追想曲3
2007/02/19 13:51 登録: えっちな名無しさん
秋が終わり、冬が顔を覗かせ始める時期……。
文目がイメージチェンジしてから、2ヶ月が経とうとしていた。
この2ヶ月、文目の外見に伴うように僕の生活はガラリと変化してしまった。
どこに行くにも……
「シュウちゃ〜ん」
何をやるにも……
「シュウちゃんってばぁ〜」
しつこくしつこく、文目はつきまとってきた。
イメチェンしてからの文目は……そりゃあ可愛いし、勿論悪い気はしなかったんだけど……。
それが毎日毎日続くと、段々と欝陶しくなってしまっていた。
「あの頃の文目は、どこにいっちゃったんだろう……」
つい、ぽつりと本音が出てしまう。
「うん?どうかしたの?」
茜に染まる帰り道。
隣で、僕より頭一つ小さい文目が首を傾げてこちらを覗きこんでいた。
そう、今も現在進行形でつきまとわれ中。
行きも帰りもこんなんじゃ、堪ったものじゃない。
このことをクラスの奴に相談すると……
「世界中で、毎日何人の男が孤独に震えていると思っているんだ!!」
―とか
「それは『僕を全殺しにして下さい』っていう、遠回しなサインなのかな?」
と、どこか血生臭い答しか返ってこなかった。
どうやら、二年である文目の急激な美化(?)は三年の中でも中々有名な話らしく、皆の見解は一律して『可愛い』というものだった。
その話に便乗してかどうかは解らないが、《俺と文目が付き合っている》説まで飛び出す始末。
このせいで数少ない女の子との出会いもほぼ皆無となり、残された僅かの中学生活は陰欝な物になりそうだ。
「ぼ〜っとしちゃって。どうしちゃったの?」
文目は少しムッとしたように、僕を肘で突いた。
こういう仕草はドキっとするし、他から見れば確かに今の僕の状況は羨ましいものなのかもしれない。
「でね、この前読んだ本なんだけど……っ!」
途中まで言いかかった言葉を飲み込むように、慌てて口を閉じた。
―違うだろ?
そうじゃないよ。
お前はそんなんじゃないんだ、無理してるのなんて僕にはバレバレなんだよ。
「でね……アジャ……の新……が……」
今日も隣で文目は、したくも無い話を、俺に合わせるために続けている。
浮かべる満面の笑みはと楽し気な声は、ちっとも楽しそうではなかった。
今思えば、この時……いや、もうずっとずっと。
いつからかわからないくら昔から、俺は文目のことが好きだったんだと思う。
ベッタリくっつくのに反比例するように、二人の距離は離れていき、かえって互いの距離が良くわかるようになった。
しかし、時すでに遅し。
気付いたころには、目の前にいるハズの眼鏡でおさげな文学少女は、どこを探したって現れることはなかった。
僕の少し遅い初恋は気付いた瞬間、告白することも無いままに幻のように消えてしまった。
残り僅かの中学校生活は、予想通り陰欝に終わりを告げる。
卒業式の日、文目は人目を憚ることなく盛大に大泣きしていた。
別に今生の別れでも無いんだけど、一緒の時間が短くなるのが悲しかったらしい。
そこまで慕ってくれている文目には悪いとは思ったけど、僕は早くも新しく始まる高校生活に胸をときめかせていた。
要因の一つに、『文目と距離を置ける』というのも少なからず入っている。
新しい人間関係。
男友達との放課後の寄り道。
運命の出会い。
どれもこれも、中学では望めなかった垂涎モノのイベントばかりが目白押しだ。
しかし、そんな考えは全然甘くて……文目のマークはそう簡単には外れることはなかった。
放課後はわざわざ校門まで迎えに来られて友達に冷やかされ、登校も勿論一緒……。
かくして、俺の高校一年生の年は、中学と変わり映えしない時間だけが流れて行った。
その中に運命の出会いなんて期待出来るハズもなく、もう高校二回目の春はすぐそこまでやって来ていた。
思い返せば本当に馬鹿だったと思う。
『代わり映えしない』……その日々こそが『掛け替えの無い』大切な日々で。
