妹のことですが・・・ (その他) 83973回

2008/07/07 16:06┃登録者:えっちな名無しさん┃作者:1 ◆0qfSpMy/vE
6歳下に妹がいる。美有13歳。オヤジの再婚相手の娘だ。 
美有が義妹となって6回目の夏が終わった・・・ 

『美ちゃんさ、6期の道重にちょっと似てねー?』 
それを耳にするなり、大きく両手を左右に何度も振り、 
『ぜ〜んぜんだよ、どこがぁ?あの子の方が可愛すぎじゃん』 
とTVに映ってる娘を観ながら、そう答えた。 
『もしさ、チャンスがあったら、メンバーになってみたいと思う?』 
俺は言ってしまってから、微かに後悔してしまった。 
美有は一瞬だけ、顔を曇らせたが、またいつもの無邪気な笑顔に戻し、 
『頭わるいし、それだけでバツだヨ。みんなさホントは賢いんだって、 
クラスの娘に詳しい男の子が言ってた』 

再婚前までのオヤジは商売をやってた。ゴム長と手拭いが妙に似合う 
そんなオヤジだった。詳しくはわからないけどかなりの借金を残して 
事業から身を引いた。母親と離婚するきっかけもそれが原因と勝手に 
俺は思っている。 
その頃、何もかも失ったオヤジの心を支えていたらしい相手が、 
スナックを経営していた美有の母親だった。 

俺の小5の時、母親が荷物を纏めて家を出た。 
すぐ帰るからね、と言った言葉が最後になるなんて 
子供の俺がわかるはずも無かった。 
眠っているうちに家を出たらしい。涙を流して出て行っの 
だろうと信じ込むようにしてる。 
その後、一度も母親の所在を匂わすような事態は皆無だ。電話すら無い。 
ある日、突然に日常が日常でなくなる。 
その当時の俺の心境はどうだったのだろう。記憶が薄い。 
はっきり覚えている事は、俺どこかの施設に入れられるのかな、 
それだけだった。そのことが一番の不安だった。 
ただ不思議なことに、両親と離れる寂しさよりも、先生や友人達と 
いつまでも一緒にいたい、この関係だけは失いたくない。 
そんな気持ちの方が強く支配していた。 
そのことだけは、はっきりと記憶に残っている。 

中一の夏前だったか、ある晩、オヤジといつものように遅い夕食を 
食べてる時だった。 
この頃は俺もかなり料理が上達していた。もっとも俺的に上達しただけで、 
多分、不味い食い物だろうと思う。それが判断出来ない理由は、 
何を食ってもウマイ!と言ってくれるオヤジと、何を食おうと腹いっぱいに 
なれば満足といった脳天気な俺の二人しか、その料理らしき餌を 
口にしないからだ。 
『結婚してもいいか?』 
『はぁ?・・・誰がすんの?』 
『変か?嫌か?』 
『父さんのことかよ・・・ふーん、居たんだ、そういう人が』 
『ああ、あさっての日曜だけど、外で飯食わないか?一緒に』 

『別に嫌じゃないけど』 
実は俺、オヤジが誰かと早く再婚してもらいたかった。 
実の母親への思い?そんな感傷に浸ってる余裕なんかないよ、マジ。 
カッコつけるわけじゃないけど、勉強する時間がもっとほしかった。 
その時間を得られるなら、再婚は大歓迎だった。 
無責任な理由かも知れないけどね。 
もっと白状するなら、どんなバアサンでもよいのだ。優しくて、 
こずかいをくれて、料理上手なら誰でもOKだった。 


正直いえば、俺ウンザリしてた。生徒会の雑事とバスケでヨレヨレに 
なりながらのライフあたりでの週3回の買い物。 
その後の米洗いと食器洗いにギクシャクした手料理。 
さらに風呂洗いときたもんだの日々・・・ 
文句を何度言おうとしたか。 
それが言えなかったのは、オヤジが嫌いじゃなかったこと。 
それと施設送りにしなかったことが嬉しくてさ。 
でオヤジが仕事に集中できるのなら、それでもいいかなと、 
複雑な心境で納得するようにしていたが、 
やっぱメンドクセーよ!やってらんえねーよ! 
と、弱音を吐きそうだった時期のオヤジの再婚ばなしだから、 
そりゃ大歓迎に決まってるわけでさ。 


オヤジの包丁さばきに負けず劣らず、その味も最高だった。 
離婚する前までは、居酒屋を5店抱えて切り盛りしていた。 
借金がかさんで全ての店を人に売った。一戸建ての家も売り、 
今は2DKの賃貸暮らし。二人っきりだから狭いと思ったことはない。 
一戸建てに住み慣れていたから、その当時の開放感を失ったに過ぎない。 
まったく畑違いの会社に今は勤めている。 
何も言わなかったが、相当苦労しているように思えた。 
それでも10日に一度位は美味いご馳走を作ってくれた。 


特に魚料理は抜群だった。 
『いつすんの?結婚』 
『おまえしだいだな』 
『俺?おれはぜんぜん問題ないよ、つうか、そうしてもらいたいような』 
その言葉を耳にしたせいか、オヤジ、いつもよりよけいにビールを飲んで眠った。 
眠る直前に隣の蒲団からオヤジが大きな声で言った。 
『妹ができるぞ!めんどうみてくれるか?』 
『・・・お、俺に妹?めんどうだって!わかんないよ!そんなこと!!』 



俺の頭は混乱した。妹?つまり赤ちゃんか、今度の再婚相手にオヤジの 
赤ちゃんがいるってのか?女だってわかってるんなら、かなり前から 
つきあってったってことじゃないかよ。 
その夜は、そのことで頭の中が悶々として寝付けなかった。 
翌朝、それを聞いてみた。 
『とうさん、俺の妹いつ生まれるのさ?』 
『もう居るんだよ。その人の娘さんだ』 
『何歳なのさ?』 
『6歳下のはずだ。その子とはまだ2回しか会ってないけどな』 
『なあーんだ、そうゆうことか。小学1,2年だね』 
『そうゆうことって?』 
『なんでもないよ。出来たらその人と俺の弟作ってほしい。それが夢だし』 



日曜日、初対面。 
俺、朝から期待と不安で落ち着かなかった。 
この生活を変えてくれるかもしれない人と会う期待と、 
もし俺のような中学生を見て、結婚は取りやめにならないだろうか、 
という不安感、といえばいいのだろうか。 
何度かTVドラマで観たシチュエーションは、仏か伊のレストランで食事。 
待ち合わせ場所に向かう車の中で、どこのレストランに行くのか聞いてみた。 
すると、オヤジは会ってから決めるよ、と答えるだけだった。 
それは本当だった。そういう父親なのだ、昔から。 
『じゃ、どこ行くのこれから?』 
『ディズニーランドだ、嫌か?』 

『うれしいけど・・・普通に。で、どこで待ってるのさ二人は』 
『品川駅前に立ってるはずだ』 
その駅に着き、オヤジが二人を指差して俺に教えてくれた。 
『ほら、あそこに居る二人だよ。ここまで連れて来てくれないか?』 
『いいけど』 
『ちゃんと自己紹介しろよ』 
『わかってるさ』 
俺は車を降り、二人の所へと小走りで向かった。 

二人は何かを話していた。女の子は大きくそれに二度三度頷いていた。 
その子も母親から言われているのか、俺のように。 
遠くからでも判断出来たが、スナックで働いているような気配を 
僅かに感じた。最も、俺の勝手なイメージからだが。 
出て行った母親より、綺麗であることは間違いなかった。 
オヤジより5,6歳若そうな・・・たぶん、30代前半。 
女の子はしきりと辺りをキョロキョロと見回していた。 
初めて見る街が気になるのか、それとも、この俺がどんな 
”おにいちゃん”なのか、それを真っ先に見届けようとしているのか。 

二人の前で俺は立ち止まった。 
『こんにちは!!』 
二人は少し驚いたような素振りを見せ、俺の方を見た。 
母親はすぐに笑みを浮かべ 
『こんにちは、ビックリしちゃった』 
『えっ!』 
『中学1年生ってきいたから、想像してたより背が高いから』 
『うん、はい・・・あっ俺、いやボク、海野 薫です』 
横の女の子がしきりと俺を大きな黒い瞳で見つめていた。 
持っていたテディ・ベアのぬいぐるみを頬に当て、自分の顔を 
半分隠すようにして、噂の登場人物を子供なりに吟味していた。 

『かおる君のお父さんから聞いたと思うけど・・・』 
『はい、聞きました。俺、いやボクは全然OK、いや・・・問題ないですから』 
俺はちょっと緊張していた。俺の話し方態度で駄目になってしまうのでは 
ないかと。そんなぎこちない俺を女の子は、じっと見つめていた。 
すると突然、その子が母親に振り向き、 
『ママ、女の子?かおるっていったの?』 
母親はそれを聞くなり口を開け大きく笑った。きれいな歯並びだった。 
『ごめんねかおる君、この子は娘の美有です。まだ2年生です、ほら』 
と母親は女の子にお約束の自己紹介を促した。 

『・・・こんちわ・・・みうっていいます。○○区立小2年・・・』 
美有という子は俺の目を逸らさずに、そう言った。最後は聞き取れなかった。 
『うん、どうも、ヨロシク!・・・じゃ、とうさんが待ってるから』 
俺が前を歩き、二人はついてきた。 
背中に二人の視線を感じた。母親はともかく、美有ちゃんは確実に俺を 
吟味している。 
この4人が幸せを掴むため、新しい人生を始めようとしている。 
ひとりひとりの心の中は、きっと、今より良くなりたい。良くなれるなら 
一人でも波長を狂わせてはならない。 

案外、この俺の存在こそが最大のキーポイントではなかったのだろうか。 
一番反抗しやすい年齢の子供。その態度次第で、毎日の幸福感は 
決定付けられるかも知れないのだ。 
俺はオヤジの人柄は好きだし、信じてる。やっぱり俺が全てなのかも。 
俺は精一杯、未経験なお兄ちゃん役を演じてみた。 
『美有ちゃん、それカワイイね。好きなの?ぬいぐるみ』 
『うん、大好き!!ピーちゃんだヨ!』 
『そうだ!ディズニーランド行くんだってさ、オレ初めてなんだ』 
『美有も!!』 
『じゃ、おもっきし遊ぼうぜ!』 
『うん!!』 
俺は、後ろを振り返り二人をチラッと見た。二人とも笑顔を見せていた。 

『遅いって』というなり運転席のオヤジが俺の顔を見た。 
(どうだ?)といってる顔のようだった。 
だから俺、大きく無言で頷いてやった。 
美有のおかあさんを助手席に俺は座らせた。 
俺たちは後ろに座っていた方が気が楽だった。 
コンビニで飲み物やお菓子を買おうと提案したが、 
美有がすかさず、大きな声で答えた。 
『ママ、ママちょうだい!』 
そんだったのか、母親が手に持っていたバッグにはそういった物が入って 
いたわけだ。 
家庭、普通の家庭の姿。何年も感じることのなかった柔らかな空気に、 
何故か胸がくすぐったかった。 

美有はとても明るい子だった。俺は一先ず合格の烙印を押されたのかな。 
車中ではひとりで色んな歌を口ずさんでいた。 
美有もわかっているはずだ、前の二人が結婚して、運転してる人がお父さんに 
なって、そして俺が兄貴になることは。 
小さい子供なりに状況を考え、自分の役割をしっかりと理解している。 
そうすることで今より幸せになれるならと。考え過ぎかな。 
美有の純真そうな瞳と話し振りに、知らぬ間に引き込まれて行った。 
妹っていいな。そう心から思った。 
美有の年齢ぐらいが一番、女の子らしさが出ている時期なのではないかな。 
小学校高学年になったら、この純真を保っているとは言いがたい気がする。 

美有の母親は夜働いている。 
遅くとも夕方の7時には家を出るかもしれない。 
その後は、ひとりぼっちなんだ。夜は怖いだろうな。 
無邪気に話す美有こそが4人の中で一番淋しい思いをしているはずだ。 
俺たち永遠に本当の兄妹にはなれないが、一緒に暮らして良かったと 
感じさせることは出来る。 
もし、4人のささやかな夢を壊す者、それがオヤジだったら、俺は美有と 
母親の為に防波堤になってやる。 
もし、美有の母親がみんなの夢を壊す者に成り下がったとしたら、 
きっと美有が自分の幸せの為に母親と闘うに違いない。 
そうあってほしい。それ程の絆でもって、義理という関係を精神面から 
凌駕してゆかなければ、上手くいかないのだ。 
美有の横顔。子供とはいえ、意思の強そうな口元をしていた。 
二度とあんな夜には戻りたくない、そんな決意すら感じた。 

ディズニーランドではどこに行っても美有と一緒だった。 
というより俺にへばり付いて来たといってもいい。 
この年齢の女の子は手をつなぐのが好きなのか、絶対に俺の手を 
握ったまま離さなかった。 
もっとも、単に迷子になりたくなかっただけだったかも知れないが。 
非常に賢い子だった。そしてほかの女の子たちよりも可愛いのだ、性格も。 
妹のような女の子と一緒に遊ぶなんて初めてだったので、 
よけいにそう感じてしまったのかも。 
いつの間にか本当の兄貴をやっていた。俺が付いている限り安心しろ。 
何があっても俺は美有を守るし、美有の味方だ。 
そんな責任感が自然と芽生えてしまっていた。 
そんな俺の気持ちが伝わったのか、全身ではしゃぎ、俺に身を委ねていた。 
その三ヶ月後、オヤジと美有の母親は入籍した。 

海野 美有 誕生! 
入籍から一ヶ月ほど後に4人が住みやすいマンションを借り、引越しした。 
俺と美有は洋間の8畳を共有することになった。 
オヤジも馴染めなかった仕事を辞め、義母のスナックの隣に居酒屋を開業 
することになった。 
大人って色々考えているんだなと、このとき思った。 
義母は海野 美佐となった。今後は、おかあさんと呼ぶことにした。 
冗談まじりで俺が提案したのだ。オヤジはそれがいい、 
とあっさり賛成してくれた。 
俺が初めて、おかあさんと呼んでみたとき、ほんのり頬を赤くした表情が 
とっても綺麗だなと思えてならなかった。 
それを聞いた美有は口を押さえ笑いを堪えていた。 
また美有のことは、美ちゃんと呼ぶようになった。 
オヤジがいつもそう呼んでたから。 

生活は一転した。夜の仕事の関係で、両親は10時頃起きているようだ。 
だが、俺と美ちゃんが起きる頃には、朝食の準備は整っていた。 
おかあさんがその為に一度起きているのだ。俺は嬉しかった。 
いつどんな時でもお母さんはきれいな姿を見せていた。 
そんな人と一緒に生活できるだけで、幸せだった。 
夕方はお母さんよりオヤジの方が早く店に行ってったから、夕食は 
ほとんど3人で食べていた。 
4人掛けの大き目のダイニングテーブル。俺の横にはいつも美ちゃんが 
座っている。どんな時でも一緒だ。 
それを見てお母さんが言った。 
『ほんとに仲がいいね、うらやましいな』 
すると美ちゃんが答えた。 
『だって仲いいもん、美有のおにいちゃんだもん』 

引越ししてすぐの夜だった。おかあさんと美ちゃんがお風呂に 
入って居る時、俺は呼ばれた。 
『かおる君も入りなさい。背中洗って上げるから』 
俺は驚きと動揺を隠せなかった。 
『いや、いいです。マジいいです』 
『おにいいちゃんも来てよ』と美ちゃんも続く。 
冗談じゃない。おかあさんは俺がまだ子供だと思っているのか。 
下半身を見たら、ちょっとショックというか、認識の甘さを目の当たり 
にするだけだ。 
美ちゃんとだってゴメンだ。あそこなんて絶対に見られたくはない。 
ただ、俺はお母さんの裸を見てみたい気持ちはあった。 

女の人が居ない生活に入って来たお母さん。 
それも綺麗なお母さん。風呂上りのバスタオル1枚の姿は 
抑えきれない興奮と想像を鼓動が激しく高まる。 
居間でTVを観ていたおれの目の前を、そんな姿で素通りする。 
抑えきれない下半身を手で悟られぬよう押さえこむ。 
(俺、いったい何を考えてるんだ?なぜ、反応するんだ) 
あのタオルの下に隠されている乳房はどんな色?柔らかさは? 
許されるなら触れてみたい。いや、ただじっと、見つめていたい。 
しばらく、俺はそんな葛藤と闘っていた。 
何度かお母さんのイメージする裸体を浮かべては、 
密かに処理したこともあった。 



最初のクリスマスえを迎えた。 
お母さんに対する性的感情は慣れてゆくことで多少免疫が出来てきたのか、 
気持ちを切り替えることが出来るようになったと思う。 
当初はあまりにも刺激が強すぎた。 
そのような色とはまったく無縁なモノトーンのような毎日だったから。 
お風呂に関しては、さすがにお母さんと入ることは出来なかったし、 
俺が断って以来、一緒に入ろうなんてことは言わなくなった。 
やれやれと言うべきか、ちょっと残念というべきなのか。 
但し、美ちゃんとは普通に入るようになっていた。 
お風呂に入っても互いに競うようにして自分の体を洗っては、 
後は湯船で遊ぶだけ。 
もちろん俺自身はタオルで隠していた。美ちゃんがそんな俺を問う 
ことはなかった。どうしてもオープンにすることは出来なかった。 
俺の年齢の方が、性器に関してはデリケートだったと思う。 


両親の仕事の関係もあって、12月23日の夕食時に 
初めての4人だけのクリスマスパーティーをした。 
一番騒いでいたのは美ちゃんだった。女の子だから当然なのだが。 
俺だって嬉しかった。オヤジもニンマリとした顔で、 
みんなへのプレゼントをかなり奮発してくれた。 
再起を賭けてやり始めた居酒屋の客入りがオープン以来、 
連日に渡って好調らしい。 
元々固定客を数多く持っていたし、実力も備えていたオヤジだ。 
前に全ての店を譲渡せざる得なかった理由を尋ねてみたとき、 
オヤジは、全ての店に目を配られなくなったからと説明してくれたが、 
真実は別の所にあったと俺は知っている。 
それ故に、オヤジのことが好きなのかも、そんな気がする。 

俺の成績表も美ちゃんの成績表も両親に見せたし、美ちゃんのも俺は見た。 
頭の良い美ちゃんだったが、過去の生活欄には頻繁に学校を休んでいた事が 
わかった。そのことを担任は指摘していた。 
美ちゃんの担任はこう書いていた。 
(海野さんの二学期の成績は非常に素晴らしい結果でした。 
 それに一日も休まなかった事も素晴らしいと思います。 
 お母様の御結婚ということが功を奏しているのでしょうか、 
 前にも増して明るく積極的に学級委員長の役目をこなしております。) 

俺の成績といえば、一緒に暮らしていることで、 
今までに時間を割かれていた買い物や炊事をやらなくても 
よくなったせいで、勉強時間も以前より得られるようになり、 
期末テストは充分納得いくものだった。 
その評価がそのまま成績表に反映されていた。 
兄として、美ちゃんには負けられないライドもあり、 
ほっと胸を撫ぜおろせた。 

その夜の4人の笑顔が今も忘れられない。ふたつの親子が 
出会った幸福感。しっかりと脳裏に刻まれた。 
家族の絆ってなんだろうと、皆の顔を見つめながら、俺は生意気にも 
自問していた。 
家族の絆はあって当然。血が繋がっていたら尚更なのだろう。 
じゃ、俺たちの場合はどうなんだろう。親子関係は離婚しようが、 
永遠に親子だ。俺たちは絆を一本一本束ねて、太い絆にしていく 
しかこの関係を維持する術がない。 
なんのてらいもなく義母をお母さんと何度呼ぼうと、 
義妹の美有を真の妹と思い続けても、両親が別れてしまえば、 
単なる他人に過ぎない。 
急速な関係は急速に朽ちる。俺はそれが不安だった。 
だからこそ、自分の原因による問題だけは起こしたくなかった。 

多分、みんながそう思っていたのかも知れない。 
言葉にしなかっただけのことだ。 
美有には幸せになってほしいと強く思った。 
いつもみんなの気分を察し、率先して明るく振舞う姿は健気だった。 
美有の人生の全てがこの家にある。だからこそ懸命に守ろうとしている。 
明るい振る舞いの裏には、淋しかった思い出が隠されている。 
出会う前までの、休みがちだった美有がそれを感じさせてならない。 
夜は美有と二人きりだ。TVを観てる時もの横に座る。 
部屋で勉強してるときも、同じように勉強を始めた。 
ちょっとトイレが長くなっただけで、おにいちゃん!どこ?どこ?と 
騒ぎ出す始末。 




そのような美有に対し、鬱陶しく感じないでもなかった。 
だからすかさず俺は、じゃ、一人になるか?どうする?と自分に 
聞いてみるんだ。答えはあっという間に出た。 
鬱陶しくてもいいさ、と。 
どうせあと2年あまりのことだろう。子供はみんな小学校の高学年 
あたりで自立する。俺もそうだった。 
美有もやがて俺から離れて行ってしまう。わかっているさ。 
ましてや俺なんか義兄の立場だ。偉そうな事なんかを大きくなった美有に 
吐いたら、あっとゆう間に、いまの兄妹のような関係なんか醒めてしまうさ。 
あまりにも脆い関係さ。シャボン玉となんら変わりはない。 

4人の生活が始まって、2年が過ぎた。 
その間に、また引越しした。3LDKの少し古いマンションだ。 
俺はオヤジに、どうして?お金もったいないよ、といったが、 
店に近い方がいいとの返事だった。だが、お母さんに聞いてみた時は、 
俺が集中して勉強できる部屋を与えたかった、と答えた。 
引越しと同時に、俺と美有にそれぞれの部屋をくれた。 
(なんかつまんなぁ〜い、一緒の方が楽しいのになぁ) 
と、口を尖らせながら話していた美有の言葉を思い出す。 
俺、中3。美有、小4の時だ。 

美有も俺も所詮、まだまだ子供ではあるが、美有の変化には 
驚きを隠せなかった。といえば少々大げさのようだが、そう感じたのだ。 
引越しをする前の学校では、美有が本当の妹ではないことを誰もが知っていた。 
だから前の学校のクラスメートの前で美有が、俺に対し、おにいちゃんと呼ぶことに 
抵抗を感じていた。 
だが、今度の学校は違う。美有の場合もそうだが、誰ひとり、 
俺達が義兄妹だなんて知らないのだ。 
その意味でより自然に兄妹として振舞えた。 
俺と美有が初めてディズニーランドに連れて行ってもらったあの日から、 
とても仲が良かった。 
6歳年下の美有から発せられる言葉を補うに足る独特の感性を備えていた。 




俺は美有のことを普通の女の子とは違う特別な娘として見る様になっていた。 
しかしそれは、特別でもなんでもないのかも知れない。 
俺がなにもわかっちゃいないだけのことだ、と結論付けてもいいが。 
目に映る全ての行動、話し方が新鮮でならない。 
不必要に気を使う俺と大胆な美有。 
同じ一人っ子同士にしちゃ、あまりにも対照的だ。 
その気質は4年生になって顕著に現われてきた。 
そうそう、約2年近く美有と一緒に風呂に入ってきが、最近やめた。 
俺が、もう一緒しないから、と素っ裸になっている美有にバスタオルを 
渡しながら、そう告げた。 



その言葉をすぐには理解出来ないでいたようだ。 
5秒程の沈黙の後、美有なりに解釈したようだった。すると、 
淋しさを浮かべた驚きの表情へとみるみる変化した。 
俺をじっと見つめてから言った。 
『嫌われたの?、美有・・・おにいちゃんに』 
微かに膨らんだ胸が目に飛び込んだ。それを観察するかのように見てしまった。 
全身がほんのりと紅潮していた。見慣れている姿じゃないか、 
と俺は自分に言い聞かせた。 
(おにいいちゃん、変なの。いつもタオルでかくしてる、なぜ?美有かくさないよ) 
その言葉を聞いて、もう一緒には入れないな、と思った。 

実は、そのような事を美有に言ったのには理由があった。 
その一ヶ月前だった。たまたま銭湯に行ってみようよ、という話から、 
夜、二人で行ってみたんだ。 
もちろん美有も俺と男湯に入るつもりでいたし、まだ4年生の美有も 
平然と俺と入った。すると番台のオバサンが(おばあちゃんだったらOKかも) 
美有をまじまじと見て、(おじょうちゃんは何年生?) 
俺はすぐに察知した。4年生ですがダメですか?オバサンは少し考えていた。 
なんで考えてるんだ、と俺は訝った。 
4年生以上がダメなら即答できるだろうに。すぐに答えられない理由は、 
大人の勝手な判断がそうさせていると感じた。 
同じ4年生でも美有より子供っぽかったらどうなんだ? 
美有より可愛くない女の子だったらどうなんだ? 
番台のオバサンは、中の男性客の目に映る美有の裸体を想像し、 
性的対象になるかどうか判断しているのではないのか。 
『ごめんね、4年生からは入れないのよ』 
じゃ、3年生と答えたらどうだったんだろう。結局、銭湯は入らなかった。 
美有はこのとき初めて、自分の全てが子供じゃないことを 
初めて思い知らされたに違いない。 
受験も最後の追い込みに入った。2校に絞っていたが、狙いは決まっていた。 
制服がいい感じの進学校にどうしても行きたかった。 
同じ中学の1年上の先輩がそこの学校に通っていた。 
そのことを電話で話したら、夕方、アドバイスをしに部屋に遊びに来た。 
そこへ美有が入った来た。制服姿の先輩を見て、実有は何か言いたげな表情を 
見せたが、無言のまま自分の部屋に引きこもってしまった。 
先輩も一緒に夕食を食べてから、帰って行った。食事中、美有は何も言わなかった。 
おかあさんが店に行った。いつもの二人だけの夜になった。 
すると美有が怒ったような顔をして言った。 
『さっきのおねえちゃんはおにいちゃんの彼女?』 
『全然ちがうよ』 
『うそ!!うそつき!』 

希望の高校に入ることができた。美有、5年生になった。 
色んな意味で美有は大きく変わった。 
学校の成績はずば抜けて優秀らしい。いったい、いつそんなに勉強してるのかな 
と思った。隣の部屋で寝る前の1時間程度しか勉強してないはずなのに。 
結局、生まれついて脳細胞が優れている子は、勉強時間なんて関係ないのだろう。 
俺なんか、気合を入れてどうにかそこそこ納得できるレベルに達してるに過ぎない。 
美有の性格は相変わらずだった。底抜けに明るい性格は無くてはならない存在だ。 
ただ、俺と違って、同時に色んな事を考え行動してるように感じる時がある。 
他人には到底伺い知ることのできない領域かも知れない。 
俺だってわからない。ただ、そう感じるだけだ。 
それが少女の成長過程のひとつと片付けてしまえば、それまでだが。 

美有の一番の変化といえば、体つきだった。全体的に細めな体型ではあるが、 
必要な部分にはしっかりと肉が付いてきていた。 
角が取れてきた体型といえばいいのかな。 
身長はまだ140cmちょっとだった思うが、家の中に居ると、もっと大きい 
ような気がするほど、少女の存在感が増していた。 
かといって、興味は以前とあまり変わらないようだ。 
TVのアニメを俺と一緒に観て、普通に騒いでいる。アイドルにはまだ興味が 
ないらしい。 
美有の部屋でプレステをやってたときだった。 
『美有、大好きな人いるよ』 
『そう、誰?』 
『U・K』 
『ふ〜ん・・・俺もU・Kだったりして』 

その夜、めずらしく俺は美有の部屋で眠ってしまった。 
明け方近く、右腕に違和感を感じて眼が覚めた。 
消し忘れのTV画面。美有の頬が俺の腕に添えられ、 
軽い寝息を立てていた。熱い体温を感じた。 
俺も美有の昔の生活には戻りたくはない。 
こうして夜はいつも二人きり。 
この生活あと何年続くのだろう。今が一番幸せだと明確には言えないけど、 
くすぐったいようなこの気分だけは失いたくはない。 
あらためて見る美有の顔立ちの美しさに、しばし見惚れてしまった。 
美有が言ったU・K、今はどうでもいい。それに小5の告白なんて。 
それよりも望みは、この関係を失いたくないだけだ。 
美有の形のいいおでこを軽く撫で、俺は自分の部屋に戻った。 




この生活が始まって3度目の12月だった。俺的に衝撃的な事があった。 
ただ一度限りの出来事だった。もちろん起きてはならないことだが・・・ 
お母さん、34歳。オヤジ、40歳。 
普段とても仲の良い両親だったが、それでも年に3回位大ゲンカをしていた。 
大抵は互いの店の事が発端での口ゲンカだった。そんな時は決まって、俺と美有は 
どちらかの部屋に逃げ込みゲームなんかして気を紛らわせたりしてた。 
両親の大ゲンカといっても、最長2泊3日でゲームセットになる。 
仲直りをして、上機嫌でオヤジはいつものように自分の店へ行った。 
お母さんはその2時間後に店に行く。 
両親のふたつの店は日曜が定休日で、あとは正月とお盆が休みだった。 

夕食を終え、お母さんと美有が一緒にお風呂に入って上がって来たとき、 
美有がバスルームから俺を呼んでいた。 
『おにいちゃん!おにいちゃん!おかあさんが・・・』 
俺は何事かと思い、バスルームへ行ってみた。 
そこには美有だけがいた。 
『おかあさんが、どうしたの?』 
『なんかね、具合悪いみたいだよ』 
居間に行くと、お母さんが体にバスタオルを巻いたままで、ソファーに横になっていた。 
『おかあさん、だいじょうぶ?』 
俺の心配をよそに作り笑顔を浮かべ、平気だから、と答えた。 
俺は、おかあさんのおでこに触れてみた。熱かった。 
美有も心配そうにソファーの前にしゃがんでいた。 

