第2幕:探し物は何ですか
2007/07/08 18:19 登録: えっちな名無しさん
台風が接近していると言うのに、旅館近くの本屋は夜の8時になっても営業していた。
当然、外がすさまじい状態なので、店内に客の姿は見えない。こんな天候で営業する店も
店だが、そこに来店する客も客なものである。そんな根性のある客は今日び居ないだろう。
と、そこに、ビニール傘を差した男が2人、店の軒下に駆け込んできた。少し奇妙なことに、
2人はワイシャツ姿である。
('A`)「はあはあ…。で、ブーン。アテもなく本屋に来たわけだが……」
( ^ω^)「正直もう面倒くさいお。浴衣も着替えなきゃならなかったし、雨風が強かった
お陰で、すっかりずぶ濡れだお…」
('A`)「まぁ、涼しいからいいじゃないか。…と、さて。地図のコーナーはどこかな……と」
ドアに手をかけ、きぃ、と開けて店内に進む。かなり冷房が効いていた。
(´・ω・`) 「ぃらっしゃいませー」
暇そうにカウンターに立っていた店員が2人に対して挨拶する。
('A`)「あの、地図とか、旅雑誌とかはどこに置いてあります?ホラ、『るる○』とか…」
(´・ω・`) 「えーと、地図なら右端の通路の奥に置いてあります。旅雑誌も一緒に陳列してる
筈です」
('A`)「そりゃどうも。ほら、ブーン、逝くぞ」
振り返る。
ブーンはこっちのことなど気に留めず、雑誌コーナーで立ち読みをしていた。
いや、『立ち読み』なんて言葉では生ぬるい。『耽読』とでも言ったほうがいいだろうか。
('A`)「おーい、何読んでんだー……」
また呼びかける。
それでもブーンは振り返らない。
何を読んでいるのか興味が湧いたので、ドクオはそーっとブーンの背後に立って雑誌を後ろから覗き込んでみた。
('A`)「……」
(*^ω^)「………………」
(*'∀`)「………………ウホッ」
( ;^ω^)「わぁ!!ドクオ!!いきなり背後に立たないでくれお!寿命が縮まったお!」
不意に背後から声を掛けられて狼狽したブーンは、読んでいた雑誌を陳列棚の奥のほうに
戻す。しかし、ドクオはその内容を既に知っている。
( '∀`)「ほほう…、ブーンにそんな趣味があったとはなぁ」
( ;^ω^)「な、何のことかお?それより地図のコーナーに向かうお!!」
そそくさとその場を立ち去るブーン。
('A`)「しかしなぁ……」
ブーンに取り残されたドクオは、少しばかり逡巡していた。
(;'A`)「寝ているスキに襲ってこないだろうな、アイツ…」
効きすぎた冷房のせいか、一度ぶるっと身震いしたあと、ドクオは地図の店の隅にあたる
地図のコーナーへと向かう。途中で携帯用の時刻表も見つけたので手に取った。
('A`)「何か見つかったかー?」
( ^ω^)「まぁ、本には困らないお。…だけど、これから一体どこに逝くんだお?」
(;'A`)「……」
さっぱり考えていなかった。
行き先も分からずに適当に地図とか買うわけにはいかないし、ましてや全47種類の都道府県図
なんか買ってられない。
('A`)「…さて、どこが良いかな。何か案は?」
( ^ω^)「特にないお。なんなら新幹線の駅で降りまくって食べ歩きするかお?」
('A`)「悪くはないが…せっかくの3連休だぜ?もっとのんびりできないか?」
うーん、と、2人は唸る。そこへ、さっきのヒマそうな店主がやってきた。
(´・ω・`) 「なにかお探しで?」
( ;^ω^)「探している…と言うより、『探すもの』そのものを探しているんだお…」
(´・ω・`) 「はぁ。つまり、これから漂泊の旅にでも出ようかと?」
('A`)「漂泊、ねぇ…」
そのとき、ドクオの脳裏には「奥の細道」がよぎったが、いかんせん日程がキツい。ナイス
アイデアだとは思ったものの、泣く泣く脳内でそれを却下する。
(´・ω・`)「何かご都合は?」
('A`)「うーん。日曜日には東京に帰っていたいぐらいかな。あと、温泉に浸かりたい」
(*^ω^)「ご当地の美味しいものを食べたいお!!」
(;'A`)(俺は喰ってくれるなよ…)
(´・ω・`)「ふむ…。なら新幹線の沿線が便利そうですな…」
('A`)「そうなりますね。そんな都合のいい観光地なんてあるんでしょうか」
(´・ω・`)「…いいでしょう。私が若い頃に行ったことのある温泉宿を紹介します。風光明媚
