分かれた妻 (その他) 94061回

2008/04/15 19:46┃登録者:えっちな名無しさん┃作者:名無しの作者
 これは果たして「愛妻談」の部類に入るかどうか疑問ですが、私の話を聞いてください。聞いていただくだけで胸につかえているものが少しは楽になるかもしれませんから・・・。 
 実は、私はバツイチの身で、4年くらい前にドタバタの末に再婚しました。というのは、よくある話ですが、私が勤務先の女性、彼女は妻より十才近く年下ですが、その彼女とできてしまい、ズルズルと関係を続けるうちに、彼女が妊娠しちゃったんです。それで、彼女が結婚を強く求めてきたんです。それで、あるとき、とうとう彼女が私の家にやってきて、私のいる前で妻に直談判を求めたんですよ。いやあ、ほんとに、これもよくある話ですが、でもやっぱり私にとっては地獄以外の何ものでもなかったです。 
 でも、妻は思いのほか冷静で、実はこれが一番怖いのですが、まあとにかく十才近くも年下の女相手に取り乱すのも大人気ないと思ったのか、相手の言うことを表情一つ変えず聞いていました。 
ただ、彼女が、妻と私の間に子供がないことを指摘した上に、自分の中には私の子がいると誇らしげに言ったときだけは、ちょっと顔色が変わり、横目で私に「ほんとなの。」と詰問しました。 
 私が、「ああ、すまん。」とうなだれると、「あなたは、どうしたいの。」と私に聞きます。すると、彼女が「そんなこときまってるじゃないですか、○○さんは私と結婚を・・。」と言いながら割り込んでくるのに対して、「あなたには聞いていません。夫に聞いているのです。」とピシャリと言うと、彼女は不満そうに口を尖がらせてプイッと横を向きました。妻は、私に向き直り、再度「どうなの?」と聞きます。 
 私がモゴモゴ言ってると、妻は「わかりました。」と言って席を立ち、彼女に向かって「どうぞ、お帰りください。お話はわかりました。後は夫婦の問題ですから。」と言いました。彼女は、まだ何か言いたそうにしていましたが、妻にせき立てられるようにして帰されました。 
 その日は、妻は何事もなかったかのようにいつもどおり家事をし、そして私たちはそれぞれのベッドで寝ました。私が話をしよう妻を呼びましたが、寝たふりをしていたのかほんとうに眠っていたのかわかりませんが、妻は黙ったままでした。 
 次の日、私が帰宅してみるとダイニング・テーブルに書置きがあり、「しばらく実家に帰っています。それからのことは、こちらから連絡します。」と書いてありました。それから一月くらいして妻の印鑑が押された離婚届けが送られてきて、それからほどなく私は今の妻と再婚したわけです。 

喪失 
 それからの一年は、新しい生活のスタート、妻の出産、育児とバタバタとあわただしい中にも幸せな日々が過ぎていきましたが、一人になったときにはふっと前妻のことを思い出したりもしていました。というのも、私たちは、いや少なくとも私は憎しみ合ったり嫌いになって別れたわけではありませんから。もっとも妻の方は、最後の気持ちがどうだったのか私には知るすべもありません。突然実家に帰ったかと思うと、一枚の紙切れだけが届いただけですから。ひょっとしたら、無責任で身勝手な私を心底憎んでいたのかもしれません。でも、私のほうはどちらかというと自分でもはっきりとしないうちに進んでいく事態についていけないまま、気がついたら妻と別れていたというのが実感ですし、妻に何か不満があったわけでも、ましてや憎んでいたわけでもありませんでした。まあ、今の妻の若い肉体に私の男の性が溺れてしまったということです。といっても、前妻とのセックスに不満があったわけでもありません。むしろ、前妻とのセックスも、最初の頃は今の妻とよりもある意味で濃密だった気がします。ただ、ご馳走でも同じものを毎日食べるとちょっと飽きがきてしまうのと同じようなものだったのでしょう。 