すぐにオヤジの店に電話して、おかあさんの状態を説明した。 
休ませてあげろ、と言って手くれたオヤジの言葉が嬉しかった。 
俺は風邪だと判断して、置き薬を飲ませ、美有とふたりでベッドに連れて行き、 
おかあさんを寝かせた。 
着替えの時だけ俺は両親の部屋を出た。美有は懸命に看病していた。 
その間、宿題を済ませ、深夜12時頃に美有と交代した。 
おかあさんは静かに眠っていたが、まだまだ体は熱く、 
体温は38度を少し超えていた。額の冷やしタオルを何度も換えた。 

一度、美有の部屋を覗いてみたら、案の定、蒲団も掛けずに眠っていたから、 
起こさないようにして、毛布と蒲団を掛けた。 
その時、美有の白い両脚が眼に焼きついてしまった。形の良いスラリと伸びた 
両脚がくの字になって折り曲がり、おしりをこちらに向けていた。 
美有の体の変化は著しかった。 
なんともいえない気分に襲われそうになった。俺は美有部屋を出て、 
おかあさんのベッドへ戻った。 

おかあさんは背中を壁に向け寝ていた。部屋の蛍光灯の明かりが眩しいような 
気がしたので、ベッドの脇のシェードランプだけにした。 
いつも部屋で流すFMの番組を小さめにして音を流した。 
体温はまだ高そうだった。僅かに寝汗もかいていた。 
パジャマのバタンは上二つ外れていたが、胸元を少し開け、腕をそっと持ち上げ、 
体温計を差し入れた。乳首まで見えなかったが、その乳房の形ははっきりと 
見ることができた。下半身が烈しく反応してしまった。 
看病の思いと性的興奮に気持ちが乱れた。 

(おかあさん、俺・・・触ってみたいんだ) 
心臓が壊れそうなくらい、高鳴っていた。体温計を外さなければ。 
不純な心が指先を小刻みに震わせた。胸元へ気づかれぬように手を差し入れ、 
体温計を掴んだ。 
(なぜ俺はこんなにやましい気持ちになっているんだ) 
体温計を掴んでいない残りの小指と薬指が、その大きく膨らんだ乳房の付け根 
あたりをなぞった。指先に熱く柔らかな感触が伝わった。 
生まれて初めて、乳房に指先が触れた。 
信じられない興奮が全身にみなぎった。 
体温は38度を下回っていた。 
パジャマの3つ目のボタンに指をかけ、 
気づかれぬよう、そっと、ボタンを外してしまった。 
そのとき、おかあさんが軽く、寝返りを打った。 
パジャマがさらに乱れ、片方の乳首がむき出しになった。 
心臓が止まりそうな思いだった。 
俺は、じっと息をこらした。大きなマシュマロのような乳房と乳首に目が奪われた。 
右手が硬く膨張した下半身を握った。 
その手が少し動きだした。目は、乳房に吸い込まれたままだった。 
触りたい。許されるなら、思いっきり揉んでみたい。顔も埋めてみたい。 

この俺が、失ってはいけない家庭を壊し、消滅させてしまうかも・・・ 
今すぐこの部屋を出ていかなければ・・・ 
わかってはいる、なにもかも。 
敢えてこの衝動の罪悪を問うまでも無い。 
右手で握り締めた熱く硬いものは、左手の行動を抑制させることは出来なかった。 
息を凝らし、ゆっくりと、視線から逃れることの出来ない乳房へと向かった。 
左手が激しく震えた。 
おかあさんの体温を感じるまで接近した。 
綺麗な横顔をちらと見やったが、すぐさま、また目的の乳房に目を奪われた。


手のひらを広げ、その乳房の上にそっと乗せた。 
あたたかくそして想像以上の柔らかい感触に理性を失った。 
(おかあさん・・・ごめんね) 
五本の指では包みきれない乳房をなぞり、さすった。 
僅かに力を入れ、弾力を確かめた。 
本物の乳房を揉んだ。俺の顔がそこに吸い寄せられた。 
しだいに乳首が硬くなっていった。 
俺は、右手を自由にし、両手で起きないよう、 
気づかれぬように揉んだ。 
ふたつの乳房の間に、顔を沈め、乳首に口をつけた。 

(おかあさん、ごめんね。止められなかった) 
俺はすでにコントロールがきかなくなっていた。 
いま、おかあさんが目覚めても、止められない気がした。 
乳首を舐めた。口に含み、軽く吸ってみた。 
その時だった。 
おかあさんが、小さく何かを口にした。 
『・・・薫くん』 
『お、おかあさん!お、俺・・・』 
『さっきから、気づいてたんだけど・・・』 


『少しだけなんだけど、薫くんの気持ちわかるわ』 
俺は、驚きのあまり何も言葉に出せなかった。 
『わたしに興味があったの?それとも女の人の体?』 
『・・・体だと思う・・・いや、おかあさんは大好きだよ』 
『彼女って、いた?』 
『まだ、いない』 
『じゃ・・・まだ?』 
『まだ・・・って?』 

おかあさんは、俺の顔を見つめ、笑みを浮かべ、言った。 
『つまり、エッチのこと』 
なんて大胆なんだろうと思った。そんな言葉までおかあさんの口から 
発せられるとは思わなかった。 
『ないよ、経験ないよ』 
『早く済ませたいの?』 
何もかも見抜かれていた。ストレートな言葉にたじろいだ。 
おかあさんはこの俺の失態をうやむやにせずに、はっきりと 
処理しようとしていた。俺とおかあさんの間で、 
気まずい関係が生まないようにしようとしていた。 

情けないことだが、そんな話をおかあさんとしているときでも、硬直した 
下半身が萎えることはなかった。右手で悟られぬように隠した。 
一瞬、おかあさんの視線がそこに向いた。 
俺は目のやり場を失っていた。 
しばしおかあさんは黙って、そんな俺を包むようにして見つめていた。 
俺は的外れなことを言った。 
『風邪・・・どう?美有も一所懸命に看病してたんだ』 
『知ってる、なにもかも・・・ありがとうね』 
『ほんと、ごめんなさい』俺は心から、謝った。 

おかあさんが俺の手を軽く握った。とても熱かった。 
『あの子ね、信じられないくらい変わったのよ』 
俺は黙っていた。その時の俺とおかあさんの心境に大きなズレがあると 
思えたから、言葉を吐けなかった。 
何故なら、おかあさんの体の感触が気になって仕方がなかったからだ。 
それでも、どうしても一言だけ伝えたかったことがあった。 
『おかあさん・・・おかあさんはとっても綺麗だったから・・・俺』 
おかあさんは握った俺の手を、自ら豊かな乳房へと導いた。 
『俺、すごく幸せなんだ。おかあさんと美有に出会えて、よかった』 


『薫くんに出会う前の美有ってね・・・』 
そう言うなり、おかあさんの目が潤みだした。 
『もういいよ、おかあさん、昔のことは、今が最高なんだから、それなのに・・・』 
俺は自分の罪の意識に苛まれた。 
それを察したのか、おかあさんは俺の首をかかえ、自分の胸に誘った。 
俺は心底感動してしまった。過ちをゆるしてくれるというのか。 
俺は身を任せるようにして、柔らかな乳房に顔を沈ませた。 

俺の後頭部を優しく撫ぜる、おかあさん。 
『我慢しようとしても・・・』 
『薫くん、済ませたい?』 
『済ませたい?って』 
『経験してみたい?』 
『はい・・・すごく』 
『こんなオバサンがいいの?』 
『なにいってんだよ、オバサンだなんて、そんな』 
俺の興奮は極度に達していた。乳房にむしゃぶりついた。 
『だいすきだ・・・おかあさん』 


俺はおかあさんを強く抱きしめた。おかあさんもそれに答えてくれた。 
『薫くん・・・待って。初めての相手は私であってはいけない』 
『どうして?おかあさんでなければ嫌だ』 
『エッチまでは、してはいけない』 
俺はおかあさんの言葉が耳に入っていたのだが、聞こえない振りをした。 
究極の秘部が隠されている太ももをなぞった。 
『どうしても我慢できないなら、エッチなしで今夜だけ・・・』 
おかあさんの声の質が変わった。 
『約束は守ります。なにをしてもいいんだね?どこを触ってもいいんだね?』 
おかあさんは、それには答えなかった。 
徐々におかあさんがひとりのオンナとしての艶姿を見せ始めた。 




美しい大人の体を俺が自由に貪っている。 
ほんの一瞬、自分の下半身におかあさんの体が触れただけでも暴発しそうだった。 
病気の体に覆っていた全てのものを剥ぎ取った。 
俺の見に映るものは、一糸纏わぬおかあさんの裸体が横たわっている。 
その体を使って俺は何をしてもいい。あらゆる想像、夢をまっとうするかのごとく、 
遠慮なく自由に舐め回した。 
2本の太ももを限界まで開き、焦る気持ちを抑えつつ、未体験の陰部へと舌が這って 
いったときは、この世とは思えない感動を覚えた。 
陰部の周りを全ての指を使って色や構造を確認した。 
俺より薄い陰毛の奥に挿入部をみつけたときは、 
現実感が麻痺していたかも知れない。 
おかあさんは気持ちがいいのか、頻繁に小さく呻き声を発していた。 
大人の女性を征服した気分に酔った。 
俺の望むあらゆる姿勢に抵抗することもなく、こたえてくれた。 
AVビデオでなんども見たバックスタイルもためした。 

シェードランプの明かりがアソコに照らされるように向きを変え、 
じっくりと観賞しつつ、しつこく舌を這わせた。 
おかあさんの呻き声が激しくなった。 
『おかあさん・・・気持ちいい?』 
『か・・・薫くん・・・どうして・・・』 
『えっ?』 
『・・・気持ちいい・・・とっても、とってもいいわ』 
『ねえ、おかあさん、エッチってどういうタイミングでしたらいいのかな』 
『薫くん、そんなこと言わないで。お願い』 
『おかあさんのアソコがすごく濡れているよね、なぜ?』 
おかあさんは俺を強く抱きしめた。 


俺はなんとなくわかってきた。女性の心境が。 
そういうことか。おかあさんの欲望を弄ぶような卑猥な言葉を囁いた。 
『おかあさん、ボクの見てください』 
そそり立った陰茎をとろんとした目つきでみつめた。 
『おかあさん、これがおかあさんの濡れた所に挿入すれば、エッチなんだね』 
『・・・』 
『でも約束だからボクは挿入しないよ。裏切りたくないんだ。だって、ボクを 
信用してくれたから今夜限りのことを許してくれたのだから』 
『薫・・・くんって、もう』 
俺は激しく濡れた陰部を責め続けた。 
それに呼応する女体の反応が素晴らしくもあり、驚きでもあった。 

AVビデオの中の・・・そうだ。 
『おかあさん、お願いです。ボクのを舐めてください』 
まるで待っていたとばかりに、おかあさんは俺の硬直した陰茎を握り締め 
口に咥えた。 
『お、おかあさんってとってもエッチなんだね』 
『いや、そんなこと言わないで』 
俺は女体征服者としての余裕を取り繕うつもりでいたが、 
音を立てるようにして、吸い尽くすおかあさんの勢いに、 
あっさりと、射精してしまった。 

いったいどれほどの量が放出されたのだろう。自慰とは桁外れに違う快感に 
全身が痺れ果てた。 
『おかあさん、出して、口の中、早く棄てて!』 
するとおかあさんは俺の顔を見つめ、全て飲み込んでしまった。 
『こんなことしたらいけなかった?』 
『そ、そんな・・・すごく嬉しい、最高です、おかあさん』 

俺は果てると急激に現実に戻り、後悔と羞恥心に襲われた。 
すかさず、裸体から離れようとしたとき、 
『待って・・・薫くん、少しだけこのままでいて』 
俺は言われるままにした。 
おかあさんは俺の指を握り、濡れた陰部へと誘われた。 
『このままで・・・』 
おかあさんの指が動き出した。俺の指はその動きに同調した。 
一段と息使いが荒くなり、体を仰け反らせた。 
すごい姿だ。これがオンナの性なのか。 
風邪の体温と激しい欲情の熱のパワーに怖気そうになった。 


『いい・・・薫くん・・・あぁぁ・・・』 
強い力で俺の指を握り締めた。瞬間、全身が硬直したように思えた。 
後でわかったことだが、おかあさんは絶頂感を味わったのだ。 

『おかあさん、素晴らしかった、本当に。ありがとう』 
『もう、母親失格ね』 
『そんなことない!何いってんだよ!全てはボクのせいだから』 
『そういってくれると・・・』 
『もう、全て忘れます、約束どおり。おかあさん、体拭いてあげるね』 

熱いお湯で絞ったタオルで丁寧に全身を清拭した。 
まるで赤ちゃんのようだった。 
新しいパジャマ着せて、再度、体温を測った。 
38度5分。当然のように上昇していた。 
ミネラルウォーターと薬を飲ませた。 
しばらくおかあさんと添い寝してあげた。 
いつのまにか、軽い寝息を立て、おかあさんは深い眠りに落ちた。 
僕はそれを見届け、部屋に戻り、全ての出来事を再燃させるかのように、 
頭の中で鮮明にリプレイさせ、自慰に耽った。 

おかあさんの熱はその翌日の夕方には平熱になった。 
一応、もう一日だけ店を休んだ。 
俺とおかあさんは、またいつもの日常に戻った。 
多分、もう2度と起こり得ない過ちだ。 
少なくとも、俺はそう決意した。おかあさんもそうに違いない。 
その同次元の決意が出来たからこそ、 
互いに同じような夢を見たかのごとく、自然と振舞えたのだろう。 
そうさ、夢なんだ。二度と現実の生活で二人が口外しなければ、 
事実は、夢だったと決め付けてもいいのだ。 
そして記憶はやがて褪せてゆく。 

この年のクリスマスは、といってもいつものようにクリスマス前だったが、 
4人で初めての温泉一泊旅行に行った。 
オヤジもおかあさんもたまには口ゲンカもするが、結局は仲がいい二人だった。 
あの素晴らしい体はオヤジの所有物なんだな、と微かに思ったが、 
すぐにその雑念を振り払った。 
温泉地は群馬県内にある小さな温泉街だった。静かな町並みと感じのよい 
宿のスタッフに迎え入れてもらった。 
10畳間には必要と思われる全ての備品が備わっていた。 
歴史を感じさせる造りが素朴な高級感を漂わせていた。 
磨き込んだベランダの下は、透明感のある小川が音を立てて流れていた。 

とはいうものの、いつまでも窓を開けていては、せっかく暖まっていた部屋が 
冷気に侵食されてしまう。 
部屋には内風呂が備わっていたが、目的は離れにある露天風呂だった。 
しばし開放気分に浸っていたら、仲居さんが来て、夕食が整ったから、 
部屋に運ぶと伝えてきた。 
『へえ、部屋で食べるんだね、すごいなあ』と俺。 
『カニが食べたーい!』と美有。 
『カニはどうかな、こういった山間部でカニを望む客は最初っから、 
別の温泉地に行くだろ』とオヤジが美有に言った。 
それもそうだ。山菜のてんぷらと川魚ってとこだろうな。 
どっちも大好物だからいいけど。 

部屋に運ばれた食事は非日常的な和食三昧だった。 
『すごいなあ、豪華だなあ、ここ高くない?』 
俺はこのようなおかずを前にして、なにから手を付ければいいのか迷った。 
きのこが入った炊き込みご飯が絶妙な味だった。 
俺は全てのおかずを平らげた。 
オヤジが冷やかしで俺に勧めた日本酒、美味いと思えなかった。 
それでも、お調子3杯飲み干した。体が熱くなった。 
オヤジは上機嫌だった。 
いいなあ、家族っていいなあ。いつまでもこうしていたいと、 
心底願った。 

夕食が終わり、オヤジはビールを飲みながら、 
つまんないTVドラマを観ていた。 
それに付き合うおかあさんも楽しそうだった。 
『おい、風呂でも行ってこいよ。露天に行ってみな』 
とオヤジが言った。さらに 
『3人で行ってくればいいさ、貸切だし』 
それを聞いて俺は言った。 
『嫌だよ、美有ならともかく、おかあさんと入れるわけないだろ!』 
おかあさんと目が合った。 
『薫くんは、こんなオバサンの裸なんて見たくないって言ってるみたい』 
『たしかにな』とオヤジは大笑いした。 

『行くぞ、美有!冒険に行こう』 
俺はバスタオルと手拭いを持って部屋を出た。 
『待って!美有もいく、いく!』 
美有もタオルを持ち、家から持ってきたボディソープ、シャンプー、リンスを 
手に持った。 
スリッパが冷たかった。ほかに客がいるのだろうか。ひっそりとしていた。 
長い廊下を小走りで歩いた。格子窓の外は雪がちらついていた。 
『雪ふってるよ、美有』 
『わあい!雪だあ』 
露天風呂は宿の上に設置されていた為、景観を邪魔する建物もなく、 
爽快感に溢れていた。 

脱衣場で競うようにして服を脱ぎ捨て、露天風呂に飛び込むように 
して入った。 
『あっつい!』 
気合で一気に入った。少々熱かった為、美有も時間をかけて入ってきた。 
1年近く前に一緒に風呂に入ったきりの、美有の体を何気なく観察した。 
小さいながらも、子供とはいえない体型にメリハリがあった。 
うっすらと生えていた。たしかに生えていた。 
『おにいいちゃん、すごいね、雪が降っててお風呂だよ』 
『うん、最高だね』 
『来てよかったね』と美有。 

『むかし偉大なピュタゴラスは鍛冶屋の戸口に立って、 
  金槌がさまざまな音を立てながら、金床をたたくのを 
  聞いてるうち、その鉄の先にいつまでも震えて残る 
  いろいろな音から、あの鳴り響く針金の秘密を知って 
  七弦の竪琴を作りあげた・・・』 

俺は独り言のように、そう呟いた。 
『なんのお話?』 
『ギリシャ神話で、ピュタゴラスが竪琴を発明した話』 
『ふーん』 
『美有さ、いつから毛が生えてきたの?』 


『教えないよ、ぜったい』 
『5年生になってからじゃないかな』 
『変な話やだ・・・おいにいちゃんは?』 
『そのくらいだったから』 
『うわあ!雪がいっぱい降ってきたよ、頭が真っ白だよ』 
『すごいね、ぶるぶると寒い外でお風呂に入るなんて贅沢だな』 
『どうしてギリシャのお話したの?』 
『美有は学年でトップだろ、成績さ』 
『わかんないよ、そんなこと』 
『そんな噂聞いたよ』 

『うぬぼれないように、って言いたかった』 
『うぬぼれなんかないよ』 
『もっと美有が大きくなってからのことだよ。プライドの高い女は 
 大嫌いなんだ。前のおかあさんがそうだった』 
『ふーん』 
『それと、いつも雑草の気持ちを抱いて生きて行ってほしいんだ』 
『なんで?』 
『針金と雑草って、扱われ方が似てない?なんだ雑草かあ、と見れば 
 いつまでも美有にとっては雑草どまり』 
『うんうん』 
『雑草にももの凄い可能性と力があるってことさ』 
『美有さ、オッパイ膨らんだね』 
『すけべ!』 
『そうだよ、すけべだよ。嬉しいんだ、美有が変化してゆくことが』 
俺はあることを思い立った。そして急に立ち上がり、 
美有の前に下半身の全てを晒した。 
『どうだ美有、これが以前、美有がどうしていつもおにいちゃんだけ 
 タオルで隠すの?ずるいなあ、って言ってた物だよ』 
『うわっ!見せなくていいって』 
『じゃ、見えないように目をつぶればいいじゃないか』 
美有は目をそらしつつも見ていた。 
『見たくなければ目をつぶったらいいんだよ』 
『変だよ、おいにいちゃん。美有にいじわるしてる』 
『変なことじゃないさ。大切なことなんだ』 
『大切って?』 
『知っておいてほしいだけ』 
俺は徐々に美有に近づいた。 
『握ってごらん、ぜんぜん変なことじゃないんだ』 
『お酒飲んだから、よっぱらってんだあ』 
たしかにおかしい。今の俺は変だ。美有相手に・・・自制しよう。 
『やーめた。出て洗うぞ!』 

美有も一緒に巨大な桶のような湯船から出た。 
檜の香が漂っていた。もう隠すものはなくなった。 
だが、今度はひょっとして美有の方が見られることの羞恥を 
感じ始めるに違いない。その時期が来たら、急速に義兄妹の壁が 
厚みを増して、気持ちの距離感が拡がってゆくのだろう。 
今だけ。今だけだから、この時間を楽しみたい。 
『久しぶりだから洗ってあげるよ』 
『うん』 
俺たちは向き合った。気になるのか、チラチラと俺の下半身を見ていた。 
俺も美有の裸をじっくりと眺めた。 


気持ちよさそうに黙って俺に身を委ね、洗われている美有。 
たしかに肉付きがよくなった。腰がくびれて、腰から下が丸く膨らんでいる。 
すべすべした肌と真っ白な肌に興奮しそうだった。 
俺は懸命に抑えた。興奮の証を晒すわけにはいかない。 
『俺たちさ、出会ってよかったね、まじでさ』 
『うん』 
『オヤジとおかあさんに感謝しようね』 
『うん、いつも感謝してるよ』 
美有の大事な所は自分で洗わせた。 
『U・Kって、まだ好きなの?』 
『うん!大好き。』 

美有を後ろに向かせ背中を洗った。 
膨らんだ胸が気になってしかたなかった。 
背後から背中の脇をタオルで洗う振りをして、胸に触れてみた。 
なぜか、あっさりとそんな行動をしてしまった。 
『あっ!くすぐったいよ、もう』 
『すべった、ごめん』 
そのとき俺の陰茎に体中の血液が集中したかのように、熱くなった。 
『U・Kってさ、すけべなとこあるだろ?』 
『あったりぃ!』 
『それでも好きなんだ?』 
『すごく、大好きだもん』 

脱衣場のデジタル体重計に乗った美有は37kgだった。 
身長は俺より30cm低いから145cm。 
美有のクラスでは真ん中あたりの体格らしい。 
パステルカラーが一番似合う年頃かもしれない。 
宿のみやげコーナーを楽しそうに物色している美有。 
淡いピンクの上下のパジャマ姿は人目を惹く。 
老人夫婦の宿泊客が多いせいで、美有を見るなり、 
(あらま、可愛らしいお嬢さんね)と声をかけられる。 
美有は決まって、照れくさそうにしつつも、きれいな歯並びを見せ、 
満面の笑みで挨拶をするサービス精神は、もちろん俺には無い。 


部屋に戻ろうとしたとき、ロビーの横で赤い顔をしたオヤジが携帯で 
誰かと話していた。 
誰と話しているのかな、おかあさんは部屋でひとりなのかな。 
なんとなく気になった。美有は気付かなかったから、俺は黙っていた。 
俺は美有に声をかけてから、急ぎ足で階段を上った。 
『まってえ!おにいちゃん』と叫び、追いかけてきた。 
部屋にはおかあさんの姿はなかった。 
『お風呂にいったのかもね』と美有。 
俺は部屋にあった宿の浴衣に着替えた。 

30分くらいしておかあさんが髪を束ね、 
上気した顔色で部屋に戻ってきた。 
『お風呂?おかあさん』 
『ええ』 
『オヤジは?』 
『もうすぐ戻ると思うわ』 
『一緒じゃなかったの?』 
『一緒よ』 
俺はそれ以上詮索しなかった。 

4ヶ月後、美有は小6になったと同時に初潮も迎えた。 
俺、高2。入学以来、中学から始めたバスケにはまっている。 
そんな俺に、ついに彼女ができた。同じ学校の1年生だ。 

そして、このことが原因で・・・ 



家族の幸福感は一体、誰が判断するのだ? 
今感じている幸福感、明日には消滅していると予期する者はいない。 
幸福感とは何だ?今日限りの評価なのか。 
それとも、ただ漠然と将来へと繋がっている気がするから幸福なのか。 
見失いたくないものは、いつも楕円形のボールのように、 
予測し得ない場所へと転がる。 
大切に育てたつもりでも、己のエゴに気付くことなく、 
取り返しが付かない事態になって、やっと己の失態に嘆き苦しむ。 


美有が義妹となって4年目。おかしな話だが、俺は、美有の4,5年生 
までは義妹としての関係を楽しく維持できるだろう。 
但し、その時期が過ぎれば、あっという間に崩壊してしまうかもしれないと、 
考えていた。 
血が繋がっているとか、いないとかの問題なんかじゃない。 
ましてや、女の子は、その時期にみんな自立して変わるものだ。 
などといった理由から、そう考えていたわけでもない。 
俺が考えていたことは、出会った事の喜びが大きく深いほど、 
悲劇のプロローグもまた、息を潜めながら幸福感と同時培養されている、 
ということだ。 

俺が小学5年の頃、両親が離婚してしまったと、母が居なくなって 
初めて知ったとき、あまり好きではない母だったが、 
俺は激しい不安感を覚えた。まるで血の気が引くような気分に襲われた。 
大好きなオヤジだはあったが、俺を今までのように育ててくれるような 
安心感が伝わらなかった。 
俺は多分、棄てられる、そうに違いない。 
それほどまでに、自分の家族の崩壊が信じられなかった。 
一瞬のうちに、目の前が真っ暗になった。 
ロストファミリーといえばいいのだろうか、 
つまり、そのトラウマが残っているのかも知れないのだ。 

美有も俺も両親からケータイを持たせてもらっている。 
ほとんどメールだ。学校の友達やクラブの仲間達からのメールが多い。 
もちろん美有からも頻繁に来る。 
“いまどこ?”と“なにしてるの?”のふたつのパターンだけだ。 
そんな俺のケータイにバシバシ送ってくる新規の人物が最近現れた。 
奈々という1年下の子。練習試合に交代で休んでいたとき、背後から突然、 
(アドもらえませんか?)、と言って来た。 

奈々のことはよく知っていた。話したことは無かった。 
女子校生の標本のようなルックスと制服の着こなしを入学式の当日から 
していた。 
俺たちは、新入生の奈々を初めてみたとき、 
(でた、でたあ!いるんだよなあ、中房っときからキメキメって子がさ) 
ルックスの評価は分かれた。 
とはいうものの、こういう場合の評価は当てにならない。 
特にNOの意見なんて。 
オレ、遠慮しとくよ、とみんなの前で言ってはみるが、 
本心を隠しておくのが常套であったりする。 
敢えて、否定的評価を扇動させることで、成功の確率を高めるという小技だ。 

俺は正直いって、奈々は可愛い部類じゃないかなと思った。 
ただ、後日、その振る舞いや雰囲気をそれとなく遠めで見たり、 
いい加減そうな噂を耳にするにつけ、俺とはほとんど接点のない娘、 
といった認識を抱いた。 
それが今になって俺のアドを知りたい、だなんて、いったい何があったんだ、 
と思っても不思議じゃない。 
(なんで俺のアドなの?)と素っ頓狂な質問を思わずしてしまった。 
(たまに遊びたいと思ったから)と奈々は笑みを浮かべて答えた。 
(うれしいけど、俺あんまし遊びのスポット知らないし) 
(いいよ、それで) 
(それでいいなら、別にいいけど) 

その日から、奈々からのメールが絶え間なく送られてきた。くだらない内容だった。 
“8チャンみてみて?” 
“寝た?” 
“右目かいーよ” 
そんなメールばっかりで慣れるまでは、呆れたというか、おまえバカか? 
といいたくなる程だった。 
美有はそんな俺の鳴り続けるケータイに 
(すごいメールだね、おにいちゃんだれからなの?) 
(一応、カノジョかな) 
(・・・えっ!・・・うそ、うそ・・・おにいちゃんの?カノ・・・) 
俺は美有の顔を見た。両手で口と鼻を覆っていた。 
その両目がみるみる潤みだした。 

あっという間に、涙が溢れ出た。理由がわからなかった。 
泣きじゃくった。声を出し激しく泣いていた。 
俺はしばらく黙っているしかなかった。そして、 
『美有・・・どうした?』 
俺の言葉を完全に遮断した。美有の心の中を探りたかった。 
沈黙が続いた。 
美有の嗚咽がとまらない。背中を撫ぜてみた。 
俺の手を激しく拒絶した。 
『・・・で、出てって!!部屋から出てってぇ!!もうヤダ!・・・もうヤダ!』 
美有の部屋を出るしかなかった。 


ショックだった。心底、ショックだった。 
美有のあのような態度、初めてみた。まるで別人格が乗り移ったように。 
カノジョ、というその言葉で、それだけなのに。 
俺は部屋の明かりを暗くして、ベッドに横になり、天井を見つめた。 
その間にも、5分おきにメールが入っていた。 
ケータイを掴む気分ではなかったが、脚でそれを引き寄せた。 
液晶の照明が眩しかった。未読が15通溜まっていた。 
美有の事が気になってしかたがなかった。 
部屋に入って1時間ほど過ぎた頃、美有の部屋のドアの音がした。 
この部屋に美有がひょっこりと入って来る期待感と不安感が交錯した。 
しばらく待ってみよう。未読メールを一件ずつ眺めた。 
ほとんどが奈々からだった。 

“奈々だよん、ガッカリした?” 
“またまた、奈々だよん” 
“今度の土曜ブラブラしたいでーす” 
“今、出れない?” 
“コンビニ付き合って、といったら?” 
“死 に た い” 
“まさか、勉強中?なわけないね” 
“さ よ な ら” 
死にたい?だって・・・死にたい・・・いたず・・・!! 
“なんでか眠くないよう” 
“おにいちゃんのバカ!!バカ!!” 

