勇者「その仮面、呪われてるんですか?」 (ジャンル未設定) 43103回

2009/05/13 10:21┃登録者:えっちな名無しさん┃作者:名無しの作者
勇者「なんか不気味な仮面ですけど」 
仮面子「……いきなり失礼だな君は」 
勇者「外したほうがいいですよ」 
仮面子「外さない」 
勇者「ああ、外せないんですね。呪われてるから」 
仮面子「あえて外さないんだ」 
仮面子「……気に入ってるんだよ」 
勇者「嘘つかないで下さいよ」 

仮面子「嘘じゃない」 
勇者「はっきり言っておかしいですよ」 
仮面子「う……」 
勇者「これから悪魔召喚の儀式でも行くのかって感じです」 
仮面子「そこまで言うか……」 
勇者「せっかくそんなきれいな顔なのに」 
勇者「まあ、仮面で顔の下半分しか見えないですけど」 
仮面子「余計な御世話だ……」 
4 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日: 2009/05/11(月) 20:12:55.33 ID:j3NfSDiZ0
勇者「その仮面ってなにか特殊効果があるんですか?」 
仮面子「特殊効果?」 
勇者「例えば、防御力2倍、とか」 
仮面子「ああ、そういえば自分に向けられた魔法をすべて無効化するな」 
勇者「予想以上にすごいですね、その仮面」 
仮面子「回復魔法や補助魔法も無効化する上、自分は魔法使用不可になるが」 
勇者「やっぱり呪われてるじゃないですか」 
仮面子「呪われてない」 


勇者「というか仮面子さん、魔法使えるんですか?」 
仮面子「まあ、仮面さえなければな」 
勇者「もしかして戦闘もこなせたり?」 
仮面子「一応私はこの酒場の用心棒のようなことをしているからな」 
勇者「ああ、そうだったんですか」 
勇者「強いんですか?」 
仮面子「さあ、どうだろな」 
仮面子「君はどうなんだ?」 
仮面子「勇者なんてやってるくらいだから腕は立つのだろ?」 
勇者「どうでしょうね。俺、戦闘なんてしたことないから」 

6 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日: 2009/05/11(月) 20:15:42.25 ID:j3NfSDiZ0
仮面子「戦闘をしたことが、ない?」 
仮面子「……あ、まだ勇者になりたてだってことか」 
勇者「いえ、勇者になってからもう1年くらいは経ちますね」 
仮面子「……ならなぜ戦闘経験がない」 
勇者「敵を見つけたら全力で逃げますから」 
仮面子「……」 
勇者「おかげでいまだにレベル1です」 
仮面子「よくもまあここまで生き残れたな」 
勇者「こう見えて素早さだけは高かったりするんですよね」 

7 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日: 2009/05/11(月) 20:18:19.11 ID:j3NfSDiZ0
勇者「敵の攻撃をよけたり、逃げ足だったり、そんな所ばかり伸びちゃって」 
勇者「そのおかげでここまでたどり着けました」 
仮面子「君は魔王を倒す気はあるのか?」 
勇者「別にないですよ」 
仮面子「無いのか……」 
勇者「親に魔王退治に行けって無理やり家から追い出されたから仕方なく旅してるだけです」 
勇者「本当は冒険なんてしたくないですよ」 
勇者「住み慣れた故郷で定職について、所帯を持って、静かに暮らすのが夢だったのに……」 
仮面子「ずいぶんと庶民じみた夢だな」 
勇者「でもこれってすごく幸せじゃないですか?」 
仮面子「……まあ、そうだな」 
勇者「――そろそろ帰りますね」 
仮面子「ん、そうか」 
勇者「お話に付き合ってくれてありがとうございました」 
仮面子「いやいやこちらこそ」 
仮面子「それにこうして客の話に付き合うのも仕事のうちだ」 
勇者「あ、そうだったんですか」 
仮面子「また来てくれ。いつでも話し相手になってやる」 
勇者「ええ、ぜひとも」 
勇者「それじゃあ、さようなら」 
仮面子「ああ」 

マスター「……あれが勇者だって?」 
仮面子「そう言っていたが」 
マスター「……あんなのが勇者とは世も末だな」 
仮面子「客がいなくなった途端悪口とは感心しないな」 
マスター「そんなんじゃねえよ」 
マスター「ただ……あんな子供が勇者として旅立たないとダメなくらいにまで来てるんだな、と思ってな」 
マスター「人間は本当に魔王を倒せるのか、なんて心配になってくるじゃねえか」 
仮面子「……なるようにしかならんさ」 
マスター「なに諦観したようなこと言ってんだ」 
仮面子「そんなこと、私たちが考えることではない」 
仮面子「国の施政者がそのために頭をひねってるんだから、私たちはただ結果を受け入れるだけ」 
マスター「その政治家連中や国の正規軍が当てにならないから勇者なんてものが出てくるんだろ」 
マスター「この町だって交易の要所ってことでいつ魔物の軍勢に狙われてもおかしくねえんだ」 
マスター「他人事じゃねえんだぞ」 
仮面子「……」 
マスター「……まあ、確かに俺らがここでこんな話をしててもどうしようもないんだがな」 
仮面子「そういうことだ」 

マスター「よし、客も帰したし店じまいだ」 
仮面子「お疲れ様」 
マスター「おう、お疲れ」 
マスター「気をつけて帰れよ」 
仮面子「ああ、ありがとう」 
マスター「と言ってもお前を襲う奴なんていねえか」 
仮面子「……どういう意味だ」 
マスター「そのまんまの意味だ。おっかなくて手が出せないだろ、ガハハハハ!」 
仮面子「……ひどい言われようだな」 
マスター「まあ、冗談だ」 
マスター「あ、そうだ!」 
仮面子「どうした?」 
マスター「お前、明日ここに来る前に酒屋に行って注文の品取りに行って来てくれるか」 
仮面子「ああ、了解した」 
マスター「じゃあ、頼んだぞ」 
仮面子「あいよ。じゃ、また明日」 

翌朝 

仮面子「……」テクテク 
仮面子「……ここだ」 
仮面子「……」ガチャ 
勇者「いらっしゃいませー!!」 
仮面子「ん……ッ!?」 
勇者「あれ、仮面子さんじゃないですか」 
仮面子「なんで君がここにいる」 
勇者「なんでって、俺、ここでバイトしてるんですよ」 
仮面子「バイト?」 
勇者「しばらくこの町に滞在しますから宿代や食費、そして旅費を稼がないといけませんから」 
仮面子「なんで酒屋で? ギルドで勇者の仕事をもらえばいいじゃないか」 
勇者「いやですよ」 
仮面子「なんで?」 
勇者「だって危ないじゃないですか、そういう仕事って」 
仮面子「……」 


仮面子「君は本当に何のために冒険をしているんだ……」 
勇者「何のためなんでしょうね」 
仮面子「……まあいい。今日は注文の品を取りにきた」 
勇者「ああ、はいはい。承ってますよ」 
勇者「よいしょ……はい、これですね」ガチャン 
仮面子「ああ、これだな」 
仮面子「ん……結構重いな」 
勇者「台車をお貸ししますよ」 
仮面子「ああ、頼む」 
勇者「わかりました」 
勇者「はい、どうぞ」コロコロ 
仮面子「ああ、ありがとう」 
勇者「台車は後で勝手に店の脇にでも置いておいてくれれば結構ですので」 
仮面子「わかった」 
仮面子「じゃあ、バイト頑張ってくれ」 
勇者「はい、ありがとうございます」 
数時間後 

