと巨像」である。
前々から妹の春美と「楽しそうだよね」と話していたのだが金欠だったので
後回しにしていたのだ。今日買ってくると妹に言ったら

「本当!?じゃあ17時に帰ってきて!!絶対だよ!!で、初プレイは
 あたしね!!」

とか言ってた。どっちも無理じゃ。

17時はとっくに過ぎてるし、初プレイも、もちろん俺に決まっている。
駅の自販機でコーヒーを買い、ふと空を見上げた。
かなり曇っていた。一雨来るかもしれない。

急ぎ足で自宅に帰ると真っ先に妹が玄関先に走ってきた。

「遅いよ!!17時過ぎてるじゃん!!」
「まずはおかえりと言って欲しかった・・・・・」
「早くしようよ!早く!」
「もうすぐ夕飯だろ?食後にまったりプレイしようぜ」

そう言うと同時に母親の「ごはんよー!」の声が聞こえてきた。

「ほら、ご飯だってよ春美」
「じゃあ、初プレイはあたしね!」
「アホか!俺が買ったんだから俺が先じゃ!!」
「そんな理不尽な・・・・・・」
「理不尽か!?」

そう言って靴を脱いでたら春美が後ろにしがみついてきた。

「ねえ、お願いだからあたしにさせてよー」

む、胸があったてる・・・・

「ねえ、お兄ちゃん」
「し、しょうがねえなあ・・・・・・いいよ」
「マジで!ありがとう!」

少し鬱になった俺だった・・・・・・orz
最近の高校生は発育がいいなあ・・・・

夕食はカレーだった。まあ好きだからいいのだが、最近母さん手抜きしてる気がする。
俺がおかわりをしていたら、食べ終えた妹が二階のテレビが置いてある部屋に猛ダッシュ
して行った。

「お兄ちゃん早くしてよー!!」

二階から妹の叫び声が聞こえる。まったりという言葉をしらないのかアイツは。

「何?和行また何か買ったの?」

母親がしかめっ面で俺に言った。

「うん。ゲーム買っただけ」
「毎日ゲームばっかり駄目よ!」
「大丈夫。勉強はちゃんとしてるから」

今年になってから、母親のこういった小言が多くなった。
原因は分かってる。最近よく親父と言い争いをしている。それで機嫌が悪いのだろう。
まったく、とんだとばっちりだ。
俺は早々にカレーを平らげ二階に向かった。

「早くワンダ出してワンダ!」

すでにPS2がスタンバイされていた。後はディスクを入れるだけという親切ぶりだ。

「よ、用意いいな」
「私からだよ!」
「分かったって」

カバンからゲームを取り出す。さっそくディスクをPS2にセット。静かに吸い込まれていく
ワンダと巨像のディスク。この瞬間が毎回ワクワクする。
ふと横を見ると妹が既にコントローラーを握りしめていた。

「やる気満々だな春美」
「まんまん!」
「というか取説を読まんのか?」
「今時、取説を読まないとプレイできないゲームなんて時代遅れよ!あたしはソニーを信じてる!」
「そ、そうか頑張れ・・・・・」

妹のやる気満々ぶりをよそに取り扱い説明書を見る俺。
「ワンダと巨像」はアクションゲームだ。ある魂を失った少女を生き返らせるには
「禁断の地」と呼ばれる所に存在する16体の巨像を倒す必要があるらしい。
だがそれは禁忌であり、主人公の青年ワンダが禁忌を犯してまで巨像と戦っていくという
内容だ。

「ちょ、何かめちゃくちゃ面白そうじゃん」

かなりワクワクしてきた俺。やっぱ俺からやらせてもらえないかな・・・・
隣を見ると俺以上に目が血走ってる妹。

無理ぽ・・・・・・・orz

さっそく始める妹。テレビに石作りの建物の中の、祭壇のような所に少女を置くワンダの
姿が映し出される。切なげな表情で見つめているワンダ。

「何か、雰囲気いいな」
「結構背景作り込んでるよね」

プロローグが終わり巨像を探す旅が始まる。

「いよいよか!」
「ワクワクしてきたねお兄ちゃん」

始まりの操作を覚えさせる作りのステージを越えると、さっそく巨像が現れた。

「来たね!どんと来い!」

気合十分の妹。
画面に巨大な足が映し出される。ズシーンという地響きで画面が揺れる演出。
ゆっくりゆっくりと歩いていく巨像。やがて全身が映し出された。

「ちょ、でけええええ!!!!!」

妹の叫び声で耳がキーンとした。た、確かにでかい。弓と剣のみでこれを倒せと?
無理無理無理!!!!

