ローラ・ゼッターランドと海底都市
2007/03/21 10:10 登録: 焼きプリン
早春と言うにはまだ早い季節だったが、犬の散歩のついでに寄った海で断崖の端に立ち
暮れてゆく夕日と足元の岩波を見ていた。海を見ているといつも思う事がある。
地球を覆っているこの大量の海水。このどこかに大昔に滅んだ文明が沈んでいるのではないかと。
海底都市といえばいいのだろうか。木や石で出来た古代建築物が海の底に沈んでいてそれが遥か彼方まで
続いている。最新鋭の潜水艦で調査し、最新のCG技術で再現された町並みは太古の人々の生活観を色濃く
匂わせ、しかし現実に残っているのは建物の残骸だけという一種の切なさのような感情を呼び起こす物なんじゃないのか。
かつては人々が暮らしていたその海底都市は今は海の底に存在しているという事実が、どこか今現在の自分の生活に
重ね合わせて想像してしまい、今俺が住んでいるこの町もいずれは海底で発見されるのかもしれないと
そんな事を考えている内に俺の脳裏で何かが始まった。そういう事がたまにある。
俺の脳裏に現れたのは一人の少女だった。ローラ・ゼッターランドと名乗るその少女は
自分の一族について何も知らなかった。両親を早くに亡くし、血族が自分だけになってしまった少女。
彼女は科学者になった。それは人間の可能性の象徴だと信じていたから。
世間を今鬼病と言われる流行病が襲っていた。まるで聞いた事もないような恐怖の病気。
人の皮膚が石のようになってしまう病気。
ある村がその病のため地図から消えた。
ローラは数多くの文献と調査から昔沈んだ海底都市にこの鬼病を治す何かがある事を知り
持ち前の科学技術で潜水艦を完成させた。勿論個人で全てできるわけではない。
アーネット・クラウザーという知り合いの女性がローラにいる。
恐らく知らない者はいないであろうクラウザー財閥の一人娘である。
アーネットにとって手に入らないものなどない。お金で全ての物を手に入れてきた。
ただ一つ。母親の命だけは除いて。
アーネットが絶望の底にいたのはまだ12歳の頃の事だった。
決して金持ちを鼻にかけることなく、家事、育児、勉強、色々アーネットに教えてくれた
優しい母親が病に倒れた。
アーネットは医者の宣告に耳を疑った。もって1年だという。
このヤブ医者とアーネットは罵倒し、世界中の医者を呼び寄せた。
だけど答えは全て同じだった。
初めてお金では解決出来ない物の存在に直面した彼女。
母親が死んでしまうかもしれないという事実に恐怖するアーネット。
そんな時に出会ったのが当時15歳のローラ・ゼッターランドだった。
ローラは自分の血族に代々伝わる薬を悲しみに暮れるアーネットにあげた。
母親は瞬く間に元気になりローラとアーネットは親友になった。
ローラが鬼病について調べていると言うと、アーネットは進んで協力してくれた。
そしてついにクラウザー財閥支援の下潜水艦が完成する。ローラは海底に沈んだ
幻の海底都市を目指して出発した。
興味本位ではなく、鬼病から世界を救うため。
やがて海底都市を発見したローラ達。
驚くほど澄んでいる海水のおかげで、今は滅んだ都市の残骸、コケを生やした建物
魚の住処になってしまっている家、それらをレンズ越しに見る事ができた。
ある海底の小高い丘の上に何か巨大な建物があった。城の残骸のように見える。
ローラ達はその丘のさらに下の方の谷間に洞窟のような巨大な穴が開いていることを
発見し、そこに入っていった。少しづつ進んでいくと徐々に上の方に向かっている感じがする。
ちょうど、先ほどの城の残骸の真下あたりではないだろうか。
そこで潜水艦は不意にある空間にたどり着いた。空気がある。
洞窟の内部に空気がたまっている空間があり、そこには明らかに人の手で
舗装された道のような物が続いていた。
ローラは外に出て、洞窟の内部を歩いていった。
しばらくすると、一つの門が現れた。様々な装飾が施されたその門の中央に
古代文字で何かが彫ってあった。古代文字でそこにはこう書かれていた。
『ゼッターランド』と。
自分の一族の名前が記してあることに驚愕するローラ。
門をくぐった先には大きな空間が広がっていた。石で出来た人々の彫刻のような物が
あちらこちらに無造作に置いてある。
奥の一角に一冊の本のようなものがあった。
アーネットに一人にして欲しいと告げ、その日記の解読に取り掛かるローラ。
時折周りを見渡し不思議な気持ちになるローラ。
今自分は海の底にいるはずなのに空気を吸える場所にいる。
それが不思議でしょうがなかった。
ローラの生まれた家は、今思えば少し変わっていた。
よく分からない物や読んだこともない文字が書かれた本があった。
両親は考古学者で、いつもそれの解読をしていた。
しかし、ある日学校から帰ると両親は自殺していた。
