Marble

2007/12/08 15:42 登録: えっちな名無しさん



 「おい。ブラ透けてんぞ、お前」

飽きもせず夏を暑くする太陽の元、隣を歩く優のカッターシャツは薄く汗ばんだ肌に張り付いていた。

 「うっさいわね、暑いから仕方ないでしょうが。あんまり見てるとお金とるわよ」
 
「そりゃこっちのセリフだ。迷惑料欲しいくらいだよ」

なにを〜っ!と、拳を振り上げて追い掛けてくる優から、慌てて逃げ出す



―高校二年の夏。


幼なじみの俺と優は、二人仲良く補習を受ることとなった。

今はその帰り道。

補習は午前で終わりなので、まだ外は明るく、茹だるような熱に包まれている。

 「それにしても、青春真っ盛りのこの時期に補習なんて……最悪よね」

 「まったくだ。夏休みまで数学の山田の顔見ることになるなんて、思ってもみなかったよ」

沸き立つ蝉の鳴き声に負けないくらい大きなため息が、汗とともにこぼれた。
俺も優も、カッターシャツの襟口をパタバタと仰いでいた。




俺と優、過ごして来た時間はそのまま年齢と同じだ。
生まれてから今まで腐れ縁は続いている。
お互いあまのじゃくな性格で、いつも口喧嘩ばかりしているけど、それは不器用な俺達のコミュニケーションのようなものだ。


『友達以上恋人未満』



この言葉が、今の二人を上手く表現している。
つかず離れずの関係だったけど、この夏、何かが変わるような予感がしていた。
それはきっと優も同じだと思う。


 「あ゛〜もう堪んない!!ねっ、久しぶりにあそこ行こっ」


いきなり声を張り上げたかと思うと、優は俺の手を取り、入り組んだ下町の狭い路地を駆け出した。


 「お、おいっ!あそこってドコだよ!」


 「い〜からい〜から」




耳元の風を切る音。


移り変わっていく景色。


額から滲み出した汗は、頬を伝って後ろへと流れていく。


右に曲がって、左に曲がって……段差の低い階段を昇っていく。





あ……この道って。






辿っている道の行き先を思い出したのと同時に


 「到着〜♪」


優の掛け声が聞こえ、目的地に到着していた。
優は、はぁっ!と大きく息を吐くと、それだけで息を整えてしまう。
俺は、しばらく隣でみっともなく呼吸を乱していた。


 「ここって……」


 「そっ!昔よく来てた駄菓子屋さんだよ」


……まだ物心つく前、今日みたいな夏の日も、珍しく降った雪の日も通った駄菓子屋。
外観はあの頃と何の変わりも無く、騒がしい喧騒から隔絶された、秘密基地のような雰囲気を今もしっかりと保っている。
強い陽射しとのコントラストで、日陰はやけにくっきりと浮かんでいた。


