現実主義者の孝男さん

2007/10/01 02:45 登録: えっちな名無しさん

 あれからもう15年。もうほとぼりが冷めた頃だと思うので話してみたいと思うのです。

 その事件は15年前。僕が高2の時の事です。当時の僕にはAという友人がいて、家も比較的近かった事もあり親友と言っていい仲でした。
 そのAには2歳上の孝男さん(仮名)というお兄さんがいました。この孝男さん、高校に入ると県内でも名うての暴走族に入り、散々ヤンチャした末に高校を辞めてからは解体業で働いています。腕っ節も強く鬼剃り入れた角刈りでヤンキー丸出しの恐ろしげな人でしたが、弟のAと親友の僕には妙に優しく接してくれて、Aも僕も酒やタバコといった悪さは孝男さんから教えてもらったのでした。「そのうち女も教えてやるからな」なんて孝男さんの言葉に童貞の僕は内心ワクワクしていました。
 さてその孝男さんは。「この眼で見た物しか信じねえ」という超の付く程の現実主義者で、ある日Aの部屋で僕とAと孝男さんで酒を飲みながらTVの心霊特集番組を見ていた時にも、ビビリな僕とAが「怖ぇ〜!」なんて騒いでいると、
「お前らバッカじゃねえの? あのな、この世にお化けだ幽霊だあなんて物は存在しねえんだよ! 金玉のちいせえガキ共だなあ!」
と、思いっきり笑われて小馬鹿にされました。酒が入っていたせいでしょうか、僕は孝男さんに、
「んな事いうなら孝男さんさあ、あの県境の有名な心霊スポットで一泊できるんスか? できるんだったら俺、孝男さんの事断然尊敬しちゃいますよ!」
と言い返していました。すると孝男さんは返す刀で、
「ああできるぜ。造作もねえ事じゃねえか。ただし!お前ら二人も一緒に泊まるんだぜ!」
と答えました。
「ええ〜っ!嫌ですよ〜!勘弁して下さいよぉ〜」僕らは孝男さんに哀願しましたが、やる!と決めた孝男さんに逆らう勇気はありません。とんでもない事になり、僕はAからこっぴどく責められました。

 そしてその週の土曜日の夜。憂鬱な気分のまま僕とAは孝男さんの運転する悪趣味なヤンキー仕様セドリックで心霊スポットへ向かいました。
 その心霊スポットとは。県境近くの町外れの、何でこんなヘンピな土地を住宅地にしたのだろう? と思うような鬱蒼とした林の中に7〜8戸の住宅があるのです。
 その8戸程の家々は噂によると何か凄惨な殺人事件により住民のほとんどが惨殺されたそうで、今は全て空き家になっているとの事です。そしていつしかそこは惨殺された者の怨念からか“出る”と評判の心霊スポットになっていました。

 そんな恐ろしい現地に僕ら3人が着いたのは2時を回った頃でした。
ほんとうに真っ暗な闇の中、孝男さんを先頭に懐中電灯を頼りに僕とAはビビリながら林の中に分け入って行くと…。暗くて何軒かは分かりませんが、確かに家がありました。ただ廃屋という程荒れ果ててはおらず、まだ人が住んでいそうな雰囲気がしました。
 孝男さんはその最初に見つけた一軒の前で「ここに泊まりゃいいんだろ? おうお前らビクビクしてんじゃねえぞ!」と笑いながら玄関のドアノブに手を掛けました。
 ドアは呆気なく開きました。真っ暗なカビ臭い室内に僕らは懐中電灯を照らしながら入って行きます。やはりというか、怖いもの見たさの見物人が来るのでしょう。まだ住めそうな外観と違い家の中は荒らされていました。落書きも多く、至る所ボロボロでした。
 僕らは一番広い居間?で、持ってきた電池式のランタンを点け、僕とAは床の上にレジャーシートを敷いて座りました。孝男さんはすぐ近くにあったボロボロのパイプベッドに寝ころんでタバコを吸い始めました。
 3人は30分程無言でいましたが、「なあ〜んだ、何も出そうじゃねえじゃねえか」と孝男さんが言って何分もしない時でした。
「バキッ! メキッ!」という木が割れるような音がしたのです。
ビビリの僕とAは、
「うわっ、こ、この音、ラップ音じゃ…。怖い!怖い! マジで怖いって!もうイヤだって! 孝男さん、俺ら帰ります!」
と言いましたが孝男さんはベッドに寝ころんだまま、
「バ〜カ! ビビッてんじゃねえよ! 家が傷んで建て付けが悪くなって軋んでるんだよ! んなに怖ええんなら車に戻ってろや!」
と車の鍵を投げてよこしました。僕とAはあまりの怖さに孝男さんを部屋に残して家を出て車に急ぎました。僕とAは車に入り恐怖を紛らわせるためにカーステをかけて夜明けを待ちました。