「やっぱり代わってお兄ちゃん」
「いやいや、春美さんからどうぞどうぞ」
「やっぱお兄ちゃんが買ったんだし、お兄ちゃんからが筋だよ」

最初と言ってる事違うじゃん。

「まあまあ。とりあえず弓で攻撃してみろって」
「うん」

弓を射るワンダ。それがヒットするやいなや、巨像がこっちをジロッと見る。

「ちょっと!こっちに来たよ!!」
「気合だ!春美」
「気合って何!!」

突然オーケーストラの音楽がかかる。

「うわっ、音楽気合入ってんな」
「ていうか気合入りすぎだよ!巨像はでかいし、どうやって倒せばいいのか分からないし
 音楽はやたら盛り上げてるし!!」
「ワンダを信じるんだ!」
「精神論はいいからアドバイスないの!?」
「すまん。何も知らない状態でプレイしたかったから、何も情報集めてない」
「そ、そんなあ・・・・・」

ふと画面を見ると巨像がワンダに向かって巨大なこん棒のようなものを振り下ろそうと
していた。怖すぎる。

「春美、横に逃げろ横!!」
「死ぬってあんなの!ソニーしばくぞ!」

間一髪逃れるワンダ。巻き上がる粉塵。ゆっくりと再びワンダを見据える巨像の瞳。
不安を最大限に助長させる音楽。

「何だかんだで、結構楽しそうだな春美」
「楽しいとか、そんな余裕ない!」

横で妹の奮闘ぶりをまったり眺めていたのだが、音楽が結構いい。
耳に残る音楽だ。確かガメラシリーズの音楽を手がけている人が作ってると
どっかで見た。サントラ買うかも。

「春美ちょっと見てて思ったんだけど、巨像の左足後ろから掴んで登れるんじゃない?」
「左足?あ、ほんとだ!しがみつけた!」
「そこに何か傷みたいなのあるじゃん。そこ刺すんじゃない?」

ブスリ
片ひざを突く巨像。

「おお!何か効いたっぽいよ!お兄ちゃん!」
「やっぱりな!今がチャンスだ!」

ここぞとばかりに巨像を登っていくワンダ。やがて頭まで登ると、頭部に光る紋章が見えた。

「お兄ちゃん!あれ弱点じゃない!ねえ!」
「おお!何かそれっぽい!」

力いっぱい剣を刺し込むワンダ。とたんに真っ黒な血が頭部から吹き出す。苦しむ巨像。
その瞬間BGMが希望を抱かせるような勇壮な曲にかわった。
明らかにワンダの優勢を物語る曲だ。巨像の体力ゲージが1/4ほど減った。

「やった!効いた!!」
「この音楽かっこいいな!さっきの怖い感じの曲もよかったけど、これいい!」

ワンダを振りほどこうと、必死に頭をぶんまわす巨像。

「ふっふっふ!そう簡単には落とされないよー!1時間かけてついにここまで来たんだから!」
「春美かっこいいぞ!」
「へへーん!」

画面でワンダが最後の一撃を放った。吹き出す血と共に巨像が地面に崩れ落ちた。

「やった!倒した!!」
「でかした!!春美GJ!」

しばらく心地よい達成感の余韻に浸る妹と俺。

「これをあと15体も・・・・・」
「まあ、巨像戦がこのゲームのメインだからな。いいなコレ。こんなに興奮したゲームって
 久しぶりじゃね?」
「うん。新しいジャンルだよね。めったに出ない良作だよ」
「続編物も飽きたしな。新規タイトルでよく頑張ってるよ」

