出木杉「・・・・・・ひさしぶり」 (アニメキャラの体験談) 60474回

2008/12/17 00:12┃登録者:えっちな名無しさん┃作者:名無しの作者
1 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 20:00:16.82 ID:l79ox2250
    電話が鳴ったのは、ちょうど晩御飯をつくっていたときだった。
    僕はひき肉を北京鍋でいため、水を加えて中華スープと塩、砂糖、醤油で味をつけた麻婆豆腐を作るつもりだった。
    携帯電話が光って音を鳴らしたとき、僕は片栗粉を探している最中で、最初は無視しようとした。
    しかし結局、10回目のコールで電話に出た。もしかしたら、仕事の電話かもしれない。


    出木杉「もしもし」

    剛田「おう、俺だ」

    受話器の向こうの声の主は、僕が良く知っている人物だった。

    剛田「俺だよ、ジャイアン。剛田武だ」

    僕は、昔懐かしい旧友の声にはっとした。

    ジャイアン。

    僕の、小学校時代の友達だった。


5 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 20:02:47.77 ID:l79ox2250
    僕はコンロの火を止め、電話を持ち直した。

    出木杉「ああ、ずいぶん久しいな。どうした?電話なんて」

    剛田「おう、実はこれからみんなで一緒に飲もうと思ってさ」

    出木杉「飲む?」

    剛田「ああ。小学校のときの、あのメンバーでな」

    小学校のときのあのメンバー。
    僕はその言葉を頭の中で反芻した。

    出木杉「……みんな、来るのかい?」

    剛田「たぶんな。一応、全員呼んである」

    出木杉「しずかちゃんも?」

    剛田「ああ」

    少し、心臓が早く脈打った。

10 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 20:05:34.48 ID:l79ox2250
    出木杉「……そっか」

    剛田「お前、今どこに住んでるんだっけ?」

    出木杉「横浜」

    剛田「横浜か。新宿で飲むつもりなんだけど、来れるか?」

    出木杉「あー……」

    僕は少し悩んだ。しかし、答えはすぐに出た。

    出木杉「行くよ。横浜と言っても東急沿線だから新宿は近い」

    剛田「おう。じゃあ来いよ。8時に新宿に集合だからな」

    出木杉「新宿のどこだよ?新宿はひろい」

    剛田「ハチ公」

    出木杉「それは渋谷だろ」

13 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 20:08:40.83 ID:l79ox2250
    剛田「あ、そうだったか。あー……じゃあ、また後で連絡する」

    出木杉「ああ、お願いするよ」

    剛田「この番号であってるんだよな?」

    出木杉「そうさ。君はいったい何に電話をかけたつもりだったんだ?」

    剛田「それもそうだな。じゃあ、また後でな。何かあったらこの番号に」

    出木杉「わかった。じゃあ、また後で」

    僕はそういって電話を切り、作りかけの麻婆豆腐のうえにフライパンのふたをかぶせた。
    一度、深呼吸した。

    そして、スーツを探すことにした。


24 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 20:14:45.24 ID:l79ox2250
    クローゼットを開けて、仕事とは別のプライベート用のスーツを探した。
    最後にきたのは半年ほど前だったと思う。そしてそれは案外すぐに見つかった。

    カバーをはずすと、防虫剤のにおいがツンと鼻を突いた。まぁ、仕方ないな、と僕は思った。
    仕事用のスーツならにおいはないが、仕事とプライベートを分ける甲斐性くらい僕にはある。

    とりあえず、防虫剤のにおいはファブリーズで打ち消した。
    後は、適当に香水でもつけておけば大丈夫だ。

    身支度は5分程度で終わった。
    まだ時間はたっぷりあった。出て行くには早すぎるが、特にやることもないので出ることにした。

    財布と携帯をポケットに入れ、僕は玄関に向かった。
    そのとき、テーブルの上におかれた一枚のはがきが目に入った。

    出木杉「……」

    僕は、それを見てみぬふりをした。
    そこにはこう書かれていたのだ。

    野比のび太 源しずか   今度、結婚することになりました。


    つまり、今日は、そういう飲み会なのだ。


30 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 20:19:46.40 ID:l79ox2250
    僕は小学校を卒業した後、他のみんなと同じように公立の中学校に進んだ。
    スネオくんだけは私立の中学に進んだ。僕も私立に進むように先生にすすめられたが、結局やめた。

    みんなと、同じ環境で過ごしたい。

    と、僕は親に説明した。やはり、みんな友達だから、と。

    しかしそんなものは名目というか、適当にでっち上げたもので、本当の理由は他にあった。

    僕が公立の中学を選んだ本当の理由は、しずかさん、だった。

    いつからかは判らないが、僕はしずかさんのことが、好きだった。
    多分、小学校の高学年くらいからではないかと思う。そのころから、僕はしずかさんを意識するようになったのだ。

    だから、僕は、私立には行かなかった。
    しずかさんと、おなじ中学に行った。


32 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 20:24:49.92 ID:l79ox2250
    中学校での三年間は、僕にとっては可もなく、不可もなく、といった妥当なものだった。
    公立特有のゆるい雰囲気の中で、しっかりと勉強が出来るのかと親は心配したが、そんなものは杞憂だったと自分で思う。

    僕は平和に中学校三年間を過ごし、そして県下トップの公立高校に進学した。
    しずかさんは、学区トップ、県下5番手の進学校にすすんだ。
    今回は、さすがに同じ学校に進むことはできなかった。

    まぁ、しかたないよな、僕はそう思って高校生活を楽しもうと真剣に部活や勉強に打ち込んだ。
    今思えば、あのころが僕の人生の中で一番充実していたように思う。

    しずかさんとは、たまにメールでやりとりをした。
    しずかさんと共通の話題を持つために、僕はクラシックや教会音楽を聴くようになっていた。
    ピアノも、少し覚えた。

