厨房3年の夏

2007/07/30 14:15 登録: えっちな名無しさん

厨房3年の夏。
ほんとは受験勉強一色でなければならないはずなのに、
おれにはずっと片想いの女子がいたんだよね。
その子とは小学3年からずっと同じクラス。
といっても小学校自体が田舎の分校みたいなもんで、
クラスはひとつしかなかったんだけどさ。
でも厨房の3年間でのクラス替えにもかかわらず、
いつも同じクラスだったのは不思議な偶然かな。
さらに彼女のお母さんとおれの母が、高校時代からの親友だったとかで、
小さいころからお互いの家を行き来していたのよ。
幼なじみというほどではないが、一人っ子のおれには姉みたいな感じ。

中学に入る前に彼女のお母さんがガンで亡くなっちゃったの。まだ若いのに。
それがお父さんにはつらかったんだろうね。
小さな運送会社をやっていたんだけど、酒びたりになっちゃって。
従業員もやめていくは、数台あったトラックも売り払うはで、
彼女の家めちゃくちゃになってたみたい。収入はどうしてたんだろ。
たまにそのオッサンが一台だけ残したトラックを運転しているのを見たから、
まあ、最低限の収入はあったんだろうな。
彼女が弟二人の面倒やら食事の準備やら掃除洗濯やら
すべてやっていたと聞いた。
おれの母が彼女のことを不憫に思ってか、
よく余分に作った食事をおれに近所の彼女の家まで届けさせていた。
壁に穴とかあいてたから、あのオッサン酔うと暴れていたのかも。
彼女のほうもおれの母を自分の母親のように慕って、
うちに来ることもあった。

なんで彼女を好きになったんだろう。
彼女が母親を亡くしてすぐの、小6の冬だったか。
担任に嫌われていたんだよね、彼女。担任はオバサンだっから、
ちょっと美少女入っていた彼女が鼻についたのだと思う。
その日も、何が原因だか教室のうしろに彼女が立たされていてね。
いちど彼女、腹痛を訴えたの。でも担任は仮病と一蹴。
それから彼女はもうじっと我慢してた。ちらちら見るとすごい辛そうだった。
5時間目だったからその授業が終わるとすぐ帰宅。
おれが帰ろうとすると、おばさんに用があると彼女がついてくる。
おなか痛いの大丈夫?と聞くと、あんなババアに負けてたまるか、
と彼女せせら笑っていた記憶が。
家につくとおれの母と彼女が何やらごそごそ話しはじめた。
しばらくすると彼女がおれの部屋に。
トランプか何かしているとき、ふとした瞬間にスカートの中が見えた。
白いパンツに血がこびりついていた。
彼女が家に戻るときおれの母が何か渡していた。うちの夕飯も赤飯だった。

その晩、布団に入ると彼女のことが頭から離れない。
あんなババアに負けてたまるかと言ったときの笑顔、真っ赤な血のあと。
この日からだと思う。彼女がおれの中で特別な存在になったのは。
貧乏娘がいじめられるのは定説になってるけど、
彼女はまったくそんなことがなかった。それどころかクラスのリーダー的存在。
彼女を毛嫌いしていた小学校の担任から解放されたこともあってか、
はたから見ていても輝いていた。ほかの小学校からきたやつらのあいだでも
噂になっていた。あれだれ?みたいな。
実際、むかしから知っているおれも驚くほど、
セーラー服を着た彼女はかわいくなっていた。
サナギがきれいなチョウになったっていうか、そんな感じ。
今まで彼女の中にひそんでいた女の部分が開花したというのか。
でも、本人はそんなことを知らない。
自分が見られているという意識がないから、どこでも大股開きですわる。
そんなずぼらなところも男子から人気のある一因だったんだろうな。
彼女のパンチラが噂になっているのが、どうしてか悔しかった。

