再会 3
2007/04/13 14:34 登録: 黒烏龍
普段余り健康的な生活をしていない俺は
朝早くから山の空気を浴びて歩くなど久し振りの事で、
色々な植物に囲まれ、鳥の鳴き声を聞きながら彼女と会話していると、
こんな安らぐ事ってあるんだなぁと心から安心したと言うか、
普段はピンと張っている精神の糸が緩むのを感じていた。
ゆっくりと歩みをすすめている時
俺と彼女はお互いの色々な事を話し始めた。
山の気がそう言う雰囲気を作ってくれたのだろうね。
中学卒業して以来どんな事をしてきたのか、
異性との付き合いはどうだったのか
などなど正直に彼女に伝え、
彼女もまたかなり踏み込んだ話をしてくれた。
俺は25になるまで3人と付き合ってきて今は彼女がいない。
彼女は高校卒業して短大に入り、
その頃付き合った人と結婚して2年前に離婚したと。
それ以来半分引きこもり状態であった事も告白してくれた。
俺と出会った日は偶然買い物に出た日だったとも言っていた。
そんな話をしながら俺は急に決断した。
周りに全く人がいないと言う状況もあり、告白しようとしたのだ。
突然歩みを止めた俺を彼女は不思議そうに見ていた。
会話が止まり急に辺りが静かになり、
緊張で鳥の声さえも聞こえなくなった俺。
意を決して言ってみた。
“付き合ってくれ”と 少し大きめの声で。
彼女は一瞬何が起ったのかわからないようでもあり、
俺を食い入るように見つめていた。
数十秒・・・いや、実際は数秒だろうが2人とも動きを完全に止めていた。
そしてその沈黙を破るように更に俺が口を開こうとすると
“ありがとう 嬉しい”と彼女が言い、泣き始めた。
その泣き方はもう号泣と呼んでいい位で、
俺は思わず誰もいないのに前後左右をきょろきょろ見てしまった。
泣いている彼女を引き寄せ抱いてみると、
仄かに良い香りがし、背は高いけども華奢な感じの身体を感じ、
化粧っ気の無い白く素顔に近い顔を美しいと思った。
まるで陶器というのか、透き通った感じが。
涙を指で拭いてやり、しっかりと彼女を見つめる。
そしてもう一度聞いた。
“俺と付き合ってくれる?”と。
彼女は更に涙を流しながら“うん うん”と何度もうなづいた。
その瞬間から緊張で聞こえなくなっていた鳥の声がやけに大きく聞こえ、
その声は俺達を祝福してくれているかのようだった。
抱き寄せた身体から手を離し、
髪を撫で涙を指で拭きながらキスをしたのだが、
少しヒヤッとした感触をまず感じ、
合わさった唇から互いの体温を感じさせ、
徐々に温かくなる感触を楽しんだ。
これで晴れて彼女彼氏と言う関係になった訳だが、
彼女はその後中学の時から本当に好きだったと繰り返すし、
まだ信じられないという台詞ばかり言っていて可笑しかった。
彼女彼氏と言う関係は別に書類を交わす訳でもないのだが、
告白してお互いが好きと言う事がわかると手を繋いだりしちゃうのが面白い。
彼女も少しオドオドしていた態度が消え、
相変わらず控えめではあるけれど、主張をするようになったのが良かった。
高尾山は600m位の小さな山なのだが、
上まで行くと意外に疲れてしまうレベルだ。
途中にある猿園には目もくれず、
薬王院と言う神社でお参りしたりして頂上を目指したが、
着いた時には2人とも息が切れていた。
彼女は半引きこもりだったし、俺も運動不足だったし、
お互い運動しなきゃねなどといいつつ、そこで長い休憩を取った。
実はここでサプライズ。
彼女が小さなお弁当を作ってくれていたのだ。
小さなカバンを持っているなと思ってはいたが、
まさかお弁当を作ってくるとは・・・
俺は滅茶苦茶感激して今度はこっちが泣いてしまいそうになった。
彼女は眠れなかったから作ったのだと言うが、
きっと最初から作るつもりだったのだろう。
嬉しくて味わいもせず直ぐに食べてしまった最低の俺だが、
そんな光景すら嬉しいらしくニコニコしながら見ていた彼女である。
心地良い疲労感と告白してOKがでた達成感と安心感
そして彼女のお弁当と買ったお茶でお腹が満たされると少し眠くなってきた。
頂上と言う事もあり、時間的な事もあり、辺りに人の姿が増えてきて、
そこで流石に眠る訳には行かなかったが、
気分的には寝転がってしまいたかった。
1時間近く休憩した後下山する事にした我々。
帰りは楽をしようとの事でリフトを使用する事になった。
高尾山のような低い山と言えども
足の下に何もなく、周りが囲まれていないリフトは怖いものだ。
上りであれば下は見えないが、下りは違うから。
彼女はしっかりと俺の手を握り、その時ばかりは殆ど無言だった。
俺も結構怖かったのだが、彼女の手を握りながら弱さを見せる事はせず、
必死に格好をつけていたのが今となっては可笑しい。
下山はしてみたものの、出発が早かった為かまだ時間が早い。
その時点で1時頃だったと思った。
そのまま帰るのは切ないと言う事で
“じゃあ相模湖でもいこうか”と提案すると、
“うん、まだ帰りたくない”と嬉しい台詞を言うではないか。
駐車場に行きヘルメットをかぶり再びバイク上の人となった2人である。
甲州街道をそのまま下れば峠を越えた所が神奈川県で、
30分もしないうちに相模湖に到着できる。
これと言って魅力的なものはない所ではあるが、
お互い帰りたくないのだから寄り道するのは当たり前である。
再び駐車場にバイクを置き、
そこでもヘルメットを気にする彼女が可笑しくて可愛かった。