    バッハのカンタータ147番が、僕らのフェイバリットで、それはお互い共通していた。


37 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 20:29:57.78 ID:l79ox2250
    しずかさんは、よく学校のことをメールにつづっていた。
    勉強がどうだ、とか、部活がどうだ、とか。
    彼女は高校でもバイオリンを続けているようだった。
    僕が最近ピアノを覚えたんだ、というと、彼女はじゃあ今度一緒に演奏しましょうといった。


    彼女の家に行ったのは、そのときがはじめてだった。
    高校一年のときの冬だった。よく覚えている。とても寒い日で、僕はPコートにジーンズという格好だった。
    しずかさんの家の中は暖かく、僕はコートを脱いでシャツになった。

    しずか『じゃあ、最初は何にする?』

    彼女は言った。

    出木杉『君の一番好きな曲で』

    しずか『じゃあ……』

    そのとき彼女が選んだのが、バッハのカンタータ147番だったのだ。

    主よ、人の望みの喜びよ。

    このときから、僕はこの曲が一番好きになった。

38 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 20:33:43.57 ID:l79ox2250
    そのときから、僕らは週末になるとどこかに映画を見に行ったり、音楽を聴きに行ったり、ただ、近くを散歩したりするようになった。
    僕らの関係は、ただ、どちらともなく歩み寄っていく感じがした。
    一方通行の愛はつらい。僕はそれを良く知っていた。
    だが、この双方から歩み寄っていくこの感じは初めてだった。

    お互い、足りないものを拾いつめ、埋めるように、僕らは少しずつゆっくりと距離を縮めていった。

    僕が告白をして、二人がつきあい始めたのは、高校二年の夏だった。


    ……


    僕は玄関のとびらを押して、アパートの外に出た。
    外は寒かった。

    僕はスーツの上に着たコートの襟をたて、駅まで向かった。

44 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 20:40:25.18 ID:l79ox2250
    僕らはお互いゆっくりだったので、関係が深まるのにはそれ相応の時間が必要だった。
    それに、僕らはお互い県下有数の進学校に通っていたので、高校二年の冬からはもう受験を意識し始めていた。

    僕は慶應義塾大学法学部。
    彼女は、早稲田大学教育学部。

    その学校、学部を目標に、僕らはお互い励ましあって勉強を続けた。
    その間、もちろん何度かデートをした。
    それは水族館だったり、動物園だったり、ショッピングだったりと多岐にわたった。


    しずか『最近、ヨーロッパの音楽に興味があるの』

    出木杉『君はいつもそのヨーロッパの音楽を聴いているんじゃないのか?』

    しずか『いや、クラシックじゃなくて。ロックとか』

    出木杉『ロック?なんだろう、レディオヘッドとか?』

    しずか『うん、あとオアシスとか』

    出木杉『UKロックだね。ぼくも好きだよ』

    僕らは本当に趣味が合ったのだ。

51 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 20:46:43.29 ID:l79ox2250
    高校三年になってからは早かった。
    僕らは勉強に没頭して(これは本当に没頭と言っても良かった)、一ヶ月に一度のデート以外はメールと電話で済ませた。
    だから、毎月、月末の休み前になると僕は気が休まらなかった。
    というのも、一ヶ月一度のデートは第4土曜日と決まっていたからだ。

    月に一度のデートの時、僕らは一か月分、話した。
    場所は、どこかの喫茶店だったり、ファミレスだったり、とにかく、二人で並んで座ったら会話はとまらなかった。

    しずか『最近不安になるの』

    出木杉『受験が?』

    彼女はこくりとうなずいた。

    出木杉『誰だってそうさ。僕だって不安だ』

    しずか『でも……』

    出木杉『大丈夫。君は賢い。僕だって君に負けないように必死になってるのさ』

    しずか『そんな風には見えないけど』

    出木杉『外見上はね。でも内面はひやひやしっぱなしだよ』

    僕らは、そういって笑った。

58 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 20:52:38.73 ID:l79ox2250
    ……

    菊名駅に着くと、僕はキオスクでコーヒーを買った。
    コーヒーは、ブラックと決めている。
    初めて飲んだコーヒーもブラックだった。
    砂糖とか、ミルクとか、それをいれてしまってはもうコーヒーの味ではないと思っていたからだ。

    電車はすぐにやってきた。
    快速渋谷行き。僕はそれに乗り込むと、端の席に座った。


    ……


    僕らの大学受験は、結果としては、成功だった。

    僕は志望通り慶應義塾大学法学部に。
    しずかさんは、上智大学の法学部に進むことになった。

    志望と学校が変わってしまったことについて、彼女は特に何も言っていなかったが、不満はなさそうだった。

    そうして、僕らは大学生になった。

68 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 20:57:52.05 ID:l79ox2250
    大学生になったばかりのころ、僕はよく本を読んでいた。
    そのころは何故か海外の本が好きで、マルセルプルーストなどが好きだった。

    しずか『それ、おもしろい?』

    出木杉『まぁ。時間をつぶすには適当だよ』

    しずか『私も読んでみようかな』

    出木杉『じゃあ、僕とは違う作家にしてよ』

    しずか『どうして?』

    出木杉『いい作家が見つかったら、僕に教えて欲しいからさ』

    しずか『うーん……わかったわ。でも、最初の一冊くらいは何かおススメを教えて欲しいな』

    出木杉『あー……そうだなぁ』


    こうして、彼女はフィッツジェラルドを読むようになった。



71 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 21:04:38.54 ID:l79ox2250
    ……

