今日から恋人

2007/01/21 10:13 登録: えっちな名無しさん

 彼女いない歴1年。新たな出会いもなく、さほどときめく相手もなく。どこか遠出をしたいときは、高校からの腐れ縁の奈津美を誘っていた。奈津美に彼氏はいたが、自分と面識はなかった。さほど「悪いな」という気もせず、一人で行きづらい場所だったり、一人で出かけたくない気分の時は、奈津美を誘っていた。高校時代に築いた信頼関係とでも言えば良いのか?…奈津美は余程のことがない限り、僕からの誘いを断ることはなかった。そんな中、奈津美から彼氏と別れたことと聞かされた時は、申し訳ないなと思いながらも、胸の奥で小さなガッツポーズをしていた自分。何かの始まりだった。

 あと何日かで11月。奈津美が彼氏と別れたのが6月のことで、その後は前以上に奈津美を誘ってはどこかに出かけていた。その間、何度か奈津美は僕の家に泊まることがあった。とはいえ
、せいぜい添い寝ぐらいで、それ以上のことはなかったし、何となくそういうことをしては駄目だと思った。
 というのも、間違いなく自分は奈津美を好きになっていたからだった。ここで手を出し、ワケのわからない関係にしてはいけない、奈津美を彼女にしたい…全てはそれからだ。というのが
自分の考えだった。「それならば、早く告白してしまえば良い」と思われるかもしれないが、さすがに“友達”として成立してしまった間柄は、なかなか容易に崩すことは出来なかった。特に奈津美は間違いなく、自分に対してそういう感情は抱いていないだろうというのが見え見えで、それがどうにも辛い時があった。

 タバコを吸うために、車のウインドウを開けようにも、寒くて躊躇してしまう夜。行き先もなくドライブに誘った。車に載せていたCDも聴き終えてしまい、ラジオを聴いていた。

「それでも 一億人から 君を見つけ出したよ」

そんな歌詞の歌が耳に入る。なんだか一人で照れくさくなって、どうでもいいツッコミを入れてしまった。
「つーか、実際こんなこと言う奴いないって」
「だよね、クサすぎるよね」
そういって笑い合った。ただ、そのとき思ったのは、自分が一億人…いや六十億人の中から見つけ出したのは奈津美だ、そう考えていた。
「ねえ勇介。あそこの展望台行ってみようよ!行ったことある
?」
「そういや、俺行ったことないな。奈津美は?」
「元カレと。」
なんだかガッカリした。
「おい、そんなとこに連れてくなよ…。」
「いやぁ、最後に行ったのが元カレとってのもなんか嫌だし、とりあえず勇介と新に行っておこうかなと思って。」
「何その『とりあえず』ってのは?」
「あ!ごめんごめん」
そういって悪戯っぽく笑う奈津美が可愛らしかった。地元では有名な、夜景スポットだったが、僕は本当にそこには行ったことがなかった。車で曲がりくねった道を登って行く。
到着するが、地元では有名な夜景スポットと言うこともあって、結構な数の車が停まっていた。 いきなり奈津美が車内だというのに、小さな声で
「ねえねえ、この中にさ、絶対エッチしてる車いるよね?」
「そうかもしれないけど、別にここ車の中だし、そんな小さな声で言わなくても誰にも聞かれねーよ」
と、軽く突っ込んでみると
「そういうところ突っ込まないでよ」
といいながら笑った。
車を降りて、展望台へと向かう。
「寒ーい!」
そう言いながら、奈津美は僕に体を寄せてきた。奈津美を意識している自分は、一瞬ドキッとしたが、奈津美からすれば…というか女の子同士がキャッキャ言いながらくっついて歩いてるのはよくあることだし、それと一緒なんだよな…と思ったら複雑な気持ちになった。

