某Aさんのエロゲークリエイター体験記 第一部 「就職編」

2007/05/17 03:16 登録: えっちな名無しさん

■某Aさんのエロゲークリエイター体験記

Aさん(プロフィール)
出身:岡山 性別:男

それまで、フリーターとして親元を離れて生計を立てていたのだが、なんのハリもない人生に飽き、
一念発起してエロゲーライターを目指すことを決意。その時点でのAさんの年齢25歳。

大学を出たわけでもなく、また、ゲーム会社に努めていたわけでもないAさん。
とりあえず、ソフトハウスのOHPを片っ端から見て、ライターを募集している会社をリストアップする。
条件、勤務地などお構いなし。年齢制限、未経験者等の条件に当てはまる会社は合計22社にも
のぼった。Aさんは、この22社全てに応募することを決意。

さて、ライターとして応募するに当たって、応募作品(シナリオ)を用意しなくてはいけない。
会社によっては、企画書も応募要綱に盛り込んでいるところもあるため、それも用意しなければならない。
幸いなことに、Aさんは高校卒業後、ほんの一瞬だが、小説家を目指していたこともあり、
文章には多少の自信があった。
思い込んだら一途なAさんは、その日のうちに勤めていたアルバイトを辞め、応募作品の制作に取り掛かる。
その間の生活費は、全て貯金でまかなった。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記2

二ヶ月かけて、およそ原稿用紙100枚程度の小説を二本仕上げる。
そのうちの一本は、とある出版社から出ている陵辱小説を真似て書いた超ド級のスカトロ、触手もの。
タイトルは「エネマグラ」
もう一本は、田舎の神社で暮らす主人公と、巫女さん志望の女の子との心の交流を書いた、いわゆる萌え系。
タイトルは「すなぎも」
どちらも、Aさん渾身の力作であった。
ちなみに生まれて初めて書くことになったHシーンは、案外スラスラ書けた。
自分の中に眠っていた新たなる可能性に驚くAさん。
やはり彼はエロゲーライターになるべくして生まれてきたのだろうか……。

とりあえず、応募作品のシナリオ(小説)のほうは仕上がった。問題なのは、企画書のほうである。
それまで、ゲーム会社はおろか普通の会社にすら勤めたことのないAさんが、企画書なんて書けるわけない。
そもそも、企画書とはどういうものかすらわからないのである。

Aさんは悩んだ……。
これまで順調に進んできた野望が、こんなところで頓挫してしまうのか……。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記3

企画書製作に行き詰まったAさん。
ある日、暇つぶしに、目標とするゲームクリエイターのHPを見ていたAさんは、
運良く「ゲーム企画書の書き方」というコンテンツを発見する。
喜び勇んでそのレクチャーを見て、Aさんは愕然とした。

〜質問の多かった企画書の書き方を教えます〜
1、タイトルは表紙に大きく書くこと。

2、見出しは目立つように、わかりやすく。

3、どんなゲームなのかを読んだ相手にわかってもらうことが一番重要。

4、絵や図などは特に必要ありません。読みやすく、なおかつ相手に面白いと思わせれば問題ありません。

 あとは、貴方が考えた内容次第です。
 頑張ってください。

たったそれだけだった。
ディスプレイの前でマウスを持ったまま、Aさんは五分ほど放心していた。

――結局、内容次第ということか?
――っていうか、企画書ってなんでもいいのか?

天の恵みかと思われた、企画書レクチャーもAさんを余計に混乱させるだけだった。

時間だけが、刻々と過ぎていく。
溜めた貯金も、すでに底をつきかけている。
まずい……。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記4

追い詰められたAさんは、兎に角企画書を書いてみることにした。
笑われても、貶されてもいい……。
いま自分の持てる力を精一杯発揮して、ぶつかっていくしかない。
半ばやけくそ気味に、Aさんは企画書の製作にとりかかった。

……。

次の日、一晩かけてようやく三本の企画書が出来上がった。
タイトルは「学園の狂騒」「レッグスチュアート」「月セレブ」

陵辱一本。足フェチ物一本。萌え伝奇系一本。
内容を要約すると、
・1頁 表紙にでかでかとタイトル
・2頁 企画コンセプト
・3頁 ゲームのキャラクター紹介
・4頁 あらすじ(プロット)

企画書一本につき、たったの四ページ。
しかも、どれも拙い出来である。
会社によっては、背景枚数や使用曲数を企画書内に明記するよう指定しているところもあった。
しかし、素人のAさんには、そんなものわかるわけもなく、それは諦めた。
ようは企画の内容だとAさんは割り切ったのである。