 今の妻と生活を始めて特に感じたのは、精神的な成熟度がぜんぜん違うということです。もちろん今の妻も私によく尽くしてくれるし、愛してくれているのはわかります。でも、前の妻と比べてしまうと、それはやっぱりまっすぐではあるものの、どこか幼さがあって、私は精神的には常に妻の兄か父親のように保護者的な立場になってしまいます。一方、前妻と私の関係は、ときには私がそういう役割をこなすこともありますが、ときには反対に妻が私の姉か母親といったら言い過ぎかもしれませんが、とにかく安心して包まれることができる・・・、そんな存在でもありました。 
 そういうわけで、前妻との離婚の後、今の妻と新たな生活を始めてからも、前妻のことをすっきりと忘れることができたわけではありませんでした。もちろん、今の妻の前ではそのようなことはおくびにも出しませんから、多分、前妻のことをすっきりと忘れてくれていると思っているのでしょう。でも、何かの拍子で前妻との生活のときに使っていた物が出てきたりする度に、前妻のことを密かに思い出していました。 

 そんな前妻が、再婚したということを私が知ったのは、私たちの新婚生活が始まって三年くらいたってからでしょうか、私の母からその話を聞きました。「おまえが知ってどうこうなるもんじゃないけど・・・。」と前置きしながら、母はそのことを私に教えてくれました。母は、前妻ととても仲がよく、私が前妻と別れたら親子の縁を切るとまで言っていましたが、結局離婚を持ち出したのは前妻の方だったので、そういうことにはなりませんでしたが。母は何度も妻の実家に電話して説得したようですが、結局妻の決意は固く、翻りませんでした。でも、最後まで母と前妻はいい仲でしたし、今でもときどき会って話をしたりしていたようで、そのときに知ったそうです。でも、そのことを知ってもしばらくは私に教えてくれず、結局私が知ったのは前妻が再婚してから二年近くがたってからでした。 
 その話を母から聞いたときの気持ちは、正直に告白しますと、落胆以外の何ものでもありませんでした。なんといい加減なことを言っているのだとお叱りを受けそうですが、事実そうでしたから仕方がありません。電話を切った私は、なんか体全体から力が抜けてしまったようにがっくりして、妻に、「今日はちょっと仕事があるから、先に寝てて。」と言って、自分の部屋で一人ウィスキーを飲みながら明け方近くまで物思いに耽っていました。結局、私はそのまま机で寝込んでしまって、朝になってそれを見つけた妻が「なによ、仕事と思ったら飲んでたんじゃないのよ。」と呆れた顔をしていました。 
 その言いようのない喪失感はしばらく続き、そして意識の表層から姿を消したように思えるようになった後も、時折ふっとした拍子に静かに頭をもたげてきて私をじわりと苦しめました。一緒に酒を飲んでいた後輩から、「最近の○○さん、なんか哀しそうな顔してますよ。あんな若い奥さんもらってるのに、バチがあたりますよ、まったく。」と笑いながら言われたこともありました。でも、その実、私はそんな顔をしていたのだと思います。若々しく今の妻との、すくなくとも他人にはそう見える、幸せいっぱいの生活の裏で、私の中にぽっかりと開いてしまった喪失感はゆっくりと着実に広がっていくようでした。仕事と偽って夜自分の部屋にこもり、妻に隠れて昔の前妻の写真を見ながら物思いに耽ることも多くなりました。 

密かに 