    電車は武蔵小杉についた。扉が開いて、そして閉まった。
    僕はそれをぼんやりと見つめていた。

    僕は、これからしずかちゃんにあうんだ。
    そう思うと、胸に何かが突っかかり、そして消えていった。
    残るのは、僕という肉体だけ。心ここにあらず、の模範のような状態だとわれながら思った。

    ……

    大学に入ってからは、僕らは比較的時間に余裕が出来た。
    そんなわけで、僕らはよくデートをするようになった。
    僕はそのころから菊名で一人暮らしをしていて、彼女はよく僕の家に遊びに来た。

    彼女は料理が好きだった。

    しずか『麻婆豆腐はね』

    彼女は言った。

    しずか『Cook Doなんか使わないで、ゼロから作っても実は簡単なんだよ』

    そのときに教えてもらった作り方で、僕は今でも麻婆豆腐を作っている。

76 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 21:09:42.33 ID:l79ox2250
    そういう付き合いで、僕らはつづいていくのだと、僕は漠然と思っていた。
    しかし、転機は簡単に訪れたのだ。

    それはまさに、晴天の霹靂、といえるものだった。




    もう愛していない。

    と、あるとき、彼女は言った。
    本当に彼女はそう言ったのだ。

    僕は狼狽したが、それを表に出さないように静かに答えた。

    出木杉『どうして?』

    しずか『どうしても、よ』

    出木杉『答えになってないな』

    しずか『もう愛していない。それが出来た、昨日までのようには』

    彼女も静かに、そういった。



83 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 21:14:24.44 ID:l79ox2250
    今思えば、それは、My chemical romanceの I Don't love you の引用だったのだ。
    確かに、彼女はロックが好きだったし、そこでそれを引用するとは、彼女らしいといえば彼女らしい。

    引き際が肝心だ。
    僕は何事においても、そう思っていた。

    しかし、この時ばかりは引きさがる気にはなれなかった。
    当然といえば、当然だ。

    出木杉『……理由を知りたい』

    しずか『ごめんなさい。……こたえられないわ』

    出木杉『納得できないよ』

    しずか『ごめん……』

    出木杉『そんな謝罪の言葉はもういいんだ。僕が知りたいのは、君が僕から離れていく具体的な理由だ』

    しずか『……』

    出木杉『……どうしても、いえないのか』



94 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 21:21:44.91 ID:l79ox2250
    彼女は、そうして、僕の元から去った。
    結局、理由はわからないままだった。

    そのとき、季節は冬だった。
    僕らの間で、何かが起きるのは冬だと相場が決まっているらしい。
    僕は大学3年で、思えば、彼女とはもう5年程付き合っていたのだ。

    その割には、あっけない幕切れだったな、と自傷気味に僕は笑った。

    その後、僕は誰とも付き合うことなく平和に大学を卒業した。
    そして同時に、地元で幅を利かせている地銀に、僕は入行した。



    ……

    渋谷に着いた。
    時刻は、まだ7時にもなっていなかった。
    時間はまだたっぷりあった。
    このまま新宿に行っても良かったが、僕はなんとなく渋谷の街を出歩いてみることにした。

101 >>96 ……! 投稿日:2008/11/19(水) 21:27:52.74 ID:l79ox2250
    銀行で働くようになってから、僕はいちどスネオくんに会ったことがある。
    彼は私立の中学に進んだ後、高校受験に失敗して、中堅クラスの私立高校に進み、またしても中堅クラスの大学に進んだ。
    そして、彼は父親の会社をついで、その会社の新しい事業の資金の調達のために僕の勤める銀行にやってきたのだ。

    スネオ『お前、出木杉か?』

    出木杉『スネオくんか!久しぶりだね』

    僕らはその日、仕事が終わったあと居酒屋で飲んだ。
    何年分かの、つもり積もった話をした。


    そして、そこで、のび太くんとしずかさんが付き合いはじめたということを、知った。


    スネオ『お前に、いうかどうか悩んだけど、言っておくよ』


    そう、スネオ君が言ったあとの記憶が、断片的にしか残っていないのは酒のせいだけではないはずだ。

105 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 21:31:39.53 ID:l79ox2250
    そうか。
    のび太君か。


    そういうことか。



    僕は、その次の日、初めて無断欠勤をした。




    ……

    大学のころ、しずかさんとよくショッピングに行っていた109は、今となってはまったく別世界になっていた。
    SHIPSとか、BEAMSとか、HAREとか。
    そういう店に足を運んでは、値札とにらめっこして、なんとかもっと安くならないかと思ったものだった。

    経済的に余裕が出来た今となっては、もう、どうでもいい。

108 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 21:36:50.85 ID:l79ox2250
    別に、のび太君を憎んだりはしなかった。
    僕と、しずかさんが別れた時期と、のび太君としずかさんが付き合い始めた時期とでは大きな開きがある。

    だから、のび太君は関係ない。

    僕はそう思っていたが、何か、胸のどこかに突っかかる何かが、うまく説明できないが、確かにあった。

    僕は無断欠勤したことを侘び、まじめに仕事に取り組んだ。
    仕事をしている間は、楽だった。余計な感情が、何も入ってこないから。



    ……

    そうこうしているうちに、七時半になった。
    僕は駅に戻り、山手線に乗った。

112 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 21:42:43.30 ID:l79ox2250
    新宿に着いたとき、もう剛田くんは来ていた。

    出木杉「剛田くん」

    剛田「おう!……出木杉、か?いいスーツだな」

    出木杉「そんなことないさ」

    剛田くんは、グレーのツイードのスーツを着ていた。
    僕はなんとなくスーツで来たのだが、この飲み会はそんなにフォーマルなものなのか。

    スネオ「二人とも!」

    後ろから声をかけてきたのは、黒いロングコートを着たスネオ君だった。

    剛田「おう、スネオ。……なんか、身長の低いお前がロングコートを着ると、ものっそいチープに感じるな」

    スネオ「うるさいなー」

    出木杉「まぁ、でも、似合ってるよ」

    スネオ「悪い意味にしか取れないな」

115 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 21:46:10.00 ID:l79ox2250
    僕とスネオくんがそんな他愛もないやり取りをしていると、剛田くんは携帯の画面をみながら言った。

