最後の電話相手4(ラスト)
2004/08/20 14:51 登録: えっちな名無しさん
クスリ、と片仮名で表記してあるのだから、風邪薬や胃薬や座薬ではない。
麻薬なのだ。
やっとのことで、俺はユキに電話をかける。
「クスリを買えって、どういう意味だよ!?」
『えっ?買ってよ。』
「馬鹿言うな。犯罪じゃないか。」
『あははは!あいかわらずカタいんだね〜!あははははは!』
その笑い声は、狂気としか思えなかった。
まさか、すでにユキは麻薬を………
「お前さぁ………まさか、クスリやってないよな?」
恐る恐る尋ねる。しばらくの沈黙。
『ううん』
「ううんって!お、おい!どっちなんだよ!?」
『だから、ううん』
「やってるのか、やってないのか!?」
そして、小さな声で返事が返ってくる。
『やってるし。』
―――「し」、じゃねえよ馬鹿野郎!
「今すぐやめろよ………」
『ごめぇん!さっきやっちゃったばっかし!あっはははははは!』
「………」
言葉がつむげない。完璧に狂っている。
『そんでさぁ〜、アレってけっこう高いじゃん?もう、お金ないのぉ〜!アハッ』
「だから、俺に買えってのか。」
『あっ、いいんだよ、一緒に使っても。一緒にさぁ―――』
「黙れ!」
本気で携帯電話に叫ぶ。今までで一番マジの「黙れ」であった。
『………グスッ………』
こちらが一喝すると、突然ユキは泣き出した。
情緒不安、どころではない。情緒が困難している。
『あああああああ!いいよもう!アキラ死ね!』
それだけ叫ばれると、プツンと通話は切れる。
死ね、じゃねえよ。死ぬのはヘタすりゃお前じゃないか!
ユキがどんな種類の麻薬を使用しているのかは、まったく予想もつかない。
覚せい剤?マリファナ?それとも、テレビのニュースでやっていた合法ドラッグというやつか………
いずれにしろ、止めさせなければならない。手遅れになる前に。
連休を利用して、俺は地元に帰ることにした。ユキがいる場所だ。
記憶をたよりに、まずはユキの家に向かった。
しかし、そこは既に取り壊されて、新しいマンションに変わっていた。
どこに住んでいるのだろうか。
仕方なく、ユキに電話する。マトモな返事が返ってくることを祈る。
『なに〜?』
間の抜けた声。前回の怒りは消えてしまったのか、忘れたのか。
「今、地元に帰ってきた。お前、どこにいる?」
『さあ?』
「お前に話がしたいんだけど。」
『………うん。でも、あんまし会いたくない。』
「なんでだ。」
『たぶん、私、ヘンになってるから。』
そんなセリフが出てくるだけ、まだマトモな部分が残っているという証拠だ。
なんとか取次ぎ、公園で待つことにした。
痩せた、ギスギスの女が公園の入り口から入ってきた。
(まさか、アレじゃないだろうな………)
しかし、その女は俺の前まで来て、俺の顔を覗きこんでいる。
(ああ、その骨格は覚えている)
泣き出したくなった。鎖骨はイヤというほど浮き出ている。
「大丈夫なのかよ?ユキ」
「うんうん、生きてる。」
「メシは?」
「はは………ザーメンばっかしだね。」
メシが男の精液だと?すぐに、嫌な想像が頭の中を駆け巡った。
「タカオは?」
「さあ?もう、ずっと会っていないよ。」
「別れたのか?」
「ううん。今でも彼氏。」
何年もあってなくて………どういうことだ。
タカオに連絡をとりたいが、あいにくと連絡先は知らない。
「………どこに住んでいるんだ?」
「男のとこ。」
抑揚の無い言い方。ネジが完全に抜けているようだった。
ユキは、俺の隣のベンチに座り、ため息をつく。
「アキラはさぁ〜、何しにきたの?」
「オメーを助けに来た。」
「えっ………そっかぁ。あははは………」
どういう意味で笑っているのか。
「じゃあ、お金あるよね?」
「………は?」
「助けてくれるんでしょ?」
やっぱし、勘違いしている。『禁断症状から助ける』ことだと思っている。
「違う、クスリを止めさせにだな―――」
「あ、それならパス。間に合っているから、説教は。」
………どうやら、他にもユキにクスリを止めるように説得している人物がいるらしい。
「タカオもアキラさぁ〜、いい奴なんだけどねぇ。」
ユキが、腕を伸ばしてのびをしながら言う。
「うざいんだけどさ、それでも嬉しいんだ。たぶん。」
「………やめたほうがいい。」
「でも、アキラのほうが優しくて好きだな。タカオは、電話してくるだけだもん。会ってくれないし。」
「………」
「やっぱ、彼氏はアキラのほうがいいや。」
そう言って、ユキは突然抱きついてキスをしてきた。
………違和感しかなかった。
抱き寄せたが、酷く小さく感じられた。
ユキの吐く息には異臭があった。
耐えられない。引き離したい。
しかし、それをやってしまっていいのだろうか?
こいつは、今どうやって生きている?
なにを糧に生きている?
