【続】バイクの気持ち【続】 (泣ける体験談) 24466回

2009/02/24 08:42┃登録者:えっちな名無しさん┃作者:◆qxKWjjpiWg
前編:バイクの気持ち
http://moemoe.mydns.jp/view.php/15927





775 : ◆qxKWjjpiWg  :2009/02/23(月) 19:53:37 ID:cLebY54V
(おことわり)
作中に特定の車種や趣味に関する批判めいた記述がありますが、私本人は「合法なら好きにすりゃいいじゃん」
というスタンスですので、その辺りをご理解頂いた上で生暖かく見てやって下さい。

僕がGPzさんと驚きの再会を果たして3年後。
僕らは相変わらずの暮らしをしていた。GPzさんのいなくなったガレージはちょっぴり広く感じて
落ち着かないっていうか、ジョグさんがお仕事に行ってるときなんかに一人でお留守番するのは寂しかったけど
それでも最初の頃に比べるとそれにも随分慣れたしちょっと長い連休になると、まず間違いなく遠くまで
お出かけするからそのときはGPzさんと会えたし、それに最近GPzさんが、いや由佳さんが
家に遊びに来てくれるようになった。というのもその年の4月頃に頃ママさんが病気になっちゃったんだ。
心臓の血管が詰まってしまう病気で、家の中はちょっとした騒ぎになった。パパさんもご主人も
近くにいたお陰で大事には至らなかったんだけど、お医者さんには暫く病院でゆっくりお休みしなさいって
言われたんだ。それまでもパパさんとご主人の事はお姉さんが大抵面倒見てたし、ママさんがお休みしてる
病院はお姉さんが働く保育園の近くだったんだけど、お姉さんはもうすぐお母さんになるからって
お仕事がお休みになったばかりで、ママさんのお世話ができなかったんだ。そしたら由佳さんが
仕事の合間やお休みの日にパパさんやご主人と交代でママさんのお世話を手伝ってくれることになったんだ。
ご主人はとても申し訳なさそうにしてたけど、由佳さんはどうせこんな時だからどこにも遊びに行けないし
折角私が近くにいるんだから使わないと損でしょって笑ってた。結局二週間くらいでママさんはお家に
帰ってこれたし、お薬をきちんと飲んでいれば安心らしいんだけどママさんは好きな納豆が食べられなくなって
少しがっかりしてた。その代わりママさんと由佳さんはとても仲良しになったようで、ママさんが無事退院した
お祝いで初めて家に来て以来、ちょくちょく来てくれるようになったんだ。 

ママさんがお家に帰ってきてから、また僕達は遠くに遊びに行けるようになった。天気の良い日なんかは 
僕達以外にもたくさんのバイクがいてどこから来たの、とかお互いのご主人の話なんかをよくした。 
そんなある日、僕達はオイル交換のためにいつものお店に向かった。GPzさんが先にお店に入ったので 
待ってる間今日は僕はご主人が奮発して僕の好きなモチュール入れてくれるかなあなんて考えたり 
お店の中を眺めながら昔のことをちょっと思い出したりして、良いご主人に会えて良かったなあなんて考えたりしていると 
不意に隣から声を掛けられた。最初は誰だか解らなかったんだけれど、よく見るとそこにいたのは 
僕がこのお店に来て暫く経った頃にいたゼファー君だった。ゼファー君は相変わらずお国言葉が抜けないようで 
いやー、自分全然変わってへんなあなんて言っていた。そういうゼファー君はあちこちの部品が交換されていて 
お店にいた頃とかなり印象が変わっていた。ゼファー君は随分変わったねって言ったら、「そやねん」と言って 
今のご主人はいい人だし、壁はないけど屋根もあるしちゃんと面倒も見てくれるんだけど「ぜっつー」 
みたいにしたいらしくて随分いじられたってひとしきり語った後「それやったら俺やのうて、その“ぜっつー”とかいうのん 
買うたらええやんなあ」ってちょっと寂しそうだった。僕のご主人は時々換えないといけない部品以外は何もいじらなかったし、 
僕もあんまりあちこちいじられるのは僕が否定されるみたいで好きじゃなかったから、ゼファー君の気持ちが何となくわかるような気がした。 