そんなゲーム談義を妹としている時だった。

「いいかげんにしてよ!あなた!!」

一回で母親の怒鳴り声が聞こえた。

「お兄ちゃん・・・・またお母さん達、喧嘩してるね・・・・・」
「ああ、最近ひどいよな・・・・夕食の時もイヤミ言われたし」
「小言多くなってるよね、お母さん」
「まあ、そのうち収まるだろ」
「うん・・・・・・・」
「気にするなって春美。そうだ、明日一緒に映画見に行こう」
「え?何見るの?」
「ゲド戦記見に行こう」
「あれ、結構評判悪いよね」
「でも、だからこそ見たくない?」
「確かにwwwwどんな映画なのか逆に興味あるかも」
「じゃあ、明日な!」
「うん!」

気がつくともう23時を過ぎていた。早く風呂に入って寝よう。
また、母親に小言をいわれてはたまらない。


翌朝。


目がさめると何か全身に重たい感覚があった。少しずつ眠たい目を開けると妹が俺の上に乗ってた。
しかも、仰向けに眠ってる俺の上に、妹がさらに仰向けに乗っている。見えるのは妹の後頭部だ。

「何をしている」
「あ、起きた?」
「ああ、バッチリ目が覚めた」
「今日映画行くんでしょwww」
「というか独特な乗り方をするねお前は」
「面白いかと思って」

というか面白すぎだろう。何で朝一で妹の後頭部を見なきゃいけないんだ。
妹の独特の発想に、朝から笑ってしまった俺だった。

「というか、いつから俺の布団にいたの?」
「さっきだよ。部屋に来たらまだ寝てたからさ」
「そうか」
「と、言う事にしておいてwwwww」
「ええ?まさか夜中にこっそり忍び込んだんじゃ・・・・!!」
「ふふーん!それはどうかなあwwww」

妹は何か勝ち誇ったような顔をして「じゃあ10時出発ね」と言い残し去っていった。
時計を見ると8時だった。今日は日曜だし、ゆっくり妹と映画でも見てまったりするかな。

朝食を食べ終えると10時までしばらく時間が空いた。
さっそく部屋に鍵をかけキーボードを取り出す。
友人に教えてもらってから、何とか普通に弾けるようになってきた。

しばらくヘッドホンで弾いていると部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「誰?」
「あたしだよ?なんで鍵かけてんの?」

妹だ。急いでキーボードを押し入れに入れた。こんな所見られたら恥ずかしい事この上ない。
何事もなかったようにドアを開けた。

「な、何?」
「いや、そろそろ行こうよ」
「そうだな、行くか」
「ていうか、何であせってんの?」
「あせってねーよ」
「ほんとかなあwwww」
「まあまあ。早く行こうぜ!」
「うん!行こ!!」

電車に乗り隣町まで行く。途中、電車の窓から市民プールが見えた。最近は行ってないが
小学生の頃はよく家族でプールに行ったものだ。いつのまに行かなくなったのかな。
記憶にない。

というか、家族でどこかに行く事自体なくなった気がする。代わりに妹とはよく二人で
色々なところに行くようになった。今日もそうだ。家族の絆、温かみが最近我が家から消えた気がする。
よく喧嘩している両親。俺達兄妹はそれを避けるように二人でいつもいた。

それは妹といると、安らぎを感じていられるから。家族愛を身近に感じていられるから。
疲れた体と心が癒されていくから。

妹ももしかしたら同じなのかもしれない。

「お兄ちゃんどうしたの?」

妹の声でふと我に返る。なぜか言いようのない不安がこみ上げてきた。
妹の事が好きだ。その時なぜか強くそう感じた。

「な、何でもない。考え事してただけ」
「ふーん」

隣町の駅で降り、映画館に着くとちょうど次の回まで15分というジャストタイミングだった。

「お兄ちゃんポップコーンとコーラお願いね」
「はいはい」

映画を見ている間ふと妹の方を見ると、映画を見ずにうつむいている妹がいた。
グスっと鼻をすすり上げる音がする。映画を見て泣いているのではないようだ。
どうしたんだろう。

