DVD−R

2006/12/20 01:23 登録: バタフライ

 工藤と別れた美希が俺と付き合ってくれることになった。
「よろしくお願いします」という彼女のメールはずっと大事
する、そう思っていた。だけど、ある日、ドイツ語の授業が
終わった後、目の下にくまつくった工藤が酔ってきて、黄色
い歯、剥き出しにして「俺の使い古しの味はどうよ?」と。
迷わず殴った。殴っても工藤は床の上で、げらげら笑ってい
た。そしてカバンの中からコンビニの袋取りだして「コイツ
観ても、あいつとセックスできるか?」。

 帰りの電車の中ではもっと殴ってやれば良かったと後悔した。
工藤から渡されたモノも、駅で捨てるつもりだった。でも、捨
てられなかった。観ないつもりだったのに袋を開けてしまった。
馬鹿げた誘いには乗らない。そう思っていたのに。ちらりと覗
いた中身はDVD−Rだった。工藤のあの下品な笑いを想い出
すと、こいつの中身は工藤と美希の、だろう。「使い古し」と
いう言葉が耳にこびり付いている。俺の新しい彼女である美希
の、どういう痴態がここに納められているのか。まだ1回しか
寝ていない美希。友達という枠にとどまっていた俺には知らな
いことがたくさんある。知りたい、美希をもっと知りたい。そ
の欲求が言い訳だとしりつつ、俺は結局、工藤の策略に負けた。

 ついにDVD−Rをパソコンに挿入してしまった。自動的に
プレイヤーが起動し、しばらく真っ暗な画面が続く。がさごそ
と音だけが聞こえてくる。俺は唾を飲み、拳をぎゅっと握りし
めた。この先に何が待っているのか。美希に対する俺の「覚悟」
で乗り超えられる内容なのか。

 やがて男が出てきた。工藤だった。工藤は正座していた。そして

「ばーか。俺の最後の嫌がらせだよ〜ん。頼むから、もっと美
希のこと信用してやってくれよ。あいつは、なりが派手で、遊
んでいるとか誤解されること多いけど、決してそんな子じゃな
いし、悪い子じゃない。お前も付き合うなら、こんな安っぽい
手に引っ掛かってんじゃねぇ。美希のこと、守ってやってくれ。
よろしく頼む。本当に、頼む。幸せに、して、やってくれ」。

 最後の方は泣き声になっていた。工藤はそこでカメラを止めた
らしく、DVD−Rはそこで停まった。俺は自分の愚かさが嫌に
なって天井を仰いだ。あいつを殴った拳が痛い。慌てて俺は工藤
の携帯を鳴らしたが、もう連絡が取れなかった。学校に戻ったが
大学も前日付で退学届が出されていた。当然、アパートも既にも
ぬけの殻だった。

 「どうしたの? 何で泣いてるの?」。自分のアパートに戻っ
てみると、美希が夕飯を作っていた。「今日はサンマだからね」。
ネイルアートに彩られた指先なのに、美希はなんのためらいもな
くサンマをつかみ、はらわたを掻き出していた。俺は後ろから美
希を抱きしめた。「こらこら、痛いよ」。工藤と美希の間にどう
いう事情があって別れてしまったのかは知らない。だけど、工藤
に誓って、俺は美希を愛する。「大好きだよ」。「うん。こちら
こそ、あらためて、どうぞ、よろしくお願いします」。

 俺と美希、二人の日々が始まった。

出典:オリジナル
リンク:オリジナル

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