T係長

2007/01/26 18:34 登録: ナナシ

俺は工場で働いているのだが、工場ではいろいろな係がありその分だけ係長が存在する。
俺の働いている職場の隣の職場の係長がT係長だ。
正直工場では、自分の働いているところ以外の人とあまり交流がないため、俺自身、T係長と喋ったことは数えるほどしかなかった。

工場での三交替が嫌になり、やめたいと思ったことがあった。
こんなきつい仕事俺には向いてないと本気で思った。
そんな時、会社が短大に行かしてくれる。という制度があることを知った。
その試験に合格し短大に行ければ、2年経って卒業して、会社に戻ってくる頃には、三交替ではなくなるらしかった。
俺はすぐに受験を志願した。俺が働いているところの係長に頼み込み、なんとか受験させてもらった。
しかし受験勉強のために仕事を休むわけにもいかず、三交替の仕事をしながらの勉強をするしかなかった。

受験当日、課長と俺の働いているところの係長は、「落ちたら許されんぞ」とか、「恥をかくな」とかプレッシャーにしかならないような言葉を俺に浴びせてきた。
そんななかT係長だけは、俺なんか知らないはずなのに、俺に向かって「勉強する暇なんてあんまりなかっただろ?それで駄目でもお前が悪いわけじゃないぞ」と言ってくれた。緊張していたせいか、その言葉が胸にしみて、涙が出そうになった。
受験は思っていた通り、最悪な結果だった。
終わったということを上司に報告する時、課長と俺の働いているところの係長は受験の終わった俺の顔を見て、どんな結果だったかわかったらしく、「お前、ちゃんと努力したのか?本気で受かろうと思ってないのに、受けるんじゃねぇよ!」と落ちこんでいた俺に追い討ちをかけた。

他の係の上司にも報告しなければならず、落ち込んだまま報告をしに行った。
いろいろな係長から嫌味を浴びせられ、俺は最後にT係長のもとへ報告しに行った。
T係長は俺の顔を見た瞬間、「お疲れだったな」とつぶやくように言った。
俺はそのなんでもない言葉がすごく嬉しく、事務所のなかで涙を流してしまった。
「ありがとうございました」
そう言うのが精一杯だった。

俺は次の日からすぐに現場に復帰した。やはり先輩や同僚のみんなも嫌味や非難する言葉を言ってきた。しかし不思議と平気だった。
あの「お疲れだったな」を思い出せば、なにを言われても平気だった。
それからというもの毎日忙しく、T係長を見かけることもなくなった。
T係長元気かな。と思う日々が続いた。

それから数日がたったある日、衝撃的な事件が会社に起きた。
ある係の管理職が亡くなったらしい。
俺は亡くなった人の名前を見て驚いた。T係長だった。
死因は早朝に一人で釣りに行き、岩場に落下してしまったためだと発表された。
月曜日の朝の出来事だった。
「事故死」と会社内では発表された。しかしその死んだときと状況の不可解さから、自殺ではないかと言っている人もいた。
しかし俺にとってはそんなことどうでもよかった。
T係長の葬儀には社長を含め300人もの人が出席した。
俺の職場は忙しく、葬儀には行かずに働けという指示が出ていた。


T係長。仕事休んで行きたかったけど、葬儀行かれません。
T係長はあの日のことなんて覚えてないかもしれませんが、俺はこれからもずっと忘れないと思います。T係長がもし自殺したんだったら、ショックです。
向こうではもう悩むこともないですね。管理職の辛さなんて俺には到底わかりませんが、いままでお疲れ様でした。向こうでしっかり休んでくださいね。
ありがとうございました。



出典:オリジ
リンク:ナル

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