思い出の懐中時計
2006/10/18 16:40 登録: 焼きプリン
小学生の頃、学校の帰り道にある「美原時計店」のウィンドウに飾ってある懐中時計をいつも見ていた。
なんだかとてもカッコいい感じがしたのだ。飾りの細工に竜の絵が彫ってあり、いつかほしいと思っていた。
「こんにちは。どうしたのかな?いつも見てるね君」
いつの事だっただろうか。いつものように懐中時計を見ていたら不意に声をかけられた。
意表をつかれた小学生の俺は思わず叫んでしまった。
「うわああ!!」
「あらあら。びっくりさせちゃったかな。あたしね、この店の店長さんだよ」
顔を見上げるとそこには20代前半くらいの女の人が立っていた。
ショーットカットの髪がとても似合っていて、笑顔が印象的だったのを覚えている。
「こ、こんにちは」
「こんにちは。あたし、ちゃんと挨拶できる子好きよ」
「はあ・・・・・・・」
「時計好きなんだ?」
「うん・・・・・・これ何ていうの?かっこいいね。秘密道具?」
「これは懐中時計っていうのよ」
「かいちゅう?海と関係あるの?」
「いや、その海中じゃないの。まあ、ズボンのポケットとか服の内ポケットとかに隠し持つ秘密時計の事よ!」
「す、すげえ!」
「ふふっ。中に入って見てみる?」
「うん!!いいの?」
「いいよ。毎日見てくれてた御礼よ」
店内に入ると、色々な時計が店中に飾ってあり面食らったものだ。
しかし、びっくりしたのは全ての時計の秒針がピッタリ揃って時を刻んでいた事だった。
カチッカチッという一つの音が店内に響いていた。
とても奇妙な感じがした。子供心に何故かその時、得体の知れない恐怖を感じた。
全くの狂いもなく、店中の時計がピッタリ同じ動きをしていることにまるで異空間に迷いこんだような
錯覚に陥った気がした。
「ビックリした?」
「何か不思議な感じ・・・・・・・・お姉さん凄いねこの時計達。生きてるみたい」
「私のこだわりなの。それに初めて来たお客さんはまずビックリするわね。それを観察するのが趣味なの」
「趣味悪いよお姉さん」
「でも嫌な感じじゃないでしょ?」
「最初ちょっと怖かったよ」
「まだまだ子供だね」
「小学生だもん」
「そっか」
そういってお姉さんはクスッっと笑った。
「はい。これが見たかったんでしょ?」
「うん。何か、普通の時計とは違うね雰囲気が」
「独特な感じでしょ?ほらここに竜の彫刻があるでしょ?ここの出っ張りを押してごらん」
「これ?」
それを押すと彫刻の竜の目がピッカっと光り、カチッと音がした。ふたのスイッチになっていたようで
ふたを開けると文字盤が現れた。
俺はその細工にひどく見入ってしまった。ウィンドウを見てるときには想像もしなかった細工に心を奪われた
瞬間だった。
「すげえ・・・・・」
まるで宝物でも見つけたかのように俺はその懐中時計をずっと見つめていた。
「ほしい?」
「うん・・・・・」
「うちの店ね。今月末で閉めるんだ。だからそれさ、君にあげるよ」
「ほ、本当に?」
「うん。気に入ってくれたみたいだし」
「本当の本当?」
「やっぱ嘘」
「ええ?」
「嘘嘘。冗談よ。あげるよ。大切にしてね」
「ありがとうお姉さん!!」
「どういたしまして」
時計店を後にすると、お姉さんはずっと俺の後ろで手を振っていた。
「バイバイ」
俺は何度も頭をさげてお礼を言った。嬉しくて仕方なかった。
その懐中時計を見ていた。あれからずっと肌身離さず持っている。
高校3年の今でも腕時計ではなくこれを持ち歩いている。大切な宝物だ。
不思議と一秒の狂いもない。さすがあのお姉さんの店の時計だ。
「先輩!何見てるんですか?」
後輩の小林千春だった。
「おお。小林君か」
「小林君はやめてくださいよもう!少年探偵団じゃないんだから」
「ほら。俺の宝物」
「うわあ・・・・アンティークですね。うちの美術館の品の一つにに是非加えたいです・・・・・」
「まったくこのお嬢様は」
「あ!!先輩!!私を金持ち扱いしなでくだい!!!」
「超金持ちじゃねーか!月のおこつかい10万って何者だよ」
「だってくれるんですもん」
「普通は5千円くらいだろ」
「じゃああげますよ!!お金なんか!!」
「何切れだよ」
「お金いっぱいあるんだから仕方ないじゃないですか切れです!」
「やべ、コイツ超殴りてえ」
「ふふーん」
小林千春とは学食で知り合った。
食券を買う時に、財布からひらりとカードを出す俺の前に並んでた小林に唖然としたものだ。
「あら、カード使えないのかなあ・・・・・・」
「ちょっと、君なにしてんの」
「へ?いや、カレーセットを食べたいんですけど、カードがつかえないんです・・・・」
顔がマジだった。コイツ本気で言ってやがる。
「実はカードが使えないのには訳があるんだ」
「へ?訳ですか」
「今年に入って謎の犯罪集団がこの学校に入り込んでな。カードの情報をスキミングしそうになったんだ」
「スキミングですか!!」
「ああ。あれはいつもと何も変わらない一日だった。いち早く学食に来た俺は何かの違和感を感じた。
耳をすませると妙な電子音がかすかに鳴っているんだ」
「電子音ですか!!それは一体!?」
「(こいつノリがいいのか本気なのか)俺は一発で見破ったね。これは食券の販売機にスキミング装置が
設置されてるってね」
「すごいです!!」
「俺はすぐ先生と警察に連絡したね。案の定機械の内部からスキミング装置が出てきた。かなり機械に詳しい
ヤツのやり口だよ。内部の設計に何の違和感もなく装置を取り付けてたからな」
「かなり専門の知識が必要ですよね・・・・」
「ああ。その通りだよ。それからというものスキミング被害防止対策のためカードの使用はできなくなったんだ」
「はあ・・・・なるほど・・・・でもあたしこのカードしか持ち合わせがないんです」
「で、いつツッコムの?」
「え?」
「いやいや。ええ???」
「何かツッコムんですか?」
「君本気で聞いてたの?」
「ええ。ちょっと尊敬しました。凄いんですねええと・・・」
「時任雄介。2年生だ」
「トキトー先輩ですね」