 「ホント久々だよね〜。おばあちゃん、まだ元気にしてるかな?」


 「あぁ。あのガンコばあちゃんか……小っさい頃よく拳固食らってたよ」


後少しある駄菓子屋への道を、二人肩を並べて歩いて行く。


最後に行ってから……もう何年経つだろうか。


普段実感は無いけど、こういう風にたまに過去を振り返ったりすると歩いて来た道程が良くわかる。
意識せずとも、時間は流れていくものなのだと改めて実感した。






―俺と優の関係も同じ様に









 「すいませ〜ん!誰かいらっしゃいますか〜?」


人気のない店内に呼びかける、優の声でハッとする。
長い間眩しい光りを受けていたせいか、薄暗い店の中でやたら目がチカチカした。


 「誰もいねぇ〜のかな?」


景品のスーパーボールを手に取りながらぼやく。
指先に触れたソレは、少しだけ埃を被っていた。

すいませ〜ん!と、先程より大きな声で優が呼びかけた時……

 「はいはいは〜い!」


と、やけに元気な声が奥から聞こえて来た。

予想外の声に、二人して顔を見合わせる。

しばらくすると奥の障子が開き、若い女の人が現れた。


 「いらっしゃい。何にする?」


年は二十台後半くらいだろうか……顔には“あの”頑固ばあちゃんの面影がうっすらと残っていた。
たぶんばあちゃんのお孫さんだろう。


 「あ、あのっ。おばあちゃん、どうしたんですか?」


少し慌てたように優が尋ねると、女の人は明るい表情に少し暗い影を落とす。


 「おばあちゃんね……去年病気で亡くなったのよ」


告げられたのは残酷な現実と、俺達の知らない所で流れていた時間の帰結だった。


 「そう……ですか」


優は肩を落とし、何とかそう言った。



でも信じられない。
あんなに元気だったばあちゃんが……。


 「お店、畳もうかと思ってたんだけど、おばあちゃんが『閉めないで』って最後まで言ってたから……日曜だけ開くことにしてるの」


儲けなんて無いんだけどね。

と、少し悲しそうな笑顔を浮かべた。


夏休みと補習のせいで曜日の感覚が無くなっていたけど、偶然今日は日曜日だったらしい。


 「懐かしい話とかもあるでしょうから、何を買うか決まったら呼んでちょうだい。想い出だけ買ってても構わないから」


お孫さんはそう言うと、笑みを浮かべながら再び障子の奥へと戻っていった。
こちらの様子を察して、気を使ってくれたのだろう。


 「………………」

 「………………」


ただでさえひっそりとした店内で、しばらく二人の沈黙が続いた。




……………………
………………
…………
……


 「ばあちゃん……あんなに元気だったのにな……」


 「うん……」


それ以上の会話は無く、結局ラムネを2本買って駄菓子屋を後にした。

来る時は変わっていないと思っていたけど、帰り際改めて見てみると、ばあちゃんが居ないだけで、なんだか全然知らない場所のように目に写った。


 「知らないトコで、時間って流れてるんだな」


駄菓子屋から少し離れた公園。優と二人、ブランコに乗ってラムネを飲んだ。


 「そだね……。考えてみれば、あんなに小さかったアタシ達が、もう『高校生』なんだもん」


 「…………」


優ばあちゃんの死を、珍しく引きずっている。
そんな優の顔を見たくなくて、俺はある事を思いついた。


 「よっ!」

……っと、掛け声一つ、ブランコから飛び降りると


 「一気いきま〜す!!」


を合図に、腰に手をあて、まだ半分以上残っているラムネを一気に飲み干す。


 「ぶはぁっ!」


案の定、飲み干したすぐ後に、思いっきり吹き出してしまった。


 「も〜、アンタ何やってんのよ」


ケラケラと、優はいつも通りの笑顔を浮かべてくれる。


……知らないところで時間が流れていくのは仕方の無いことだけど、俺はこれからの時間も、優とこんな風に生きていきたいと思った。


 「昔の話で思い出したんだけど、アタシこのラムネのビー玉がすっごく欲しかったんだ」


ひとしきり笑い合った後、そう言って、優はブランコに乗ったままラムネの瓶を太陽に透かした。
瓶にビー玉が当たる音が“チリン”と鳴った。


 「あ〜。確かに一度は思うよな、それ」


 「ちっがうよ!アタシはそんなんじゃなくて、ホントにハイパー欲しかったの!!」


両の手で握り拳を作り、それをブンブン振って力説する。

瓶を割ってしまえばそんなもの簡単に手に入る。
だけど、小さい子供にとって『ガラスを割る』ということはとても恐ろしい物で、ラムネの瓶の中で光るビー玉は、確かに、まるで手の届かない宝石のようだった。
光り物が好きなあの頃の女の子なら尚更だろう。



―その時、ラムネの瓶が昔と違うことに気付いた。




 「おい優、みてみろよ!」


 「ん?」


ズイっと、こちらの手を覗き込んでくる。
このラムネの瓶は、昔と違い飲み口がプラスチックで出来ており、そこだけ取り外しが出来るようになっていた。



取り出したビー玉を、優の手のひらに乗せてあげる。




 「わぁ〜!」


それをひょいっと摘むと、さっきと同じように太陽に透かす。

弾ける笑顔は、小さい頃のままだった。






―だけどしばらくすると……






浮かない顔でビー玉を俺に突き返して来た。


 「どうしたんだよ。欲しかったんじゃないのか?」


 「ん〜。ずっと欲しかったんだけどね、ホントに。瓶の中の方……触れないほうが、何だか綺麗に見えたから」


どこか悲しそうな顔で、優はそう言う。


 「そ、そっか……」





触れそうで触れない物。

触れないから欲しい物。

触れないから綺麗な物。




そう、それはまるで俺達の関係のように……。


てのひらに包まれているビー玉がやけに冷たく、重く感じる。

居たたまれなくなって、ビー玉を瓶に戻そうとしたけど、うまくいかなかった。
優は隣で、寂しそうな顔のまま、遠くを見ていた。











出典:創作
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