一進一退
2007/07/21 09:17 登録: えっちな名無しさん
事務職をしている友人のお話。
転職にともない、それまで住んでいたアパートを引き払い、
15?ほど離れた別のアパートに住み始めた。
引っ越しを終え、ほっと一息つき、新しい日常生活をはじめる。
前の職場が倒産したものの、失業保険が切れる前に新しい職がみつかり、
また、その職場は前の職場とほぼ同じ仕事だったため、一週間もすると
彼はすぐに職場に馴染めた。残業もほとんど無く、同僚や上司も
穏やかで、彼はにこにこして毎日を過ごしていた。
だが、ある時、彼は自分のアパートの奇妙な現象に気がついた。
まず真っ先に気がついたのは、玄関の靴が、揃えていてもばらばらになる。
次には、きっちりしめていた風呂場の水道が、朝起きると細く水が流れている。
風呂場の前の鏡に、指紋や手のあとがついていることがある。
知人は若い頃は居合道に熱中し、三段まで持っている武道家でもあり、
のんきというか豪快な性格であったため、気にせず日常生活を送っていた。
科学万能主義者でもないがオカルトは「否定はしないが気にもせず」という
考えの持ち主でもあったた。
それが気に入らなかったのか、部屋の中の異変は、日に日に激しくなっていった。
深夜、寝入りばなに身元で木の板を割るような音がする。
トイレの水が急に流れる。テレビの電源が不意に入り、砂嵐になったあとまた消える。
流石に日常生活に支障が出てきたため、知人の拝み屋さんに来てもらうことになった。
部屋の前まで来た拝み屋さんは、あきれ果てた顔で、
「良く、こんなところで生活できましたね」と言った。
別に、殺人事件があったとかそう言う場所ではないのだが、場所的に
(霊道や地形的に)非常に「たまりやすい」場所であり、リーダー格の
一人の女性の霊を中心に、かなりたくさんの霊がたむろしているとのこと。
良心的な拝み屋さんだったらしく、
「これらを全部祓うとなると相当の金額と日数がかかりますし、正直、
私の手に余るかも知れません。引っ越しをおすすめしますが」
知人は、しばらく悩んだあと、拝み屋さんに出張料と日当を多めにお支払いして、
お礼を言って見送った。
その日から、知人とその部屋のものたちとの、一進一退の戦いが始まった。
知人に霊感はない。また、オカルトにさほど詳しくもない。だが、奇妙な
チャレンジ魂に火がついたのか、知人は、忙しくない仕事を幸いとして、
そちら方面を一生懸命に調べはじめ、独自に対策を取り始めたのであった。
…まず真っ先に行ったのは、「盛り塩」。赤穂の粗塩を通販で取り寄せて、
商売繁盛のおまじないではない方の盛り方で、盛り塩を作った。
結果。何日か、それで異変は収まったが、ある日、盛り塩が、水をかけられた
ように全て溶けてしまい、また異変が起こり始めた。
…次に行ったのは、破魔矢。近くの神社で、破魔矢を買ってきて、玄関の入り口の
上に飾っておいた。
結果。やはり数日、それで異変は収まったが、ある日、真ん中から折れてしまって
いた。「お正月の売れ残りだったのがまずかったんだろうか」とは知人の弁。
…基本を外さず、次はお札。
これは、ちゃんと「悪霊退散」目的のものを選んで買ってきたのだが、
その日のうちにボロボロに腐食して効果はなかった。
「インクで印刷してあった奴だから、やっぱり駄目だったか」とは知人の弁。
…さらに、知人と霊たちの戦いは続く。
(異なる宗教のものをあんまり揃えすぎると良くない)という知り合いの言葉に
従い、密教系と神道系に限定し、知人はさらに勉強していった。
般若心経と、明王系の真言はほぼ全てソラで唱えられるようになり、金縛りは
自力で解けるようになった。
だが、霊達も意地になったのか、日常生活の邪魔はさらに酷くなっていった。
夕食に買ってきたお総菜が、食べる前に腐敗してしまう。あるいは、味が抜けて
スカスカになっている。
布団のなかに、腰までありそうな長い髪の毛が散らばっている。
霊感が全くなかったはずの知人にさえ、若い女の含み笑いが聞こえるようになり、
部屋の中にたくさんの人間の気配を感じるようにもなってきた。
知人も流石に憔悴が隠せなくなり、ついに、ある行動を決心した。
ある日、「それ」が届いた。桐の箱に入った、本身の真剣の、日本刀である。
江戸末期に作成され、鎬に傷があるために安く売りに出ていた、二尺二寸七分の、
白木の鞘の日本刀だった。彼は、貯金を下ろして(安いとはいえ25万円したそうだ)
それを購入したのだった。
銭湯に行って念入りに身体を洗い、十年近くぶりに道着に着替え、部屋の真ん中で
それを手に取り、天井に引っかからないように気をつけて、裂帛の気合いを込めて
抜き、振り、納める。
「神でも悪魔でも人でも、斬ると極めたら断固として斬る。」先輩に教わった
気構えを思い返し、呼吸を調える。
そして、武道仲間の古流武術家に教わったおまじないも行う。
できるだけ、刃音を高く鋭く響かせて振り下ろしながら、
「フツヌシノミコト、フツヌシノミコト」と唱える。これを三回繰り返して、
刀を納めて、枕元に置いた。
その晩。彼は、夜中に人の気配を感じて、薄く目を開いた。ベッドの隣、
少し離れた場所に、髪の長い若い女が立っていて、きつい目でこちらを見つめている。
心得たりと知人が枕元の日本刀をひっつかむと、女はそれを静止するような身振りを
したので、ツカから手を離した。
その女は、呆れたのと忌々しいのが半分ぐらいずつのような視線で彼を睨むと、
きびすを返して、玄関から出て行った。出て行く前に、綺麗な姿勢で、お辞儀を
してから出て行ったのが、印象に残ったそうだ。
翌朝から、彼の部屋での異変は、ぱたりとやんだ。
知人は、道場を探してまた居合道を再開し、週に一度は必ず通っている。
一番最初に来てくれた拝み屋さんがある時また来てくれて、首をひねった。
「一体、何をなさったんです?前の霊がそっくりいなくなっていますし、
たまり場でもなくなっていますが…」
友人はにこにこして何も答えなかったが、あとで俺にはこう言っていた
「抜き身の日本刀を持ち出してくる馬鹿の居る部屋でくつろげないのは、
生きてる人も死んでる人も同じらしいね」
どっとはらい
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