タカコ
2004/07/12 20:01 登録: えっちな名無しさん
642 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/03 18:41
タカコと出会ったのは23の冬。バイト先のクリスマスパーティだった。
当時僕はパン屋でバイトしていて、仕事もようやく覚え始めた頃だった。
多分お察しだろうと思うけど、パン屋のバイトは文字どおり「お花畑」。
僕ら厨房の人間より、明らかにカウンターの女の子のほうが多い。
僕もバイト仲間の連中と「品定め」しながら、バイトを楽しくこなしていた。
そんなある日、タカコの同期採用組3人が新しく入ってきた。
「ミノル、今度の3人見た? マジヘンなのがいるよ」と友人。
「マジで。どんなふうにヘンなの? スゲエブス?」と僕。
「いや、ちょっとヘンなの。明日お前とシフト一緒だよ。見てみろよ」
と友人は含み笑いをしながら、どうにも教えてくれない。
仕方なく、明日のバイトを待つこととした。
643 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/03 18:47
その当日。友人と話したそんなことはすっかり忘れていて、
厳寒の日の出前、僕はバイト先まで自転車を飛ばしていた。
まだ真っ暗の街中をくぐり、バイト先に到着。5:30からのシフトだけど、
今日はちょっと早く着いてしまったようだ。まだ5:10。
シャッターはまだ閉まっている。社員は来ていないみたい。しまった。
そんな時間のかみ合わないことを呪いつつ、
バイト先の自転車置き場に駐輪していると、店の横に女の子が
ひとりポツンと立っているのに気がついた。見たことがない顔。
若い頃の反射行動ともいうべきか、すぐさま顔をのぞくと、
涼しげな目もとのきれいな子。大きな黒いコートを着ている。
もしかすると、この子が昨日友人の話していた彼女かな。
そうこうするうちに、社員が来て店のシャッターが開いた。
644 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/03 18:55
今日のシフトは厨房僕を含む3人、カウンターがふたり。
週の中盤なので、それほど切羽詰まっていない。
前日の仕込みも少ないので、鼻歌交じりの僕ら。
気になっていた僕は、厨房の2人に聞いてみた。
「さっきさ、店の前に見慣れない子がいたんだけど、新人?」
「あれ、お前初めてなの? そうそう、この間入った3人のうちのひとりだよ」
「ちょっとヘンだって聞いたんだけど、どんなふうなの?」
「そっか、見たことないのか。あ、更衣室から出てきたよ。見てみろよ」
ガラスを隔てた更衣室から出てきたその子は包帯で腕を吊っていた。
「え、あの子骨を折ったのかな。でもなんでそんなときにバイトなんだろ」
「なんだかよくワカランよな。でも面接のときからそうだったらしいぜ」
「なんで骨を折っているのにバイト入れるんだろうな、店長」
その子は腕を吊りながら、いまだ慣れない新しい仕事に悪戦苦闘していた。
僕は皆の感想と同じく、「ヘンな女」と思いながら仕事に精を出していた。
645 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/03 19:04
そんなことで初めてその子を見て、それからも数回シフトを共にしたある日、
シフトの予定が入っていた女の子がバイトに来られなくなった。
もともと販売のバイトからここに移ってきた僕は、店長の命令で、
急遽厨房からカウンターへ。「ったくよ、面倒だよな」といいながらも、
頬は緩んでいる僕。カウンターで女の子と思う存分話せるからだ。
今日の「相方」はだれなのかな、と待っていると、腕を吊った彼女が現れた。
(……うーん、ヤヴェえなあ。しゃべったことないよ……)
と思いながら、僕は困惑する彼女にあいさつした。
「チュウィッス。今日●ちゃんがダメらしいので、僕が入ります。夜露死苦」
