最後の電話相手2

2004/08/20 14:49 登録: えっちな名無しさん

生徒会の仕事は、真面目にこなしていった。
会議ではいい意見をだす。雑用はほとんどやる。
周囲からの評判は良かったようだ。
だが、俺は一切笑わなかった。笑えるはずも無い。
他のメンバーは全員信用ができない。いざとなったら、情に流されるか、臆病になって動かないかのどちらかだ。
優等生と噂される連中だが、俺の不良の友人たちのほうがはるかに信用できる。
自分の欠点や汚い部分をうまいこと隠して生きているのが、この生徒会メンバーだ。
馴れ合うつもりはない。

特にミキコは許せない。何らかの形で、その鼻っ柱を折ってやりたかった。
そんなことばかり考えている間に、生徒会のメンバーでキャンプに行くという話が持ち上がった。
参加したくないのだが、顧問教師が全員参加を強要してきた。
仕方なく、ついていくことに。

山のキャンプ場での活動がはじまった。
顧問は「同性同士でグループを作って好きな仕事だけをやるのはよくない。」とのたまう。
その意見には賛成だ。社会に出たら、どんな仕事を強制させられるかわからない。
そして、顧問は俺とミキコを指差して、
「お前らは、薪割りと火起こしだ。」
と言う。よりによって、俺とミキコである。
他の者は、食材を切ったり、寝具の用意をしたりするそうな。

キャンプは嫌いではない。むしろ好きなほうである。
だが、相方のミキコは、この予想外の展開に不満そうである。
山に入り、薪を拾い集める。
「俺は向こうに拾いに行くから、お前はあっちな。」
「何勝手に決め付けてるの?」
些細なことにまでイチャモンをつけてくる。どこまで自分が偉いつもりだ。
「………じゃあ、テメェ決めろよ。」
こちらも半ギレである。だが、ここは我慢だ。ミキコの指示通りに動く。

薪を拾い集め、右手の袋がいっぱいになったので、引き返すことにした。
「おい、戻ろう」
ミキコを呼びながら探す。すると、彼女はおぼつかない足取りで山の斜面を歩いていた。
あまり山を歩いた経験がないのだろう。お嬢様にはお似合いだ。
近くによると、ミキコの手提げ袋には半分ほどしか薪がはいっていなかった。
いい加減、我慢できなくなったので、ミキコを苛めてみることにした。
「………おい、ふざけるのもいい加減にしろよ。」
「ふざけてなんかないじゃない!」
「あれだけの時間かけて、これっぽっちかよ。」
「いいのが落ちてなかったの!」
「ウソをつけ。ここにも、そこにもあるじゃないか。」
「………」
「おまけになんだ?湿ったような枝なんか拾いやがって。使えねえよ、そんなの。」
俺は、ミキコの袋を奪って、中から薪には適さないものを掴んで投げ捨てる。
今までの腹いせだ。存分にいじめてやるつもりだ。
「………」
ミキコは、唇を震わせ、強くかみ締めて俺の投げ捨てた枝を見ていた。
かなりダメージを与えたようだ。ここで、トドメの一言を言ってやる。

「お前、マジで役にたたねぇな。よくそれで、威張れるよな。」

―――言えた。今までずっと言いたかったことだ。素晴らしい爽快感だ。
予想通りだが、ミキコはここで泣き出した。これで2回目。
「泣いたって、助けてくれる女子はいないけどな。」
俺の表情は、ニヤつきを抑えきれない。
ミキコは、下を向いてうずくまって嗚咽をもらしている。
ボタボタと、涙のしずくが落ちて、地面の落ち葉に降り注いでいた。
「そんなことより、早く仕事しろよ。メシが作れねぇだろ。」
「うっ、うっ………ひっく………」
だが、ミキコは俺にひれ伏すようにしゃがみこんだまま、いつまでも顔を上げない。
「なんだよテメェ!さっさと仕事しろよ!!」
そして、ミキコはしゃくりあげながら、言う。
「わ、わからないっ……んだもん………」