その年の夏はどういう訳か、結局遠くにお出かけすることはなく、お出かけしても大抵日帰りだった。 
お盆もパパさんよりご主人の方がたくさんお仕事をしていた。ジョグさんは最近年のせいかちょっと元気が 
無くなって、お父さんよりはこっちの方が軽くて楽だけどアタシはもうくたびれたから早いとこお役ご免に 
してくれないかしらなんて言っていた。以前は寝てるか喋ってるかって位だったのがめっきり口数も減った。 
秋も過ぎた頃のある晴れた土曜日の朝、ご主人と僕は由佳さんの家へ向かった。僕から降りるなりご主人は 
鞄からやたら太い鎖を出して僕を駐輪場の柱に繋ぐと「HUGO BOSS」って書かれた袋を手に由佳さんの部屋に入り、 
30分程で出てきたんだけど、二人ともやけにおめかしして、由佳さんの軽に乗ってどこかへ 
行ってしまった。GPzさんにどこに行ったんだろうねって言ったら、年貢の納め時って奴だよって言うから 
「え?年貢って税金だよね?もうすぐ冬なのにまだ払ってなかったの?」って聞いたらGPzさんは 
予想通りの答えだって感じで暫く笑い転げてた。 
結局二人が帰ってきたのは次の日の夕方だった。家に帰って、例によって窓から聞こえてくる会話によると 
どうやらご主人は由佳さんと結婚することにしたらしい。昨日と今日でそれぞれのご両親にご挨拶に行ってて 
昨日は由佳さんの実家に泊まったらしい。普段あんまり喋らないパパさんが珍しく色々ご主人にお話を 
しているようで、お姉さんがお酒を飲んでいないのにその晩はとても賑やかだった。 

冬になり、只でさえお出かけの機会が減るのに、その年は更に暇だった。由佳さんの家に行ったり 
由佳さん達が来たりと二人は忙しそうだったけど、その間僕らは殆ど待ちぼうけですっかり退屈して 
欠伸ばかりしていた。GPzさんは以前と比べて少し元気がないようで、考え事でもしてるのか、 
僕が話しかけても時々「え?あ、どした?」なんてまるで聞いてない時もあった。そんな様子が気になったので 
どこか調子でも悪いんですかって聞いたんだけど「ちっと考え事してただけだっちゅーに、人を勝手に 
故障車扱いするんじゃねーよw」って言うばかりだった。確かに走ってる時も変な音もしないし、排気ガスも 
いつも通りだったからきっとGPzさんの言うとおりなんだろうなってその時は思った。 

年が明けてからも相変わらずの日々が続いたんだけど、桜の咲く頃ようやく一段落ついたようで、僕らは 
お花見に出掛け、その晩は例によってご主人の家で晩ご飯だったんだけど、この日は由佳さんとお姉さんが 
二人でご飯の支度をしているようで、悲鳴や食器の壊れる音の代わりに二人の楽しそうな声が響いていた。 
「・・・しかしあんた達も新婚旅行がバイクで北海道一周だなんてホント何考えてんのよ。どーせ 
あのあんぽんたんが言い出したんだろうけどさ、由佳ちゃんも何でもハイハイ言うこと聞いてちゃダメよー? 
甘やかすとすーぐ調子に乗るんだから。大体“俺はバイクに乗ってないと死ぬんだ!”なんて言ってる 
ウチの亭主ですら新婚旅行はちゃんと海外連れてってくれたわよ。それでも最初アメリカ行こうって 
言われたときはハーレーでアメリカ大陸横断させられるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたけどねー。」って 
言ったら由佳さんが「あ、それいいですね!ハーレーでアメリカ横断!」なんて言うもんだから、お姉さんは 
びっくりして「ちょっと、冗談でもやめてよそんなの。あんた達が言うと冗談に聞こえないのよ」って 
言ったんだけど「え?楽しそうじゃないですか。今回は流石に間に合わないですけど。あ、私も大型取ろうかな。 
なんか最近教習所で取れるみたいだし♪」なんて噛み合ってるんだか噛み合っていないんだかよく解らない 
会話をしていた。 