「え、えと、あの、よろしくお願いします」
か細い、消え入りそうな声。なんだか怖がっているみたい。
そういえば間近で見るのは初めてだ。よく見ると、ムチャクチャきれい。
ほかのヤツの評価は聞いたことがなかったけど、少なくとも、
僕のタイプに100%といっていいほど合致するのは確か。
なんだか柄にもなく緊張しながら開店を迎えた。
646 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/03 19:12
その日は給料日あとだったせいか、大混乱とも言える混雑ぶり。
お客さんは引きも切らずの状態。とにかく朝の仕込みが30分で
底をつきそうになるほどの売れ行き。明らかに前日の見込み違い。
商品が足りない。そう判断した店長は、食パンをサンドウィッチにして
次のサイクルまでの中継ぎにすることとしたらしい。
次から次へとやってくるお客さんをこなしながら、
その合間にサンドをラッピングしなきゃいけない。
その日、カウンターのレジ打ちは彼女、袋詰と価格読み上げは僕が
やっていた。当然、片手を吊っている彼女に袋詰はできないから。
でも、サンドのラッピングは僕ひとりじゃ足りない。恐る恐る、彼女に
「あのさ、ちょっとひとりだとキツイんだ。ゴメン、手伝える?」
と尋ねると、彼女はふっと悲しそうな顔をして(したように僕には見えて)、
「あの、お手間になるかもしれませんが……できるだけがんばります」
647 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/03 19:19
しかしそうはいったものの、彼女の左手は指先まで包まれている。
ラッピングといっても、売り物だから直に手じゃ触れない。
トング(パン屋で商品をつかむやつあるでしょ)でサンドをつかんで、
フィルムラップに収めなきゃいけない。でもフィルムは
ぴったりしているから、どうしたって片手じゃ難しい。
慣れない仕事ともあって、彼女は僕の3倍以上の時間をかけて、
僕の半分の仕事量を一所懸命こなしていた。
しかしやっぱり問題は起こった。できあがったサンドを載せたトレイを、
はやるがあまり、彼女はひっくり返してしまった。凍る僕ら。
トレイは金属製のため、タイル張りの店内に大きく響き渡る。
店長がすっ飛んでくる。「何やってんだ!?」。ブチ切れ。
ソリャそうだ。忙しい中の窮策、ここに果てりって感じだから。
彼女はもう蒼白。いや、白を通り越して青になっていた。
そんな彼女を見て僕はなぜかすぐさま店長に
「スミマセン、焦ってひっくり返しちゃいました、僕」
654 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/03 23:16
店内には数人のお客さんがいて、始終を見ていた人もいた。
そんな中で、明らかにウソとわかることをとっさに言ってしまい、
僕はしまったと思った。床に散らばるサンドをあわてて拾い集める
彼女を見て、店長は「オラ! ミノルがヘマしたから早く作ってやれ!」
とだけ厨房に檄を飛ばして、そのまま奥に引っ込んでしまった。
幸い、店内の品が完全に切れることはなく、
結局そのあわただしい朝は、無事に次のサイクルを迎えることができた。
バイトを終えたその日の昼、更衣室で彼女とはちあわせた。
「あの、私、あんなことに……私、私……」と言いながら、
彼女は泣き崩れてしまった。
655 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/03 23:24
いろいろ話をしたいのは山々だったけど、あいにくその日は、
バイトがあけたら午後は学校に行かなきゃいけなかった。
「いいよいいよ、気にすんな。今度飯でもおごってよ」
とだけ彼女に伝えて、後ろ髪をひかれる思いで僕はバイト先をあとにした。
バイト先に暗雲が立ち込め始めたのはその数日後からだった。