仮面子「……」テクテク 
仮面子「……」ガチャ 
酒屋「あれ? 仮面子ちゃん?」 
仮面子「ん? ああ、酒屋さん」 
酒屋「どうしたの? 何か受け取り忘れたの?」 
仮面子「いや、借りていた台車を返しに来たんだが……」 
仮面子「バイトの子は?」 
酒屋「ん? 彼ならちょっと前に抜けたけど、彼に何か用?」 
仮面子「いや、用ってわけじゃないが」 
仮面子「……まあいい。台車、ありがとう」 
酒屋「いやいや、どういたしまして」 
仮面子「……」テクテク 
勇者「あれ、仮面子さん?」 
仮面子「!?」 
仮面子「君か、もうバイトは終わったんだな……ってなんだその格好は?」 
勇者「え、この格好ですか?」 
仮面子「ずいぶんと汚れているが」 
勇者「ああ、今煙突掃除のバイト中ですからね」 
仮面子「煙突掃除って、バイトの掛け持ちをしてるのか!?」 
勇者「ええまあ」 
勇者「ちなみに他に料理屋のウェイターなんかもしてますよ」 
仮面子「……がんばってるんだな」 
勇者「これぐらい働かないと稼げませんから」 
仮面子「大変だな……」 
仮面子「また暇があったらうちに来てくれ。仕事の愚痴くらいなら付き合ってやれる」 
勇者「はい、ありがとうございます」 

仮面子「ただいま」 
マスター「おう、おかえり」 
仮面子「昨日うちに来た例の勇者の子に会った」 
マスター「ああ、酒屋でバイトしてるってさっき言ってたな」 
仮面子「いや、ほかのバイトの途中だった」 
仮面子「酒屋以外にもいろいろバイトをしてるそうだ」 
マスター「はぁ……それはまた大変だな」 
マスター「大したもんだ」 
仮面子「勇者としてはどうかと思うがな」 
マスター「ちがいねぇ、ガハハハハハ!」 

ユーシャ「おいマスター! 酒が切れたぞぉ、持ってこぉい!!」 
センシ「早くしろぉ!!」 
ブトーカ「まだまだ飲み足りねぇ!!」 
マージ「キャハハハハ、マジ受けるぅ!!」 
マスター「あい、すぐに持っていきます!!」 

仮面子「……なんだあの連中」 
マスター「勇者様ご一行だとよ」 
仮面子「ふぅん」 
マスター「昼間からあんなに飲んだくれて。いい御身分だな、勇者様ご一行は」 
仮面子「……」 
マスター「ったく、最近の勇者ってのはろくなもんなじゃないな」 
マスター「国王から様々な特権が与えられてるからって、調子に乗りすぎだ」 
マスター「ちまちまとその辺の雑魚モンスターばかり狩って小金を稼いで、それで民を守ってるつもりだ」 
マスター「そんなんでいっちょまえにふんぞり返ってやがる」 
マスター「昔はこうじゃなかったんだがな……」 
仮面子「マスター、陰口はその辺にしておけ」 
マスター「……ああ、すまねぇ。確かに言いすぎだった。悪い癖だな」 

ユーシャ「おい! そこの変な仮面つけた女ァ!! 客に酌ぐらいしろよ!!」 
仮面子「む……」 
センシ「てかさっきから気になってたんだけど、なんでそんな気色悪い仮面してんの?」 
マージ「マジきもいんですけど! キャハハハハハ」 
ブトーカ「言ってやるなよ、きっと素顔が残念なんだろ」 
マージ「あの仮面よりひどい顔ってどんなんだよ! キャハハハハ!」 
マスター「……抑えろよ」 
仮面子「……言われるまでもない」 
マスター「……」 

仮面子「……」トクトクトク 
ユーシャ「もっと愛想よくしろよぉ」 
仮面子「ああ、すまないな」トクトクトク 
センシ「てかさぁ、仮面つけながら接客とかありえなくね?」 
仮面子「いや、これは……」 
センシ「いや、じゃねえだろ。お客様に対して失礼だと思わないの?」 
仮面子「……すまない、これは取れない」 
マージ「はあ、バッカじゃないの!? 取れって言ってんだから取れよ!!」 
仮面子「いや、だからこれは……」 
マージ「うだうだ言ってねえで取れよ!!」ガバッ 

マージは仮面子の仮面を取ろうと手を伸ばした! 
しかし仮面子はその手を弾いた! 

マージ「いた! ちょ、マジありえなくない!? こいつ、客に暴力振るったよ!!」 
仮面子「……嫌だと言ってるだろ」 
ユーシャ「俺たちに喧嘩売るたぁ、いい度胸してるな……」 

仮面子「売ってきたのは君たちだろ」 
ユーシャ「んだとぉ……」 
マスター「おい、仮面子! 抑えろって言っただろ!!」 
仮面子「あ……すまない」 
マスター「ったく、なんだってお前はそんなに短気なんだ……」 
仮面子「……仕方ないだろ」 
マスター「仕方なくねえだろ……いちいち売られたケンカを買うな」 
仮面子「マスターだって陰口叩いてたくせに」 
マスター「うるせえ、陰だからいいんだよ!」 
仮面子「私はそういうのは好かないな」 
マスター「好く好かないじゃなくて……て話をすり変えるな!」 
ユーシャ「お前ら、俺たちを無視してんじゃねえぞ!!」 


ユーシャ「マジで殺すぞ……俺を誰だと思ってるんだ」 
マスター「す、すんませんでした! ホントにこいつが失礼なことを……」 
ユーシャ「頭下げたくらいで許すわけねえだろ。誠意を見せろや」 
マスター「はぁ……」 
ユーシャ「察しが悪いなぁ。金だよ金! 慰謝料よこせ!!」 
マスター「慰謝料……」 
ユーシャ「そんでもってそこのアバズレにも詫び入れてもらわねえとなぁ」 
仮面子「……」 
マスター「……アバズレ?」 
ユーシャ「ったくよぉ、なんだってこんなドブスの顔見るだけで不快な思いをしなきゃならないんだよ」 
マスター「……おい、アンタ。今、なんて言った」 
ユーシャ「ああん? 淫売のド腐れ変態女のせいでイラついてるって言ったんだよ」 
マージ「さっきよりひどくなってるじゃん!! うけるぅ!」 
マスター「てめえ……」 
ユーシャ「なに、怒った? なんであんたが怒ってんの? てか怒ってどうする気?」 

ユーシャは余裕の笑みを浮かべている 
しかし次の瞬間、マスターの拳がユーシャの顔に食い込み、きりもみ状にユーシャの体は吹き飛ばされた! 

センシ「ユーシャ!!」 
マージ「きゃあああああああああ!!」 
ブトーカ「てめえ、よくもやりやがったな……」 
マスター「うるっせえぞ、この青二才ども!! なめたことばかり言ってると殴るぞ!!」 
マスター「仮面子はな、俺にとっちゃぁ、娘も同然なんだ」 
マスター「それをなんだ、ドブス? 淫売? 変態女?」 
マスター「それ全部、てめえのことじゃねえか!!」 

マスターはマージを指差した! 