これが今現在Aさんが製作できる精一杯の企画書だった。

この自分の分身とも言える作品を引っさげ、これからエロゲー業界という巨大なる壁に立ち向かうのである。
Aさんの心の奥底で熱く滾る野望の炎は、彼の肉体すらも焦がさんと、赤々と真紅の色を湛えている。

いま思えば、この期間がAさんのクリエイターとして一番充実していた時期だった……。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記5

22社に送付する履歴書と、作品のコピーを取り終えたAさんは、
リストアップした22会社のソフトハウス全てに応募作品を送付した。

やれるだけのことはやった。
あとは、結果を待つのみ……。

夜景が一望できるマンションの屋上。
全裸でブランデーグラスを傾けるAさんの表情は、開放感で満ち溢れていた。

……。

三日後。
午前11時。
応募した会社の一つから早速、メールで連絡がきた。
その会社は、西の大手メーカー。
結果はもちろん、不採用。
がっくり肩を落とすAさん。やはり、未経験者の自分では大手は無理なのか……。
そのソフトハウスは、Aさんの大好きだったメーカーでもある。今回の第一志望であった。
しかし、いくら落胆しても、不採用は不採用。
昼ご飯を食べ終えたAさんは、押入れに眠っていたそのメーカーのゲームをとりだし,
決別の意味も含めてゲームをオノで叩き割った。

っていうか、不採用通知来るの早すぎね−か?
送ってから三日だぞ。ちゃんと、送った作品読んでるのか?

疑問がAさんの胸に去来する。
自分が未経験者だという理由だけで不採用になったのなら、案外この戦い――。

「厳しい戦になるやもしれぬ……」


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記6

その日から、毎日のように応募した会社からの不採用通知が、Aさんの元に届いた。
来るのは、どこも大手、中堅ソフトハウス。
不採用通知の文面はどこもそっけない。

「弊社に応募いただきありあがとうございます。
 検討の結果。今回は採用を見送らせていただきます。
 A様の今後のご発展をお祈りします」

たった三行である。
メールでも、封書でも文面は大差ない。
ご丁寧に、応募した作品と履歴書を同封して送り返してくる会社もあった。

――畜生……。

名の知れたメーカーでは、未経験者の自分は、どこにも相手にされないんだ、とAさんは悟った。
毎日届く不採用通知。一週間もすれば、特に落胆もしなくなった。

やっぱり駄目なのか……。
素人の自分が、思いつきでライターになりたいと思ったところで、やはり

――世間はそんなに甘くはないということか……。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記7

叩き割ったゲームの本数は、ついに両手の指の数を越えた。
さらには、焦燥するAさんに追い討ちをかけるように、
訊いたことのないメーカーからの不採用通知が届いた。
その時点で、Aさんは今回の戦の負けを悟った。

――腹を斬ろう……。

まだ、返事のこない会社は半分ぐらい残っている。
しかし、いままでの結果から見て、望みは薄い。
最後はせめて、見苦しくないように……。
白無垢に着替えたAさんは、死ぬ前にPCに残っているエロ動画を処分しようとPCを開いた。

―― 一通のメールが届いてる……。

送信者は、応募した会社の一つ。
東京にある、最近台頭してきたばかりの陵辱メーカーである。

どうせまた不採用の通知だろ?
諦め半分で、Aさんはそのメールを開いた。

「このたびは、弊社の求人募集に応募いただきありあがとうございます。
つきましては、A様のご都合がよろしい日時に、面接をさせていただきたいと思います。
開いてる日時がございましたら、ご返信いただけますでしょうか?」

――来た……。

着たばかりの白無垢を脱ぎ捨て、PCの前でAさんはあやしげな舞を踊った。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記8

面接――。
その言葉をAさんはどれほど、待ち望んだだろう。

都合のいい日といわれても、Aさんに時間は腐るほどあまっている。
しかし、ここで「時間ならいつでも空いてます、なんなら明日にでも面接してください」
と、返信してしまったら、軽い奴と思われてしまうのではないか……。

悩んだ挙句Aさんは、その週の金曜日を指定し、面接はその日にあっさりと決まった。

高まる緊張と、不安。
面接の日まで、多少は時間がある。
成人式の日以来、押入れで眠っていたスーツを取り出し、試着してみたり、
散髪にも行ったりして身なりを整える。

面接の日は来た。
Aさんは、ばっちりスーツを着込み、指定された駅に降り立った。
駅に着いたら、会社のほうに連絡を入れろとのこと。
携帯を取り出し、着いた旨を伝える。

十分後……。

「Aさんですか?」
背後から突然呼びかけられ、Aさんはちょっと驚きながらも、
「はいそうです」
と、親父にも見せたことのない笑顔を作って振り向いた。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記9

