静かな戦い

2010/01/22 14:24 登録: henasu

顔のすごくいい同僚がいる。
職場が同じ、自宅の駅も同じ、趣味も同じく剣道ということで仲良くしているが、
言葉の端々に典型的膿家脳っぽい発言が出てくるので男としては見ていない。
実際、実家がイチゴ農家を営んでいて、本人も農学部卒。
「今の仕事は都内で嫁を見つけるまでの腰掛け」
「従順な女は少ないが居なくはない」
「しかしどうも尻が小せえからなあ、お前もそうだけど」
「ああ、はやく帰りてぇ」
こんなことを事あるごとにぼやいている。
口説かれたことあるけどマジ無理。あくまで友達。

そんな彼と、いつものように一緒に帰っていたとき。
自宅の最寄り駅の改札を出ると、イチゴ満載の軽トラックが停まっていた。
農家の人が直接売りに来ているあれだ。
トラックの脇に立っているお兄さんは筋骨隆々。
でも、都会の人並みに怖気づいているのか、客寄せの声も出さずに
おどおどしている。

「お?どこの(町の)やつだべ?」

彼は興味津々。

「ちっと声かけてやっかな」

といって、お兄さんのところへ歩いていった。
勝手に先に帰るのもなんなので、わたしも一応ついていった。

でも、売り物のイチゴを見るなり彼は苦い顔。
そしてお兄さんに向かい、ドスのきいた声で

「おう、おめぇ福岡か…」

と、突然絡みだした。
イチゴの箱には、なるほど『あまおう』って書いてある。
(彼は『あまおう』って字をを見るだけできれる癖がある)

酔っ払ってないのに管巻けるってすごいなあ、
ケンカになったら止めなきゃな、とか思っていたら、
お兄さんはニコニコしながら試食用に開けてあるパックからふたつずつ紙皿に出し、
練乳をちょっと添えて楊枝をさして、彼とわたしに渡してくれた。

「ええ、福岡の『あまおう』です。
 よかったらお試しになってください!」

わたしはイチゴ好物なのでさっそく平らげた。
大粒でとてもきれい。
職場でしょっちゅう食べさせられる『とちひめ』と比べると、
少し硬いけど、甘みがあっておいしかった。

ケンカを売ったつもりが親切にされて面食らったらしい彼は、
激しくお兄さんをにらみながらも、一粒口に入れてみた。
そして呻いた。

「むむむ…」

心配そうに反応を待つお兄さん。
彼はその肩を突然、強く抱き寄せた。

「おう、なかなかのもんじゃねえか…」
「は…、はい、ありがとうございます!」
「俺はJAしもつけの○○…実家じゃ三代にわたってイチゴを作ってる。
 親父は『女峰』の開発と定着に一枚噛んでる。
 俺は農工大の大学院で研究していた。
 いまは農園で『とちひめ』を出してる」
「『女峰』…!あの…!」
「お前は何つうんだ」
「は、はい、僕はJAにじの△△といいます…
 去年大学を出たばっかりでまだまだなんですが、
 親父に教わりながら、『あまおう』を作ってます!」
「『あまおう』ができてから、福岡のやつらは腑抜けた。
 品種自体の見栄えのよさに満足して甘えて、丁寧な手入れをサボってる。
 でも、このイチゴは手抜きじゃねえ。
 房まで青々としてる、実にもつやがある。
 そしてしっかりとした甘みがある。愛されて育った証拠だ」
「あ、ありがとうございます…!」
「だが忘れんな!今の生産量日本一は『とちおとめ』。
 その地位を、俺たちは譲るつもりはない」
「…いいえ。必ず追い越してみせますよ!」

この小芝居はいつの間にかわたし以外にもギャラリーを引き寄せてしまい
最後に二人がかっちり握手をするとちょっとした拍手まで起こってしまった。

その後イチゴは完売。
わたしは何故か一緒に売り子をやらされた。

今朝、遠く福岡から携帯にメールが。
(アドレス教えてない。たぶん彼が勝手に教えたんだとおもう)

「急にすみません。JAにじの△△です。
 先日はありがとうございました。
 実はあの時、イチゴを袋に詰めているあなたの笑顔と、
 要領のいい手さばきに僕は見とれていました。
 ○○さんから、特にお付き合いされている方はいないとうかがっています。
 どうか、僕と結婚を前提にお付き合いしてくださいませんか?
 うちには、いつでもあなたを受け入れる用意があります。
 家族が暮らせる広い家、何でも積める大きな車、
 そして、二人で働くビニールハウスも。
 お尻が小さいことを気にされている、と聞きましたが、
 心配要りません、母は痩せ型ですが、僕をはじめ四人を元気に産みました。
 福岡のきれいな水と空気なら、お産の心配はありません。
 母も祖母も健在ですから、子育ても大丈夫。
 イチゴにも子どもにも、愛を注げる環境です。
 なにも準備は要りません。体一つで来てくださればいいのです。
 いいお返事をお待ちしています
 JAにじ組合員 △△」

なんだそりゃ。
どうしてわたしは膿家脳の男にしか縁がないんだ。
ていうか、わたしが尻小さいのを気にしてるのはプロポーション的な意味でだ。
膿家死ね。イチゴ作って出荷してから死ね。

出典:埼玉県
リンク:某駅にて

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