美有、美有だ!俺はベッドから飛び出した。美有の部屋を勢いよく開けた。 

蛍光灯の冷たい光だけが目に入った。呆然とするあまり、 
次の行動に移れなかった。美有の匂いだけが部屋に残っていた。 
下の居間にいる。きっといる。 
トイレかも知れない。慌てるな・・・慌てるな・・・落ち着け! 
なにも起こっちゃいないさ。そうさ、きっとそうに違いない。 
心臓がものすごい速さで胸を打つ。息苦しい。 
か細い声が俺の体のどこかから絞り出された。 
『・・・み・・・う・・・』 
大きな声を出せ!俺は自分を襲った強い不安感と闘っていた。 
『美有・・・どこ?・・・答えろ!だからどこにいるんだよ!美有!』 
階段を転げ落ちるようにして階下に下りた。 
全てのドアに飛びかかるようにして掴み開け放った。 

俺が家を飛び出した時間は1時を回っていた。 
走るしかなかった。真冬の冷たい風がTシャツ1枚の俺の肌を刺した。 
美有のことわかっているつもりでいた。 
結局、なんにも知っちゃいなかった。 
カノジョのこと、あんなに気楽に話すべきじゃなかった。 
4人の生活が遠のいてゆくようだ。 
たったひとりが欠けても駄目なんだ。 
特に美有。俺が居なくなっても、おまえが欠けてはならない。 
美有の存在は、みんなを幸せにしてくれるから。 
一向に電話は鳴らない。走りながらもメールを確認した。 
脳天気な奈々のメールが最後だった。 

オヤジに連絡すべきだろう。おかあさんにも、当然だ。 
わかってはいた。だが、いい訳に聞こえるが、 
連絡するタイミングを逃した。 
俺の手で解決させる、その思い込みがあまりにも強すぎた。 
“ 死 に た い ” 
“ さ よ な ら ” 
美有の苦悩が頭の中で何度も何度も軋むような音をたてスライドした。 
思いつく場所は探しつくした。最悪の結果が待ってるというのか。 
3時だった。ガードレールにもたれ、そのまましゃがみ込んでしまった。 

いつも笑顔を絶やさない無邪気なヤツ。 
絶対に人の悪口を吐かないで、いつも肯定的で前向きなヤツ。 
変なことで失敗ばっかりしてるヤツ。 
写真を撮れば、いつも満面の笑みでレンズに向き合えるヤツ。 
そんなヤツの涙って、何故か放っておけない。 
何年たっても忘れられないヤツ・・・ 
人はみな、そんなヤツと出会いたいのだ。 
人はみな、そんなヤツになれたらなりたいのだ。 
年の差はあるが、美有はそんなヤツなんだ。 
絶対に失ってはならない。絶対に・・・ 

もう両親は家に帰っているはずだ。判断に苦しんだ。 
4時少し前だった。 
握り絞めたケータイが鳴った。美有専用の音だった。 
『美有!どこだ!』 
『おにいちゃん・・・ごめんなさい・・・痛いよう』 
『どこにいる?すぐ行く!』 
『ごめんね、ごめんね・・・みう・・・』 
居場所を話しているうちに、美有は泣きじゃくってしまった。 
俺は、そこに向かって走った。 

俺の身体能力の限界を無視して走った。1秒でも早くといった焦燥感と 
緊迫感が背中を押し付ける。 
家に電話した。おかあさんが出た。俺は嘘をついた。 
(美ちゃんも俺も眠れなかったから、コンビニ行って、公園で遊んでた) 
どうしてまたこんな時間に、と怒られた。当然だ。 
オヤジはまだ帰宅していなかった。 
両親が持たせてくれたケータイ。俺たちは最後まで、約束を守った。 
オヤジが言った。 
(緊急の時以外、ケータイは使うな。働くようになったら、自由に使え)と。 
メールだけが自由だった。 
誰がみても緊急だった。一大事だったはず。 
なのに、俺も美有も親の約束を忘れなかった・・・何故だ? 

走っても、走っても、美有の側には永遠にたどり着けない気がした。 
あそこの角を左に曲がれば美有がいるはず。 
でも、曲がっても、曲がってもそこには美有はいない、そんな事がばかり 
頭の中を去来した。 
夢の中で、食べても、食べても空腹感が満たされず、食べるほどに体力が 
失われて、やがて餓死する自分。 
遠い昔の夜だったか、つい最近の夜だったか、そんな夢を見たのを思い出した。 
民家が密集している路地に入った。 
街灯の少ない袋小路。 
(ここ大好きだったのになあ、ねっ、おにいちゃん) 
ちょうど2年前、俺と美有はそこで、ガッカリした思いで、 
白い貼り紙を見つめた。 

とても優しい老夫婦が営んでいた駄菓子屋さんがそこにはあった。 
(本日をもって閉店となりました。長い間、誠にありがとう御座いました) 
美有と俺が初めて見つけた思い出の場所が、消えた。 
首を少し傾げ、手のひらをほっぺたに添えて、しばらく黙って貼り紙を 
見つめていた美有。握り締めた小銭。 
(なくなっちゃったの?)と質問してきた。 
(ばあちゃんの店もうやらないみたいだよ) 
(どうしていつも美有の大切なものばかり消えちゃうの?) 
いま、その駄菓子屋は跡形もなく、5階建てのマンションを建築中だった。 
その乱雑に置かれた資材にもたれている、美有の体を見つけた。 

『美有・・・!!』 
長い角材が美有の右足に絡んでいた。 
海老のように体を丸め、体を震わせていた。 
状況を把握出来なかった。美有の頭をそっと持ち上げた。 
『美有!・・・美有!・・・俺だよ、来たよ』 
おでこの上から流れ出ているのは血なのか。冷たく震える体を抱きしめた。 
死んでいるのか、まさか。なぜこんなことになったんだ?何が起きたんだ? 
一番失いたくない美有が・・・俺のせいだ。 
ぬいぐるみのピーちゃんを何故か抱いていた。 
もうすっかりボロボロのピーちゃんだった。さらに傷だらけになっていた。 
美有を抱きしめたまま俺は、次にとるべき行動を見出せないでいた。 
家に電話をした。おかあさんがすぐに出た。少し声が荒かった。 

『薫くん、いったいどこにいるの?早く帰りなさい』 
『おかあさん・・・ごめんなさい、俺が悪いんだ、俺のせいだ』 
『なにがあったの!』 
『美ちゃんをケガさせた・・・俺のせいだ、どうしよう、オヤジ、オヤジは?』 
おかあさんはすぐにここに来るというなり、電話が切られた。 
(オヤジがまだ帰っていない?なぜなんだ) 
美有の体が少しだけ動いた。 
『・・・おにいちゃん・・・』 
『おい、美有!』 
『やだよ・・・いなくなっちゃうよ、おにいちゃん遠くにいっちゃうよ・・・』 
『ここにいるよ、美有・・・ごめん、本当にごめん』 
『痛いよう・・・おにいちゃん、やだ!やだ!おにいちゃん消えちゃう・・・』 


美有の頬に俺の頬を重ねた。ひんやりとした頬に、俺のありったけの感情が 
溢れ出し、その頬をさらに濡らした。 
『・・・俺は・・・消えない・・・美有が離れるまで・・・消えない』 
『おにい・・・』美有はそういうなり、また静かに瞼を閉じた。 
美有の傷だらけの手は、俺の腕を握ったまま離さなかった。 

おかあさんが来て、すぐに救急車を呼んだ。 
サイレンは鳴らさないで到着したが、おどろおどろしい赤色灯の威圧感が、 
重大な状況の最中にあると痛感させられた。 

救急車には、おかあさんが先に乗り込んだ。俺も半ば強引に乗せてもらった。 
サイレンが鳴り響いた。 
懸命に救急隊員が、美有の状態を聞いていた。美有は答えられないでいた。 
痛い痛いと、か細い声で訴えていた。 
血圧が低下していた。骨折と恐怖感による低下と推測していた。 
どうしてこうなったのかと、俺に尋ねた。無言でいるしかなかった。 
美有とおかあさんに申し訳ない気持ちで胸がつまった。 
まともに呼吸ができないほどの後悔に打ちのめされた。 
受け入れの救急病院がすぐに確保できた。隣の区ではあったが、 
それでも良かった。 
もっと速度をあげろ!と心の中で毒づいた。 
おかあさんは、俺を責めることなく、大丈夫だからね、 
と何度も美有に話しかけていた。 

美有を受け入れてくれた病院は私立の医大で特定機能病院だった。 
ICUに2日間入った。 
下腿骨骨折、左肋骨骨折(肺への損傷は認められない) 
頭部及び上腕部打撲、手首裂傷 
最低一ヶ月間の入院になります。と若い担当医が穏やかな口調で説明してくれた。 
美有は小児病棟に移った。 
ICUから担架に寝かされて3Fの病棟に移るとき、美有は目を開けていた。 
俺とおかあさんとオヤジの3人で、その姿を見守った。 
オヤジが病院に来たのは、事故の翌日だった。それまでケータイも 
繋がらないような所に居たようだ。この頃のオヤジは少し変だった。 
病院で俺を見るなり、薫!なにやってるんだ!と怒鳴ってきた。 
俺も生まれて初めて言い返した。どこ行ってたんだよ!と。 

担架に乗った美有の首から下は骨折で固定された左下肢しか見えなかった。 
顔は、頭から包帯で目と鼻と口以外は覆われていた。 
毛布の中の右腕から、点滴のチューブが伸び、看護婦さんが支えていた移動式の 
点滴吊り下げ器に繋がっていた。2種類の点滴がぶら下がっていた。 
虚ろな表情の美有と目が合った。俺に向かって毛布から左手が出てきた。 
『・・・おにいちゃん・・・』辛うじて聞き取れた。 
『美有・・・』そう言って、美有の左小指に触れた。 
『ずっと・・・ずっとだよ・・・ずっと一緒なんだよ』 
『美有、そうだ、ずっと俺たち一緒だよ、なにがあってもね』 
エレベーターに乗り込む美有の視線は俺から離れなかった。 
俺はそのまま学校へ行った。 

1ヶ月の入院か。美有の中学の受験間に合うかな。 
俺は授業もそっちのけで、ケータイを弄んでいた。 
美有の第1希望はこの学校だった。下の付属中を狙っていた。 
俺が通っているのが一番の理由だ。それと制服だった。 
あの制服着てみたいなあ、と美有は憧れを抱いていた。 
偏差値的にも内申評価も問題はないと思うが、この事故は、 
大きなハンディキャップであることは間違いなかった。 
それにもし合格したら入学時に高額の費用がかかる。 
俺の時だって、両親が頑張ってくれたから入れた。 
バイトか・・・ 
相変わらずの奈々のメール、少々ウザく感じてきた。 

放課後、奈々と待ち合わせた。 
『会う予定だったっけ、今日?』 
『予定で行動するタイプなのか?』 
『でもないけど、急だったから・・・それともやりたくなったとか』 
『そういう人種?』 
『間に受けないの』と奈々が健康そうな笑顔をみせ、俺の背中をつついた。 
『公園で散歩ってどう?』と俺。 
『さんぽっ!ジジくさくない?』 
『嫌なら・・・』 
『じゃ、行くよ、代々木とか?』 
『いや、どっか適当な町内の公園かな』 

『妹だけど入院した、つうか妹いるって知ってたっけ』 
『美有ちゃんでしょ・・・うそ!いつ?』 
奈々はブランコに腰を下した。俺はブランコを囲っている白いガードに 
座った。 
『名前まで言ったっけ?顔は知らないだろ』 
『一度メールで、見たことあるわけないじゃん』 
『俺と話して楽しい?』 
『わかんないけど・・・』 
『けど?』 
『バスケやってる薫先輩はイケてるから・・・美有ちゃん、どうしたの?』 
『ただのケガだよ』 
『心配でないの?』 
『奈々に言われたくないな』 
『それって、きついよ』と言うなり、口を尖らせた。 

俺はブランコに揺れてる奈々の体を引き寄せ静止させた。 
『キスしとかない?』 
『・・・マジ?なんで、まだカレカノって決めてなかったよ』 
『じゃ、彼女だから、奈々は?カレいたっけ』 
それに答えなかった。 
ぷっくりとした唇が魅力的に見えた。 
両腕で奈々の体を立たせ、その唇を奪った。 
ムードなんかどうでもよかった。 
かなり強引で長いキスだった。 
抵抗されることはなかった。 
『スキって1回くらい言って・・・』 
『なら・・・スキだし』 


おかあさんから聞いたことだけど、美有が病院に入った翌朝、 
生活安全課の婦警さんと男の警察官が来て、おかあさんに質問して行ったという。 
俺は事の経緯をおかあさんに説明していたから、その内容を話したという。 
息子の話を聞きますか?と言ったら、その必要はないでしょう、と最後に話して 
帰ったらしい。 
一応、事件性の有無を確認しに来たのだろう。 
病院が連絡したのかな、それとも救急隊員が警察へ連絡したのだろうか。 
美有と事故現場で一緒に居た者がなかった、及び事故後の美有の精神的状態から、 
第三者から被った要素はあまりにも希薄であり、ほぼ、事故と断定したようだ。 
その内、どうして大怪我をしてしまったか、話してくれるだろう。 
俺としては、建築中の建物の2階か3階に衝動的に昇ってしまって、落ちてしまった、 
と思っている。 

美有の入院2日目に、俺は退部届を提出した。 
理由は、来年の受験に専念したいから、とだけ伝えた。 
俺のポジションは他にもいた。後輩だったが、そいつの方が試合運びもテクも 
あった。バスケの事なんかもうどうでもよかった。 
毎日見舞いに行かなくては気が済まなかった。 

小児病棟307号室。4人部屋だった。美有は窓際だったが、見晴らしがいいと 
いえるほどでもなかった。 
ただ、そこには病室とは思えないくらい、穏やかで、柔らかな空気が漂っていた。 
壁の色も、仕切りカーテンも、窓のカーテンも優しい色調を取り入れており、 
一般病棟とは世界が違っていた。 
4,5歳の子供と、美有と同年齢のような女の子が一緒だった。 
それぞれ真新しいぬいぐるみが何体もベッドの回りを賑わせていた。華やかな切花も 
あちこちで飾られ、なんともメルヘンというか、ファンタジーといえばいいのか、 
慣れるまでは、どことなく居心地が悪かった。 
しかし、美有のベッドの回りだけが、病室、であることを主張していた。 
そのときの美有は、痛々しい姿で、眠っていた。 

翌日の見舞いには、事故で汚れて、短い足がとれそうなピーちゃんを浴室で洗い、 
悪戦苦闘しながら足も縫い付けた。 
それはまるで、不器用な外科医が施した手術跡のようだった。 
以前、新しいやつを買ってやるよ、と美有に話したとき、 
(いらない!ずっとピーちゃんと一緒だったから、ピーちゃんがいいの!) 
花屋に寄って、スイートピーを1本だけ買った。それと家にあった一輪挿しを 
その店でラッピングしてもらい、リボンを付けて貰った。 
病院に行ったら、帰り支度をしていたおかあさんが、美有の担任の先生と 
クラスメートが大勢見舞いに来てくれたのよ、と教えてくれた。 
そのせいで、回りに負けないくらいに華やかになっていて、病室でなくなって 
いた。なんだかそれがすごく嬉しかった。 

俺の見舞い時間は決まっていた。夕方5時から7時までだった。6時になったら 
おかあさんは家に帰り、仕事に行く準備をする。 
どんな用事があっても、5時ちょうどに美有の前に現れてやる、と決意していた。 
余計な淋しさを感じさせたくなかっただけのことだが、いや、違う。 
本当は、俺が会いたくてしかたなかったのだ。 

ピーちゃんと対面出来た時の美有の大きな瞳はキラキラと輝いた。 
おそらく心の中は、溢れんばかりの感動に沸きかえっていたに違いない。 
言葉は出そうと思ったら問題なく出せる。しかし、大怪我をしてしまった思いと、 
初めての自覚症状で萎縮してしまい、あまり声を出さないほうが早く治る、 
と信じていたのかも知れない。 
最も、少々甘えも混ざっていたような。 
そのせいで俺が質問して、それに小さく頷くような会話を2日間も繰り返したのだ。 

『どう?この花、可愛いと思わない?』 
といって俺は1本のスイートピーを美有に見せた。 
目を細め、2度3度と頷いた。 
『別にさ、小遣いが足りなくて1本にしたんじゃないぞ、この1本をいつも 
 見ていてほしいなって思った・・・たいくつな時や、心細くなったときに、 
この花を見てみなよ。きっと、笑ってくれたり、元気をくれたりするかもよ』 

美有は10秒くらいその花をじっとみつめ、そして自由な片方の手で毛布を掴み、 
ゆっくりとそれを目の上まで引き上げ、顔を覆ってしまった。 
俺はその小さな手を両手でいたわるようにして包みこんだ。 
美有はすぐさま、小刻みに震えながらも、しっかりと握り返してきた。 



美有の入院から10日目のことだった。 
授業中に珍しくオヤジからメールが入った。 
“今日、美ちゃんの所へ行く前に店に寄るように。 
 話したいことがあるから“ 
俺は絵文字を一個貼り付けて、OK、と返事をした。 
オヤジもまた毎日のように、昼頃に見舞いに行ってくれていた。 
当たり前のことだ。誰が欠けても成立しない家族なのだから。 
俺達のような家族は、一度亀裂が生じたら修復不可能と思ってもいい。 

実の兄妹は選択の余地はない。だが、俺と美有の関係は、兄妹として 
認め会えるか否か、ただそれだけだ、維持させる手段なんて。 
つまり、いつでも相手を選べる自由がある。いつでも棄てられる立場にある。 
法の救済も兄妹としては一切ない。 
義兄妹は、親が離縁したと同時に、互いの思いとは無関係に、 
赤の他人となってしまう。 
例えば、実兄妹の両親が離婚後に、離れ離れになった兄妹のどちらかが 
執拗に会おうとして付きまとったとして、それをストーカー犯罪として 
立件できる警官は、果たして存在するだろうか。俺の場合は逮捕されるのだ。 
あと10分で今日の授業は終わる。 
俺がバスケをやめたと知って、奈々は去って行くと思った。 
何故なら、その時々の気分、興味のみでカレを代えてゆくタイプと見ていたからだ。 
バスケというアクセサリーを失った俺は、その興味の対象外となった。 
しかし、その時までまだ数日あるのか、いつものように、俺の授業が終わるまで、 
この教室の前に立っている。 
(海野と何発やったの?)(今度、オレもお願いしますよう) 
などとクラスのやつらに茶化されても、待っていた。 
メロディーが鳴り、用事の無い者は競うようにして教室を飛び出した。 
『帰ろうよ』と奈々が近寄ってきて、言った。 

『悪い、急に用ができたんだ』 
『どこ?』 
『オヤジの店に行くから』 
『うそ!お店やってんだあ、行ってみたーい!』 
一緒に行くなんてまったく考えてなかっただけに、断る理由がすぐに 
思い浮かばなかった。 
『おまえって・・・それよかそのスカートさ・・・まっ、いいか』 

最後にオヤジの店に顔を出したのは3ヶ月前だった。 
開店前でも、繁盛している店の雰囲気が感じられた。 
『どうする、入る?ここで待ってる?』 
『また私待たされ役なの?』と言って口を尖らせた。 
『教室のか?俺呼んでねーよ。じゃ、入れば』 
ドアを開けたら奥の調理場だけ明かりが点いていた。 
そこでオヤジが何かの仕込をしていた。ドアの開く音に気付いて、 
俺と奈々の方を見た。奈々が居たせいだろうか、 
少々驚いた表情を浮かべたが、すぐに柔和な笑顔を見せ、 
近づいて来た。 

『おやおや、彼女を連れて来るとは、それなら前もって言ってくれよな』 
オヤジは頭に巻いたタオルを取った。 
『彼女?俺の?どうかな、彼女のカレなのかな・・・まだハッキリしてないような』 
奈々はそんな俺の態度に対し、俯いたまま黙っていた。 
オヤジは奈々にジュースを渡し、奈々だけ少し離れたカウンターに座らせた。 
『傷つくだろ、あんな言い方は、かわいそうに』オヤジはそう小声で言った。 
『まだ、不確かなんだ』 
『誰だって不確かだよ。だからこそ、言葉と態度で気持ちを伝え続けるんだ』 
『ふーん・・・で、話って』 

オヤジは奈々の方をチラッ見やってから 
『良さそうな娘さんじゃないか』 
『・・・かな』 
『おとうさんの昔からの知り合いが大阪にに新しい店を出すんだ、 
 このことはおかあさんにはとっくに話してる』 
『うん・・・うまく言ってるの?おかあさんと』 
『もちろん』 
『そう、なら安心したよ。離婚だけは認めないからさ』 
『これっぽっちも考えたこと無いな。その店の立ち上げから2年間の期限付きで 
 全て任されることになってね、条件もいいし・・・どうだろ?』 

俺は嬉しかった。 
『もう一花咲かせてみたいんだ。大阪は食文化の街だし、厳しいと思うが』 
『正直、俺さ疑っていたんだよ』 
『言ったら2ヶ月に1回しか帰れ・・・薫!聞いてるか?何を疑う?』 
『聞いてるさ、もう疑いは無いよ』 
オヤジは次々と俺たちの将来のことや、過去の失敗からの教訓をも話してくれた。 
『俺、応援するよ、家のことは任せてよ、ところでいつ行くの?』 


『まず、なによりも美ちゃんが元気に退院すること。それと中学が決まったらだ』 
『じゃ、春?』 
『その頃だね。そうそう美ちゃん受験の準備は済ませたから』 
『ありがとう』 
『ほんとに薫のとこの中学だけでいいのか?』 
『それしか行きたくないみたいだよ。問題はそれまでの勉強だよね』 
『病室でもできるさ』と言った後で奈々に声を掛けた。 
『お腹すいてないかな?美味いもの作るけど』 
『じゃ、俺の好きなお好み焼きが食いたい、なっ、奈々?』 
奈々は笑いをこらえながら頷いていた。 
『奈々ちゃんか、変なとこあるけど、薫のことよろしくね』 
調理場に向かうオヤジの背中に対して 
『どうかな、玉入れやってる俺に近づいてきただけの関係だし』 
その俺の言葉は耳に届かなかったようだった。 
『もう!そればっかだし』 
俺は奈々に睨まれてしまった。 

満足した気分で二人とも店を出た。 
『いいなあ、薫くんのおとうさんって』 
『くん付けかよ!』 
『夢も失敗も子供に話せるなんて・・・うちの親なんか、いいとこしか 
 見せようとしないし、綺麗事ばっか。それが妙に余裕の無さを感じ 
 ちゃって、苛つくよ。あんた達は全知全能かよって言いたくなる』 
『へーえ、そうか』といいつつも俺は、奈々のスタイルを観察していた。 
『ほんとに賢い人って、自分の失敗談を晒して、どうそのミスをクリア 
 してきたかを説明できる人だと思うけど、思わない?』 
『結構、考えてんだ』 
初めてのオンナか。 
少なくとも、最初に抱いた奈々のイメージは少し無くなった。 
棄てる価値はありそうだった。 
『明日、棄ててみるか・・・いや、トライだな』 
『えっ!なんの事?』 
『明日さ、昼で学校抜けてさ、映画観に行かないか?』 
『抜けるのは余裕だけど、どんな映画?』 
『決めてないけどね』 
もう一度、奈々の体を舐めるようにして眺めた。 
妄想に耽った。激しい欲情の血が体中を熱くした。 
股間からドロッとした液体が滲み出ていることに気付いた。 
あの一夜限りのおかあさんの生々しい肉体が鮮やかに蘇った。 
この間、ブランコで半ば強引にキスしてもとりたてて感じるものは 
なかったのに。いったいどうしたっていうのだ。 
奈々のイメージが違っていた事を知った瞬間に血が騒いだ。 

奈々とは4時30分に駅前で別れて、急いで美有の病院へと走った。 

病室に入ったら、美有は顔を隠すようにして教科書を見ていた。 
しかし、俺の気配を感じたのか、その本を急いで横に置き、こちらを見るなり 
愛嬌たっぷりの笑顔で舌を出した。おかあさんもいた。 
美有の隣の女の子は、真樹という名前だった。 
モーニング娘を脱退した後藤真希と同じ名前で、漢字だけが違っていた。 
その子の横にも母親が座っていた。 
この病室の匂い、雰囲気は、最初の2、3日は馴染めなかったが、 
今はここに来るのが楽しみでならなかった。 
日増しに元気を取り戻してゆく美有の姿が、なによりも楽しみでならない。 

真樹と目が合った。真樹とは何度も会話していたので、軽く会釈 
したら、ピースサインで応えてくれた。 
美有よりひとつ年上の中学1年だった。美有は可愛い部類だが、真樹は 
美形といっても良いくらいの気品ある美少女だった。 
特徴は声質にあった。耳障りの良いトーンと、透明感ある響きに、 
思わず引き込まれそうになるくらいだ。 
ただひとつ気になることがあった。真樹の病気に関する情報が一切、 
わからないのだ。詮索趣味を持っているわけではないが、 
下世話といわれようが、やはり美しい少女の病名は知りたいものだ。 

おかあさんが一度、そのことを聞いたらしいが、真樹は、 
(よくわかんない病気なんだって)と答えたという。 
おかあさんも真樹の母親と談話室で話していたとき、それとなく聞いてみたら 
やはり、真樹と同じ返事をしたらしい。 
地方の小都市の病院から紹介状を携えてこの病院に転院してきて、 
もうすぐ2ヶ月になるらしい。 
美有と真樹は姉妹のように仲良くなっていた。まだ身動きのとれない美有の 
世話をしてくれているみたいだった。 
驚いたのは、その3年後だった。 
真樹がTVのうた番組に登場し、アイドルグループの一員として 
歌い踊っている姿で出会うなんて。まさに歓喜の衝撃だった。 
あの出来事があったから・・・よけいに嬉しくてならない。 

ちょうど夕食が運ばれるころにおかあさんは家に帰り、仕事に行く。 
おかあさんが居るときは自分でご飯たべてるらしいが、なぜか俺しか 
居ないときは、(まだたべられないの・・・)とか言って健気な表情で 
訴えるから、食べさせてやってる。 
それを見て真樹はいつも笑いを堪えながら食事をしている。 
『お兄ちゃん、もし、受験までにひとりで歩けなかったら失格なの?』 
『そんなことはないさ。松葉杖でも車椅子でも自力で受験できれば問題ないよ』 
『だいじょうぶかなあ』 
『うん、たしかに俺みたいに高校から入るやつより、中学入試の方が 
 受験生の質が高いみたいなんだ。つまり合格圏内の生徒ばかりが受験するからね。 
でも、美有なら合格できるよ、絶対にさ』 

俺がこの病室に入る前は必ずケータイの電源をOFFにしている。 
相変わらず頻繁にメールが奈々から入ってくるから、美有の前では 
ブロックしておく必要があった。 
大怪我をしてしまったのも、俺が何気なく発してしまった、カノジョに 
対し、美有の心の中はわからないが、過剰に反応してしまったわけだし。 
7時近くになると決まって手をつながされる。 
『美有ちゃんって、甘えん坊さんだったんだあ』 
真樹はそういっていつも冷やかす。 
『真樹ちゃんも手をつなぎたい?おにいちゃんと・・・やっぱり、ダメ!』 
病室を出るとき、真樹にもおやすみの挨拶をした。 
美有に負けないくらいの、いやそれ以上の瞳の輝きと、憂いを帯びた横顔に、 
正直、ちょっとドキッとしてしまった。 

その夜、珍しく俺は遅くまで勉強してしまった。 
何かに集中したかった。勉強でなくてもよかった。たまたま好きな英語が 
一番集中できたに過ぎなかっただけのこと。 
おかあさんが帰宅し、シャワーに入っているとき、オヤジも帰ってきた。 
しばらくしてオヤジが俺の部屋に入ってきた。 
『大学には進むだろ?』 
『絞ってないけど、外大とか考えてるけど・・・なんともいえないけどね』 
オヤジが持ってきたバッグから中身を取り出し始めた。 

それはオヤジの昔からの趣味だった。DOMKEのバッグにVelbonの三脚が 
目の前に置かれた。バッグには何が入っているかほぼわかっていた。 
ローライとペンタックス、それにそのレンズ数本が納まっているはずだ。 
『デジタルならよかったんだろうけど、まあ使ってくれ』 
前に商売で失敗したときも絶対に手放さなかった物だった。 
ただ、この3年あまりこのカメラを手にするオヤジは記憶がなかった。 
『どうしてさ?』 
『あっちに引っ越したらもう使うこともなさそうだし、薫に使ってもらおうと 
 思ってね』 
『ふーん、もう準備してるんだ?荷物とか』 
『ぼちぼちだけどな』 
なんだか妙な間を感じた。それを振り払うように俺は言った。 
『大事に使うよ・・・ひょっとして趣味になったりして』 

翌日、俺と奈々は昼休みで早退した。奈々は渋谷あたりの映画館に行く 
ものと思っていたようだった。 
だが、俺は上野を選んだ。別に上野でなくたってよかった。 
馴染んだ渋谷を避けたかっただけのことだ。 
儀式、他愛無いことといえばそれまでのこと。達成できるかどうかは 
わからない。俺なりのこだわりでもって、棄てたい。 
あっさりと、棄てたい。さっさと次のステージを体感したい。 
それだけだ。奈々を好きかどうか問われたら、好きと答える。 
ただし、どれほど好きなのかがわからない。 

