俺と真琴の少年探偵団

2007/01/02 18:03 登録: 焼きプリン

時はもう12月になり、寒さが体の芯まで染み行く季節になっていた。
親父の急な転勤で九州の田舎から東京に来た俺は、前々から一つ考えていた事があった。

それは『東京に来てすぐに東京タワーに行くのは相当な田舎者である』という事だ。

しかし、今現在俺が東京タワーにいるのは一体どうした事だろう。
あまりにあっさりと自分の信念を崩したのは、他ならない妹の真琴のせいである。
新たな高校生活に向けて色々思索していた所、小学5年生のそいつは突如こう言った。

「お兄ちゃん東京タワー行きたい!」

満面の笑みで俺にそう言った真琴は、東京タワーを訪れる事による田舎者認定の事など
全く頭にないようだった。

「真琴、お兄ちゃんは行かないぞ」
「なんでー?連れて行ってよ東京タワー!!」
「東京に来てすぐに東京タワーに行くというのは、京都に行ってすぐ金閣寺に行くようなものなんだ。
わかるよな?真琴」
「わかんなんよ。別に行ってもいいじゃん」
「田舎者丸出しなんじゃー!!」
「やだ!!行きたいもん!!」
「俺もやだもん!!」
「あ、真似すんな!!連れてけ!!」

こうなるともう言う事を聞かないのがウチの妹である。あとは俺の後ろに常につきまとい、
延々と「連れてけ」と連呼するのであった。

いつかニュースで騒音おばさんというのをやっていたが、なるほど、あの時の隣人は
こんな気持ちだったのかと、さすがに嫌気がさして来て結局妹と東京タワーに行く事に
なったド田舎者兄妹の俺達二人であった。

ああ、ついに俺も田舎者かと深いため息をつきながら妹にギュッと手を握られながら目的地へ
出発したのが1時間前の事だった。途中、人の多さに唖然とし、なるほど俺は田舎者だと今まで
見栄を張っていたのが馬鹿みたいにな気持ちになりつつ、妹の満面の笑みに少しホッとした気持ちになった。

タワーの上に到着し、そこから見える景色はなかなかのものだったが、このうっすら覆ってる霧のようなものは何だ。

「お兄ちゃんなんか曇ってるね」

妹は散々高い高いと騒ぎ回ったあげく、そうポツリと寂しい感想を漏らすのだった。
あれはスモッグという奴か。

「あれはスモッグだよ」
「すもっぐ!!」

妹はスモッグという言葉の響きが気に入ったらしく「すもっぐ」と連呼しながら地元の人らしき
見物客の痛い視線をあびるのであった。きっとあの人も思っているに違いない。
「ああ、おのぼりさんか」と。つまり田舎者が東京タワー見に来よったと。

妙にそれに腹が立ってきた俺はこう言い放った。

「見ろ真琴!この東京を覆うスモッグを!!これが文明の発達の代わりに手に入れた
我々の代償だ!!足元の行きかう人々を見ろ!!まるで人がゴミのようだ!!」

たまたま東京タワーに行ってみたら、妙な高校生がとても痛いセリフを叫んでいるわけである。
さぞ、他の見物客は目が泳いでいた事だろう。しかも妹まで「人がゴミのようだ!!」
と連呼する始末である。

さすがに視線に耐えられなくなった俺は、早々と田舎者のシンボル東京タワーを立ち去るのであった。
何の因果なのかは分からないが、妹と一緒に出かけると昔から妙な事ばかり起こる。

以前妹と一緒に九州のスペースランドという遊園地に行ったことがあった。まあ宇宙を題材にした
テーマパークなのだが、妹がトイレに入っているのを入り口付近で待っていたら、目の前を全速力で
走ってゆく男と、「待てー痴漢ー!!」と叫びながら追いかけていく男が目に入った。ポカーンとしながら
目の前の光景を見ていた俺だった。

男が男を痴漢呼ばわりと言う事は、ホモと言う事か。

また、妹と一緒に博多まで遊びに行った時は、何故か警察がうろうろしていて、まあさほど気にも
留めていなかったのだがあるデパートで「お兄ちゃん、かくれんぼしよ!!」とか言ってきた。
まだ、妹も小学2,3年生位の頃合だったが、一度言い出すと言う事を聞かないのは今とさほど変わりは無く、「いい年して何でそんな事をしなくちゃいかんのだ」という俺の抗議も地面で「したいしたい!!」
と暴れまわる妹の前では全く効果が無く、しかたなくデパートで妹とかくれんぼをする羽目になった
俺だった。