    剛田「のび太、少し遅れるって」

    出木杉「……」

    スネオ「しずかちゃんは?」 

    剛田「同じく」

    スネオ「じゃあ、先に行ってようよ」

    剛田「そうするか」


    僕らは連れ立って歩いて、適当な店に入った。
    剛田くんは生中を三つ注文した。


    三人だけの乾杯。


120 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 21:51:16.67 ID:l79ox2250
    僕はから揚げを食べながら、ぼんやりとこの後のことを考えていた。
    僕は、しずかさんに、どんな顔をして会えばいいんだろう。

    いや、そう考えているのはむしろしずかさんだろう。
    でも、久しぶりにしずかさんの顔を見ることが出来ると思うと、僕の心は躍った。

    早く、会いたかった。


    最初の生を空にして、ジントニックを注文したとき、のび太くんがやってきた。


    のび太「遅れてごめん!」

    彼は、開口一番にそういった。
    後ろに、しずかさんの姿は、ない。

    剛田「お前、俺たちを待たせるとはいい度胸じゃねーか」

    そう言う、剛田くんの顔は笑っている。

    スネオ「でもまぁ、今回の主役はお前らだもんな」

    僕は、何もいえなかった。
    のび太君は、ちらりと僕を見て、すぐに目をそらした。

125 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 21:55:16.08 ID:l79ox2250
    のび太「すまないけど、しずかは今日、来ることが出来ないんだ」

    剛田「どうして?」

    のび太「それが……よくわからない」

    スネオ「わからない?」

    のび太「行こうっていったんだけど、どうしても行きたくないって」

    のび太君が、ちらりとこちらを見た気がした。

    のび太「だから……ごめん」

    剛田「いや、お前が謝ることじゃねーよ。まぁ、急だったしな」

    スネオ「結婚前は何かとストレスがたまるっていうしね」

    剛田「まぁ、のび太。すわれよ。今日は四人でかたろうぜ」

    そういって、剛田くんはのび太君の生中を注文した。

129 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 22:01:43.44 ID:l79ox2250
    僕らは大体、小学校のときの話で、盛り上がった。
    しずかさんの話は、剛田くんとスネオ君が空気を読んだのか、まったく出てこなかった。
    しずかさんに会うことを目的にしていた僕はすっかり肩透かしを食らって、完全に聞き役に徹していた。

    こんなことなら、家で麻婆豆腐でも食べていればよかった。
    僕はそう思いすらした。

    11時くらいになって、その飲み会はお開きということになった。
    そのとき、全員で一応連絡先を交換した。剛田くんは、今回全員の連絡先を調べるのに相当苦労したそうだ。

    剛田「また、こういう飲み会やりたいからな」

    そういって、剛田くんは笑った。
    そして、各自めいめいに家路に着いた。



    のび太くんからメールがあったのは、僕が東急に乗ろうとしていたときだった。

    のび太:僕らは一度、話し合う必要がある。


    そうだね。
    と、僕は返信した。

132 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 22:05:16.45 ID:l79ox2250
    ハチ公で、僕らは待ち合わせた。
    僕は腕を組んで指をパタパタさせながら彼を待った。

    3分くらいで、彼はやってきた。
    手には二つの缶コーヒーを持っていた。

    のび太「無糖と微糖、どっちがいい?」

    出木杉「君はどちらが好みなんだ?」

    のび太「僕は無糖が」

    出木杉「……じゃあ、微糖は僕が」

    のび太「ほい。待たせてごめんね」

    出木杉「順序が逆だよ」

    僕は笑って言った。

138 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 22:10:44.28 ID:l79ox2250
    出木杉「場所を変える?」

    のび太「いや、ここでいい」

    すぐに終わるから、と、彼は言った。

    出木杉「じゃあ……」

    僕は言った。

    出木杉「推し量りあいとか、相手の出方を伺うとか、けん制とか、そういうのはやめにしよう。
         話って、しずかさんのことだろう?」

    のび太君は、コクリとうなずいた。

    僕は缶のプルタブを開けた。

    出木杉「話のイニシアチブは君にある」

    のび太「……そうだね」

    出木杉「なにから、話してくれるんだい」

148 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 22:16:35.97 ID:l79ox2250
    そうだな、と彼は言った。

    のび太「何を言おうか、整理してきたはずなのに、こうなると言葉が出てこない。
         やっぱりね、出木杉。君の存在は僕にとって、今でも圧倒的なんだな」

    出木杉「……ほめられてるのかな、それ。あまり、僕を買いかぶらないで欲しいよ」

    のび太「そんなことないな。君の経歴は十分に誇れるものだし、それこそ僕と比べたら天と地ほどの差がある」

    出木杉「なぁ、のび太君。僕らがしたいのはこんな話じゃないはずだ。僕らは、はっきりとした目的を持ってここにやってきたはずだよ」

    のび太「順序というものがあるだろ、話にも」

    出木杉「予防線、ってやつじゃないのか」

    のび太「……手厳しいな」

    出木杉「さあ、話をしようじゃないか。本題を、さ」

155 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 22:21:43.16 ID:l79ox2250
    缶コーヒーを一気に開けて、のび太君は僕を見た。