アメ横の裏通りのファーストフード店に入って、昼食を摂った。 
俺と奈々は向き合って座った。 
『なに観るの?』と奈々。 
『決めてないけど、ロードショーは遠慮したいな』 
『なにあったっけ』 
『名画座みたいなの上野にあるよね、少々古びた造りでさ、人気もないような』 
『なにそれ?』 
俺は奈々の両膝に自分の膝を当て、その間に割り込んだ。僅かに開いた膝を 
さらに膝で広げた。抵抗はまだなかった。 
『つまり映画の館に潜りたいってわけ』と俺は答えた。 
『おもしろいような、つまんないような』 
奈々の顔を見つめた。左右にその視線が泳いだ。その視線を追った。 
そして、視線を捕らえた。『キスしたい・・・すごく』 

捕らえた視線がテーブルに落ちた。 
『奈々のこと好きだから、キスしたい』 
『・・・うん』 
『ここでだ』 
『うそ、やだ』 
『する』俺は腰を浮かせ奈々の唇に顔を近づけて、キスをした。 
3秒、4秒、5秒 
奈々の唇が逃げた。 
『見られてるって』 
俺は、もう一度、キスをした。15秒。長く世間に見せ付けた。 
『やばいよ、見られたよ』 
『平気、平気、だって、ここ上野じゃん』 
店を出たら冷たい雨が降っていた。僅かにみぞれ混じりだった。 
奈々の冷たくなった手を掴み、その手を俺のズボンのポケットに入れた。 
剥き出しの太ももが部分的に赤みを帯びていた。 
歩きながら、棄てるプロセスを思い描いた。外気なんてお構いなしの 
興奮を覚えた。 
雑多な人種が一番多い上野。すれ違うオッサン達が俺たちを見てゆく。 
最も、見てるのは奈々であり、奈々の制服のミニから晒された肉付きの 
いい白い大腿部に違いない。 
それだけ気を惹く容姿を備えている。 
膨らみ始めた俺の陰部に奈々の手をそこへずらし、触れさせた。 
黙っていた。指が触れていることを自覚しているくせに。 
探していた映画館はあっさりと見つかった。 
《ウォール街》を上映していた。なんの映画だろうといいのだ。 
『これ観たかったんだ、入ろ!』 
『うん、寒いから入りたいよ』 
イーメージを裏切らない館だった。暖房が全身の緊張を解し、 
血液の循環がさらに活発になるのを感じた。 
薄暗い館内。まばらな客。 
カップルはあまり居なかった。一人が多かった。 
みんな申し合わせたかのように散って座っていた。 

《ウォール街》は20分前に上映していた。 
『どこに座るの?』 
『座りたくないな。こうゆう映画館はうしろで立っているのが粋なんだぜ』 
『ええ!立つの?』 
『疲れたらさ、後で座ろうよ。空席だらけだし』 
俺たちは一番うしろの右端に入った。斜めうしろの扉が開かれたとき、 
その扉で目隠しになる位置を選んだ。 
木製の長く太い手すりが程よい高さだった。 
『あったかーい!』奈々も暖かさで表情が和らぎ、いつもの笑顔に戻った。 
しばらくスクリーンを観ていた。俺たちは体が触れ合うようにしていた。 
ここでも奈々の手を取り、俺のポケットに突っ込んだ。 

時々、触れる奈々の手。俺は遠慮せずに、さらに陰部の形がわかるように接触させた。 
『・・・もう・・・ったら』 
スクリーンを見ながら奈々は俺の悪戯に多少抵抗した。 
『ぶっちゃけ、奈々さ、やったことある?』 
ダイレクトに聞いてみた。あるかないかが、重要だった。 
万が一、ないなんて奇跡を言おうものなら、この計画は中止するつもりだった。 
『答えなきゃいけない?』 
『あるなしだけだよ、知りたいのは』 
『・・・じゃ、ある』 
『わかった。もう聞かないよ』 
『どうしてそんなこと聞いたの?』 
『奈々がスキだからだろ』 
間違いなく、これから棄てられる。確信を得た。 
と同時に興奮が極度に達した。オンナの体を触りたい。 
もう誰も止められない。いま奈々の体を貪ってやる。 
奈々の横顔をドキドキしながら見つめた。 
『プラトーンのチャリー・シーンの方が好きだな』 
『比較できないよ。プラトーン観てないし』 
奈々のロングの茶髪に指を潜らせ、耳に触れた。耳たぶをつまんだ。 
隠れていた耳に内緒話をするように、俺は顔を近づけた。 
『奈々、俺のことどう思ってる?』 
『嫌いじゃないよ。だから一緒してるし・・・うーん、スキかな』 
『俺、スキだよ。奈々がほしい、奈々の全てがほしいんだ』 
奈々の耳に舌を這わせ愛撫した。 
『くすぐっ・・・』 
ポケットの中の手を抜き、屹立した陰部をしっかりと握らせた。 

俺の右手を奈々の腰に回し、見事なくびれを確認した。 
耳から頬を愛撫し、奈々の唇を捉えた。唇が重なり、互いの舌が絡み合った。 
受身だった奈々の舌が徐々に絡んできた。熱い唾液が混ざり合った。 
口端からその唾液が滴った。 
公園で初めてキスしたときとは明らかに違う匂いがした。あのときはオンナの 
匂いはしなかった。 
左手が白いブラウスの胸元をまさぐった。ブラ越しの乳房に苛点いた。 
右手でブラのホックを手こずりながら外した。 
奈々の頭が左右に振られた。奈々は胸を押さえた。 
その邪魔な手を払いのけ、そこから離した。 


ブラが開放された。左手がすかさず乳房を捉え、下から上へ、右から左へと 
揉んだ。けっして大きくはなかった乳房だったが、とても柔らかな感触だった。 
理想的な大きさだった。 
乳首を摘まんだときだ。 
『・・・薫くん・・・ここはいや、恥ずかしいよ』 
俺は無視した。嫌ならもっとはっきりと抵抗すればいいんだ、そう思っていた。 
『奈々のオッパイ舐めてもいいかな?』 
『いやだ』 
背後から乳房を揉みしだいた。奈々の体がそれに反応していった。 
俺は制服とブラウスを捲り上げた。奈々は、あっ!と声を出した。 
誰かが振り向いたら高校1年生の乳房が剥き出しなっている姿に驚く違いない。 
その人は、偶然振り向いてラッキー、というわけだ。 
映画館自分の乳房が剥き出しにされるなんて、想像外のことだろう。 
もちろん誰かが気付けばブラウスですぐに隠してあげる。 
そんな俺たちを見て、おせっかいな大人が注意しに来たとしたら、とぼける。 
(なにもしてないよ、妄想が現実に見えたのと違いますか?)ってね。 
俺は奈々を背中から抱いた。硬く硬直した陰茎を奈々の尻の間に当てた。 
スカートからその尻を撫ぜまわした。おかあさんの尻とはまた違う感触が得られた。 
スカートの中に手を忍ばせた。 
奈々はさっきから口から漏れそうな声を片手で押さえ堪えていた。 
太ももの感触は、おかあさんの方が柔らかかった。しかし奈々の太ももは 
かなりの肉付きで、肉感は最高だった。 
俺はしつこく太ももの付け根あたりをまさぐった。 
じらすようにして微妙な位置で、奈々の陰部に触れるのを避けた。 

パンティーに手がかかった。ゆっくりと尻からずり下げた。尻が半分近く 
剥き出しになったあたりで、奈々にパンティーを押さえられた。 
『それ・・・以上は・・・』 
『パンツ脱ごうよ、脱いだほうがいいよ、濡れちゃうしさ』 
『・・・濡れないもん』 
『じゃ、確かめようか』 
俺の指が尻から奈々の陰部を這いながら、目的の部位を見つけなぞった。 
少ない陰毛に少々とまどったが、そのせいであっさりと、濡れた秘部に 
指が滑り込んだ。にゅるっとした粘液が指に絡みついた。 
そこは以上に熱を発していた。俺は濡れた陰部を状態を堪能した。 
『すごい濡れてるよ・・・気持ちいいの?』 
『だって・・・いけないことする・・・から』 

『汚れるから脱ごうよ、取っちゃうよ』 
『はずかしってば』 
パンティーの両端をつまみ引き下げた。それも一気に引き下げた。 
俺はしゃがんでローファーを脱がさずにパンティーを脱ぎ取った。 
下から見上げた。ぞくぞくする光景が目に入った。 
(すげー、こんな姿、こんな場所で見られるなんて) 
俺は内面の激しい興奮を押さえて言った。 
『奈々、すっぽんぽんになったね』 
『来たら・・・誰かが・・・』 
たしかに、危険すぎる。スカートで隠れているとはいえ、薄暗いとはいえ、 
超ミニでは、角度が変わっただけでばれてしまうだろう。だからいいんだ。 
だから最高なんだ。だからここを選んだんだ。 
奈々の膝の裏を舐めた。 
『もっと脚を開いて、奈々』 
観念しているのか、身を委ねたのか、そうすることでさらなる快感を 
得られると期待したのか、奈々は躊躇うことなく両脚を40cmほど 
開いてくれた。 
肉がたっぷりと付いた形の良い脚の付け根が、はっきりとではないが、 
確認できた。背後の扉が開かないようにと最高の緊張感でもって、 
太ももにむしゃぶりついた。まるで獣だった。俺の口から、はあはあと 
息の漏れる音ががときおり出てしまった。 
奈々の太ももを舐めまくりながら、 
尻へと唾液にまみれた舌が這い上がって行った。 
尻の割れ目に顔を埋め、濡れた陰部をしゃぶった。奈々の体から滲み出す 
粘液をぺちゃぺちゃと吸い尽くした。 
(間違いなく棄てられる、今だ、この濡れた奈々の陰部に・・・) 

俺は立ち上がり、いまにも崩れそうな状態の奈々に囁きかけた。 
『入れるぞ、奈々』 
『・・・や、やばいよ・・・』 
俺はズボンのファスナーを下ろし、いったいどこまで硬直するのだ、と 
少々、驚きながら、慌てて最高に屹立した陰茎を取り出し 
奈々に握らせた。 
『どうする?奈々、これを入れるよ、嫌かな?』 
『・・・嫌・・・じゃない・・・ほしいよ、薫くん、大好き』 
ポケットに入れていたゴムを被せた。 
奈々の尻を後ろに引き寄せ 
『もっと腰を曲げて・・・そうだ、手すりにもたれるように』 
俺は周囲を見回した。どうせすぐ射精してしまうだろう。 
いまでもいきそうなくらいだ。 

奈々の濡れた秘部に俺の先端を押し付けた。 
頭が入った。力を込めて突くべきか、ゆっくりと挿入しながら突くべきか。 
俺は以外にも興奮とは別の欲情をコントロールしていた。 
『奈々、先っぽがはいっちゃったよ、止める?』 
『・・・きら・・いだ・・・もう』 
俺は腰を奈々の尻に向かって押し付けた。一気に未体験の熱い肉体の内部に 
陰茎が食い込んでいった。ねちゃねちゃとした心地よい感触。 
弾き返されそうな肉体の圧力の快感がすごい。 
腰を激しく動かした。奈々のうめき声がもれる。構わずにさらに強く突いた。 
『・・・すごいよ・・・いい、薫・・・・くん』 
その声が耳に入ったと同時に、俺は例えようも無い快感に襲われ、 
思いっきり射精した。 






美有の入院から3週間が過ぎ、受験も最後の追い込みに入った。 
隣の真樹とエレベータで一緒になったとき言ってた。 
『美有ちゃんね、朝の検温と同時に気合で昼まで勉強してるよ』 
『まだ出られないの?』 
『もうすぐだって、先生が言ってた』 
ほんの短い時間だったが、無理やり入り込んできた親子のせいで 
真樹が体勢を崩し、俺の腕にしがみついてきた。 
微かに感じた胸の膨らみに、俺の方が戸惑った。 
だが、真樹の申し訳なさそうに謝る笑顔がとても健康的に思えた。 
自然だった。何かを期待してるわけじゃない。 
真樹の存在感に、何故か魅入ってしまった。 

美有の通常の成績なら問題なくクリアできる学校だった。 
だが、クラスメートと隔絶された環境の中で、学力低下の不安を 
感じることによるプレッシャーが有るのかも知れない。 
どうにか美有もスレンレス製の杖を使って歩けるようになった。 
上半身の大きな動きは肋骨のせいでまだ出来ない。 
『お風呂とかどうしてんの?』 
『看護婦さんがあったかいタオルで拭いてくれるよ』 
『だったら、俺が拭いてやろうか』 
『ベーだ!』 
『兄妹じゃん・・・あっそうそう、湯島天神の学業守を買ってきたよ』 

受験当日はオヤジが車で学校まで美有を送った。帰りは俺が病院まで送り届けた。 
退院の予定は3日後だった。本当は退院をしてもよかったらしいが、 
急な環境の変化で風邪を引いてしまう可能性があると主治医が話していたので、 
大事をとった。 
受験語の美有の表情は疲れからか、幾分、言葉数が少なかった。 
同考えて美有が入れないほどのレベルじゃない。もっとランクの高い学校に行って 
ほしかったが、俺が通う学校とその制服が着たい、といった気持ちは最後まで 
変わることはなかった。 
そして美有は無事に退院し、期待どおりに俺の学校の中学に合格した。 
4月からは1年間だけだが、一緒に通学できるようになった。 

美有の退院を心から祝福したのは俺たち家族3人だけじゃない。 
美有の担任もクラスメートたちも同様だった。一緒に卒業式に出れるね、 
と皆が話していた。 
そして、もうひとり美有の退院を姉のように喜んでいた少女がいた。 
退院の前日、俺と美有と真樹の3人で病院の周辺を散歩し、小さな神社で 
3時間も話し込んだ。そこで約束した。夏になったら一緒に海でキャンプを 
しよう、と。ガキっぽくて少々照れくさかったが、3本の小指を絡めた。 

入院で知り合った者同士は、そこに居る限り、互いの病の不安からか、 
日常では得られない親交が芽生える。しかし残念ながら、一旦、退院して 
しまうと、素敵な人とだったという印象は、日常生活に呑み込まれしまい、 
必ずしも、親交が継続されるというわけではない。 
それは己の精神的弱さの最中に発生する、依存現象、だろう。 
通常の生活では到底接点がなさそうな相手でも、入院中に出会った素敵な人は、 
最良の人間に見えてしまう。互いにそう感じてしまう。何故なら、同じ境遇 
なのだから。看護婦さんが天使のごとく見えてしまうのも、そういった心理が 
働く。弱者の立場の患者は精一杯のいい人となり、その患者の心理状態を 
掌握している看護婦の接し方は、退院しても会いたい、付き合いとなる。 
だが、それも病院内でしか通用しない。院外で見る患者のギャップと白衣を 
身に纏っていないナースのギャップを痛感してしまうだけだから。 

病人にとって、先に入院しながら、後から入ってきた者に追い越される。 
一番淋しいときだ。 
(じゃ、お世話になりました。みなさんもお元気で)と退院する者。 
(こちらこそお世話になりました。お気をつけて)と残る者。 
それが大部屋であっても、1人が退院してしまうと、しばし、なんとも 
いえない虚しい空気が漂う。 
(俺も、あの人のように、みんなより先に退院したいものだ) 

あの真樹の笑顔は、精一杯のやさしさだったに違いない。 
病名を知らされていない不安感。いつ退院できるかわからない不安感。 
整形外科病棟は、他の科と比較して明るい患者が多い。 
それは先が見えるからである。 
同年代の美有と1ヶ月間の共同生活。親しくなっただけに、約束の指を 
絡ませたときの屈託ない真樹の笑顔は、いまでも脳裏から消え去る 
ことはない。 

真樹は美有の退院から1ヶ月後に退院した。 
美有はその間、2度、お気に入りの制服を着て見舞いに行った。 
俺がどうだった?と聞いたとき美有はこう答えた。 
(うん、元気そうだったよ。今度新しいケータイ持つから、その番号 
 教えてくれんるんだって・・・でもね、なんか、ちょっと・・・) 
美有は同士の思いのままで真樹と接した。 
美有が感じた“なんか”は当然のことだった。 
3度目に俺と行ったときは、予定の退院日より3日前に退院していた。 
結局、病名は“他人には”わからないままだった。 

美有の退院と同時に、真樹の心は同士ではなくなっていたのだろう。 
幻のように消えてしまった真樹。もう連絡もつかない。 
人にはいろんな事情がある。残念がっていた美有だったが、 
それでいいじゃないか、と思えた。真樹の存在は入院中の美有を 
元気つけてくれたのだから。好ましくない若しくはデメリットの 
可能性を秘めた場所で知り合った人間とは、断ち切る。 
そのような何らかの親の方針があったのかもしれない。 
事情よりも、あの真樹の人柄に偽りはないのだから。 

その頃、オヤジも何度かに分けて荷物を宅配で大阪へ送っていた。 
少々おおげさな気がした。思っていたよりも多くの荷物を送っていたからだ。 
2年間向こうに暮らすわけだから、当然なのかなと思っていた。 
美有、中1。俺、高3。 
中学の合格祝いと、オヤジの大阪行きを兼ねて、オヤジの店を3時間貸切りで、 
パーティーをやった。食い物は全てオヤジが作り、サポートは後を引き継ぐ人が 
やってくれた。 
ひさしぶりの4人の食事。なんだか嬉しくてしかたなかった。 
美有もはしゃいでいた。と同時に、オヤジが居なくなった後の責任を痛感した。 

2日後、オヤジと一緒に羽田へ行った。 
ショルダーバッグを1個抱えたオヤジの背中、一度振り返ってくれた。 
微笑んでいた。美有は大きく手を振り(遊びに行くから!)と大声を出した。 
俺は、心に空洞ができたかのように、何も言えなかった。 
2年間か・・・まかせてくれ、オヤジも頑張れ!と思うだけだった。 
おかあさんが何やら手紙みたいな物を俺に渡してくれた。 
(おとうさんがね、帰りの電車で読みなさいって) 
そう言ったおかあさんの顔に笑みはなかった。 
電車に乗り込み、手紙を読んだ。 
それはあまりにも衝撃的な内容だった。言葉がなかった。 
4人で掴み取った、4人で育て上げた家族の幸福の 
終焉が書かれていた。 

オヤジは俺に大きなウソをついていた。 

『薫、最後まで読んでくれ。我儘な父親の戯言だが・・・ 
 実は、おかあさんとは先月、離婚した。 
 原因は大阪行きの件だ。おかあさんに私の計画は 
理解されなかったのだ。 
 どうして今になってそんな賭けをするの? 
 俺の夢がまるでわからない、と言ってきた。 
 おかあさんのいう通りだ。 
 どのレベルで以って、夢が実現しているのか 
 自覚すべきだったのだろう。 
 おかあさんは、今が夢なのよ、と考え、 
私は、夢に到達はない、と主張した・・・ 

『・・・たった2年の猶予も受け入れられない、という。 
 4人が一緒であることの幸せを何故、わからないの? 
 と問い詰められた。 
 わかってはいる、なにもかも。 
 しかし、それが出来ない性分なんだ、薫の父親は。 
 愚かな父を許せ。 
 おまえと美ちゃんが大学を卒業するまでのお金は 
 送金する。もし許してくれるなら、 
 いつか会ってくれ。 
 永遠に薫の父親なのだから・・・そうだね? 
 じゃ、おかあさん、美ちゃんのこと、頼みました。  
 体に気をつけて          父より 』 



無情だ、こんな無情が許されると思っているのか。 
俺は怒り狂った。 
失敗は1度きりだから価値があると、オヤジは言った。 
何故だ、なぜ2度の可能性に近づくのだ。 
オヤジの幸福感と俺たちの幸福感に隔たりがあったというのか。 
普通に生活できる収入を得られる、 
それだけで充分に幸福ではないのか。 
俺はもらった三脚を壁に叩き付けた。 
オヤジ、あんただけが違う方向をいつも見ていたわけか? 
自分のやりたい仕事ができる、 
それだけで幸福と考えることが出来ないのか? 

そんなにも己の夢へのチャレンジが尊いものなのか? 
エゴにもほどがある。 
人と人が偶然出会って、共に苦労と幸福感を共有していきてゆく。 
それが幸福ではないのか? 
夢ってなんだよ、オヤジ。 
誰かの犠牲の上に勝ち得た夢なんて、そんなのはただの廃棄物だ。 
己のみが陶酔できる廃棄物じゃねーか。 
そんなもの、みたくねえよ! 
そんな夢、俺たちに関係ねえよ! 

その夜、俺は酒を煽り、ひとりで乱れまくった。 

あの映画館における童貞破棄遊戯の一件から奈々とは、 
いつもと変わることなく、会っていた。 
ただ、一度喧嘩してしまった。 
というのも原因は美有のことだった。 
(何故、お見舞いにいっちゃいけないの?)それが発端だった。 
俺は、(妹は人見知りが激しいから、ゴメン)と言ってかわしたが、 
口論となってしまった。 
奈々の存在こそが入院の引き金であることを言えるわけがない。 
3年に進級するのと同時にバイトを始めた。バイトといっても、おかあさんの 
店の準備兼掃除だ。早出の大学生のバイトがやっていたのだが、その時間を 
俺にやらせてもらうことになった。夕方6時半までで終わりだから、2時間 
くらいのバイトだった。美有もそのまま店に来て、一緒に家に帰った。 
本当はもっと長い時間バイトをしたかった。 
学校から帰って、夜遅くまで家でひとりぼっちになってしまう奈々を思うと、 
仕方がなかった。夕食の準備はおかさんが整えて仕事に行ってくれたが、 
バイトを始めたことで、美有と二人だけで食べることが多くなった。 
ひとり欠けただけで、生活のリズムがすっかりと変わっってしまうなんて。 

中学校生活最初の夏休みがやがて来る。俺にとっては高校生活最後だ。 
もうすっかりと入院時の影響もなく完治したものと思っていたが、 
左下腿骨骨折の影響が残っているようだった。 
何も言わないけど、時々そこをさすって、顔をしかめることがあった。 
体育の授業には出てるが、我慢してるのかな、と思ってしまう。 
中学生になった自意識と、成長の早さの相乗効果で、美有の容姿は 
かなり変化した。モーニング娘の一番新しいメンバーの一人にとても 
似ているのだ。美有もダンスは大好きだった。 
この間、その事を話したら、笑ってはいたが、表情が翳ったのも、 
見逃すことは出来なかった。 
やはり、脚の具合があまり良くないのかもしれない。 

《ここらで、ちょっと休憩 1》 

わざわざ説明することもないと思いつつ、敢えて注釈めいたものを・・・ 
>>308を以って、長い長いプロローグが終わったわけです。 
今後の展開は、最近の出来事から、つまり、今年の夏休み前から現在まで、 
という設定で展開してゆくわけですが、場合によっては現在を超過してしまう 
可能性もあります。 
ということは、超過後は、ほぼ事実に基づいたモチーフを利用した空想と 
なるわけですが、決して真に受けないで下さい



《ここらで、ちょっと休憩 2》 

また、登場人物の名称から時代背景のズレを感じさせると思いますが、 
気にせず無視してほしいなって、思います。 
飽くまでも、2003年夏という時を利用しているだけで、 
必ずしも、2003年と決めつけてほしくないのです。 
ですから、決め付けて読んでしまうと、 
<あれっ、あの子はまだデビューしてないだろ> 
<なんで、近未来のことがわかるんだよ> 
といったような疑問が湧くと思います。 
諸事情から、DATEを意図的に濁す必要があるのです。 
そのことだけ、知っておいてもらいたいかなと。 



離婚後、言わなくてはならない事を、俺もおかあさんも口にださないできた。 
不自然と感じつつも、話題にしないようにしてきた、そんな気がする。 
以前、おかあさんに (この言い方にもケジメを付けなくてはいけない) 
姓はどうするの?と聞いてみたとき、海野のままでいいわ、と答えた。 
もちろん、美有にも離婚の事実は伝えた。 
かなりショックを受けていた。 
(お兄ちゃんも出て行っちゃうの?美有、絶対に嫌だからね) と 
握りこぶしを作って、訴えていた。 
(美ちゃん、俺は居るよ、ずっと一緒だよ) そう答えたら、 
翌日には、気持ちを切り替えてくれていた。 

おかあさんが帰ってくるのを待った。美有はとっくに眠っていた。 
いつもの時間に帰ってきたおかあさんに、言いたいことがあるから、と 
俺の部屋に呼んだ。おかあさんはいつものパジャマを着てきた。 
脚を組んだとき、あの夜の出来事が蘇り、下半身が熱くなってしまったが、 
それを振り払って言った。 
『ねえ、おかあさん。俺、いつまでおかあさんと呼べばいいのかな』 
『おかあさんでいいじゃないの』と当たり前のように答えた。 
『法律的に完全に他人になってしまったんだよ・・・美有ともね』 
『法律は法律。人の心とは別物でしょ』 
『でも俺、立場的には居候じゃないの?』 
『変なこといわないで!薫くんはいままでの薫くんじゃない』 

おかあさんは続けた。 
『お父さんと約束したのよ、私たちに何の問題も無い限り、一緒に暮らす 
 ということをね。それに、そんな思いをさせない為にも、充分過ぎる 
 3人の生活費を毎月送金してくれてるんじゃない』 
『うん・・・ありがとう』 
『だから、そんな他人行儀ないい方もやめなさい』 
『俺、おかあさんのことをどう呼んだらいいか、考えてしまうよ、美ちゃんも』 
『何も変わらないんだって、何もね』 
『正直、オヤジに対して怒りを抱いてるよ・・・せっかくさ・・・せっかく』 
おかあさんは俺の手をとった。 
『おとうさんはね、大阪に行ってしまうと2年で帰ると言ってたけど、ほんとは 
 違うの。もっと長い期間を必要としてたみたい』 
『じゃ、離婚なんかしないでさ、4人で大阪で暮らせばよかったんだ』 

『そうね、あの人の意識にそれはなかった。けじめ、だからといって離婚を求めてきたわ。 
 最初は、女の人でも居るものと疑ったけど、違った』 
『そこが理解できないのさ。夢の為に家族をオヤジは棄てたの?』 
『それは違うわ、棄ててなんかいないと思う』 
『じゃ、家族の為に離婚したとでも?そんなのあるかい』 
おかあさんは、俺の顔を強い眼差しでもって見つめた。 
『ねえ、薫くん、家族の幸福を全て父親に委ねてはいけないわ。わたしたちは家族よ 
 ずっと家族よ。美有にとって薫くんはいつまでもおにいちゃんなのよ。いつまでも 
 責任を父親に転嫁してはダメなのよ・・・薫くん、法律がどうのこうのと言う前に 
あなた自身でこの3人の本当の家族を守ってみなさいよ』 
『・・・お、おかあさん』 
胸に鋭い剣が突き刺さった思いがした。 

痛感。おかあさんの言葉を耳にしたと同時に、動揺を隠すことが出来なかった。 
俺はいつも願望するだけの立場で安住しているだけだった。 
家族の皆が笑って暮らしているとき、それに満足するだけの自分がいた。 
ひとり欠けることも、最悪の崩壊も、まったくの想像外だった。 
おかあさんが俺に託した言葉、悔しくて、歯痒くて仕方が無かった。 
本当はそうしたかった。どうすべきがわからなかったのだ。 
だが、わからないなどと逃避する時期はとうに過ぎていた。 
これからはこの俺が、2人に幸福感を与え続けていくべき存在なのだ。 
この間まで俺が拘っていた家族って、一体なんだったんだろう。 
この生活がスタートした時から、4人に拘っていた意味はなんだったんだ? 
結局、オヤジが離脱して精神的ダメージを被って、そんなオヤジに対し、 
ひとり取り乱していた。 
あの美有ですら、俺が居るなら平気だよ、と言わんばかりに、翌日には、いつもの美有 
の姿になっていた。 
おかあさんはどうだったか。夫を失った心痛と将来への不安は、俺の比ではなかったはず。 
それなのに平静を装い、俺と美有に語りかける言葉は、すでに前を向いていた。 

結局、俺の甘えだけが見えてしかたがない。 
小学生の時に母親が消えてしまって、淋しかったかと、問われれば、淋しかったと 
答える用意をしていた自分。 
だが、本音を吐けば、淋しくなんてなかったのだ。何故なら、オヤジがそれを感じ 
させない愛情と優しさでもって接してくれたからだ。 
少年は単に、隣の整った家族構成に羨望していただけだ。 
おかあさんの胸に刺さる言葉を耳にする前までの、俺が安易に用いていた家族の幸福 
などといった代名詞みたいなもんに、真実味なんてさほど無かった。 
ただ、ただテメエの都合のいい家族を求め、用済みになるまで利用したかったのだ。 
それが俺の本音だ。 

5年前、初めて美有と出会った時、美有はおかあさんから、こう言われていたはずだ。 
(美有の新しいお父さんと、お兄ちゃんになる人だからね)と。 
2年生の美有は、もうこれでひとりぼっちの夜はなくなるのかな? 
どんなお兄ちゃんかな?と胸いっぱいの夢を抱き、俺たちと対面した。 
そして美有は、自分にとって本当に大切なのは、お兄ちゃんなんだ、といった判断を 
下したのかも知れない。 
その思いは、今も変わらないままだ。 
あんな大怪我をさせてしまったというのに・・・ 
おかあさん、俺、やれるだけやってみるよ、3人の為にさ。 
もし、躓いたらさ、おかあさんと美有とで俺を立ち上がらせてほしいんだ。 