「ああ。君は何者?小銭を出せ小銭を。学食では小銭だ!」
「私、小林千春1年です。小銭はここ1年近く見てません」
「あんた、もしかしてお金持ち?」
「あ!あたしをお金持ち扱いしないでください!庶民です!!」
「庶民が学食で、カードをヒラリと『何か問題でも?』と言わんばかりに自信満々に出すな。吹いたわ!」
「だってカード便利だもん」
「しょうがない。俺が奢ってやるよ。カレーセットだな」
「先輩優しい!!小銭も持ってるし!!」
「いや、誰でも小銭持ってるから」
「ほんとですか?じゃあ、あの人も持ってます?」
「持ってるよ」
「すみませーん!!」
何やら「小銭持ってますか?」と聞いている。
「先輩!あの人も小銭持ってました!!」
「聞きに行くなよ!どれだけ好奇心旺盛だ君は」
あれから1年になる。
「この懐中時計さあ、俺が小学生の時貰った宝物なんだ。何かさ、
少年探偵団の秘密道具みたいでカッコいいだろ」
「ええ。カッコイイです!」
「そうだろ」
小学生の頃この懐中時計をもらってからしばらくして、美原時計店は本当に無くなっていた。
ガラーンとした店内。あのお姉さんもいない。
看板の文字も取り外され、空き家になっていた。
「兄さん」
懐中時計に見入っていると妹の雫の声がした。
「おう雫か。どうした」
「いや。見かけたから声かけただけ」
そういえば小林には妹を紹介してなかったな。
「小林ほら。俺の妹の雫。小林と同じ高校2年だ」
「知ってますよー!同じクラスですもん」
「あ、そうなの?じゃ、紹介いらなかったな」
「そうでもないです。雫ちゃんあんまり喋らないから」
「ああ。こいつ人見知り激しいから。初対面の人とかはほぼ無言だ」
「兄さん言い過ぎ」
「いや、そうでもない」
「私が根暗な感じに見えるでしょう」
「その可能性は高いな。でもそれはお前の性格が原因だろ」
「またまた兄さんは。私の事大好きなくせに」
「お前こそ俺の事大好きなくせに」
ギュッと握り締める俺と妹の手。
「よし!」
「よし!」
俺と妹はにっこり笑って同時にそう言った。
小林の頭の上にハテナマークが浮かんでいた。
「先輩なんですか?よしって」
「気にするな」
「気にしないでください。小林さん」
「いやいや!気になりますよ!!兄妹でスキって言い合ってなかったですか!!」
「雫」
「いや、兄さんが」
「お前頼む」
「私、国語2」
「いや。盗み見したけどお前5だった」
「勝手に見ないでよ」
「でも許してくれるだろ?」
「許すけど兄さんが言って。あたし喋るの苦手」
「ちょっと先輩達!!暗号みたいな会話しないでください!!」
「暗号といえば踊る人形」
「兄さんでも今さらなネタだと私は思った」
「まあ、マニアにはな」
「得意げにいまさら出されてどう反応しろと」
「お前毒舌」
「そうでもないよ」
「一般のミステリ好きじゃない人は知らないんだから新鮮だし、面白いんだろ」
「ミステリ好きのあたしはどうすれば?」
「あのう先輩達・・・・何の話ですか?」
「ふふん!今さらそのネタでどう楽しめと?って鼻で笑っとけ」
「あたし、超嫌な女じゃん」
「でもそんな雫が好きだぜ!!」
「あたしもよ兄さん!!」
ギュッと再び握り締める俺達の手。
「よし!」
「よし!」
「よしじゃないですよ先輩!!どこから突っ込めばいいんですか!!」
「千春さん。突っ込むなんて女の人が言っちゃ駄目」
「むしろ俺が突っ込もう!!」
「兄さん。千春は下ネタスルー率高し」
「そうなのか?」
「家がお金持ちだから教育が厳しくてその手の情報は入らないの。調査済み」
「何で調査やねん」
「私の兄さんと1年も一緒にいるのに調査しないなんて超無理」
「嫉妬するな。少年探偵団の小林少年と苗字が同じで嬉しかっただけだ」
「せ、先輩そうだったんですか!!そんな理由ですか!!」
「千春さん。ツンデレよツンデレ」
「ツンデレ??」
「兄さん。この娘ツンデレをご存知ないようよ」
「食券をカードで買おうとしてた時になんとなく普通じゃないとは気付いてた」
「そんな事があったの。千春さんちょっとイタイ子」
「そこは見てみぬフリが最善だ雫」
「私無理」
「いや。そこはスルーする優しさだ」
「兄さんはスルーしたの?」
「いや、スキミング防止対策だと教えた」
「余計タチが悪いじゃないの」
「そこはお前俺の優しさだろ。カードが使える訳ないだろうが!!と言えと?」
「ええ」
「お前、将来教育ママ」
「子供を作らなければ問題なし」
「先輩!!いい加減に私に分かる会話をしてください!!」
「兄さん私用があるから」
「ああ」
そう言って妹は去っていった。
「先輩聞きたいことが山のようにあるんですけど!!」
「何だい小林君」
「あたしが小林少年と一緒の苗字だから一緒にいたんですかっ」
「ああ」
「妹さんと両思いなんですか!!近親相姦ですか!!」
「いや、微妙に違う。シスコンブラコンではある」
「好きって言ってたじゃないですか!」
「一度話し合ったんだ。よく近親相姦とかで兄妹でHしたりとか聞くだろ」
「聞きませんよ!!」
「いや、ネットじゃそういう話多いんだって。で、もともと仲良かった俺達兄妹は話し合ったんだ」
「何をですか?」
「ボーダーラインをどこに引くかを」
「どこに引いたんですか?」
「まあ、細かい話は色々あるんだが、最終的には『10代20代まではいいけど、40代位になったら
さすがに兄妹で近親ってキモいよな』ってところで意見が合致してな」
「妙に現実的ですね」
「結局普通の兄妹でいようって事になった」
「はあ。あの暗号のような会話は何ですか?」
「お互いの事がよく分かるから、色々主語とか省いて喋るとああなる」
「あたし、激しく異空間に迷い込んだ気がしましたよ・・・・」
家に帰ってのんびりしてた時の事だった。
メールの着信が入っていた。
「先輩。ちょっと相談があるんです。今から会えませんか?」
小林からだ。何だろう?相談か。
「いいよ。どこで会う?」
と返信を打つ。
結局駅前のファミレスで会うことになった。
玄関で靴を履いていた時のことだった。
「兄さんどこへ?」