恥ずかしながら、僕はバイト連中の中では結構モテるほうで、
カウンターの女の子の中にも、何人かファンがいたらしい。
例の「サンド事件」は、その彼女たちの癪に障ったらしい。
悪いことに、その連中はバイト内の女の子の中でも古株だった。
当然、カウンター周辺で彼女に対する嫌がらせが始まる。
彼女がバイトに来ても、だれも話かけないなんていうのは序の口。
ユニフォームを隠す、汚す、シフトを勝手に変更する……。
僕ら厨房がまったく気が付かないところで、いろんないじめがあったらしい。
656 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/03 23:28
彼女がそんな迫害を受けているとは露知らず、
僕は厨房の仲間と楽しいバイト時間を過ごしていた。
もちろん男連中の間でも「サンド事件」は話題になっていて、
連日、違う向きから冷やかしの集中砲火を受ける僕。
そんなある日、友人が彼女がいじめにあっていることを教えてくれた。
「なんだか大変らしいよ。お前のこと気に入ってた■が急先鋒らしい」
「マジですか。なんでそんなことになっているんだよ」
「うーん、ほらあの子やっぱりかわいいだろ? それもあるだろうな」
「そうか、■はお世辞にもかわいいとは言えんもんな」
そんなことを聞いて胸を痛めていたある日、彼女からお誘いが来た。
658 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/03 23:32
それはまったく突然だった。シフトを終えて着替えようとしたとき、
彼女があわてて更衣室に入ってきた。
「あ、あの、この間のお礼をしたくて、今晩あいていますか?」
実はその晩、僕の予定は埋まっていた。でも浮き上がった僕は、
「当然です。あいています。何時間でもOKッス」
と即答。店を出てから約束の相手に平謝り。なんとか次回に回してもらう。
昼にバイトを終えて、彼女との約束が6時。学校はない。
かといって、別段用意することもないし、気張るのも格好悪い。
もう嬉しさで頭の中がグチャグチャになりながら、僕は6時を待った。
659 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/03 23:40
待ちに待った6時。待ち合わせ場所に彼女はすでに来ていた。
「ウオ、スマン。つい張り切りすぎて遅れてしまった」
「いえ、無理に呼んじゃってごめんなさい」
「で、何を食うのでしょうか。あ、俺は昼に吉牛だったので、それ以外ね」
ここで彼女が初めて笑うのを見た。なんともいえない笑顔だった。
彼女からの提案は、駅前のモスだった。
なんだか張り切ったデートにしては貧弱だなと思いつつも、
ふたりで楽しくモスに向かう。安くても手軽でもうれしかった。
楽しい食事を終えて、僕は彼女を家まで送ることにした。
「え、でももう遅いから」
「遅いから送るんじゃねえか。何をおっしゃっているのでしょうか?」
などとおどけながら、すっかり夜がふけた住宅街を歩く。
もうすぐ家に着くと彼女が言ったとき、ポツンと公園があった。
何やら不穏な空気。よくない手合いがたむろしている。
「オイ、タカコ! 何やってんだよ!」
そのうちのひとりが、しんと静まり返った住宅街で彼女を呼んだ。
660 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/03 23:50
ヤバイ。かなりヤバイ状況です。向こうは5人、こっちは2人。
もう心臓をバクバクさせながら、僕はヤツらが近付いてくるのを待つ。
「タカコ! お前だれと歩いているんだよ」
「え、あの、バイトで一緒の人……」
ヤバイ、矛先が僕に向いている。
「オイ、お前よう。何タカコに手ェ出してんだよ」
「はぁ? 俺は何も――」と言った瞬間に殴られた。
そのあとは5人がかり。深夜の公園でボコボコに殴る蹴る。
しばらくヤツらに空き放題やられたあと、僕はノビてしまった。