    のび太「君はしずかと付き合っていた」

    出木杉「……ああ」

    のび太「結構、長かったみたいだね。まぁ、そのことは僕も知っていたけど」

    出木杉「だったらなんだ?」

    のび太「僕はもうすぐ、しずかと結婚する」

    出木杉「そうみたいだね」

    のび太「君は、まだしずかのことが好きなように見える」

    出木杉「……」

    のび太「もし、君が、しずかが君の元を離れたのが僕のせいだと思っているのなら、それは間違いだということを知って欲しいんだ」

    出木杉「お互いの幸福のために?」

    のび太「誤解が幸福を呼ぶとは思えないからね」

    出木杉「どうだろうね、それは」


161 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 22:25:46.28 ID:l79ox2250
    のび太「一般的に、誤解はネガティブな意味で使われる」

    出木杉「わかった。そうだな。つまり、君は、僕が君を恨んだりしているんじゃないかと思っているんだな」

    のび太「そういうことになるね」

    出木杉「もし、そんなふうに思っているのなら、それは間違いだよ、のび太君」

    僕は続けた。

    出木杉「僕はしずかさんの件に関して、そりゃあ最初は君を恨んだりもしたが、いまとなっては君を恨んだりはまったくしていない。
         しずかさんが僕の元を離れた理由は今でもわからない。
         でも、きっと僕に男性的魅力が足りなかっただけだ。僕の、せいだ」

    のび太「……」

    出木杉「そう思ってるよ、今はね」

    のび太「……そう、か」



172 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 22:30:45.10 ID:l79ox2250
    出木杉「……僕としずかさんが別れた時期と、君としずかさんが付き合い始めた時期は合致しない。
         数ヶ月単位ならまだしも、数年となれば話は違う。君は、君なりに頑張って、そうしてしずかさんを手に入れた」

    のび太「……」

    出木杉「それは、君の功績だ。そのことで、僕が君を恨むなんてことは、ありえない」

    のび太「そっか。それなら、いいんだ。杞憂で、終わったみたいだね」

    出木杉「そうだね」

    僕は少し微笑んだ。

    出木杉「彼女を、幸せにしてやってくれ」

    僕は言った。

    のび太くんは、こくりとうなずいた。

180 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 22:34:55.46 ID:l79ox2250
    そうして僕らは別れ、僕は横浜行きの東横に乗った。

    武蔵小杉で、コーヒーを買うためにいちど降りた。
    そして、菊名に着いたころには、深夜の1時近くになっていた。

    出木杉「すっかり遅くなっちゃったな」

    僕は一人ごちた。

    相変わらず外は寒かったので、僕はまたコートの襟を立ててアパートに向かって歩き出した。


    誰かにつけられていると気づいたのは、アパートまであと200m程度のところだった。


187 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 22:39:09.50 ID:l79ox2250
    僕は歩みを止め、ふっと振り返った。
    僕のスーツの胸ポケットには護身用の十徳ナイフが入っている。
    それをいつでも出せるように胸に手を突っ込みながら、僕は言った。

    出木杉「……誰だ?」

    僕は一瞬、それがのび太くんではないかと思ったが、すぐに違うだろう考え直した。

    彼が、僕を襲う理由は、今になってはないはずだ。
    結婚前に、そんなことを思うはずがない。

    では、誰なのか。

    僕はもう一度声を出してみた。


    出木杉「誰だ?!」


    僕の声が、深夜の住宅街に遠く響く。


198 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 22:41:40.33 ID:l79ox2250
    数秒の間があった。
    すぐそばの電柱の陰から、背の低い何かがすっと姿を現した。

    出木杉「……あ」

    僕は思わず声をもらした。

    青い色をした、二頭身の体。


    とても、とても懐かしい僕の旧友だった。


    出木杉「……ドラえもん?」


    ドラえもん「……やあ」


    そこにいたのは、紛れもなく、あのドラえもんだった。

213 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 22:46:09.64 ID:l79ox2250
    素直に懐かしかった。
    僕は十徳ナイフをもう一度スーツのなかに押し込み、駆け足でドラえもんの元に向かった。

    出木杉「ドラえもん、いやぁ、なつかしいなぁ!どうしたのさ、いったい」

    そこまでいって、僕はドラえもんがここにいる理由を、なんとなく察した。
    たぶんこの律儀なロボットは、親友の晴れ舞台を見に来たのだ。
    結婚式という、人生の晴れ舞台を。

    出木杉「久しぶり、ドラえもん」

    ドラえもんは上目遣いで僕を見るだけだった。
    そっか、もう、見上げないと僕の顔を見ることが出来ないのかと感慨深く思った。
    僕も、年を取ったのだ。


    ドラえもん「出木杉君」

    ドラえもんが、静かに言った。

226 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 22:49:05.31 ID:l79ox2250
    出木杉「どうしたのさ、かしこまって」

    僕は言った。

    ドラえもん「……君に、言わなくちゃいけない話があるんだ」

    その言葉だけで、僕はなにか、すべてをわかったような気がした。

    つまり、そういうことなのだろう。

    出木杉「すぐそこが、僕のアパートなんだ」

    僕は言った。


    出木杉「ここはさむい。とにかく、建物の中に入ろう」

236 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 22:54:48.86 ID:l79ox2250
    ロボットがコーヒーを飲むかどうか、しばらく考えて、僕は結局コーヒーを出すことにした。
    客人に何も出さないのは失礼だろう。

    コーヒーを出すと、ドラえもんはごく普通にそれを飲んだ。
    ためしにクッキーを何枚か出してみたが、ドラえもんはそれも普通に食べた。
    そうか、そうだった。ドラえもんは、ドラ焼きが好きなんだった。すっかり忘れていた。