 あるとき、とうとう私は一目、そして一目だけ前妻の姿を見に行こうと決め、母から前妻の住所を聞きだしました。母は「なぜ、そんなものを知りたがるんだよ。」と言います。「いや、ちょっとあいつのものが見つかったので届けてやろうと思ってさ。」と誤魔化すと、母は「そんなの送ればいいじゃないの。」と言っていましたが、結局は教えてくれました。その住所は私のところからだと、電車を乗り換えて行けば30分ちょっとくらいで行ける場所にありました。前妻が思いのほか近いところに住んでいるのを知って、意外な感じがしました。 
 次の日、私は「きょうはちょっと朝の会議があるから。」と早く家を出ると、その住所に向かいました。疑うことを知らない妻はいつもどおり玄関口まで見送りに来て、これもいつもどおり軽くキスすると私は家を出ました。そして駅に向かうといつもと反対のホームで待ちました。知り合いに見咎められるのも嫌なので、ホームの端の目立たないところに立って待ち、到着した電車にそそくさと乗り込みました。 
 前妻の家は駅から15分くらいのところの新興住宅街の一角にありました。『こんなとこに来てどうしようっていうんだ・・・』と自問しながらも、一目前妻に会いたいという気持ちと「いったいいまさら何しにきたの。」と惨めに叱責されるのを恐れる気持ちとが交錯するなか、四つ角の電柱の影に隠れるようにして、でもあまり怪しまれないようにして立っていました。すると、驚いたことに前妻の住む家の玄関ドアが空き、中から男が出てきました。もちろん今の夫でしょう。そして、その後ろから前妻の懐かしい姿が現れました。私ははっとして影に隠れ、そっと様子を窺いました。前妻は髪を短くしてボーイッシュな感じになっていて、それがまた前妻と過ごした時と今との間の時の経過を感じさせました。夫が振り返って妻に一言、二言何か言ったみたいでしたが、夫は出て行き、前妻はそれを見送ってからパタンとドアを閉めました。私が前妻の姿を見たのはたったそれだけでした。夫が去ってしばらくして私はその家の前までいき、よほど玄関ベルを押そうかと何度か迷いましたが、結局思いとどまってそこを離れ、出社しました。「今さらどんな顔をして会うつもりなんだよ。それに会ってどうしようって言うんだ、まったく。」駅に向かって歩きながら、私は自分に毒づきました。 

 私は前妻の家まで行ってしまったことを後悔しました。というのも一目だけと思って行って、いざその姿を見てしまうと今度はその姿が頭から離れなくなりました。既にお話ししたように前妻は髪を短くしていました。私と一緒だったときはずっと髪はセミロングでしたから、そんな姿は初めて見ましたが、そんな妻の姿は遠目にも色っぽく感じられました。その頃はたしか三十三だったと思いますが、まるで体全体から成熟した女のフェロモンが漂いだしているような感じでした。私は自分の机の奥から隠し持っていた妻の写真を取り出し、昼間垣間見た妻の姿と重ね合わせました。そして、妻との交わりの甘い感触が実感を伴って蘇り、我慢しきれなくなった私の手はペニスに伸びて自慰を始めていました。 
 手を動かしながら私は昔、前妻と一緒だった頃、彼女に手でしてもらったことを思い出しました。前妻の乳首を口に含み豊かな胸に顔をうずめた私の股間に彼女が手を伸ばし、まるで自慰を手伝ってもらうみたいな変な気持ちでしたが、とても安らいだ気持ちで射精をしたのをおぼえています。 
 そうです、前妻との関係を一言で言うならそれは私にとって安らぎだったのだと思います。彼女は私にとって安心と安らぎそのものだったのです。セックスの最中でさえ私はそれを感じていました。 
 一度だけと自分に誓ったことでしたが、結局それからも、私は朝の会議と妻に偽って前妻の家を訪れました。そして角に隠れて前妻が夫を見送る姿を遠くから覗き見て、夫が去りドアが閉まった後に、家の前までいってグズグズして結局はそこを離れる、ということをふがいなく繰り返していました。そして、その夜は、決まったように前妻の写真を見ながら自慰に耽りました。妻が二人目を妊娠していたのが幸いでした。そうでもなければ、私は妻とのセックスに応じることができるかどうか自信がありませんでしたから。 