それで、仕方なく俺が隠れた妹を探し始めたわけなのだが、ある洋服屋の試着室で妹を見つけた後、
往生際がわるい妹は「見つかるもんかぁ!」と既に見つかっているにも関わらず、すぐ隣の試着室に入ろうとシャーッと仕切りをあけた訳だ。

当然仕切りがしてあるという事は人が入っている訳である。

目の前の妹が仕切りを開けた後目に入ったのは、恐ろしい形相をした30歳くらいの男であった。
「くそっ!!」男はそう言い放つと俺と妹を押しのけ猛スピードで去って行ったわけだが、
しばらくした後遠くで「確保ー!!」「痛ぇよこの野郎!!」という怒号が聞こえてきて、
見に行くと先ほどの男が私服の警官に捕らえられていたのだ。

後で分かったのはその男がスリだったという事くらいだが、まあ何はともあれ妹と出かけると
何かしら変な事が起こるのである。特に妹が「かくれんぼしよう!!」と満面の笑みで
言い出した時は注意が必要で、正に東京タワーから降りた瞬間妹はこう言った訳である。

「お兄ちゃんかくれんぼしよう!!」と。

過去の事件が一瞬にして脳裏に蘇って来た俺は、引きつった笑顔で毎度の
「嫌だ!!」という抗議をしたわけだが、何度も言うように、妹は言い出すと
しつこい上に自分を絶対に曲げないのである。どうやらウチの母親の血を100%
受け継いでいるらしく、別に悪い事をしている訳でもないのに「お母さんに言うからね!!」
と睨まれる俺は一体今どんな罰ゲームを受けているのだろう。

ああ、めまいがしてきた。

かくれんぼをすると言っても俺が隠れる番になる事は、これまでの経験からまずなく、
延々と鬼をやらされるのである。くたびれ儲けとは正にこの事である。

しかし、東京に来て間もないのにこんな所でかくれんぼなど実に常識はずれであり、
迷子に自らなろうとする馬鹿者でしかない。とりあえず妹を黙らせるのは不可能ではないが、
代償として泣きわめかれ、母さんに「お兄ちゃんに苛められた」と嘘の報告をされおまけに
妹を溺愛している親父に大目玉を食らう事を考えれば、明らかに妹に付き合った方が得である。

そんな事をボーっと考えていると、ふと周りを見渡すと妹がいない事に気が付いた。
やると言ってないのにもう隠れたようであり、犬の散歩中海で犬を放してあげ、
頃合を見て呼び戻そうとするも一向に戻ってこないアホ犬を持つ飼い主のような気分になってきた。

2,3分ほど経った頃だろうか。妹が突然戻って来た。何やら「お兄ちゃーん!!」と
叫んでいるようだが、まさか俺が探すのをサボっているのがバレたのか。

「お兄ちゃん!こっち来て!!」

妹は別段俺をとがめる事も無く、俺の袖を引っ張りながらそう言った。
妹は2,3分ほど歩いた所にあった木々の植え込みに俺を引っ張ってゆき、茂みに身を隠すと、

「ほらあそこ!」

と小声で耳打ちするのであった。
茂みからはまあ比較的小さめの道路があり一人の男が大きなローラー付きのカバンを持っているのが見える。
見たところ30代前半位に見える。あの男が何だ。

「さっきね、ここに隠れてたらね、あの大きなカバンの中から声が聞こえてきたんだよ」 
「声?」
「うん。あのおじさんあのカバンに誰か隠してるんだよ!!」

突拍子もない事を言い出した。どこの刑事ドラマだそれは。

「誰かを隠してるって何だ」

そう言いながら目の前の男を見ていると、そばに止まっていたバンにそのカバンを投げ入れ辺りを
キョロキョロと見回していた。

「だって、カバンから『お母さん!』って声聞こえて、男の人がバコンってカバン蹴ってたもん!!」
「・・・・・・・・・・・・」

妹は昔から俺を色々な事に巻き込んで心から疲れさせるという特技を持っていて、
毎度ウンザリさせられる訳だが一つ言える事は何だかんだで妹は嘘を絶対に言わないのである。
それはウチの母親の遺伝である事は間違いなく些細な事でも嘘を言おうものなら母親経由で
親父に情報伝達がなされ、首が取れるかと思うような強烈なビンタが飛んで来るのである。