ケータイのメールには、相変わらずの奈々、そして友達に美有、といったところが 
ほとんどだったが。6月と7月に一度づつ、オヤジからもメールが来た。 
電話もたまにはあったが、その内容は、東京の店のことなどのあまり興味のない 
ものだった。 
それだけにメールは嬉しかった。なんせ親展と同じだから。 
しかし、そんな俺の気持ちとは裏腹に、2度ともメールは短いものだったが、最近の 
メールは違っていた。 

“まだまだ胸を張って、遊びに来いよ、なんて言えるまでにはなっていないけど、 
 どうかな、2日でも3日でもよいから、夏休みに入ったら、 
1度大阪へ来てみないか?                   返事を待つ“ 


俺は躊躇うことなく、メールで返事をした。 
“じゃ、休みに入ったらすぐ行くから” 
いつものように俺の部屋で勉強をしている美有にそのことを話したら、 
一緒に行きたい、と大きな声を上げた。 
そう言うだろうと思っていた。美有もまた、オヤジが大好きだった。 
どうゆうわけか、両親が離婚すると、去っていかざる得ない親の方が、 
その心情とは無関係に悪者扱いされがちだ。もちろん、身勝手な理由で、 
出て行く親もいるが、そればかりでないような気がする。 
特に子供にとっては、直接的に被害を被った場合で無い限り、 
どちらが悪かったなんて、知りようがないはずだ。 
なのに去って行った親が一方的にダーティーにされてしまう。 
結局、子供は共に暮らす親の情報を鵜呑みにして、 
居なくなった親の偏ったイメージだけが定着されていく。 

『俺はかまわないよ。ひとりで行くより楽しいし。とにかくおかあさんに 
 確かめてからだよ』 
翌日、朝食の準備をしていたおかあさんに美有は、早口で大阪に行きたい、と 
懇願していた。 
それを聞いたおかあさんは、いつもと変わらぬ口調で返事をした。 
『美ちゃんが会いたいと思ったなら行きなさい。 
薫くんや美ちゃんの心の扉を狭くさせるつもりはないの。 
おかあさんとおとうさんが別々に暮らすことになった理由なんて 
もうどうでもいいことだけど、このまま美ちゃんが会わないでいたら、 
段々とおとうさんの印象が悪くなってしまうと思うわ。 
 それってなんだか嫌なの。だって、おかあさんが好きになった人だもの』 


1学期終業式の二日前だった。昼休みに奈々にメールで呼ばれて体育館へ行った。 
待っていたとばかりに、話しかけてきた。 
『薫くんってさ、水臭いよ』 
『なんでだよ・・・それよか、やっぱ、くん呼びはどうも馴染めないなあ』 
『そうかな・・・そうそう、妹さんの美有ちゃん入院のことといい、 
中学のことといい、冷たくない?どうしてなの?なんで私を邪魔者にしちゃうかなあ』 
『してないよ』 
『だって、そうじゃん・・・ずっと、平気でいたと思ってんの?』 
『いや』 
『美有ちゃんが同じ学園の中等部に入っていることすら教えてくれない。会わせても 
 くれない、どうなってんの?私って、薫のいったい何?』 
『その方が馴染めるな』 
『私が良くない女子高生だから、薫の家庭環境には立ち入り禁止とか?』 
『違うって、ちょっと複雑なだけよ・・・良くないなんて思ってないって』 
『1限目のときさ、薫のバスケの後輩が言ってたよ、海野さんの妹が中等部に居るって』 
俺は何も言わずに聞いていた。 
『その人が、スンゲー可愛いかった、オレ見てきたよ、っていうから、見に行っちゃった』 
『会ったのか?声かけたのか?』 
『ううん、覗いただけ。薫に似てるような似てないような・・・』 
『で・・・』 
『美有ちゃんA組でしょ?違うって思った、美有ちゃんだけが何か違うって思った』 
『俺、妹のこと、客観的に見ることできないからな』 
『あるじゃん、そういうのって・・・存在感が違ってた、賢そうだったし・・・』 
『声はかけなかったんだろ?・・・なら、いいよ、もう』 
『いいなあって、思っちゃった』 
『たとえば・・・』 
『美有ちゃんのような妹が居たらなあ、って思ったよ』 
『そういやさ、俺も知らないんだけど、奈々の家のこと』 
『しょうないよ。だって、家の電話使わないしね。』 
『まあね。ケータイだと完全に相手の家族は遮断されるしね』 
『そうそう。固定だったらさ、親とかでるじゃん。でさ、遊びとかいってさ、 
 その人の親とか出てきたら、ああ、いつも電話してくる子ね?とかって 
 なるけど。ケータイだとさ、完璧な初対面扱いだもんね』 
『俺のとこも、居間の飾り物に成り下がってるよ・・・もしかして、一人っ子とか?』 
『兄貴いたけど、事故った・・・ちょうど4年前ね』 
『そっかあ、そんな事があったのか、そんな風に見えなかったからさ』 
『もう、慣れてるし』 
『慣れてるか・・・いや、慣れるなよ!』 
『いいんだ、どう思われようと。それで自分が自分でなくなるわけじゃないし』 
『奈々って、一貫してるよな、入学の時からさ』 
『順応性に欠ける不器用なオンナ、かな』 
奈々の素顔を垣間見た思いがした。 
『そうだ!俺さ、休み入ったら美有と二人でオヤジに会いにいくから』 
『うそ!いつまで行ってるの?』 
『決めてないけど、3日か4日かな』 
『ちょっぴり嫉妬モードは入っちゃったな』 
『えっ?』 
『美有ちゃんを見ちゃったからかな・・・』 
『俺、嫉妬されてんの?』 
『まあね。美有ちゃん見なかったら、ジェラシーなんてないよ』 
『思ってもみなかったな・・・どんなジェラシーなわけ?普通の?』 
『普通のっていうか、絶対勝てないなあ、って思った・・・じゃ、おみやげヨロシク』 
『いいよ、忘れなかったらね。それと・・・』 
『それとさ、出来れば美有にはもう近づいてもらいたくないんだ。色々あってね』 
『呼ばれない限り近寄らないって』 
思い過ごしかも知れないけど、なんだかちょっぴり淋しげに見えてしまった。 
(近づいてもらいたくない、か。ちょっとキツイ言い方だったかな) 
確かに美有は可愛いと思っていた。アイドルグループのメンバーの一人に似てる。 
似てるというよりも、寧ろ、その中に混ざっていても違和感のない存在感だ。 
ふたり、これからどんな人生を送ってゆくのかな・・・美有と奈々。 




終業式の日。美有とは昼食を外で食べる約束をしていたが、家に帰って、 
待っててもらうことにした。 
代わりに、昼から3時まで奈々と会うことにした。俺がそうしたかったから。 
日比谷公園をぶらついた。隣のベンチの不釣合いな年齢のカップルが、 
いちゃついていたから、負けじと見せ付けてしまった。 
制服の短すぎるスカートから覗く奈々の白い太もも、ちょっと大衆に 
サービスし過ぎてしまった。 
ジリジリと肌に焼きつく強い日差しを浴びながら、駅に向かう途中、 
俺の高校最後の夏休みは、いったいどんなストーリーが待っているのかな、 
と理由もなく思ってしまった。 
帰る途中、俺は奈々に言った。 
『いまさらだけど、奈々の事をいい加減にしたくないなって、思った』 
『ほんと、いまさらだよ』と奈々は笑った。 
『その内、俺と奈々と美有の3人で遊ぼうよ』 
『どうかな・・・美有ちゃんが先に薫から離れていってしまうと思うな』 
『・・・』 
『女の子は、みんなそうだもの。友達と違う行動はとらなくなるし、 
親から自立してる態度とっておかなきゃいけないし、兄貴なんて尚更だよ』 
『覚えとくよ』 
『大阪いつ行くことになったの?』 
『3日後にする』 
想像してたが、美有は、かなりの好成績だった。たしかに勉強はしていた。 
でも、勉強していたからといって、それに比例して成績が上がるのだろうか。 
成績表の評価は試験結果によるものだろうが、ならば、誰もが、試験の為だけの 
勉強をすれば高得点を得られるというのだろうか。 
美有はほぼ毎日、夜8時から1時間ちょっとしかやってなかったはず。 
結局、生まれつきなんだろう。賢い頭脳を持ち合わせた人間は、たとえ、小学校時代に 
成績が悪くても、中学校で突如、頭のいいグループの仲間入り、てなこともある。 
だから親から、やればできるんだ、と言われ続け、なんとなく信じているやつに言いたい。 
そんなの嘘っぱちだよ。性能の悪い大脳でもって生まれたは人間は、懸命にコッソリと 
頑張ってみても、虚しい結果しか得られない。 
逆に高性能の大脳を搭載する人間は、いくらさぼっても、ここぞといった時の集中力と 
問題に対する、関連付けた理解力が備わっているから、いつの日か、 
(アイツがかよ!) ってな感じで、昔の悪仲間たちが褒めつつも、本心は悔しがる。 
美有はどうか。小学校から抜群の成績だった。そして中学1年の1学期もそうだった。 
普段は、そんなことをまったく鼻にかけない上に、舌ったらずのスローな話し方。 
そのギャップが、なんとも愛らしいのだ。 
今のところは、俺にベッタリだが、それだけに、賢い美有に劇変がありそうで・・・ 
漠然とだが、そんな気がしてならない。 
奈々が言った。女の子はみんな変化するときが来る、と。 
その時に、近づけるのは、同時期に変化している友達と彼氏だけ。 
奈々と別れて、家に戻った。今日はこれから一緒に店へバイトに行き、外食を 
することになっていた。外食といっても、ラーメンとギョウザになるかな。 
一緒に外を歩く。今だ変わらないものは、相変わらず手を繋いでくるということ。 
一度、握った手は、意味もなく離さないのだ。もちろん嬉しいのだが、 
幼かった頃のトラウマが自然とそうさせているのかな、と時々考えてしまう。 

大阪に行く前夜、はしゃぎまくっていた美有も、自分の荷物を何度もバッグに 
入れ替えた挙句、ようやく納得したのか、11時前には寝付いた。 
下半身のラインがはっきりとわかるジーンズをはいて行きたがっていたが、 
俺が反対した。思わず見惚れてしまうほどまで、美有の体は成長していた。 
もちろん大人の体とは違うが、どんな姿勢でいようが、何を着ようが、包み 
隠された体の美しさに吸収されていた。おかしなボディ矯正も、誤魔化しも 
まったく必要としない自然で可憐な体型だった。 
美有が最初に選んだジーンズがあまりにもフィットし過ぎて、なんだか嫌だった。 
正直いうと、世間の汚れた視線を美有に向けさせたくなかった。 

結局、俺が勧めた薄手でコットンのペインター風パンツにさせた。ルーズなダボパンが 
一番だ。ところが、はかせてみると、それはそれで自分のものとして着こなしてしまった。 
ざっくりとでかいウールの帽子もかぶるように言った。 
(目が隠れちゃうよ)と少々不平を言ってたので、かぶるのはともかく、 
持たせることにした。いつの間にやら俺好みのファッションを押し付けていた。 
Tシャツも何枚が詰めていたが、ツーサイズからスリーサイズでかいものを着てほしかった。胸の膨らみが気になってしかたがなかった為だ。それをも人目に付かないようにしたかった。これにはさすがに反対された。なんだかんだの末、明日は、ダボパン、 
Tシャツはぴったりとしたサイズを着て行くこととなった。 



美有の寝顔をまじまじと眺めた。気持ち良さそうに眠っていた。 
エアコンの設定温度が少し低い気がした。 
しなやかそうな姿態。まっすぐ伸びた肢体は穢れとは無縁だ。 
細く柔らかな髪の毛が、1本1本、頬のかかり、上品な流線状態になっていた。 
俺たち、いつまでこうしていられるのだろう。 
何故か知らないが、この3人の生活が近い内に壊れてしまう、そして、 
俺から、美有とおかあさんが遠く離れて行ってしまう、そんな予感がしてならなかった。 
そしてきっと思い知る、この暮らしこそが、俺にとってかけがえのない日々であったと。 
二度と修復出来ないことを痛感し、嘆き、もがくのだ。きっとそうに違いない。 

机の上に置かれた少々不細工なぬいぐるみのピーちゃん。 
俺が不器用に縫い付けてしまったままだ。 
おかあさんに頼んで綺麗に修理してもらおうよ、といったとき美有は 
(これでいいの!)と語気を強め、頑として譲らなかった。 
設定温度を、1度高めた。 
美有の体を包むタオルケットが少し乱れた。曲げていた下肢が伸びたとき、 
4cmくらいの傷痕に目が止まった。その時の傷だった。 
骨折は完治していたが、まだいくらか後遺症が残っているようだった。 

(中学に入ったらね、みう、テニス部に入るんだ)と話していたことを思い出した。 
だが、美有は自分の判断で美術部に入った。 
その方面の才能は、お世辞にも有るとはとはいえないのに。 
美有は美有で、いろんな事を体験し、考えている。考えている素振りも見せずに、 
いつも明るく振舞い、物事、人を決して否定や攻撃をしない性格。 

俺はその痛ましい傷痕に吸い寄せられた。薬指をそこに当てがい、そっとなぞった。 
薄く目を閉じ、俺は、ゆっくりと近づき、唇でその傷を塞いだ。 
居間に行き、おかあさんの帰りを待った。今夜はいつもより早く店を閉め、12時頃に 
帰宅してくれることになっていた。 
過去に2度しか仕事帰りのおかあさんを見たことがなかった。 
日付けの変更とほぼ同時に帰ってきた。 
『あら、薫くん・・・ただいま、起きてたの?』 
『うん、明日行くからね、待ってみたかったんだ』 
微かに感じたアルコールの匂いから、おかあさんの毎日の努力を感じてしまった。 
オヤジと別れて、1番ダメージを受けているはずのおかあさんなのに、 
精神的に強い女性だと思った。 
体にフィットした濃紺のスーツと襟元がデザインされた白いブラウスがとても 
似合っていた。OLスーツとは違う着こなしの胸元が眩しかった。 
色気を兼ね備えた綺麗な女性だ、とあらためて思ってしまった

おかあさんはすぐにメークを落とし、着替えて、シャワーに入りバスローブを纏い、 
洗面台の前でヘアドライヤーを当てはじめた。 
そんな光景をTVを観ながら、目が追っていた。 
どうしようもなくおかあさんの近くに行きたくなり、その背後に立ち、ボンヤリと 
鏡に写る姿を眺めてしまった。 
『どうしたの?ボーッとしちゃって』 
『考えてた。一緒に居る事があたり前のこの生活のことを』 
『たとえば?』 
『おかあさん、美有が突然いなくなってしまわないだろうかってね』 
『そう思うの?』 
腕が頭の上にいったとき、バスローブの裾が少し持ち上がり、膝の上が覗けた。 

『もちろん、考えたくなんかないさ』 
『じゃ、考えないこと』 
華奢な白い首すじ、バスローブの紐でウェストのくびれが浮かぶ。ボリュームのある 
お尻・・・俺はその感触を貪るようにして、堪能したことがある。 
あの感動と悦びは永遠に脳裏から遠ざかることはないだろう。 
しだいに心も体も官能に浸されていった。脆い理性が揺れ動いた。 
『・・・おかあさん、俺、おかあさんに甘えたい・・・笑っちゃうね?』 
『こんなわたしでいいの?』 
激しい動揺に翻弄されながら、両足が感触を知った背中へと近づいた。 
その背中に抱きついた。力が入った。 
あの時とは違う香り、あの時と同じ感触が心臓まで達した。 
『おかあさん、離れないで・・・いつまでも』 
『か・・・薫くん、あなたはね、美有と同じで、私の生きるエネルギーなのよ』 

抑えていた欲望が噴出した。バスローブの胸元に手を突っ込み、熱く柔らかな乳房を 
揉みしだいた。 
(なにもかもほしい、この熟れきった体の隅々まで、味わい、知り尽くしたい) 
『ごめん・・・俺、変だよ・・・怒ってよ、おかあさん・・・ごめんね』 
両肩が露わになり、俺の手はそのバスローブをむしり取った。 
『薫くん・・・わたしは拒否なんかしないわ、だから謝らないで』 
『お、おかあさん・・・』 
ミラーに写る素晴らしい裸体に魅入った。 
乳房を揉み続ける俺の卑猥な指の動きを見ていた・ 
俺とおかあさんの欲情は一致した。乱れ崩れゆくふたつの裸体を鑑賞した。 
微かに漏らすうめき声が、いっそう悩ましさを醸し出した。 
片方の手が肌を滑り、下半身へと向かい目的の秘部に到達するなり、その指を 
まさぐり、潜らせた。ぬめっとしたものがすでに充分満たされていた。 
潤滑の液にまみれた指は、動きが滑らかになり、激しい動きを繰り返した。 
その光景を鏡で何度も覗いた。 
まるで、アダルトビデオを観てるような艶姿にすさまじい興奮を覚えた。 
ビデオの違いは、匂い、感触、味覚、嗅覚を堪能できることだが、それだけではない。 
自分の欲望のままに、女体を好きなように操れる、それが最大の違いだった。 
『だめだね、俺って。一度限りって約束したのに・・・』 

『・・・なにも言わないで・・・』 
『俺は・・・もう初めてじゃないんだ、止められない気がする』 
『もっと甘えて・・・薫・・・くん』 
『お、おかあさん、後悔しないでね』 
おかあさんの体をゆっくりと床に倒した。 
力を抜ききった柔らかな両足を開き、太ももから舌を這わせ、しだいに 
薄い淫毛へと向かった。 
そこに舌が達するやいなや、甘い蜜に集る飢えた獣と化した。 
自分の呼吸のリズムも忘れ、音を立てながら、おかあさんの蜜に吸い付き、 
舐めあげた。 
『おかあさん・・・止められないよ』 
『薫くん・・・いいっ・・・おねがい・・・とめないで・・・』 




その翌朝、大阪行きの日。 
おかあさんはすでに起きていて、キッチンで朝食と、二人のお弁当を作っていた。 
俺を見るなり、いつもの表情で、おはよう、と声を掛けてきた。 
俺もいつもどおり、同じ返事で答えた。何でもない朝だった。 
違うのは、今日からさん3、4日この家を離れることだけ。 
特に美有にとっては、小学校の修学旅行以来、初めて母親と離れることになる。 
『おにいちゃん』 
と突然背後から声をかけられ何故か、ドキッとしてしまった。振り向かずとも、 
美有とわかっていたから、よけいだった。 
昨夜のこと、美有にばれてしまったのか、と思ってしまったのだ。 
『あっ、おはよう』と返事をしたものの、美有の顔を見ることが出来なかった。 

『おにいちゃんってば、やっぱ、違う気がする』 
朝から否定的な言葉が吐かれた。ついにか、ついに反抗期が来たか。 
初めて耳にした美有の言い方だった。 
『ん、どうした?』 
『今日着ていく洋服ね、なんか違うような・・・おにいちゃんの選んでくれもの』 
『そうかな』 
『ちょっと待っててね、いま持ってくるね。自分で選んだんだよ』 
と言うなり、美有は急いで部屋に戻り、自分で選んだという服を見せてくれた。 
『いい?このブルーのキャップでしょ、黒のプリントタンクにカーキのワークミニ 
 でしょ、それで靴はあの白いやつ・・・だめ?』 
美有は急いでそれを着てみせてくれた。『ねっ!どう?』 
『うん、いい感じかな。OK!あとアクセもね』 
『もちろん!おにいちゃんに買ってもらったクロスのネックレスとブレスレットも』 

美有はこの日を、俺よりも楽しみにしてたみたいだった。 
夏休み最初の旅行が楽しみなのだろうか。 
オヤジと久しぶりに会えるのが楽しみなのだろうか。 
俺とふたりで遊びに行けるから楽しみなのだろうか。 
中学1年。拘る様だが、この旅行が美有と行く最後のような気がした。 
それだけに、美有の表情や動きを、しっかりとデジカメに記録するとともに、 
俺の記憶にも鮮明に残して置きたいと思う。 
オヤジとおかあさんの出会いによって、副産物のように現れた美有。 
小2の時からその成長を見てきた。出会った時の面影しか残ってはいない今の美有。 
男って、中学も高校もひとつの延長に過ぎないと思うくらい、その成長過程に面白味 
が欠ける。俺が男だからそう感じるのだろうが、とにかく女の子の変化は興味深い。 

俺は美有を通して、女の子との対話を繰り返し、しっかりと成長の変化を観察 
してきた。その意味で、今の家庭環境と美有という題材は極上の素材だった。 
以前俺は、美有の10歳から14歳までを可能な限り、この時期の女の子のあらゆる 
現象に触れてみたいと思ったことがある。 
それは、しっかりと今日まで実行されてきた。ただ、14歳あたりになると自信がない。 
俺が、遠慮しなければならないような事や、今までなんでもなかった事が突然、 
拒まれるか、そのような関係になるだろう。またそれは当然のことでもある。 

俺がオヤジとの間に一線を引いた時の最初のきっかけは、友達だった。 
友達が遊びに来てたとき、たまたま家に居たオヤジは、いつもの俺たちのままで 
接して来た。友達がいるというのに、俺はなんとなく反発してしまい、 
(わかったから、友達来てるから部屋来ないでね) 
と言ってしまった。それを初めて口にしたときから、友達の前のみならず、意識して 
自立したような自分の世界を広げていったのだ。 

男の子と女の子の違いがあるが、なんだかこの俺も近い内に、美有から 
(ともだちが部屋に居るから、入ってこないでね)と言われそうだ。 
入ることの出来ない世界が美有に生まれた時、俺はきっと閉ざされた扉の向こうに 
接することなく、やがて美有との心の距離感が拡がっていくのだろう。 
で、その内 
(いつまでアニキぶってんの?他人のくせにさ、ほっといてよ!) 
・・・なんてことになっちまうのだろうか。 

おかあさんが新幹線で食べなさいと言って持たせてくれた弁当を、 
荷物でパンパンなっってしまったバッグに無理やり詰め込んだ。 
おかあさんに家の前で見送られ、ついに初めての二人だけの旅行がスタートした。 
朝からジリジリと暑い太陽の日差しを浴びていたおかあさんの顔がとても眩しそうで、 
辛そうで、にも拘らず、笑顔で見送ってくれているのを見て俺は、 
(いいから、早く中に入ってよ。ゆっくりと眠ってよ)と思った。 

お金は充分あった。オヤジからは、いつもの送金に加え、今回の交通費が 
送られてきた。おかあさんからは、俺のバイト代が入り、美有は自分の貯金 
を少し引き出していた。 
その合計を美有と二人で分けて持つことにした。万が一、どちらかがお金を 
紛失しても対応できるようにと、俺が判断した。 
東京駅から、新幹線乗った。キップの購入は全て美有にやらせてみた。 
時間が多少あったので、暇つぶしにチャレンジさせた。 
あっちこっちと歩き回り、少々頭を傾げながらも、無事購入してくれた。 
車内は空いていた。美有が窓際に座り、俺はその隣に座った。 
近い将来、俺たちは別々の人生を送ってゆくと思うが、 
この二人だけの大阪行きは、いつまでも忘れられない思い出として、 
心に深く残る気がした。 

美有は新幹線に乗るのが初めてだった。 
発車してから1時間は、席を立ったり、座ったりで気持ちが高揚していた。 
腕を伸ばして、ツーショットでデジカメに記録したり、ビデオカメラも 
目に飛び込む無秩序な全てを録画していた。 
静岡を過ぎたあたりで、手作りの弁当をバッグから取り出し、蓋を開けたとき 
だった。ふたりして、その光景を目の当たりにして、大きな声を上げてしまった。 
せっかくの弁当のレイアウトが無残になっていたのだ。 
美有は半べそを(どこまで本当だか)かきつつも、 
『でも、食べてみようよ』といって、先に箸をつけた。 
一口、口に放り込むなり、美味しい!と満面の笑みを浮かべるから、俺も無心で 
食い始めた。なんだかんだと言いつつも、結局、ふたりとも 
その弁当を全て平らげてしまった。 

名古屋を過ぎても車内は空いていた。美有が自分から、 
あの夜の事故のことを話し始めた。 
『あのね・・・わがままって思われるけど、おにいちゃんにカノジョいて 
 ほしくない・・・でも、いつかはいいけど、今はいやだな・・・』 
俺は黙っていた。 
『・・・きっと遠くへ行ってしまうって思った。それでね、 
急にドキドキしてきて息が苦しくなってきて、 
ピーちゃん連れて家を飛び出したの。なぜだか知らないけど、 
走ったよ、すごく走ったんだ。行くとこ決めてなかったけど、 
あのお菓子屋さんのとこまで行っちゃった。おにいちゃんと 
よく行ったせいかなあ。もちろん、お店閉まってるの知ってるし、 
あのおばあさんもおじいさんも、もうあそこには住んでいないこと 
だって知ってたんだけど・・・』 

『・・・行ってみたらね、お菓子や屋さんの家の中が明るく 
 なってて、変だなって思ったよ。でね、おばあちゃんの 
 顔が見えるかなって思って、見ようとしたけど全然見えなくって、 
 それで、向かいの造りかけの建物の上に上がって、確かめようと 
 思って、中に・・・』 
『入っちゃったわけなんだ』 
『うん、入っちゃった、ごめんなさい。3階まで上ったとき 
だったと思う。突然、床が消えたみたいになって、そのまま落ちた 
はず。どんな風に落ちたかわかんないけど、嫌な音と痛みは 
だけ覚えてるよ・・・』 
・・・おにいちゃんがいたのは見えたけど、それって夢のような 
気がするし、そうだ!サイレンの音がうるさくてうるさくて、 
頭がガンガンと痛かったんだ。誰かそのうるさいサイレンを止めて!って 
叫んだのに、誰も止めてくれなかった・・・』 

『・・・体中が痛かった・・・救急車に入っているのがわたしだって、 
 どこで気付いたっけなあ・・・』 
俺はそんな美有の話し方が、可笑しくてならなかった。もちろん、堪えて 
はいたけど。今こうして一緒にいられる喜びを思うと、あの痛ましい美有の 
姿を見た時とのギャップが有りすぎて、何故だか、可笑しい気分で、 
美有の話を聞くしかなかったのだ。 
『どうしてさ、今までそのこと話そうとしなかったの?』 
『だって、知らない人の家に入っちゃったから・・・いけないことでしょ?』 
『もちろん』 
『それが理由かな』 
『わかったよ。でも秘密にするよ』 
『ほんと?』 
『当然!大切な妹の秘密だからね』 

何故、こんなにも純真でいられるのだろう。美有と同年齢の女の子のことは 
知らないから、特別だと思わないようにしているが、少なくとも、俺とは 
明らかに違う。 
純真な人間と感じるときのボーダーラインってあるのだろうか。 
無意識に比較する対照があるとすれば、それまでに出会った純真と思わせる人物と 
比べた結果なのだろうか。 
ならば俺はどうだろう。俺は自分自身と美有の性質を比較していた。 
だからなのか、迷うことなく美有の物事に対する考え方が、純真であると 
判断したのは。 

俺のことが引き金となった衝動的な行動での事故だった。半年間もそのことに対し、 
口を閉ざしてきた美有。それがどうして今、打ち明けたのだろう。 
俺は思わずそれを聞きながら笑ってしまった。造りかけの建物だろうと他人の敷地内に 
ある他人の家だ。俺が笑ってしまった理由と、美有が感じていた罪悪感に大きな隔たりが 
あったといえる。 
おそらくこれを聞いた人は、そんな事ぐらいで、と思うだろう。 
そこだ、それこそが純真なのではないか。純真、誠実といった清い心は誰にだって 
あったはずだ。ただ、それをいつまで保っていられるかだろう。 
年齢なんて関係ない。子供だからといって、純真な心を持っているとは断言できない。 
その判断はたしかに他人の評価である場合が多い。 
だが、はたして正しい評価なのだろうか。他人の評価ほど、いい加減で気まぐれな 
なことは無い。 

話し方が悪い、態度が悪い、たったそれだけでその人が評価される。犯罪者には誠実な 
心が無いと誰が言い切れるだろうか。行ないが不良だからといって、誠実な心を持ち合わせていないと誰が決めつけられるだろうか。 
他人には人の心なんて絶対にわかりはしないのだ。 
純真や誠実というものは、永遠に自分の心の中にある、と評価なんか無視して、自分自身を信じて生きてゆけばいいのだ。 
美有の話を聞いた俺は、漠然と窓の景色に目を向けていた。 
こつん、こつんと軽く俺の腕に美有の肩が触れていた。 
美有の表情をそれとなく覗いた。 
転寝していた・・・生まれて初めての罪を打ち明けた安心感からなのだろうか、 
俺にもたれる様にして、眠っていた。 

奈々にも、おかあさんにもない、いつもの匂い。美有の髪の毛が首筋をくすぐる。 
この匂いは美有の体のどこから発せられているのだろうか。 
もしフェロモンという物質が、本当に人間の体内から生成されるというのなら、 
美有の匂いは、その対極にあるフェロモンなのかもしれない。 
俺はこうしているのが好きだ。独特の軽い陶酔感を覚えるから。 
汗とは違うしっとりとした美有の腕と俺の腕が密着していた。座席を倒さず俺に 
もたれ掛かる美有がいとおしいと思った。俺に対する深い信頼感が伝わる。 
美有のまだまだ大きいとはいえない乳房の弾力が体温とともに伝わる。 
錯覚かもしてないが、10秒くらい鼓動が同調した。 
その間だけ、ひとつの体に溶け合った気がした。 