 ほんとに不思議です。前妻とは交際を始めたばかりの頃、それこそ激しく燃え盛るようなセックスをしていましたが、やがてそれは炎よりは温かみを与えるような安らいだものと変わり、それは離婚の直前までそうだったのに、今、私は妻のことを思い出しながら、燃え上がる炎を抑えきれずに自慰をしているのですから。 

ストーカー 
 その日も私は前妻を一目見ようと、朝、彼女の家へ向かいました。『ほんとに俺は何をやってるんだろう・・・。』と自分でも呆れるくらい情けない気分でした。 
 私はいつものように妻が夫を見送る姿を遠くから見つめ、そしてドアが閉まった家の前を一、二度行ったりきたりして、やっぱり立ち去ろうとしたとき、私の携帯が鳴りました。私がドキッとして電話に出ると、 
「いつからストーカーになったの?」と懐かしい前妻の声です。「あ、いや、そういうわけじゃないんだ、ごめん。」と慌てて私は謝りました。「今、開けるから一目につかないように、そっと入ってくれる?」と彼女。「わ、わかった。」と私はしどろもどろに答えました。 
 間を空けず玄関ドアが開き、前妻が影から手招きするので、そっと私は隙間から中にすべり込みました。 
「ここで、といいたいところだけど、かわいそうだから上がって。コーヒーでいい?」 
「あ、すまない。」 
 そういいながら私は靴を脱ぎ、妻についてリビングに入りました。そこには、私の知らない彼女と今の夫との生活の香りがありました。 
「いい家だね。」窓越しに小さな庭を眺めながら私は言いました。 
「ありがとう。でも、個人的にはね、あなたと住んでたあの家の方が気に入ってるんだけどね。」コーヒーを入れていた彼女がこっちを見て言いました。「あの寝室の出窓、あれ好きだったんだ。いろいろ好きな物を飾ったりしてね。」それを聞いて私は彼女が出窓のところにさまざまなディスプレーを意匠をこらして飾るのが好きだったのを思い出しました。「そういえば、いつも綺麗に飾ってたよね、クリスマスとかには。」「好きだったからね。」今の妻は、その手のことにはあまり興味がないらしく、ポプリか何かを置いたままです。 
「ところでどうしてわかったの。俺がいるって。」 
「ばかねえ、こういうところよ、すぐ噂になるわ。」前妻がトレイにコーヒーを載せて運びながら言った。「はす向かいの奥さんがね、『お気をつけて。なにか男が角に隠れてお宅の方を一生懸命見てるようでしたわよ。』って言ってたの。それから外に出るときはちょっと注意していたの。そしたら、この前、見たのよ、その男を。自分の目を疑ったわ。」と言って彼女はクスクスと笑います。「そしたら、今日もいるから、どうしようか迷ったけど、あなたの携帯に電話をしたのよ。」 
 そうか、まだ俺の携帯番号を控えていてくれてたのか・・・。と、私は妙に嬉しい気持ちになりました。 
「で、どうしたの。まさか前妻の不幸な姿を確かめに来たっていうんじゃないでしょうね。」と、彼女はコーヒーを口に運びながら悪戯っぽく言いました。 
「冗談きついなあ。そのことは本当に今でも心から済まないって思ってる、このとおり。」そう言って私は膝に手をついて頭を深々と下げました。 
「もういいわよ、済んだことなんだから。」妻は遠くを見るような目をして私の方を見てそう言いました。「あ、そういえば会社の方はいいの?」妻が気がついてそう言いました。 
「あ、そうだ。電話しなきゃ。」別れても彼女は昔のままだった。昔から彼女はいつもそうやって私の周りのいろいろなことに気を配ってくれているのでした 
 私は会社の部下に「ちょっと病院に寄ってくるので、遅くなる。時間がわかったらまた電話する。」と電話を入れ、コーヒーの残りを口に運びました。 