親父に俺がぶっ飛ばされる様子を幼い頃から見ていた妹は嘘を言う事にむしろ恐怖を感じている
ようであり、それはいい事なのだが、今ほどそれを恨んだ事は過去にも未来にも
無いであろう事は容易に想像できる。

追い討ちに何やら遠くの方で「あかりちゃーん!!」と叫ぶ母親らしき人が居るではないか。
これは何だ。目の前で誘拐が発生してると言う事か。

目の前の男もその母親の声に気が付いたのか、車の運転席に乗り込むと急いで車を発車させた。

「お兄ちゃん!!タクシーで追っかけよう!!少年探偵団ここに結成ね!!」

俺はもう高校生なんだが、などと言っている暇は無く、よくよく考えてみれば妹の勘違いの可能性も
あると思うのだが、何にせよ妹に逆らうと親父の容赦ないビンタが襲ってくるのはこれまでの経験から
間違いなく、タクシーと聞いた瞬間、俺は今月のお小遣いは諦めようと心に誓うのであった。

タクシーをつかまえるのは場所柄、さほど難しくはなく目の前を正に今通り過ぎって行った先ほどの
バンを見て

「あのバンを追っかけてください!!」
「ください!!」

と言う俺達兄妹の言葉を聞いた運転手の、鳩が豆鉄砲を食らったような唖然とした顔は実に不快であった。
俺の気持ちも考えてくれと。

昔から妹と出かけると何かしら妙な事が起こるのは、俺は断じて偶然の産物であり、
別に一人で出かけたって同じさ、と自分に言い聞かせて来たわけだが、さすがに九州の
田舎から東京に出てきてすぐに、目の前で誘拐事件らしき物が発生するというのは一体どうした事だろう。

目の前のバンをタクシーで追いながら、妹は何故かウキウキしており、それが名探偵コナンや、
最近読み始めたらしい江戸川乱歩の少年探偵団シリーズの影響である事は間違いない。

「私も長年タクシー運転手やってますがね、ドラマみたいな事言われたのは初めてですわ。
あのバンがどうしたんだい?」

どう言えばいいのだろう。あのバンに乗っている男が誰かを誘拐したみたいなんですと言った所で、
これだから最近の若い奴は・・・と呆れられるのは分かりきっているではないか。内緒にしとこう。

「あのね、誘拐犯を追ってるの!!」

おい。運転手が途端に珍獣を見るような目つきに変わったのは気のせいか。
いや、気のせいではない。急にだんまりになった運転手と大張り切りで運転手に指示を出す妹。
眉間に手を当て、さてどうしたものかと暗澹たる気持ちになる俺。

目の前を走っているバンは段々街中から外れるように車を走らせており、
何やら俺も暗い気分になって来た。そもそも、よく考えると妹の勘違いの
可能性の方が高く、もし本当だったとして俺はどうすればいいんだ。
第一相手の目的地も不明である。俺の財布の中身はそんなにないぞ。

メーターが2000円を超えた辺りでバンはある寂れた公園の前で車を止めた。
俺と妹はバンの死角になる位置で止めてもらい、お金を清算してる間、
運転手が可哀想な人を見るような目つきで俺達兄妹を見ていた事を俺は見逃さなかった。

「いやあ、九州から出てきたんですけど、東京は空気が臭いですね・・・失望しましたよ」

と、タクシーから降りる時まるで子供のような仕返しを俺はしたわけだが、

「私は埼玉に住んでますけどね」

と言われ、実にやりきれない思いになるのであった。
さて、結局の所、俺達兄妹は例のでっかいカバンを持った男を追ってこんな所まで
やって来たわけだが時は既に日が落ちてきている頃合であり、腕時計を確認すると
16:30を指していた。

こんな所まで来ておいて言うのも何だが、今すぐ家に帰りたい。しかし、そんな俺の気持ちも、
妹が物陰から男の様子をキラキラした目で見ている事を考えれば全くの無駄であるのは
容易に推測できた。