あれはいつだったろう。ころもがえの頃か、夏服になったとき、
そで口からのぞく彼女のわき毛が男子のあいだで評判になった。
わきであれなら、○○のあそこはボウボウじゃねえのか、とか。
このときはさすがに彼女に教えた。顔を真っ赤にしてたよ。
そのあとすぐ開き直って、
「○○(なぜか彼女はおれを呼び捨てにしていた)は生えた? 見せてよ」
とか言われた。おれはまだで、それを恥ずかしく思っていたから抵抗した。
結局、見られた。男のくせに剃っているの?だってよ。
ウルサイー!と叫んでその場を離れたような。
学年のアイドルみたいな彼女が、
おれのような男と親しくしているのをまわりは不思議がっていた。
厨房のおれ、最低だった。最低の最低。
第二次性徴のせいか日に日に顔が醜くなっていくような気がした。
オナニーをするとバカになると信じていた。やめよう、やめようとは
思うのだが、そう思うとかえって気になってまたオナニー。
おれ小学校のころ成績が良くて、それだけがプライドになっていたのに、
成績はどんどん落ちていく。オナニーのやりすぎが理由だと思う。
で、どこに自分の価値をおいたらいいのかわからなくなって、
むずかしそうな文学作品に手をだした。文学ってエロが多いんだよね(w
倒錯的なエロ。厨房のおれには刺激が強すぎ。そんでまたオナニー。
クラスで文学を読んでいるのはおれだけだろう、なんて思ってさ。
そのくせクラスの女子に声ひとつかけられない現実。

自分は特別な存在だ、みたいに思っていたから友達もあまりできないし。
そんなおれに例の彼女だけは友達として接してくれたし、おれのほうも彼女にだけは(女なのに)気後れしないで話せた。
自分の嫌な部分を見つめると、どっか彼女の家の内情を知っていたから、というのがあるのかな。
(おれの)劣等感と(彼女への)優越感の微妙な関係。
そんなことはないとは思いたいけど、
じゃあ、なぜ彼女とだけはふつうに話せたのかと考えると……。
そういうわけで人気者の彼女をクラスの隅からながめていた厨房時代。

彼女が変わったのは、3年の夏休み。
夏を征するものは受験を征す。受験生の正念場。
ある家庭教師の大学生がおれの家にくるようになってからだ。
家庭教師はTさんといって、近所の大学生。
帰郷していた早稲田の政経の4年生で、ちょうどバイトを探していたとのこと。
おれの志望していたトップの県立学校の卒業生。
東大志望だったが落ちたらしい。どの科目でも教えられると、
Tさんのほうからおれの母に強くアピールしてきた。
実際、最初の訪問で驚いた。言うだけのことはあって、教え方がめちゃうまい。
1だから2となる。つぎに2が3になるでしょ、みたいな感じで
ほんとの基礎から難問をとぎほぐしていくやり方は学校の先生の比ではなかった。
性格的にも申し分なし。というか男に惚れられる男とでもいうのか。
山男タイプで、人を引き寄せるカリスマ的な魅力がある。
おれ一人っ子だから、こんな兄貴がまじほしいと思った。
授業がおわったあと、すすめられてうまそうにビールを飲むTさんを
こせこせした親父と見比べると、快活で豪放な魅力がよけい際立っていた。
そこでの話でわかったのだが、なんでもTさんは
母ひとり子ひとりの母子家庭でずいぶん苦労をしてきたらしい。
金のかかる私大に入ったことをずいぶん悔いていた。
夏休みも昼は肉体労働で夜がおれの家庭教師。
なんとか学費を自分で工面したいと口にするTさんがやたら格好良く見えた。
おれみたいな甘やかされた厨房とはべつの世界に生きている男。
Tさんみたいな男になりたいとひそかにあこがれた。

その日もTさんは来たのだが、どうしてだかは忘れたけど例の彼女もうちにいた。
彼女は母親によく会いに来ていた。そのついでにおれとも話すという感じ。
おれはオマケなのかといつも不満だったよ。
そして心配していた通りのことが。彼女がTさんに一目ぼれしてしまったのだ。
厨房になってからは、彼女がおれの部屋にくるようなことは
なくなっていたのだが、その日を境に頻繁におれに会いにくるようになった。
といっても話題はTさんのことばかりだから、喜ぶべきか悲しむべきか。
女のどういう仕草に男は引かれるのか、なんて聞かれたな。
ミニスカートでもはいてパンツちらちら見せたら男なんて一発だぜと答えたら、
彼女に笑われた。笑いやんで真剣な顔で、それほんと?と再度聞かれた。
つぎ会ったときには、やけに短いスカートをはいている。
聞くと、貯めていたおこずかいで買ったとのこと。
初めて見る彼女の健気な一面だった。
そうまでしてTさんと……と思うと、嫉妬の思いやら、
いやあれはTさんなら仕方がないかというあきらめの気持ちだったのだろうか。

