あるミニ四レーサーの思い出

2007/05/13 10:54 登録: えっちな名無しさん

「兄貴早くしろよーっ!!!レース始まるって、早く!!!!」

ばたばたと俺の自室の前にある階段の下でレーサーズボックス片手に大騒ぎする弟の声がし、
俺はカチリとボディをシャーシの上に乗せて止め具を締めた。

「待てよ、今すぐ行くーッ!!!!!!」

声は慌ただしいものの、まるで貴重な物に触れる様にそっとそのミニ四駆を取ると、
悪趣味な狼の横顔のシールの貼られたレーサーズボックスにそれを入れ、
ドアの前のフックに掛けてあった緑の帽子を乱暴に被ると、
レーサーズボックスをひっ掴んで転がる様に階段を掛け降りて行った。

「よっしゃ行こーぜ!あれ、けいごは?」

「今回パス。野球の試合だって。」

「ふーん。」

「あ、兄貴俺に負けたらアイス奢りね。」

「おうとも、臨む所だぜ。」
それは2人が10歳の時の夏の土曜日だった。
1996年、ポケモンブームが来る少し前、小学生を中心に大流行した遊びとテレビアニメがあった。
テレビアニメの題名は、『爆走兄弟Let's&Go!』。

今から思えば弟が突然俺の事を兄貴と呼び始めたのも、
頭に何か被るのを嫌った俺が、自ら好んで帽子を鍔を後ろに向けた逆向きの被り方で被り始めたのも、
このアニメに影響されてのことだった。

5人の主人公達が世界を相手に戦い抜くその姿が小学生の俺達には何よりも格好良く見えて、
俺もいつかあいつらみたいに、とどこかおかしなライバル心を抱いたりもした。

近所の模型屋に毎日のように通い、少ないお小遣いをミニ四駆のパーツ全てに当てて、
月2、3回行われるその模型店のレース大会に出場していた。

今日はそのレースの日で、俺や弟は何週間も前からこの日に向けて準備していた。
両手に収まる小さなマシンは大切な相棒以外の何ものでも無く、
自分でカスタマイズするのが元々好きな弟や俺には、
これ程性に合った遊びも無く、あっという間にのめり込んでいった。

当時の俺達にとって高額だった小さなパーツを無くして、泣きながら探した事もあった。
アニメの主人公気取って、モーターの音でマシンの調子をチェックした事もあった。
わざわざ田宮の青と赤の星のプリントされたシャツを着てる奴もいた。
誰しもがこの小さなミニ四駆によって、主人公になっていた。
「今回もいつもの面子かぁ……」

レース場に着いた弟が、そのレーサーの面々を見て溜め息を漏らす。

「もっとデカいレース出たいよー。もういい加減飽きちゃったって。」

レース前にファイナルチェックをする俺が、両手を腰に当てて唇を尖らせる弟を見上げる。

「無理無理。気持ちわかるけど、俺等ここで優勝したことすら無いんだから。」

結局俺達兄弟は最後までこの模型店のレースで優勝したことは無かった。
毎回毎回悔しい思いをして、次こそは次こそは、と思っていたのだが、
優勝バッジを取る前にこの毎月のレースという催し自体がミニ四駆の人気衰退から中止になったのだ。

俺達が勝てなかったのは仕方ないと言えない事もなかった。
他の参加者には中学生や高校生もいたし、
小学生だって中には自分ではなく父親にメンテナンスや改造をしてもらう奴もいて、
とてもじゃないが俺や弟の手の届く位置に優勝バッジは無かったのだ。
無論自分の力だけで勝負する小学生もいたが、そういう奴は2人の敵ではなかった。

「お前アレだろ?SJCとかGJCとかサマーカップの事言ってんだろ?
 札幌が一番近いけど、絶対無理じゃん。ここで我慢しよーぜ。」

「うう…皆ずれェよなぁ。自分でメンテしてないんだから……」

「…まぁ、肉抜きくらいは親父に手伝って貰っても良いとは思うけど……なぁ。」

あの頃は夢が限り無く近い所にあった気がした。
例えそれが蜃気楼であったとしても、手を伸ばせば届く、そんな位置にあった気がした。

一体その時何を見ていたんだろう。
毎週敵やライバルを打負かす主人公達に自分を重ね合わせて、世界や地球すらがとても近い所にあった。
自分も何かで日本代表になって、彼等と同じドラマを感じたいとさえ思っていた。
この全長165ミリあるか無いかの小さなボディに夢と希望を一杯に詰め込んで、
ゴール目指して一心不乱無我夢中で走り続けて。

時々多分無理なんじゃないかと心の中でむず痒い様な奇妙な感じに襲われた。
だけど夢は必ず叶うと信じてやまなかった小学生はあっという間にそんなこと忘れて、
またミニ四駆のボディを外して新しいパーツを足していくことに夢中だった。

上手く行くとタイムが縮むのが楽しくて、嬉しくて仕方が無くて。
この時がずっと続くんじゃないかと、錯覚し続けていた。


そして迎えたアニメの最終回の日、初めて物には終わりがあることに気付かされた。

何度か感じたむず痒さはいつしか常に感じるものに代わり、
夢なんかいくら頑張っても無理なものは無理なのだと思って、大切なミニ四駆は押し入れの中に眠った。

青いレーサーズボックスの行方なんか、黒いお気に入りのミニ四駆の存在なんかとうに忘れて。
そんなものどうでもいいよ、とスケルトンブルーのパソコンと白と黒のサッカーボールに心を奪われた。
そんなことしてる時間があったら、俺は宿題終わらせなきゃいけないんだよ、と、
時間と学校に全てを束縛されて、首輪みたいな制服を着たまま机に向かわされた。


-----------------------

「ほら兄貴ー。俺のが早くゴールしたじゃん?」

にこにこと笑いながらマグナムをちらつかせて、弟は俺の前に走り出た。
俺は心底悔しそうな顔をして小さな両手に愛車のトライダガーXを持っている。

「…アイスだろ、わかってるって。」

「ハーゲンダッツのクッキークリームね。」

「なッ…ダッツ……!!?
 馬鹿野郎、わざわざ高ェアイス選ぶなッ!!!新しいタイヤ買いたいんだから!!!」

「えー…でも兄貴、約束したじゃん……」
いつまでも錯覚を信じ続けたから、今でも時々子供みたいな考えが顔を出すのだろうか。



いっそのこと子供のままにいさせてくれればよかったのに。

何度も主人公の烈や豪に憧れた。
どうしても日本の為に大好きなミニ四駆と走りたかった。
無意味にローラーブレードの練習したり、車道をミニ四駆と走ったりもした。

何度も主人公の烈や豪になりたいと思った。
だけどそれは所詮叶わぬ夢だと、小学5年生の彼等は既に知っていた。

それでもそれを断言できる程大人ではなくて、
断言出来る今は、昔よりも大人になったということなんだろう。

だけどそれは俺達にとって余りにも悲しい事で、
それでもやっぱり俺達は未だに何かを追い掛けている。


出典:2ch
リンク:さぁミニ四駆について語って下さい

(・∀・): 143 | (・A・): 40

TOP