「ところで、奥さんとはうまくいってるの?」彼女が私に聞きました。 
「あ、ああ、うん。」 
 それから私達はお互いのこれまでの話をしました。私と今の妻との話は彼女も知っていることでしたが、彼女と今の夫との馴れ初め、そして結婚の話は私が初めて聞く話で、聞きながら私の心はせつなく疼き続けました。それによれば、今の夫は彼女の会社の得意先の会社の人で、彼女が仕事の関係で何度か出入りするうちに食事に誘われ、そして交際を進めるうちにプロポーズされたということでした。 
「安心を絵に描いたような人なんだけどね、結婚したら仕事も辞めてくれっていうし。でもね、ああいうことがあったからかしら、そういう平凡で安心な人に惹かれたのかもね。」彼女がうっすらと微笑みながら私にそう言いました。 
「ほんとうにゴメン。」私はそう言ってまた頭を下げました。「あ、ううん、あなたを責めているんじゃなくって。」 彼女はそう言ってくれましたが、私は済まない気持ちでいっぱいで、しばらく下を向いていましたが、そのうち不覚にも涙が鼻をつたって私の手に落ちました。 
「馬鹿ねえ・・・。」それを見つけた彼女が小さな声で言います。 
「ごめん、なんと言って謝ったらいいか、自分でもわからないんだ。」私はうつむいたまま言いました。涙がまた一つ手の甲に落ちました。 
「何泣いてんのよ、突然やってきたと思ったら・・・。」 
 でも、そう言っている彼女の声も涙声になっていて、そっと目頭を押さえると横を向きました。 
 そうやって私達は、しばらく無言のまま、窓から穏やかに差し込む朝の日の中でたたずんでいました。
港 
「ねえ、どこかに一緒に行かない?」 
 彼女が手を上に上げ背伸びをしながら言いました。 
「えっ。」私が驚くと、彼女は呆れた顔をして「馬鹿ね、ドライブよ。会社休んじゃえば。別にどってことないでしょう、もう遅れてるんだし。」 
「あ、うん。」と私がうなずくと、彼女は「じゃあ、着替えしてくるから待ってて。」と言って出て行った。寝室に行ったのかな、と私は思いました。前妻が今の夫と夜を過ごす寝室に興味が湧きましたが、まさか「見せてくれる?」と聞くわけにもいきません。彼女が着替えをしている寝室にはベッドがあって、ひょっとしたらダブルベッドかな。その上で、前妻は今の夫に抱かれてるんだ・・・、などと一人でモヤモヤと想像するしかできませんでした。不思議なものです。彼女と夫婦だったときには、私の目の前で彼女が着替えをしてもお互い平気で、裸になった彼女を後ろから抱きすくめて怒られるくらいでしたが、今の彼女は私の目を避け、夫婦の寝室で着替えをしているわけですから。人は紙一枚で他人になると、振る舞いまですぐ他人行儀になれるのでしょうか。もっとも、私と前妻の間には空白の時間もそれなりに経過しているので仕方ないかもしれませんが。 
 そうそう、電話をしなければ・・・。我にかえった私は、携帯で会社に、結局行けなくなったと電話を入れました。部下は「大丈夫ですか、大事にしてくださいよ。」と言っていたが、私はあいまいに返事をして電話を切りました。 
 そこに着替え終わった彼女が現れました。 
 彼女は私のお気に入りの薄い水色のブラウスに白のタイトスカートでした。特にブラウスはほどよく胸の部分が開いていて、形のいい前妻のバストがわずかに露になるのが私のお気に入りでしたし、タイトスカートもきれいなヒップラインがはっきり出るので私は好きでした。 
「そ、それ、懐かしいね・・・。」 
 彼女はちょっと赤くなったみたいでした。 