メシもろくに食わず、男とセックスばかりして。そしてクスリの快楽だけで存命しているのか?
おそらく、居候している先の男もクスリをやっている。
その男のナニを咥え、精液を飲み、そのまま濯いでいないような女とのキス。
引き剥がすのは簡単だが。
引き剥がしたら、二度とコイツは、戻ってこれなくなる。
結局、ユキから離れるまで、俺は耐えた。
「えへへへ………」
ユキが笑う。その笑顔は、4年前と変わっていない。
どうして、こういう部分だけ、昔のままなんだろうか?
切ないものである。
ユキの笑顔は、俺が自ら捨てたものだった。
それが、他の部分をボロボロにして、俺の手に戻ってきた。
全部壊れていれば、諦めもついただろうに。
少しでも栄養をつけさせてやろうと思って、レストランへ連れて行った。
だが、ユキはオレンジジュースしか頼まなかった。オゴリだと言ったのに。
無理して食べれば、吐き出してしまうのだという。
そう語るユキは、曖昧な笑いを浮かべていた。
夕方になった。
このまま、ユキを帰していいのだろうか。
帰ったら、どうなる。男に捕まって、またクスリを一発やられるのか。
危険すぎる。できれば、その男の部屋には帰したくない。
だが、俺の家に泊めることはできないだろう。
自分の母親の性格を考える。絶対に警察に通報して、ユキを引き渡してしまう。
そういう頭の母親なのだ。
警察………考えたが、気が引ける。まだユキは大丈夫なのだ。もう少しだけ、俺が頑張れば………
「じゃあ、今日は親のいる家へ、ちゃんと帰るんだ。」
やはり、親が一番だろう。
「………イヤだ。」
言うと思った。
「でも、また男の部屋にもどったら、ヤバイだろ」
「………うん。そうだね。」
やけに聞き分けがいい。症状が治まっているのだろう。
「じゃあ、またね。」
そう言って、ユキはすたすたと歩き出した。送っていこうと思い、俺もついていく。
マンションがあった。
「ここに引っ越したのか?」
「そう」
どうしてまた、一軒家からマンションに。もしかしたら、家庭状況がかなりまずくなっているのではないか。
「じゃあ、またね」
「ああ。」
細い手を軽く振って、ユキはマンションの階段を登っていった。
大学にもどる。
テスト期間に入ると同時に、ユキからよく電話がかかってくるようになった。
雑談ができることはまれだった。
やはり、ハイになっている時が多い。そして、俺に金を出してクスリを買え、と何度もねだる。
そのたびに、俺は「だめだ!」「我慢すれば、苦しくなくなるから!」と説得を繰り返した。
テストが終わり、夏休みに入った。
日に日に、ユキの電話越しの様子は酷くなっていった。
奇声。絶叫。嗚咽。自慰にふける喘ぎ声まで聞かせてきた。
俺の精神も、かなり限界まで来ていた。
消える。このままでは、本当のユキの部分が消える。
しかし、焦る気持ちがあるばかりであった。
夏休みに入って4日。
俺は宿題のレポートを全て書き終え、提出。
その夜もまた、ユキから電話があった。
―――最後の電話である。
深夜0時ごろ
『アキラ!アキラっ!』
「どうした?」
『ごめんなさい!ごめんなさい!』
「何を謝ってるんだよ。」
『ごめん………ううう!』
泣き出し、まったく会話にならない時間が続く。
1時ごろ
『ねえ………助けてよ』
「助けたいよ、俺だって………」
『クスリじゃ助けられないってのはわかってるからぁあああああああああ!』
絶叫。しかし、声に力が入っていない。
「しっかりしろ!」
『もうやだああああああ!いやだあああ!』
3時ごろ
『戻りたい』
「もとの自分にか?」
『ううん。全部。』
「………なるほど」
あれほど意志の強かった女だ。クスリに手を出したからには、それなりの外的な要因があったのだろう。
やはり、家族なのだろうか………いや。
下手をすれば、俺のせいなのではないか?
あの、中学での卒業式。
あの時、ミキコと一緒にいた俺を見ていた………あの時からか?
わからない………
4時ごろ
さすがに眠くなってきた。しかし、ユキはそんな素振りを見せない。
通話はずっとしっぱなしに近い。どれだけ携帯料金がかかっているのだろうか?