「春美どうした?」
「え?いや・・・・・なんでもない」

途中から妹の事が気になって映画の内容が頭に入らなくなってきた。
映画が終わり、外に出ると春美が俺の手をギュッと握ってきた。

「どうしたんだ?途中から映画みてなかっただろ?うつむいて泣いてたんじゃないか?」
「ちょっと、変な事考えちゃったもんだからさ・・・・・・・」
「変な事?」
「お兄ちゃんあたしの事好き?」
「え?どういう意味?」
「どういう意味でもいいから。言って」
「好きだよ。可愛い妹だしな」
「あたしも好き。お兄ちゃんといるとホッとする」
「うん」
「だからこそ、悲しくなったっていうか・・・・・」
「何を考えてたんだ?」
「ごめん。言いたくない」
「まあ、無理にとはいわないけどさ」
「ごめん」
「まあ、せっかくの休みだし楽しもうぜ」
「そうだね」

そう言った妹は切なげで悲しそうな笑顔で笑った。

映画館を出て、マクドナルドで遅い昼飯を食べた後、俺達はCDショップに向かった。

「お兄ちゃん何か買いたいCDがあるの?」
「ああ、ワンダと巨像のサントラ。メッチャほしい!!」
「ああ、確かに音楽よかったね。特に巨像に剣を刺した時にかかってた音楽いいよね」
「うん。というかあの一曲のためと言っても過言じゃない」
「ゲームオタク街道まっしぐらだねwwww」
「その道を極めてやるぜ!」

CDショップに着くと目的のCDがあった。さっそく購入。
いいもん買ったwwwww

「お兄ちゃんところで相談なんだけど」
「これは俺のもんだ!!」
「まだ何も言ってないよwww」
「じゃなんだ」
「ちょうだい」
「絶対やだ。お前はゲーム内で聴いとけ」
「聴きたくなるたびにゲームするのはめんどいじゃん」
「そこは気合だ」
「気合て!!」
「パソコンでCD−Rに焼いてやるから」
「あ、そうか。その手があったね」

帰りの電車内で妹は疲れて眠っていた。
無邪気な顔をしている。しばらく妹の寝顔をみていたら、何だか幸せな気持ちになった。
俺達は不思議とあまり喧嘩をしたことがない。両親がアレなのもあるが、もともと性格が似ていて
相手のことをまず考えてしまうからかもしれない。

