〜可憐日記・姉〜

2007/02/06 17:04 登録: えっちな名無しさん

可憐はお兄ちゃんが大好きです。今までも、そしてこれからも、可憐の中に居ることができるのは
お兄ちゃんだけ。でも、お兄ちゃんの中に可憐がいるのかどうか少し心配です。もし、お兄ちゃんの
中に、他の誰かが居ついていたらどうしよう。どうすれば、お兄ちゃんは可憐を忘れないでいて
くれるのだろう? どうすれば、ずっとお兄ちゃんの中で生きていけるのだろう… 



たとえ、可憐がこの世からいなくなったとしても…



やっぱり…



あの方法しかないのかなぁ…



たとえいけない可憐でもいい。ただ、忘れないで欲しい。

 

お兄ちゃん…

 

 

 

妹達が、この屋敷を離れていった冬。突付けば蜂の巣みたいに賑やかだった屋敷から火という
火が消えてしまった冬。離れ離れになった悲しみと、今でも解決を見せないあの忌まわしい出来事。
お兄ちゃんも、他の人たちもお互いを支えあって何とか毎日を過ごしている。でも、お兄ちゃんは、
何に怯えているんですか? 可憐は、お兄ちゃんがそんな顔をしているととても悲しいです。全ては
可憐とお兄ちゃんのためにやったことなんだよ? お兄ちゃんもやっていいよって可憐に言ってくれた。
だから、だから可憐、この真っ白い両手を血で染める決心がついたんだよ。いまさらそんなのって…
お兄ちゃん、一時の感情に支配されてはダメです… ゴメンなさい。可憐、生意気いっちゃいました。
だけど、きっとお兄ちゃんも分かってくれる… 今… 今、やらないと手遅れになってしまうから…

可憐達が四人で暮らすようになってはじめての春がきました。

可憐の朝の日課は、お兄ちゃんを起こしてあげること。一日の始まりを二人で迎える。なんて素敵
なんでしょう。可憐がゆっくりとお兄ちゃんのお部屋のカーテンを開ける。そして、こう言うの。

 

「お兄ちゃん、朝ですよ。起きてください…」

 

もちろんそれで起きてくれるお兄ちゃんじゃなくて、子供みたいに布団にもぐりこむその姿が、とても
愛らしく見えて、昨日よりもずっとお兄ちゃんを好きになれる。そう思える朝が可憐は大好きです。
おはようのキスは、残念だけどまだ早いかな? だって、可憐はお兄ちゃんからキスしてほしいから…

火が消えた今だからこそ、可憐がお兄ちゃんの火になってあげたい。あったかい、それでいて安心できる
優しい光になりたい。そんな可憐の気持ちを分かってくれているんだろう。お兄ちゃんは、毎朝笑顔で
可憐を迎えてくれる。うん。昨日まではそう思っていた。ずっと続くと思っていた可憐とお兄ちゃんの朝。
それを壊したのが… 壊したのが… あの… あの!!!!!!!!!

彼女。あの出来事以来、毛皮と骨だけになった愛犬の形見を常に持ち歩いては、意味も無く泣いていた。
廊下で、食事時に、居間で、そして外で。あの子は、可憐に笑顔をくれなくなっていた。確かにあれは
可憐の仕業だけど、それは少し酷いんじゃないかな… だって… あなただってお兄ちゃんを引き寄せる
ために随分悪さしていたじゃない。みんなは知らないかもしれないけど、可憐には全部お見通しなんだから。
お兄ちゃんと二人っきりになって可憐の悪口言っていたのを気付いてないとでも思ってるの?
犬に可憐が邪魔だ、居なく成ればいい、死ねばいいって言ってたの知ってるんだから!! 全部全部
分かっているんだから!!!! 違うの! 死ぬのはね… 死ぬのはね…

 

 

 

あなたよ!!!!    鞠絵

 

 

私は見た。いつものようにお兄ちゃんを起こしに向かった部屋がもぬけの殻だったことを。そして、
心配になって屋敷中を駆け回った可憐が最後に辿り着いたあの子の部屋。恐る恐る覗き込んだ
私の目に飛び込んできたのは、お兄ちゃんがあの子の布団に潜り込んで添い寝をしている姿。
ドアにもたれる力すら奪われた可憐は、よろよろと後ろの壁にぶつかり、そしてしゃがみこんだ。
這うようにして自分の部屋に戻った。悲しかった。悔しかった。どうしようもなく黒い感情が可憐の
中に流れ込んできた。懲らしめてやるとか、罰を与えるとか、そんな余裕はもはや無かった。
ただ、黒い… そして、底の見えない闇に私を連れて行く。一歩留まって考える余裕は無かった。
むしろ、望んでその闇の中に飛び込む。そして、こう思う。いえ、誓う。