日曜日にTさんが早く来るときなどには、彼女と鉢合わせした。
鉢合わせ、というか彼女の側では予定していた行動だろうが。
いつでも物怖じしなかった彼女なのに、その日は動作がぎこちない。
友達ですとTさんに彼女を紹介すると、真っ赤な顔で口をもごもご動かして、
彼女はすぐに部屋を出ていった。かと思えば、彼女の頭だったらできて
当たり前のような問題を質問しにきたり。
彼女はおれの志望している高校には確実に入れるだろうというレベルだった。
その日、彼女はTさんと一緒に帰っていった。
ミニスカートの後姿を見ながら、
彼女を心配に思う気持ち、嫉妬心、いや彼女のことを思えば良かったじゃないか、
などといろいろと考えた。残酷だが、Tさんが振ってくれればいい、とも。

今まで姉と弟のような関係だったのが一変した。
どうしたらいい?どうしたらいい?と妹のようにすがりついてくる彼女。
何やら、お互い苦しい経済環境なのを知って共感したとか。
Tさんは私のことをわかってくれた、とか喜んでいたな。
おれにわからない絆がふたりのあいだにできたようで不快だった。
でも、あたしは恋をしてるぞ、恋こそが人生だ、なんて
はしゃいでる彼女のまえではそんなことはとても言えやしなかった。
「○○はだれか好きな人はいないの?」浮かれた声で聞かれたよ。
応援するぞ!とか言われても、好きなのはおまえなんだから……。
あれだけ気の強かった彼女がこうも変わったのを見ると、
この先に何か良くないことが待っているのではないかと不安だった。
おれの知っているガンコで意地っぱりの彼女がどこかに行ってしまい、
このまま永久に帰ってこないのではないかという不安。
もし振られたら彼女はどうなってしまうんだろうという不安。
背伸びして大人のオンナになろうとしている彼女はどきっとするほど綺麗で……
季節は夏、不安なおれは15歳だった!なんちて(藁

?恋人がいるのか。
?彼女のことをどう思っているのか。
この二つをTさんに聞いてくれたら、なんでもしてあげると彼女に言われたので、
じゃあキスしてくれる?と聞いたら、それだけは嫌だと笑いながら拒絶された。
ショックを隠してキスってしたことある?と訊ねるおれ。
あるわけないじゃんとのことで、どうしてか安心したな。

早速つぎの機会、Tさんに聞いてみた。
彼女はいる、結婚も考えている、との返答で肩の重い荷が取れたような気分。
彼女のことはかわいいとは思うが妹のように感じている。
でも、彼女、学校じゃものすごく人気あるんですよ、とおれが言うと
Tさんは意味ありげに笑いながら首をふった。
彼女には悪いけど、嬉しかったな。
たぶん志望校に合格してもこれほどまでは嬉しくないだろうと思われるくらい。
その日、Tさんは「常在戦場」という言葉を教えてくれた。
なにかむかしの偉い武将だかの言葉で、
意味は「常に戦場に在るかの如く行動せよ」。
けっして油断するな。人生は闘いだ。負けてはならない。
Tさんの座右の銘とのこと。
いつもこの言葉を心にとめておけばチャンスを逃すことはない。
チャンスはだれにでも平等にくる。それをつかむかどうかは心がけしだいだ。
厨房のおれはいたく感動してね。尊敬しているTさんから教わったことだし。
机のまえに「常在戦場」と書いた紙を貼りつけたりしたもんだ。
翌日、息せき切って飛び込んできた彼女に教えてあげたよ。
残念だけどTさんには婚約者がいるし、
彼女のことなんてジャリくさくて女としては見られないと。
少し表現をオーバーにして(w
すると一転して彼女は泣きそうな顔に。力なく座りこんでしまった。
服のレパートリーが少ないせいかそのときもミニなもんだからパンツが丸見え。
白いパンツをじっと見ていたら「常在戦場」という言葉が頭の中を
ぐるぐるまわりはじめて、常在戦場、常在戦場、常在戦場、
ここは戦場だ、チャンスは今しかない……勢いで告白していた。
おれ小6のときからずっと○○のことが好きだったんだよ。
5年後には絶対にTさんみたいな男になってみせるからおれとつきあってくれ、
みたいな恥ずかしいことを堂々とよく口にできたもんだと
今になっては思うが、それでも当時は必死の大冒険だったわけよ(w