運命の出会いなんて、とっくの昔に果たしていたというのに……。
一つ上の学年になり、毎朝昇る階段の数が少しだけ少なくなる。
もちろんそれと同時に文目は同じ高校に進学して来た。
「よろしくですよ〜シュウちゃん先輩♪」
なんて言いながら、またいつもの日々が始まった。
毎朝毎夕の送り迎えは健在。
放課後、校門で待つ文目を出し抜くことはいくらだって出来たけど、もうそれは二度としないことにしている。
中学の時、一度だけこっそりと裏門から帰り、友達と遊んだことがあったんだ。
薄暗い夜空の下、家路へと向かう途中に……僕は、閉じられた校門をじっと見つめる文目を見てしまった。
―瞬間
プレスで潰されたように胸の辺りが痛み……。
僕は声もかけることなく、うんと遠回りして走って帰った。
翌日……
「……昨日、どうしたの?」
と、ひどく不安そうな面持ちで文目が訪ねて来た。
そこで僕は何か言い訳をしたんだけど、良く思い出せ無い。
でも、きっと性も無い嘘だったのだろう。
それでも文目はそれを疑うこともせずに、ホッと胸を撫で降ろしていた
「忘れてたり、避けたりしてた訳じゃないんだね……」
「あ、あたりまえさ」
この時ほど、自分を最低だと思ったことはない。
沈黙を恐れ
「何時まで待ってたんだ?」
と聞くと……
「そんなに待ってないよ。10分くらいじゃないかな?」
と、文目は笑顔で大嘘をついた。
そんな訳がない。
あの時、時計は八時過ぎを指していたハズだ。
その悲しい笑顔を見ると、昨日の校門の時のように胸がキリキリと痛んだ。
それ以来、約束を破ることだけはしないことにした。
文目が今の文目になってもう二年以上が経つ。
鈍感な俺は、この時になってようやく文目は文目なんだということに気が付いた。
元々僕は文目に明るくなって欲しかったのだし、どんなに変わっても文目であることには変わり無い。
そう考えると、前程一緒に居ることが疎ましくなくなった。
……それどころか、文目を見ていると、最近では覚えのない動悸を感じたりしていた。
気付かない振りをしていただけで、僕は同じ娘に2回惚れていたのかもしれない。
―でも
このことに気付くのも、全てがもうどうにもならなくなってからのことだった。
春が終わり、夏が過ぎ……また「秋」がやってきた。
文目がイメチェンしたこの季節。
とうとう『代わり映え』しない『掛け替えの無い日々』は、音も立てずに崩れ去った。
教室の窓の外は一面淡い紅で覆われており、少し肌寒い風が吹きこんできていた。
―季節は秋。
夏服から冬服に衣更えするころに、『代わり映え』しない日々は唐突に終わりを告げる。
―放課後
「おい、シュウ。帰りにゲーセン行かねぇ?佐竹とかも行くんだけど」
帰り際、友達の木根が誘って来た。
「悪い。ちょっと放課後は外せない用があってさ……」
いつも僕はこうやって誘いを断って来た。
前は堪らなく嫌だったけど、最近は心のどこかで文目と帰れることを喜んでいる自分が居たから。
木根は、こんな僕を懲りずに誘ってくれる良いヤツだ。
「はぁ〜。またあやめちゃんかよ。いいねぇ、彼女持ちは……」
ヤレヤレといった様子で、肩をすくめる。
前言撤回。
こいつは絶対的に口が悪い。
「そ、そんなんじゃないって!!」
動揺を悟られないように、声で誤魔化すと、鞄を抱え校門へと向かった。
背後で木根が何か恨み言を行っていたが、良く聞こえなかった。
とりあえず、明日殴っておこう。
一段一段階段を下っていく。
それに比例するように、胸は大きく高鳴って行った。
いつのまにか三段飛ばしで階段を降りている自分に気付き、自然と笑みが浮かぶ。
転ぶように昇降口で靴を履き変えると、茜に染まる校門に向い駆け出した。
「あ…………」
勢い良く出したハズの脚は、一歩、また一歩進むに連れ遅くなり、最後にはとうとう止まってしまった。
見慣れているハズの、文目が待つ真っ赤な校門。