 

あの子を殺したい。

 

お兄ちゃんのためでもない、ましてや可憐のためでもない。ただ、本能が私にそう命じている。
ナイフで、出場包丁であの子のお腹を切り裂きたい。花瓶で、ハンマーであの子の頭を思いっきり
殴りつけたい。人として殺すのではなく、屠殺したい。モノとして。泣き顔なんてどうでもいいの。
殺しただけでは飽き足らない。死体を、肉を、パーツを蹂躙したい。可憐のこの手で。誰の力も
協力も借りることなく。そのためには、少しの間だけお兄ちゃんに嫌われても構わない。ううん、
これは可憐の最初で最後のワガママ。可憐が愛したお兄ちゃんだもの。きっと… 分かって…
ううう… なぜ? どうして? 涙が止まらない。ううん。これでいいの。可憐はこの涙を最後に
人という心をこの部屋に置いていきます。帰れなくなるかも知れない。そのときは、お兄ちゃんが
可憐を… 可憐を… 

涙を拭いて部屋を出る。お兄ちゃんに気付かれないように顔を洗って、目薬をさして、ごく自然に
キッチンへ行く。キッチンでは、手馴れた様子で春歌ちゃんが和朝食の仕上げにかかっていました。
私も彼女のお手伝いです。「あっ…」。彼女はそういって可憐の行動に驚きをみせましたが、
いつもはお兄ちゃんとゆっくり朝を迎えていたんですもの、朝のお手伝いなんて彼女にとっては
始めてみる光景。そりゃ、驚くよね。でも、決行の日までは、こうして大人しく待つの。決して
慌てない。先はまだまだ長い。がんばらないと…

四人分の朝食が出来た。自然と表情が柔らかくなる。それを見た春歌ちゃんが今日初めて
可憐に笑顔をくれた。ふふふ、なんだかこういうのも良いよね。どこにでもありそうな朝の風景に
可憐はちょっと感動してしまいました。そう気分よくしていた時でした。お兄ちゃんが、あの子と
一緒に姿を現したのは。お兄ちゃんにピッタリとくっ付くように寄りかかりながら。瞬間、心に
闇が張り詰める。だめ! まだ、だめ! そう、強く自分を自制して出来る限りの笑顔で二人を
迎える。おはよう、お兄ちゃん、と。

春が過ぎて夏が来る頃には、春歌ちゃんと可憐でご飯を作ることが当たり前のようになった。
彼女も私のことを信用してくれているみたい。前までは、可憐の目からも分かるくらい一歩退いて
接していたのが、今では普通の笑顔を見せてくれるようになった。お兄ちゃんの護衛役でもある
春歌ちゃんの信用を得ない限り、可憐の計画は実行に移せない。突き詰めて言えば、春歌ちゃんの
信頼と季節と天気の三条件が上手く重なって初めて腰を上げることができる。春歌ちゃんの信用を
得るためには生半可な上辺だけの態度ではダメ。本当のココロが必要。だから可憐は、寂しいけれど
お兄ちゃんと一線を引いて生活することにしました。だって、お兄ちゃんの側にはあの子が
いるのだから… あの子を見ていると自分の中の黒を抑えきれなくなってしまう。

秋がきた。あの出来事から一年が過ぎた。可憐は、春歌ちゃんと近くの山に山菜や果物を
取りにいったり、いっしょにお買い物にいったり、冗談を言い合ったりするまでに仲良くなった。
秋が深まる。当初の目的の一つでもあった春歌ちゃんの信頼は得ることが出来た。後は季節。
それは秋と冬の狭間である晩秋。生けとし生ける物が自然の法則のままに身を朽ちさせ、
春という復活の季節を待つ。その全てが凍りつく冬という門の入り口がそう。あの子に春は
来させない。冬に散る。私が、引導を渡す。全ては、私的な欲望ではなく、因果のままに…

忘れることも無いあの日。晩秋というよりも初冬。紅葉は、その役目を終え、静かな眠りに
ついている。風が強い。空に厚い雲が張っている。雲の下層が驚くような猛スピードで駆け抜けて
いく。ねずみ色の空。今夜はもしかしたら少し荒れるかもしれない。屋敷に戻り夕食を四人で
済ませる。後片付けを終えた可憐は、お庭にでて空を見上げる。冬の太陽は、駆け足で家に
帰る。あったかいシチューでも待っているかのように。真っ暗。屋敷の窓から漏れる光が
目にまぶしい。