こいつが……。
こいつ、というのは失礼だが、後ろに立っていた男は、
凡そエロゲーなどという卑猥なゲーム製作に携わっていそうにない、さわやかな好青年だった。
としは、下手をするとAさんと一緒……もしくは、Aさんよりも年下かもしれない。
スリムなパンツに、ポロシャツ。薄っすらと日焼けした肌。
手にはクリアケースを持ち、縁なしのめがねをかけている。
一見、どこにでもいそうな(ちょっと前の)大学生。
こんなさわやかなやつが……。

「始めまして。私、○○というソフトハウスの代表を勤めております。Bです」

始めましてと、Aさんも挨拶を返す。

「では、ここではなんですから、どこか入りましょうか?」

てっきり、会社内で面接をするものだと思っていたAさんは、不意を突かれた。
B氏に案内されて、辿り着いたそこはファミリーレストラン。

――面接……ってここで?

ちょうど、昼時と言うこともあって、ファミレスの中は他の客でごったがえしている。
煩いガキが、奇声を発しはしゃぎ回っているこの店内で、

――俺の人生を左右する、戦を行えというのか……。

「どうぞ」
B氏はお構いなしに、テーブルまで案内する店員の後を付いていく。

――仕方ない。ここで戦えと言われればやるまでのこと。
俺も漢だ――。地の利が悪かったなど、負けた言い訳にはできない。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記10

「失礼します」
と、一応B氏に断りを入れて、Aさんは席に着いた。

遠くでほら貝が鳴った。
注文を終えたB氏は、持っていたクリアケースからAさんの送った履歴書と作品を取り出した。

開戦の合図――。

B氏は、店員が持ってきたアイスティーを一口啜る。
そして、緊張で固まっているAさんを見据え、
「……始めに断っておきますが、私どもは、いわゆる18禁ゲームを製作しているソフトハウスです。
 一応確認ですが、Aさんはそれをご存知の上で、弊社に応募されたのですよね?」

なにをそんな当たり前のことを。
Aさんは当然、「イエス」と答えた。

「そうですか。なぜ、わざわざそんな当たり前のことを確認したかと言いますと。
応募してくる人の中には、それを知らないで来る人も多いので……」

落ち着いた喋り方をする人だ。
やはり、会社の社長ともなると年は若くとも貫禄が備わるものなのだろうか。

「それではさっそくですが……」

B氏は、Aさんの送った履歴書を手に、いくつか質問をした。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記11

B氏の質問は、

・いまなにをしているのか? 以前、仕事は何をしていたのか?

・家族とは同居しているのか?

・こう言う業界の仕事に就いたことはあるのか?

など、ほとんど履歴書に書いてあることと同じことを、質問され、
Aさんは戸惑いながらも一つ一つ丁寧に答えた。
一通り質問が終わった。
次はいよいよ、Aさんの送った作品についての話題になるものだとってきり思っていた。
Aさんの予想は外れた。

「Aさんは、エロゲーとかプレイします?」

B氏はそれまでの堅苦しい口調から一転、
まるで会社の先輩にでも語り掛けるかのようなラフな口調でそんなことを尋ねてきた。

「はい。プレイします」

正直にAさんは答えた。
まさか、エロゲーをプレイしない奴が、応募するわけないだろ。と心の中で突っ込みを入れる。

「うちのゲームはプレイされましたか?」

それに対しても、Aさんは当然のごとく。

「プレイしました」

と、答えた。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記12

「では、この前出た○○という(大手メーカーの作品)は?」

それはプレイしてなかったので、Aさんは首を横に振った。

B氏は、それ以後も、エロゲーについてや、アニメ、漫画、
果ては映画やドラマの話など、およそ面接しているとは思えないような口調で話題を振ってきた。
Aさんは、内心首を傾げながら、その話題に答える。

それから、一時間ばかり映画の話で盛り上がった。

――面接ってこんなんでいいのか?