もう、そんなことはどうでもいい。
『アキラ、エッチしたくなんない?』
「まあ、なるけどさ」
『一緒にオナニーしない?』
「なに言ってるんだ………」
『えへへへへ………んうっ………』
「お、おい」
『アキラぁ……もっとぉ、いじってよぉ………』
荒い息遣いが聞こえる。すでに自慰を始めてしまったらしい。
恐ろしい。ただ怖かった。怖くて、勃起なんてとてもできない。
だが、ユキは一人で走り続けていた。付き合ってやるしかない。
「ほら、どうだ?気持ちいいか」
『うん………すごいよ………はぁっ………あっあっ………』
「………そうか」
泣けてきた。ただ哀れで、こうやって口先だけ合わせている自分も。
5時ごろ
自慰が終ったあと、ユキは俺と一緒にセックスしたものだと思い込んでいた。
『アキラさぁ、もうミキコとは付き合って無いんでしょ?』
「ああ。」
『じゃあさー、私とミキコと、どっちが良かった?』
「お前だよ。」
涙は枯れていた。
ただ、気を抜くと目蓋が下がってきて、眠りに落ちてしまいそうだ。
たぶん、もうユキはだめだ。
警察………警察………
6時頃
何度も意識を失っては、そのたびにユキの絶叫で起こされる。
携帯電話はスピーカーフォンにしておいた。
『ねえ、アキラ』
「あん?」
もう、説得でもなんでもない。俺は、コイツと会話してやるだけだ。
『いつこっちに戻ってくるの?』
「来週の月曜日に、行くよ」
『じゃあさ………そん時にだけど、一緒にクスリ買おうよ』
「………」
サンドバッグ状態。何回ダメだといっても、暫くしたらこのセリフである。
そのたびに、俺は激しく打ちのめされる。終いには頭がおかしくなるかもしれない。
『ほんとはさ………買ってくれるとか、買って欲しいとかじゃなくて、さ』
「うん」
『一緒になってほしい』
………つまり、俺にもヤクをやれということか。
自分と同じ状態にして、一緒に様々なものを共有しようということか。
「イヤだ。」
俺は、そう一言だけ放った。
『………』
「俺は、そっちの世界には行きたくない。」
『………死ね。』
「イヤだ。」
『死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。』
「無理だ。」
『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!!』
「………」
それは、
自分に言っているのか?
ユキ。
『死んじゃえよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』
「俺はしっかり生きるんだ!」
プツン、と、俺は通話を切り、マナーモードにして、意識を失った。
7時ごろ。
携帯が震えるのに気がつくが、取らない(取れない)
サークルの話し合いがあったので、昼前に目覚めた。
着信履歴を見る。10回以上の、ユキからの着信。
「もう、いいや………」
着替えて、大学へ。
次の週の月曜日。
俺は地元に帰ると、タカオに呼び出された。俺の番号は、他の悪友たちから聞き出したようだ。
待ち合わせ場所は、いつもの公園だった。
「ゲッソリだな」
「お互い様だ」
二人して、近くのコンビニでアイスと飲み物を買った。暑い日であった。
公園にもどり、ベンチに座る。
「ユキ、死んだぜ。」
タカオが、アイスをかじりながら、おもむろに言う。
「そうか。」
まあ、覚悟はしていた。警察に捕まるか、死ぬか、と。
「自殺だってよ。」
「飛び降りたのか。」
「薬中にはよくある死に方だ。」
タカオの話によれば。
ユキの両親は、母親の不倫によって離婚。ユキは父親側に引き取れられた。
しかし、その父親はトチ狂って娘であるユキを襲ったらしい。
男も女も信じられなくなり、ユキは遊び仲間の年上の男の部屋に逃げ込む。
しかし、そこでも襲われる。しかも、集団でだ。
「モテる女だったからな。男ウケする性格だった。」
その最中にクスリをうたれ、それからドツボにはまっていったということだ。
「なんで、ユキはタカオのところに逃げなかったんだ?」
「俺は普通に両親と暮らしていて、その男は一人暮らし。迷惑かけたくなかったんだとさ」
「………トロくせぇ話だ」
「高校にあがってから、2年は毎日説得したんだ」
「でも、無駄だったんだろ?」
「ああ。ユキの周りには、かなりヤバイ連中が付きまとうようになって、俺も気軽に会えなくなった。」
「それで、しょっちゅう電話で説得か。」
「×日の朝、いきなり電話を寄越してきた。それで突然『もう死ぬ』って言うんだ。」
「………」
(俺が、引き金を引いたのか―――)
「葬式もねぇってさ。」
検死や、解剖をするのだろうか。葬式を挙げるお金も、出てこないのだろうか。
「そうそう、俺とお前にラッキーなことがある。」
「なに?」
「アイツ、死ぬ前に携帯の履歴とかのメモリ、全部消しとくってさ。警察に俺たちがいろいろ迷惑かけないようにだと。」
「………よくそんな気がまわるな。」
「だろ?アイツ、本当はマトモだったのかもしれないな、最後まで。」
「………くくっ………あっははははははははははは!」
「ふふ………はははははは!」
もう、笑うしかなかった。馬鹿らしい。世の中どうなっているんだ。
人間は信用できない。
ちょっとやそっとの行動やセリフでは、何にもわからない。
ゲラゲラと、俺とタカオはアイスが溶けるまで笑いまくった。
「なあ、アキラぁ」
タカオは、涙目になって、笑うのをこらえていた。
「ユキがよぉ………くくっ………最後に電話した相手ってさ、俺とお前のどっちなのかな?………プッ………」
「知るかよ!そんなん………ははっ………」
今、俺とタカオが、携帯の履歴の時間を見比べれば―――
だが、そんなことをする気には、まったくならなかった。
ただ、今日はこうして二人で笑い続けていようと
ずっと、ああいう女がいたことを忘れないように

(・∀・): 126 | (・A・): 102
TOP