    出木杉「すまないけど、ドラ焼きはないんだ」

    ドラえもん「いや、いいよ。このクッキーすごくおいしい。だけど、できれば緑茶のほうをくれないかな」

    出木杉「じゃあ、二杯目は緑茶にするよ」

    ドラえもん「ありがとう」

    ドラえもんはそういって、それっきり黙ってしまった。

    僕は何か言おうとしたが、何を言えば良いかわからなかったので結局黙っていた。
    沈黙が嫌だったので、適当にCDを選んでコンポに放り込んだ。

    流れてきたのは、キングのスタンドバイミーだった。

247 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 22:59:51.45 ID:l79ox2250
    僕らは黙ってスタンドバイミーを聴いていた。
    曲が終わって、次の曲にうつろうかというとき、ドラえもんの手が伸びてコンポの音を止めた。
    そして、ドラえもんは言った。

    ドラえもん「どうして、僕がのび太くんのところに、わざわざみらいからやってきたか、君は知ってたかな?」

    出木杉「いや」

    僕はクッキーを一口かじった。

    ドラえもん「僕が未来から、のび太君のもとにやってきたのには、ある使命があったんだ」

    出木杉「使命?」

    ドラえもん「どうしても果たさないといけない使命さ」

    出木杉「それは、どんなもの?」





    ドラえもん「のび太君と、しずかちゃんを、結婚させることだ」


    僕は危うくクッキーを落としそうになった。

259 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 23:04:11.55 ID:l79ox2250
    僕は狼狽した。

    のび太くんと、しずかさんを結婚させるため?

    ドラえもんは、確かに今、そういったのだ。


    出木杉「……どういうことなんだろう」

    ドラえもん「言葉通りの意味さ」

    出木杉「……よく、わからない」

    ドラえもん「何がなんでも、僕はのび太くんとしずかちゃんを結婚させなければならなかった」

    出木杉「……」

    ドラえもん「……何を、犠牲にしても。誰かの痛みが伴うとしても、ね」

    出木杉「……ちょっと待って。一度整理したい。……お茶が欲しいかい?」

    ドラえもん「出来れば」

    出木杉「麻婆豆腐があるんだ。それも一緒に食べよう」

    ドラえもん「……」

    出木杉「……少し、落ち着かせてくれ」

274 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 23:09:26.44 ID:l79ox2250
    僕はTファールに水を注いでスイッチをいれ、北京鍋の中の麻婆豆腐に火を入れた。

    出木杉「そういえば、片栗粉を探していたんだっけ」

    ドラえもん「ん?片栗粉がないのかい?」

    出木杉「あー……どうもそうらしい。ゆるゆるの麻婆豆腐なんて食べたくないよなぁ」

    ドラえもん「もしかしたら、ポケットの中に入ってるかも。……っと、あった!」

    出木杉「……なんで片栗粉なんて」

    ドラえもん「そういうこともあるんだよ、たまに。買い物のときに、めんどくさくなってポケットに入れて忘れてしまう」

    出木杉「そのポケット、いいな」

    ドラえもん「そうだね。便利だよ」

    出木杉「誰かさんと誰かさんを別れさせることも出来るしね」

    ドラえもん「……」

295 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 23:14:01.06 ID:l79ox2250
    片栗粉を水で溶いて、麻婆豆腐の中に投入した。
    出来上がったそれを、今度は皿に盛る。

    ちょうど、お湯も沸いた。

    出木杉「出来たよ」

    僕は麻婆豆腐に緑茶を添えてテーブルの上に並べた。

    ドラえもん「ありがとう。すごく、おいしそうだ」

    出木杉「お望みであれば、ごはんもあるけど。保温5時間くらいの」

    ドラえもん「もらいたいな」

    出木杉「……OK」

    僕はご飯をよそって出した。

    ドラえもん「この麻婆豆腐、しずかちゃんの作ったのと同じ味がするね」

    出木杉「彼女と、同じレシピだからね」

320 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 23:18:54.27 ID:l79ox2250
    ドラえもんは黙って麻婆豆腐を食べて、ご飯を食べた。
    僕はその間コーヒーをずっと飲んでいた。

    ドラえもん「……今日、僕がここに来たのは」

    出木杉「うん。僕のほうは、聞く準備はもう出来てる」

    ドラえもん「君に、真実を知ってもらうためだ」

    出木杉「僕と、しずかさんの別れには、君たちの暗躍があった」

    ドラえもん「……そういうことになるね」

    出木杉「わざわざ時期までずらして」

    ドラえもん「のび太君がね。そのほうがリアリティがあるだろうって」

    出木杉「……」

    ドラえもん「……君には、本当に申し訳ないことをしたよ」

    出木杉「……まったくだ」

    僕は言った。

342 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 23:22:49.39 ID:l79ox2250
    出木杉「君たちの勝手な都合で、僕は最愛の人と離れ離れにされて!
         そして、僕の目の前で結婚するんだ!」

    ドラえもん「……」

    出木杉「僕の気持ちは、どうなるんだよ?!いや、僕らの気持ちは、どうなるんだよ?!」

    ドラえもん「……」

    僕の声は、自然と大きくなっていた。

    出木杉「……人の気持ちを、踏みにじりやがって……!」





    知らないうちに、僕は涙を流していた。


    出木杉「……馬鹿に、しやがって」

382 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 23:28:36.89 ID:l79ox2250
    ドラえもん「今日、僕がここに来たことを、のび太くんは知らない」

    出木杉「……」

    ドラえもん「僕の意思で、ここにきた。君にこの話をするためだけに、未来からやってきたんだ」

    出木杉「……」

    ドラえもん「本当は、このことは黙っているべきだったんだ」

    僕の使命を考えれば、とドラえもんは続けた。

    ドラえもん「でも、罪悪感に耐えられなかった……出木杉くん、許してくれとは言わない」

    ドラえもんは、そういって頭を下げた。


    ドラえもん「……ごめん。本当に、申し訳ないことをした」



    僕は、ぼんやりとその青い塊を見ていた。
    不意に、足に熱いものを感じた。

    手に持ったカップから、コーヒーがたれていた。
    僕は慌ててカップをテーブルに戻した。

401 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 23:32:39.75 ID:l79ox2250
    僕はそれで、正気に戻った。
    急に頭がすっきりして、視界も回復した。