だが突然、俺の鼓動が早くなって乱れた。当たり前の状況に当たり前でない心境に 
陥ってしまった。 
エロティシズム。 
匂い、感触、純真、信頼、依存・・・いろんな要素が俺を心酔させた。 
美有とひょっとして・・・馬鹿な。 
そんな対象にしたくはない。俺は邪気を払いのけた。 
こうして美有と時間を共有して共に巣立ってゆく。俺の役目はその穴埋めに過ぎない。 
このひとときを無駄にしなければいい。 
俺の手首に数ミリの間隔を残し、美有の小指があった。今でも普通に手をつないで 
歩く俺たちなのに・・・その間隔は美有の躊躇いに思えてならなかった。 
俺はその手をとり、強く握りしめた。 
新大阪の到着まで、あともう少し・・・ 

まもなく新大阪に到着するという車内アナウンスが流れた。 
俺は新幹線に乗るのが今回で4回目だった。 
過去3回の内、1回は去って行った母も一緒だった。 
あらためて聞いたアナウンスの音量・音質がとても心地よかった。 
美有も同時に目を醒ました。2秒ほどで現実に戻った表情をみせた。 
俺は、美有の肩を抱いていた。何故か抱いていた。 
動機?動機なんてどうでもいいじゃねーか、と自分を冷やかすようにして、誤魔化した。 
二人とも、生まれて初めての大阪だった。 
この大都会に来る前は、オヤジに会うことばかり頭の中が支配していた為、 
大阪の街の情報はほとんど入っていなかった。 
起き掛けだったから、美有のバッグも持ってホームに降りた。 
美有は、絶対に見失うまいとしてか、しっかりと俺の手を握ってきた。 


約束した中央出口に向かった。オヤジが待っているはずだった。 
『いたぁ!おにいちゃん、おにいちゃん!おとうさんいたよ!』 
美有の指差した先を見た。オヤジが声を出してはいなかったが、 
大げさに手を振っていた。 
4ヶ月ぶり近くで見たオヤジ。元気そうには見えた。俺はほっとしたかった。 
そうさせなかったのは、少々やつれたように見えてしまったからだ。 
美有が俺の手を引っ張り『はやくっ、はやくっ』と急き立てた。 
オヤジの目は少し輝いていた。いや、潤んでいたのかもしれない。 
俺も胸に熱くこみ上げるものを感じた。 


『よく来たね、ふたりとも元気だったかい?美ちゃんの怪我は?』 
美有は俺の方を見ながら、コクン、コクンと大きく2度頷いた。 
口から何も出てこなかったのは、美有なりの嬉しさの表現法だったのだろう。 
オヤジは続けて言った。 
『また大きくなったね・・・美ちゃん。どうやらすごい美人さんに 
なりそうだから、薫がちゃんと護ってあげないとな』 
『うん元気だよ、わかってるさ、おとうさんは?』 
『もちろん、順調に行ってるさ』 
そう胸を張って言い切ったオヤジだったが、俺の視線の先は、 
いくらか落ちたように見えた頬の肉だった。 
3人は御堂筋線という電車に乗込んだ。俺はその文字をまじまじと見た。 
御堂筋という言葉の響きと漢字が何故か気に入ってしまった。 
一個一個の駅名が新鮮だった。 
『御堂筋線って、どこからどこまで走るの?おにいちゃん』 
『俺に聞くな』 
その質問はオヤジが答えた。 
『梅田で降りるからね』とオヤジ。 
『おにいちゃん、梅田ってどこにあるの?』 
『だから俺に聞くなって』 
知らないことをわかっていながら、なぜ美有は繰り返し俺に質問してくるのだろう、 
と思った。4人が一緒に暮らしていた時は、オヤジが傍にいるときは、必ずオヤジに 
質問していた美有だったのに・・・遠慮か。だとしたら、何故、遠慮するのだろう。 
美有の小さな心の変化が?掴めなかった。


梅田の駅を出たら、紛れもなくそこは都会だった。すぐ近くに大阪駅もあり、 
高層のビル郡が立ち並んでいた。オヤジが責任者として働いている店まで20分近く 
歩いた。普通に歩けばもっと早く着いたと思うが、色々と説明してくれるオヤジの後を 
ついて行ったり、横道に逸れたりで時間がかかった。 
店の場所は歓楽街というより、都会の賑やかな商業地にあった。 
いろんなテナントが入ったビルの3F全てが、その店だった。 
東京の店より、遥かに高級そうな店構えに、ちょっと緊張してしまった。 
もちろん、店はまだ準備中だった。 
オヤジが店内で働いているスタッフに向けて言った。 
『オーイ!俺の子供が来てくれたよ』なんだか自慢げに聞こえた。 
全スタッフじゃないと思うが、そのときにいた6人全員が出てきてくれた。 
『こんにちは!』と2、3人が同時に挨拶してくれた。 
独特のイントネーションがあった。 

みんな優しそうな笑みを浮かべて歓迎してくれたから、 
俺も美有も少しだけ緊張感が薄れた気持ちになった。 
『腹、空いただろ?なんでもいいぞ』とオヤジが言った。 
『なら、あのお好み焼きが食べたいな。なっ、美有』 
美有も周りの雰囲気に圧されつつも、小さく頷いた。 
『あれか、ここではやってないんだ。大阪は美味いお好み焼きはどこででも 
 食えるから、メニューには置かないことにしてるよ』 
『じゃ、どうする?美有・・・なんでもいいか・・・なんでもいいよ』 
美有は俺のTシャツの裾を掴んだままだった。 
『海野店長のお子さんって、大きかったんですね』 
スタッフのひとりがオヤジに言った。 
別のスタッフも続けた。 
『美男、美女やね』 
俺のことはお世辞だろと思ったら、自分で可笑しくなった。 

お嬢さんは、小倉優子に似とるなあ』と言ったのは、一番若そうなスタッフだった。 
俺はその名前が誰だかすぐにはわからなかった。 
『美有、誰だっけ?俺、ど忘れしてるよ』俺はそう言いながら、美有を見た。 
『・・・おぐゆう、でしょ・・・似てないもん』と手を小さく振りながら呟いた。 
俺はすぐにその顔を思い出した。そういえば、目が似てなくもなかった。 
結局、オヤジがメニューには無い例の物を作ってくれることになった。 
その間、オヤジはスタッフの皆に、俺と美有の話し相手になってやってくれといい、 
ひとり厨房に入っていった。 
みんな優しくて、いい人ばかりだった。 
なんだか、一気に大阪が好きになってしまった。 
特製のお好み焼きを食べたら、一旦、オヤジの住む部屋へと向かった。 

そういえば、電車に乗って気付いたことがあった。電車の中で普通に周りの話し声が 
聞こえるのだ。別段、気にすることでも無さそうだが、なんだか東京との違いに 
触れた思いがした。 
東京の電車内は、ほとんどの人が他人に聞こえない程度の声で話すか、 
黙っている人が圧倒的だが、大阪は違っていた。 
周りの話し声が当たり前のように耳に入ってくるのだ。 
これは電車だけに限らなかった。人通りの多い場所を歩いても、 
前後左右からの話し声が、街のノイズに負けないくらいに聞こえてくる。 
どっちの都会がいいかという問題ではなく、どっちの都会が気分的に安心できるか 
という事だけを選ぶなら、当然、見知らぬ人達の会話が自然に聞こえてくる街の方が 
安心感を覚えるに決まっている。 
オヤジはタクシーの方が便利だから、という理由で乗った。 
店からタクシーで20分程度だった。どうやら、駅から少し離れていたせいだった。 
そこは8F建てのシンプルな外観のマンションだった。オヤジの移住空間は、2DK 
といった間取りに住んでいた。外観同様、オヤジの部屋もシンプルそのものだった。 
東京から持ってきた荷物がそのままの状態で置かれていた。部屋に飾るでもなく、ただ、 
ダンボールの口を開けて、そこから必要な物を出し入れしている、そんな感じに見えた。 
男の一人暮らしって、こうなってしまうものなのかなと、思ってしまった。 
その部屋で1時間ほど、3人でインスタントコーヒーを飲みながら話をして、オヤジは 
店に仕事へ行った。 
『あんまり遅くならない程度に、遊んできなさい。とはいってもあまりわからないと 
 思うけど・・・』 
『あっ、待って!おとうさん、心斎橋ってどうやって行くの?』 
オヤジは俺の質問に答えて部屋を出た。 
『なあ美有、心斎橋ってとこ行ってみようよ』 
『うん!行ってみたい』 
初めていつもの美有の声を耳にした。表情も緩んだ気がする。 
『今日の美有さ、なんだかおとなしくないか?』 
『一緒だよ』 
『そうかなあ、俺には美有がなんだか少し遠慮してたように映ったけど・・・』 
『そんなことないよ』 
『ならいいけどさ、オヤジと久しぶりに会ってどうだった?』 
『嬉しかったよ、すごく・・・どうして?』 
『もっとさ、はしゃぐかと思ってたんだ・・・そうか!美有が成長したせいかな』 
『うーん、わかんないよ。あっ、そうそう、どうしてね、おにいちゃんって 
 オヤジと言ったり、おとうさんと言ったりしてるの?』 

『そのことか・・・最初にねオヤジが居酒屋をやってた時、常連の人達がみんな 
 オヤジのことをオヤジ、オヤジさんとかって呼んでてさ、まだ小さかった俺が、 
 その言い方を真似して、ある日、家の中でオヤジって呼んだらさ、思いっきり 
 殴られたんだ。店ではいいが、家ではその言い方はやめろ!って』 
『うんうん』 
『それで、オヤジと面と向かって話すときは、おとうさんって呼んでるんだけど、 
 おとうさんが居ない所ではさ、オヤジになってしまうのは、その方がしっくり 
 とするし、似合ってるし、愛着があるのかなあ・・・だからオヤジという 
 言い方は棄てられないんだと思う、わかった?』 
『わかった、もっと深い理由があるのかなあって期待・・・』 
『おっ、小生意気な小娘め!』 
俺は部屋の中を逃げる美有を捕まえ、その腕をつかみ、マンションを出た。 

オヤジに教えられた通りに行った。しばらく心斎橋をぶらついた。 
残念ながら、俺がイメージしていた大阪らしさはこの街では感じられなかった。 
急遽、俺と同じ高校生っぽい3人グループに聞いてみた。 
『教えてほしいんだけど、大阪らしい雰囲気があって、おもしろそうなとこって 
 どこですか?』 
『・・・難波やろ』『そやな難波やな』『とりあえず難波や!行ってみ』 
いいやつらだなと、思った。 
美有といえば、そんなときは決まって、俺の背中に隠れる癖があった。 
もちろん迷惑であるはずがない。 
だいいち、俺の妹だ、誰にも手は出させん、ってな気分に浸れるのだから。 

難波は大阪がてんこ盛りだった。特に千日前あたりを飽きずにうろついた。 
奈々と来て見たいと思った。ケータイのメール音は消しているが、奈々からの 
メールは頻繁に入っていた。 
夕方から夜になるにつけ、TVでよく観る広告の煌びやかなネオンが、 
よりいっそう大阪を醸し出していた。その暗さに比例してカップル達が道頓堀の 
橋に目立つようになってきた。俺と美有もその中に混ざっていた。 
横のカップルが抱き合ってキスしていた。すかさず美有は反対の方をみた。 
美有の為にも、もうここに居る時間じゃないかも知れないと、良心的な俺が思った。 
だが、良心的でない俺は、いやそれは違う。現実の姿をしっかりと観察できる 
環境に美有を放置することも、大切ではないか、と囁いた。 


俺と美有は橋の手すりに向かい合わせで寄りかかっていた。 
ドーナツ屋で買ったバニラシェイクを飲んでいた。 
『モー娘の道重似と思っていたけど、おぐゆうとはねえ』 
『似てない!』 
『たしかに目の大きさとか、黒目勝ちの所は似てるかもね』 
俺は美有の背後でいちゃつくカップルが気になっていた。 
『そろそろ部屋に帰ろうか?』 
『もう少しいてもいい?』 
『美有がいいなら、いいけど・・・気に入ったの?』 
『うん』 
まさか気に入っているとは予想出来なかった。 
いろんな現実がここにいると目に飛び込んでくる。恥ずかしい気持ちを抑え、 
その現実をしっかりと、見ようとしている美有・・・ 
性に芽生え始めているのか。 

突然、美有が言った。もちろん、また予期してなかった言葉だった。 
『おにいちゃん・・・おにいちゃん後ろ、見て、見て』 
小声でそう言うから、なにかと思って後ろを振り向いてみたら、 
まだ高校生になってなさそうな女の子が、大学生風の男と抱き合ってキスを 
していた。 
『美有・・・見てたの?』 
『だって、おにいちゃんの方に向いてると、目に入るんだもん』 
『恥ずかしくない?』 
『恥ずかしいけど、何年生なのかなって、思って』 
『どう思う?うらやましいとか』 
『うらやましくなんかないよう』 
なんだか美有の両頬が紅潮してきていた。 


美有は、恥ずかしさと強い好奇心の中にいた。 
『美有はクラスでもてるほう?』 
『わかんない』 
『彼氏とかほしい?ってまだ早いか』 
『いらない、いらない・・・全然いらないよ』 
『どうして?』 
『・・・だって・・・』 
『だって、なんだよ』 
『だって美有・・・だってね・・・やっぱり秘密にする』 
『変なやつ』 
俺はいつもと違う気持ちで美有の手を握った。 
俺はしばらく焦らしていた。 
握ってほしくてしかたがなかった柔らかな手を、しっかりと捕らえた。 

高3の俺と、中1の美有。何年間も義兄妹として暮らしてきた。 
そしてその義兄妹という関係は消滅して、ただ、意識としてのみ兄妹という 
関係を保持しているに過ぎない。 
倫理として否定される要素なんてなにひとつ存在していない。 
あるとすれば、美有の年齢だけだ。 
奈々のことは好きだ。いい加減な気持ちなんかで付き合っていなかった。 
(表向きは、そのとおりだ) 
だから、これからも同じようなスタンスで付き合ってゆきたいと思っている。 
(また、偽ってる・・・正直に言え!) 
奈々は、抑制力だった。そう、美有との距離を保つ為のガードだった。 
だから、奈々という存在が不可欠だった。 

ならば、おかあさんとの関係は一体なんだったのだろう。 
大人の魅力的な肉体に吸い寄せられた。その全身から漂う色気に酔った。 
それだけだ。 
(またか、違うだろ) 
その肉体から生まれた美有の未来を想像しながら、 
おかあさんを抱いていた自分がいた。 

9時を少し回った。 
強く握り締めた包み込まれた美有の手。 
どちらの手が汗ばんでいたのかわからない位に密着していた。 
その手をゆっくりと俺の方へ引き寄せた。 
なんら抵抗感もなく、それは引き寄せられ、半歩、体が近づいた。 
腰の辺りが接触した。まだ視線は合わせていなかった。 
わかっていた。長い月日の積み重ねで、 
美有に対する愛情が深くなっていたことを。 
俺はわざとおどけるようにして言った。 
『わかったあ!美有ってさ、俺のことが好きだったりして』 
『・・・だめ?・・・おにいちゃんは?』 
『決まってるさ・・・』 
『おにいちゃんは?』 

『もちろん・・・』 
『もちろん、なに?』 
美有はじれったそうに、握られたその手をぶらぶらさせた。 
『美有、俺の前に来て』 
美有の体は、周りのカップルと同じような姿勢になった。 
今にも俺に抱きしめられそうな体勢になった。 
俺は握った手を離し、美有のすべすべした頬を包み込み、紅潮した顔で 
俺を見つめる顔に近づき、 
『美有、目を閉じて・・・』 
美有は躊躇うことなく従った。 
形の良い鼻のてっぺんに人差し指を当てて、俺は言った。 
『俺の大切な妹、美有をこれからも大切にしますよ・・・だから帰ろ』 
美有は目を開け『うん!帰ろ、帰ろ』といい、すかさず俺の手を握ってきた。 

近くに蛸の食材をメインにした店があったので入ってみた。 
店内の客はかなり入っていたが、家族連れの小さな子供もいたので、 
そこで夕食を食べることにした。メニューは初めて口にするようなものが 
ほとんどで、美有を楽しみにしてくれた。 
わかってはいるけど、俺は生ビールをオーダーし、美有はウーロン茶も。 
料理はふたりで4品。どれもとっても美味しかった。 
このような場所で、美有とゆっくりと話すことは初めてだった。 
驚いたことといえば、俺がイメージしていた美有の考え方は、 
それ以上に大人であったということだ。俺の言ってることをしっかりと理解し、 
自分の考えをも言える。だが、大人ではない。 
無邪気な子供と、思春期に突入した少女の大人びたものが混在していた。 

コンビニで買ったマップを店で開き、オヤジの部屋の住所を美有と探り、 
帰りの方法を探した。距離的のタクシーに乗れば、3千円くらいかなって 
思ったが、電車を利用して、後はたどり着くまでのんびり歩いて帰ること 
にした。その方が楽しいし、歩いて見つかる大阪もあるような気がした。 
それでもマンションに着くまで、2度、交番に入り道を尋ねてしまった。 
どうにか、12時前にはたどり着いた。 
俺と美有の部屋に帰るような、そんな気がしてしまった。 
さすがに少し疲れた。風呂に入って寝ようとしたら、美有が、 
『おとうさんが帰ってくるまで、お掃除しようよ』 
オヤジは2時頃の帰宅になると話していた。俺も賛成した。 
汗を流しながら、美有は一所懸命やってくれていた。そんな姿を見て、 
俺も負けまいとやった。 

部屋の間取りは、4畳半の台所兼居間、6畳の洋室、6畳の和室になっていた。 
掃除が終わり、風呂に湯を溜め、美有を先に入れさせた。 
俺はTVをつけた。東京では観たこともない番組やCMが流れていた。 
30分位で美有がオヤジのバスタオルを巻いて風呂から出てきた。 
白いタオルで髪の毛を巻き上げていた。おかあさんの姿態が重複した。 
心臓がドキドキしてしまった。俺は美有に和室で寝るようにと言った。 
Tシャツとショートパンツに着替えた美有が蒲団の上で言った。 
『楽しかったね、おにいちゃん。あと何日いるの?・・・まだ寝ないの?』 
『あさって帰ろうって思ってるよ。オヤジを待ってるから、先に寝なさい』 
『じゃ、寝るね、おやすみなさい!・・・おにいちゃん、どこで寝るの?』 
『美有と寝るかな』 
『べーだぁ、もう・・・おやすみなさい』 

冗談っぽく言ったが、本心だった。願望だった。美有の体を抱きしめながら、 
同じ夢を見てみたいと、心から思っていた。 
美有はあっという間に眠りについた。俺も風呂に入った。 
風呂から出て、美有を見たら、少し乱れたタオルケットからおへそが見えていた。 
美有のTシャツを引き下げ、それを隠し、タオルケットでおなかの辺りを覆った。 
俺の欲望を満たす為に生きている美有ではない。 
たまたま俺と暮らさなければならない環境の下に生まれたに過ぎない。 
それを履き違えてはならない、と感じた。 
美有の優しさも思いやりも純真さも、俺の為にあるのではない。 
美有の人生の為にあるのだ。 
その長い人生の一過性の俺に、穢されてはならないのだ。 

2時少し前のオヤジは帰ってきた。ふたりが部屋に居たことで、 
疲れを見せずに、やけに嬉しそうな表情を浮かべていた。 
『いつもこんな時間?大変だね』 
『うん、そうだよ・・・おっ、掃除してくれたんだね』 
『美有がね、ほとんどやってたよ』 
『美ちゃん、ほんとにいい子になったよね』 
オヤジは話しながらシャワーに入った。冷蔵庫からビールを2本持ってきた。 
『飲むか?』 
俺のグラスに注いでくれた。俺も注ぎ返した。 
オヤジは美味そうに一気に飲み干した。俺も真似をし、そして言った。 
『最近さ、おかあさんと連絡取ったりしてる?』 
『ああ、必要な時は、してるよ』 

俺は、胸の内を話してみることにした。 
『変なこと聞くけどさ、復縁の可能性ってある?・・・2年か3年後に東京へ 
 戻って来る予定でしょ、その時、俺はおとうさんと暮らすんだよね』 
『離れたくないんだろ?どこに暮らすかは、薫の自由じゃないか』 
『うん、単に離れたくないだけでなく、4人でまた暮らすことに拘っているだけさ』 
オヤジはちょっとだけ考えていた。 
『離婚はさ、オレが一方的に悪かった。その話をする時な、おかあさんに言ったんだ。 
 戻ってきた時に、二人の気持ちに変化がなかったら、どうする、ってね』 
『それで・・・』 
おとうさんは、チラット眠っている美有の方を見やってから言った。 
『先のことはわからない、っておかあさんは答えたよ』 
『ぶり返すわけじゃないけどさ・・・どうして離婚したのさ』 

『オレはね、不器用なんだよ。大阪で挑戦することは、ものすごいプレッシャー 
 だった。それ故に、チャレンジしたかった。裸になって挑みたかったんだ・・・ 
 だから、そのときの逃げ道を排除したかったのかな』 
『わかるよ・・・よくわかるよ。でもさ、その為の家族と違うの?家族の誰かが 
 ボロボロになって傷ついて戻ってきたとき、その家しか行くところがないから 
 戻って来る訳だし、そしてその傷を癒すのが、家族ってもんじゃないの?』 
オヤジは俺と自分のグラスのビールをゆっくりと注ぎ入れた。 
『・・・それが出来ない男なんだな。自尊心が許さない。自分の尻拭いは自分で 
 ケリを付けてからでないと・・・』 
『正しいとは思うよ・・・でも何かが違うんだ、おとうさんは・・・』 
『おかあさんや美有が以前、ふたり暮らしの時に苦労してきた、美有はいつも 
 夜はひとりぼっちだった・・・』 

そうだよ、わかってるじゃないか、安心したよ。俺がさ、何かが違うって言った 
意味はさ、何を優先させて生きて行くべきかってことなんだ。プライドを選んで 
孤立するか、それとも、負けた姿を家族に見せられるような家庭を選ぶかなんだ。 
・・・偉そうなことばかり言ってごめんね』 
ビールを煽り、オヤジは黙って聞いていた。 
『でもね、おとうさんはすごいよ、ほんとにすごいよ。見知らぬ大阪で挑戦しながら 
 俺たち3人が充分生活できるお金を、送金してくれるんだもの・・・この部屋を 
 見ればわかるよ。ほとんど何も買ってないよね・・・ただね、ほんとに望んでいる 
ことはさ、早く帰ってきてほしいってこと。そして、あんまり無理してほしくないって 
ことだよ・・・俺をいつも見守ってくれる肉親は、この世にたったひとりだけだもの』 
オヤジは急に立ち上がり、美有が寝ている部屋に置いてある衣装ケースから、1通の 
封筒を持ってきて、それを俺にくれた。 

『いつの日か、覘く必要が起きたら開いてくれないか、こうして離れているから、 
 必要なことだと思ったんだ』 
俺は、概ねそれがなんだかわかった。 
『・・・覘くような時なんか来ないさ』 
それを俺はバッグにしまい込んだ。 
4人の生活の可能性、ゼロではないような気がした。 
俺は、今だけをみてるわけじゃない。今の気分の赴くままで生きているわけじゃない。 
必ず、いつの日か、4人の生活が帰ってくることを信じ、生き、美有とも接している。 
なんとなく胸に痞えていたものが落ちたような気分になった。 
もう責めてはいけないんだ、二度と。俺はオヤジの息子だ。自立するまでは、 
オヤジの生き様を受け入れ、ついていくだけだ。 
『俺さ・・・おとうさんが帰って来たら、おとうさんと暮らすよ』 

ビールを飲んだせいと、疲れで、そのまま座卓に足を入れたまま、眠ってしまった。 
オヤジもそうだった。 
翌朝、その俺とオヤジの体の上に毛布が掛けられていた。 
オヤジは軽い鼾をかき、まだ眠っていた。 
美有も寝ていた。ショートパンツから素直に伸びた白い脚が、 
やけに眩しく綺麗だな、と思い、しばし魅入ってしまった。. 
誰が毛布を掛けたのだろう。 

この日の大阪は、朝から暑かった。 

普段は朝の10時まで寝ているといっていたオヤジが、何故か早く起き出した。 
もちろん、俺と美有はその前に目覚めていた。 
朝食の準備をオヤジがしてくれた。雑多な手伝いは美有が率先してやっていた。 
『もっとゆっくり寝てればいいのにさ』 
『今日、店休むよ。一緒にどこか行くか?』 
『嬉しいけど、いいよ、おとうさん疲れるよ。暑いしさ』 
『ユニバーサル・スタジオとかどうだ?』 
『興味あるけど、行きたくないな。大阪らしい場所をうろうろしてた方がいいし』 
『だったら、仕事行っちゃうぞ』 
『でしょ、無理やり休もうとしてたでしょ、俺たちの為にさ』 
美有は黙ってその会話を聞いていた。 

そんな美有のオヤジに対する態度が気になっていた。 
それは意識してみればはっきりとわかる変化だった。 
単なる美有の成長からくる変化だけではなかった。 
以前までのオヤジに対する接し方とは違っていた。 
はじめから俺はそのことを遠慮から来ていると判断していた。 
きっと、美有なりに、ひとつのけじめをつけていたのだろう。 
本当はすでに、おとうさんと呼ぶことの抵抗を感じているのかも知れない。 
だとしたら、おにいちゃんと呼ぶことだって同じではないのか。 
残念ながら、オヤジと美有を結びつけるものは、今では、生活費でしかない。 
美有がどのように考えているのか、わかるわけは無いけど、 
もうおかあさんと縁が切れたオヤジとの関わり方に、どう対処してよいのか 
わからず迷い、その結果が遠慮となって、現われている気がする。 

一緒に暮らしていたときは、義父として見つめ、接し、なんでも相談事や、 
将来自分がやってみたい事なんかをオヤジに話していた美有だったのに、 
この大阪では、たくさん話したい事を溜めていたと思っていたのに、そうでは 
なかった。オヤジに甘える事も無いみたいだ。 
オヤジはきっと気付いているはずだ。どことなく淋しい思いを抱いているに 
違いない。でもこればかりはどうする事もできない。 
美有のけじめとは、(もう前のように甘えてはいけないおとうさんなんだ。 
悩みや相談事も話してはいけない人なんだ) 

つまり、お金を送ってくれて一杯お世話になっているのだから、これ以上、 
自分の事くらいで迷惑をかけたくは無い、と。 
ならば、美有が判断するオヤジと俺との大きな違いはなんなのかといえば、 
いつも側に居てくれる人か、そうでないか、だ。 
それが美有にとって一番重要なことなのだ。 
嬉しいときも悲しいときも、いつも側にいてくれる人、そんな人こそが、 
美有にとっての信頼できる家族そのものなのだ。 
美有の家族観は血縁を超えているのだ。 
だから、たとえ離婚したとしてもオヤジが美有の側にいるのならば、以前と 
まったく同じ接し方をしていたはずなのだ。 

だからこそ、オヤジがさっき、ユニバーサル・スタジオに行くか?と話して 
いた時も、なんらかの態度を見せるような性格の美有なのに、無反応だった。 
それは無関心なんかではなく、美有の遠慮なのだ。 
俺はオヤジとは父子だから、普通に会いたいという気持ちでここに来た。 
だが、美有は違う。久し振りに会いたいという気持ちはあっても、 
なにがなんでも会いたいわけではないのだ。何故なら、自分が行けば 
それだけお金がかかってしまうわけだから。 
離婚という意味は充分わかっている美有だ。家を出て行ったオヤジ。 
これからは、どういう立場でオヤジを関わっていなければならないのか、 
美有なりに、結論を出していたのだろう。 
じゃ、何故一緒に大阪に来たのか・・・敢えて考えるまでもないことだと思う。 

結局、おとうさんはオレと美有の為に休んでくれた。正直いって、嬉しかった。 
美有が大阪城を見てみたいな、とひとこと呟いたら、それが決まった。 
昼食はレストランで摂った。3人とも手打ちうどんセットを食べた。 
透明なスープがとっても美味しかった。バスに乗り、そして地下鉄で 
大阪城公園で降りた。 

いろんな意味で、このときの3人の大阪城見学は記念に残った。少々やつれたように 
見えたオヤジのことを気にかけて、俺は、無理してどこかに行くより、休んでた方が 
いいと思っていたが、オヤジはそんなことより、俺と美有との思い出を残したかった 
のかも知れない。オヤジは俺が持ってきたビデオカメラを持って、ずっと俺たちを 
撮影していた。俺と美有は交互にデジカメを撮りまくった。 
皇居を思わせる天守閣を見て、美有は、よかったね来て、と何度も言っていた。 
3人で散歩している内に、美有の中でわだかまりが解けたのだろうか、以前のような 
接し方でオヤジと話していた。そんな2人の姿が、俺は無性に嬉しくてならなかった。 
後に、この3人の時間が心底、思い出になったと痛感できるまで、かなりの日数を 
要したわけだが・・・ 
これをきっかけに4人の生活が、いつの日か実現してくれればいい、それでいいのだ。 




4月からの空白の時間に美有の中に芽生えた違和感は、消えた。 
その夜、俺たちはオヤジが仕事から帰ってくるのを待った。 
明日、東京に戻るからだ。10時か11時位の新幹線の乗ろうと思っていた。 
美有が途中で買った、可愛らしいレターセットに手紙を書いていた。 
俺はそんな姿を、ただ黙って見ていた。 
それを美有は隠すことなく、見せてくれた。 