 私は彼女について外に出て、小さな門の内側に止めてあった赤い車の助手席に乗り込みました。車がとめてあった場所はちょうどガレージの屋根に隠れるようになって周りから見られることもないようでしたが、私はドアの隙間からするりとシートに身を滑り込ませ手早くドアを閉めました。彼女と一緒だった頃は誰はばかることなく一緒にいられたのに、今はコソコソと人目から隠れるようにしなければならないのですから、変なものです。 
 車に乗った私たちは話し合って、私たちが結婚前によくデートしていた港の公園に行くことにしました。 
「車、やっぱり赤なんだね。」車が動き出すと私は言いました。 
「あ、これ? わたしが赤がいいって言ったら、あの人がそうしてくれたの。どうせ君が一番乗るんだからって言って。」 
「やさしいんだね、いまの旦那さん。」 
「まあね、ずいぶんわたしが年下だし、好きなようにさせてくれるってとこかしら。」 
 彼女は前を向いたままかすかに微笑んだ。 
 私は少しシートを後ろに倒し、運転している前妻の横顔を見つめていた。 
「何そんなにジロシロ見てるの?久しぶりに見る元妻がそんなに珍しいの?」彼女が笑いながらそう言いました。 
 私はそれには答えず、彼女の顔を見つめ続けていましたが、「なんか綺麗になったね、君。」 
「なーに言ってるの、キモチ悪いわねえ、急に。」 
「ホントだって。」 
「もういいわよ、奥さんに怒られるわよ、元妻を口説いたりしちゃあ。」そう言ってまた笑います。 
 公園近くの駐車場に車を止めた私たちは、公園を横切り海に面した場所に向かいました。そこにはベンチがあって、私たちは海に沈む太陽と夕焼けをよくそこで眺めましたが、今日はそこは、午前の日差しで満ちていました。ウィークデーの午前中ということもあってか、人もまばらでした。 
 私たちはその中の一つのベンチに並んで腰掛けて、海を眺めました。 
「この場所が好きだったわね、二人とも。」 
「ああ、よく来たね。キスしに。」 
「あは、そうだわね。」と言って、彼女は遠くを見つめたまま微笑みました。 
「ねえ。」 
「何?」 
 彼女が遠くを見つめたまま聞き返します。 
「キスしていい?」 
 彼女が微笑んだまま顔を私に向けます。 
 私は顔を彼女に近づけ、唇を合わせると、彼女の首を軽く押さえて、長い長いキスをしました。 
「あなたにしてもらったキスの中で、今のが一番よかったわ。」 
 彼女がそう言って笑った。 
 私は彼女の手を握り、ベンチの背に体をあずけました。 
「あーあ。」私は大きな声を出して言いました。 
「どうしたの、何があーあ、なの。」 
「説明できないよ、あーあって言うしか。」 
「変な人ねえ。」彼女が笑います。 
「気持ちいい風ね。」 
 私に手を握られたまま、遠くを眺めている彼女が言いました。私たちに向かって心地よい海風が吹いていました。 
「抱いて、昔みたいに。」彼女がぽつりと言いました。 
 私は彼女の小さな肩に手をまわし、抱き寄せました。彼女の温かみが私に伝わります。彼女は、昔ここでそうしたみたいに頭を私の肩に乗せました。私は彼女の髪に顔をくっつけます。 
「あーあ。」今度は彼女が言いました。 
「何だよ、君だって言ってるじゃないか。」私がそういうと、私たちは一緒に笑いました。 

不良 
 それから私たちは、昔よく行ったイタリアン・レストランでランチを食べ、街を散歩しました。そして自然とホテル街の方に歩いて行き、どちらが誘うともなくその中の一つに入っていきました。昔私たちが使っていた頃と違って、ずいぶん垢抜けた感じがします。 
 部屋に入るまでは二人とも無言でしたが、部屋に入ると、私は彼女を強く抱きしめました。彼女も私の背中に腕をまわして応じます。しばらく抱き合ってから、やっと離れると、私はもうたまらず彼女を静かにベッドに倒し、唇を重ね、彼女の舌を求めました。そうしながら、私の手は彼女の体を確かめるようにブラウスとスカートの上を這い回りました。 
