地上最強の鈍感野郎

2004/06/27 00:49 登録: えっちな名無しさん

俺には、美樹というバイク仲間がいた。そして彼女は、俺の事を好いていてくれた。
しかし、俺が彼女の俺に対する気持ち、そして俺の彼女への気持ちに気がついたのは、
美樹が死んだ後だった・・・・。

 その悔しさ、怒り、やるせなさをあるスレッドに俺は叩きつけた。誰かに話せば少しは
気が楽になると思ったから・・・・。しかし、それは間違いだった。起こった出来事を文章
にして書き込んでいるうちに、美樹のことを鮮明に思い出してしまい俺は、軽度の鬱状態
に陥ってしまった。

ある日、いつものように鬱に負けないようにレスを読んでいると、ひとつの書き込みが
目に付いた。それは、俺をツーリングへ誘う文章だった。心身共に参っていた俺は、参加
するつもりは全くなかった。しかし、そのレスの中の

「君が来ないと、みんなの連休が潰れちゃう。」
という、部分が気になった。彼らは俺が行かなければ、待ち合わせ場所に3連泊するつもり
なのだろう。

恩人とも言える彼らにそんな事をさせるわけにも行かず、俺は、
「彼らに直接会って断ろう。」
と考えた。
 
その文章には時間の指定がなかったため、いつもの時間に目的地へ出発した。
 (一応目的地には行ったと言う大義名分が欲しかったんだと思う。)
 目的地に着くと、見覚えのあるバイクが5台。状況から判断すると、前日から泊り込んで
俺を待っていたようだ。

 彼らは、俺を見つけるといきなりエンジンをかけだし、出発の準備を始めた。俺の話なんか
聞いちゃいない・・・。先頭が出発し、俺が戸惑っていると後ろのやつがパッシングをして
「速くいけ!!」
と煽る。仕方なく俺は、彼らについて出発する事にした。
30分ほど走ったころだろうか、予報どおり大雨が降ってきた。急勾配のアスファルトを雨が
滝のように滑り降りてくる。メットに当たる雨音がうるさい。でも、不思議といやな気分は
しなかった。

 さらに1時間ほど走り、最初の町で休憩をしているときには雨はすっかりあがって、青空が
顔を出していた。彼らの1人が、
「来てよかっただろ?」
と、聞いてきた。
俺は、
「ああ・・。」
こう答えた。

 さらに数時間走行し、ビーナスラインまであと1時間ほどの地点までくると、
彼らは、バイクを止め、俺にこういった。
「ここから先は、君一人で行ってきな。十分ビーナスラインを堪能したら連絡してくれ。」

 俺は、一人でビーナスラインへ向かった。連休中ということもあり、ビーナスラインは
バイク、車ともに多く,快適と言うには程遠い状況だった。しかし、すれ違うライダーがくれる
ピースサインが、俺の心を昂ぶらせていった。
 しばらく走っていると、やはり皆でビーナスラインを走りたくなり、俺は仲間に連絡した。
彼らも、走りたくてしょうがなかったらしく、すぐに俺と合流した。
 道中俺達は、ものすごくテンションが高く、ピースだけではなく皆でスタンディングゲッツ
をしたり、あほな事ばかりやっていた。

 しばらく走り、大きな駐車場で休憩。信州とはいえ、この季節はやはり革では暑い。俺はジャケットをバイクのハンドルに掛け、
そこで、軽い食事をしながら駐車場で仲間達と雑談をしていた。

 朝早くから走行していたせいもあり、みんなうとうととしはじめ、いつのまにか俺も眠ってしまった。


突然、仲間の一人が俺を起こす。
「おい!ジャケットは!?」
俺は、
「んん??ここにあるよ・・。」
といい、後ろを振り返りバイクのハンドルを見た。そこにジャケットは無かった・・・・・。

 さまざまな憶測が頭をよぎる。風で飛んでいった?? 仲間が冗談で隠した??
答えはわからず、駐車場内を探し回った。そのとき俺の携帯がなった。ハルくんという
俺の年上の友人からだった。

ジャケットがなくなったことを伝えると、ハルくんはすぐに県外から駆けつけてくれ、
一緒に探し回ってくれた。皆で何時間も探し回った。

でも、やっぱり無い・・・・。
「どうして、俺だけこんな目に・・・。バイクさえ乗らなければ・・・・。」
こんな思いが俺の心の中を支配して行き、俺は、バイクをやめる決心をした。