相模湖と言う所ははっきり言って面白くない。
ただ単に湖を見たい人が行く場所だ。
ボートに乗ったりもできるが、
できる事はそれ以外無いと言っても良い。
釣り?つまらないゲームセンターでゲーム?どっちもごめんだ。
結局ただ行っただけとなったが、それはそれで楽しかったからよしとする。
相模湖を離れようかと言う時急に天候が変わってきた。
はっきり言って予想外の出来事であった。
天気予報は見てきたつもりだが、帰るまでは大丈夫だろうと考えていたのだ。
であるからいつもシート内にある自分用のレインコートはあっても
彼女用のものはなく、もし降ってきたらどうしようと言う考えが
俺の頭の中を占めるようになったのだ。
相模湖を後にしてそれじゃ地元に戻るかと言う事で来た道を引き返し、
峠を越えようかと言う所でポツポツとヘルメットに当たるものがあった。
そう雨である。
5分位そのまま走っていると結構強く降って来たからバイクを止め、
シート下にあったレインコートを彼女に着せた。
彼女は“○○君が着て”と言ったが、
そんな事はできるはずもなく、急いで彼女を雨から守り、
再びバイク上の人となった2人である。
辺りはそろそろ暗くなろうかと言う時間で雨まで降って来たから、
山の雰囲気と相まって重苦しい感じだった。
峠を無事に越えて高尾山口の前を通る頃雨は本格化して、
周辺にいた人も随分慌てた雰囲気だったし、
雨宿りをして上を見ながら途方にくれていた人もいた。
観光客にとって雨は大いなる敵である。
俺の上半身は一応軽い防水仕様になっていたジャンパーで守られていたが、
下半身はそうではなかった為びしょ濡れ状態。
彼女はダブダブサイズのレインコートで濡れてはいなかったが、
信号で止まる度“大丈夫?大丈夫?”と繰り返していた。
俺は結構ツーリングで雨に降られた経験があったから
その事を伝えると、一旦は何も言わなくなるのだが、
暫くするとまた“大丈夫?”と聞いてくるのが可愛かった。
高尾山口から八王子 府中 調布と走ってたが、
雨は一向にやむ気配がなく、
辺りも完全に暗くなってしまった。
夜になると気温が下がってきて、びしょ濡れの俺は寒かったのだが、
彼女が心配するといけないからその事は言わずに黙っていた。
調布から高井戸 新宿と順調に走り、
雨はまだしっかり降っていたが、
やっと見慣れた風景の場所まで帰ってきた安心感もあり、
あぁ、今回のツーリングも終わってしまうなぁとちょっと淋しくなってしまった。
一時は“大丈夫?”を連発していた彼女も、
その頃になると俺の腰にしっかりと手を回し、
ぎゅっと力を入れているだけであった。
もしかしたら初めてのツーリングで疲れたのかなぁと思っていたのだが、
半蔵門の所の交差点で止まった時にこう言った。
“帰りたくない・・・”
振り返って思わず彼女をじっと見てしまったが、
その時また彼女が繰り返した。
“帰りたくない・・・”
俺は何も言わずバイクを走らせたが、ちょっと驚いていた。
寒かった事も全て忘れ、この後どうするかを考えてみた。
俺だって男だ 彼女を好きだし抱きたかった。
でもこんな状況でいいのか?とも思ってしまったのだ。
彼女はさっきの台詞を言った後はしがみついているだけ。
俺の答えを待っているようだった。
そして俺は決断し 聞いてみた。
“帰らなくてもいいの?”
その問いかけに彼女はうなづいた。
この日何度目のうなづきだろうか。
ヘルメット越しではあったが彼女の強い意志も感じられたから
俺は彼女を部屋に連れ帰る事にしたのだ。
最初のデートでと言う事に俺は結構な抵抗があったのだが、
おれはそのまま彼女を自分の部屋に連れて戻った。
駐車場にバイクをとめ、彼女のレインコートを脱がせ、
ヘルメットを取ると、朝会った時の様に恥ずかしそうにしていた彼女。
俺はリラックスさせるように
“お腹空いたよなぁ 着替えて何か買いに行こうよ”と言うと、
ニコッと笑って“うん”と言った。
部屋に上がると、物珍しそうに辺りを見回し、
“○○君の部屋綺麗だね”と言った。
“俺は結構掃除するし、家具とか少ないからね”と言うと
感心したようにしていたが、やがて
“キッチン見てもいい?”と言うから“いいよと”答えた。
実はキッチンは食器が殆ど無かった。
外食で済ませてしまう事が多かったからだ。
どうやら彼女は料理してくれるつもりだったらしく
“皿が無い 鍋が1つしかない”などと言っていた。
“じゃあスーパーで買っちゃおうよ また作りにきてくれるでしょ?”と言うと
満面の笑みを浮かべ“うん”と言った。
俺の着替えも終わり、準備も出来き、
2人で傘を差してスーパーに向かった。
鍋・箸(箸すらなかった俺の部屋 いつもは割り箸)・皿
・彼女の下着と服も買ってあげた。
彼女は遠慮し過ぎる性質だが、俺はそこは強く言った。
“俺と付き合うなら金は全部俺が出す おれに金がなくなったら出して”と。
ちょっと抵抗もしたが俺の意志が強いと知ると諦めたようで
遠慮する雰囲気は消えた。
食材も始めて作ってくれるんだからと豪勢に肉も良いのを買ったりして
2人で夢のような時間を過ごしたのである。
スーパーから部屋に戻る途中も良い雰囲気で、
俺の人生これ程幸せだった事ってあったかな?と
改めて偶然の出会いを喜んだ。
続く
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