そこには文目以外に、文目より頭二つ高い男が向かい合うように立っている。
朱に染まった顔を伏せて……。
それが差し込む太陽の光りのせいだけでは無いのは、誰の目にも明らかだった。
僕はしばらくそこに呆然と立ちすくす。
その間にも、文目の前を俺の知らない文目の友人が通り過ぎていった。
アイツにはアイツの生活が出来始めているんだ。それならば、僕は僕の生活を生きていかなければならない。
背後に、ガヤガヤとこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
たぶん木根達だろう。
そうさ、僕は僕の時を生きよう。
たまたま偶然、今までの道が文目と同じだった、それだけの話さ。
最後に重なる『追走曲』があるように、途中で別れることがあっても不思議ではない。
もう真後ろに来ていた木根達に、背中を向けたまま、合流する旨を伝えた。
もう約束を守る必要もない。
僕なりに青春というやつを謳歌することにしよう。
今頬を流れている涙は、差し込む西日のせいに違いない。
きっとそうに違いない……。
―苦しい……
それなのになぜこんなに息が詰まるんだろう……?
これは元々俺が望んだ未来だった筈じゃないか。
僕に僕の友達が居るように、文目にもそんな関係を作ってあげたくて……。
俺には来なかった運命の出会いが、文目にも来ない道理は無い。
約束を破った次の日。
文目はいつものように、朝僕を迎えに来た。
僕は無言でそれに応え、お互いに言葉を交わすことなく学校に向かい始める。
そして文目は、あの日と同じように
「昨日……どうしたの?」
と、不安そうに聞いていた。
でも、僕はあの日のように嘘をつくことはしない。
もうその理由が無いんだから。
「あぁ、木根達と遊びに行ったんだよ」
並んで歩いていた筈の文目の歩みが、それと同時に凍りついたように止まった。
「ま、またまたぁ〜。本当は何かあったんでしょう?」
文目のこちらを見る瞳が
「言い訳してよ……」
と言っていた。
どんなに下手くそな嘘だって、今の文目はダマされてくれるだろう。
でも、それじゃ駄目だ。
僕に対する文目の気持ちは親愛のような物。
ただ単に周りに僕以外の男が居なかっただけで、それを勘違いしているだけなんだから。
このまま一緒に居ることは、文目の出来始めた生活を邪魔するだけだ……。
止まった文目をそこに置いたまま、振り返りもせずに言う。
「いや、別に特別な用事があった訳じゃないさ。それと、これからは一緒に帰れそうにないから」
それだけ言うと、学校までの残りの道を一人で歩いた。
本当に久しぶりに一人で歩く道程は、信じられないくらいに長かった。
何を考えることも無く、ただ無為に一日が過ぎていく。
気付けば放課後になっていた。
「木根、今日帰りにどっか寄って行かないか?」
友達を誘うのなんて、いったいいつ以来だろうか。
そんな俺の言葉を、木根は馬鹿みたいに口を開けて聞いていた。
「おぃおい、二日連続で一体どうしたってんだよ。マジで熱でもあるんじゃねぇ〜の?文目ちゃんはどうすんだよ」
「文目は文目、僕は僕だろ!?アイツと僕は別に何の関係もないよ!」
自分でも驚くくらいに大きな声が出た。
「……ま、お前がそう言うんなら俺は構やしないよ」
何かを察したのか、木根が珍しくこちらの言い分を飲んでくれた。
そう、これで良いんだ。
友達と一緒に騒いで、下らない時間を笑いながら過ごす……それが僕が憧れていた青春なんだから。
これでいいんだ……きっと。
木根達と遊んだ後の帰り道、気付けば足は何故が学校へと向かっていた。
まさか……な。
昨日だって待ちぼうけ食らったんだ。
今朝だって、もう帰れないって伝えたし、居る訳ないよな。
だけど、校門の前には……
あの時の再現のように、堅く閉じた校門を見上げる文目の姿があった。
次の瞬間、俺は文目の元へと駆け出していた。
「お前っ、何してんだよ!!馬鹿じゃないのか!?」