自分が何かをした結果、相手がどう思うのか?それをお互い真っ先に考えてしまう癖がある。
だが、そんな妹と一緒にいると心からホッとする。

なぜか安心できるのだ。そんな妹が俺は好きだ。
まあ、わがままはいつも言うがそれとは別だ。心の深いところで妹は本当に優しいやつだ。
俺には分かる。

春美の頭をそっと撫でた。

「うん・・・お兄ちゃん?」
「あ、起きたか?そろそろ着くぞ」
「うん・・・・・・」

駅の改札口を出て空を見上げた。
昨日と同じく曇っていた。妹を見ると不安げな顔をしていた。

「大丈夫だって。家に帰るまでは降らないさ」
「いや、その事じゃないの」
「じゃ、なんだ」
「一番嫌な事考えちゃった」

家に帰ると親父の靴が玄関にあった。こんなに早く帰るなんてめずらしい。
居間にむかうと親父がビールを飲みながらテレビを見ていた。

「親父、めずらしいじゃんこんなに早く帰って来るなんて」
「ああ」

親父は短く一言そう答えただけだった。
会話という会話がここ最近ない。

「母さん、今日のご飯何?」
「チャーハンよ」

母さんも一言それだけ。
俺は深いため息をつきながら2階の自分の部屋に向かった。

「春美、サントラ一緒に聞かない?」
「うん!聴こう聴こう」

13曲目に差し掛かった時、それが目的の曲だった。

「これじゃあああああ!!!!」
「お兄ちゃん興奮しすぎwww」
「タイトル『甦る力』だって!」
「確かにそんな感じだね」
「確かにワンダの力は甦ってた!!」

妹と一緒に昨日の巨像との戦いを思い出す。
何か幸せだ。

「二人ともちょっと下りてきなさい」

一階から母さんの声がした。何だろう夕飯にしてはいつもの時間より早い。

「何だろ」

妹の方を見ると、妹は深く沈んだ顔をしていた。

一階に降りると居間のテーブルに母さんと親父が並んでいた。

「二人とも座りなさい」

親父が神妙な面持ちでそういった。

「どうしたの二人とも改まって」
「父さんたちな、離婚することになった」

は?何だいきなり。

「二人には本当に悪いと思ってるが、父さんたちもう限界なんだ」
「何だよ突然離婚って!ふざけんなよ!よく喧嘩してるとは思ったけどそこまでする事ないだろ!」
「ごめんなさいね和行。もう決まった事なの」
「勝手に決めんなよ!!俺達兄妹の事考えろよ!!」
「和行それなんだが、お前はここ福岡で父さんと暮らす。春美は母さんと北海道の実家で暮らすんだ」
「はあ!?何で離れ離れになるんだよ!」
「お前達はまだ俺達に扶養されてる身だろ。悪いとは思うがこれが俺達夫婦の妥協点なんだ」
「何だよ妥協点って!結局自分達の事しか考えてないじゃないか!俺達二人の事考えろよ!!」

突然妹が居間から走って出て行った。玄関のバタンという音が聞こえる。

「春美待てって!!」

急いで追いかける。
これか。春美はもしかしてこうなる事が分かってたんじゃないのか?今日のあいつ時々変だった。
妹といる時だけが唯一ほっとした。アイツもそうだろう。だからこそ、あいつはもしかして両親が離婚して
俺達が離れ離れになる事を想像して、映画館で泣いていたんだ。絶対そうだ。

外に出ると大雨が降っていた。

「あいつこんなどしゃぶりの中どこに行ったんだ・・・・!」

色々な所を探し回るがどこにも居ない。
ふと俺は一つの場所を思い出した。

俺が向かった場所。それは今日電車の中で見かけた市民プールだ。
絶対そこに居る。俺ならそこに行くから。

「春美ー!!!!!!!」

大声で叫ぶ。雨と共に俺の心に降り注ぐ不安。春美と離れ離れ。
福岡と北海道じゃ遠すぎる。このまま分かれたら一生会えないかもしれない・・・・・・

ふと俺の足が止まる。言い知れぬ不安が急速に俺の中に広がっていく。
俺はうずくまって泣いた。

なんでだよ。

なんで俺と春美が離れて暮らさなきゃいけないんだよ!

ふざけんなよ絶対いやだよそんなの!!

どうすればいいんだよ・・・・・・・

市民プールの入り口で俺はうずくまって泣いた。ふと俺の肩にそっと手が触れた。

「お兄ちゃん・・・・・・・・」
「春美・・・・・・・・・」

俺達の間に沈黙が流れる。
やがてゆっくりと春美が話し始めた。

「ここ。よく家族で泳ぎにきたよね。楽しかったなああの頃・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「お兄ちゃん一回深いプールにこっそり監視員の人の目を盗んで入った事あったでしょ。
あの時お兄ちゃん溺れかけて半べそかいてたよね」
「・・・・・・・・・・」
「二人でよくカキ氷食べたよね」
「・・・・・・・・・・」
「お兄ちゃん・・・・・・・・・・何か言ってよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ぐすっ・・・・・・・・・・・」

俺は何も声をかけれなかった。妹の方が必死に俺を慰めてた。
何しに来たんだ俺は。

俺は精一杯の元気で言った。

「まだ最終的に離れ離れになると決ったわけじゃない」
「でも、お父さん達言ってたじゃん・・・・・・あたし北海道に行くんだよ?お父さんたちの決心も変わらないよ
お父さんの子供だから分かるよ。絶対あの人は譲らないよ」
「そうだな・・・・・・俺もそう思う・・・・・・」
「・・・・・・・・・・嫌だ」
「春美、とりあえず家に帰ろう。風邪を引く」
「うん・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「お兄ちゃん」
「何だ?」
「今日夜中の1時くらいにこっそりお兄ちゃんの部屋に行くから。一緒に寝よう?」
「・・・・・・・・ああ」

家に帰ると両親が心配そうな顔で俺達を待っていた。
だが俺はそれがうそ臭く見えた。

先に春美を風呂に入れた後、俺が入れ替わりで入った。
そして再び居間で両親の話を聞く。正直頭に入ってこなかった。
覚えているのは、離婚は絶対。俺達は離れ離れ。それが2週間後だと言う事。