「駅前のファミレス」
「誰」
「金持ちお嬢さん」
「あたしも」
「それはない」
「無理」
「俺こそ無理。お前関係ない」
「兄妹繋がり」
「連想ゲームじゃないんだから」
「あたし心当りある。同じクラスだし。多分力になれる」
「じゃあ、ステルス迷彩故障で」
「あたし超アホじゃん」
「むしろそれが良い雰囲気作りになる」
「兄さん孔明」
「褒めすぎ。行くぞ」
駅前のファミレスに行くと奥のテーブル席に小林がいた。
もちろん俺だけが来ると思ってた小林はビックリしていた。
「あの先輩?何で雫ちゃんまで来てるんですか?」
「あら、ステルス迷彩が壊れたようね。私の姿が見えるとは!!」
「あっ!!雫!!お前また俺の後をつけてきて!!ステルス迷彩は禁止!!」
「ばれちゃあしょうがないわ!!私もまぜて!!」
「帰るんじゃねーのかよ」
「お腹へってるし」
「お前さっきラーメン食ってただろ」
「別バラ」
「デザートじゃないんだから」
「千春さん。私も混ぜて」
「ステルス迷彩って何ですか先輩」
「!!」
「!!」
「兄さん千春さんステルス迷彩ご存知ないようよ」
「すまん。よく考えたら知ってるはずないな小林が」
「兄さん劉禅」
「それは言い過ぎだろう!!」
「ミス初歩的すぎ。あたしの演技水の泡でしかもアホ丸出し」
「正直すまん」
「これで私が混ざるのは断れないね兄さんは」
「ああ・・・・・・」
「先輩達、お願いだから私に分かるように話して下さいよう・・・・」
「つまり相談に雫も混ざるって事だな」
「何でですか?」
「いや、今話がまとまった所だから蒸し返さないでくれ」
「兄さんのミスよ」
「よく分かりませんがいいですよ。雫ちゃんも何となく分かるでしょ?あたしの相談内容」
「ええ。同じクラスだもの」
「何だ?小林のクラスで何かあったのか?」
「兄さんあたしもいるよ。千春さんだけじゃないよ」
「お前そこはスルーしろ。で、何?」
「ええ・・・・実はうちのクラスイジメがあるんです」
「イジメ?誰がイジメられてんの?」
「雪村さんっていう女の子です。何かクラスの女子のリーダー格の人がやらせてるんです」
「兄さん。ちなみにあたしの調査では、そのリーダー格の女子北村優子が好きだった男子に
雪村さんが告白を受けたからっていう理由よ。ちなにみこれ非公開情報。誰も知らない」
「雫ちゃん凄い。どうやって調べたの?」
「俺もそれが知りたい」
「秘密」
「秘密はいいがお前の情報源がいい加減気になるよ」
「無理」
「まあ、とにかく雪村さんが北村さんにイジメられてると」
「そうなんです先輩・・・・・クラス中で無視したりしてて、あたしも構うとターッゲットになるから
見てみぬフリしてるんです。でもそんな自分が嫌で。あたし、雪村さん助けたいです・・・・」
「イジメってのは受けた本人は相当精神的ショックが大きいし、両親にも心配かけたくないから
言わないケースが多い。下手をすると手遅れになる。自殺とかな」
「兄さん結構深刻。雪村さん限界近い」
「そうなのか?どんな事されてんの?」
「集団無視。教科書落書き。机に菊の花。体操服隠し。トイレで水ぶっかけ」
「おいベタなやつはほとんどやってるじゃねーか」
「雪村さん本当に自殺しかねない」
「担任は何やってんだ」
「気が付いてない。北村さん隠し方うまい。それにチクッたらターゲットになるから
バレるの怖くて誰もチクらない」
「最悪じゃねーか」
「そうなんです先輩・・・・あたし同じクラスの子が自殺とか絶対嫌です」
「なるほどな」
しばらく考え込む俺。色々な解決パターンをシュミレートする。
「謎の支援者。追い詰められる北村の恐怖。当人ポカーン作戦だ」
「さすがに解読無理。兄さん説明」
「やっぱ雫ちゃんでも分からない事あるんだ」
「兄さんは妙な事ばかり考えるから。普通の解決法はまず期待しないで千春さん」
「そ、そうですか・・・・・・・」
「あ、やる気失せた。何だい何だい!!人がせっかく解決法思いついたのに」
「兄さん焼きプリンあげる」
「やっぱやる」
「先輩切り替え速いですよ!焼きプリン好きなんですか?」
「千春さん。兄さん焼きプリン大好物」
「そうなんだ。っていうか雫ちゃん。千春でいいよ。同じ年なんだから」
「分かった千春」
「よろしく雫」
「あなたはちゃん付け」
「何故に(笑)雫ちゃん」
「あ、こいつ家族以外に呼び捨てされるとムカッと来るらしいから。悪いけどちゃん付けで呼んでやってくれ」
「わ、分かりました先輩。雫ちゃんよろしく」
「ええ。千春」
「何か引っかかるけど、先輩解決法って何ですか?何か思いついたんですよね?」
「北村さえ何とかすればイジメは解決すると考えていいか?」
「ええ。たぶん・・・・・・でもそれが大変なんですよ先輩。北村さん成績もいいし、クラス委員だし
もともとクラスの人から慕われてるんです。今はそうでもないかもしれないけど・・・・・・・」
「兄さん。でも北村を何とかすれば沈静化は可能。ただ今のクラスの雰囲気じゃ無理。
イジメが日常の空気ができてる。北村に反抗するやついない」
「好都合だ。くっくっく・・・・・」
「先輩の顔が悪魔のようですっ!!」
「千春の言う通り。兄さん説明」
「まずは雪村と北村のケータイ番号入手と、秋葉原で変声機入手。あとプリペイド式ケータイ入手。
お前ら2人はいつも通りクラスで目立たないようにしてろ。決して雪村は助けるなよ」
「それで兄さん」
「例えばだ。ある日突然機械で声を変えたやつから自分のケータイに電話かかって来て
自分がイジメをやってる事を学校中の黒板に名指しで書くと言われたらどうなると思う?」
「兄さん孔明」
「先輩それは北村さんは精神的に追い詰められていくんじゃないですか?」
「イジメをネタに脅迫だ。やりようはいくらでもある。ネットの巨大掲示板に写真付きでイジメを
やってると公表するぞとかな。少しずつ少しずつ追い詰めていく。まあ最期は丸く治める筋書きが
ある。北村に精神崩壊起こされても困るしな。俺のストーリーでは最期は北村と雪村は親友になるな」
「ちょ、先輩それなんてミラクルですかっ!親友になるんですか?イジメやってた人とやられてた人が!」