「な、なあ真琴。帰ろうぜ」
「駄目!!あのカバンに女の子が隠されてるのを知ってるのは私達だけなんだからね!
絶対助け出すんだから。少年探偵団の名にかけて!!」
「確かに女の子の名前を叫んでいる女の人はいたけどさ、単に迷子になってただけで
男とは関係ないかもしれないじゃん」
「お母さんに言いつけるよ!!」

俺の抵抗も妹のその言葉を聞いた瞬間、もろくも崩れ去った。さすがに高校生にもなって
親父にぶっ飛ばされるのは嫌だ。九州男児の意味をどこか間違って理解しているとしか
思えないウチの親父は妹の言葉を疑おうとするわけが無く、結果俺が悪事を働いたかの
ような東京裁判顔負けの判決の結果、毎度俺が張り倒されるのはもう規定事項と言っていい。

「あ、お兄ちゃんあの男がカバン持ち出したよ!!」

妹の報告を受け、俺も物陰から男の様子を見つめるとバンから先ほどのカバンを出している場面であった。
男はそのまま俺達とは反対方向に歩いていった。

「尾行よ!!」

妹は正義感に燃えた瞳を俺に向けそう言った。今日ほど青山剛昌と江戸川乱歩を恨んだ日は無い。
男は日が暮れ行く中、カバンを持って歩いている。周りはポツリポツリと住宅がまばらに並んでおり、遠くの方に
雑木林が見える。俺達二人は男に見つからないよう、ゆっくりゆっくりと距離をとりながらつけて行った。

15分ほど歩いた先にあったのは周りを林に覆われた一軒のアンティークショップのような店だった。
男は裏口に通じているらしい戸口を開け、そこから店の中に入って行った。

俺と妹はしばらく様子を伺っていたわけだが別段変わった事が起こる訳でもなく、
意を決して店の前まで近づいてみることにした。

木造の店で店のガラス張りの展示には、何やら外国の木で出来た人形のようなものや、
宗教的な感じのするお面のようなものなどが展示されていた。

入り口に『営業中』の立て札が立てられていた。
さて、どうしたものかと思案に暮れていた俺だが、妹は有無を言わさず店内にズカズカと入っていった。

「おい真琴!待てって!!」

仮にも誘拐犯であろう人物を追っかけてきたというのに、何の警戒心も無く店内に入って行く妹は
ある意味大物である。仕方なく店内に入ったのだが、その瞬間妙な事が起こった。

「お母さん」

俺でもないし、妹でもない。店内は誰もおらずシーンと静まり返っており、一見すると
休みなんじゃないかと思わせるのには十分な静寂だった。それにも関わらず小さい少女の
かすれた様な声が聞こえてきたのである。

店に先に入っていた妹が固まっていた。お世辞にも流行っているとは言えないような
怪しげな店である。妙なものばかり売っており、何かの儀式に使いそうな道具一式や
外国の古代の人形のようなものや、変な仮面やら、とにかく店全体から負のオーラが漂っている。
店には裸の電球が申し訳程度に垂れ下がっており、実に薄暗い。

怪人二十面のアジトのような雰囲気すら漂ってくる。そんな実に居心地の悪い店内から
少女のかすれた声が聞こえて来たのである。今まで嫌々妹に付き合ってここまで来た俺は、
正直心の中では誘拐など全く信じておらず、ある意味親父にぶっ飛ばされたくない一心で
ここまで来たと断言してもいい。

しかし、その今にも消えて行きそうな小さな声は俺に大きな衝撃を与えた。これはもしかしてマジなのか。
妹が東京タワーの近くで言っていた「カバンの中からお母さんって声が聞こえた」と言っていた事を思い出す。
そして今聞いた声。妹は本当のことを言っていたのだ。

俺は冷静になるために一度大きく深呼吸し、改めて薄暗い店内に目をこらした。

「・・・・・ぁさん」

また声が聞こえた。完全に固まって口をパクパクさせている妹の事はほっておいて、
俺は声のした方向に目を凝らした。色々な訳の分からない物に混じって、
一つの小さな人影のようなものが見える。

「おい君」

俺は小さな声で話しかけたものの、返事は無かった。
どうやら椅子に腰掛けているようであり、薄暗くてハッキリとは見えないのだが
妹より若干背が小さい感じの少女であることは分かる。こちらの呼びかけに返事をせずに、
その少女はじっと椅子に腰掛けたまま小さく首を左右にユラユラと揺らしていた。