B氏と話しながらも、Aさんは心の半分で終始そう思っていた。
ひとしきり会話が終わった後、B氏ようやく、

「ゲームのシナリオを書くとして、一日にどのくらいの量がかけますか?」

それっぽい質問をしてきた。

「一月に200kってとこでしょうか?」
「そうですか……。ちょっと遅いですね」

そうなんだ。
人の書くペースなど全く知らないから、
嘘でもここは「1M」書けますと言っておくべきだったとAさんは後悔した。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記13

「実は、うちの会社はですね。いま、新作の方を製作しておりまして、
それとは別にもう二本、企画が同時に動いてるんですよ。
今回の募集は、別の二本の企画のライター……まあ、Aさんの場合、
もし入っていただくことになりましたら、
未経験ということで、サブのライターのポジションに就いて貰うことになります」

なんかそれっぽい会話になってきたことにAさんは胸を高鳴らせる。

こんな具体的な会話をするということは、この人は俺を欲しがってる?
そう見ていいだろう。いや、そうだと思うことにする。

しかし、B氏から出た“具体的”な話は、それ以後は続かず、
再びこの前公開された映画の話題となった。

三十分後。

「それでは。今日はお疲れ様でした。もう一度、社に持ち帰って検討します。
合否の連絡はメールでよろしいですね?」

面接は終わった。
時間にすると、1時間半。
それが長いのか短いのか、Aさんにはわからない。

「よろしくお願いします」

駅の改札口で、送ってくれたB氏に頭を下げてAさんは家路に着いた。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記14

なんだか良くわからない面接だった。
それとも、こんなものなのか?
ほとんどの時間、雑談に費やされた。
Aさんの送った作品については、一言もなく、また、応募の動機すらも聞かれなかった。

とりあえず、面接は終わったのだから後は結果を待つしかない。
Aさんの感触では、7:3でこちらが優勢。
きっと採用されると、Aさんは信じて疑わなかった。

面接が終わり、五日が過ぎた。
B氏からの連絡はまだこない。
Aさんはやきもきしながら待っているのに「採用」の二文字はAさんのPCに齎されない。

――いつまで待たすんだ。あいつ……。

焦るのも無理はない。Aさんの貯金はもう、底を付いていた。
今日中に決まらなければ、明日から生活のためにバイトを始めなくちゃいけない。
いらだつAさん。
すると、突然Aさんの携帯が鳴った。
電話に出ると、聞きなれない中年男性の声。
その男は、Aさんが応募した会社の代表だと名乗った。
B氏ではない。別のメーカーである。

――もしかして、また面接か?

と、思ったが違った。
電話の男(C氏)の用件はこうだった。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記15

いま、C氏の会社で作っているゲームがある。
バリバリ陵辱系のゲームなのだが、実はライターが足りない。
そこでAさんに、外注としてテキストを書かないかということだった。
書くのは、部分的なHシーンのみ。
Aさんにとっては、突然の話。
しかし「外注」の意味がわからない。
「社員とは違うんですか?」
と、問い掛けるAさんに、C氏は優しく違うと答えた。

外注か……。
週に一度出社して、後は自宅で作業してくれればいいと言う。
Aさんは迷った。
外注といえど、未経験者のAさんには願ってもない話。
これを引き受ければ、とりあえず「未経験」という、祖父母の代から苦しめられてきた悪しき枷が外れる。
しかし、この仕事を引き受ければ、B氏から連絡があったときに、どう対応すればいいかわからない。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記16

まさか、

――外注で仕事引き受けたんで、採用してくれるならそれが終わってからにしてください。

とは言えない。Aさんは悩んだ。
悩んだ結果、AさんはC氏の依頼を丁重に断った。
Aさんの中では、B氏との面接の手ごたえからして、受かるだろうという甘い期待があったのだ。
その選択が、Aさんをどん底に突き落とすことになるのだが、
当のAさんはそのことに気付いていない。

C氏からの依頼を断った後、B氏から、この前の面接の結果がメールで送られてきた。

「――検討の結果。今回は採用を見送らせていただきます」

Aさんは、泣きながらキーボードを叩き割った。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記17

―― 一体俺のどこがいけなかったのだろう……。

粉々に砕けたキーボードを前に、Aさんはこの前の面接を振り返った。
B氏との面接は、それなりに上手くいった、と自分では思っている。
会話も弾んだ。
特に失礼な態度を取った覚えもない。

一つ思い当たる点は、シナリオを一日に書ける量を質問され
たとき、Aさんは一月200Kです、と適当に答えた。
それが、B氏は「遅いですね」と一言。

それが不採用の原因なのか……。
いや、きっとそうなんだろう。
正直、Aさんはこれまで作業量のことなどまったく考えていなかった。
一月に100k書こうが、1M書こうが全く関係ないと思っていた。ようは内容だと。

Aさんは、押し入れから積んであった某大作ゲーを取り出した。
このゲームは、B氏との会話にも出たシナリオに定評のある大手メーカーのゲームである。

不採用のショックを紛らわすために、Aさんはそのゲームをプレイしてみることにした。

……。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記18

初めて、五時間後……。
さすが、大手大作なだけあって五時間プレイしても1ルートもクリアーできない。
ネット上の噂では、フルコンプに40時間かかるともいわれている。
そのプレイ時間の長さも、この大作の評価を上げる一旦を担っているらしい。
二時間後……ようやく、Aさんは一人目のヒロインを攻略した。