「ああ。全ては俺の頭の中の計画通りよ」
「千春。ちなみに今兄さんは夜神ライトモード」
「何ですか?夜神ライト?」
「千春はほんと期待を裏切らない子」
「??」
「まあ、言うと通りにしろ。最後は感動させるから」
「兄さん大風呂敷」
「心配ない雫。くっくっく・・・・・」
しばらく話を中断して食事を取っていた。こういう所は高いわりに量が少なくて
あまり好きではない。なんというか雫もそれを知っていて「じゃあ、とりあえず量があれば
いいのかしら」と思ってるのか知らんが、無言で俺の皿に自分の皿のおかずを置いてくる。
「おい雫」
「援助」
「いや、二人だけの時にしてくれ」
「空腹は?」
「大丈夫。ていうか小林が不思議そうな顔してるだろ」
「千春は賢い子」
「いや、あれは雫が嫌いなおかずを俺の皿に乗せてると思ってるぞ」
「それはそうと、雪村と北村のケータイ番号は入手済み」
「そうなのか」
「同じクラスの人のはほぼ調査済み」
「ほんとにお前の調査してるとこ見たいよ」
「それと兄さんにとって大切な情報一つ」
「何だ?」
「北村は離婚した母の旧姓。前の苗字は美原」
「・・・・・・なんだって?マジか」
「ええ。兄さんに宝物くれた女性の父親が美原。北村の実の父親」
「・・・・・・・・あの時俺に懐中時計くれたお姉さんの妹になる訳か・・・・・・」
「兄さん。大丈夫?私は話したほうがいいと思ったから話した」
「いや、ありがとう雫。これは・・・・・・絶対成功させなきゃな。この懐中時計に誓って」
「あたしと千春応援する」
「そうです先輩!!どんなストーリーを考えてるのか知りませんけど、クラスのためだもん。
協力しますから何でも言ってください」
「ああ。最期に一つ。雫、頼むから情報源を教えてくれ」
「女の秘密は美しさ。詮索無用」
「お前はほんと凄いな。どこから調べてくるんだか」
「雫ネットワーク」
「まあ、じゃあとりあえず変声機とプリペイド式ケータイが揃えば作戦開始だ。小林君」
「はい!先輩!!」
「君には今後メールでイジメ関連の件は指示を出すから、読んだらメールは削除だ」
「はい!削除ですね」
「兄さん念入り」
「ああ。絶対に証拠は残すな。万が一他人に自分のケータイを見られてもいいようにだ」
「分かりました先輩!!何か、たくらんでる先輩輝いてます!!」
「ふっふっふ」
「でも兄さん。イジメ解決法でワクワクするのってどうなの」
「いや、俺はワクワクしてない」
「兄さん嘘つくと眉毛ピクピク」
「先輩そうなんですか!!いい事聞きました!」
「・・・・・・・・・・・・・・」
帰りに雫と夜の月を見ながら帰った。
満月の光りが夜道を照らす。
「雫焼きプリン買ってくれるんだろ」
「購入済み。冷蔵庫の中」
「イジメ対策うまくいくといいけど」
「兄さん。当人2人を親友にした上感動させるって本当?」
「そのつもりだ」
「私には不可能に思える」
「そこは俺のマジックだ」
「でも信じてる。兄さんはふざけてるようで、本当は本気でいつも考えてくれてる。
だから私はある意味安心してる」
「そう言う事をいうな。感動するだろ」
「淡々と言われても」
「そうだな」
次の日、俺は例のものを購入した。プリペイド式携帯。本人を特定されないためだ。
購入時身分証の提示が義務付けられているので、友人が購入したものを買い取った。
そして変声機。これは玩具みたいなもんだが、これを通して喋る事で機械的な声が出せる。
「さてまずは雪村から行くか」
妹にメールを打つ。
「雫、今雪村どうしてる」
返信がすぐ来た。
「いま屋上にいる。誰も他にはいない」
好都合だ。大きく深呼吸して懐中時計を見つめる。近くに持ってくると以外と大きな音で
カチッカチッっと聞こえる。
プルルルル
「はい・・・・・・グスっ・・・・・・ゆ、雪村ですけど・・・・・・」
かすかに泣いている様子が声の調子から伝わってきた。一人屋上で泣いていたのだろうか。
「雪村だな」
「だ、誰ですか!その変な声!イタズラはやめてください!!」
「俺の正体なんて雪村君には関係ないだろう。それより差し迫った問題があるはずだ。
君イジメられてるんだろう。北村をリーダーとするクラス中から」
「何で知ってるんですか・・・・・・・私いじめられてなんか・・・・・・・イジメ・・・・うっ」
ここがポイントだ。突然電話してきた俺にある程度の信用を持ってもらう必要がある。
「辛かったな雪村君」
「え?」
思いがけない台詞に戸惑ったのだろう。素っ頓狂な声が聞こえた。
「俺が雪村君を救ってやろう」
「いい加減な事言わないで下さい・・・・・・私がどれだけ辛い目にあってるか・・・・・・・・」
「君は正直、自殺を考えたか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「正直に言ってくれ。自殺を考えたか」
「・・・・・・・・・・・ええ。リストカットしましたこの間」
「痕は残ったのか」
「しっかりとのこりました。怖くて本気で切れなかった私・・・・」
これは使える。
「君に選択肢が今二つある。選ぶのは君だ」
「なんですか・・・・・・・・・」
「このままクラスからいじめられ続けるか。俺に協力してイジメから脱出するか」
「・・・・・・・・本当に脱出できるんですか?」
「約束する。協力してくれたらな」
「何をすればいいんですか・・・・・・・・」
「その前に俺がやる事には一切口出ししない事。いいな」
「はい・・・・・」
「口出ししたら、その時俺は手を引く。好きなだけいじめられればいい」
「約束します」
「よし。じゃあまずは手首の痕を写真に撮って封筒に入れ駅のコインロッカー100番に入れろ。
時間を指定する。明日の夕方5時に入れて、お前はすぐ帰れ。絶対に俺を探そうとは
するな。見張ってるからな」
「・・・・・・・・・・・分かりました」
「じゃ、また連絡する」
すかさず小林にメールを打つ。
「明日の夕方5:10分に駅のコインロッカー100番から封筒を一つ取り、雫に渡せ」
すぐに返信が来る