正直言おう。メチャクチャ不気味である。
背筋がゾッとするとは正にこの事であり、俺はもう親父にぶっ飛ばされてもいいから今すぐ帰りたかった。
無数の不気味な展示品に混じって、無言で椅子に座っている少女。

その時店の奥の裏口の方から物音が聞こえた。俺達が追いかけてきた男だろうか。
固まっている妹を手招きすると、妹は俺の側に音を立てないようにやって来て
俺の服の袖をギュッとつかんだ。ちょうど俺達の前に商品棚があり、その影に身を隠し
俺達は男の様子を伺った。

「お兄ちゃん・・・怖い」
「しっ!もっと小さい声で喋るんだ。いいか、アイツは俺達に気付いてない。じっとしてよう。
俺がいざとなったら守ってやる。心配すんな。俺はホーリーランドの愛読者だ」
「ホーリーランド?」
「喧嘩漫画だ」
「・・・・・・・」

実に頼りない兄を見るような目つきで俺を見る妹が妙に切ない。
俺達の位置からちょうど店の奥の方にレジがあり、その奥がどうやら部屋になっているようであり、
そこから物音が聞こえる。誰かが居るのは間違いない。

俺達はじっと息を潜めて様子を伺った。やがて何者かが奥の部屋から出てきたような足音が聞こえてきた。
妹は今にも泣き出しそうな顔で俺を見つめていた。さっきまでの勢いはどうした。

店内は相変わらず薄暗くそんなにハッキリとは周りが見えないのだが、足音からその男がこちらに
近付いて来ていることは推測できる。しかし、実に奇妙なのは椅子に座った女の子の事である。
なぜじっと座っているのかも不明だし、俺が声をかけた以上俺達の存在には気が付いているはずなのに
全く喋ろうとせず、今店内をうろついている男に対してもそれは同様であった。

相変わらず小さく左右に揺れてながら椅子に座っている少女。
俺は棚の端からそっと顔を出し、店内をうろつく男の様子を確認した。

ちょうど店の真ん中に俺達に背を向ける形で男が座り込み、白い箱を
横に置いているのが見える。男は箱を開け、中から何かを取り出した。

あれは・・・・・・・・一体なんだ?

サッカーボールくらいの丸い形をしている。
目を凝らしてじっと見つめているうちに、とんでもない事に気が付いた。
あれは切断された少女の生首ではないか?

「くっくっく・・・・」

男の気色の悪い含み笑いが聞こえてくる。薄暗い店内で男は少女の生首らしきものを
両手で抱えながら不気味に笑っていた。薄っすら浮かび上がる男の影が大きく壁に
映し出されており、あまりの出来事に俺はしばし呆然としていた。

妹が俺の服の袖をギュッと引っ張り、男には聞こえないような小さい声で話しかけてきた。

「お兄ちゃん、何か見える?」

もう何か見えるという次元の話ではなく、とんでもないものが見えるぞ。
こんなもの小学5年生の妹には見せられない。絶対にトラウマになる。
いや、というか早くここを離れなければ。これはもしかして俺達の命も
危ない状況なんじゃないか?

正直冗談半分で妹に付き合ってきた俺だったが、まさかこんな事態になるなんてことを
誰が予想できよう。東京は怖い所だ。俺のような田舎者には想像もしない様な事が起こる。

「次は・・・・・」

男はポツリとそう呟くと今度は椅子に座った少女の方に歩いていった。
手に何かキラリと光るものを持っている。
あれは包丁じゃないか!!

そして再び少女は呟いた。
今にも消えていきそうな声で、

「お母さん」と。

妹とさほど変わらない年頃の少女。
俺はその少女の声が、とても悲しい響きに聞こえた。さっきまでは不気味で仕方なかった少女。
だが、今聞いた声は恐怖に震え、助けを求める声のように聞こえた。

俺は何だかんだ言って妹の事が好きだ。大切な家族であり、
心を許せる数少ない人間の一人であり、血を分けたたった一人の妹だ。
だからこそ、本心では大切にしたいと思っている。