疲れた……。
一つのエンディングに辿り着くまでに、七時間。
流石にこれでは、ストーリーを楽しむ気にはなれない。
だが、このゲームが巷ではいま一番評判がいい。

「……」

Aさんはあることに気付いた。
ゲームのプレイ時間、即ちそれはシナリオの分量。
通説では、100k=一時間とも言われている。
フルコンプに40時間もかかるということは、単純に計算して総シナリオ量は4M。
一月に200k書けるライターが、4Mものシナリオを一人で書くとするならば、二十ヶ月もかかるのである。
しかもそれは、純粋にシナリオを書くだけの期間。
その他の作業を含めれば、開発期間はゆうに二年は越える。
シナリオを他のライターと分担するにしても、一月200kでは遅い。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記19

当然、一月にいくら書けようが、内容がクズでは使えない。
が、いまはシナリオインフレの時代。
Aさんがプレイした大作ゲームが、その膨大なプレイ時間もユーザーに支持される評価の一つだったと考えれば、
一月に80kがやっとの自分は、

――いまの業界の風潮から見て、ライターとして通用しないということだ……。

噂によると、同人で大作ゲーを出してブレイクした某有名ライターは一日に原稿用紙40枚は書くという。
Aさんの一月分の作業を二日ちょいで済ますのである。
そのライターと比べてしまうのもあれだが、Aさんの作業量は確かに少ない。

「良いものを早く書く。それはプロとして当然のこと」

Aさんは、燃えた。
こんなんじゃ終われない。
早速新しいキーボードを押入れから取り出し、以前から構想を練っていた新シナリオの製作に取り掛かった。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記20

――シナリオの内容がいい。
  これは、書く本人のセンスが問われるため、努力ではどうにもならないこともある。
  しかし、書く分量を早くするのは、努力次第でなんとかなるのである。(Aさんの親父談)

シナリオのクオリティを高め、なおかつ仕上げる期間を短くする。
Aさんは当面の目標をそう定めた。

思えば、いままで会社に採用されることばかり考えていて、自分のライターとしてどの程度のレベルなのかを、
客観的に見れていなかった。
プロとして会社から金を貰ってやっていくには、それ相当の実力がいるのは当然のこと。
いまさらだが、Aさんはようやくその考えに至った。

ライターとしての腕を上げるには、とにかく書きまくるしかない。
あと、本を読み、色々なものを吸収しセンスを磨く。
それ以外に、腕を磨く方法なんてないだろうとAさんは考えた。
Aさんの年齢は25歳。未経験者がこれから業界に入っていくには、厳しい年齢である。
一分一秒も無駄にはできない。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記21

文体も意識して変えることにした。
いままでのAさんの文体は、完全小説形態の堅い文章。
しかし、これでは作業効率は絶対に伸びない。
なぜ、Aさんが一月に100k弱しか書けなかったのかというと、一月の半分で小説を書き上げ、
月のもう半分で、書いた小説の推敲をしていたのである。
推敲に当てる時間をなくす、いやもっと少なくすれば書ける分量はいまよりも増える。
そのためには、推敲のさいに手間が取られる凝った言い回しや難しい漢字をなるたけ使わないようにする。
そもそも、エロゲーのシナリオにそんなもの必要ない。

――俺が目指しているのは、小説家ではなく、シナリオライターなのだ。

基本的な文法を押さえ、それに沿った読みやすいテキストが
書ければそれでいいのである。
が、それがなかなか難しい……。
身に染み付いた癖というものは、なかなかとれない。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記22

せっかく書いても、他人に評価されなければ、意味がない。
そう思い立ったAさんは、自分の書いたテキストを発表する場として自分のHPを立ち上げた。
人の目に止まりやすいように、サイトのコンセプトは有名エロゲーの二次創作。
一週間に一度、自分のサイトに書いたシナリオをUPする。
一月もすれば、ぽつぽつと訪れる人も増えてきた。

同時に、Aさんは生活費をバイトで稼ぎながら、
リベンジとして再び会社に応募するためのシナリオと企画書を書いた。
今度は応募する会社を2社に絞り、会社のブランドのイメージにあったシナリオと企画を作った。

送った22社からの連絡はそれ以降ない。
不採用でも通知がきたのは22社のうち凡そ半分。
それ以外は、二月経とうがなんの音沙汰もなかった。
そんなものか、とAさんは簡単に諦めた。
それよりもいまは、自分のサイトの更新と、新しい応募作品の制作で忙しい。