「何が入ってるんですか!」
余計な返信はいらんのになあ・・・・・
「中は見ないほうがいい。あと、このメール削除忘れるなよ小林君」
「了解です」
翌日、学校から帰った雫から封筒を受け取った。
「兄さん中身何?」
「見ないほうがいいぞ」
「私達作戦の仲間」
「雪村のリストカットの写真だ」
「雪村さん電話した時どうだった?」
「正直ワラにもすがりたいって感じだった。俺の事は多少怪しんでるだろうが、それよりも
イジメから救ってやるという一言が効いたな」
「兄さん。あたし複雑な心境」
「雫。こういう時に本当に大切なものを間違ったらいけない」
「何」
「雪村の命だろう」
「!!」
「死んだらおしまいだ。生きてるからこそ感動や希望を感じられる。そうだろう雫」
「兄さんの言うとおり」
「絶対雪村を助けよう」
「ええ。兄さん」
「今から高校行く。作戦スタートだ。北村の腐った心に風穴開けてやる」
「何するの。学校今しまってて入れない」
「まずは小手調べだ」
高校の正門前に着いた。本当は一人で来る予定だったんだが雫が一緒に行くときかなかった。
みんなが通る校庭の脇に良く人目に付く掲示板がある。
俺はカバンから、持ってきた紙を取り出した。
『2年1組の北村はクラスのイジメの主犯格である。同じクラスの雪村を自殺に追い込んでいる』
パソコンで作成したものだ。筆跡ではバレない。
俺は掲示板いっぱいにそれを張り出した。朝絶対に全校生徒の目に付く。
これが見つかれば北村は終わりだ。全校生徒から白い目で見られるだろう。
「兄さんこれ目立つ」
「ああ。これはな別に全校生徒に見せるために貼ったんじゃない。北村に異変をしらせるためだ。
雫、移動だ。雑居ビルが見えるだろう」
「ええ兄さん」
「あそこの屋上に行く。あそこからなら、ここの様子が丸分かりだ」
「いいけど何するの?」
「北村の脅迫と動向チェックだ」
ビルの屋上に来ると強い風が吹いていた。
ポケットから懐中時計を取り出し、携帯の電話口に近付ける。
カテッカチッという音が聞こえる。
「兄さん何してんの」
「これはサブリミナル効果だな。喋ってる時にバックにこの懐中時計の音を流す。
今後何度か北村には電話する事になる。そのうちこの音に恐怖を感じるようになる」
大きく深呼吸する。変声機を電話口にあて、電話をかける。
「もしもし誰ー?」
「北村だな」
「ちょっと、何なのあんた気持ち悪い!変な声出して切るからね!」
「イジメのリーダーがよく言うよ」
「・・・・・・・・誰よ」
「俺は親切で電話したんだぞ?くっくっく・・・・・・・今お前の通ってる高校の校庭の掲示板に
告発文が貼られてるぞ?いいのかなあ?あのままで。お前あれが明日みんなの目に触れたら
学校中に知れ渡るぞ?お前がイジメのリーダーだってな。明日がたのしみだなあ・・・・おい」
「ちょっとあんた・・・・」
プツ
電話を切る。非通知でかけてるから俺からしか電話はかけられない。
「兄さん名役者」
「いや、正直本気だ。北村許せねえ」
「あたしも同意見。で?」
「恐らく北村は学校に来るはず。それを待つ」
「なるほど」
「ほれ望遠鏡」
「用意良いね」
「そして親父の望遠カメラ」
「なるほど」
30分くらい経った頃だろうか。懐中時計を開くと21:00をさしていた。
「兄さん北村登場」
「よし。計算通り」
正門を登り、校庭に入った北村は真っ先に掲示板に向かった。
掲示板の前でボーゼンとしている。そしてハッと気付いたように
先ほど貼った紙をビリビリ剥がし始めた。
「兄さん剥がしてるけど」
「いいの。剥がさせるために貼ったんだし。今回は宣戦布告。まあ写真撮っとくか」
パシャ
北村が夜中に学校に忍び込んでる証拠写真だ。何かに使えるだろ。
作業を終えると今度は雪村にかける。
「はい・・・・雪村です・・・・・」
「こんばんわ。言う事よく聞いてくれた」
「あ、あなたは・・・・・・・私言われた通り写真ロッカーに入れてすぐ帰りました」
「君を必ず救ってやる。だから俺の計画が終わるまでは自殺はするな。いいな」
「はい・・・・・・」
「それと今日俺は少し動いた。君にもしかしたら影響が出るかもしれない。
明日は親戚の葬式という理由で休め」
「わかりました・・・・・・言うとおりにします」
電話を切ると、俺は大きく息を吐いた。
「兄さん。なんで雪村さん休ませるの?」
「今日のことで北村には確実にある種の恐怖が芽生えたはずだ。北村がイジメにそのストレスを
ぶつける可能性がある。葬式で休むという理由も、雪村がやってるのかもしれないという疑いを
薄めるためだ。熱が出たとかじゃ、突発的な感じがする」
「色々考えてるんだ兄さん」
「まあ電話で『俺』という男を印象付ける言葉で話してるから雪村が疑われる事はまずない。
だが、念のためだ」
翌日、俺は雫と小林にクラスでの北村の様子を観察するように言った。
突然の謎の人物からの電話。自分がイジメをしてることをネタに脅しに来ている。
北村にとっては予想外の出来事だろう。
担任にイジメがバレてないと言う事は他のクラスにも知れ渡っていない可能性が高い。
当然北村はクラスメイトの誰かが裏切ったと感じたはずだ。
学校に登校すると思いがけない事が起こった。
校舎の窓ガラスが何者かによって割られていたのだ。
俺のクラスで担任から連絡があった。恐らく全てのクラスでこの事は伝えられているだろう。
偶然の産物だが、これで昨日撮った北村の校舎への侵入写真が役に立つ。
俺メール:雫。北村の様子は?
雫メール:大事。「誰がやったんだよ!!」と問い詰めてる。
俺メール:ある程度予想の範囲内。もし話が今日休んでる雪村の仕業じゃないかという方向に
進んだら、雫がさりげなく「でも、1週間前くらいから今日は休むって担任に言ってたの
聞いたよ」と言え。小林に「あ、私も一緒にいたから聞いた。雪村には無理だよあの子
バカだし。北村さんに逆らう勇気そもそもないよ」と誘導。あくまでクラスのイジメやってる
仲間として接しろ。雪村が疑われる事は絶対避けろ。
雫メール:了解。
小林メール:先輩了解です!!