そんな俺の気持ちは椅子に座っている少女に対しても同じだ。
俺の妹とそんなに変わらないじゃないか。

察するに東京タワーで妹が目撃したのは、カバンの中に無理やり少女が
押し込められた後の事だったんじゃないのか。そしてここに連れて来られ、
恐怖に震えていたんじゃないのか。最初に俺が声をかけた時、なぜ返事を
しなかったのかは分からないが、おそらく耳栓でもされてるんじゃないのか。

ゆっくりゆっくりと近付いてゆく男。少女の今にも消えて行きそうな命。
助けられるのは俺しかいない。何より見殺しにしたら俺が一生消えない
トラウマを抱える事になる。俺は側に居る妹を見つめ、頭を撫でた。
不思議そうな顔をする妹。俺は大きく息を吸い込み、そっと吐いた。

よし、心は決まった。

「おいキサン、何ばしようとか!!ぼてくりまわすぞコラァ!!」

おそらく人生で一番大きな声を出したと思う。
俺の博多弁が店内に大きくこだました。

突然の出来事に目を大きく見開いた男の姿があった。
服に付いた血液。手に持つ包丁。見開いた大きな瞳。

椅子に座った少女が今度は俺の方を向いた。
立ち上がった俺からは少女がハッキリ見えた。手足を椅子に縛り付けられている。
不思議なのは少女の目が俺を追っていない。何もない空間を見つめている。

「たすけて」

少女がそう呟いた時だった。店の入り口がバーンという大きな音と共に開き、
何かが店内に投げ入れられた。3,4秒してそれは大きな音を立て爆発した。
まばゆい光と共に大音響を立てたそれのせいで俺は耳がキーンとして
やられたようであり、一瞬何が何だか分からなくなった。

「手を地面につけてうつ伏せになれ!!今すぐだ!!」
「クリア!!」
「クリア!!」
「発見!!」
「少女が最優先だ!!後藤は犯人の確保!!」
「武器の無力化及び犯人の確保完了」
「よし。・・・・・あれ?この少女と青年は何だ?」
「例のタクシー運転手の件では」
「・・・・・・・そうか。よく頑張ったな」

薄れ行く意識の中で俺はそんな会話を聞いた。
気が付くと、俺と妹は店の外にいた。

もともと人通りの少ないであろう事は何となく想像はついていたのだが、
今は全く逆になっていて、何台ものパトカーが店の周りを取り囲んでおり、
警察官が忙しそうに動き回っていた。

「気が付いたかい?」

声のした方を見ると見覚えのある顔があった。
東京タワーでつかまえたタクシーの運転手だった。何でこの人がこんなところにいるんだ。

「かっこよかったよ兄ちゃん。博多出身かい?」

話しかけてくる運転手を確認しつつ、まだガンガンする頭を抑えながら俺は妹を探した。
俺の横で警察官に話しかけられていた。

「兄ちゃんたちを降ろした後に検問に引っかかってね、警察の人に色々聞かれたんだよ。
東京タワーで子供がいなくなったらしくてね、警察が聞き込みやら検問やらやってた訳さ。
それでピーンときてね。兄ちゃんたちの事を全部話した訳。危なかったなあ兄ちゃん。」
「ありがとうございます・・・・・」
「いや良いって事よ。最初兄ちゃん達を乗せた時は、正直最近の若いのは頭が変な奴が
多いと思ったもんだが」
「やっぱりですか」
「まあまあ、そう怒るなって。でも本当だったんだな。こんな事もあるんだなあ。長生きはするもんだ。わはははは!!」

妹も意識がハッキリしたらしく、俺の顔を確認するや否や一しきり泣きわめいた後、俺の手をギュッと握った。
しばらく妹の頭を撫でていたら刑事さんらしき人が現れ、こう言った。

「意識はハッキリしたかい?」
「え、ええ。まだちょっとガンガンしますけど・・・」
「スタングレネード使ったからね。男の位置と少女の位置を考えると、男の
行動を無力化し、安全を確保するにはあれしかなかった。ごめんな」
「そ、そうだ!あの少女は!?」
「君たちには色々聞きたいこともあるが、まずはありがとう。君たちのおかげで少女を
助ける事ができた。君たちがいなければ最悪の事態もありえた。男の事もあるしな。
少女は無事だよ。念のため検査するから二人とも病院に行きなさい。あれに乗って」