昨日までの楽しかった思い出が心から消えていった気がした。
夜中寝ずに起きていると部屋のドアが開く音がした。

「お兄ちゃん起きてる?」
「ああ」

妹が布団に入ってくる。
甘い香りがした。

「急だよねほんと」
「ああ」
「お兄ちゃんと一緒にいられるのもあと2週間かあ」
「そうだな・・・・・・・」

俺は優しく妹の頭を撫でた。その撫でている俺の手は小さく震えていた。

「お兄ちゃんの手震えてる」
「気のせいだよ」
「・・・・・そうだね」

妹と目が合った。
心の底からこいつの事が好きだと思った。

「お兄ちゃん」

俺達二人の唇がそっと触れた。
それはとても甘い味がした。

「もう寝よう春美」
「うん。・・・・・・・・あ、そうだ!」
「何だ?」
「再来週の日曜にね、中学時代の友達の高校で、文化祭があるの。
一緒に行こ?」

それはちょうど俺達が別れる日だ。

「ああ。一緒に行こう」
「絶対だよ!」

その日以来俺は大学の友達に頼んであるゲームミュージックのピアノアレンジの練習を
しまくった。俺なりの別れ方を妹にしてあげたい。それに、努力すればまだ妹と一緒にいられる
方法はある。少し遠い未来で。そのための原動力となるプレゼントをしてあげたい。

一日一日と妹といられる時間が減っていく。それが俺達の心にあるからか
寂しい気持ちが大きくなっていった。

そして2週間が過ぎた。

朝の10時に俺達は家を出た。途中ずっと俺達は手を繋いでいた。

「ところで春美。友達って?」
「夏美ちゃんって言ってね、吹奏楽部で頑張ってるんだって」
「ふうん」
「今日ね、12時から演奏があるんだけど、何とゲームミュージックをやるんだって!」
「ええ!!!マジで!!!」
「うん!楽しみでしょ!」
「で、演奏する曲は?」
「あ、それは秘密なんだって。パンフにも書いてなかった」
「でも、かなりワクワクしてきた」
「でしょwwwお兄ちゃんゲームオタクだもんねwww」
「友達によろしく言っといて!」
「会ったらねww」

目的の高校につくと11時30分を回っていた。
演奏会場の体育館に行くと人が結構いた。体育館自体があまり大きくないせいもある。
俺と妹は真ん中あたりの席に座った。

前に座っている青年がメールをしているのが見える。

やがて時間が来ると主将らしき人の挨拶が始まった。

「何か、ワクワクしてきたな」
「曲が気になるよね」

やがて指揮の手がゆっくりと動き始めた。それと同時に始まる演奏。
ドラゴンクエストの序曲のマーチだった。

「まあ、基本だよな」
「お兄ちゃん何か批評家みたいwww」
「そんな事ないって」

俺は正直楽しかった。一瞬だが今日が何の日なのか忘れていた。
妹の心使いに思わず泣きそうになるのをこらえた。

続いてゼルダの伝説のメインテーマ曲が演奏される。
驚くほどレベルが高い。俺は正直感動した。

原曲の絶対はずしてはいけないポイントを、絶妙な編曲で演奏している。
コード進行がおかしかったりするのは、こういう吹奏楽の場合かならずあるもので
そこで急速に「なんだこれ・・・・変なアレンジしやがって・・・」と冷めていく場合が
多いのだが、これは違った。

「いいなあ・・・・・・これ絶対ゲームやりこんでるヤツの演奏だよ。ポイントをしっかり
おさえてる」
「お兄ちゃんwww超えらそうなんだけどwwww」
「まあまあ。好きなことには色々言いたくなるもんなんだって」

しばらくすると一人の少女がマイクの前に立った。

「あ、あれ夏美ちゃんだよお兄ちゃん」
「あいつが!!すげえ」
「いや、すごくはないかもwww」

その夏美という少女はゆっくり話し始めた。

「みなさん。いよいよ次で最後になります。この曲はもしかしたら知らない方も多いかもしれませんが、
私達がこの3ヶ月間、一番練習した曲です。ラストを飾るにふさわしい一曲だと思います。聴いてください。
ゲーム『ワンダと巨像』から甦る力です」

一瞬耳を疑った。今『ワンダと巨像』から甦る力って言わなかったか?
えええええ!!!マジで!?