 私たちはお互いの唇を求め続けながら、お互いの服を脱がせ、そして交わりました。彼女の中の奥まで挿入し終わると、私は痺れるような幸福感の中で彼女の中の感触を味わうようにじっとしていました。 
「どうしたの?勝手が違う?」彼女が耳元で囁きました。 
「いや、すごく気持ちいい。」 
 それは本当でした。久しぶりだということもあったのかもしれません。でも、それ以上に彼女の体は「美味しく」なっていました。それから私は、頭の芯が溶けてしまいうな快感に陶酔しながら彼女の中で動き続け、何度も何度も求め続けました。 
 「中はダメよ。」と彼女が耳元で言うので、私は彼女のお腹の上に射精しました。それは、これまでに経験したことのないような激しい射精でした。 
 私が彼女のお腹にたまったザーメンを丹念にティッシュで拭って上げると、私たちはベッドの上に並んで仰向けになり肩で息をしていました。 
「わたしたち、不良だわ。」彼女が上を向いたまま笑いながら言います。 
「そうだな。」私も同意しました。 
「でも、あなたの方がもっと不良だわ。」 
「どうして?」 
「だって、あなたが家に来なければ、わたしはこうなってなかったわ。」 
「後悔してる?」 
「あの人に悪いことしたと思ってる。」 
 彼女の口から出たあの人という言葉に私の胸は疼きましたが、私も心の片隅で同じことを今の妻に感じていました。それにしても不思議なものです。彼女と一緒だったときは、セックスに何の後ろめたさものはなく、ある意味でそれは日常の一部でした。ところが、今は彼女とのセックスに罪悪感さえ感じている・・・。もちろん、それはどこか甘美な罪悪感でしたが。 
 それから私たちは、また求め合い、私は彼女の体を貫き、彼女は私の背中にに爪を立てました。さっきと違い、今の私は別の想念に突き動かされているのを感じました。今こうやって自分が抱きしめている彼女は、さっき彼女が「あの人」と呼んだ男のものであって、その男は毎夜この体を組み敷き、悦びの声を上げさせているのだ・・・。その想念は私の中に黒い嫉妬の炎を燃え上がらせ、私に彼女の体を責め立てさせました。 
 私が二度目の射精を迎えたとき、彼女は、「ほんとにあなたどうしちゃったの。こんなの初めてだわ。」と肩で息をしながら言いました。 
 それから私たちは二人一緒に、ぬるめのお湯でゆっくりとお風呂に入り、バスタブの中で何度もキスをしました。私は彼女の乳首を口に含み、しっとりしたきめの細かい肌の上を唇を滑らせながら、いいようのない安らぎを感じていました。 

 ホテルを出て、私は駅まで彼女の車で送ってもらいました。 
 車を降りるとき、私たちは軽く口づけを交わし、私が「また、会ってくれる?」と聞くと、彼女は「ダメよ。」と前を向いて言いました。 
「わかった、また連絡する。」 
「仕方のない人ね。」と彼女は笑いながら言いました。 
 私は彼女の車が去るのを見送ると、時計を見ました。まだ、会社が終わる時間には早すぎるので、書店に寄り本を何冊か買って喫茶店でしばらくそれを読んでから帰宅しました。 

嗚咽 
 それから私は一週間か二週間に一度くらい、なんとか理由を作っては会社を早退して彼女と会い、ホテルで愛し合いました。彼女の夫が出張のときは、私も出張が入ったことにして彼女の家に泊まったこともあります。そして、彼女と夫が夜の営みをするベッドで彼女を抱きました。 
 今の彼女とのセックスは、結婚していたときとは比べ物にならないほど濃密で激しいセックスで、愛し終わった後は二人とも言葉も出ないほどでした。それはまるで限られた時間の中ですべてのものを燃焼し尽くそうとするかのような、体を焼け焦がすようなセックスです。 