彼女はぽかんとして、何が何だかわからないといったような顔。
意味が呑み込めると怒りだした。ヒステリーってこういうのをいうのか。
あんなに切れた彼女を見たことがなかった。
冗談じゃないわよ、と。人が苦しんでいるときに、よくもそんなことがいえたもんだ。
Tさんとあなたみたいな甘ったれを一緒にするな! 傷ついたなー。
そしてほんとにTさんに自分のことを聞いてくれたのかと疑われた。
Tさんに嫉妬してウソ八百を並べているのではないかと。
ここでおれも切れた。人の好意を無にしやがって。初めての大喧嘩。

彼女が家に来なくなった。淋しかった。告白したことを後悔した。
すべてを忘れて勉強しようと思った。実際、勉強ははかどった。
Tさんから教えてもらった勉強法がよかったのだろう。
日に日に学力が向上して行くのが自分でもわかるくらいだった。
お盆がきて、夏祭りのある晩。
受験生に祭りはないと机に向かっていると、久しぶりに彼女からの電話が。

すぐ来い、という感じで呼び出された。
来て当たり前。来なかったら一生、口をきいてやらないぞという感じだった。
久々耳にした彼女の声。嬉しかった。なんだろう。告白に応じてくれるのか。
公衆電話からひと気のない廃材置き場へ。
服装はいつものミニ。おいおい、襲っちゃうぞなどと、
それから聞かされることを知らないおれは浮かれていたよ。
今あいつと別れてきた、と彼女は口を開いた。
あいつとはTさんのことだった。
聞くと、あれから彼女はTさんとつきあいはじめたらしい。
全然、知らなかった。でも婚約者がいるんじゃと言いかけると、
彼女がさえぎった。奪ってやると思ったとのこと。
Tさんの婚約者は政治家のご令嬢だか何だかで、
そんな女とだったら貧乏で苦労をしてきている自分のほうが内面も
磨かれているし、Tさん自身も苦労人だから絶対に自分を選んでくれる
と彼女は信じていた。
今晩、その婚約者が夏祭りもあるのでTさんの地元に
遊びにきたのだが、そのとき、二人でいるそのときに彼女はあいだに入った。
そしてTさんに問い詰めた。どちらが好きなのかと。
Tさんは迷いもせず婚約者のほうを選択した。

――つまりはそんな話だった。
なんだよ、突然呼び出されて失恋話の聞き役かよ、まったくいい迷惑だなと思いながらも気になることがひとつあった。
まさか、やってないよな。でも、彼女にどう聞けばいいのだろう。
そういう性的な話はしたことがなかったし、セックスという言葉さえ
恥ずかしくて口にできない。頭の中は妄想が飛び交っているのに(w
おれはそんな厨房だった。セ、セ、セ……やっぱり言えない。
「あいつじゃなくて○○のことを好きになっていれば良かったよ」そう言うと彼女は自分の不幸に酔ったかのように泣き出した。
よし、聞こうとおれは思った。で、Tさんと、その、やっちゃったの?
こくりとうなずく彼女。
それからずいぶんと聞きたくないことを聞かされたなー。どれだけ自分がTさんにつくしてきたか。
あれもしてあげた。これもしてあげた。それなのにどうして?……
むっつりスケベのおれは、あ、それフェラチオっていうんだよとか思いながら、
あそこはびんびん(w 想像しちゃうと、どうしてもね。
で、頭の中ではけっこう冷静に落ちついて考えているわけよ。