 帰り道は、最悪だった。ピースをされても誰も返さない。道を譲られても礼もいわない。
休憩中もほとんど話さない。
 ハルくんが一言だけ、
「おまえ、んな悲しい走りすんなや。」
と言った。多分ハルくんは、俺がバイクをやめる事を解っていたんだと思う。

 俺は、仲間に挨拶もせず自宅への分岐点を一人で曲がり、昔よく通った峠道で思う存分走りこんだ。
自宅に着き、ガレージにバイクをしまい、B整備。タイヤを外し、タンクを下ろし、ネジの1本まで磨き上げた。
整備の最中左エンジンにある、美樹がつけた傷に、左手が触れたとたん涙があふれ出てきた。

 整備に丸1日かけ、トランポにバイクと用品を詰め込み、なじみのバイク屋へ。
バイク屋につくと俺は、親父に
「バイクやめるから、これ買い取って・・・・。用品は、処分して。」
と頼んだ。

 親父は、
「わかった・・・・。」
と言い、作業をこなし俺に現金を手渡した。

 自宅に着き何もする事がなくなった俺。思い出すのは悲しい事ばかり。ついに俺は、ひどい鬱に
なってしまった。前回のように軽いものじゃない。俺は、
「この先、生きてても楽しい事なんか無い・・・・」

と思いはじめ、自殺を考えた。

 死ぬ前に、励ましてくれたスレの方たちにお礼を書こうとしても、手が震えてキーが打てない。
仕方なく、ハルくんに電話し代理にお礼を書いてもらった。
 しばらくして、ハルくんから連絡があり、
「ごめん、俺のせいでお前が嘘つき呼ばわりされてる。」
と、いって電話の向こうで泣いていた。
もちろんハルくんには、自殺するつもりなんていっていない。
 正直言って、それがどんな言葉だろうと、俺に対する反応があること自体がとても嬉しかった。
自殺を実行する直前、最後に俺に対するレスを見た。そこには、俺のためにジャケットを探して
くれると言う話とともに、こんなレスがあった。
「ひょっとしたら、ひょっとしたらだけどさ。
彼女が、-----氏にいつまでも過去の思い出を引きずって欲しくなくて
自分のあげたものだけれど、-----にはちょっと重過ぎるように感じて
誰かを悪者にしてしまったけれど、そのジャケットを彼から遠ざけたかったのかもしれんよ。

思い出は決してなくならない。
それゆえに、カタチのあるもので彼を縛りたくなかったのかもしれない。
悔やむよりそう思ったほうが、ゆくゆく彼女の供養になるかもしれんと思うんだが、どうか。」

それを読んだとたん、俺の心の負の部分がどんどん音を立て蒸発していった。
そして、美樹の事で落ち込むのは止めようと、心に決めた。
もし逆の立場だったら、ものすごく悲しいから・・・。

 落ち込むのはやめようとしても、やはりバイクの事は好きになれない。郵便配達のメイト
の音を聞いただけでも落ち込んでしまう日々が続いた。
 
 特に、美樹が乗っていたTWと、乗る予定だったファイアストームなんかを見た日には、
必ずその夜あのときの夢を見た。夢の中で悪夢の電話に叩き起こされあの報告を聞く・・。
病院に急いで行き、病室のドアを開け、眠っている美樹に会う。必ずそこで目がさめた。
 

 ハルくんたちは独自に、ジャケットを探しにビーナスラインに行ってくれてるようだったので
俺は、

「ジャケットはポケットに入れておいた美樹の送り状を頼りに親切な人が届けてくれた。
でも、あまりにひどい状態で発見されたから捨てた・・・。」

と、嘘を言っていた。(ハルくんゴメン!)

 時が過ぎ心の傷が少しだけ、本当に少しだけ癒えて来ると、バイクの事を考えられるように
なってきた。
 あるとき俺の部屋に、バイト先の同僚が夕飯を食べに訪ねてきた。(仕事は辞めた)
そいつは、俺のアルバムを見てこう言った。

「へぇー。鈍感野郎も、こんな素敵な笑顔するんだねぇ。私は、一度も見たこと無いよ。」
それは、俺がバイクに乗っているときのアルバムだった。

 自分の写真なのだが、アルバムの中の俺は本当にまぶしいくらいに輝いており、まともに
直視することが出来なかった。

 「バイクに乗っていた時は、自分の感情全てを表に出せた。
でも今はどうだろうか?」

 「そして、バイクに与えられた幸せと、バイクに奪われた幸せどちらが大きいのかなぁ?」
と、漠然と考えるようになってきた。色々考えたが、答えが出ず、俺はまたハルくんに相談した。
 