―――ああ、くそ。
このままでは埒が明かない。日が暮れたら全員に迷惑がかかる。
「じゃあ、俺が集めてやる。よく見とけっ!」
そう言って、俺は地面の薪をガシガシと拾い集める。
………ミキコは、俺のほうなど見ずに、まだ下を向いてグスグスと鼻を鳴らしている。
(どんな育てられ方したんだ、まったく。親の顔が見たい。)
余談だが、ミキコの母親も相当な高飛車だと、父母の間では有名だ。
結局、俺がミキコの分までまるまる薪を集めることになった。

ミキコは、黙って俺の後ろについてくる。
薪の詰まった袋は、俺が両手にぶら下げている。
とにかく、調理場に行こう。そしたら、調理する連中の下で、俺とミキコは火の番だ。
調理上に向かう途中、小屋があった。その小屋には、いくつもの太い薪(ナタで割って使うもの)が収められていた。
………先生。わざわざ拾いに行かなくてもよかったのでは。
ミキコのプライドを砕くことはできたが、逆に仕事が増えてしまった。

目を真っ赤に晴らしたミキコをつれて、調理場へ。
調理組の女子が二人して、鍋を二つ運んできた。カレーをつくるのである。
無論、女子二人はミキコの様子を見て、何事かと騒ぎ立てる。
ミキコに説明されると、また俺の立場がマズくなりそうなので、俺から先に説明してやった。
「こいつ、薪がどんなのがいいか、わからなかったんだ。」
それだけ言うと、ミキコもコクリと頷く。珍しく、声を発さない。
女子二人は、俺をにらみつけて言う。
「なんでミキを助けてあげないの!?」
(何を言うか。しっかり助けたぞ。結果的に。)
「大体、女の子泣かすなんて、最低だよ。」
「そうだよ。絶対女の子から嫌われる。」
「男の子だったら、普通は女子を助けるでしょ!」
怒涛のように出てくるセリフ。
そこで、俺は以前から思っていたことを口に出した。
「悪いけど。すぐに泣くような女は男に嫌われる。男を女の道具だと思っているなら、それは最低な女だ。女が男を選ぶように、男だって助ける女は選ぶぞ。」
「何それ、えらそうに。」
どっちが偉そうだ。この二人、いつもミキコと一緒にいるから、その毒がうつったのだろう。
「別に。男も女も、どっちも偉くないと思うけど。」

しかし、こんなところで議論していても仕方ない。
俺は、レンガで囲まれた土台の真ん中に、拾ってきた薪を組み合わせていく。
「おい、お前はそっちをやってくれ。」
ミキコに、となりの場所で薪を組ませるように言う。米の鍋とカレーの鍋、二つの火が必要だ。
新聞紙に火をつけて、薪を燃やす。俺のところは完成だ。
右隣を見る。ミキコは薪を地面に並べて新聞紙を上から燃やしているだけなので、薪に火がつかない。
「それじゃつかねぇよ。木が上に来るようにして、下から燃やさなきゃ。」
「………う、うん。」
だが、どこをどうしていいのかわからないらしく、ミキコは手間取っていた。
じれったくなって、俺がやることに。
「どけよ。………ったく、やり方わからねぇなら、俺のを見とけよ。」
俺は、薪をジェンガのように組み立てて、最後に燃やした新聞紙を下から放り込む。
すぐに、火はついた。
これで当分は、大した仕事はない。薪を少しずつ足していくだけだ。