よく、小説とかにこういうパターンがあるよな。
こういうときに優しくしてあげると、その流れでムフフなことがって。
今絶対そのパターンだよな、とここでまた「常在戦場」を思い浮かべる。
もう処女じゃないんだからあんがい簡単に……と妄想は大暴走。
でもかわいそうだよなと彼女を見ると、
例によって足のあいだから白がのぞいている。
妄想と嫉妬で頭がごちゃごちゃになって思わずスカート中に手を入れたわけ。
おもいっきりひっぱたかれたわ。痛かったなー。
なんでTさんは良くて、おれはダメなんだよ……と言う勇気はなかったが。
気まずい沈黙。ああ、やっちゃった〜と後悔。
もう許してくれないだろうな。せっかく信頼して打ち明けてくれたのに、
おれったらいきなりスカートの中に手を突っ込むんだもんな。バカだな、おれ。
彼女は油断も隙もありゃしないといったふうに足をきつく閉じると言った。
買ってこい、と。今すぐ酒を買ってこい。え、と聞き返すおれ。
「酒をおごってくれなかったら、あたしを襲おうとしたことをばらすぞ」
そう言うと笑った。許してくれたのかと嬉しくなって酒屋に飛んで行ったよ。
ビールなんて飲むのは初めて。たぶん彼女もそう。
わーまずいというのが正直な感想。あんまり冷えてなかったし。
でもおれは大人なんだと誇示したくてぐいぐい飲んだよ。
そういえばTさんの飲み方はいかしてたな(死語)とか思い出しながら。
気持ちいいな、世界がまわってるよ。
なあに、どうでもいいじゃねえか。だって世界がとろけてるんだぜ。

ふたりでぶらぶらと歩いて、気づくと小学校の前にいた。
――小学生のときは楽しかった。お母さんも生きていたし。
将来、良いことばかりだと思ってた。悪いことなんてぜったいに起きない。
だってあたしの人生なんだから。いつかきっとすてきな王子様が現れて、
あたしを夢の宮殿に連れていってくれる。よくそんな空想をしていたの。
お母さんなんで死んじゃったんだろ。もういちど会いたいな。
ほら、○○覚えている? 運動会のときのこと。
○○ったらうちのお母さんが作ってくれたお弁当、あたしのぶんまで食べちゃって。
うっせー。かわりにおれの弁当をあげただろ。

いつのまにか校門を飛び越えていた。
泳ごっか! そう言うと彼女はプールの方へ走って行った。
おれはかなり酔いがまわっていて、千鳥足であとを追いかけると
もう彼女は泳いでいる。プールサイドに脱ぎ捨てられた彼女の衣服が。
「早く○○もー」と水の中から誘われた。
そうするのが当たり前のようにおれは服を脱いだよ。
ここで泳がないなんて、そんなのは人間じゃない。だって暑いんだから。
これは現実なんだろうか。それとも映画のスクリーンの中なのか。
おれはプールで泳いでいるのか。それともビールグラスに浮いているのか。
夏祭りの花火が遠くに見える。
しばらく泳いだら上がる。そしてまた泳ぐ。
ぼんやりと見える彼女の裸身。神々しいほどきれいだな。
ぜんぜんエッチな気がしなかった。
ヌードグラビアなんか、これに比べたら汚らわしいだけ。
いま成長しつつあるものだけが持つ美しさ。ふくらみきっていない胸。
花火があがったときだけいくらか鮮明に彼女が見えた。
疲れてふたり並んで甲羅干し。小学生に戻ったみたいに。
向き合うとお互い気恥ずかしい。また花火があがる。
おれはまだ十分には毛が生えそろっていなかったので見られたくなかった。
彼女を見て驚いた。おれの視線に気づいた彼女が恥ずかしそうに、
「あいつ変態なんだよ。あそこの毛、剃りたいって」
と両手でその部分を隠した。
その恥じらう姿を見ていたら今まではなんともなかったのに急に反応して(w
彼女も気づいて、あっと小さな悲鳴を。
おれは駆け出してプールに飛び込んだ。それからしばらく上がれなかった。
全体力を使いきるまで泳ぎなさい、とか命令されたもんで。