マージ「はぁ!? なに言ってんのこのオヤジ!! 超ムカつく〜!!」 
ブトーカ「……ああ、もう切れた。ぶっ殺す」 
マスター「上等だ、くそガキども!! 全員まとめてかかってこいやぁ!!!」 

仮面子「……マスター、気持ちは嬉しいが落ち着け」 
マスター「止めんじゃねえよ仮面子!!」 
仮面子「まったく、短気はどっちだよ……」 
マスター「うるせえ!!」 
仮面子「どのみち、マスターは戦うことはできないだろ」 
マスター「こんな三流勇者ども、俺でも勝てる!!」 
仮面子「……無理だろ?」 
マスター「……」 
仮面子「だいたい、こういう仕事は私の仕事だ。仕事を取るな」 
仮面子「私を無職にする気か?」 
マスター「ぬ、ぬぅ……」 
ブトーカ「いつまで話し込んでんだ、ゴルァ!!」 

ブトーカはマスターに殴りかかってきた! 
しかし仮面子が間に割って入り、ブトーカを蹴り返した! 

ブトーカ「ぐはっ!!」 

ドンガラガッシャン!! 

仮面子「しまった……机や椅子も壊してしまった」 
マスター「いつもなら怒るが今日は許す」 

客「おお、派手に喧嘩が始まったな!」 
客「久しぶりだな、仮面子ちゃんが戦ってるところ見るのは」 
客「がんばれー、仮面子ぉ!!」 
仮面子「迷惑をかけてすまない。すぐに終わらせる」 
マージ「なになめたことほざいてるのよ……このクソブス」 
仮面子「……」 
マージ「死んじゃえーーーーー!!」 

マージの指先から炎が放たれた! 
しかし仮面子の前で不思議な力にかき消された! 

マージ「はぁ? なんでぇ!?」 

仮面子「……」テクテク 
マージ「え、ちょっと、こっち来ないでよ!!」 
仮面子「……」テクテク 
マージ「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!」 
仮面子「……」 

仮面子は手を振り上げ、マージの頬をぶった! 

マージ「いたぁ!」 
仮面子「……力の差がわかったら仲間を連れて早く店から出て行ってくれ」 
マージ「う、ううぅぅぅ……」 
ユーシャ「……まだ勝負はついてねえだろ」 
仮面子「なんだ起きたのか」 
センシ「女だからって容赦しねえぞ!」 
ユーシャ「ぜってぇ殺す……」 
仮面子「女相手に2人がかりか……まあ、別にかまわないが」 

ギィ…… 

勇者「……あれ? 取り込み中ですか?」 
仮面子「き、君は!?」 

勇者「今日のバイトが早めに終わったんで、ちょっと一杯やっていこうかなって思ったんですけど……」 
センシ「何なんだテメェ! ここはガキが来る場所じゃねえぞ!!」 
ユーシャ「ミルクがほしかったら家に帰ってママにもらうか農家にでも行きやがれ!!」 
勇者「……一応酒を飲みに来たんですけど」 
ユーシャ「ああそうかい。なら他をあたってくれ」 
ユーシャ「あいにく今はガキにかまってる暇はない」 
勇者「ガキガキって……。あなただってまだ俺のちょっと上くらいですよね?」 
ユーシャ「ああん? 俺は勇者という立派な職についてるからもう大人だっつーの」 
勇者「俺も一応勇者ですけど?」 
ユーシャ「はぁ? お前が勇者? はっはっはっは! 笑わせんなボケ!」 
ユーシャ「テメェが勇者ならスライムだって魔王になれるわ!!」 
勇者「……なら試してみます?」 
ユーシャ「はぁ? なんだお前、俺と戦おうって言うのか?」 
勇者「いやいや、戦いませんよ!」 
勇者「飲み比べ、しません?」 

ユーシャ「飲み比べ、だと?」 
勇者「そうそう。負けた方がおごるってことで」 
ユーシャ「……頭おかしいんじゃねえか? なんでいきなりそんな話になるんだよ」 
勇者「ガキの勝負すら受けられないんですか? ならあなたもやっぱりガキだってことですね」 
勇者「負けるのが怖かったら、そちらの戦士の人も入れて2対1でもいいですよ」 
ユーシャ「……ほざけよ、クソガキ」 
ユーシャ「いいぜ、受けてやるよその勝負」 
センシ「おい、ユーシャ!」 
ユーシャ「止めるなよセンシ。ここまでコケにされて引いちゃ、俺のメンツ丸つぶれだろ」 
ユーシャ「心配すんなよ。あんなガキ、すぐに潰れちまうよ」 


仮面子「おい、やめておけ!」 
勇者「へ?」 
仮面子「こんなバカな勝負、意味がない!」 
勇者「意味がなくはないですよ」 
仮面子「どこに意味があるんだ!」 
勇者「俺の酒代が浮きます。お金は大切ですから」 
仮面子「……」 
勇者「どうしました、仮面子さん。肩なんか落として」 
仮面子「……言葉が出ない」 
勇者「それに仮面子さんにとってもそこまで悪い話じゃないんじゃないですか?」 
仮面子「は?」 

勇者「状況から察するに、客から因縁つけられたんですよね?」 
勇者「そんな相手を力づくで追い返したら、絶対報復に来ますよ」 
勇者「だけど俺がこの勝負に勝てば、向こうも恥ずかしくてこの店に近づけませんよ」 
勇者「こんな、ガキ相手に、ね?」 
仮面子「……そんなうまいこといくか?」 
勇者「さあ? やってみる価値はあるんじゃないですか。少なくとも僕にはありますから」 
仮面子「酒代、だろ」 
勇者「ええ」 

一時間後 

ユーシャ「……うおえぇぇぇぇ」 
勇者「〜〜♪」ゴクゴク 
センシ「このガキ、どんだけザルなんだよ……」 
勇者「この勝負、おれの勝ちですよね?」 
センシ「う、うるせぇ!! 俺たちはてめえが来る前から酒飲んでたんだ! だから――」 
勇者「負けてもしょうがない、たとえこんなガキ相手でも、ですか?」 
客「なっさけねえぞ、てめぇら!」 
客「勇者様ご一行は酒でも殴り合いでも女子供に負けるんですねぇ!!」 
客「こんなんで魔王なんて倒せるのかよ!!」 
センシ「ぐ、ぬぬぬぬ」 
マージ「……センシ、もういこ?」 
センシ「ぜってぇ覚えてろよ……」 

仮面子「……うまくいったのか?」 
勇者「さあ?」 
仮面子「かえって遺恨を残してないか?」 
勇者「どうでしょ?」 
仮面子「……」 
勇者「まあいいじゃないですか。無事追い払えたんですから……って、あっ!!」 
勇者「……あいつらお代払っていってない」 
勇者「俺の酒代は……」 
マスター「それぐらいチャラにしてやるよ!!」 
勇者「ほ、本当ですか!」 
マスター「それよりすげえな、お前! いったいどんな体してんだ!?」 
勇者「いや、親が酒に滅法強いもので。遺伝的に俺も強いんですよ」 
マスター「はぁ〜なるほど。いや、それにしてもスカっとした! あいつらの顔ったらなかったよな!」 
客「いつもえばり腐ってる勇者がでろんでろんに酔っ払って情けねえったらありゃしねえ!」 
客「だなぁ! がっはっはっは!!」 


