アキレスと亀

2006/12/13 21:39 登録: 杜博嗣

犀川は萌絵のカレラで那古野市郊外に向かっている。
水平方向にスライドしつつ円運動するスポークが、
軽い残像を残しながら100m道路を走り抜けたとき、
我慢しかねた萌絵が、ついに口を開いた。
「先生がペットを飼うなんて信じられません。いったいどうしたんですか。」
「西之園君、世界丸ごとハウ・マッチって知ってる?」
犀川がまたわざとストライクを外してきた。
「いえ・・・・・」
「もうケチャックとは呼ばせない、っていう有名なセリフも知らない?」
「僕が小学生くらいの時に放送してた人気テレビ番組なんだけど。そのころ僕はテレビっ子でね。
とくに、クイズ番組はほとんど全て見ていたよ。」
犀川はそれきり口を開こうとしない。まるで伝えるべき情報は全て伝えたかのように。
そういえば昨日、犀川が珍しくテレビを見ているというシーンを目撃したが、
でも、あれはNHKだったはず・・・。
萌絵のコンピュータが目まぐるしい速さで演算をはじめた。
「昨日、教育テレビでわくわくさんを観たんですね。そう、つまりそれによって
昔好きだったわくわく動物ランドを思い出したと・・・違いますか?」
犀川は軽く頷き、窓の外を眺めながら急にペットを飼おうと思い立った理由を考えてみた。
どうも昔のテレビ番組を思い出したことだけが原因ではないようだ。
萌絵と親密な関係になったことも犀川に心理的な変化をもたらした理由なのかも知れない。
「複雑系か・・・」犀川は、軽く呟いた。
「ところで何を飼うおつもりですか?」
「象だよ。」
萌絵は驚かなかった。小さいころ、萌絵も両親にせがんで買ってもらったことがあるからだ。
しかし、少し疑問は残る。先生のアパートに入るかしら・・・。
ペットショップで犀川は陸ガメの中でも最大の体積をもつ象ガメを選んだ。
「先生、名前はどうします?」
「アキレスだ。」
犀川がまた難しいスペアをとり、アキレスはついに亀に追いついた。


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