放課後俺達3人は俺の家に集まった。報告を聞くためだ。
「雫。どうだった今日の北村」
「北村切れてた。でも校舎に侵入したことは言いたくなかったみたいで、朝クラスの黒板に
貼ってあったと嘘いってた」
「先輩。そして案の定先輩が予想してた通り雪村がやったんじゃないかって話になってね、
先輩の指示通りやって話をうまくそらした。北村は納得してるかわからないけど疑っては
いない感じです」
「なるほど。明日例の写真を使って北村を追い詰める。タイミングが大切だ。今から俺の言う
通りに動け。いいな」
「兄さん顔怖い」
「先輩でもたくらんでる顔素敵です」
「千春悪趣味」
「そんな事ないよ雫ちゃん」
「おい。俺は元からこんな顔だ」
「私が兄さんを好きなのは兄さんの心」
「おい。愛の告白をするな」
「先輩本当に近親相姦じゃないんですよね・・・・・?」
「違うといっただろう。そんなことより作戦だ。北村は弁当派か?学食派か?」
「兄さん、北村弁当持参。いつも4,5人で教室で食べてる」
「よし。明日クラスの掃除用具入れの棚の中に北村の侵入写真と雪村のリストカット写真を
入れる。お昼のタイミングでなるべく人が多い時間に俺にメールで連絡しろ。北村に電話かける。
お前達は北村が写真を見たら、さりげなく「あ、北村さん何の写真?見せて見せて」と声をかけろ」
「兄さん孔明」
「タイミングが大事だ。絶対北村は他人には見せない。だから北村が写真を隠せるタイミング、もしくは
ごまかせるタイミングで声をかけるんだ」
「分かった兄さん」
「先輩わかりました!!」
作戦を伝えると俺は近くの公園に出たけた。こう言う事は北村も怖いだろうが、俺も正直やってる事が
怖い。でも一番大切なことが何なのか俺には分かってるから俺はやめない。雪村の命。
自殺は多くの悲しみを残す。
残された両親はどんなに悲しむだろう。そして北村の仕業と知った時、どれだけの恨みを北村にぶつける
だろう。絶え間ない負の感情の連鎖がそこには待っている。
そんなの悲しすぎる。
見上げた空に綺麗な星が出ていた。ボーっと眺める。ポケットから懐中時計を取り出す。
「北村の親父が作ったんだよな多分これ。すげえなあ・・・・・・・・」
ずっと大切にしてきた俺の宝物。北村は親父の仕事振りを見て育ったんだろうか。
離婚したと雫が言ってたな。店長さんは親父さんじゃなくて北村のお姉さんだったし。
「兄さん」
振り返ると雫が立っていた。
「何だどうした」
「兄さんこそ」
「うん・・・・・・」
「兄さんは決して北村をさらし者にはしない。逃げ道用意してる。なぜ?」
「北村にはイジメの復讐という形はとりたくない。あいつさ・・・・・・・・」
「兄さん言って」
「見ろよ雫この懐中時計。俺本当に嬉しかったんだ。美原時計店でこれを貰った時。
少年探偵団の一員にでもなったような気がしてさ。よく考えたら懐中時計なんか
少年探偵団とは何の関係もないのにな」
「兄さん」
「あいつ、あの懐中時計をくれた姉さんの妹なんだろ」
「調査ではそう」
「あいつには心から反省してやり直してもらいたい」
「兄さん一つ情報」
「何だ?」
「北村と姉は10歳違いで、北村が小学生の頃両親が離婚。姉とは離れ離れで
暮らしてる。その後母親と暮らし始めるも、母親の暴力行為で精神的ダメージ。
今は祖母の家から学校通ってる」
「なんだって・・・・!!母親に暴力受けてたのか」
「そう。北村は恐らく姉に会いたい気持ちが強い。でも離婚後消息不明」
「そうか・・・・・・・・・」
「でもやっと調査終わった」
「は?」
「兄さんがいつも話してくれた美原時計店の事。店内の全ての時計の秒針がピッタリと狂うことなく
動いてる奇妙な空間」
「ああ。忘れられないよ」
「これ。今のお姉さんの住所」
「お前、これ本当に?」
「ええ。調査苦労した」
「ほんとにお前は凄いな・・・・・・・何者だよ」
「兄さんの妹」
そういって雫は笑った。
千葉県の住所がその紙には書いてあった。そんなに遠距離ではない。
最後の仕上に使える。何より俺もまたあのお姉さんに会ってお礼言いたい。
懐中時計を俺は眺めていた。不思議な縁だ。
翌日学校の昼休みになると俺は屋上に向かった。
予想通り誰もいない。好都合だ。
まずは雪村に電話をかける。
「・・・・・はい」
「雪村だな」
「ええ」
「今日はどうだ。何かされたか?」
「今日はまだ何も・・・・・・こんなのって珍しいです。いつも何かしてくるのに・・・・・・」
北村、だいぶ警戒してるな。精神的にも多少追い詰められてると考えていいかもしれない。
「お前今から北村の様子をよく観察しておけ。いいな」
「観察ですか?」
「ああ。今から北村に脅迫電話かける。お前は電話が終わった後、北村に「どうしたの?