勇者「勇者って職はこんなに嫌われてたんですね……」 
仮面子「まあ、全員がそうだとは言わないが、最近はあの手のやつが多いからな」 
勇者「はあ……、何か微妙な心境ですね」 
勇者「俺ももしかしたら勇者ってことで嫌われたりしてるんですかね」 
マスター「いやいや、お前はなんつーか、勇者っぽくなくていいぞ!」 
客「ああ、勇者らしさが全くないところがむしろ好感を持てるぞ!」 
客「そうだ、どっからどう見ても勇者だとは思わないもんな!!」 
勇者「……これって誉められてるんですか?」 
仮面子「本人たちは誉めてるつもりなんだろ」 
勇者「……まあ、別にいいですけど」 


それから一週間が過ぎた 

仮面子「……」ガチャ 
仮面子「ごめんください」 
勇者「あ、仮面子さん。おはようございます」 
仮面子「ああ、おはよう」 
仮面子「今日も注文していた品を取りにきた」 
勇者「ああ、はいわかりました。すぐに持ってきますね」 
仮面子「どうだ、この町での生活にも慣れたか?」 
勇者「え? ああ、そうですね。結構慣れましたよ」 
仮面子「そうか、それはよかったな」 
勇者「バイト先の方も良くしてくださいますし」 
仮面子「ああ、そういえば最近君の話を町の人からよく聞くな」 
勇者「へ? どんな話ですか?」 
仮面子「勇者とは思えないほどに謙虚で働き者な子だって」 
勇者「……まあ、勇者としては失格なんでしょうけどね」 
仮面子「いっそのこと、勇者なんてやめたらどうだ?」 

酒屋「そうだぞ、勇者なんてやめたらどうだ?」 
勇者「あ、店長……」 
酒屋「なんならうちで正式に雇ってやってもいいんだぞ?」 
勇者「……お気持ちは嬉しいですけど、遠慮しておきます」 
酒屋「どうして?」 
勇者「俺、旅をやめるわけにはいかないんです」 
仮面子「なぜ? 何か訳でもあるのか?」 
勇者「ちょっと人を探していて……」 
仮面子「人を?」 
勇者「ええ。俺が探した限りこの町にはいなかったですし、次の街へ探しに行かないと」 
仮面子「誰を探しているのか聞いていいか?」 
勇者「俺の姉です」 
仮面子「お姉さん、か……」 


仮面子「どういう外見なんだ?」 
勇者「え?」 
仮面子「私も客や情報屋に聞いてみる。ひょんなことから足取りがつかめるかもしれないぞ」 
勇者「あ、ありがとうございます」 
勇者「でも、姉がいなくなったのが数年前なので今が具体的にはどういう外見なのかわからないんです」 
仮面子「……そうか」 
勇者「言えるのはブロンズの髪で長身の剣士だと言うことぐらいです」 
仮面子「ふむ……」 
勇者「こんな漠然とした情報じゃ何も分かりませんよね」 
仮面子「まあ、難しいだろうな」 
仮面子「でも聞くだけ聞いてみるさ」 
勇者「お願いします」 
仮面子「なら私はこれで失礼する」 
勇者「ええ、ありがとうございました。お仕事がんばってください」 
仮面子「ああ。君もな」 

酒屋「……」 
勇者「店長、どうしました?」 
酒屋「……お姉さんを探すために旅をしてるとは、泣かせるじゃねえか」 
勇者「へ?」 
酒屋「こんな家族思いの弟を持ててお姉さんも幸せだな!」 
勇者「は、はぁ……どうも」 
酒屋「何があったかは訊かねえ。きっと複雑は事情があったんだろうよ」 
酒屋「だがしかし! 俺も応援すっからな!」 
酒屋「困ったことがあったらいつでも相談してくれ!」 
勇者「えと、……ありがとうございます」 

勇者「……あ、そろそろ時間ですのであがりますね」 
酒屋「お、もうそんな時間か」 
酒屋「お疲れ」 
勇者「じゃあ、お先に失礼します。お疲れ様でした」 

勇者「さて、と。次のバイト先に行かないと」 
町人「お、勇者じゃねえか。これからバイトか?」 
勇者「あ、こんにちは。はい、今日はあと2つのバイトこなさないと」 
町人「はぁー、大変だねぇ。ま、頑張ってくれや」 
勇者「ありがとうございます」 

町人「あら、勇者君じゃない? こんにちは」 
勇者「あ、どうもこんにちは、おばさん」 
町人「この間は煙突を掃除してくれてありがとね。おかげできれいになったわ」 
勇者「いえ、仕事ですので」 
町人「また調子がおかしくなったら頼むわね」 
勇者「いや、それまでこの町にいるか分かりませんよ」 
町人「もういっそ、この町に住んじゃいなさいよ」 
勇者「ははは……」 

勇者(……なんかこの町にも結構なじめてきたな) 
勇者(先週の一件で俺、結構有名になったみたいだし、町の人たちはみんないい人たちだ) 
勇者(本当に……居心地のいいところだな) 

ユーシャ「……みんなにちやほやされて、いい御身分ですなぁ、ゆ・う・しゃ・く・ん」 
勇者「!?」 
マージ「ニヤニヤしててきっもーい。マジ死ねって感じぃ?」 
勇者「……まだこの町にいたんですか。恥ずかしさの余り、とっくにどっかに言ってるものかと思ってました」 
センシ「はぁ? 調子に乗んなや!!」 
ユーシャ「ふん。言われなくてもこんなクソみたいな町、すぐに出て行ってやるよ」 
ユーシャ「だがな、その前に落とし前というものをつけてくれなきゃ、こっちも収まりがつかないんだよ」 
勇者「……ヤクザみたいですね」 
ブトーカ「何を言ってんだ。俺たちは勇者さまご一行だぜ? いわば正義の味方、分かる?」 
ユーシャ「ああ、そうだ。だからヤクザなんかとは違う。俺たちに逆らうっていうのは正義に背くこと」 
ユーシャ「つまり、お前は悪だということだ」 
勇者「……だから俺だって一応勇者ですって」 
ユーシャ「……テメェが勇者だなんて認めねえよ。町のやつらだってお前を勇者として見てない、そうだろ?」 
勇者「……」 

ユーシャ「聞いたぜ。お前、モンスターを倒したことがないんだってな」 
マージ「だっさ……スライムすら倒せないの? あんなのガキでも倒せるじゃん」 
ユーシャ「それとも魔物を倒すのがいやだ、とか思ってるの? 博愛主義者?」 
ブトーカ「おいおい、勘弁してくれよ。俺たちは魔物たちと戦争してるんだぜ?」 
センシ「殺らなきゃ殺られる。冒険者なら常識だろ」 
勇者「心配しなくてもそんな高尚な主義主張なんて持ち合わせてないですよ」 
勇者「弱いのは事実ですけど、ただ単純に好き好んで戦闘をしたいとは思わないだけですよ」 
勇者「逃げられない状況に追い込まれたらちゃんと戦いますよ」 
勇者「ただ単に今までそんな状況になったことがないってことです」 
ユーシャ「……ふーん」 
勇者「……なんですか?」 
ユーシャ「……なら喜べよ。今がその状況だ」 

勇者「は?」 
ユーシャ「マージ」 
マージ「はぁい!」 

マージは魔法を唱えた! 
マージの指先から放たれた青い光が勇者の足にまとわりつく! 