 結婚していた頃、私は、そんなに燃える彼女をのを見たことがありませんでしたし、彼女とて、短い時間に何度も何度も求め続ける私を驚きのまなざしで見ていました。でも、人妻となった彼女が毎夜夫に貫かれ声を上げている様子が目に浮かび、本当に異常なくらい、私はいくら彼女の体を求めても飽き足らず、私は狂ったように彼女の奥へ奥へと自分を突き立てていきました。 
 その日も偽装出張で彼女の家に泊まった私は、夫婦のベッドの上で二人とも精根尽き果てるまで交わり続け、最後の射精を迎えて、彼女の体を清めて、そのままベッドの上に仰向けになっていました。 
「俺たち、別れたの間違いだったよ。」 
「・・・。」彼女は黙ったまま私の乳首に指を這わせています。 
「なあ、そう思わないか。」私が繰り返します。 
「さあ、多分そうかもね。」彼女がひと事のように返事をしました。 
「やり直せないかな?」私は体を起こして、彼女の方を向いて言いました。 
 すると彼女の表情が険しくなり、「何をいい加減なこと言ってるの。あなたには大事な奥さんと子供がいるじゃない。彼女たちをどうするつもりなの?わたしだって、あの人がいるわ。わたしには大事な人よ、わたしを必要としてもいるわ。」 
「じゃあ、なんで俺と会ってるんだよ。俺はなんなんだよ。」 
「あなたは・・・。あなたもわたしにとって必要な人よ、今となっては。でもね、それは別のわたし。あなたとわたししか知らないわたし。あの人も知らないわたしなの。わかる?」 
「前夫が今やただの間男ってわけか。」 
「そう思いたいならそれでもいいわ。でも、わたしにとってはあなたも大事、でもあの人も大事なの。あの人を欺けないわ。」 
「もう十分欺いていると思うけどね。」私はちょっと皮肉っぽく言いました。 
「ご心配なく。わたしはこれからもずっとあの人のものだから。その事だけは欺かないわ。」 
 その言葉に打ちのめされた私は、再び彼女の上に重なり荒々しく挿入すると衝動に突き動かされるままに彼女を責め立てました。そして、いつの間にか私の頬を涙が流れ、彼女の額に落ちていました。私は彼女の頬に自分の頬をつけ、「俺にはお前が必要なんだ、お前が。だからもう一度俺のものになってくれ、お願いだよ・・・。」私は泣きながら彼女に訴えました。 
 すると彼女は私の耳元で、「大丈夫よ。私はここにこうやっているから。いつもは難しいけど、でもこうやって会えるし。あなたのことも愛してるわ。だから、あなたは彼女と子供を大事にしてあげて。」と優しく言いました。 
 私は彼女の上に重なったまま、しばらく嗚咽していました。彼女は、そんな私の背中を、まるで子供をなだめるかのように撫で続けてくれました。 

これから 
 それからも私は前妻と会い続けています。もちろん細心の注意を怠らないようにしながら。前妻も、今の妻も悲しませたくないですから。でも、今の私には前妻がどうしても必要なんです。事情を知らない人が、いや事情を知っている人だって、なんて調子のいい奴なんだと怒るかもしれませんが、どうしようもありません。 
 こんな生活がいったいいつまで続くのか私にも分かりません。彼女か私のどちらかが死ぬまで続くのかもしれません。彼女が言うように、二人のことはそれぞれの墓場まで持っていくしかないのかもしれません。でも、それも仕方がないことと思っています。 
 いったいどうして私の人生はこんなふうになってしまったんでしょうか・・・。ときどき私は考えます。でも、意外と人生ってそんなものかもしれません。それに皮肉なことですが、今みたいに深く前妻のことを愛したことは、これまでにもなかった気がします。 
 つまらない男の話を、ご静聴ありがとうございました

出典:なし
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