 

ぽつっ…

 

見上げた可憐の頬を濡らすのは、冷たい雨。

 

ぽつっ… ぽつっ…

 

うん。今夜にしよう。

 

お庭の倉庫に置いてある可憐の旅行カバン。これを手にすると、もう可憐はもとに戻ることが出来ない
かもしれない。このカバンで行けるのは片道だけ。それなりに幸せに暮らしてきたこともあったんだろう。
カバンを手にお部屋に帰ってもなかなか決心がつかなかった。私を現世に繋ぎとめていたのは、一番の
親友になってくれた春歌ちゃん。彼女の顔が思い浮かぶと決心が鈍る。お風呂に入って少し考えを
まとめてみるのもいいかもしれない。あったかいお風呂は、しかし、あの事件があった場所では無い。
改めて増築した新しいお風呂。別に気にしなくてもいいと可憐は思うんだけどな。弱虫。

湯上りの気持ちよさ。これが最後だと思うとなんだかせつない。髪を整えるために部屋に戻る。
ゆっくり歩く。ここは、花穂ちゃんのお部屋だったな〜 亞里亞ちゃんは元気で居るかしら?
千影ちゃん… もし、彼女がここに残っていたら果たして上手く事を運ぶことが出来たのだろうか?
主を失った部屋に目を向けながら自室に戻る。と、目の前の部屋から明かりが漏れている。春歌ちゃんの
部屋はもう少し玄関寄りだから… あの子の、か。開けっ放しというわけでもないんでしょう。
ただ閉め切らなかっただけ。だって、あの子は病気で弱っている身体だから。仕方無いな、と
昔の私からは考えつかないよね? おせっかいにも扉を閉めてあげようとノブに手をかけた。
何とは無しに中の様子が目に入った。

 

!!!

 

消えかけていた黒の感情が、最初の決意時よりも激しく燃え上がる。ノブを握る手は、驚くほど
冷静だった。逆手は… 爪が手のひらに食い込んで血が床に、カーペットに赤点をいくつか
作り出していた。ゆっくりと静かに戸を閉める。自分でも驚くほど冷静な足どり。防波堤の役目を果していた
春歌ちゃんが、その機能を失っていた。部屋までが遠かった。可憐が歩いた後には、硬く握り
しめた左手から流れ落ちた血と、涙の雫が。それは、悲しい可憐の足跡。可憐が見たのは…

 

部屋の中で口付けを交わしている二人の姿だった。

 

ベットに突っ伏す。強く、今までに無いくらい強く哭いた。可憐が、お兄ちゃんから遠ざかっていた
間、あの子は誰にも邪魔されずお兄ちゃんを独占していた。忘れていた。あの子があの子だって
こと。気がつけば、お兄ちゃんを奪われてしまっていた。大好きなお兄ちゃんが、あの子とキスを
許すくらいの関係になっていた。鬼の居ぬ間に…か。ははは… 可憐ってば、お間抜けさんみたい…
顔を上げる。持ってきた旅行カバンを開ける。迷いは消えた。今夜…やる。

時計の針は間もなく12を指そうとしている。日が変わったら、それが決行の合図。外は雨風が
傍若無人に踊り狂っている。窓がガタガタ音を立てる。その窓から雷光。しばらくして低い音が
鳴り響く。まだ、遠いみたいね。ゆっくりと、しかし、確実にあの子の部屋に向かう。

カチャ。

乾いた音を立ててドアが開く。中は真っ暗。雷鳴と廊下の薄明かりだけが頼りだった。ゆっくりと
あの子が眠るベットに向かう。ようやく辿り着いた鞠絵の枕もと。小さな寝息を立てている。
思い出す。お母さんが私に突きつけたナイフのような事実。あなたは… あなたは… あの人と…
あの人と… あの子と… あの子と… だから… あなたはここで母さんと暮らすのよ…
でも、それは可憐にだけ適用された不公平な事実。許せない。誰が? 私が? 違う。世界が、
空が、大地が、あなたを許さないと言っている。

一際強く激しい雷鳴が駆け抜ける。

天の声が彼女を夢から目覚めさせる。寝返りを打つ合間に目にしたのは、刃渡り30cmを超える
包丁の鈍い光。雷鳴よりも強く彼女を覚醒させたその輝き。「ひっ!」と可愛い叫び声をあげて
立ち上がる。だけど、立っていたのが、可憐だと気付いて少しほっとしたみたい。でも、可憐の
様子がいつもと違うことにも気付いたみたい。だって可憐の手には場違いな包丁が握られているん
ですもの… 既に柄の部分は可憐の血で赤黒く濡れているそれが。

 

可憐ちゃん?