勇者「え?」 
ユーシャ「これでお前のご自慢の逃げ足は封じた。魔物は頭が悪いからこういうことしなかっただろ?」 
マージ「人間なんだからさぁ、少しは頭を使いなよぉ?」 
センシ「まあ、これからゆっくりと先輩たちが冒険の厳しさを教え込んでやるよ」 
ブトーカ「痛いくらいにな、ハハハハハハ!」 
ユーシャ「とりあえず路地裏に行こうか」 
センシ「オラ来い!」 
勇者「うわ、ちょっと……!」 

町人「大変だ!」 
マスター「どうした、そんなに血相を変えて?」 
町人「ゆ、勇者君があのゴロツキ勇者たちにさらわれてしまった!?」 
マスター「なに!?」 
仮面子「まだいたのか、あいつら……」 
町人「頼む、仮面子ちゃん! 勇者君を助けてやってくれ!」 
町人「君しかあいつらと対等以上に渡り合える奴なんていないんだ!」 
仮面子「……まあ、仮にも勇者パーティだから自警団でも手に負えないか」 
仮面子「元はと言えば私の不始末がまいた種だ。なんとかするしかないな」 
仮面子「それで、場所は?」 
町人「ああ、それならこの先の――」 

バキッ! 

勇者「……ぅぐ」 
ユーシャ「どーだ、少しは先輩を敬う気持ちが出てきたか?」 
勇者「……」 
センシ「なんか喋れやコラ!!」 

ボグッ! 

勇者「……っ」 
ユーシャ「なかなか屈しないねぇ。思ってたより根性あるじゃん」 
ブトーカ「こいつどうしようか?」 
ユーシャ「そうだなぁ、もう散々殴ったし……」 
ユーシャ「町の外に放置とかどうよ?」 
ユーシャ「最近、この町の外、魔物が増えてきてるじゃん」 
センシ「そういえばそうだな……。確かに妙に魔物が目につくよな」 
センシ「しかもこの辺に生息してる魔物じゃないやつ」 
センシ「なんかこの町、今に魔物の軍勢に襲撃されるんじゃね?」 
ユーシャ「どうせすぐにこの町を出るんだからそんなことどうでもいいじゃん」 
ユーシャ「でさ、そこに丸裸にして縛って置いておいたら面白くね?」 
ブトーカ「うっわ、お前鬼畜だな!!」 

マージ「もう少し素直になればいいのにねぇ? せっかく可愛い顔してるのにボコボコになって台無しぃ」 
勇者「け……くさ……」 
マージ「ん、なに?」 
勇者「化粧、臭くて、ケバいから、近寄らないで、くださいよ」 
マージ「……ふ〜ん、まだ余裕ありそうだね」 
マージ「ただ丸裸にするだけじゃ物足りないから、下の毛、剃っちゃおっか?」 
センシ「うは、それは笑えるな!」 
ブトーカ「てかお前、ほんとに痴女だな!」 
マージ「キャハハ、うっせーよ!」 
ユーシャ「ほんじゃ、勇者くんの服、ひん剥いちゃおっか」 


勇者は暴れだした! 

ユーシャ「てめ、暴れてんじゃねえよ!」 
マージ「往生際が悪いとモテないよぉ? ほら早く大人しくする」 
勇者「ふざ、けるな……! 変態ども……」 
ユーシャ「てめぇ、もう一発くらわさないと分かんねぇか?」 

ユーシャは腕を振り上げた! 
そのとき、物陰から何者かが飛び出してきた! 
??の攻撃、ユーシャの首筋に手刀を放つ! 

ユーシャ「う、うぅん……」 

ユーシャは倒れた! 

仮面子「……遅れてすまないな」 

センシ「テメェ、来やがったな!」 
仮面子「白昼堂々と拉致しておいて何を言う。来てくださいと言ってるようなものじゃないか」 
仮面子「私に向けて罠でも張ってあるのではないかと思ったが、どうやら思い過ごしだったようだな」 
仮面子「そこまで悪知恵は働かなかったか」 
マージ「るっさい! アンタなんか罠なんか張らなくたって倒せるわよ!!」 
仮面子「……この前は手も足も出なかったじゃないか」 
マージ「この前は酔いが回ってて少し勘が鈍ってたのよ!!」 
仮面子「……まあいい。まだ仕事の途中だからとっとと終わらせるぞ」 
マージ「……この前と違って3体1よ……勝てると思ってるの?」 
仮面子「リーダーの欠けたパーティなんてただの烏合の衆だ」 
マージ「うるっさい!!」 

マージは魔法を唱えた! 
センシとブトーカの防御力が上がった! 
センシとブトーカの攻撃力が上がった! 

センシ「ふっふっふ……前回は俺は戦り合えなかったんだよな。せいぜい健闘してくれよ」 
ブトーカ「今回は手加減なしだ」 
仮面子「……ふむ」 
センシ「せめて武器ぐらいは持参してくるべきだったな」 
仮面子「……確かにそうだな。甘く見すぎていたかもしれない」 
仮面子「使い慣れない剣は扱いづらいから嫌なんだがな」 

仮面子は倒れているユーシャの腰から剣を抜いた! 

センシ「あ、きたねっ!!」 
仮面子「……ギャグか?」 

マージ「なにバカなこと言ってるのよセンシ!! 剣なんかあっても無くても勝てるでしょ!」 
センシ「そ、そうだな」 
ブトーカ「……いくぞ」 
センシ「おう!」 

センシの攻撃、斧を力いっぱい振り回した! 
仮面子はその攻撃を避けて戦士の懐に潜り込んだ! 
しかし、すかさずブトーカが戦士の脇から躍り出て、仮面子に正拳突きを繰り出した! 
仮面子はその攻撃を頬にかすめつつも何とか避けた! 

仮面子「なるほど……ちゃんと連携攻撃もできるわけだ」 
センシ「怖気づいたか?」 
仮面子「いや、全然」 
ブトーカ「減らず口を……」 
仮面子「減らず口はどっちだ」 
センシ「?」 

その瞬間、センシとブトーカの鎧と服が大きく裂けた! 

仮面子「……な?」 
センシ「んな!? いつの間に!」 
仮面子「少しは力量の差がわかったか?」 
ブトーカ「ひ、ひぃぃぃぃ!」 
センシ「ば、化け物だ……」 
マージ「ちょ、ちょっとぉ! なにビビってんのよ!! こんな変態女ぐらいちゃちゃっと倒してよぉ!!」 
センシ「バ、バカ!! 今の見てなかったのかよ! 俺たちが手に負える相手じゃねえよ!!」 
マージ「そんなことないわよ! もっと本気出しなさいよ!!」 
ブトーカ「そんなに言うならお前が戦えよ!!」 
マージ「え……」 
仮面子「……彼らと同じ姿になりたければどうぞ?」 
マージ「くっ……」 
マージ「この糞女……ぜってぇいつかコロス」 
仮面子「……」 


センシ「……」 

センシはユーシャを背負った 

ブトーカ「……」 
マージ「クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ……」 
仮面子「おい、忘れものだ」 

仮面子はユーシャの剣を投げた! 
ブトーカはすんでのところで避けた! 