すると、ハルくんは、
「そんなん俺が知るか!答えが知りたきゃもう一度、答えがわかるまで乗ればいいだろ!
と言うか、本当は答えが解ってんじゃないのか?」

と、答えた。
「解らないなら、試せばいい。試してもいないのにゴチャゴチャ言うな。」

ハルくんの口癖でもあり、俺のもっとも気に入っている言葉だった。

答えが出ると話は早い。俺は、バイクを売り払った金を握り締め例のバイク屋にへ向かった。
俺の注文は、
「車種問わず。メット、グローブ、ジャケット込みで-----円。」

と言う無茶なものだった。
常識で考え、オンボロオフあたりの中古を想像していた。

親父は、
「車種問わずだな?」
と、念を押しバックヤードへ俺を案内した。そこは、預かり車や売約済車が置いてある所。
そこのカバーが掛けてある、1台のバイクの前で親父は、立ち止まりカバーを外した。

俺のバイクだった、そして、美樹の付けた傷もそのままだった・・・・。
でも、売約済車を横取りする訳にもいかず親父に断ると、親父は
「あほか?よく札を見てみろ。」
札には、こう書かれていた。



---------鈍感野郎様。預かり車-----------


 後から聞いた話だが、ハルくんが店に預かり料を払い、強引に預かり車にしたらしかった。
呆然と立ち尽くす俺の前で、
「こんなのもあるんだが。」
そういって、親父は奥からダンボールを持ってきた。

中には俺がこの間、親父に処分を頼んだ用品類・・・・。

バイクは、名義変更もしていなかったので
すぐに、俺はその日のうちに走り出した。久しぶりにかぶるメットは少し埃っぽかったが、
何か懐かしい匂いがした。

 走りながら俺は泣いた。
 数ヶ月ぶりの風を切る感覚。16歳のとき初めて感じた感動に似ていた。

 今日も走った。多分明日も走るだろう。でも、バイクに与えられた幸せと、バイクに奪われた幸
せどちらが大きいのか?
 この答えはまだでない。多分永遠に答えは出ないと思う。でもそれでいいと思う。
でも、バイクに乗ることにより得られる小さな幸せは、少しずつ蓄積されいつの日か、大きな幸せ
になる気もする。

話は変わるが、先日バイト先の加奈ちゃんと言う子に告白された。でも俺は
「前の彼女が忘れられないから。」
と、断った。(美樹の事は、詳しく話せるわけが無い)

 加奈ちゃんは、
「私のことが嫌いって訳じゃないですよね?じゃあ、振られるまで頑張りますよ。」
と、言った。
 俺は、
(空気読めよ、このガキが。)
と思い

「ん?じゃあ勝手にしな。」
と、言い放ちレジへ向かった。
 レジを打っていると、加奈ちゃんが俺とレジの間に割り込みこう言った。
「でもねっ、でもねっ、前の彼女さんは、鈍感野郎さんを悲しませる事しか出来ないでしょ?」
「私は、鈍感野郎さんを怒らすことも出来るし、笑わす事も出来るし喜ばす事も出来るんだよ?
私のほうがお買い得だよ?」

 その台詞と態度がつぼにはまってしまった俺はおもわず吹き出し、加奈ちゃん
の頭を2〜3回撫でながら
「そうか、加奈ちゃんはお買い得なんだね。でも答えを出すのはもう少し待っててね。」
と、答えた。
加奈ちゃんは、泣きながら
「うん、待つ・・・。」
と、言ってくれた。

そこまで言って、俺たちに注がれる視線に気がついた。ここはコンビニしかも、午後
6:00。俺たちに注がれる視線に気がつき加奈ちゃんは、裏に逃げ込んでしまった。
一人でうつむきながらレジを打つ俺・・・。客が、
「いいもんみしてもらった。」
とか
「どーすんの、もうすぐクリスマスだよー。」
と、冷やかす。

 もし、美樹との出来事が無ければ、2つ返事でOKしていただろう。
でも、とてもじゃないが今は、他の女のことなんか考えられないし、考えたくも無い。


美樹との出来事が、思い出に変わる時。それは、美樹がつけた俺のバイクの傷が
修理されたときだと思う。
 その時は来るのだろうか?
 来るとしたら何年先になるのだろうか?
 もし、この先俺が誰かを好きになったら、美樹は許してくれるのだろうか?
 
 こんな事をたまに思いながら、明日もどこかを走っているんだと思う。

--------おしまいです----------

出典「バイクにまつわる恋愛話」
http://www8.tok2.com/home2/love2ch/donkan/donkan.htm

(・∀・): 183 | (・A・): 85

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