そんな朦朧とした意識の中、ヤツがとどめの一言。
「お前、タカコが普通だと思ってんの?」と最後の蹴り――。
662 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/04 00:02
気が付くと、縛られている。動けない。
なんだか古くて狭い家にいるようだ。あたりは真っ暗。
ときどき、うめくような声が聞こえる。目を凝らすと、いきなり電気がついた。
……さっきの5人が、タカコを犯していた。
「よう、お前よ、タカコが普通じゃないってことを知らないようだな」
そういうと、ヤツはタカコの左手を乱暴につかむ。
「やめてー――!!」と絶叫する彼女。聞いたこともないような大声。
どさりという音とともに、僕の前に何かが落ちた。
包帯を巻いた腕。根元から取れている。タカコは義手だった。
664 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/04 00:10
もうそのあとはよく覚えていない。
どうやら僕はそれを見せられて激昂したらしく、縄を無理やり解いて、
ヤツらのところに飛び込んでいったらしい。深夜の大格闘。
覚えているのは、半裸のタカコをかばいながらヤツらに蹴りを加えていたこと。
こっちは靴まで履いた状態、向こうは全裸というのもあった。
結局、最終的には引き分けとも言える状態だったけど、
ヤツらは倒れてもあきらめない僕にほとほと呆れて、
捨て台詞を残して出て行ってしまった。あとに残された僕とタカコ。
交通事故で左腕を失ったこと。この体のせいでいじめが絶えなかったこと。
そのいじめがエスカレートして、ついにはああいった手合いの慰み者に
されていたこと等々。涙でグシャグシャになったタカコは話してくれた。
どうやらここはタカコの部屋で、やっと借りることができたところらしい。
夕食がモスだったのも、ムチャクチャ貧乏だった彼女の精一杯の贅沢だった。
683 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/04 10:34
次の日、バイト先の忘年会兼クリスマスパーティが開催されると告知があった。
年に一度の大騒ぎらしく、古株連中は浮いている。よほど楽しいらしい。
僕はタカコとのそんな件があったのですっかり落ちていたので、
当初はそんな催し物に参加する気はさらさらなかった。
それよりもまず、僕は顔を始め全身あざだらけ。
周りにそっちの言い訳をするのに難儀した。
それから数日経っても、タカコは全然バイト先に顔を出さない。
バイト仲間に聞くと、一度シフトが入っていたんだけど、
体調不良で休んだらしい。
「体調不良」の理由をバイト仲間の中で唯一知っている僕は、
そんな痛ましい彼女を思い、胸が締め付けられていた。
684 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/04 10:40
いても立ってもいられなくなった僕は、あの日の記憶を頼りに、
彼女の家の近くまで行ってみた。とはいうものの、覚えているのは
5人組に袋にされたあの公園まで。
そこから先、タカコの家はどこにあるのかわからない。
でも僕はなんだかひらめくものがあって、その方面に向かって歩き出した。
冬の夕刻の話だから、歩き出すとすぐにあたりは暗くなってくる。
ああでもないこうでもないと道に迷いながら、おぼろげながら覚えている
道の特徴をつかんでその公園に向かう――きっとあの公園だ。
あの日の忌まわしき事件がフラッシュバックする。頭がキリキリする。
全身ピリピリさせながら公園のゲートをくぐると、
すっかり漆黒の闇になってしまった公園のベンチに誰か座っている。
タカコだった。
685 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/04 10:48
……!! 彼女だ!!