「ねえお兄ちゃん!」
「しっ!静かに!!」

心臓がドキドキしてるのが自分でハッキリ分かる。

指揮棒が動くと同時に演奏が始まる。
それは今までの演奏とレベルが違っていた。
完成度、迫力、音程、バランス、全部完璧だ。

俺の脳裏に妹とやったワンダと巨像が思い出される。
剣を巨像に突き刺した時かかってたなあ。
いろいろな苦労を吹き飛ばしてくれる名曲だ。

ふと前を見ると先ほどのケータイをいじってた青年が泣いているのが目に入った。
袖で涙を拭いていた。

ふと妹との楽しかった思い出が脳裏に浮かぶ。
俺は何か努力しないといけない。そんな気持ちがこの演奏を聴いていて
心に浮かんできた。

妹と一緒にいるために、俺は何か努力をしたか?
俺はこの演奏を聞いていて、そう自分に問いかけられている気がした。

お前は何か努力したのか?と。

ふと俺の目に涙があふれてくる。

「お兄ちゃん?」
「ごめん・・・・・ちょっとトイレ行ってくる」

俺はたまらずその場から逃げ出した。トイレの鏡で見た自分の顔。
自信なさげな男が映っていた。

自分にできる事を試してみろよ!!とあの曲に言われた気がした。
体育館に戻ると演奏は終わっていた。席に春美はポツンと一人座っていた。

「お兄ちゃんどうしたの?」
「俺決めた」
「・・・・・・聞くよ」

妹は俺の顔をまっすぐな目で見つめた。

「俺は今大学2年。あと2年すれば就職だ」
「うん」
「お前は今高3だろ?進路は?」
「音楽の短大に行くつもり」
「じゃあ、2年すればお前も就職だな」
「うん。それが?」
「俺、北海道の会社に就職する。そしたらさ俺達一緒に暮らさないか?」
「・・・・・え?」

妹が、かすかに笑った気がした。

「社会人になれば俺達も自分の力で生きていける。2年間離れ離れになるけど
その後、一緒に暮らそう」

「でも、北海道で就職できなかったら?」
「絶対就職する」
「2年は長いよ?お兄ちゃんずっと私の事ばかり考えていられないよ。きっと
私の事忘れちゃうよ」
「絶対忘れない。お前の事大好きだから!」
「本当?」
「ああ」

しばらく俺達の間に沈黙が流れる。
そして静かに妹はこう言った。

「じゃあ、待ってる」

妹のその時の笑顔を俺は一生忘れないだろう。

ふと体育館のステージにピアノが置いてあるのが見えた。

「春美。俺から一つプレゼントあるんだ」
「え?なに?」
「俺、最近ピアノ練習してたんだ。一曲しか弾けないけど聴いてくれるか?」
「うん!」

吹奏楽部の人に頼むと、特別に弾かせてもらえることになった。

「俺達にまた楽しい、そして幸せな日々が来るように気持ちをこめるから」
「うん」

俺はゆっくりピアノを弾き始めた。
(http://www.yonosuke.net/clip/5/17739.mp3)
(消えてる場合は↓から)
(http://chronomusic.hp.infoseek.co.jp/upfile/No_0005mp3.html)
(リンク先よりダウンロードして聞いてください)

弾き終わると俺は妹のそばに行った。

「クロノトリガーのやすらぎの日々じゃんwwww」

妹は笑いながらうっすら涙を溜めていた。

「また2年後に絶対会おうな」
「うん!絶対!」

俺と妹の小指が交差する。
この約束だけは絶対だ。

その日の夕方、妹は飛行機で北海道へ行った。
真っ赤な夕焼け空が広がっていた。

でも悲しくはない。今日の日の約束を守ると決めたから。



2年後



札幌の時計台の下で一人の少女を見つけた。
俺の約束より1時間も早く来ていた。

繋いだ手から伝わる温もり。懐かしい温もりだ。

「さ、新居探しに行こうか」
「うん。お兄ちゃん」

ふと小指だけをつないでみる。あの時の気持ちが胸に甦る。
俺は妹の事が大切だと、あらためて実感した。


出典: 
リンク: 

(・∀・): 309 | (・A・): 113

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