 5時を過ぎた頃でしょうか。うっすらと空が明るくなり、恐怖をやり過ごせた僕らは、さすがに孝男さんの事が心配になり、さっきの空き家に戻ってみる事にしました。
 だが、家の中に孝男さんは居ませんでした。
「孝男さ〜ん!」と呼びながら家の中と家の周囲を探しましたが見つかりません。
 孝男さんに何かあったのか? さすがに心配になった僕らはAの無免許運転で電話のある
所まで行き、Aの親に電話しました。
 その後、AとAの父親と近所の人であの家周辺を探しました。そして…孝男さんは父親に発見されました。孝男さんは林から少し離れた休耕田に倒れていたようです。
 父親に抱き抱えられて来た孝男さんを見た僕は唖然としました。あの黒々とした髪の毛が真白になり、ガクガクを激しく震え、恐怖に引きつったような表情で何かボソボソと呟いているのです。
「あ、あ、ば…ばばあ…ばばあが!」と。孝男さんに一体何があったのか…

 孝男さんはそのまま病院に運ばれました。
 その後数週間、孝男さんの入院は続きました。僕は心配になってAに孝男さんの容態を聞きましたが、Aは言葉を濁して語りたがりませんでした。「お見舞いに行く」と言っても「来ないでくれ」と強く言われました。
 僕の一言があの夜の事につながったのだという負い目もあり、僕にはどこの病院かも大体分かっていたので、Aに内緒で孝男さんに会いに病院に向かいました。
 僕は受付でAの親族の名を騙って面会の問い合わせをすると、なんと孝男さんは精神科の病棟にいました。病室に入りベッドに横たわる人物を見て僕は目を疑いました。
 白髪でガリガリに痩せた老人のような…。この人が孝男さん? あの鍛えられた逞しい精悍なヤンキーの孝男さんなのか…。半開きの口からはヨダレが垂れ、じっと天井の一点を見つめてピクリともしない。僕は何か見てはいけない物を見た気がして、孝男さんに声を掛けずに病室を後にしました。

 僕はどうしても事の顛末が知りたくなり、嫌がるAを激しく問いつめると、Aは渋々と口を開きました。
 付き添いで病室に居た時のAの話しによると…。孝男さんは昼間は魂が抜けたような状態で、夜中のある時間になると発作を起こして暴れるそうです。その時こう叫ぶのだという。
「く、来るなあああっ! ば、ババア!来るなあああ〜!」と。
そしてときどき短時間ながら正気に戻る時があり、その時Aは孝男さんに何があったのか聞いたという。
 Aによると、あの夜、僕とAがあの家を出た後、ベッドに寝ころんでタバコを吸っていた孝男さんはいきなり両足首を掴まれた。驚いて足元を見ると、額が割れて血みどろの顔の老婆が恐ろしい力で足首を掴み、この世の者とは思えない声で「死ね…」と言ったという。
 さすがの現実主義者で怖い者知らずの孝男さんも恐怖のあまりに絶叫し、必死に老婆の手を振り解くと、悲鳴を上げて外に逃げ出したという。

 僕はAの話を聞き、何としても孝男さんを励まさなければと思い、Aに必死に頼み込んでAと一緒に孝男さんの病院へ行きました。
 そして病室に入りベッドの孝男さんを見た時…。
 寝返りを打った時に布団から出たのか、布団から出ている孝男さんの足首には、まるで小さな手でワシ掴みにした手指の跡のような、赤黒く鬱血したようなアザが付いていたのを見て僕は思いました。孝男さんは本当に恐怖の霊体験をしたのだと。

 その後、僕が卒業して就職で東京に出てからはAとも疎遠になり、孝男さんがどうなったのかは分かりません。
 最後に忠告の意味を込めて書きます。怖いもの知らずの現実主義者にも霊は牙を剥くのです。絶対に霊を舐めてかかって心霊スポットへ行かないで下さい。


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