多忙な日々を過ごしながら……。
更に一月後、

ある日突然その知らせはやってきた。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記23

Aさんの携帯が鳴る。
相手は、男性。
以前、Aさんが応募した会社「背骨ソフト(仮)」の代表だと名乗った。
応募したのは既に四ヶ月前のことなので、相手から会社の名前を告げられてもすぐには反応できなかった。
男性(D氏)は、連絡が遅れたことを謝罪し、用件を述べた。

Aさんを面接したいと言う。
ついては都合のいい日を指定して欲しい。

B氏の時と同じパターンだ。
以前のAさんなら、すぐにでも食いついていたところだが、
正直言ってAさんはD氏の会社の名前は覚えていなかった。
製作したゲームの名前すら知らない。

Aさんは暫し迷ったが、数少ないチャンスを見過ごす理由はどこにもない。
Aさんは、面接の日時を指定し、相手もその日で承諾した。

電話を切ったあと、Aさんは面接が決まったD氏の会社(背骨ソフト)のHPを開いた。
どうやら最近、ようやく一本目が出たばかりの新規メーカーらしい。
作品の名前が思い出せなかったのも当然だ。
Aさんが、応募したとき、この会社は、まだ一本もゲームを出していなかったのだ。
先月出たばかりのD氏の会社のゲームは、ちょっと引いてしまうくらいのベタな萌えゲーだった。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記24

――なぜこの会社が俺を?

面接の連絡がきたこと自体不思議だった。
Aさんが主にプレイするゲームは陵辱系が多い。自然、Aさんの書くシナリオは、そういう描写が濃くなる。
以前送った応募作品のうちの一本は、狙って萌え系のシナリオも入れておいたが、正直出来は気に入っていない。
どちらかというと、陵辱小説のほうが自信があるし、送った小説にもそれが滲み出ているはず。
そんな俺に、なぜ萌えゲーを作った会社が連絡をよこす?

このとき既にAさんは、陵辱系ライターとしてやっていく決意を固めていたのだった。
今度応募しようとしている二社も、当然そっち系。
ただ漠然と手当たり次第に応募していた以前のAさんはもうこの世にはいない。

――もしかして、D氏は応募作品を読んでいないのか……。
――まあ、いい。チャンスはチャンスだ。物にできそうならしてみせよう。

 釈然としないものを抱えながら、Aさんは面接の日を待った。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記25

面接当日。
駅で待っていると、グラサンをかけた恰幅のいい男性が現れた。
電話を貰った「背骨ソフト」代表取締役D氏である。
後ろに二人の男を従えている。
一人は、D氏とは正反対のやせ細った男。
もう一人は、禿かかっているおっさんだった。
D氏は、痩せた男をディレクター。おっさんの方をもう一人の取締役だとAさんに説明した。

――三人がかりとは……。

Aさんは駅の近くにある喫茶店に連れてかれ、面接を受けることになった。

流石に、一回目の面接よりは緊張しなかった。
しかし、三人がテーブルの向こうに座り、Aさん一人が彼らの向かい側に座るというこのフォーメーションは、
いかにも面接という感じがして居心地が悪い。

D氏は、その巨体に似合わない甲高い声で、一通り挨拶を済ませると、
うちはエロゲーメーカーです。それを承知で……。
と、B氏と同じことを訊いてきた。

――これって、どこに行っても訊かれるものなんだろうか?


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記26

面接が進む。
D氏以外の二人はほとんど話さない。
痩せた男の方は、時折メモ帳になにかを書き込むだけ。
おっさんの方は、D氏の言葉に相槌を打つだけ。

――これじゃあ、D氏と一対一で会話しているのと代わらないな。

Aさんは心の中で苦笑した。

「うちの背骨ソフトはね。この前ようやく一本目のゲームが出たばかりの新規メーカーなんですね。
でもまあ、一本目にしてはなかなかいい評判を頂いてね。
これからどんどんゲーム作って、会社も大きくしていこうかなと思ってね。
それでね。新しい風というか、人材をね。探してるんですね」

電話の時も感じたが、このD氏。面白い喋り方をする人だ。
B氏とは対照的だ……。

D氏は、隣の痩せたディレクターに、
「E。うちらの出したあれ、いくら売れたっけ?」
Eと呼ばれた男は、少し戸惑いながら、
「4000……」
と、答えた。
すかさず、その反対側に座ったおっさん(F氏)が、
「まあまあ、D君。面接でいきなりそんな話されても……、Aさんも困ってるでしょ……」
と、穏やかにD氏を制した。
「あそう。でも、Aさんが入ってくれたらそういう話も具体的にしなきゃいけないでしょ?」
D氏は、子供のように唇を尖らし、Aさんそっちのけで、なにやらF氏と揉め出した。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記27