ブトーカ「うわ、あぶねっ!」 
ブトーカ「は、刃物を投げたらあぶねえだろ!!」 
仮面子「それを指二本で受け止められるようになったらまた相手をしてやろう」 
ブトーカ「そんなことできるわけねえだろ!」 
仮面子「私はできるぞ?」 
ブトーカ「……化け物が」 

仮面子「さて、と……大丈夫か?」 
勇者「……ええ、なんともありませんよ」 
仮面子「そのようには見えないが?」 
勇者「こんな傷、大したことないですよ」 
仮面子「嘘つき。すごく痛そうだぞ」 
勇者「気のせいです」 
仮面子「なぜそんなに意固地になっているんだ? 痛いなら痛いと言えばいいじゃないか」 
勇者「だから痛くないですって」 
仮面子「ああ、もういい。とりあえず手当てをしよう」 
仮面子「私の家がここから近いからいこう」 
仮面子「まあ、仕事の方はもう少しくらい遅れてもいいだろ」 
勇者「え、いや……」 
仮面子「ほら、立てないだろ。おんぶしてやる」 
勇者「いや、恥ずかしいからいいですって!」 
仮面子「怪我人なんだから恥ずかしくないだろ。おとなしくしてろ」 

仮面子「ほら、ここが私の家だ」 
仮面子「借家だけどな」 
勇者「……」 
仮面子「ほら、服を脱いで」 
勇者「え、えぇ!?」 
仮面子「何を驚いているんだ。ほら薬草で作った傷薬を塗るからさっさと脱ぐ」 
勇者「え、ちょ、ああぁぁぁぁ!」 

勇者「……」 
仮面子「しみるからな、我慢しろよ」 
勇者「……うっ!」 
仮面子「ほら、男の子だろ。耐えろ」 
勇者「くぅ……!」 
仮面子「……ほら済んだ」 
勇者「……」 
仮面子「よし、よく耐え切った。えらいぞ」ナデナデ 
勇者「恥ずかしいからやめてください」 
仮面子「ん……そうか、そうだな。子ども扱いされたら嫌だよな、すまない」 
勇者「いえ……」 

仮面子「それにしてもすまなかったな。あんなことになってしまって」 
仮面子「私がしっかり始末をつけなかったからだ。本当に申し訳ない」 
勇者「いえ、別に仮面子さんのせいじゃないですよ」 
勇者「俺が自分であの人たちに喧嘩を売ったようなものですし」 
仮面子「いや、でも――」 
勇者「別に仮面子さんが気にするようなことじゃないですよ」 
勇者「大して痛くなかったですし」 
仮面子「……やせ我慢するな」 
仮面子「このことは私の責任だ。償いはちゃんとさせてもらう」 
勇者「律儀なんですね」 
勇者「頑固ともいうか……」 
仮面子「ちゃんと筋は通さないと駄目だろ」 

勇者「……じゃあ、姉捜索を手伝ってくれることでチャラでいいです」 
仮面子「いや、それとこれとは話が別だ。他に何か――」 
勇者「いや、それが一番俺にとってうれしいことですから」 
仮面子「そんな……」 
勇者「……そろそろバイトに行きます。完全に遅刻ですから早く行って謝らないと」 
仮面子「バカ! そんな傷だらけでバイトなんて無理だ!」 
勇者「いや、でも申し訳ないし」 
仮面子「分かった。私が事情を説明してくるから君はここで休んでろ」 
勇者「え、ちょっと――」 
仮面子「じっとしてるんだぞ」 

勇者「……行ってしまった」 
勇者「……はあ、なんかいろんな人に迷惑かけちゃったな」 
勇者「……」 
勇者(……ここが仮面子さんの家か) 
勇者(なんか思ってたより殺風景というか、必要最低限の家具以外何も無いな) 
勇者(女の部屋ってこんな感じなのか?) 
勇者(……て、なに他人の部屋のなかじろじろ見てるんだよ、俺は) 
勇者(……仮面子さんのベッド) 
勇者(いつもここで仮面子さんが寝てるのか) 
勇者(というか寝る時も仮面をつけたまま寝るのかな?) 
勇者(汗とかで蒸れそう……) 
勇者(汗……か) 
勇者(……) 
勇者「……うぅ、落ち着かない」 

仮面子「ただいま」 
勇者「ひっ! ……あ、仮面子さん。おかえりなさい」 
仮面子「なに素っ頓狂な声をあげてるんだ」 
勇者「なんでもないですよ」 
仮面子「ふむ、まあいいが」 
勇者「はは……」 
仮面子「……」 
勇者「な、なんですか?」 
仮面子「……いや、なんでもない」 

勇者「あのぉ、失礼かもしれないですけど……」 
仮面子「ん?」 
勇者「寝るときにもその仮面をつけてるんですか?」 
仮面子「……はぁ?」 
勇者「あ、その、ごめんなさい! ちょっと気になったもので!」 
勇者「やっぱり不躾な質問でしたね」 
仮面子「……付けていると言ったら」 
勇者「……え?」 
仮面子「……やっぱり引くよな」 
勇者「え、あ、その……」 
仮面子「別に気にしないからはっきり言ってくれ……」 
勇者「びっくりですけど、別に引かないですよ?」 
仮面子「……君はやさしいな」 

勇者「じゃあ、やっぱり付けてるんですか?」 
仮面子「……うむ」 
勇者「どうして?」 
勇者「やっぱり呪われてて外せないんですか?」 
仮面子「……外せないのは正解だ。だけど、呪いじゃない」 
勇者「やっぱりわざと外さないというのはウソだったんですね」 
仮面子「まあ、な」 
勇者「でも呪いじゃないってどういうことなんです?」 
仮面子「……あまり言いたくない」 
勇者「?」 
仮面子「他人に聞かせられる話じゃないし、ちょっと恥ずかしい……」 
勇者「恥ずかしい?」 
仮面子「……それでいて怖い」 
勇者「……どういう話なのか全く分かりません」 
仮面子「分からなくていい。君にとっても、私にとっても」 

勇者「そう、ですか」 
仮面子「すまんな。私は秘密事なんか本当はしたくないんだが……」 
勇者「……まあ人間、他人に話せないことの一つや二つ、あるもんです」 
勇者「僕も話しにくいこと聞いちゃってすみません」 
仮面子「いや、かまわない」 
勇者「じゃあ、俺はこれで失礼しますね」 
仮面子「傷は大丈夫か? 痛まないか? なんなら家まで送って行くぞ?」 
勇者「いや、もう大丈夫ですよ。仮面子さんの処置が良かったせいか全然痛みません」 
仮面子「そうか」 
勇者「じゃあ、本当にありがとうございました」 
仮面子「いや、こちらこそすまなかったな。ちゃんと休むんだぞ」 
勇者「はい。ではさようなら」 

翌朝 

仮面子「……早く起きてしまった」 
仮面子(酒場の開店時間までまだ時間があるが、二度寝するには微妙だな) 
仮面子(……勇者くんはまだ宿にいるだろうか) 
仮面子(傷もまだ癒えてないだろうし、様子見に行こうか) 
仮面子(……やっぱり余計な御世話かな?) 
仮面子(世話焼きすぎても鬱陶しいだけだろうし……) 
仮面子(…………) 
仮面子「……いいや、それでもやっぱり行こう」 

コンコン 

勇者「はぁい、誰ですか?」 
仮面子「私だ」 
勇者「あ、仮面子さんですか。ちょっと待ってください」 

ガチャ 

仮面子「やあ」 
勇者「おはようございます。どうしたんです?」 
仮面子「いや、ちょっと君の傷の様子見に」 
勇者「え? 別にここまでしてくれないてもいいのに」 
仮面子「……迷惑だったら帰るが」 
勇者「あ、いや。そういう意味じゃないです」 
勇者「とてもありがたいですよ」 
勇者「えと……汚い所ですけど、どうぞ」 
仮面子「それじゃ、お邪魔します」 