    出木杉「……顔を上げろよ、ドラえもん」

    顔を上げるドラえもん。
    僕はそこに、渾身の右ストレートをぶち込んだ。

    ドラえもん「ぐ……」

    さすがに、ドラえもんの体重だと吹っ飛びはしなかった。しかし、その顔は確実に苦痛にゆがんでいた。

    出木杉「消えてくれ」

    僕は言った。

    出木杉「話してくれたことには感謝する。すごくすごく、感謝する。
         僕の胸の中で、長年つっかかっていたものが、なくなった。そうか、そうか」

    僕は続けた。

    出木杉「そういう、ことだったんだ……!」

    僕はそういって、また涙を流した。

436 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 23:38:03.95 ID:l79ox2250
    ドラえもんは、黙って玄関に向かい、そして姿を消した。
    その後ろ姿、僕は絶対に忘れないと思う。

    玄関に鍵を閉め、部屋の中に戻ると、のび太君から送られてきた結婚式の招待状が目に入った。

    出木杉「……ぐっ」

    その、はがきの中で笑うしずかさんの笑顔を見たとき、

    何かの堰が切れたように、大粒の涙が出てきた。

    とめようがなかった。


    ここまで、人は泣くことが出来るのかと思うほどだった。

    招待状は、いつしか涙でぐちゃぐちゃになっていた。


    どうして。
    どうして。



    どうして、こんなことが。

464 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 23:43:51.18 ID:l79ox2250
    そうして、朝になった。
    朝日が、僕の部屋をさらしていく。


    さすがに流すものもなくなり、涙は止まったようだった。


    ふと、顔を上げて見たテーブルの上。

    白い何かがおいてあった。

    僕はこれを知っている。


    ああ――。


    ドラえもん、そういうことか。


    僕は、その白い袋を手に取った。


502 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 23:49:12.45 ID:l79ox2250
    四次元ポケット。

    ドラえもんが、これを残したということは、つまりそういうことなのだろう。
    僕には、その権利がある。

    僕はそれをスーツのポケットに突っ込むと(そういえば、僕はまだ着替えていなかった)、とりあえず顔を洗うことにした。

    そして新しいコーヒーを注ぎ、僕に今何が出来るか、考えてみることにした。


    幸い、今日は休みだ。

    時間はたっぷりある。


    RadioheadのCDをコンポの中に入れた。
    creepが流れてきたので、即効で電源を切った。

518 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/19(水) 23:52:41.84 ID:l79ox2250
    しかし、何時間かけても、何も浮かんではこなかった。

    僕がしたいこと。

    それはいったいなんだろう。




    単純にそれを、考えて、決めた。



    僕は、ポケットの中からある道具を取り出した。


    ピンクの、大きな扉。


    どこでもドア。

537 誰か半角シャープくれ 投稿日:2008/11/19(水) 23:55:00.74 ID:l79ox2250
    僕が行きたいところ。




    そんなところ、ひとつしかなかった。





    出木杉「しずかさんのところに、連れて行ってくれ」



    僕はそういって、ドアを開けた。


    四次元ポケットは、テーブルの上に置いたまま。

559 ◆GoKuglY1Jo  投稿日:2008/11/19(水) 23:58:22.76 ID:l79ox2250
    扉をくぐったそのとき、

    僕は何か光を浴びた気になった。




    ああ、昔、しずかさんが言っていた気がする。

    しずか『人生って言うのは、思っている以上に短いのよ』

    出木杉『どういうこと?』

    しずか『人生でもっとも大事な瞬間というのは、多分、10秒とか、15秒とか、本当に短い時間しかないの。
        そのほかは、出がらしみたいなものだわ』

    出木杉『この時間も出がらしなのかい?』

    しずか『たぶん』

    出木杉『ひどいなww』


    そうか、しずかさん。


    この、数秒が、僕の人生の中で、一番、大切な時間なんだな。


584 ◆GoKuglY1Jo  投稿日:2008/11/20(木) 00:02:45.94 ID:X0oItE/l0
    扉を抜けた先は、どこかの教会だった。

    なるほど。
    結婚式……だもんな。
    大きなステンドグラスが目の前にあった。僕はその荘厳さに圧倒されつつも、あたりを見渡した。

    そして、すぐに見つけた。


    白い、ドレス姿の彼女。




    出木杉「しずかちゃん」


    その人は、僕に気づいた。


    出木杉「……久しぶり」


    僕は言った。





601 ◆GoKuglY1Jo  投稿日:2008/11/20(木) 00:06:39.96 ID:X0oItE/l0
    逆行の中で、彼女は振り向いた。
    そして僕の顔を、見た。


    しずか「……出木杉……さん?」


    ああ。


    何年ぶりだろう、この顔。この姿。



    出木杉「……やぁ」

    駆け寄ってくる彼女。

    しずか「本当に、出木杉さん?」

    出木杉「本当さ。僕、僕だよ」

    しずか「……」

    出木杉「久しぶり」

    僕は、重ねて言った。

613 ◆GoKuglY1Jo  投稿日:2008/11/20(木) 00:09:50.84 ID:X0oItE/l0
    そう言うと、見る見るうちに彼女は泣き顔になった。