駆け寄りたいのをグッと我慢して、さもたまたま通りがかったように振舞う。
「アレ? どうしたのこんなところで。偶然だね」
何を言っているんだ、僕は。でもこの間のことには言及したくなかった。
「……ミノル君……私……あの、私……」マズイ、泣いてしまう。
「もうミノル君とは――」
「あのさ! こんどバイト先でパーティがあるんだよ! タカコちゃんも行くよな!?」
もう必死だった。彼女をとどめられるなら、手段を選ばなかった。
686 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/04 10:54
参加できないの一点張りの彼女。でもここで諒解してしまうと、
僕は彼女となんだかここでお別れのような気がしていた。
必死の説得、実に2時間。冬の寒空の中、体が凍りそうなのも忘れて、
やっと僕はタカコをパーティに参加させる約束をさせた。
そのパーティ当日。古株連中が前々から浮かれていた通り、
ムチャクチャな内容で、会は大いに盛り上がった。
タカコもなんだか楽しそうだった。時折見せる笑顔がうれしかった。
そういえばタカコをいじめていた■が今日は顔を出していない。
友人にそのことを尋ねると、「ああ、アイツ? 辞めたよ」とのこと。
なんでも、タカコに対するいじめがエスカレートしたのに対し、
周りが引き始めて墓穴を掘ったらしい。
そんな状況の中、■はバイトを辞めざるを得なかったそうだ。
そう言われて始めて気がついたが、タカコの周りにも数人、
楽しそうに話し掛けている女の子がいる。
687 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/04 10:59
大盛況の中、パーティはお開き。連中は三々五々、余韻にひたりながら
バラバラと散っていく。僕はタカコを必死に探した。
女の子数人の中に彼女はいた。マズイな、声をかけづらい。
「あ、ミノル君。タカコちゃんはここだよ」
そのうちのひとりが僕に声をかけてきた。頭が混乱する。
タカコは真っ赤な顔をして下を向いている。どうやら僕も真っ赤らしい。
いつの間にやら、バラバラになっていた連中がひとかたまりになって、
僕らふたりをニヤニヤ見ている。そんな気まずい雰囲気の中、友人が、
「ホラ、ミノル。送っていってやれよ!」
その声をきっかけに、僕らふたりは連中の冷やかしと祝福の中、
タカコの家に向かってリリースされた。
688 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/04 11:10
ふたりであの日と同じ道を同じ時間帯に歩く。
しばらく沈黙が続く。でもちょっとだけ違うのは、僕らが手をつないでいたこと。
どっちからって感じでもない。いつの間にか、自然にお互いが手を取り合っていた。
例の公園の前に来てしまった。僕は思わず彼女の顔を見ると、
「ミノル君、ウチに来てくれる?」と言われた。
689 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/04 11:40
公園からタカコの家までは程近く、すぐに着いた。
あのときは気が付かなかったけど、かなりの老朽ぶり。
華奢なカギを開けて、僕はタカコの部屋に通された。
狭く、圧迫感のある部屋だった。すえたような臭いがあたりに漂い、
明らかに環境は悪い。こんな部屋にひとりで住んでいるのか。
「ゴメンね、こんなに古い部屋で」と、彼女はお茶をいれてくれた。
一緒に出てきたのは漬物。「こんなものしかなくて……」と
恥ずかしそうにする彼女を見て、僕はギューッとなり、
「タカコちゃん、僕と付き合ってください」
と思わず口に出していた。
690 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/04 11:48
いきなり告白されたタカコは、しばらくきょとんとしていたけど、
すぐに寂しそうな顔に戻り、「私はダメ」と口を開いた。
「なんでダメなの? 俺のことは好きじゃないの?それならあきらめるけど」
「!! そうじゃないの。私、こんな体だし愚図だし、ダメな女だから――」
バチン!! と部屋に破裂音が響き渡る。
無意識に、僕はタカコの頬を平手打ちしていた。
「ダメじゃない! 君はダメじゃない! ダメじゃないんだよ!」
と言い続けながら、僕は思わず泣いてしまった。
彼女の手を取り、引き寄せて抱擁する。冷たくって細い。
気が付くと、タカコも泣いていた。
そうすること1時間程、僕らはやっと付き合うことになった。
692 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/04 11:57
ムチャクチャ幸せだった。文字どおり、毎日がばら色。