4000と言う数は、ゲームが売れた本数のことか……。
評価を得たといってた割には、四千本って……。
それだけしか売れてないのかと、業界の事情を知らないAさんは思った。

「なはは。まあ、いいよ。
Aさんは、うちのゲームプレイしました?」

訊かれると思った。この質問のためにわざわざ、買って一応プレイしてきてよかったとAさんは安心した。

「はい。プレイしました」
「どの子が好き?」
「は? ヒロインですか? そうですね。あのちっちゃい子とか……」

ぶっちゃけプレイしたはいいが、フルコンプどころか一人も攻略してなかった。
正直ヒロイン全員の名前まで覚えていない。
だが、萌えゲーならちっちゃい子――いわゆる炉利担当のキャラクターは必ずいる。

「倉たんのこと? え? もしかして、Aさんて炉利?
 へー。そっちの気か……」

と、なにやら勝手に納得しだすD氏。
E氏とF氏は、呆れた顔でDさんを見ている。
この三人。意外とかみ合っていないように見える。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記28

それからD氏は、E氏とF氏を巻き込みながら、自分の会社で出したゲームについて熱く語り始めた。
あのヒロインはどうだとか、企画の時点で小売店にアピールを怠らなかったからこのセールスにつながっただとか……。
まるで、自慢話を繰り返す子供のように目を輝かせて、ぺらぺらと喋りまくる。

Aさんにとっては、初めて訊く業界のちょっとした裏話。
D氏の話す内容全てに興味が湧いた。

D氏の口からは、
「これから、うちの会社はどんどん大きくなる」
「うちらは、いま停滞している美少女ゲーム業界に一石を投じる存在になる」
「次に出す予定のゲームは、多分一万本を越える。もう、その企画は動き出してる」
というような威勢のいい言葉がバンバン出てくる。
Aさんは、一つ一つ、興味津々な顔でうなずいた。
しかし、E氏とF氏は終始冷めた様子でD氏を見つめていた。

D氏の話に焦れたように、F氏が会話を遮り、Aさんの送った履歴書を片手に質問を始めた。
一番年配のF氏の口調は、いかにもサラリーマンといった感じで、面接らしい面接がやっと始まった気がした。

 F氏の質問は、以下の通り。
・いままで、こういう仕事に就いたことはあるか?
・月に何本ぐらいエロゲーをプレイするか?
・家族構成は?
・小説を書いていたそうだが、いつぐらいから書き始めたのか。

など、B氏の面接のときと同じようなありがちな質問ばかりだった。
E氏は、隣で俺の答える質問を一つ一つメモしていく


面接。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記29

それから、D氏がAさんの送った企画書と小説について話し始めた。
D氏が言うには、小説のほう、特に萌えシナリオを意識して書いた「すなぎも」のほうは悪くはない。
ただ、陵辱小説のほうは駄目だ。プロでは通用しないとのこと。
陵辱系に自信のあったAさんは、意外な言葉に耳を疑った。

「でも、両方ともよくかけてると思いますよ。文章はまだ稚拙ですけど。
経験を積めばやっていけると思う……よね?」
と、D氏は隣にいるE氏に問い掛けた。
E氏は苦笑するのみ。

――その苦笑は、どういう意味だ?

厳しい意見が大半だったが、
B氏の時には一度も話題に上らなかった応募作品についての意見が訊けたことにAさんは満足だった。

「うちに入るとしたら、Aさんはどんなゲームが作りたいですか?」
と、F氏。

Aさんは、考えた。 D氏の会社は、自分の目指している方向性と全く違う。
ここではっきりと、陵辱系がやりたいです、と言ってしまって良いものか……。考えた結果。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記30

「萌えと陵辱を、一つにまとめた新しいジャンルを開拓したいです」
と、まことに中途半端な答えを返した。
それに対し、D氏は、
「それは、具体的に言うと?」

「え? え……と」

答えられなかった。
やっぱり思いつきで、発言するもんじゃない。
心の中で、しまったーと後悔してももう遅い。
D氏は、Aさんの答えを待たずに、
「うちはね……」
と、再び自分の会社について語りだした。

D氏が言うには、背骨ソフトとしてはいわゆる「萌え」の方向性でやっていきたいとのこと。
そういう意味で、Aさんの送った「すなぎも」はこれからも会社で製作していきたいゲームのイメージにあっている。
当然、会社が大きくなればもう一つブランドを抱えて別の方向性を模索していってもいいのだが、当面は萌え一本でいくとのこと。