    しずか「会いたかった!……本当に、会いたかった!」

    そういって、彼女は僕の胸に飛び込んだ。
    彼女の涙が、僕のシャツをぬらした。


    僕は少しためらって、彼女の背に手を回した。

    そうしているうちも、彼女の涙は止まらない。



    しばらく、このままでいよう。

    僕はそう思った。

    が、その願望は、まったく不本意なものに破られた。


    のび太「……出木杉」

    現れたのは、くろいタキシード姿ののび太君。

631 ◆GoKuglY1Jo  投稿日:2008/11/20(木) 00:13:25.50 ID:X0oItE/l0
    出木杉「……のび太君」

    のび太「どこでもドア?!……なんで、ここに」

    出木杉「……」

    のび太「ドラえもんが……?まさか」

    出木杉「全部話してもらったよ」

    ドラえもんにね、と、僕は続けた。


    のび太「くそっ、余計なことを」

    出木杉「何が余計だよ」


    僕は続けた。


    出木杉「これですべてもとに戻ったのさ」

655 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/20(木) 00:18:55.65 ID:X0oItE/l0
    僕はしずかさんを守るように背中に押しやった。

    のび太「……」

    出木杉「……これで、最初に戻ったんだよ」

    のび太「……くくく」

    出木杉「何がおかしい?!」

    のび太「お前はなにもわかっちゃいない。最初に戻った?そんなことはないさ。しずか!」

    僕のうしろで、しずかさんがびくりとからだを震わせた。

    のび太「早くこっちにくるんだ。すぐにだ」

    のび太君は、静かに言った。

    出木杉「……行く必要なんてない」

    のび太「いーや、無理だね。お前はこっちに来なくちゃならない」

    出木杉「何……?」

    僕の腕にしがみつきながら、震えるしずかさん。

    出木杉「いかなくていい。こっちにいればいいんだ」

    僕は言った。

683 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/20(木) 00:23:36.39 ID:X0oItE/l0
    のび太「あの時した話を忘れたのか?しずか」

    のび太君は言った。

    出木杉「あの時した話……?」

    僕はしずかさんを見た。

    のび太「出木杉、お前としずかを別れさせたとき、僕はひとつの条件を出したんだ」

    出木杉「条件……?」

    のび太「単純に考えろ、出木杉。ドラえもん、ドラえもんの道具を持つ僕は、この世界で最強だ」

    出木杉「……」

    のび太「お前一人の人生なんて、造作もない」

    出木杉「まさか……」

    のび太「お前の人生に、僕が何もしないことを約束した上で、しずかはお前と別れたんだ」

    出木杉「……そうだったのか」

711 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/20(木) 00:27:59.34 ID:X0oItE/l0
    のび太「しずか。こっちにこい。あの約束は、まだ続いている」

    しずか「……」

    しずかさんが、僕の手を離す。

    出木杉「……行くな」

    しずか「……ごめんなさい」

    出木杉「……」

    何もいえない僕のことばを、違う誰かが代弁した。

    その声は、僕らの後ろから不意に聞こえてきた。



    「……いや、その約束は、もう効かない」


    振り返る、ぼくら。




    ドラえもん「……もう、これで終わりだよ、のび太君」


    ドラえもんが、そこに居た。

    出木杉「ドラえもん!」
    しずか「ドラちゃん!」

    のび太「……ドラえもん……」


    ドラえもん「のび太君。やっぱり僕らは、間違っていたんだよ」

    のび太「……何を今更言うんだ」

    ドラえもん「……出木杉君の作った麻婆豆腐を食べたとき、はっとしたんだ」

    のび太「……何の話だ」

    ドラえもん「君の知らない話さ。知ってるかい?出木杉くんはしずかちゃんと同じような料理を作るんだぜ」

    しずか「……え」

    ドラえもん「コーヒーの淹れ方も。すごくすごく、懐かしく感じたんだ」

    のび太「だからなんだって……」

    ドラえもん「出木杉君のほうが、しずかちゃんを幸せに出来る」

766 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/20(木) 00:36:01.33 ID:X0oItE/l0
    ドラえもんは言った。

    ドラえもん「君に、しずかちゃんを幸せにすることは出来ない」

    もう、ここで終わりにしよう。

    ドラえもんは続けた。


    のび太「……は」


    のび太君は、一息ついて、そして、膝を折った。

    僕としずかさんは、黙ってそれを見ていた。

805 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/20(木) 00:41:49.31 ID:X0oItE/l0
    ……

    僕はピアノの椅子に座り、しずかさんがバイオリンを構えた。
    教会の中で、バイオリンを構えるしずかさんの姿は、まるでレットイットビーに出てくるマリア様のように見えた。

    そして僕はといえば、久しぶりのピアノは、今まで以上に大きく見えていた。


    出木杉「曲は?」

    しずか「あなたの一番好きな曲で」

    出木杉「バッハのカンタータ147番」

    しずか「主よ、人の望みの喜びよ、ね」

    出木杉「僕の一番好きな曲だ」

    しずか「私もよ」

    ポーンと、僕はひとつ鍵盤をたたいた。

    出木杉「……多分大丈夫、弾けるよ」

    しずか「それじゃあ……おねがい」

    僕は、目を閉じた。そして、鍵盤をたたいた。

828 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/11/20(木) 00:47:17.65 ID:X0oItE/l0
    久しぶりのその曲は、なんだか初めて聴いた時と同じような感覚だった。

    しかし指は、自然に動いていた。

    ピアノを弾きながら、色んなことを思い出した。
    でも、そのどれもが、目の前にいるしずかさんの背中に集まって、消えた。

    彼女がいれば、それでいい。


    つまり、そういうことだ。


    僕は無心で指を動かした。


    弦から放たれる音に、僕は体を任せた。

    大丈夫、やっていけるさ。
    僕は自分に言い聞かせた。

    すべては元の鞘に戻った。
    ここから、また始まるんだ。

    曲が終わって、椅子をたって、しずかさんを抱きしめた。

    今までで、一番幸せな抱擁だった。








出典:まとめブログからの転載だよ
リンク:無断転載ですがここの投稿者はみんな無断で貼ってるよね
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