うん。可憐ね、あなたを殺すことにしたの。

 

短いやり取り。

 

ど、どうして?

 

お兄ちゃんを可憐から取り上げたから。それとあなただけ全てに恵まれているのが許せない。
だって、だって、私たち… 同じ姉妹なのよ! それも同じお父さんとお母さんから生まれた
正真正銘の姉妹なのよ! そして、お兄ちゃんも同じにように。優しいお父さんに引き取られたのは
あなた。そして、裏切り者のお母さんが手ぶらじゃ嫌だからといって連れて行ったのが私!
なによ! この違いは! ふざけないでよ! あなた何様よ! 妹の分際で… わ、私がどれだけ
頑張っても得られないものたくさんたくさん… 宝石みたいに大切に扱われて、それで最後は
お兄ちゃんまで持って行っちゃうんだ?

ゴメンなさい? 誤解です? 兄上様のことを愛しているのはウソじゃない? そんなの可憐の
知ったことじゃない。あなたは死ぬの。この包丁でぶすっとお腹を引き裂かれてカエルのように
情けなく死んでいくの。震えるほど怖い? いいよ。だって最後だモノ。叫んでも良いよ。雷が
全部吸い取ってくれるから。ただ、あなたがここで死ぬということに変わりは無いの。妹よ。
可憐は微笑みながらゆっくりと包丁を掲げる。そして…

 

バイバイ。

 

突き出した包丁とドアが開く音が同時だった。驚いた拍子に包丁の起動がずれて、妹の左腕に刺さった。
というよりも肉をえぐった程度。勢い余ってベットに埋まった包丁を抜いてるあいだに、妹は可憐の
脇を這うように逃げ、飛び込んできた人に助け出された。誰? ああ、あなた… 春歌ちゃん。
あなたも不思議そうな顔で可憐を見つめるのね。でも、あなたならその気持ちを持つのは当然だと
思う。だって、可憐は、まだ春歌ちゃんのことが大好きなんだもの。だから下手な言い訳はしない。
どいて、と一言だけ。後は抜いた包丁を振り上げ、春歌ちゃんの背で怯える妹に切りかかる。

ドン

一瞬何が起こったかよくわからなかった。ただ、気がついたら可憐は、ベットの上に飛ばされていた。
春歌ちゃんの当身。可憐が女の子だからって言っても、8mくらい飛ばされてしまった。その辺の
男なんかよりもはるかに頼もしい。うん。彼女ならお兄ちゃんを任せていられる。だけど、これだけは
譲れない。彼女にはまだ迷いがある。私が一年かけてかけた魔法。多分、次の一撃をはずすと
もう後は無いと思う。春歌ちゃんは、必死に私を説得している。うんうん。分かってるよ。全部
聞こえてる。可憐に届いているよ。でもね、これは可憐がおかしくなったとかそういう問題じゃないの。
だって可憐、正気だもの。お願い。一度だけ、もう一度だけでいいから手加減して。そう願いを
込めて包丁を構える。そして、床を蹴った。

可憐と春歌ちゃんの距離が一瞬でゼロになる。当身ならかわせる。でも、彼女のとった行動は可憐の
思惑と全く違っていた。手にもっていた長棒を可憐に向けて一突き。ゴス! 鈍い音。棒の先端は、
可憐の胸に埋まって見えなかった。すぐに激しい痛みが可憐を襲う。でも、可憐も何とか目的を
達成できた…かな? 春歌ちゃんが可憐の手から包丁を取り上げようと… だけど、ない。
握り締めた包丁は… 春歌ちゃんが後方を確認した際、見たものは… 床にうずくまる妹、鞠絵の姿。
背中に15cmほど包丁を受け入れたまま。

可憐は、春歌ちゃんに突かれた瞬間、包丁の起動を変えた。春歌ちゃんの背中を刺すような形で、
そこにあった妹の背中を突く為に。進ませる、ではなく戻すような感じでやったのが功を奏した。
そんなに深く刺さっているわけじゃない。でも、体の弱い彼女ならもしかして致命傷になるかもしれない。
春歌ちゃんが、必死で妹の手当てをしている。その横を可憐はゆっくりと通り過ぎる。