で泉質はいいし、水も食べ物も地酒も美味しいところです。ただ、それが結構な秘境
なんですが…」
('A`)「ほう。それは興味をそそられるな。で、その観光地は名を何と?」
(´・ω・`)「vip峡温泉です」
( ^ω^)「vip峡温泉?聞いたことがないお」
(´・ω・`)「まあ、私の知り合いが経営する旅館しかない温泉地ですからね。取材もなかなか
入ってこないので、テレビも雑誌も紹介しない。1日に3本くらいはバスが往復する集落に
建っていますから、それほどの閑村ってわけでもないんですがね…。大体、ここから……
そうですね。新幹線とか使って6時間ぐらいでしょうかね。vip峡から東京へは4時間ぐらいです」
('A`)「どうする?ブーン」
( ^ω^)「面白そうだお。それに、僕ら2人の要求を叶えてくれそうだお」
('A`)「じゃあ、そこに逝くとするか。えと、店長さん。予約は取れるものでしょうか」
(´・ω・`)「ええ。年中ヒマな旅館なもんで、結構空いてると思いますよ」
そう言うと、店長は胸ポケットからくたびれた手帳を取り出してパラパラとページを
繰っていく。やがて、あるページに指を挟み、カウンターへと向かった。
店の電話の子機を手に取ってダイヤルしようとするが、店長は思い出したようにこちらに
振り返り、呼び掛けた。
(´・ω・`)「えーと、何曜日に宿泊します?」
('A`)「そうだな…台風が完全に抜けなきゃ身動き取れそうにないし、土曜日に着いて
1泊2日ってのが無難かな。それまで四国観光でもしようぜ」
( ^ω^)「仕方ないけどそれが無難だお。」
(´・ω・`)「はい。じゃあ、土曜日着の1泊2日ですね……」
手帳を確認しながらその都度ダイヤルしているところを見ると、どうやら普段から親しく
電話をするような間柄ではないようである。
店長が受話器を耳に当てる。
長い沈黙。
外から漏れてくる雨風の音、自動車が走り去る音。
入り口のドアが風でガタつく音。
やけに効いている空調の音。
今まで会話をしていたせいか、それらの音が妙に生々しく聞こえてきた。
('A`;)「……(おい、大丈夫か?)」
(;^ω^)「……(僕に訊かれても困るお。と言うか、その質問は僕がしたいお)」
やがて、その沈黙も破られる。
(´・ω・`)「あ、もしもし。『旅籠vip温泉』ですか?」
どうやら無事に繋がったようだ。それまでに要した時間は約30秒。店長もなかなか根気が
良い。
(´・ω・`)「えーと、予約を取りたいのですが……はい。はい。えーと、土曜日から1泊2日で
男2名。…名前?えーと、泊まるのは私じゃないんですよ。私は女将の知り合いで……えっ!?」
('A`;)( ;^ω^)「!?」
なんの前触れも無く店長の声が上擦ったので、2人に妙な緊張が走る。
(´・ω・`)「いえいえ!!いいんですって、代わらなくて!!早いとこ予約取ってくださいよ!
……って、もしもし!?もしもしもしもし!?」
( ´゚ω゚)「……あっ」
?('A`;)?( ;^ω^)「……!!」
急に店長の目がイッてしまった。
…一体この女将とやらは何者なのだろうか。
2人の間に今度は妙な空気が流れる。
(((;;´゚ω゚)))「ぁぁあ……。うん、久し振り。ショボなんだ。…だから悪かったって!最近電話
しなくて。別に忘れたワケじゃないんだよ!ホントだってば!!久し振りなのにそういきなり
ツンツンすることないジャマイカ。……うん。……だからぁ…………。いやいや、そんなワケ
じゃないんだってば!ちゃんと用事があって電話したんだから!!……うん………いや…………」
……長い。
一体こんな応酬を何分続けるのだろうか。
いつまで待っても仕方ないので、2人は文庫本コーナーに行って道中で読む本を物色する。
('A`)「んー。何か良さそうな本は…と」
ひょいひょいと文庫本を片っ端から手に取り、そして棚に戻す。10冊ほどその作業を繰り
返したとき、ドクオの手が止まった。
('A`)「『鉄道員』か。短編ばっかだし、面白そうだからコレにするか。ブーンは何にする?」
( ^ω^)「僕はいいお。のんびり景色を見るのが旅の醍醐味でもあるお」
('A`)「それもそうか……(それなら、チラチラと801コーナーを見るなよな……)」
vip峡周辺地図を残しての買い物は大体済んだので、あとは店長の動きを待つばかりである。