――なるほど……。

と、Aさんはうなずいた。
自分のやりたい方向性とは違うが、D氏はD氏なりに明確なビジョンを持ってやっている。

D氏の力強い言葉に押されるように、Aさんの脳裏にそれまでぼやけていた「萌え」というフレーズがはっきりと刻み込まれた。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記31

面接の時間は、およそ一時間ぐらいだろうか。
D氏は、その間ずっと喋りっぱなしだった。

最後に、それまでほとんど言葉を発さなかったE氏が、口を開いた。
「Aさんは、月にどれだけのシナリオを書けますか?」

やっぱりここでも、同じ質問が出てきた。
Aさんの睨んだとおり、いまはどの会社も分量を書けるライターを求めているのだろう……。
それは違うんじゃないか? という思いはAさんの胸にいささか燻っているのだが、
大作売れ線系を狙うメーカーならどこでもそう考えるのは当然。

Aさんは胸を張って答えた。

「月に300kは、書けます」

「へー。そう。うちの今回のゲーム担当してもらったG先生はどのくらいのペースなの?」
と、D氏がE氏に訊く。

「月……250k程度でしたね」
「四ヶ月かかって、トータルで1Mいかなかったもんね」
そうかそうか、とD氏は巨体を揺らしてほくそえんだ。

そして、再びAさんに言う。
「いまどきのユーザーさんは、プレイ時間というものに非常に過敏になっているのね。
ライターさんにどんな名文を書いてもらっても、プレイ時間が4時間そこそこじゃ、評価が得られないのは、
この前出た○○というゲームの評判をみてもらえば判ると思うのね。
だからうちの会社としては、内容ももちろん良いに越したことないけど、量の書ける人を求めているのね。
その点、Aさんは心配なさそうだね」


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記32

D氏のこの発言により、彼がライター畑の人間ではないことにAさんは気付いた。
隣でうなずいているE氏とF氏も恐らく文章を書く人間じゃないだろう。

多少なりとも物書きという分野を経験した人間なら、
自分たちの言ってることがどれだけ馬鹿げているかわかるはず。

――しかし、俺もこの人たちと変わらない。300k書けますと胸を張って答えた俺も……同じ穴のムジナだ。

Aさんは、感情を押し殺すように、テーブルの下で拳を握り締めた。

……。

「それでは今日はお疲れ様でした。後日連絡します」

そう言って、D氏たち三人は帰っていった。
「……」

なかなか充実した面接だったと思う。
D氏の話は面白かったし、ためになった。
ただ、D氏の左右で終始彼の言動に渋い表情を見せていた二人が気になるが……。まあいい。

面接の手ごたえは……。いや、これは考えないようにしよう。過剰な期待を持ってしまうと、B氏の時の二の舞になる。
落ちたものだと思って、これまで以上に気を引き締めてやっていこう。家に帰ったAさんは、怠ることなくその日も、
応募作の製作に取り掛かった。

三日後……。

D氏から電話で連絡があった。面接の結果……。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記33

「採用」だった。来月頭から出社して欲しいとのこと。Aさんは、承諾し、電話を切った。

――受かってしまった。

嬉しいという気持ちはなかった。むしろ逆。

――なんでこんなに不安なんだろう。

いままでライターとして会社に入るためだけに努力してきた。ようやく念願かなったのだ、喜んでもバチは当たらない。
だが、なぜかAさんは素直に喜ぶ気にはなれなかった。

理由は二つある。
一つは、自分でも納得いく出来ではない萌え系シナリオが評価されてしまったこと。
できることなら、いま書いている陵辱シナリオを評価されて採用が決まってほしかった。

もう一つは、D氏のことである。
社会的常識が欠如しているAさんが言うのもなんだが、D氏はあきらかに代表取締役という感じはしない。
どこか子供のようで、自己中心的な感じがした。
そのD氏を上手くフォローしていたのが年配のF氏だが、そのF氏も、D氏の振る舞いに冷めた視線を送っていた。

だが、悩んでいてもしょうがない。もう、引き返せないところまで来てしまったのだ。
Aさんのライター人生はここから始まるのだ。
これから「背骨ソフト」の一社員として、エロゲー業界に身を投じるわけである。
出社の日が近づくに連れ、Aさんの心は熱く昂ぶっていった。

 ――Aさんのエロゲークリエイター体験記 第一部「就職編」 END

続編:某Aさんのエロゲークリエイター体験記 第二部 「ライター編」
http://moemoe.mydns.jp/view.php/6570

出典:某Aさんのエロゲークリエイター体験記
リンク:http://www.geocities.jp/bouasan2004/

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