受験のプロ
2007/07/25 00:45 登録: えっちな名無しさん
※今から10年ぐらい前の話です
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大学が最も静かになる日がやってきた。入学試験日である。日頃はエヴリ
バディカムカムの大学構内にもこの日ばかりは随所に関所が設けられ、入
構に際して受験生は受験票を、教職員は身分証を、学生は学生証を提示し
なければならない。市民は通り抜けることも犬に糞をさせることも許され
ない。受験生は休めない。教職員は本当は休んではならない。学生は休ま
ずにはいられない。人の気配のない大学構内に試験開始や終了を告げるサ
イレンが響く。中性子爆弾で生物のみ死滅した街のようだ。
職場の国立T京大学N学部構内では理科3類の入学試験が実施される。受
験した経験がないため正確な評価はできないのだが、T大理科3類入試は
国内最難関という評判である。パスすると近い将来ほぼ自動的にT大I学
部に進むことになるのだが、受験生にとってその事実はとるに足らないこ
とであり、最難関入試として主にトップエリート受験生の力試しや運試し
に御利用頂いているようである。
今年ようやく解放されたので告白するのだが、昨年まで4年連続して全く
同じ試験会場で同じ試験科目の監督業務を行った。不正防止のため試験監
督は毎年ローテーションで変更されるはずなのだが、人手不足か人事ミス
か、とにかくそうなってしまったのである。それならそれで当方も試験監
督のプロである。プロにはプロの誇りがあるのだ。不正に与する下劣な人
間ではないのである。地獄の沙汰も金次第とはいうけれど。
並の受験生は試験開始直前まで参考書を開き知識の吸収に努めるものであ
る。しかし特上の受験生たちはそのような愚行を必要としない。既に彼ら
の脳には常識を越えるデータがデフラグされた状態で格納されており、メ
モリ不足やブロック不良やリンク切れとは全く無縁なのである。机につい
て瞑想する者、廊下を歩き回る者、ヘッドフォンをつけて脚でリズムを刻
む者、他の受験生にガンを飛ばす者、彼らは各々の方法で集中力を高めて
いくのみである。
狭い教室に閉じこめられた 40 人のスーパー受験生は各々に強いオーラを
放っているのだが、なかでも異彩を放つ受験生が二人、ゴリラーマンと土
偶である。前者の男性は何かのコミックに登場する同名のキャラクターに
酷似している。後者は女性であり青森県亀ヶ岡遺跡から発掘された土偶に
酷似している。ゴリラーマンは会場に入るとおもむろに白い半袖Tシャツ
姿になり念仏の如く聞き取れない言葉を唱えながら瞑想を始める。土偶は
机につくなり一心に鉛筆を削りはじめる。黒いコートと黒いマフラー姿は
試験中も決して変化することがない。
ゴリラーマンと土偶は部屋の対角線上に着席しており、彼らのオーラは他
の受験生のものを圧倒して徐々に会場を支配する。白と黒、二つのオーラ
が太極印の如く部屋を染め分けるころ試験開始のサイレンを聞く。昨年も
そうだった。一昨年もそうだった。その前も、前の前の年もそうだった。
恐らくずっとそうしてきたのであろう。すなわち彼らはリピーターなので
ある。受験生オヴ受験生、受験のプロ、キング&クイーンなのである。合
格したことなど無いのだ。オーラが強いのも当然である。
初日午前中は国語の試験。理系での配点比率は低いのでウブな受験生がペ
ースをつかむのには丁度良い。しかしベテランにとっては時間配分などイ
ロハのイである。マイペースで筆を進めていく。ゴリラーマン君、いきな
り漢字を間違ってるよ。その熟語にその漢字を当てちゃ駄目だって。しか
も横棒が1本少ないよ。どっちにしても×だけどね。土偶さん、古語の
「おもしろし」はそういう意味じゃないよ。その先の解釈が全く逆になっ
ちゃうよ。確か2年前も似たようなミスをしてたんじゃないかな。漢文の
回答欄が真っ白なのも頂けないな。まあ配点が低いから他で取り戻せる
よ。マイペンライ。
午後は数学の試験。理系入試の天王山である。問題冊子には6つの謎が印
刷してある。6つの謎は並の人間を石にしてしまう。石になった者が言う
のだから間違いない。土偶はパラパラと問題冊子をめくるとフンと鼻で笑
って猛スピードで解答用紙を埋め始める。石になる魔法なんて土偶には意
味がないのだ。試験時間の半分も経過しないうちにA3版2枚裏表の解答
用紙は真っ黒になった。土偶今回ご機嫌である。土偶さん、キミの欠点は
答案を見直さないことだよ。前後の受験生の答案と随分違うよ。しかも
u -1 < a < 1 」の条件を忘れてるから格好悪いグラフになってる。どっ
ちにしても×だけどね。
ゴリラーマンは数学の問題冊子を凝視して念仏を唱えている。そうしない
と石になってしまうのであろう。奇声を発する受験生はツマミ出せと監督
要領に明記されているものの現在の彼は反則ギリギリである。レフェリー
の笛を見極めるのも闘いの基本なのである。ゴリラーマンは解答用紙に何
か書き始めたと思うといきなり消しゴムでゴリゴリ消していく。また書い
ては消していく。問題冊子に計算用ページが空けてあるのだがそんなこと
はお構いなし。段々悲しそうな顔になってきた。泣くなゴリラーマン。や
がて午後の柔らかな日差しが部屋を暖める頃ゴリラーマンは石像になって
しまった。とっぴんぱらりのぷ。
ゴリラーマンと土偶がその後どうなったかは知らない。今年は監督から外
されて非常に淋しい入試期間となった。来年こそは試験監督として彼らと
再会したいものである。受験のプロにはやはり受験がよく似合う。いや、
医者と患者として再会することさえなければ幸せなのだけれどね。
出典:今は亡き雑文サイト
リンク:今は亡き雑文サイト

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