梅雨が明けた頃、ご主人と由佳さんは結婚した。ガレージはまた以前のように僕達三人の居場所になった。 
式の翌日からは由佳さんの荷物が運び込まれたりお盆を迎えたりと慌ただしく日々が過ぎているうちに 
あっという間に北海道へ出発する日が目前に迫り、いい加減すり減っていた僕のスプロケとGPzさんの 
ブレーキラインの交換に行った。僕の作業はすぐに終わったんだけど、ご主人達はお店の奥で社長さんと 
何やら難しい話をしていた。それは大丈夫ですよ、とかちょっと知り合いを当たってみますよなんていう 
社長さんの声が聞こえた。 
出発の日は生憎の天気だったけど、久しぶりの長距離、それも憧れの北海道って所に行けるって事で 
僕のテンションは上がりっぱなしだった。勿論僕は初めて行くんだけど、お店にいる時に先輩達から 
走りやすいし景色は綺麗だしと、なんだかバイクの楽園みたいに聞いてたからどんなところだろうって 
ずっと想像していた。大洗の港に着いた頃はもういつもなら寝てる時間だったけれど、ちっとも眠くなかったし、 
重い荷物を載せられたままなのもフェリーのおじさんにロープで縛られて痛いのも余り気にならなかった。 
翌日の朝苫小牧って所に着いて外に出ると、そこには話に聞いた通りの風景が広がっていた。 
僕はすっかり舞い上がって由佳さんやGPzさんの事も忘れて早く早くとご主人を急き立てたんだけど、 
ご主人はいつも通りの運転だった。ご主人とGPzさんは昔一度だけ北海道に来たことがあるらしく、 
僕は毎晩GPzさんからその時の話を聞かせて貰った。道ばたにいたキタキツネの写真を撮って 
出発しようとすると餌を要求され話や甘い物好きのご主人が迷ったあげくに全種類のソフトクリームを 
はしごして、その後お腹を壊して途中の畑で用を足したことや、その様子を見ていた他のライダーさんと 
その夜ライダーハウスで一緒になって随分恥をかいたこと、紋別の港でカニを浜茹でしてる匂いに 
誘われて行ってみたんだけど、お金があまり無くてどうしようか30分迷って結局泣く泣く諦めたこと・・・。 
そうしてホクレンの4色の旗が揃う頃にはあっという間に過ぎた3週間の旅は、北海道で過ごす 
最後の夜を迎えることになった。 

783 : ◆qxKWjjpiWg  :2009/02/23(月) 22:04:17 ID:cLebY54V
鳥付け忘れましたw
書き下ろしで碌に推敲もしないで書き込んでるので
多少の誤字脱字はふいんき(ryで読んで下さい。 

9月も中旬になると、北海道は夜には結構ひんやりとしていた。その晩もGPzさんと楽しくお話ししていて、 
僕が「毎日楽しかったですね。3週間も居たのに、またすぐにでも来たい位ですよ。今度いつ来られるのかなあ」 
って言ったら「ん、まあそうだなあ・・・」っていつになく歯切れの悪い答えをして「今度・・・か。 
いつになるかはわかんねぇが、俺にゃ多分その今度って奴は来ねぇだろうな」と寂しげに言った。 
え、でもGPzさんまだ10万キロ行ってないんじゃ・・・って言ったら苦笑いして、「馬鹿、俺が作られて 
何年になると思ってんだ?14年だぞ14年。メーターはとっくに2周目だよ」って言った後、暫し感慨ふけって 
「我ながらよくここまで走ったと思うよ」ってしみじみ言って「最後にまたここに来られたし思い残すこともねぇな」なんて 
明日にもどこか遠くに行っちゃいそうなことを言うもんだから、僕は悲しくなって 
最後なんて言わないで下さいよ、折角家に帰ってきたばっかりじゃないですか。ずっと一緒に走りましょうよって 
言ったら、真剣な口調になって「坊主、何でも始まりがあれば終わりが来るんだよ。そりゃな、楽しいことは 
ずっと続いた方が良いさ。でもな、そんなことはありえねぇし、おめぇやあの二人ともいつかは 
おさらばしなきゃなんねぇんだ。いい加減そんくらい解るだろ」と言って「もうこの年になるとな、俺の 
親元も俺のことなんか構ってられないから換えの部品なんぞ作ってねぇんだよ。こないだも社長と話してるの 
聞いたら結構色んな部品が在庫ねぇそうだ。知り合いに当たってくれるとは言ってたけど・・・まあ、知れてるわな。 
仮に一通り揃ったところでエンジン全バラして悪いとこごっそり入れ替えて他にも全身くまなく・・・ってやりゃあ 
前みたいに走れるかもしれねぇ。だけどそん位の金掛けてる間に新車一台買えちまうんだよ。それに・・・」と言葉を区切って、 
「そこまでやっちまったらそいつはもう俺に似てるだけの別の何かだ。俺じゃねぇ。」 
そう言ってもう遅いし寝るぞ、と宣言してそのまま黙ってしまった。僕はGPzさんが言ったことを暫く 
考えていたけれど、やっぱり納得できなくて「それでも僕は・・・GPzさんに生きててほしいよ」って 
呟いた。GPzさんは聞こえてないのかもう寝ちゃったのか何の反応も示さなかった。 