北村さん大丈夫?」と声をかけろ」
「北村さんをあたしが心配しなくちゃいけないんですか!嫌です!!」
「おい。最初の約束を忘れるな。俺が手を引いてもいいのか?」
「・・・・・・ごめんなさい。でも・・・・・あたし北村さん・・・・・・」
「演技でいい。俺の描いたストーリーに必要な前フリだ。決して北村の恐怖の顔を見ても笑うな。
心配する演技だ。いいな!!」
「わかりました・・・・・・やります」
「じゃあ、頼むぞ」
雫メール:兄さん今チャンス
よし。作戦開始だ。
「北村さんこんにちは」
「あ、あなた・・・・!!」
「どうした。クラスメートが一緒じゃ話し辛いか?くっくっく・・・・・・」
しばらく無言の空白が空く。恐らく人の居ない場所に移動したのだろう。
「あなた何者よ!!掲示板のあれあなたでしょ!!許さないから!!」
「おい。お前まだ自分の立場が分かってないようだな。俺はお前の人生の弱みを
握ってるんだぞ?イジメのリーダーなんてバカ丸出しだよお前」
「うるさい!!」
「お前のクラスの後ろに掃除道具入れがあるだろ。そこに封筒を入れておいた。
この電話を通話状態にしたまま今すぐ見に行け。誰かに見られたらお前学校に
いられなくなるぞ?」
「なんですって・・・・・・・!!」
電話口から北村の廊下を走る音が伝わって来る。
「何なのよ・・・・・封筒?あ、これか・・・・・」
「中に二つの写真が入ってる」
「・・・・・・・・これは!!!!」
恐らく校舎に侵入した写真と雪村のリストカットの写真を見て驚愕してるにちがいない。
「駄目!!何でもないから見ないで!!」
電話口から北村の叫び声が聞こえた。雫と小林がうまくやったに違いない。
これで教室にいるものは北村の異変に気が付いたかもしれない。
「見たか?」
「これ・・・・・・この写真・・・・・・!!!」
「お前が校舎に侵入した写真だ。日付けが右下に記載されてるだろ。ちょうどお前の学校で
校舎の窓ガラスが割られる事件が起きた日だ。お前は知ってるか知らないが、学校は
警察に被害届け提出済みだ。俺がこの写真学校に送りつけるとどうなると思う?」
「や、やめて・・・・・・」
「さらに手首を切ったリストカットの写真だ。これは俺が知り合いの医者から内密で
買い取ったものだ。雪村のものだ」
「ゆ、ゆき・・・・・雪村さん・・・・・自殺・・・・しようと・・・し・・・したの・・・・?」
北村の声が震えている。事の重大さを理解したのだろう。
「ああ。別に驚かなくていい。お前の計画通りなんだろ?雪村を殺したいんだろ?」
「わ、わた・・わたし、殺したくなんて・・・・・ない・・・・」
「これをクラス中の皆の家に送りつけてやろうか?雪村が自殺未遂犯したこと
知るとどうなると思う?」
「・・・・・・・・・・・・わたし・・・・・」
「間違いなくリーダーのお前のせいにされるよ。お前人殺し。よかったなあ?雪村が根性なしで。
失敗してくれたもんなあ?」
「あなた・・・・なんなのよ・・・・・何が言いたいの?」
「写真を処分してほしかったら、10万用意しろ。簡単だろ?どうせ雪村からカツ上げしてんだろ?」
「あたし・・・・・お金だけは取ってない・・・・・・・」
「はいはい。寝言はいいから。じゃ明日またお昼に連絡する」
「ちょっと待って!!お金なんかわたし・・・・・」
ブツッ
電話を切った。
演技とはいえ、心から疲れる。お金は受け取るつもりはない。あくまで北村に恐怖と後悔を
させるため。
15分程して雪村に電話をかける。
「雪村か」
「あ!電話待ってました。あたしびっくりしました・・・・・あんな北村さん初めて見ました」
「どんな様子だった?」
「心から何かに怯えたような感じで、顔面蒼白でした」
「俺の指示は?」
「ええ。あたし、正直北村さんなんかと喋りたくなかったんです。でも、あんな北村さん見てたら
演技じゃなくて、本気で心配してる自分に気付いたんです」
「そうか・・・・・」
「何を言ったんですか?」
「それは言えない。ただ、イジメ自体は今日のことで終わると思っていい。だがまだやる事がある。
お前は北村を自分のできる範囲で慰めてやれ。いいか?無理はしなくていい。今まで自分をイジメてた
相手だ。軽く声をかける程度でいい」
「わかりました」
「恐らく明日。最後の仕上にかかる。お前はもう一役かってもらう」
「連絡ください」
「ああ。分かった」
心底疲れた。学食で皆より遅い昼食を食べてると雫と小林が現れた。
「兄さん」
「先輩」
「おう。お前らも何か食べるか?」
「兄さんやりすぎ」
「先輩、北村さんさっき早退しましたよ。顔真っ青であんなの初めて見ました・・・・」
「計画通り」
「計画通りならいいけど」
「明日仕上にかかる。小林に一つ頼みがある」
「何ですか先輩」
「時計を20個くらい用意できないか?できればこの懐中時計に音が似てるやつ」
「いいですけど、何に使うんですか?」
「北村の机に朝全部置いてほしい。電話で北村と話すとき、俺は常にこの懐中時計の音を
バックに流していた。恐らく北村は心底恐怖を感じるだろう」
「先輩分かりました」
「千春あたしも手伝う。あしたは早起き」
「うん。雫ちゃん」
学校の帰り公園のブランコに座ってボーっとしていた。
雪村には計画では制御できない一つの鍵となる役割をやってもらう。
あいつがその時どういう行動に出るのかわからない。
でも今日、雪村は北村の事を本気で心配したと言っていた。
大丈夫かもしれない。
ポケットから懐中時計を取り出す。
今回の事を通じて本当の意味で宝物になった気がする。
大切にしよう。絶対に。
翌日の朝五時雫に叩き起こされる。
「兄さん」
「雫、早起きだな」
「見つかると計画台無し。今から学校行ってセット」
「ああ。たのむ」
「兄さん今日仕上でしょ。信じてるからね。兄さんを。私は誰も傷付いてほしくない」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「兄さん?」
「俺を信じろ」
「うん」
妹は小さく笑うと「じゃ、行ってくる」と言って出て行った。
朝の8時。登校途中に雪村に連絡する。
「雪村」
「はい」
「今日朝、一騒動ある。その後俺は北村を放課後屋上に呼び出す予定だ。
その時お前こっそり物陰から様子を見ててほしい。そしてその後どうするかは
お前にまかせる。お前の気持ちに正直に動いていい」
「・・・・・何かまたするんですね・・・・・・」
「ああ。仕上げだ」
「北村さんを・・・・・・・・脅迫・・・・ですか?」
「・・・・・・・・・ああ。お前にはもう何も強制しない。自分の気持ちに正直になれ」
そういうと、俺は返事を待たずに電話を切った。
教室で1限目の授業を受ける。もう一騒動あった頃だろう。
休み時間妹からメールが来る。
雫メール:兄さん。大変。北村朝登校してきて、自分の机の時計を見て顔面蒼白。
気を失って倒れた。今保健室。
俺メール:戻ってきたらメールしろ。
雫メール:了解。
昼休みに雫からメールが来る。とりあえず教室には戻ったらしい。
再び北村に電話をかける。
「北村さん。こんにちは」
「ひっ・・・・・その時計の音・・・・・やめて・・・・・ください・・・・もう・・・・」
「金は?」
「・・・・・・・・・お金は親の盗んで・・・・・きました・・・・・・・」
「お前は今祖母と暮らしてるんだろう!!大変な孫をもったもんだ」
「何でそれ・・・・・・」
「放課後5:00に屋上に来い。金をもってな」
それから放課後までの時間がとても長く感じた。
うまくいくだろうか。全ては雪村しだい。
時間より15分前に屋上へ行った。雫と小林は物陰に隠れて待機。
様子を見守るように言ってる。
懐中時計を見つめる。夕日に照らされて竜の彫刻の目の部分がピカッと光った気がした。
やがて時間が来た。
屋上のドアがゆっくりと開く。面と向かって会うのは初めてだ。
「あなたは・・・・・・・・!?」
俺の顔を見て不思議そうな顔をしている。
「たどり着いた先にお前は何を見た?北村」
「あなたが・・・・あなたが・・・・・??」
「ああ。俺が脅迫電話の主。3年の時任だ。金は持ってきたんだろうな」
「おばあちゃん、あんまり持ってなくて・・・・・・・4万しか・・・・・・」
「それは写真をばら撒いてくださいって意味か?」
「ちがう!!本当に用意できなかったの・・・・・・これで許してください・・・・・・・」
「お前終わりだよ。せいぜい残りの高校生活楽しめよ。ていうか、お前が今度いじめられるんじゃね?」
心にもない台詞を言うと心が痛い。雪村、指示通り見てるだろうか。
その時だった。
「やめてください!!」
雪村だった。その目には強い意志が感じられた。
「雪村・・・・・・?」
北村の呆然とした顔。状況が分かっていない。
「北村さんをそれ以上脅迫しないでください!!可愛そうじゃないですか!!」
「貴様ァ雪村!!そいつはお前をいじめてたヤツだろう!!そんなヤツかばうな!!