〔 美有です。おとうさんに会えてとっても良かったです。 
    また大阪に来てもいいですか?この手紙を見てるときはきっと 
    起きたばっかりですね。本当はね、おとうさんがいなくなって 
    とってもさびしかったよ。どうしてこうなっちゃうのかなって、 
    いっつも考えてました。でも美有にはなんにもできないから、 
    しかたがないなあって・・・クスン 
    お仕事がんばってね!体に気をつけてね。 
    美有もガンバルね。ファイト!じゃね、またね。 

            大好きなおとうさんへ  美有より 〕 




いつもの時間にオヤジが帰ってきた。明日帰るということもあって、なんとなく 
物悲しい雰囲気はあった。それを振り払うかのように美有が明るく振舞っていた。 
2人で選んだ東京で買ったお土産を渡した。 
その夜、和室に2組しかない蒲団を3組にばらして、並んで眠った。 
翌朝、8時に俺と美有は起き出し、新大阪駅まで行くと枕元で話していた 
オヤジを 止め、9時にマンションを出た。美有の手紙は座卓の上に置いた。 
その日はどんよりした曇り空だったが、蒸し暑かった。 
バスの乗り、それから一番近い、お気に入りの御堂筋線に乗り込んだ。 
電車の中で美有が言った。 
『もう大阪とはさよならなんだね・・・もうちょっと居たかったなぁ』 
『そうだな・・・居るか?・・・居るか!もう一日だけ』 
『うそ!ほんと?そうしようよ、おにいちゃん!』 
『よし!決めた。お金もあるし大丈夫だ』 

で、すぐに俺たちは電車を降りちゃった。 
『で、どこ行くの?』 
『心斎橋に行くよ』 
『行かなかったっけ?』 
『昨日調べたんだ。アメリカ村を歩いてみようよ』 
『アメリカ村?・・・って』 
『俺もよくわからないけどね、気になるだけ』 
この時、俺と美有は自由な翼を得た気分に酔っていた。 
なにをするにも、どこに行くにも、全て気分まかせ。それ故に、 
この握り締めてきた手が離れることもなかった。 
この地球上で最大級の信頼を美有から感じ取られた。 

どこからどこまでがアメリカ村なのかは把握できなかったけど、 
予想してた以上の独特の空気があった。珍しい街灯を背に美有を撮った 。 
最高の作品に思えてしまった。何故かこのストリートに似合う服を美有に着せたい 
と思い、ストリート系のワイルドな服を選び、そこで着替えさせた。 
ラインストーンが付いたメッシュキャップを買い、目深に横被りさせた。 
黒のドクロマーク入りTシャツ。迷彩模様のミニスカ。極めつけは、複雑に絡んだ 
シルバーチェーンのルーズベルトとそれにぶら下げるライダー系アクセサリー。 
『わたしじゃないみたいだよ』 
『それも美有だよ。いい感じ。普通に着こなせば慣れるよ』 
街の若いやつらの視線が美有に集中した。俺は気分がよかった。 

さらに俺の夢は続いた。センスが良さそうなスタッフが居た小さな美容室に 
入り、やばいよ、という美有を無視して、カラーを入れさせた。 
『夏休みが終わる前に戻せばいいよ』 
押さえ気味のオレンジ系をベースに、メリハリを付けるためにメッシュも入れた。 
美有は見事に大変身を遂げた。もちろん外観だけだが。 
俺が投げかけたエッセンスで美有は目覚め、変ってしまうかもしれないな、と 
脳裏をかすめたが、望まない方向へ変わってしまう女の子はどうであれ、 
変わるものなのだ。賢い美有だから、よけい見た目だけでもギャップという装飾を 
与えたかった。 

時間とともに、この街の空気に次第に馴染んできた。原宿とは違う、雰囲気が 
心地よかった。俺がデジカメで美有をいろんなシーンで撮るとき、決まって、 
何人かが立ち止まって美有を見ていた。それに照れつつも、俺の希望する 
ポージングをしていた。自分の容姿は普通とは違うことに、僅かでいいから 
気付いてほしい。そして、もっと、もっと素敵な女の子になってもらいたい。 
俺は美有のいろんな可能性を導き出してあげたかった。 
夕食はサイケ調のインテリアでまとめられた多国籍エスニックらしき物を食べた。 
初めて口にする料理を食べるときの美有の表情が可笑しかった。 
夜はどこで泊まるの、と美有が言ってきた。 
俺はそのことをすっかりと忘れていた。 
適当に探そう、ということになった。 

夜も10時に近かった。俺たちは心斎橋界隈をやる気のない探検家のごとく、 
だらだらと歩き、泊まる場所を探していた。 
ホテルは何年か前に両親と7歳の俺の3人で入ったことがあった。それが最後だ。 
かなり大きくて豪華な建物だった。その時は、制服を着ていたスタッフが 
部屋まで荷物を運んでくれた記憶が鮮明に残っている。だから俺のイメージする 
一般的なホテルとはそういうものだと思っていた。もちろん、ラブホテル位は 
わかっている。よくわからないのがビジネスホテルというやつだ。 
俺はそのホテルを探していた。何故なら、安いはずだからだ。 
残りのお金を美有と合わせて、交通費を除けば、2万4千だった。 
2人で2万円までのホテルがあるのかわからなかった。何故、2万までかというと、 
部屋代プラス3千円はかかるような気がしたからだ。 

大通りを歩いた。がっちりと俺の腕を掴んで離さない美有。 
その幼げな顔が街路灯に照らされていた。ほんのりと赤く上気した頬。 
ときどきその姿を見やると、変身した美有に体が熱くなった。 
常に俺の斜め後ろでへばりつくようにして歩く。人とすれ違うときは、 
避ける為に、俺に寄り添ってくる。 
いとおしい・・・あまりにも、いとおしい。 
前方にホテルらしきネーミングが目に飛び込んだ。たしかにホテルだった。 
10階建てくらいのノッポのホテルだった。 
俺は一切の迷いを感じさせずに美有に言った。 
『ここで泊まろう』 
『うん』 
入り口の前に立った。自動ドアが開き、中に入った。 

入ったロビーは想像と違って、シンプルだった。フロントには男の人と女の人の 
2人がいるだけだった。フロントへ向かった。美有も、半身を隠すようにして、 
俺のシャツを掴み、ついてきた。 
フロントまで2メートルになってやっと客に気付いてくれた。 
馬鹿丁寧に挨拶してきた。 
『いらっしゃいませ。ご予約のお客様でいらっしゃいますか?』 
『・・・い、いいえ、してません・・・泊まれますか?ふたりですけど』 
女性のフロントはすぐになにかをのぞき込み、5秒ほどで返事をした。 
『はい、2名様で御座いますね?本日の御1泊でよろしいでしょうか?』 

『はい、1泊です』 
『お部屋は、ツインとダブルが御用意できます』 
俺はちょっとだけ考えてしまった。 
『・・・じゃ、ツインでお願いします』 
『かしこまりました』 
A5サイズ位の用紙に住所と2人の名前、電話番号を記入した。 
『兄弟なんです』 
と聞かれもしないことが口から出てしまった。しかし、それには何の反応も示さなかった。 
『では、本日、御1泊ツインのお部屋の代金・・・1万5千円となりますので、 
前金にてのご精算をお願い致します』 
俺は思っていたよりも宿泊費が安かったことに、胸を撫で下ろした。 
フロントの人はその場で、大げさなキーホルダー付の鍵を渡してくれた。 

705号室と大きくキーボルダーに刻印されていた。 
エレベーターに乗り、部屋のドアにキーを差し込み、中に入るまで、俺も美有も 
なぜだか無言だった。軽い緊張感があったのかもしれなかった。 
中に入った。ドアを閉めた途端、いつもの俺たちに戻っていた。 
広くもなく、狭くもない部屋にベッドがふたつ、1メートル位の間隔で並んでいた。 
非常灯だけの明かりだったので、全てのスイッチを片っ端に押した。 
すると部屋中のランプがつき、明るくはなったが、 
結して、明るいというわけでもなかった。 
しばらくは間接照明に慣れていないせいで、どうゆうわけか落ち着かなかった。 
先に馴染んだのは美有の方だったようだ。 

それは意識の相違から来ていると実感してしまった。 
美有は純粋に未体験の世界に早く順応しようとしていた。そして“おにいちゃん”と 
一緒の時間を自分なりに楽しくしようとしていた。 
それに引き換え、俺は、罪悪感というものを微かに感じていた。兄貴なんだ、美有にとってはかけがえの無い兄貴なんだと自ら言い聞かせながら、このホテルに入った。その不純を頭から払い除けようとすればするほど、別の内面が、罪悪感を思わせるような妄想を 
ちらつかせる。そんな考えを抱いてはいけないんだ、と考えるほどに、美有のしなやかに伸びた肢体が目に焼きついてならなかった。 
俺が部屋の照明の調整をしているとき、美有はバッグを背負ったまま、トイレのドアを開け、明かりをつけた。 
『おにいちゃん!おトイレにおフロがあるよ・・・あれっ、このカーテンなんだろう?』 
俺はバスルームを覗いた。 
『このカーテン水びたしになっちゃうと思わない?・・・そっかぁ、お風呂に入っている 
人が見えないようにするためかな』 

おにいちゃん!これ、お金とられちゃうの?』 
備え付けの石鹸、コーム、歯ブラシ、髭剃りのことだった。 
『無料だよ』 
『じゃ、さ、記念に持って帰ったらどうなるの?』 
『持ち帰ったらお金取られると思うな』といい加減な返事をしてしまった。 
美有はベッドの方に行き、バッグをその上に投げ出し、膝を立てた状態で、 
横のさほど大きくもない窓に近寄った。俺はまじまじと部屋を眺めた。 
広さは10畳くらいだったろうか。支払った料金から、 
それが広いのか狭いのか検討がつかなかった。 
『おにいちゃん!来て!見て、見て!』 
よく出来てるなと関心してしまった。宿泊者にとって必要最小限以上の 
備品が揃っていた。ふたつのベッドに挟まれたテーブルには、 
フットランプ、ラジオ、アラームが付いていた。 
『おにいちゃん、ったら』 

外をみていた。ほとんど履いたことのなかったミニスカート。 
無防備な体勢に美有が気付くはずもなかった。見てはいけないと思いつつも、 
視線は太ももの一番柔らかそうな部分に集中してしまった。 
『なにか見えた?』と俺。 
『見て、東京みたいだよ』 
美有の言うとおりだった。まさに大都会の夜景だった。小さな窓だったから、美有の横で見るわけにはいかなかったので、美有の背後から、触れない程度の間隔を保ち、同じ姿勢 
で外を眺めた。傍から見れば、美有を包み込んでいるような、もしくは、後ろから・・・ 
『おにいちゃん、あれなに?』 
『どこ?』 
『あそこのキラキラしたところだけど・・・』 
美有は俺の手を掴み、その方向を導いた。 
それを確認できたが、説明は出来なかった。 

『大阪って、ほんとに大きいね』 
美有はいま握った俺の手をすぐには離さなかった。溢れんばかりの好奇心と、初めて来た 
見知らぬ都会をまざまざと見せ付けられて、不安感を覚えないわけがない。 
俺はこの時の美有の行動はいつもの手と違う手を握って、安心感を得ようと 
していたのではないかと思った。俺はこの大きな街で、取り敢えず何事もなく 
明日が迎えますように、と心に思っているような美有に頼られているのだ。 
それだけでない。 
1年先はわからないけど、美有は自分の将来において、 
絶対に失いたくはない人間とまでなってしまっているような気がする。 

黒髪ではない美有の頭の上に自分のアゴをそっと乗せた。 
いつもの匂いと美容室の匂いが混ざっていた。 
俺の握られた左手と右手が美有を守るように囲っていた。 
安心しきっているような美有。その両腕の間隔が徐々に狭まった。 
このまま強く抱きしめたかった。いとおしすぎてどうにもならなかった。 
無意識だろうが、美有が俺の手を自分の胸の近くへもっていった。美有・・・ 
すると美有はアゴをゆっくりと上げ、頭の上の俺に向かって言った。 
『おにいちゃん、おフロに入ろうよ』 
『・・・み、美有と一緒に?』 
『もう・・・違うったら』 
『でもさ、昔は毎日のように一緒に入ってたよね』 
『うん、うん。美有の4年生までだったかな。でさ、途中でおにいちゃんが嫌がって 
 入らなくなったんだよ。あの時は、どうしてなんだろうって思ったら、涙が出て 
 きちゃった』 
そうだ、俺からそうしたんだ。段々と女の子らしくなってゆく美有の裸に下半身が時々 
反応するようになって、それを見られたくなかったのだ。 
4年の時の美有に陰毛は無かった。5年になった時には、薄っすらと生えていた。 
胸も膨らんでいた。そうか、4人で行った温泉が最後だった。 
美有と露天風呂で遊んだっけ。俺、美有の体を洗ってあげているとき、どさくさで、 
その未成熟な乳房を触ってしまったんだ。 
『美有の5年生の時が最後だよ。覚えてる?そして少し下の毛が生えてたね』 
『うん、5年生だったね・・・あっ、また、もう・・・おにいちゃんたら』 
美有がバスルームに入り、手招きした。 

『このカーテンどうしたらいいの?』 
俺もそこに行った。本当の使い方を説明してあげた。 
『そっかぁ・・・でもお湯がこぼれない様にしなくちゃね』 
『美有が先に入りなさい』 
『うん!わかった。じゃ、着替えるね』 
美有はウサギのようにぴょんぴょんと跳ねるような動作で、 
ベッドの上のバッグから寝巻き代わりのピンクのTシャツと 
赤いタオル地のショートパンツ、それに下着を取り出した。 
緑の刺繍付の白いショーツが目に入ったとき、俺は美有に背を向け、 
TVの方を向いた。ところが、TVの横のライティングデスクと 
セットになった大きな化粧鏡にその姿がはっきりと見えていた。 
美有はまったく気付いていなかった。 

何かの歌を口ずさみながら、ドクロの黒いTシャツを脱ぎ、ブラジャーの 
ホックが外れ、今にも乳房が剥き出しになりそうな直前に、 
俺は慌ててわざとらしく、美有の方へ振り向いた。 
『あっ、おにいちゃん、見てる!』美有は手で胸を押さえた。 
『うん、見た見た、思いっきり見てしまった』 
『エッチだなぁ・・・もう、見てはいけませんよ』 
俺は美有に叱られてしまった。だから舌を少し出しながら、TVに顔を向けた。 
白いバスタオルを体に巻き、またしても、ぴょんぴょん跳ねるようにして 
バスルームに入っていった。 
俺はTVの方を見つめながら、今見たばかりの、清らかな体の線の、 
残像をぼんやりと楽しんでいた。 

バスルームから音が聞こえてきた。なんだか、ひとり呟きながら、お風呂に 
入っている美有の行動が目に浮かんできた。 
(あれっ?脱いだものはどこに置くのかな?・・・いいや、ここにしょ・・・ 
えーと、このカーテンはこうしてでしょ・・・お風呂に入るのはどうしたら 
いいんだろう?・・・最初にシャワーで体を洗ったら、お湯を流して、ここでお湯が 
溜まるまで、ずっと、しゃがんでいればいいのかな・・・なんかへんだなぁ) 
とかなんとか言って。俺の勝手な空想で可笑しくなり、腹をかかえてしまった。 
くすぐったいくらいの気分に包まれ、心地良くてしかたがなかった。 
こんな俺のことを全て信頼する美有とふたりだけのホテル。俺も美有も思いっきり 
ぎこちなく大人ぶっている。それだけじゃない。今夜、ひょっとしての出来事が 
起きてしまうかも知れない。もちろん、それを狙いにしてなんかいない。 
そんな可能性、そんな危険性が充分なありそうな密室に居る現実に、酔いしれた。 

バスルームから2度、(あれっ?、あっ!)という声が響いてきた。 
俺はそれを無視して、また笑ってしまった。 
TVのリモコンでとりとめもなくチャンネルを変えた。全部のチャンネルを押したら、 
アダルトチャンネルを押してしまった。たしか有料のはずだと思い、あわてて変えた。 
案内を読んでみると、番組を見るには、1千円のカードを購入すれば、一日中、観れる 
ようだ。どうやら俺が押したチャンネルは無料視聴専用で、アダルト番組の広告が目的 
だった。それでも、そこそこ、裸を鑑賞することはできた。だが、美有を比較すること 
事体、美有が可哀相なくらいの裸だった。おれは、そのままにして、ベッドで横になった。 
風呂には入りたかったが、なんだかこのまま俺が先に眠ってしまって、朝を迎えた方が 
いいような気が少ししていた。もちろん、ほんの少しの良心が囁いてきただけなのだが。 
なに、考えすぎさ。何も起きやしないさ。起きてはならないのだ。 

『・・・ったらぁ!・・・おにいちゃんったらぁ・・・変なの見てるし、もう!』 
その声で目が覚めた。ベッドサイドテーブルのデジタル時計を見た。 
20分間時間が飛んでいた。美有がバスルームから上がり、バスタオルを体に巻いたまま、 
目の前に立っていた。ツヤツヤな広めのおでこと、少々ふっくらとした頬がピンク色に 
染まり、ベッドのシェードランプに照らされた黒い大きな瞳が輝いていた。備え付けの 
シャンプーだか石鹸の匂いだろうが、柔らかな香りを美有の体から放たれていた。 
『もう、何度も呼んだのにぃ・・・部屋に居ないんじゃないかと思って、ビックリ 
しちゃった・・・』 
美有は半泣き顔で頬をさらに膨らませていた。 
不安を訴えながら両手をペンギンのようにバタバタさせていた。 
『寝ちゃってたの、俺?・・・』 
『おにいちゃん!あのへんなテレビ早く変えて』 
俺はすぐにチャンネルを切り替えた。 


美有が大きな化粧鏡の前に行き、座った。アップにしていたストレートのショートヘアを 
垂らした。洗い髪のショートヘアから、なんとも言えない健康的な色気を感じた。 
ときおり見える華奢な白いうなじ、くびれたウェスト。 
そして、いつまでも子供なんかじゃない、と言わんばかりに主張する腰からお尻に流れる 
曲線がとても美しかった。こうして観賞できる環境に居られるだけでも充分なのだ。 
美有はタオルドライを繰り返し、鏡越しでそんな俺と目が合うと、 
綺麗な歯並びを見せるかのように、イーッ!と意味なくおどけて見せた。 
だから俺は、バカ、と口だけでお返しをし、バスルームに入った。 
美有が入ったバスタブには、案の定、湯がそのままになっていた。 
俺は流すことなく、それに体を沈め浸かった。 

このバスタブに浸かりながら美有は何を考えていたのだろう。俺の愚かな思考とは 
違うことだけはたしかだ。美有の入った湯は、少々ぬるかった。 
それだけに妙な生々しさを下半身に感じ、さらに俺の勝手な妄想と重なったせいで、 
またしても激しく反応してしまった。そんな自分に、苦笑いをせずにいられなかった。 
(妄想して何が悪い)と。 
多分、家に居たらこんな気分にはならなかったはずだ。なにしろ、夜は美有と寝るまで 
ふたりだけなのだから。妄想が止まらない最大の理由は、このシチュエーションによる 
ものだ。ホテルの一室という未体験の環境と、そのイメージが俺の平常心を揺さぶってくるのだ。 
バスタブから出るとき、あることに気付いた。きちんと揃えられていたバスマットに足を 
乗せたとき、そのマットの3分の1しか濡れていないのだ。 
俺は思った。(・・・あれで色々と考えてるんだな) 



例えば、小学生なんかもそうだろう。家ではどうしようもないガキが、友達の家に入ると、 
その友達の親に対しては、聞いたこともないようなしっかりとした挨拶と、 
どこかませたような態度に思わず感心してしまう、なんてことを。 
だから俺たちは自分より遥かに年下の者の考えを侮ってはならないのだ。 
わかった顔して決め付けてはならないのだ。感じるものは年齢に関わらず、 
同じであると認識しなくてはならない。違いは表現力の相違のみだ。 
それを侮った大人はとんでもないしっぺ返しが待っている。 

児童に対する性的犯罪の多くは、これを侮った愚かな大人があまりにも多すぎる 
ということだ。 
大人の目を持ち得ない大人もどきが街に徘徊したり、時に学校内おいて何食わぬ 
表情で堂々と潜伏していたりする。 
小学生の女の子なら、どうせ何も知らない、やった行為なんか忘れてしまうさ、 
あとでとぼければいい、と。 
そんな認識不足で、てめえの都合のいいように性的な悪戯をする。 
よく覚えておくがいい。子供は鋭敏な感受性と柔軟な脳でもって、詳細に記憶する。 
子供の策のない直接的な訴えに、被疑者は絶対に太刀打ちできないだろう。 
取調べの初期段階で、うまく誤魔化し、すぐに放免されると信じ、適当にあしらった 
つもりの発言も、次から次へとその整合性が乱れ、一気に、崩れる。 

日常生活で絶対に起こり得ないような体験をしたときの子供の心境は、 
行為を受けている最中はなにがなんだかわからない状態で、ポツンと親に話して、 
大事になるケースと、時間とともに不快を感じ、その苦しみから逃れる為に親に 
訴えるケース。そして、強い拒絶をも身勝手な力で抑え付けられ、悪戯されて 
しまうケースがある。 
何れにしても、成長するにしたがって、その不快感は肥大し、永遠に忘却できない 
心的傷害となることは避けられない・・・ 
このことを忘れるな。99%の有罪を誇る司法の被告人とならない為にも。 

バスルームを出たら美有はまだ鏡の前に座り、色の入った髪の毛を触っていた。 
『やっぱり、気に入らないの?』と俺がいった。 
『うーん・・・似合うかなぁ』と美有。 
『似合ってると思うよ』 
『実はね、すっごく気に入ってるんだ、えへっ』といい、美有は照れた。 
1時近くになっていた。 
俺はトランクスとタンクトップで寝るつもりだった。 
『まだ眠くないの?美有』 
『少し眠いかな・・・でも、もう少し起きていたいような』 
『俺はベッドに入るよ、どっちで寝る?』 
並んだふたつのシングルベッドの感覚は1メートル弱。 
『美有そっちがいい。いい?』美有は窓がある壁側のベッドを指差した。 
『OK』 
俺はベッドにダイブした。美有も真似をした。 
うでもいいTVの音だけ消し、ラジオのFMを流した。 
何個もある部屋の照明のスイッチを押した。ベッドのテーブルのフットランプとシェード 
ランプそして、緑の非常灯が部屋をやわらかく浮かび上がらせていた。 
一番明るいシェードランプのスイッチを切った。 
『あっ、やだ!消さないで』と美有がいった。 
ほんとは俺もこのランプは点けたままで眠りたかった。照明調整のつまみを少し回し、 
減光させるだけにした。 
『怖いんだろ、美有』 
『・・・ぜんぜん、怖くないもん・・・』 
そう言うなり美有は、毛布を引き上げ、目の下まで顔を隠した。 
『じゃ、おやすみ』 
『・・・おやすみなさい・・・おにいちゃん』 
そう言ったものの、俺は胸騒ぎの高揚感で、まだしばらく眠れないのはわかっていた。 

このホテルに入ってからというものは、美有に対する性的衝動と格闘していた。 
ずっとだ、さっきからずっと俺の下半身は硬く膨張したままだ。 
自分で処理しない限り、眠れやしない。ティッシュボックスの位置を確認しておいた。 
俺は上体を起こし、ベッドにもたれ掛かり、下半身の膨らみを見られないように、 
両膝を立てた姿勢をとった。 
30分位の時間が流れた。美有は静かな眠りについていた。 
TVの映像を消した。シェードランプの明かりも落とした。 
そして、ちょっとだけ美有を伺って、熱く硬くなったものを握り締めた。 
そのときだった。 
『・・・消しちゃ、やだ!』 
寝ていたと思っていた美有の声に驚き、握っていたものをあわてて離した。 
『暗いのやだ、おにいちゃん・・・おにいちゃん』 
俺は聞こえない振りをして、からかった。 

『眠っちゃったの?・・・眠っててもいいから、起きてって、おにいちゃんってば』 
『どうした?美有』 
『暗いと怖いよ・・・』 
『だいじょうぶだって』 
『やだ、そっち・・・行きたい・・・行ってもいい?』 
耳を疑った。行ってもいい?って、俺のベッドにか?つまり、一緒に寝たいってことを 
言ってるのか?当たり前だ。あらん限りの妄想が頭の中で乱舞した。 
別に一緒に寝ることは、不思議でもなんでもなかった。いまでも時折あるのだ。 
台風で風が強すぎて・・・カミナリが・・・地震が・・・とか言って、真夜中に突然、 
俺の部屋に入ってきて、布団に潜り込み、一緒に眠る、なんてことは何度もあった。 
もちろん、それだけだった、ましてや下半身が反応してしまうなんてとは無かった。 

だが、今は状況が、気持ちが違っていた。明らかに美有の体を性欲の対象として 
捉えていた。そんな俺の心裏を美有はまったく気付くこともなく・・・ 
俺は、言った。はっきりと大き目の声で。 
『怖くて眠れないんだろう?じゃ、いいよ、おいで』 
『ほんと!行く、行く』 
美有は何やら開放されたような表情を見せ、俺の布団に飛び込んできた。 
『えへっ、来ちゃった』 
俺の腕に美有の腰が当たった。 
俺の右側に入ってきたが、なにやら落ち着かない素振りを見せていた。 

すると美有は言った。 
『そこがいい。そこなら安心できそうだもん、いい?』 
美有は俺の両膝の間を指差した。 
よりによってこんな心境のときに・・・でも、嬉しかった。言葉にできないほど。 
『いいよ、じゃ、入んなよ』 
『やったぁ!』 
美有は俺を背もたれにするようにして、もたれてきた。 
膨張しっぱなしのモノがその腰に触れないよう、気付かれないよう、俺は腰を引いた。 
『美有ね、前も言ったかなぁ・・・おにいちゃんの匂いが、だーいすき』 
『うん聞いた、聞いた。俺も美有の匂い好きだな・・・そうだ!ピーちゃん持って 
 来なかったね、どうして?』といいながら、冷やかした。 
『もう連れて歩けないよ。美有のお部屋にいつもいてくれればいいんだから』 

『そうか、もう子供じゃないってことか』 
『そうゆうことかな』 
『どこが子供じゃないの?』 
『いろいろだもん』 
『それじゃわからないって』 
美有は俺の立てていた両膝を抱えた。ちょっとくすぐったかった。 
高鳴る鼓動に美有の暖かな背中がもたれていた。自分の両手をどうしていいのか迷った。 
抱きしめるのは、まずいと思った。しかたなく、気持ちとは別の場所に両腕を 
もって行った。後頭部を組んだのだ。 
FMラジオから“鎌倉物語”が流れた。 
『もう、電気消したって平気だもん・・・これ誰?』 
『サザンだよ』 

『ふーん、この歌どこかで聴いたことあったけど、いま好きになっちゃった』 
『俺も好きだよ』 
『そうだ!真樹ちゃんどうしてるかな・・・会いたいな』 
『うん、会いたいね。どこにいるのかな』 
『3本の小指で約束したのにね、おにいちゃん』 
『ねっ、突然消えちゃったね』と俺。 
俺は頭の後ろで組んでいた腕を解き、当たり前のように美有のおなかの前に持っていき、 
軽く抱くような形をとった。そうした方がいいと判断した。 
なぜか美有もそれを望んでいたような気がしたからだ。 

一般的な、抱いた、という表現を用いるなら、このとき初めて抱きしめた。 
美有はそんな俺の行動に対し、気に留めることもなく、話を続けた。 
『約束の夏なのになぁ・・・とっても綺麗なおねえちゃんだったね?』 
『うん、すごく可愛かった、美有のひとつ上だったね』 
『行きたかったなぁ、海。キャンプして一緒においしいカレー作ろうねって離したんだよ』 
『美有のことは忘れてないと思うよ。でさ、約束の事、どこかできっと気にしてるよ』 
『だったら嬉しいな』 
軽く抱いた美有のウェストが想像以上に細かった。もっと実感を得たいが為に、 
多少力を込め、しっかりと抱きしめた。体温がはっきりと感じられた。 
その腕に美有の手が乗ってきた。 

『真樹ちゃん言ってたよ、いいなぁって、おにいちゃんのこと』 
『うそ?』 
『おにいちゃんがほしいなって、言ってたよ』 
『一人っ子なのかな』 
『なんだって・・・あっ、おにいちゃん真樹ちゃん好きだったの?』 
『別に』 
『真樹ちゃんなら好きになってもいいよ』 
『どうして?』 
『結婚したら、美有のおねえちゃんになるから』 
『じゃ、探して結婚するかな?』 
『・・・でもやっぱり、おねえちゃんはいらない・・・おにいちゃんだけでいいや』 
可愛い美有。その純真な心でなにを考えているのだろう。 

中途半端の閉ざされたカーテンの間から、高層ビルの赤いランプが見えた。 
東京を遥かに離れた街で、それもホテルの中で、こうして美有と密着している。 
夢か現実か・・・どっちでもいい。 
人は幸福感に包まれている時まで、それが消えてしまうことまで考えはしないだろう。 
俺はこれまで何度も考えてきた。俺と美有の未来を。 
あまりにも法的に脆弱な俺達の関係は世間ではまったく通用しない。 
それ故に、明日が見えないのだ。明日が見えないからといって本能のままに行動して 
いいわけがない。 
気配は充分感じる。俺しだいだ。結果を無視すれば、いともたやすく行動を起こせる。 
だが、己の欲望を抑制する快楽だってあるはずだ。現に今こうして素晴らしい快楽を 
得ている。 