巨大な炎を巻き上げ、燃え上がる我が家を見て、ローラは唖然としていた。
焼け跡の金庫から一通の手紙が出てきた。そこには一言「すまない」と書かれていた。
その事がある意味ローラの心に大きな影響を与えた。何か自分の一族に大きな隠し事、謎があるのではないか。
鬼病の治療法を追いかけた先に自分の一族に対する答えがあったとは。
日記を解読してローラは深い悲しみに包まれた。
当時陸の上にあったこの都市で、ゼッターランド一族はある画期的なエネルギー装置を発明していた。
しかしそれが悪魔の発明だと分かったのは、しばらくしてからだった。
発電の際に空気中に分散される物質が、空気を通して人体に入り込むと化学反応が起こり
皮膚の石化が始まる事。遺伝子に影響を及ぼし、子供に遺伝してしまう事。
責任を感じたゼッターランド一族は、この都市の人々の避難と特効薬の発明と共に
装置を破壊した。しかし、都市の中心部にはもう後戻り出来ないほど汚染されており、
絶望的状況の中、一族は街を兵器で燃やし尽くした。それが悪夢を世界に広げないための
唯一の方法だったから。
やがて長い年月をかけ、都市は海底火山の噴火、フレートの不安定化と共に海底に沈んでいった。
それ以来、ゼッターランド一族は世界中から罵倒され続けたそうだ。
この悪魔。人殺し。何が科学だ馬鹿にしやがって。
そう罵倒され続けてきたそうだ。
ただローラにはそんな記憶は無い。遥か昔の出来事を人々はしだいに記憶から消していったのだ。
ローラは両親が自殺した理由を今はじめて知った。そんな過去に絶望した両親は生きる事に耐えられなく
なったのだろう。なにより、遺伝により感染すると言う事はローラにもその鬼病が宿っているという事だ。
未だローラは発症していない。両親も鬼病は発症していなかった。
しかし、ローラ達一家の周りには発症している人が多くいた。あれはまさか、
ローラ達一家から感染したんじゃないのか。そう考えるとローラは胸が
張り裂ける思いでいっぱいだった。
「私は・・・・存在してはいけない人間なんだ・・・・」
ローラは薄暗い遥か海底の奥底でそう呟いた。
アーネットも感染してるかもしれない。もしかしたらもっとたくさん。
「うっ・・・・・うっ・・・」
ローラの顔がグシャグシャに歪む。足元に涙がポトリポトリとしみこんで行く。
こんな事が知りたかったんだろうか。ローラは何度も心に聞いた。でも答えはでなかった。
少なくともこれは私達ゼッターランド一族が背負うべき原罪なんだ。
それだけは心に強く刻まれた。
しばらくしてローラはアーネットを呼んだ。心配そうな顔でローラの顔を覗き込むアーネットに
ローラは一枚の紙切れを渡した。鬼病を治す薬の材料、調合方法を日記から写し取った物だ。
アーネットは喜んだ。これで世界が救える。やったねローラ!と。
反対に悲しみに満ち溢れた表情のローラ。
ローラは全て話した。自分達一族の事。過去の出来事。鬼病の事。
アーネットは黙って聞いていた。そしてローラは少し笑ってこう言った。
「地上に戻ったら、皆に薬を与えて。お願い」
アーネットは言っている意味が分からなかった。ローラがやればいいじゃないの。
そこまで考えてアーネットはハッと気付いた。
「ローラ、あなた・・・ここに残る気じゃないでしょうね?」
「私は存在してはいけない人間なの。過去の原罪を背負っていかなくてはいけない。
アーネット。あなたにも病気は感染してるかもしれない。私が出来るのはここに
留まる事。いえ、それしか道は無いの」
アーネットは、ローラの瞳が決して揺るがない決意で染まっている事に気付いていた。
でも、自分の母親を救ってくれたローラの事が誰よりも大切で、誰よりも大好きでたまらなかった。
「一緒に帰ろうよ!!ローラねえ、そうしようよ!」
でもアーネットのお願いにローラは首を縦に振らなかった。
悲しみに染まった澄んだ瞳でローラは小さく笑っていた。
大粒の涙を流しながら。決して消える事の無い罪に全身を包まれながら。
扉を閉めるまでアーネットはずっとローラを見つめていた。ドアの隙間がなくなるまでずっとローラを見つめていた。
最後までローラは笑っていた。大きな音を立て、二度と開く事はないであろう扉が閉ざされた。
ローラの作った潜水艦で海底都市を離れるその間、アーネットはずっと城の残骸を見つめながら
ローラは今何を思ってるんだろう。何を考えてるんだろう。おなかすいてないかな。
さびしくないかな。泣いてないかな。 そんな事を考えた。
視界から段々と海底都市が消えてゆく。
そういう話を俺は海を見つめながら想像していた。不意に犬が耳元で吠えて
現実に押し戻された。
海を見てるとそんなことを考える。
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