人間の屑だ!!」
「こんなに震えてるじゃないですか!!ひどいですよお金を取る気だったんでしょう!!」
「ああそうだ。こんな女生きる価値ねえよ!!」
「・・・・・私も正直辛かったけど・・・・でもこんなに怯えてる北村さん見ちゃったらあたしもう・・・
憎めない・・・・・・憎めないよ」
俺は空を見上げた。夕日がまぶしい。
少し目が潤んできた気がした。
「おい。北村聞いたか?」
「・・・・・雪村・・・・・あたし・・・・」
「お前がいじめてたヤツがお前の事心配してくれてるんだぞ?お前の気持ちを正直に言え。
今まで雪村にしてきた事どう思ってる?」
北村の瞳から大粒の涙が流れた。
「ごめん雪村・・・・・!!本当にごめんなさい!!あたし・・・・・手首のリストカットの写真見て
初めて自分のしてきた事の重大さに気がついたの・・・・・ごめん・・・・ごめん・・・・!!」
北村は大粒の涙を流しながら頭を地面にこすりつけていた。
思わず貰い泣きしそうになった俺は、慌てて顔を背けた。
「北村さん・・・・・・・」
「雪村・・・・・・」
「許してあげる」
「ええ?」
「もういじめないでね?」
「ごめん・・・・・・・」
雪村はやっぱりこういう人間だった。自分が弱いからこそ、相手の心を気使ってあげる優しさ。
それが例え、イジメのリーダーの北村であっても。
誰にもできることじゃない。
でも雪村は北村を許した。
それが全てだ。
北村がそっと雪村の手首の袖をまくる。
「ごめんね雪村・・・・・これ一生消えないよね?ごめん・・・・・・ごめんね・・・・・?」
「うん」
雪村は小さくそう答えただけだった。
「兄さん」
「先輩」
「おう。もう出てきていいぞ」
「兄さん泣いてる」
「雫も」
物陰から様子を見ていた雫と小林が出てきた。
キョトンとした雪村と北村の顔。
俺は静かに言った。
「北村。今回の事全部な、本気じゃなかったんだ」
「どう言う事?」
「ほら。写真のネガ。これお前に渡す。金もいらない。おばあちゃんの財布にちゃんと返しとけ」
「貰っていいの脅迫のネタでしょ・・・・」
「最初に聞いただろ。北村。お前はイジメをやってたどり着いた先に何を見た?」
「・・・・あたし・・・・・・」
「後悔だろう?特に雪村の自殺未遂聞いたとき」
「・・・うん。怖かった・・・・」
「俺はお前に弱者の気持ちを知って欲しかっただけだ」
「あなた・・・・・・・最初からそれだけが目的だったの?」
「ああ。お前は今弱者の気持ちを知ったはずだ。だからこそこれからは、人に優しくできるだろう?」
「ええ・・・・」
「もうイジメはしないな?」
「誓うわ」
「そうか・・・・じゃあ一つプレゼントをやろう」
雫を見る。
雫は小さく頷いた。
「何?」
「北村、お姉さんに会いたくないか?」
「ええ!?し、知ってるの?どこにいるのか」
「ああ。ほら、住所。行ってみろ」
「ありがとう・・・・・わたし、ずっと探してて・・・・・・」
「母親からの暴力から助けてくれた優しい姉さんなんだろ?」
「何で知ってるの?」
「すまん。それは俺も分からん」
雫を横目で見る。顔を横に振る雫。
俺は深いため息をついた。
「ほら、北村。この懐中時計見てみろ」
「これは父の・・・・・」
「やっぱ、お前の親父の作品か。俺さ、小学生の頃、美原時計店でこれお前の姉さんに貰ったんだ。
俺の宝物だ」
「懐かしい・・・・・」
「なあ、北村。良かったらいつかまたさ、お姉さんに会わせてくれよ。お礼言いたんだ」
「ええ。でも私が先」
「ああ。頼む」
「大切にしてくれてんだ・・・・・・ありがとう。お姉ちゃんに言っとくよ」
側でじっと聞いていた雪村を見る。
「雪村、北村と友達になれそうか?」
「もう友達だよ。北村さんの弱いとこいっぱい見ちゃったし。北村さんかえろっか」
「うん・・・・」
「帰りにマック寄ってこ」
「うん!」
そういうと2人は屋上をゆっくり後にした。
扉の前で2人は小さく頭を下げた。
「はあ〜どっと疲れた・・・・・」
「兄さんお疲れ」
「先輩さすがです!!」
「そうか?ちょっとベタだった感じがしなくもない」
「兄さんが言ってた、最後感動させて2人を親友にってヤツ。こういう筋書きだったんだね」
「ふっふっふ!!俺の計画に狂いはないさ!!」
「兄さん本当は内心ビクビク」
「そんな事ないぞ!!」
「あ、先輩眉毛ピクピクしてます!!」
「兄さん分かりやすい」
「うるせえ!」
俺は夕日に懐中時計を照らしてみた。俺の宝物。
絶対大切にしよう。
「じゃ、帰るぞ俺達も」
「兄さんおんぶ」
「おんぶじゃねえよ!!」
「先輩カレー食べて帰りましょ!!」
「しらんしらん!!今日は直帰じゃ!!」
「今度はカードが使える学食をですね・・・・」
「学食でカードが使えるわけねえだろうが!!」
「え!?」
「兄さん本音暴露」
「あ!!」
「あじゃないよ兄さん・・・・」
「学食はカードつかえないんですかあ!!」
「小銭だ小銭。小銭を持て」
「小銭は2年近く見てません」
「さ、帰ろうか雫」
「ええ。兄さん」
「待ってくださいよ〜!」
俺は屋上を後にしながら小さくつぶやいた。
「計画通り!!」
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