仮面子「……思ってたよりきれいだな」 
勇者「そうですか?」 
仮面子「男の部屋だからもっと散らかってるかと思ったが」 
勇者「そんなことないと思いますけど」 
仮面子「私の知り合いの男の部屋は例外なく散らかってる」 
勇者「……まあ、マスターとかあまり几帳面な感じしませんもんね」 
仮面子「まあ、そんなことはどうでもいいんだ」 
仮面子「それで傷の方はどうだ? 痛んだり腫れてたりしないか?」 
勇者「いや、もう全然なんともないですよ」 
仮面子「そうか」 
仮面子「でもせっかく来たのだからガーゼと包帯の交換をしよう」 
仮面子「ベッドに腰かけて上半身裸になってくれ」 
勇者「……」 

仮面子「うん。傷も化膿してないし、問題はなさそうだな」 
勇者「……」 
仮面子「これならすぐに完治するだろう」 
仮面子「……本当に今まで戦闘をしてこなかったんだな」 
勇者「?」 
仮面子「昨日できたもの以外に全く傷痕がない。きれいな体だ」 
勇者「!?」 
仮面子「……この傷も残らないといいな」ツー 
勇者「……」プルプル 
仮面子「震えているがどうかしたか?」 
勇者「……仮面子さん、こしょばいです」 
仮面子「ん? あ、すまない」 
勇者「……はい」 


勇者「……俺ももっと稽古しないと駄目ですよね」 
仮面子「!?」 
勇者「え、なにをそんなに驚いてるんですか?」 
仮面子「……君の口から稽古などという言葉が出るとは思わなかった」 
勇者「……どういう意味ですか」 
仮面子「おおよそ戦いとは無縁な存在に思っていたから」 
勇者「俺、勇者ですって」 
仮面子「でも今まで一度もまともに戦闘をしたことがないんだろ?」 
勇者「……そうなんですよねぇ」 

勇者「昨日、あのパーティの人たちに言われたんですよ」 
勇者「お前なんて勇者じゃない、絶対認めないって」 
勇者「それに感化されたわけじゃないですけど、なんか今のままじゃ駄目だなって思ったんです」 
仮面子「一人前の勇者になろうって思ったのか?」 
勇者「いや、勇者として認められたいとかそういうのじゃないです」 
勇者「ただ、勇者ってのは別に魔物とだけ戦うわけじゃないんですよね」 
勇者「ああいう風に人間に因縁をつけられることもある」 
勇者「勇者が正義の代名詞ではなくなった今となっては尚更です」 
仮面子「……」 
勇者「逃げられない戦闘もあるのだと気づいたんです」 
勇者「昨日は思わぬ攻撃を受けて逃げることができなかった」 
勇者「逃げる術を失くした俺はされるがまま……」 


勇者「……死んだらどうしようもないじゃないですか」 
勇者「俺には目的があるからそれを果たすまで旅を続けなくちゃ駄目ですし」 
勇者「昨日だってあのまま仮面子さんが来てくれなかったら俺は今頃魔物の餌になっちゃってましたよ」 
勇者「対人間でも対魔物でも、ああいうことがきっとこれからもある」 
勇者「だから生き抜くためにももっと強くならないとダメ、なぁんて柄にもなくふと思っちゃいました」 
仮面子「……」 
勇者「どうしました? 何か怪訝そうな顔ですけど」 
仮面子「あ、いや。立派だなと思って」 
勇者「……ホントは、今さら気づいたのかよ、とか思ってません?」 
仮面子「いや、そんなことはないぞ!」 
勇者「ま、今更なんですけどね」 

仮面子「それで、稽古って一体どんな事をするつもりなんだ?」 
勇者「それが問題なんですよねぇ……」 
勇者「今までその類のものをほとんどしてこなかったから全く分からないんですよ」 
仮面子「……私でよければつけてやってもいいぞ、稽古」 
勇者「え?」 
仮面子「……時間があるときだけだが」 
仮面子「……嫌なら無理にとは言わない」 
勇者「いや、それは願ってもないことです!」 
勇者「でもどうして?」 
仮面子「……昨日のお詫び、かな」 

勇者「お詫びって……、まだ気にしてたんですか?」 
仮面子「やっぱり何かしないと私の気が済まない」 
勇者「……」 
仮面子「……ダメか?」 
勇者「……本当に仮面子さんは几帳面というか苦労症というか」 
仮面子「うぅ……」 
勇者「さっきも言いましたが俺にとっては願ったりかなったりな申し出です」 
勇者「それで仮面子さんの気が済むなら是非ともよろしくお願いします」 
仮面子「う、うむ」 
仮面子「そうと決まったら傷が治り次第ビシバシいくからな! 覚悟しておけよ」 

数日後 

仮面子「……来たな」 
勇者「ええ、ようやく今日のバイトが終わりました」 
仮面子「うむ、おつかれ」 
勇者「ところで、こんな草原で稽古をするんですか?」 
仮面子「なんたって広いからな。思う存分動ける」 
勇者「少し町から外れてますけど魔物とか出ませんかね?」 
仮面子「この辺はその心配はない。安心しろ」 
仮面子「たとえ出たとしてもそれも修行のうちだ」 
勇者「いきなり実戦はきついと思いますけど……」 

仮面子「まずはこの木剣で素振り2000本だな」 
勇者「多っ!」 
仮面子「そうか? 普通だと思うが」 
勇者「……言っておきますけど俺、腕力とか全然ないですからね」 
仮面子「知っているが?」 
勇者「ならもうちょっと軽くしません? 初日ですし……」 
仮面子「腕力に自信がないなら尚更多めにやらないと早く強くなれないじゃないか」 
勇者「……鬼ですね」 
仮面子「なにを言う。私の修行時に比べれば楽なものだぞ」 
勇者「うう……」 


仮面子「違う! そんなに手首を固くするな! もっとスナップを――!!」 

仮面子「そうじゃない!! もっと脇をしめてだな――」 

仮面子「全然駄目だ!! 振り下ろす時は両手を絞り込むようにだな――」 

勇者「……ようやく終わった」 
仮面子「……本当に素人なのだな」 
勇者「だから言ったじゃないですか」 
仮面子「……まあいい。次の訓練に移るぞ」 
勇者「え? 休憩は……」 
仮面子「たかだか素振りを2000本したくらいで休憩は早すぎるだろ」 
仮面子「あんなもの準備運動みたいなものだ」 
勇者「腕がもう上がらないんですが……」 
仮面子「そんだけ泣き言が言えればまだ余裕がある。さ、とっとと始めるぞ」 


仮面子「実はこの草原に来たのにはほかにも理由があったのだ」 
勇者「……へぇ」 
仮面子「これは私が昔よくやった稽古なのだがな」 
仮面子「さあ、この草を薙げ!」 
勇者「? 草を、ですか?」 
仮面子「うむ。やはり斬る手ごたえがあった方が効率的に――」 
勇者「……」 

ブチブチ 

仮面子「お、おい。草をむしってどうす――」 

勇者は仮面子に草を投げつけた! 