へとへとになって上がると、彼女はもう服を着ていた。
Tさんのと比べられたら困ると思って、おれは急いでパンツを探した。
暗くてよく表情はわからなかったが、
なんとなく彼女がにやにや笑っているような気がした。
オンナは強い、オンナは怖い、漠とした意識のうちでそんなことを思った。
なぜか彼女にはぜったい、この先かなわないだろうと予感した。
そして彼女はかならずこの失恋から立ち直る、
いや、もう吹っ切れているのかもしれない。
花火が一発だけでは終わらないように。
厨房のおれはそんなことを格好つけて彼女に言ってみた。
今から考えると赤面ものだが、花火とキミがどうのこうのと(w
彼女は最初おれが何を言っているのかわからなかったが、
なんとか説明すると「似合わないー」と大笑いされた。
そのあと、「ありがとう」という小声を聞いたのははたして夢か現実か。

眠る直前、Tさんのことを考えた。
つぎTさんに会ったら、どんな顔をすればいいのだろうか。

結局、誰が悪いのだろうか。
おれはTさんとどう接すればいいのだろうか。
さんの顔を正面から見れなかった。この人と彼女がセックスをしたのだ。
そう思うと、Tさんや彼女がおれなんかとは何光年もはなれた遠い存在に
感じられるのはなぜだろうか。セックスって何だろう。
文学で描かれるセックスしかおれは知らなかった。
美しいものとして描く文学者もいれば、ことさら露悪的に書きなぐるものもいる。
両親がセックスして自分が生まれた。それはわかる。
しかし両親がセックスしている様は想像できない。
では、彼女とTさんがセックスしているすがたは?とおれは目の前のTさんを見る。
Tさんのたくましい裸体をイメージする。
このまえ盗み見た彼女のすんなりと細い身体を思い浮かべる。
このふたりがベットの上に置いてみると、やりきれない切なさが胸をしめつけた。
頭の中でからみあう二人。あまりにも細身の彼女が痛々しかった。
Tさんが悪い、とおれは決めた。いくらTさんだって、
やって良いことと悪いことがある。彼女があんまりにもかわいそうだ。

その日の勉強が終了して、帰ろうとしているTさんをおれは呼びとめた。
「話があります」 Tさんは何のことだかわかったようだった。
無言のまま並んで歩いた。
おれは自分が何をしたいのかまだわかっていなかった。
公園についた。薄暗かった。電灯のそばのベンチに腰をおろした。
この男が憎たらしい、彼女はこの男にもてあそばれたのだ。
でもTさんのまえにでるとその威圧感というのだろうか。
辛酸をなめてきた人間の生命力のまえに言葉がうまく出てこない。

「ぼくは君に常在戦場という言葉を教えたよな。
男はいつも戦場にいるつもりぐらいがちょうどいいという意味だ。
言いたいことがあったら正々堂々と言うのが男。
それを真正面から受けとめるのも男だとぼくは思う」
おれは口を開いた。するとTさんを非難する言葉が次から次へと流れ出てくる。
なぜ婚約者までいるのに彼女に手を出したのか。
まだ未熟な少女を誘惑して肉体を奪ってよいものなのか。
Tさんのやっていることは、ヤリ捨てではないのか。
ちゃんと責任をとるのが男というものでは?

さんは一言も口をはさまないで、おれに胸のうちを吐き出させた。
そして「君の言いぶんは正しい。それで、いったい何がしたいんだ?」
と静かに言った。
「Tさんを殴りたいんです」
そう、確かに「です・ます」調で殴りたいとおれ言ったよ(w
「いいよ」とTさんが答えるや、一発、二発、三発とコブシを頬に叩きつけた。
平然と受けきるTさんは何を考えていたのだろう、と今思う。
満足したか、とTさんはつぶやくと、真正面からおれの目を見た。

――君は正しい、ぼくはさっきそう言ったよね。確かに君は正しいのだろう。
だれに聞いても君を支持するだろうね。しかしぼくは正しい・正しくない
という一般的な価値基準では生きていない。

彼女のことだってそうだ。彼女はかわいい。君もそれは認めるよね。
そんな彼女に好きと言われたら、それはぼくだって嬉しい。
婚約者がいると説明したが、それでもいいと彼女は言う。
それに君は勘違いしているようだが、誘惑してきたのは彼女のほうからだよ。
ぼくも驚いた。こんなにまだ幼いうちから、そんなことができるのかと。
どうして彼女を抱いちゃいけない理由がある? 
それに彼女は処女じゃないと言った。やってみたら処女だったけど、
こういうのは途中でやめられるもんじゃない。

