追想曲2
2007/02/18 23:08 登録: えっちな名無しさん
やけに涼しく感じた夏が終わりを告げ、騒がしかった蝉の声が小さくなるにつれて、秋の足音が一歩一歩近づいてくる。
九月が過ぎようとする頃に、やっと文目が学校に来た。
―この時受けた衝撃を、俺は今でも鮮明に思い出すことが出来る。
「シュウちゃん」
紅く染まる廊下。
聞き慣れた声に呼ばれ、振り返った。
そこには、サラサラのセミロングの髪が印象的な少女が居た。
……が、後ろに立っている少女にまったく見覚えはない。
―あれ?
確かに文目の声がしたと思ったんだけど……。
勘違いで振り返ったなんて、とんだ笑い草だ。
見知らぬ少女に、ハハハと照れ笑いを向けて誤魔化すと、前を向き再び歩き出そうとした。
……すると
「シュウちゃんってば!!」
また文目の声だ。
しかも今まで聞いたことの無いくらい明るい声。
恐る恐る振り返ってみる……しかし、そこにいたのはやっぱりさっきの女の子だった。
でもさっきのは間違いなく文目の声だ。
他でも無い、この僕が聞き間違う筈がない。
―じゃあなんで?
何度も言うようだが、僕はこんな可愛い娘は知らないし、振り返った放課後の廊下にこの娘以外の姿は見当たらない。
「私だよ、文目だよ〜」
三度文目の声で喋った女の子は、いきなり僕の腕に飛び付いて来た。
「わっ!?」
い、一体何なんだ!?
それに、今確かに自分のこと『文目』って言ったよな……。
二重の衝撃でオーバーヒート寸前の頭で、俺はなんとか
「お前、ホントに文目なのか?」
とだけ言った。
今思えば、この時の俺は相当マヌケに映っていたに違いない。
完全に気が動転していたから……。
「そうだよ〜。いめちぇんしたんだ、イメチエン!どう?私、変わったかな……?」
「あ、あぁ……」
今俺の目の前にいる文目はとても可愛い女の子で
眼鏡でおさげな僕の幼なじみは、もうどこにも見当たらなかった。
久しぶりに文目と帰る学校の帰り道、あいつはずっと僕の腕にしがみついていた。
夏休みのこととか色々聞きたいことはたくさんあったのに、何が何だかわからなくて、それどころしゃなかった。
「A―JAJAの新曲スッゴイ良い感じだよね〜」
「あ、あぁ」
さっきからこんな感じで文目が積極的に話し掛けてくることに、僕が生返事を返すだけの会話とも言えないようなやり取りが続いている。
そもそも文目はバンドの曲の話なんかする奴じゃないんだ。
以前は自分がすきなクラシックだとか、この間読んだ本の内容だとか……そんな話ばかりだったのに。
僕は本を自主的に読んだりするやつじゃないけど、文目のする本の話を聞きながら、その物語を思い浮かべるのは僕の密かな楽しみだったりしたんだ。
でも今日はいつもと全然違う。
流行りの音楽やTVの話……全然文目らしくなかった。
こいつは本当に文目なんだろうか……と、再び疑念が浮かび上がり、僕より頭一つ低い隣の文目(?)をじっと見つめていた。
その時、耳に聞き慣れた曲が聞こえてくる。
「〜〜♪」
この歌は……
「文、目……?」
改めてまじまじと見た隣の娘には、しっかりと文目の面影が残っていた。
「えへへ。A―JAJAもいいケド、やっぱり私はこの曲が好きなんだ〜」
それは昔から、いつも文目が口ずさんでいた曲だった。
基本はスローテンポのしっとりとした曲だが、速くなったり遅くなったりの緩急が上手く使ってあり、明るく聞こえる不思議な曲。
文目のアルトの声にピッタリとハマっていて、文目の為に作られた曲のようだった。
「おばあちゃんから教えてもらった曲でね?曲名も何もわからないんだけど、すっごく好きなんだぁ〜……。って、前にも話したっけ?」
「あぁ。それ、二人で歌う《追復曲》って言うんだろ?」
以前にも話していたことを思い出した文目は、恥ずかしそうに顔を伏せた。
間違いない、この子は本当に文目だ。
仕草、話し方……どれも変わってはいるが、よく見ればしっかりと面影が残っている。
「《追復曲》ってね。曲の始めから終わりまで、それぞれの旋律はずっとすれ違ってばっかりだけど、最後は絶対に二つ綺麗に重なるの。私、その瞬間がすっごく好きなんだぁ〜」
そう言って、嬉しそうにあの曲を口ずさみ始めた。
この時の、文目の必死な想いや、僕に送られていたサイン、この曲が好きな本当の理由……。
そんな、本当に大事なものが、その時の僕には何一つ見えてなんていなかった。
僕の鈍感さや、下らない恥知心のせいで……
僕らは、これからの大事な……本当に大事な時間を、馬鹿みたいに無為に過ごすことになる。
出典:追想曲
リンク:http://hp9.0zero.jp/136/2009343/

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