786 : ◆qxKWjjpiWg  :2009/02/23(月) 23:09:12 ID:cLebY54V
>>784
あ・・・思いっきり時代考証忘れてました(;^ω^)
作中は1997辺りと思って下さいw 

787 : ◆qxKWjjpiWg  :2009/02/23(月) 23:17:54 ID:cLebY54V
・・・事前に作った年表見直したら1998の8〜9月だったorz
ちょっと風呂に入って休憩して気力が湧い「たら」残り書きます 


僕達が北海道に行ってから半年が過ぎ、僕がこの家に来て6度目の春を迎えた。 
気が付けばGPzさんとご主人が過ごした時間に僕が追いつこうとしていた頃、それまで毎日 
GPzさんとお仕事に行っていた由佳さんが全くGPzさんに乗らなくなってしまった。 
由佳さんのお腹に赤ちゃんができたんだ。ご主人のあんな顔を見るのは僕を買ってくれた時以来、 
いや、それ以上に嬉しそうだった。そんなご主人を見てると僕まで嬉しくなってくるんだけど、 
その一方で一人取り残されたようになっているGPzさんの姿を見ると複雑な気分だった。 
GPzさんは最初の頃こそ予定日から逆算して何やらニヤニヤしたり、来年の春にはまた職場復帰だろうから 
それまでゆっくり骨休めさせて貰うかななんて言ってたけれど、夏頃からため息が増えて 
秋頃にはめっきり元気がなくなってしまった。僕が話しかけても何も答えない時もあった。 
お正月まであと数日という頃、待望の赤ちゃんが生まれた。ご主人と病院から帰ってきて、ガレージの二人に 
生まれたよ!予定通り男の子だってよ!って言ったらジョグさんは「あら、良かったじゃない。お父さんの時は 
なかなか男の子が出来なくて奥さんも色々大変だったみたいだから由佳ちゃんは早くもプレッシャーから 
解放されたわね」なんて言ったけどGPzさんは何も応えてくれなかった。 
その晩久しぶりにGPzさんが僕に話しかけてきた。 


もう夜もかなり更けていて、僕はその時ちょっとウトウトしていたんだけど、「坊主、起きてるか?」って 
ずっと隣にいるはずなのに懐かしい声に僕はハッと目が覚めた。起きてますけど・・・どうしたんですか? 
って聞いたらGPzさんが「来年の春からまた走ろうって思ってたけどよ・・・どうも無理みたいだわ。 
せめてあと1年くらいはって思って頑張ってみたんだけどな。」そんな、だって・・・と言う僕を制し 
「まあ聞け。」と前置きして「前にも言ったろ?全てのことにはいつか終わりが来るんだって。 
どうやらその終わりが来たみてぇだわ。由佳さんとこに貰われていく時も言ったけどよ、後のこたぁ 
おめぇに頼んだからな。解ったか?」そこまで言って疲れたのか一つ大きく息を吐いて黙っていた。 
僕が何も言えなくなっちゃってじっと黙ってると「なんだ、寝ちまったのか・・・」って言うから、僕はハッとして 
ううん、起きてるよって慌てて答えて、ついポロっと「ねえ・・・死んだらどうなっちゃうの?」って 
言ってしまった。言ってからしまったと思ってゴメン、なんでもないって言ったんだけど、GPzさんは 
昔のように「気にすんな」ってとても穏やかに言ってちょっと考えた後「死んだらどうなる・・・・・・か。 
俺も死んだことねぇからわかんねぇけどなあ。・・・もしバイクに天国ってのがあるんなら・・・きっと 
さぞかし排ガス臭くてうるせぇとこかもな」といって、ふふ、と笑った。死んじゃイヤだよ、行くんだったら 
僕も連れてってよって駄々をこねたら「馬鹿、おめぇは当分来るんじゃねえぞ」といつぶりか覚えてないくらい 
大きな声を出して「もし来たら・・・そうだな、俺がぶっ殺してやる。」といってもう一度笑った。 
何だよそれ死んでるのにどうやって殺すのさって精一杯強がってみたけど、どう聞いても僕の声は震えていた。 
そんな僕を見て「夏・・・だったかなあ」とGPzさんは再び話しだした。 