あちこち行き、いろんなものを見て、さまざまなものを食べた。
とにかく一緒にいたかった。片時も離れたくなかった。
お互いひとり暮らしだったこともあって、数日一緒のことも多かった。
付き合うことになったあの日から数日後、タカコとキスをした。
彼女は小さく震えていた。何度も蹂躙されてきたから無理もない。
僕は折れるほどにタカコを抱きしめた。
「苦しいよ」「うん」「でも気持ちいい」「うん」
その晩、僕らはセックスをした。
693 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/04 12:04
幸せは長く続かなかった。1カ月も経った頃だったか、
いつもかかってくるタカコからの電話が途切れた。
(今日は具合でも悪いのかな。まあ連日だったしな)
と僕は思い、じりじりしながらもその日はがまんした。
しかしその次の日も、その翌日も連絡はなかった。
さすがに僕はおかしいと思い、タカコの家に向かった。
アパートの前についたとき、ゾワッと嫌な感じが体を通り抜けた。
悪い予感がする。部屋に着く前に通るポスト、タカコの102号室分に
無造作にチラシが何枚も入れられている。数日触っていないらしい。
あわててタカコの部屋のドアを叩く。返事はない。何度も叩く。
「ンだよ、うるせえなァ」と、隣の部屋の住人が顔をのぞかせた。
「あ、スミマセン。ここにいた女の子は――」
と僕が聞き終わる前に、その人はこう言った。
「数日前に引っ越したよ」
694 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/04 12:10
いろいろ手を当たった。自分の家のポストはもちろん、
その無造作に突っ込まれていたタカコのポストや、
果ては不動産屋に頼んでタカコの部屋を開けてもらって調べもした。
だけど部屋の中はがらんとしていて、何も残っていなかった。
そこから1カ月間。僕は荒れた。天国から地獄とはこのこと。
なんの連絡もなく、タカコは僕の前から消えた。
そう思うとたまらなくすべてが嫌になり、僕は酒浸りの毎日だった。
体重が激減し、だれから見てもボロボロだった。
ひとりになると、思い出すのはタカコとの楽しい日々ばかり。
ただひたすら辛かった。数回、死のうかとも思った。
695 名前:ミノル ◆SH9TJIMw 投稿日:02/06/04 12:24
そんな傷もやっと癒えた数年後、見慣れない手紙が届いた。
知らない人……でもなんだか見たことのある文字列。
タカコと同じ苗字だ。何かに取り付かれたように封を開ける。
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ミノルさん
タカコの母です。そちらにいた頃、あの子にとても楽しい思い出を
授けてくれて本当にどうもありがとう。今日はあなたに悲しいお知らせを
しなければなりません。
タカコは3日前、なくなりました。長い間患っていた白血病が原因です。
あの子の左腕のことはご存じだと思います。タカコはあなたに「交通事故で」
といっていたようですが、あれは骨髄ガンによる切断だったんです。
ある日、タカコが急に帰郷してきました。具合が悪いというので、
私はついにその日が来たかと覚悟し、看病を続けました。
数日後、やっとあの子が口を開き、それまでたまっていた思いを
一気に話し始めました。楽しかったミノル君との思い出。
今でも愛していること。でもあの日、大量の吐血をしてしまい、
もうダメだと思ったこと。今からでもすぐにあなたのもとに行きたいこと。
タカコは病床で、最期まであなたの名前を呼んでいました。
私が謝ってもなんの解決にもなりませんが、あの子を許してあげてください。
あなたのような人に出会えて、幸せだったとタカコは言っていました。
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僕は泣き崩れた。子供のように泣いた。どれくらい泣いたか覚えていない。
タカコは世界中を捜しても、もういない。その辛く重い現実が僕にのしかかった。
初めて、愛しい人を亡くした僕は、どうしていいかわからなかった。
そして僕は、学校を卒業後、また学校へ行くことを思い立った。
月並みで恥ずかしくはあるけど、ガンの研究をしたかった。
タカコの命を奪ったガンを根絶するために、がんばろうと思った。
まだまだ道は長く、出口はまったく見えないけど、きっと完遂できる。
最後に恥ずかしいけど、
タカコ、僕も君と出会えてとても幸せだったよ。
終わり。

(・∀・): 350 | (・A・): 96
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