鍋が組まれる。パチパチと燃える炎を、俺とミキコは並んで見つめていた。
沈黙を破って、とんでもないセリフがミキコから発せられた。
「………ごめんね、ずっと。」
―――はぁ!?何言ってんの!似合わないでしょ、それは!!
それよりも、どう反応していいのかわからない。
なにが「ごめん」なのか。「ずっと」とは何だ。
今日一日のことを言っているのか。
それとも、ユキのこと以来の謝罪なのか。
しかし、許せるはずは無い。
今日のことだけならまだしも、ユキのことだけは。
こいつには、許せないことをされたのだ。
憎いはずだった。
しかし、「ゴメン」と謝るミキコの横顔を見て、胸が切なくなったのは事実である。
女子二人は、俺とミキコを見てはヒソヒソと話をしていたが、気にはならなかった。

キャンプは、その後はすんなりと終わった。
そして、学校生活に戻る。
俺の生徒会での働きは相変わらず無愛想によく動くものでった。
変化と言えば、ミキコだけである。
確かに、尊大な態度は変わらない。
だが、俺に対してだけは、一切言葉を発さなくなった。
つっかかってこないのは、実に嬉しい。

最後の行事が、文化祭である。
この仕事を終えると、俺の代は引退式を迎えるだけとなる。
しかし俺は、文化祭をどうにも好きになれなかった。
お祭り騒ぎはけっこうであるが、なぜか馴染めない。
結局、文化祭当日も、俺はステージの裏方に徹し、ライト等の機器をいじってばかりであった。
ユキが見えた。
タカオと腕を組んで、あちこちを見てまわっている。
それでいい。

寡黙に仕事だけをする俺の姿は、どうやら生徒会後輩の連中には尊敬のまなざしで見られていたようだ。
勘違いしている。俺は熱心なのではなく、居場所が無いだけなのだ。
ほら。人間は信用できない。俺自身が体現している。
そう思い込んでいたので、ますます気が滅入ってきた。
体育館のステージでバンドが歌い、それに盛り上がっている生徒たちを眺めると、テレビ越しの、どこか遠い国のお祭りに見える。
オレは何をしているんだろうか。

連日の作業で、疲れていたのだろうか。
ステージ裏の薄暗い空間で、機器を見ながらウトウトすることも多かった。
『大丈夫?』
女の子にビクっとして、目を覚ます。
となりに、ミキコがいた。
「悪かったな、職務怠慢で。」
どうせ、居眠りをいびられると思い込んでいた。
「ううん。仕方ないよ。私も、眠いし。」
ミキコもあくびをして見せて、俺の隣に座る。
どういうことだ。何が狙いだ。
俺はミキコを警戒することしか知らない。
「アキラ君、一番働いてくれたじゃない。いいよ、寝ても。しばらくは私が様子見てるから。」
「馬鹿言うな。」
「………じゃあ、先生に『寝てた』って言ってくる。」
鬼め。しかし、よくよく考えれば、なにも悪い申し出ではなかった。
「じゃあ、寝る。」
「ん。おやすみ。」

しかし、ミキコの座る位置が近すぎる。
緊張して眠りになどつけなかった。
俺がおきているのをわかっていて、ミキコは話しかけてくる。
「アキラ君はさ……どうしてそんなに一生懸命なの?」
「生徒会を止めれなかったからだ」
どうしてやめようとしたのか、なんて聞くほどミキコは頭が悪くは無い。
自分のせいだと自覚しているのだろう。
「怒ってるよね。」
ふざけやがって。怒っているにきまっているだろう。
それなのに、なんだ!そのナヨナヨした物言いは。普段の高飛車はどこへ行った。
反省しているつもりなのか?態度でかもしだそうなんて真似をして………
「別に。」
答えに困ってしまったとき、咄嗟に出てくる言葉は、いつも「別に」であった。


文化祭は終わった。片付けも終わった。
やけにミキコが俺の機材運びに協力してきたのが印象的であった。
そして、下校。
校門を出る前に、ミキコは俺に「ありがとう」とだけ言って、去っていった。
俺はミキコを許した覚えは無い。無い、はずだ。

(・∀・): 44 | (・A・): 51

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