「おめぇは出掛けてて居なかったが、由佳さんが俺を本堂の脇に連れてって掃除してくれたんだよ。 
ほら、あそこだと日陰だし腰掛けてできるからな。そしたらそこのコンビニの隣の内藤さんっているだろ。 
あそこのお婆ちゃんが来てて親父さんと話しててよ。何でもご主人が末期癌で苦しんでるのを見るのが辛いって 
泣いてたんだよ。親父さんは黙って聞いてたんだけど、婆ちゃんに“愛する人ともいつかは離れなきゃいけない 
日が来る。だけど殆どの人はそんなこと普段は意識なんかしてない。だからある日突然やってきた別れに 
直面してああしておけば良かったこうしておけば良かったって後悔するんだ。あなたもご主人も今は辛いと思う。 
でもお別れを言う時間と何かをしてあげられる時間は残ってるはずだ”みたいなこと言っててよ。しまいにゃ 
由佳さんもぽろぽろ泣いてたっけなぁ。」といってまた暫く沈黙して 
「前置きが長くなっちまったけどよ、俺も最期にここに帰ってこられておめぇと二人の顔見て心置きなく 
旅立てそうだよ。へへ、俺ぁホントに幸せもんだ。」そう言ってそのまま眠った。 

翌日からGPzさんは再び何も言わなくなった。その数日後ご主人が久しぶりにGPzさんのキーを手に 
ガレージに現れた。キーを捻ってもGPzさんは沈黙したままで、ご主人はバッテリーを充電したりあちこちと 
いじって半日ぐらいそうやっているとようやくエンジンがかかった。ただその音はもう昔のGPzさんの 
音じゃなかった。それでもエンジンが息を吹き返すのを確認するとご主人は家の中に戻り、今度は 
由佳さんと二人でテントや寝袋と一緒に出てきてGPzさんの背にそれらの荷物をくくりつけた。 
ご主人と由佳さんはホントにいいの?とかこっちは大丈夫だし私は行けないから。それより寒いから 
風邪ひかないようにねなんて言葉を交わした後、ご主人はゆっくりと出掛けていった。由佳さんは二人を見送ると 
僕の所にやってきて、今日は二人にしてあげたいから私とお留守番だけど我慢してねってちょっと 
目を赤くして優しく言った。 
次の日の夕方にご主人達は帰ってきた。お帰りなさいって声を掛けたら、疲れちったよ、年寄りを 
こんな寒い中連れ回すなよなあって言った後、思い出したように北海道の最後の夜だけどよ、 
俺に生きてて欲しいって言ってくれたろ?あれ、嬉しかったよ。ありがとうな。といって 
疲れたし寝るからってさっさと寝てしまった。それがGPzさんと僕が交わした最後の言葉だった。 

それから暫くしてGPzさんは物言わぬままに社長が乗ってきたトラックに乗せられて行ってしまい、 
更にその数日後に僕はご主人とお店に向かった。GPzさんの姿はもうどこにもなかったけれど、 
ご主人はお店の中に入ると何かを受け取り何度も丁重にお礼を言って戻ってきた。両手で大事そうに 
ご主人が抱えてきた物は、GPzさんのピストンとコンロッドだった。 
帰り道、僕とご主人はちょっと遠回りをして、ちょっとだけ人に言えないスピードで走った。 


それから数年が過ぎた。その間ご主人と由佳さんには二人目の男の子と初めての女の子が生まれ、 
一番上の子はかつて由佳さんとお姉さんが働いていた保育園に入り、ご主人に僕の背中に 
乗せて貰っては僕のハンドルを握って遊ぶのが好きな子になり、末の子は由佳さんに抱えられて 
ガレージにやってくると僕を指さしてぶーぶーって言えるくらいになった。 
更に2年の月日が流れたその日、また僕達の家族が増えた。 

その日を僕はちょっと特別な気分で迎えた。お昼過ぎくらいに家の前でトラックが停まり、暫くして 
ガラガラと音を立ててシャッターが開いた。ご主人の手で運ばれてきたのは真新しい由佳さんの相棒だった。 
その子は落ち着かない様子でガレージの中を見回した後、僕に初めましてと挨拶をした。 
僕は自分が初めてここに来た日のことを思い出しながら、同時にGPzさんのことを思い出して 
「よう坊主、俺ぁもう作られてねぇバイクだから知らねぇだろうがカタナってんだ。よろしくな。」って言った。 
僕の遙か頭上でGPzさんが「似合わねーw」って大笑いしてるような気がした。 



(再度のご愛読誠にありがとうございました。重ね重ね厚く御礼申し上げます。) 













出典:バイクにまつわる泣けた話【5発目】
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