想像、願望、妄想などの情景が次々と頭の中で描き出される。それを堪能できる充実感。 
果たして、行動の後もそれを得られるという確信はどこにもない。 
リアルな妄想の対象と体が触れ合う。最高のイマジネーションが膨らむ。 
本能という欲望を満たすことが必ずしも最良とはいえないのだ。 
全ての夢が霧散し蒸発してしまう可能性の方が強い。愚かな行動で、美有を汚しては 
ならない。俺の夢は、穢れ無き少女の肉体を貪ることなんかじゃない。 
俺の夢は、いつまでも4人で一緒に笑い、喜び、時に悲しいことも乗り越えてゆく、 
そんな生活を築き、維持させることだ。 
その為にも、愛すべき美有を失ってしまうような暴発を犯してはならないのだ。 
俺の夢は・・・同時に美有の夢でもある。それを肝に銘じることだ。 

それでも1度こうして体を密着してしまうと、どうしようもない思いに駆られてくる。 
美有のウェストを抱きしめる腕に力が入った。 
『わーい!おにいちゃんに抱っこされちゃった』 
『大好きな美有だから、抱っこしてあげてるよ』 
『質問!・・・彼女はいますか?』 
『・・・いないよ』と俺は言い切った。嘘をついた。 
それでもいい。何故なら、すでに心の整理はつけていたのだから。 
『じゃ、おにいちゃんは美有の兄カレにしよっと』 
『うん?・・・』 
『おにいちゃんと彼氏のこと』 
美有は自分で吐いたその言葉に照れたのか、両脚を2,3回バタつかせた。 
その勢いで、萎えることを忘れたような膨張した股間に美有の臀部が圧迫してきた。 
4人で行った温泉で美有の体を洗ってあげていたとき、一度だけ、悪ふざけで、 
俺の陰茎を堂々と見せ付けたことはあった。だがこんな状態の形は見た事もないはず。 

俺は処理したかった。すぐにでもトイレに駆け込み、いまにも自制心を狂わし兼ねない 
性欲を萎えさせなければならないと思った。 
この興奮を抑えたまま、眠りにつく事は到底できなかった。 
美有の体のありとあらゆる部分に触れてみたかった。その感触を手の平のみでなく、 
頬擦りして、舌で全身を這わせたかった。 
俺の妄想は肥大する一方だった。股間に粘性のある液は僅かに滲んでいた。 
それがなんなのかわかっていた。 
今すぐにでも妖精のような白い裸体を包む邪魔なものを剥ぎ取りたい。 
そして俺の想像を超えた光景が鮮明に浮かび上がるはずだ。 
それを視淫する。視淫された清艶な肉体は、俺の視淫だけで美有は精神的陵辱を被り・・・ 

俺は天井を見上げ、自分のおぞましい妄想に身震いしてしまった。 
それを全身から完全に消滅させる為に、美有の体を抱きしめた。どこを抱きしめる 
かなんて考えもしなかった。腕に乳房の柔らかな弾力がしっかりと伝わった。 
こんなにもまっすぐで清い性格の妹に・・・俺は・・・ 
妄想を排除したら、勝手に感じていた色香が、清香に変化した。 
美有が急におとなしくなった。 
『・・・ごめん・・・ね・・・美』 
『美有ね、おにいちゃんと出会えてね・・・ほんとうによかったなって』 
首を傾げ、俺の顔を覗いた。嫌な顔つきをしてなかっただろうか。 
俺は言葉に詰まった。 

『美有ね、世界一幸せな女の子なんだよ・・・知ってた?』 
『ど、どうして?・・・』俺は感極まっていた。 
『だってね、おにいちゃんがいつも護ってくれるから・・・』 
『・・・』唾を飲み込んだ。 
『だってね・・・もうね・・・もう美有ね・・・ひとりぼっち・・・』 
『・・・美有・・・もういい・・・もう言うな!わかってる。美有のことはわかってる』 
『・・・おにい・・・』 
美有の体が俺の方へ向きかけた。俺は躊躇うことなく、美有の体を持ち上げるようにして、 
向き合わせ、強く抱きしめた。 
美有の両腕がしっかりと俺を抱いた。涙に溢れた眼差しに吸い寄せられるようにして、 
目じりにキスをした。額の髪の毛を指で持ち上げ、広いおでこにもキスをした。 

『・・・ずっとだよ・・・ずっと一緒だよ』 
美有はそういうなり、大声で泣き出した・・・ 
じっと俺をみつめ涙を流すその唇に、 
一滴のしずくが、落ちていった。 
『ずっと・・・一緒だ・・・』 

頬を寄せ、慟哭して微かに震えるその唇に、俺の唇を重ねた。 
それは俺にできる限界だった。 

朝が明けきらぬうちに、眼が覚めた。誰にも起こされはしなかったが、 
俺は起こされた。 
時計は見なかった。 
眼が覚めた理由は、夢か幻かはっきりしない意識の中で、 
妖霊な美少女を抱いていたからだった。 
それはとても柔らかい体で、絹のような肌触りをしていた。 
全身の筋肉が弛緩してしまうような、心地よい温もりがあった。 
その温もりから、惑乱させるような香りが漂った。 
女の子は全裸だった。 
下半身には体毛は一切なかった。生えていてもおかしくない年齢に 
見えたのだが。 

俺はその流麗な裸体を抱きしめていたのだ。 
なんの抵抗もなく、俺の望む姿勢をしてくれた。 
だから俺は、自由自在にその裸体で弄んだ。 
際限なく、欲望の赴くままに、力まかせの行為を繰り返した。 
そして・・・ 
女の子がか細い悲鳴を上げた。 
すると風に揺れるカーテンの隙間から、強い光を放つ月明かりが 
女の子の体を照らした。 
光で浮かび上がったその体を見て、愕然とした。 
首、額、胸、腹、下腹部、腿などが醜く溶け出しているではないか。 

俺は恐怖に慄き、逃げ出した。だが、その女の子は涙を流しながら、 
俺を追ってきた。激しく己の行為を悔いた。そして逃げるのをやめた。 
許してくれ! 
と女の子の前で跪き、俺は激しく悔い、何度も謝った。 
やがて女の子は俺に背を向け、俺から離れようとしたときだ。 
衝撃がはしった。美有にそっくりな横顔をしていたのだ。 
美有だったのか!! 
美有らしき少女は、深い絶望と失望感に満ちた表情で、 
俺の目の前で体が溶けだし、跡形もなくなってしまった・・・ 

そんな奇怪な悲しみと恐怖に襲われ、目が覚めたのだ。 
心臓が高鳴ってた。かなり汗もかいていた。 
夢か、と思う安堵と同時に、美有の姿を探そうとした愚かな自分がいた。 
美有は俺に背中を向け、俺に包まれるようにして抱かれていた。 
ほんの2、3時間前の出来事が鮮やかに蘇った。 
これは現実なんだ・・・温もりもあった。匂いも感じられた。 
でも、いや・・・まさか! 
俺は美有を揺さぶり、そのぐったりと眠り込んでる体の向きを変え、 
こちらに顔を向けた。 
『ぅぅ・・・ん』 
美有がか細いうめき声をあげた。 

俺の体に熱い血が戻った。 
あたりまえだ、美有が死ぬわけがない。 
そんな夢と現実の狭間での感覚とわかっていたのに、 
強い安堵感で、心が震えてしまった。 
美有は疲れからか、深い眠りに落ちていた。 
泣き腫らした瞼に、そっと口づけをした。違和感を感じたのか 
顔を小さく振った。 
美有の全てを抱きしめたくなった。俺は、ぐったりした体を強く抱いた。 
『ぅ….ぅ・・・・・ん』 
微かに開いた口にキスをした。美有がそれでようやく気付きだした。 
『・・・ぉにぃ・・・・・・』 
美有は眠りを邪魔する正体が俺とわかるなり、両手を交叉させ、 
自分の胸にあてがいながら俺の胸に頬を寄せてきた。 

そんないじらしい美有の甘えた態度に、また欲情がぶり返してしまった。 
細い腰を抱いた俺の右手が、さらに下へと這うように移動していった。 
ただ甘えて眠っているだけの美有に、俺は自分の愚かで過敏な生殖器を 
嘲笑うしかなかった。 
その器官と連動したように、指先が未知の感触を探り求め始めた。 
躊躇いながらも指は尾?骨をなぞりながら、尻の肉が隆起する部分まで、 
達した。それに気付き起き出す気配はまったくなかった。 
罪悪と快楽と好奇が交雑していた。 

さらに指は尻の肉感を堪能しようと、みごとな湾曲を、いやまさに半円形を 
感じさせる滑らかな曲線を備えていた。想像以上の尻の隆起に感動を 
覚えずにいられなかった。俺の5本の指に全神経が集中し、 
じわりじわりと尻の頂点へと這い登っていった。凄まじい劣情を感じた。 
『・・・ぅぅん・・・ぉにぃ・・くすぐっ・・・』 
俺は慌てて指をそこから離した。 
どれ位の時間、息を止めていたのかわからない。 
そして、ゆっくりと吐き出した。 

天井を見上げ(なにをやってんだ!俺は・・・) 
たまらず、ベッドから出て、トイレに入った。 
暴発寸前の性器を握り、激しくしごいた。 
あっという間に、溜まりに溜まったものが勢いよく飛び出し、 
欲情の怒りはおさまった。 
さっさと、そうすればよかった。俺は安堵し、また同じベッドに潜り、 
美有と一緒に、深い眠りに堕ちた。 

と美有は、ほぼ同じ時間に目覚めた。9時少し前だった。 
美有は俺の背中に顔を添えた寝姿でいた。 
目をこすりながら俺の顔を見ていた。髪の毛は二人とも乱れていた。 
俺はにんまりとした顔で、そんな美有を見ていた。 
昨日までとはどこか違う美有に見えた。 
2,3回、目を瞬かせ、そんな俺を見返した。口を開け、短く笑った。 
だから俺も短く笑い返した。 
『・・・だね、ねっ!』と美有は主語抜きで何らや同意を求めてきた。 
そうかと思えば、俺を見ながら、コクンと一度、頷た。 
わかるような、わかんないような滑稽な態度を見せた。 
何が、“だね” なのかわからなかったけど、一応、気持ちは伝わった。 

美有は昨夜の出来事を鮮やかに記憶しているはずだ。互いにほんの僅かの 
ぎこちなさがあった。昨夜の行為を全てを認め合うことが大切だと思った。 
『・・・美有と、チューしちゃったね』 
『うん!・・・抱っこもねっ』 
抱っこまで口にするとは、以外だった。 
『もちろん!・・・』俺は気恥ずかしさを隠し、そう言った。 
よし、大丈夫だ、俺はそう判断し、窓側のベッドに飛び移り窓の外をみた。 
『・・・大好きな美有たん、おいで』 
美有は無言で頷き、俺の横でなく、前に入ってきた。 
『大好きな、おにいちゃま・・・』と美有は乱れた髪の毛のまま、甘えてきた。 
俺は背後から、やさしく抱きしめた。 
『じゃ、東京に帰ろう!』 
『うん!帰ろ、帰ろ』 
大阪はどんよりとした雲に覆われていた。 

美有は昨日と同じ服を着ることを望んだ。 
『気に入った?』 
『うん。カッコイイもん』 
ついにワイルド系に目覚めたのか。この先、どうなっちゃうんだ、いったい。 
遅めの朝食は新大阪で摂った。 
10時台の新幹線に乗り込み、東京へと向かった。 
帰りの車内でも、美有が窓側に座らせた。 
しっかりと俺の手を握りながら、大阪のことや、オヤジのことなどを 
とめどなく話した。 

気のせいかも知れないが、美有は何かが変わったように見えた。 
東京に着いて、少し寄り道をしながら家に向かった。 
ドアのチャイムを鳴らしたら、おかあさんが笑みを浮かべていた。 
なんだか嬉しそうだった。と同時に美有の髪の毛を見るなり、驚きを見せた。 
『美ちゃん!どうしたの?』 
『だって・・・おにいちゃま、でなくって、おにいちゃんがさせたんだよ』 

俺は急いでフォローした。 
『すごく似合ってるでしょ、美有』 
『目立ちすぎよ・・・それに』と、俺はおかあさんの言葉を遮った。 
『夏休みだけだからさ』と言い、おかあさんを取り敢えず納得させた。 
どことなくそわそわしているおかあさんに言った。 
『どうしたの?何かあったの?』 
『実はね、昨夜、おとうさんから電話が来てね・・・』 
『おとうさんがどうしたの?元気そうだったよ』と美有が口を挟んだ。 
『予定を変更してね、来年の春には東京に戻るらしいの』 
俺はその言葉に驚きを隠せなかった。 
『うそ!俺、大阪で聞いてないよ、そんなこと。ほんとなの?おかあさん!』 
『薫くんと美ちゃんの顔を久しぶりに見たら、そうしなければいけないって』 

『それだけじゃないの。予想外にお店の運営が順調に行ってるから、 
 大阪のスタッフに任せることをおとうさんのお友達の社長さんにお願い 
 したみたいよ』 
『でさ、でさ、おとうさんが戻ったらどうするの?おかあさんは・・・元に戻るの?』 
おかあさんは少し考えてから言った。 
『また4人で暮らすことがベストだと考えているし・・・』 
『いるし、がどうしたの?』 
可能性が見えてきた。俺は興奮してきた。美有も、じっと聞いていた。 
『そうなれるかどうか、戻って来たらね、話し合いましょう、と言ったわ』 
『おにいちゃま!またおとうさんがおとうさんになるの?』 
『かも知れないぞ、美有』 
心が躍っていた。まだおぼろげだったが、未来の4人が見えてきた気がした。 

なんというビッグニュースなんだろう。俺と美有はそれぞれの部屋に入り、 
着替えをした。美有が先に俺の部屋に入ってきた。 
『おにいちゃま、やったね!』 
『うん、やった!やった!』 
俺と美有は小躍りしてはしゃいだ。俺は自分の頬を美有の頬に何度も 
擦りつけ、どさくさにキスもした。美有もそれに応えてくれた。 
『さあ!美有、俺さやる気が出てきたぞ』 
『えっ?なんのやる気?』 
『受験さ、大学の受験勉強さ、狙ったとこ絶対に入ってみせるからな』 
『じゃ、美有もがんばるもん!がんばれ!おにいちゃま!』 





8月末。大阪から戻って、約1ヵ月半。 
俺と美有の夏休みは最高の思い出として、終わろうとしている 
はずだった・・・ 





幸せはいつも不幸と紙一重だなんて、誰が言ったのかな。 
じゃ、喜びの裏には悲しみが潜んでいるというわけか・・・ 
俺、どうかしてたのかな。 
何故、4人にこだわっていたのかな。 
4人で暮らせば・・・どうなると思っていたんだろうか。 
永遠に4人だと、勝手に思っていた。 
ひとり欠け・・・またひとり欠け・・・そして 
みんないつか消えてしまうというのに。 




そうか・・・そうだったのか 

それが人生というのもの正体だったわけか 

      だったら俺、納得しとくよ・・・ 



風雨の激しい深夜だった。美有も俺も、俺の部屋で勉強をいていた。 
居間から固定の電話が鳴り響いた。 

(はい・・・えっ!・・・わかりました・・・ありがとうございます) 

この電話で話した自分の言葉は、それだけだったような。 
遠くから美有の声が聞こえてきた。 
だんだんとその声が大きくなって、おれの体を何度も叩いてきた。 
『おにいちゃま!おにいちゃま!・・・おにいちゃん!どうしたの!』 
それが美有だってわかって、なにも言えないまま、美有の胸に飛びつき、 
強く抱きしめ、俺、泣き叫んだ。 
『おにいちゃんってば!・・・』 




 急性心不全だった・・・オヤジの人生、43年で幕が下りた。









《エピローグ》 
美有、中学3年生。 
2年前に高校を卒業した俺は、大学へは進学しなかった。 
だから今は社会人だ。 
職場はオヤジが残してくれた東京の店だった。 
オヤジの遺言どおり俺が店を引き継ぎ、事業主となった。 
とはいえ、修行の身でもある。この2年間で俺の料理に対するセンスのなさは、 
充分に思い知った。店長の安井さんは、この店をオヤジと一緒に立ち上げた 
人だ。またオヤジの生前の親友でもあった。俺は心の優しい安井店長から毎日 
しごかれていた。その内、安井さんに、この店を好条件で譲渡しようと考えている。 
俺は別の道に進むつもりでいた。 


オヤジが急逝して2週間後、おかあさんに進学をしないことを告げた。 
おかあさんは、考え直すようにと、何度も言ってくれた。 
オヤジが残してくれた財産は、俺が50%で、おかあさんと美有に50%と 
して表面上は分配した。おかあさんは、受け取る資格がないと固辞したとき、 
俺は怒鳴ってしまった。 
『資格ってなんだよ!オヤジが最後までおかあさんと美有を家族として考えて 
いてくれたんだよ』 
今はそのオヤジの財産の全てを分配せずに、3人のものとして保管している。 


オヤジが残してくれた財産に比べたら、大学の入学費用なんて他愛のない金額 
だった。そんなことよりも、オヤジが短い人生を走りきって残した証を、俺が何も 
せずに削り落としたくなかったのだ。自力で入学したかったのだ。 
それが高校卒業と同時に大学に行かなかった理由だ。 
この2年でどうにか、そのお金も貯まってきたので、今度は受験しようと思っている。 
昔は、行けたら外大にでもと考えていたが、今は違う。 
どこの大学ということより、経営学をしっかりと学びたかった。 

中学3年になった美有は、3人家族の重要な存在になった。 
家事はほとんど美有がやってくれた。 
肉体はもうすっかり立派な女性の体をしていた。 
何故、そんなことわかるかって?今年の夏にすべてを見たからです。 
それで説明は充分だと思う。おかあさんとの関係? 
あの2回の過ちが最後。もう2度と有り得ない。何故なら、美有の方が 
素晴らしいからです。 
美有が高等部に入ったら、俺たち結婚するかも知れない。 
愛し合っているし、それに3人が真実の家族に成る為には、俺と美有が 
結婚してしまえば全て解決するからです。 

変わらないものといえば、美有の性格と、おにいちゃんと呼ぶ言い方です。 
正直、毎日のようにひとつの体になっているのに、おにいちゃんは、 
さすがに、少々違和感を感じ始めてます。 
そのことを美有に言ったら、 
(おにいちゃんの奥様になっても、おにいちゃんか、おにいちゃまって呼ぶもん) 
と答えてきました。 

そうそう、2ヶ月前にすごく驚いたことがありました。 
2年前に美有の病院で一緒だった真樹ちゃんがTVに出ていたのだ。 
最初にそれを見つけたのは俺だった。 
美有を部屋に呼び、そのことを伝えた。 
俺は、その女の子だけのグループを美有に言った。 
美有は知っていたけど、まさかそのグループに入っているなんて事は 
知らなかったと驚きと喜びの表情で答えた。 
すぐにネットで調べた。 
その娘は真樹ではなかったが、間違いなく真樹ちゃんだった。 
所属事務所を調べ、俺はその当時の真樹の様子を俺なりに推測し、 
美有にアドバイスさせながら、ファンレターを書かせた。 

≪RIMAちゃんへ。 
 いつもRIMAちゃんを応援している★★美有といいます 
★★中学3年生です。小学校は★★区立★★小に行ってました。 
美有には、おにいちゃんがいます。おにいちゃんもRIMA 
ちゃんの大ファンなんですよ。 
そうそう、あのときの1ヶ月はすごく楽しかったな 
メールのお返事くれたら、超ハッピー!これからも、ガンバッてね≫

美有のケータイに、あのグループのメンバーRIMAからメールが来たのは 
10日後だった。 
美有と俺は、そのことが心底嬉しかった。 

≪美有ちゃん、お元気ですか?久しぶりだネ 
  レターくれてすごく嬉しい! 
  あのときの約束覚えてる?忘れたなんて言ったら 
  ゆるさないもんね。いろいろと話したいことあるの。 
  ねっ、会おうよ、会いたいよ、3人で会っちゃおうよ 
  約束はたそうよ。メール待ってるからね  
                                真樹≫ 


俺たち3人はついに再会した。美有と真樹は感動のあまり、涙ぐんでいた。 
俺は、その横でそのふたりをみていた。 
海辺の近いレストランに入った。 
真樹は溜まっていた思いを俺と美有に語り始めた。 
8歳から子役として、いまの世界に入っていたという。そんな中、一緒にレッスンしていた 
仲間たちが次々と仕事が入ったり、別の事務所に引き抜かれて行ったりした。 
真樹が自ら言った、自意識と自己顕示欲が強い子供だったと。 
それが災いしたのか、うつ病に苦しめられるようになった。小学6年から中学1年の頃、 
火がついたように、出演以来が増したという。嬉しさの反面、自分ではどうにもならない 
鬱もひどくなっていた。次のステップへ進む為の重要な仕事も、体調理由で辞退を 
繰り返した。 

これからという所属タレントの精神的病から救ってあげる為にも、治療と平行して、 
業界内を意識して、この事実を覆い隠す必要があった。 
何故なら、業界はこの鬱に対し、かなりデリケートな反応を示すからだ。 
幸いにも当時の真樹は売れ始めたとはいえ、まだまだメジャーな仕事に 
就いていなかった為、顔はあまり知られていなかった。 
その時に、あの病院で真樹は美有と知り合ったのだ。全身大怪我をしながらも、 
いつも眼だけは、真樹に微笑んでくれたことの驚き、 
そして、自分が通常触れ合う同年齢の子たちとはまったく違う純粋さが、 
信じられなかったらしい。 

真樹は美有の人間性に魅かれていった。ずっと友達でいたいと思った。 
美有が先に退院したときは、ひとり取り残されたようで、涙が止まらなかった。 
自分のケータイ番号を教えたけど、親がそれはもう使ってはいけないと言われ、 
別のケータイを持たされた。教えてもらった美有の家の電話番号をメモした紙も 
どさくさの退院で紛失したという。 
ほんとうに楽しい日々だった、と言った。 
そして、夢をみるような思いで、美有からのレターを読んだ。 
感極まったのだろう、ポタポタと涙が滴っていた。 
美有もまた同様に。 
真樹はレターの文面を褒めた。当時、あそこで知り合った関係者は事務所が 
ブロックしていたから、あの内容は完璧だと。ファンレターは普通、タレントの 
やる気を削ぐようなレターはブロックするのだ。危険防止ももちろんあるが。 
美有が目の前の海を眺めて言った。『真樹ちゃん行こう!』 


人もまばらな10月の海岸 
トレーニングウェアの老夫婦がゆっくりとウォーキングをしていた 
大型犬に走らされている少年 
夏のゴミを拾い集める中年の女性 
俺と同じくらいの年齢のカップルが1組 
そして、静かな砂浜で、そこだけ輝き、賑やかな2人に向けて 
俺はDOMKEのバッグからローライのカメラを取り出し 
慎重に絞りを設定し、毛糸の大きな帽子を被っていない少女に 
ピントを合わせ、生涯の記念にシャッターを立て続けに切った。 
そして、毛糸の大きな帽子を被っている少女にも 
今日の記念にシャッターを数回切った。 

俺はカメラを丁寧に、そしていたわるようにしてバッグの中におさめた。 
波打ちではしゃぐふたりの少女があまちにも美しかった。 
その姿が西日の照明を浴び、映画のワンシーンに見えた。 
ひとりの少女はこちらを向き 
『おにいちゃんってば、早く来て!』と大きな声で叫んだ。 
毛糸の帽子の少女も手招きをした。 
幸福感はどこにでも転がっている。 
自分にとって一番大切なものを 
守り続ける気持ちを失わない限り・・・・・・・END 



遅くまで付き合ってくれた人、ありがとう! 
一緒になってこれを完結させた気分です。 



                  さようなら 
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.


30分も遅れてしまった。 
駒沢通りを横切り、白いガードレールを飛び越えた。 
目の前の広い階段は、野外音楽堂の客席かスペイン階段を思わせた。 
その前の広場で、何人かが自由気ままに遊んでいた。 
スケボー、ストリートダンス、バスケット・・・ 
広い階段に座っているはずの美有を探した。 

美有は上段の右寄りにひとり座っていた。 
今日は制服でなかった。学園の指定体操着だった。 
鮮やかな濃紺の上着の両肩には、ワンポイントのデザインがなされ、 
胸には高等部のマークと、ローマ字で学校名が入っていた。 
右肩には小さく、UMINOと刺繍されている。 
海野の姓は離婚した後も、おかあさんの意思で改姓してません。

下は同色の半ズボンだ。ワンサイズ小さいのでは、とこの間、思ってしまった。 
歩くと丸いお尻の形が充分想像できた。 
半ズボンから伸びた白い太腿もぴっちりとしていた。 
ルーズソックスを履き、幾分厚底の白いスニーカーを履いていた。 

そんな姿は見慣れているとはいえ、こういった公園でひとり佇む美有の 
姿は、新鮮に感じ、その容姿、まなざしからくる雰囲気は、 
そこだけ異彩を放っていた。 
バスケの少年達は、近くで座っている美有の気を引こうとしているのが、 
みえみえのプレイをしていた。 

美有はその姿勢で両膝を閉じ、組んだ両手を置き、アゴをのせた。 
この広い公園に、何故か溶け込んでしまっているのが、可笑しかった。 
僕は、美有を確認するや、逸る気持ちを抑えるかのように、 
走ることをやめ、歩いた。 

すると美有の10mほど離れて座っていた若者2人が、ゆっくりと 
おどけながら、美有に近づき、何かを言っていた。 
美有の表情は微動だにせず、一点を見据えているだけだった。 
その少年達はすぐに諦め、だらだらと照れくさそうに、そこから離れた。 

そんな光景をバスケの少年達がボールを抱え、一斉に見ていた。 
美有の方を見て、 
困ったことがあったらオレたちが助けてやるぜ、と言わんばかりの 
鋭い目付きで、ナンパに失敗した2人の少年を睨んでいた。 
俺は歩きを速めた。 
履き古したジーンズのバックポケットに1個、手に1個の熱い缶コーヒーを 
持っていた。 

ちょっと、ひんやりする秋の夕暮れ。 
美有は体操着のファスナーを襟まで引き上げ、 
襟を立てていた。 

美有の髪の毛の色は、やわらかなイメージの淡い栗色。 
髪型は相変わらずの、ストレートのミディアムショート。 
俺を見つけたのだろう。 
美有の表情が一気に変わり、僕に視線を向けた。 
すかさず美有はケータイでメールを打った。 
≪ もう・・・おそいよう・・・ブーブー 爆弾降下 ≫ 


美有は両手の親指を下に向け、2,3度上下させた。 
俺はそのメールに返事した。 
≪ ちょっと、待て!ゴメン・・・話せばわかる 爆弾キャッチ ≫ 
そして、両手を合わせ、謝った。 

そうそう、言い忘れたけど、この春に僕は2年遅れで大学に入り、 
美有は高等部に入りました。 
オヤジが残した店の仕事は辞めました。別のバイトをしてます。 
えっ、店はどうしたかって、それは、おかあさんの名義に変更しました。 
おかあさんが店の事業主となったのです。 
というのも、安井店長がそうするべきだ、と勧めてくれたことも一因です。 
おかあさんは自分のスナックを手放し、和服を着て、店の切り盛りを 
しています。 

美有の横に座り、ポケットのコーヒーを取り出し、それを渡した。 
『これで、許せ』 
『もう・・・ナンパされるしぃ・・・さむいしぃ』 
美有は俺の手を握ろうとした。 
俺はその手から逃れようと、かわした。 


『いじわる・・・絶対、嫌いになった』 
ぷっくりした頬が、さらに膨らんだ。 
俺はその彷徨った手を強引に捕らえ、 
ジーンズの前ポケットに突っ込んだ。 
『じゃ、帰ろ』 
『おにいちゃんって、いっつも・・・うん、帰る』 

西のあかね雲に照らされている美有の横顔。 

なんとなくそれを覗いてみようとしたら、 

何故か、美有も俺を見ていた・・・・・・・・・・・ 完 




幸福は 
      いま自分の立っている場所にある 
      幸福は 
       今日という日にある 
◆殿村 進◆ 著 

そして、最近、辛い思いをした人に捧げたい。 


くやし涙 
      それは 
      君が一生懸命と 
      向かい合った証じゃないか 

                   ◆殿村 進◆ 著   




最後まで、1の気紛れに付き合ってくれて、ありがとう。 

最後まで、このスレを守り、援護してくれて、ありがとう。 








なんや、なんや・・・このどこからともなく流れてくるエンディングは 







≪あんたの瞳に惚れとんのや≫ 
  
♪Can’t Take My Eyes Off You♪・・・やんか 

         ・・・ええなぁ 





see you again!!・・・ 


Arrivederci!!・・・ 

            
Grecias! Gracias! 


出典:妹のことですが・・・
リンク:http://wow.bbspink.com/hneta/kako/1063/10635/1063513556.html
  投票  (・∀・):728  (・A・):255  →コメントページ
読み終わったら評価を投票してください。押してもらえるだけで更新意欲がわくです。
コメント書かなくても投票だけでもできます。
作者の創作意欲を削ぐような発言は絶対に止めてください。
既出や重複の登録を見つけたら掲示板までお知らせください。
イイ→ イクナイ→ タグ付→
ココ
コメントがあれば下に記入してから押してください(30秒規制)
名前: トリップ:
コメント:

  トラックバック(関連HP)  トラックバックURL: http://moemoe.mydns.jp/tb.php/12876/
トラックバックURLは1日だけ有効です。日付が変わるとトラックバックURLが変わるので注意してください。
まだトラックバックはありません。
トラックバック機能復活しました。

  Google(リンクHP)  このページのURLを検索しています
検索結果が見つかりませんでした

TOP
アクセス解析 管理用