酷なことを言うようだが、ぼくには君の意見がただのヒガミにしか聞こえない。
彼女のことが好きなら、なぜ自分でつかみとろうとしない?
君を見ていて思ったのは、まったくの甘ちゃんだということ。
世の中が隅の隅まで弱肉強食で成立していることが、からっきしわかっていない。
勉強の仕方だってそうだ。ぼくは参考書を買う金にさえ困っていたよ。
だから教科書のこまかいところまで何度も目を通した。
でもぼくは東大に落ちた。もし予備校に行けていたら、と今でも考える。
世界は不平等にできている。それを認めるのが生きるということだ。
そこから少しでも、のしあがろうとするのがぼくの生きる意味でもある。

ぼくは政治家の娘と結婚する。母には悪いが、養子に入る。
いつかかならずぼくも政治の世界に加わってやるつもりだ。
そして少しでも社会的な不平等をなくすために尽力するよ。
いくら底辺で騒いだところで、決して何も変わらないからね。
だいたいこんなようなことをTさんは言った。
あるいはもっと深いことを話していたのかもしれない。けれどもおれが理解できたのはこのぐらいである。
きついパンチだった。おれが殴ったのを数百倍にして返された思いだった。精神的なパンチ。自分の未熟さが恥ずかしかったよ。
彼女がおれではなくTさんに惚れるのがよくわかった。

「今日の君は実にいい目をしている。こんなことになったら
たぶん今日で家庭教師も終わりだろうけど」そう言うとTさんはにやりと笑った。
「ぼくが君に教えたかったのは受験のテクニックや勉強法などではない。
常在戦場の精神。もしぼくのような未熟な男が君に何かを教えられるとしたら、
このことしかない。受験の知識などすぐに忘れてしまえ。
でも常在戦場は忘れるなよ。男なら逃げないで闘え」Tさんは握手をするような感じで手をだした。
ぼくも手をだそうとすると、その平手がぼくの頬を打った。
じいんとした耳に、一発ぐらいお返ししてもいいだろ、
というTさんの声が聞こえた。たしかに痛かった。大人になる痛みだった。

別れぎわ、もう会うことはないと思うと何かお礼の言葉を言いたかった。
決めゼリフみたいな。だが、そこはおれの厨房精神が邪魔をするのよ(w
自分でもどうしてこんなことを聞いたのかわからない。
「なんで彼女のあそこの毛を剃ったりしたんですか」
Tさんはきょとんとした顔をしている。意味がわかると、
「見たのか?」ニタァと実にいやらしそうに笑う。
「いやあ、ちょっとやりすぎたかな」と豪快に笑うTさんを見ていると、
バカ負けしたというか、この人にはかなわない、
ほんとはケダモノなんじゃないかと思えてきた。
同時に、そんなところこそがTさんの愛すべき長所のような気もして、
「やりすぎですよ」といつのまにかおれも笑っていた。

夏休みが終わった。
あの一夜のことは、どちらも酔っていて覚えていないことにする、
そんな暗黙の了解のようなものがおれと彼女のあいだに成立した。
受験も近づき、恋愛どころではないというクラスの雰囲気に呑まれて、
おれと彼女も疎遠になっていった。
いつだったか、彼女がおれをじっと見つめてきたことがあった。
たしか理科の居残り実験で二人きりになったときだった。
なにか用?とたずねると、「○○、なんか変わったね」。
どこがとたずねると、全体的にとのこと。「なんか男らしくなったよ」
「最近、女子のあいだでちょっとした噂になってるんだよ、○○のこと」
「でも、おれは今でも……」と彼女を見ると、
さあ、実験、実験とはぐらかされた。

翌春、おれと彼女はそろってトップの県立高校に入学した。
合格発表の日、おれと彼女ははじめてキスをした。
ひっぱたかれるかと内心おびえていたが、意外にすんなりとうまくいった。
このあとの話はとりたてて、ここに書くことはないように思う。
ふつうの高校生カップル。喧嘩もすればキスもする。
しかし二人のあいだではTさんのことは長いことタブーになっていた。
おれの人生ににとってTさんはもっとも強い影響を与えた人であり、
おそらく彼女にとってもそうであるはずなのだが……。





出典:2ch
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