刑事さんに促されて俺達はパトカーに乗った。
初めて乗るパトカーの後部座席で妹の顔を見て少しホッとした。
最終的に俺達も少女も無事だったようだし。

ふと腕時計を見ると19;05分をさしていた。
やばい。家に何の連絡もしてねえ!!!
親父にどう説明しよう・・・・・・ぶっ飛ばされるどころの話じゃないぞ。

妹は結局例の少女の生首は見ていないようで安心した。あんなのは俺だけが見ればいい。
なあに、ホラー映画で散々見たさ。あんなモン・・・・・別にどうって事ねーよ。

「どうってことねーよ・・・・・」
「お兄ちゃん手が震えてるよ・・・・?」
「真琴・・・」

俺は妹を力いっぱい抱きしめた。一しずくの涙を流しながら。

病院で簡単な検査を終え、薄暗い廊下でしばらくボーっとしていた。
一つの足音が近付いてきた。そしてその足音は俺達二人の前で止まった。
そこには一人の女性が立っていた。この人は・・・・・・

「娘を救ってくれてありがとうございます・・・・・」

その女性は涙をハンカチで抑えながら俺達に深々と頭を下げた。

「こっちに来てくれますか?」

女性にそう促され、ある病室に入った。
あの少女がいた。ベットに寝て天井をボーっと眺めているのは、確かにあの少女だった。

「娘は生まれつき目が見えないんです。でも今までの人生で娘は自分の人生を呪ったことなんかありません。
そういう子なんです。これからの人生をこうしたい、ああしたいと明るく話してくれる子なんです」

俺は衝撃を受けた。あの時の少女は手足をしばられ、耳栓をされ、おまけに目が見えない状況だったのか。
どんなに怖かっただろう。どんなに心細かっただろう。

少女はずっと「お母さん」と言っていた。それは少女の孤独なメッセージであると共に、
まだ生きていっぱい色々な事がしたいという少女の願いが込められていたんじゃないだろうか。

「君・・・・・」

俺は声をかけた。

「あなたは・・・・・あの時博多弁で怒鳴っていた・・・かすかに耳栓を超えて聞こえてきた・・・」

少女は顔をこちらに向け手を俺に伸ばしてきた。やはり焦点が俺の顔に合っていない。
目が見えないのはやはり本当のようだ。俺は少女の手をとった。妹も一緒に手を握った。

「君、名前は・・・・?」
「あかりです」

少女は精一杯笑顔を作って俺たち二人の手をギュッと握り返してきた。

「あかりちゃん・・・・・怖かったろう・・・・」
「お兄さんの声がとても嬉しかったです・・・・・・あんなに嬉しかったのは今まで生きてて初めてでした。
ありがとう・・・・・・」
「お礼は俺の妹の真琴に言ってくれ。コイツずっと君の事助けようとしてた。」
「真琴だよ。あかりちゃん助かってよかったね・・・・・」
「うん。へへ・・・・・・真琴ちゃんありがとう」
「うん。」

少女と真琴から流れる涙を見て、俺も泣いた。
少女のこれからの人生がとても素晴らしい物でありますように。俺はそれだけを願った。

病室を出たら刑事さんがいた。事情聴取があるらしい。
俺達の家にも連絡をしたそうで、警察に迎えに来るそうだ。

警察署に向かう途中俺はあの男について色々聞いた。
精神異常者で、何人もの少女を誘拐しているらしい事。俺が見た生首は本物ではなく
外国で手に入れた作り物だという事。今まで殺人歴はないようだが、今回初めて実行に
移そうとしていたらしい事。

おそらく俺たちが今回のような行動に出なければ、あの少女は遺体で発見された筈だという事。
俺が見たのは作り物だったと聞いて俺は少し安心した。刑事さんの気をきかせた嘘でなければ。

その日俺は親父の泣いた顔を初めて見た。
今日という日は俺にとって忘れられない日になった。



何はともあれ、東京に出てきて大変な目にあった事は言うまでも無いが、徐々に東京にも慣れてきた。
それであれから二ヶ月程経った休日に家族で東京ディズニーランドに行くことになった訳だ。
やはり都会はスゲーなあと感心一しきりであった俺だが、妹が突如こんな事を言ってきた。

「お兄ちゃんかくれんぼしよう!」と。

正直言おう。勘弁してくれ!!


出典: 
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