 展望台に登るとき、酔っ払った大学生集団とすれ違ったくらいで、展望台の最上階には誰もいなかった。
 最上階。雲ひとつない空からは、寒さで研ぎ澄まされた星の光が降り注ぐかのようだった。
「駅ってあの辺?」
奈津美の声に振り向く。そう言って、指差す奈津美の指先はとんでもない所を指差していた。
「お前、どれだけ土地勘ねーんだよ。あそこ!」
そう言って奈津美のとなりで指差す。
「ああ!あれか!!」
今度も奈津美はまた違うところを指差す。
「お前、わかってやってるだろ…」
奈津美の手首を掴み、指差す方向を修正した。
「最初からそうだと思ってたよ」
ふざける奈津美。この時の奈津美は自分が奈津美と出会ってから一番、可愛く見えた。
そんな中、奈津美の顔から笑みが消え、ふいに真顔になった
「勇介さ、そろそろ彼女作りなよ」
あまり、聞きたくなかった。だって、僕が好きなのは奈津美だ。
「勇介見た目カッコよくないけど、いい人見つかると思うんだけど」
「お前、一言余計だ」
軽く小突いてみた…それよりも自分の中では、片思いの相手にそういうことを言われたショックのほうが大きかった。今までの奈津美の態度からしても敬遠されてるとしか思えなかった。もう、頭の中がこんがらがってワケがわからなくなっていた。追い討ちをかけるように奈津美は続ける
「よく言うじゃん。女なんて星の数ほどいるって。つまりこんぐらいいるってことだよ」
奈津美は空を見上げ、両手を広げた。
目茶苦茶悲しくて、柄にもなく泣きたくなった。喉の奥に、熱い石が溜まって行くような感覚…そして、自分の中で一つの決心がついた。
「俺さ、それ前にも言われたんだよね」
「何?星の数ほど…って?」
「うん」
奈津美は笑顔で
「ほらー。みんなそう言うんだから。積極的に行かないと駄目だよ」
怒りのような、悲しさのような、でも一番は奈津美を好きだと言う気持ち自分の中でどうにも抑え切れなくなった。
「星の数ほど女はいるからって言うけどさ、実際に星と同じでたくさんあっても手が届かないよ」
僕はよほど切羽詰ったような顔をしていたのか、今にも怒るか泣くかのような顔をしていたのか、奈津美は黙って僕の方を見ていた。
「手も届かない、触れることもできない、そんな星なんか興味もない。俺、そんなものより、こうして目の前で輝く星のほうがいい。」
「え?」
奈津美の顔が一瞬強張る。しかし、もう後には退けない。
「意味わかれよ」
この期に及んで、こんな言葉しか出ない自分に嫌気が指した。
「…それは、告ってんの?」
「そう!」
もうヤケだ。
「いつから?」
「わかんない。前々から、一つ一つの仕草が可愛いなって思うことあったけど、ここ最近は全部可愛く思えてどうしようもない」
「本気?」
「本気だよ。クラスメートだし、友達だしってなっちゃうんだろうって思って全然言えなかった。けど、それでも好きだ。もう、ここ半年くらいお前としか出かけたことないし、お前とし
か電話やメールもしたことない…律儀だろ」
もはや逆ギレにしか見えないだろう。奈津美が口を開く
「なんか、一緒に寝たりとか…普通に誰とでもしてるのかなって…」
「それはないよ。」
「…勇介が先に寝るまで、寝ずに警戒してた」
違った意味で突き落とされた。そういう風に見られてたのか…。
「でも、よかった。そういう人じゃないって思ってたし、そういうことしてこなかったし。」
少し救われたが、このままでは話しの本筋から逸れてしまう。そう思っていたら
「そっかぁ。良かった。気が合うね。」
一瞬意味がわからなかった。
「気が合う?」
どういう意味だろう。たしかに気が合うから、高校を卒業した後もこうして一緒に遊んだりしている。それとも?
「私も好きになってたよ。」
どれほどの思いだったか。今までしたこともないガッツポーズ。味わったことのない高揚感。じっとしていられないほどの喜び。思わず奈津美を抱き締めた。少し遅れて、奈津美の腕が僕の背
にまわる。こんな満天の星空の下で、告白するなんてロマンチックな筋書きはなかった。実は奈津美も自分を好きになってくれていたということを知ることができた。
「ごめん、緊張が吹っ飛んだら腹が減った…」
どうにも、このシチュエーションに似合うセリフではなかったが、空腹感もまた素直な思いだった。
「下りて、ご飯食べに行こう」
奈津美の言葉で、惜しいと思いながらも腕を解き、奈津美と離れた。否がおうにも見つめあってしまう。僕はそのままキスをした。寒いはずなのに、体は妙に熱くなっていて、唇から伝わ
る奈津美の体温はもっと熱いものだった。

 展望台を下りて駐車場へ向かう。周りに停まっている車はそのままで、よく見ると車の中では物凄い光景が。
「私の予想当たったね」
無邪気な奈津美。不意に僕の手を掴み
「さあ、行こ!」
僕の手を引っ張りながら、早歩きになる。
「ご飯食べた後、どっか泊まろっか?」
「何、影響されてんのー?」
そうは言いながらも、奈津美の顔が笑っていたので安心した。
「つーかさぁ、無理に我慢してただけで本当は手が早いんでし
ょ?」
悪戯っぽく奈津美が俺の顔を覗きこむ。
「そうじゃねーよ!」
そういう部分を突っ込まれたと言うよりは、改めて見る奈津美の顔が可愛すぎて、照れてしまった。
「まずはご飯だよー。その後はご飯食べてから」
そう言いながら、僕の手を離し走って車に乗った。

 今日から、新しい自分が始まる。長らく待ちわびたもの、どうせ無理だろうと思ったものを得た。そう思ったら、今日を忘れないようにもう一度この星空を憶えておこうと、車のドアを開
ける前に、空を見上げた。
流れ星。あっという間だった。
「見た見た!?流れ星だよ!見た?」
元クラスメートから恋人になっても変らない。いつもの奈津美の声が響く。
「知ってる?一緒に流れ星を見たカップルは幸せになるらしい
よ!」
展望台から市街地へ降りる車の中で、そう言ってはしゃぐ奈津美。
車からは、来る時と同じクサイ歌詞の歌が流れる。奈津美が
「さっきの勇介の告白も負けずにクサかったよね」
と意地の悪いことを言う。自分でもそう思うだけに何とも言えない。
 でも、夜空に輝く星よりも、夜空をかける流れ星よりも、傍で輝く奈津美ともっともっと一緒にいようと思った。


- 完 -

出典:失念
リンク:失念

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