僕より頭一つ低い文目は、悪戯を見つかった子どものように笑うと
「別に、待つのは私の勝手でしょ?」
と言い、顔を赤らめながら
「それに……シュウちゃん来てくれたもん」
と繋げた。
その仕草に、固めたハズの決心が大きく揺らぐ。
だめだ、これじゃ駄目だよ。
「な、何言ってんだよ。たまたま帰りに通りかかっただけで、別にお前を迎えに来た訳じゃない」
そんな大嘘をついて、家への道を歩き始める。
もう死んでしまいそうなほどに胸が痛んだ……。
この時ようやく、自分が文目に惚れていたことに気付いた……それは、遅すぎるくらいに手遅れだったのだけれど。
今朝のように、文目をその場に残したまま離れていく。
「……まっ……よ」
ただ一本の街灯が照らす校門の前。
「待ってよ!!!」
今まで聞いたことのないくらいの、文目の大声が辺りに響いた。
「ねぇ、私何かしたかな?気に入らないトコがあるなら全部直すからさっ……」
あまりにも痛々しい独白。
「別に、僕に合わせたりすることない。僕より良い男が言い寄って来てるじゃないか」
なんてみっともない。
酷く子供じみた嫉妬だ。
「そ、そんなの断ったに決まってるでしょ!?」
―!?
「なっ!?なんて馬鹿なことを!何でそんなこと!せっかく出来始めたお前の生活じゃないか……」
「他に好きな人が居たら、断るのは不思議なことじゃないでしょう?」
違う。
その感情は違うんだよ。それはただの勘違いなんだ。
「シュウちゃんは、それは親愛だ、とか言うんでしょう?」
気がつけば、文目の瞳から一筋の涙が流れていた。
「でも、親愛じゃないのかって、一番疑ってたのは私なんだから!疑って、疑って疑って……それでやっとわかったんだ」
泣き顔が一変、とても晴れやかな表情で……
「私、やっぱりシュウちゃんが好きだよ」
シーンと、辺りが静まった。
さっきまで鳴いていた虫の声も、ちょっと離れた国道の車の音も完全に途絶えた。
「僕も……」
駄目だ……もう止まらない。
「僕も文目が好きだよ……ずっとずっと、いつからか解らないくらい前から……」
もう迷うことは無い。
一直線に文目の元に向かうと、小さなその体を力いっぱいに抱きしめた。
「えへへ……。昔から、かぁ。ホントは変わる必要なんて無かったんだね」
「え?」
「なんでもないよ、こっちの話」
そう答えた、僕より頭一つ低い文目の顔がすぐ目の前にあった。
暗闇を照らす街灯の下、二つの影は一つに繋がっていた……。
ここから全てが始まる。
そう思っていた、本気でそう思ってたんだよ。
でも、これは始まりの終わりなんかじゃなくて……
正真正銘、終わりの終わりだった。
次に会った文目は、冷たくなっていて、何故だかわからないけど棺桶の中で眠っていた。
まるで誰かの葬式みたいに、皆が皆喪服を着ている。
俺も、そして親父もおふくろも……。
あれから文目は学校に来なくなった。
入院したとだけ知らされたけど、面会することは許されなかった。
それから2ヶ月後、文目は死体みたいに冷たくなって僕の前に現れた。
ボーッとしている間にも、誰かの葬儀らしきものは続いていき、火葬も終わってしまう。
一体、今日は誰の葬儀だったのだろうか?
―わかってるさ
親父達が居るってことは、親族か親しい人の葬儀だったんだよな……。
―でも、受け入れられるワケないだろ?
呆然自失の僕の元に、瞳を兎みたいに真っ赤にした文目の母親がやってきた。
「あの娘が、これを……」
と、涙を拭いながら、可愛らしい封筒を手渡して来た。
そこには、避けられない現実と……隠された文目の想いが詰まっていた。
出典:創作
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(・∀・): 49 | (・A・): 32
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