カウンターで長電話をする店長の方へ向かう。見た感じ、まだ例の応酬を繰り返していた。
(((;;´゚ω゚)))「…だ・か・ら!ちょっと落ち着いてよ!! 今日は宿泊客を紹介するために
こうやって電話したんだから」
(´・ω・`)「……え?そうだよ、宿泊客。えーと、男2人で土曜日着の1泊2日。見た感じ、
2人とも20代前半のリーマン。…ああ分かった。いま本人に代わるよ」
店長はそう言うと、なかば押し付けるようにしてドクオに受話器を渡した。それと同時に
店長の口から安堵の溜め息が漏れる。
受話器を受け取ったドクオは恐る恐る電話に出た。
('A`)「あ…もしもし、電話代わりました。ええ。はい。そうです、宿泊です。えーと、住所は
東京都杉並区……(ry」
ひととおりの手続きが思いのほかスムーズに進む。さっきは何であんなに本題に入るのに
手こずったのだろうかと、通話してるドクオもそれを見ているブーンも考え込んだ。
('A`)「えーと、料金は2食付で1万4000円で、チェックインは……はぁ、朝9時からならいつでも
大丈夫ですか。温泉は6時から23時までですね」
ドクオが復唱する横で、ブーンが適当な紙にメモをする。
('A`)「はい、どうも。宜しくお願いします。…はい。……はい。………はい、どうもー。……
……はい、こちらこそー。では、はい。…はい、宜しくお願いします。……はい、どうもー。 ………はーい、さようならー。はーい…………ありがとうございましたー…………………」
1秒
2秒
3秒
4秒
ピッ
('A`;)「何なんですかあの人は!?」
通話を終えるや否や、ドクオはそう切り出した。
(´・ω・`)「うん。ツンデレさんといいましてね。僕の高校時代の同級生なんです。vip峡生まれの
長男一家に嫁いでからは、嫁ぎ先の長男さん、つまり夫さんよりもバリバリ『旅籠vip温泉』
を切り盛りしている人です。普段はツンツンしているんですけど、少しでも嬉しいことが
あると、途端にコロッと態度を変えるんですよ。慣れるまでは少し神経を使いますけど、
慣れたら慣れたで面白い方ですよ」
( ;^ω^)「ちょっと怖いけど我慢するお。…で、vip峡周辺図はどこに?」
(´・ω・`)「ああ……。別にいりませんよ」
('A`)( ^ω^)「いらないんですか?」
(´・ω・`)「旅館の目の前がバス停なもんでして、今も廃線になっていないはずですから、
その路線のバスに乗れば地図は要らないんですよ。旅館にも地図は置いてあるから、
周辺の探索に事欠くことは無いんです」
で、行き方は…と言うと、店長はメモ用紙を1枚破って何かを書き込む。
(´・ω・`)「はい。これが行きかたです。普通に交通機関を使えるんなら大丈夫でしょう。道中、 くれぐれも気をつけて」
('A`)「はい。どうもありがとうございました。…あ、あと、この本を」
そういって、ドクオは時刻表と文庫本をカウンターに置く。
(´・ω・`)「そちらさんは何も買わなくて宜しくて?」
( ^ω^)「僕はいいですお」
(´・ω・`)「じゃあ、2冊で1025円ですね……。はい、丁度お預かり致します。どうも、ありがとう
ございましたー」
('A`)( ^ω^)「どうもー」
店から出る。
店内とは違い、大量の湿気と熱気を孕んでいる屋外は相変わらずの嵐だ。
('A`)「さて、明日の予定でも立てるか。四国の地図は旅館にあるから、旅館に帰ってから
計画を練ろう。道中を安全に過ごさなくちゃな」
(#^ω^)「その前に、今はこの嵐の中でビニール傘を差しながら、安全に旅館まで
帰ることのほうが遥かに重要だと思うお。それに、メモやら時刻表やらを濡らすんじゃないお
……ブツブツ」
('A`;)「わかったわかった……。そんなにグチるなって。そら、行くぞ!」
そう言うと、ドクオとブーンは嵐の中ビニール傘を前方に構えて旅館に向かって駆け出した。
(*^ω^)「…この嵐だったら、何となく飛べる気がするお」
駆け出しながら、なんとなくブーンはそう呟いた。
第2幕:探し物は何ですか 了
つづく
出典:夕食はマクドナルド
リンク:欧米か。

(・∀・): 23 | (・A・): 12
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