「春歌ちゃん。お兄ちゃんをよろしくお願いします」

きっ!と可憐を見上げたであろう春歌ちゃんの硬い表情が一転驚きに変わる。だってあの時、可憐
泣いていたんですもの。そして、部屋から出る際、可憐がチラッと見た妹もなぜか泣いていた。
何かボソボソと言っていたみたいだけど、可憐には聞き取ることができませんでした。よろよろと廊下を
歩く。お兄ちゃんの部屋の前で少し足を止める。でも、それは一瞬。だって、もう可憐はお兄ちゃんが
知っている可憐じゃなくなったから。会えば、きっと嫌われる。分かっている。当然なことだと。でも、それを
お兄ちゃんから直で突きつけられるのは絶えられない。だから会わずにお別れする。

 

「さようなら、お兄ちゃん…」

 

玄関の扉を開ける。外は嵐。だけど、可憐はもうここには居られない。傘もささずに屋敷を後にした。
歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。嵐の中をただひたすら歩く。胸が痛い。春歌ちゃんに突かれた胸。
痺れてきている。咳をすると全身に激痛が走る。もしかしたら肋骨が何本か折れているのかもしれない。
唾液が血の味をし出してきた。咳とともに喉から焼けるような血が溢れ出す。走れない。
だから歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。あるく…

朝がきた。可憐は、最寄の街までやってきた。人も疎らな駅舎。まだシャッターが降りたままに
なっている商店街。雨はもうやんでいる。空がほのかに色づいてきた。雨ざらしで歩いてきた可憐。
明るくなっていくとともに、人の数が増してくる。可憐が歩くとピチャピチャと水に濡れた靴が不快な
音を立てる。髪も濡れたまま。通り過ぎる人、みんながみんな可憐を一瞥していく。別にどうでも
いいけど… ああ、それにしてもお兄ちゃんに会いたい…

足を引きずるようにして半都会化した駅前通を当ても無く歩く。ちょとした出っ張りに足を取られて
コンクリートを舐める。あはは… 情けないんだ… 人目を気にすることもなく、立ち上がる。
が、その時、強く咳き込んだ拍子に激しい吐血。どうやらさっき転んだせいで、折れた肋骨が
どこかに刺さってしまったんじゃないかな… いわゆる年貢の納め時みたい。

通りに設置された花壇のブロック塀を背に寄りかかる。最後は、お兄ちゃんに会ってから行こう。
スカートのポケットに忍ばせていたのは、小さな果物ナイフ。1分程度眺めた後、ためらいも無く
自分の喉に突き立てた。遠くで女性の悲鳴らしいものが聞こえた。でも、そんなこと気にして
られない。ナイフを抜き取ると噴水のように可憐の喉もとから血が噴出した。それを両手で
受け止める。ああ、お兄ちゃんだ… 可憐に流れる血は、お兄ちゃんの血。鞠絵には、秘密に
しておいたけど、本当の兄妹は可憐とお兄ちゃんだけ。あの子は、お母さんが捨てられた後に
出来た女との間の子供。ただ、その女が出産と同時に亡くなったため、都合上可憐のお母さんが
鞠絵の母として利用された。腹違いの薄い関係じゃない。可憐とお兄ちゃんは強い結びつきが
あるの。この流れ出る血はお兄ちゃんの血でもあるの。ああ、お兄ちゃん。会いたかったよぅ…
真っ赤に染まった両手を愛しそうに抱きしめる。

邪魔な通行人が、可憐とお兄ちゃんの再会を邪魔しようとする。お兄ちゃんにさわらないで!
強く言い放つ。地面に広がったお兄ちゃんには誰も触らせない。可憐の元に戻すように
掻き寄せる。その間も、絶え間なく喉から血が溢れ出す。可憐が、触るな!と言おうとしても
喉がすひーすひーと異音をあげるだけ。もう、可憐喋れない。お兄ちゃん、可憐、先に行くね?
深く深く背もたれるような姿勢で可憐は、目を閉じました。そして、しばらくしないうちに意識が
朦朧としだして… テレビの電源を切るように、フッ!と可憐の残り火は消えてしまいました。

一定の距離を置いて、見世物状態になっている可憐の身体。全身を血まみれにさせた肢体。
じわじわと血が彼らのほうに向かって広がっていく。既に黒山の人だかり。無関心な人間は
ちらっともせずに通り過ぎていく。雫が落ちる冬の蛇口程度にまで落ち着いた出血量。可憐が
絶命した後も、お兄ちゃんは優しく私を抱きしめてくれていた。

 

可憐の身体全てにお兄ちゃんが溢れていた。

 

お兄ちゃん、大好きです。

 



出典:〜可憐日記・姉〜
リンク:http://arekore.s10.xrea.com/marie/karen3.htm

(・∀・): 61 | (・A・): 66

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