仮面子「……これは何の真似だ」 
勇者「言われたとおり草を“なげ”ました」 
仮面子「……休憩をやらなかったからふてくされてるのか」 
勇者「何の話です?」 
仮面子「……分かったよ、10分だけだぞ」 
勇者「そうですか? じゃあお言葉に甘えて」 
仮面子「……まったく、子供だな君は」 

勇者「あ、仮面子さん、髪に草がついてますよ」 
仮面子「君がつけたんだろ」 
勇者「取ってあげます」 
仮面子「いや、自分でやるからいいって」 
勇者「いや、見えないでしょ。俺が取りますよ」 

仮面子「……」 
勇者「……仮面子さんって、髪きれいですね」 
仮面子「へ?」 
勇者「つやつやですべすべでさらさらです」 
仮面子「なっ! ……もういい。やめてくれ」 
勇者「せっかくそんなきれいな髪をしてるんだから伸ばせばいいのに」 
仮面子「……長髪は、嫌だ」 
勇者「どうして?」 
仮面子「邪魔だから」 
勇者「……なんかもったいないなぁ」 

勇者「……そういえば、投げるで思い出した」 
仮面子「ん?」 

勇者はいきなり仮面子に向けて木剣を振りかぶった! 

仮面子「んなッ!!」 

仮面子はバックステップをして避けようとした! 
しかし勇者は振り下ろす寸前で手を離し、木剣は仮面子めがけて飛んでいった! 

バキッ!! 
木剣は仮面子の仮面に直撃した! 

仮面子「ぬおっ!!」 
仮面子「……早くも謀反を起こしたか。いい根性だ」 
勇者「あ、いやそうじゃなくて」 
仮面子「そうじゃないならどういうつもりだっ!!」 

勇者「この前、仮面子さん言ってたじゃないですか」 
勇者「飛んできた剣を指二本で受け止められるって」 
勇者「本当ならちょっと見てみたかったのでつい」 
仮面子「……確かに言ったな」 
仮面子「だからと言っていきなり剣を投げつける奴がいるか!! ビックリしたじゃないか!」 
勇者「投げると宣言してからじゃ意味ないじゃないですか」 
仮面子「し、しかしだな――」 
勇者「でも失敗でしたね」 
仮面子「こ、こんな至近距離で投げられて、しかも不意打ちだぞ!」 
仮面子「いくら私でも無理だ!」 
勇者「ですよね」 
勇者「いや、よかったよかった。あれだけ強くてもやはり仮面子さんも人の子だったんですね」 
仮面子「……」 

仮面子「……これだけ余裕があるならもう休憩などいらないだろ」 
勇者「あ……」 
仮面子「さぁて、早速やってもらおうか」 
勇者「……やらなきゃよかった」 
仮面子「自業自得だな」 
勇者「うへぇ……」 
仮面子「君はなんだかさっきから文句ばかりだな」 
仮面子「この前はあんなに立派なことを言っていたのに」 
勇者「あのときはすごくやる気になってたんですけどね……」 
仮面子「思っていたより辛かったから嫌気がさしたか?」 
勇者「……否定できないです」 
仮面子「今さらやめようという選択肢は無いぞ。私がやめさせない」 
勇者「え?」 

仮面子「この前の君の言葉は少なからず私は感銘を受けた」 
仮面子「当たり前のことでも、やはり大切なことだと思った」 
仮面子「だからこそ私も君の稽古のお手伝いをしたいと思った」 
仮面子「私をやる気にさせたのだ。もう後悔しても遅い」 
勇者「……軽はずみに言わなきゃよかった」 
仮面子「男なら自分の発言に責任を持て」 
勇者「はぁい……」 
仮面子「ということで早速やるぞぉ!」 
勇者「……おー」 

酒場

仮面子「さぁ飲め。今日ぐらいは私がおごってやる」
勇者「……ども」
仮面子「なんだテンションが低いぞ」
勇者「筋肉痛がひどくて……」
仮面子「その痛みが明日への糧になるのだ、耐えろ」
勇者「……さいですか」
仮面子「まあ、この酒は頑張った君へのご褒美だ」
勇者「飴と鞭、というわけですね」
仮面子「そう受け取ってもかまわんぞ、ふふ」
勇者「……ありがたくごちそうになります」
 
勇者「仮面子さんはお酒飲んでもいいんですか? 一応まだお仕事中ですよね?」 
仮面子「マスターに許可はもらったから大丈夫」 
勇者「あ、そうなんですか」 
仮面子「……そういえば君と酒を飲むのは初めてか」 
勇者「言われてみればそうですね」 
仮面子「酒は人間関係の潤滑油だ。これを機にたまには飲みかわすのもいいな」 
勇者「はい。ぜひともそうしたいです」 


仮面子「……せっかくの酒の席だ。君のこと、色々聞いていいか?」 
勇者「俺のこと、ですか?」 
仮面子「ああ、例えば……君の家族のこととか」 
勇者「……」 
仮面子「君の両親やお姉さんがどんな人か、どんな家庭だったか、気になる」 
仮面子「もちろん話しにくかったら話さなくてもいいが」 
勇者「……そうですね」 
勇者「俺の父はかつて冒険者だったんです」 
仮面子「……ほう」 
勇者「勇者としてパーティを率いて旅をしていた父はとある村で母と出会ったそうです」 
仮面子「……そして恋に落ちた?」 
勇者「……ええ、まあ。そして勇者を引退してその村にとどまり父親として生きることに決めた」 
勇者「この村が俺の故郷なんですがね」 
勇者「ホント、何のために冒険してたんだって突っ込みたいですよね」 
勇者「まるで嫁探しのために旅に出たみたいじゃないですか。仲間の人も迷惑だったでしょうね」 
仮面子「ふふ……そうかもな」 
仮面子「だけどとてもロマンチックな話だ」 

勇者「そして父と母は姉と俺を産んだ」 
勇者「姉は俺と違って気が強くて活発で、かなりお節介な人でした」 
勇者「俺が悪戯したらボッコボコになるまで殴って、俺が虐められたら相手をボッコボコになるまで殴って」 
勇者「俺の知る限りでは一番気性が荒くておっかない人間です」 
仮面子「さぞや賑やかな日々だったろうな」 
勇者「そりゃそうですよ。毎日が姉のせいで事件続きでした」 
仮面子「……いいな。とても幸せそうだ」 
勇者「ははは……」 
勇者「そんな慌ただしい日々がしばらく続いたんですが……」 
勇者「父が自分の後を子に継がせようと俺か姉のどちらかが勇者になるように言いました」 
仮面子「……」 
勇者「本当は父としては男である俺に行ってほしかったみたいなんですが、如何せん俺は弱かったですからね」 
勇者「姉が旅立つことになりました」 

勇者「王様から勇者の証を受け取り、パーティを組んで姉は旅立ちました」 
仮面子「その後のお姉さんのことは?」 
勇者「旅に出てからも姉は定期的に手紙を内に送ってきました」 
勇者「あれで結構まめな性格でしたから」 
勇者「でもある日を境に全く手紙が届かなくなってしまいました」 
勇者「それ以来姉の消息は分からずじまい」 
仮面子「……」 
勇者「何かあったとなったら寝覚めが悪いじゃないですか」 
勇者「本当は俺が旅に出るはずだったのに」 
勇者「だから俺も姉を探すために旅に出ることにしたんです」 

勇者「まあ、どうせ途中で面倒になったとかそんな理由だと思いますけどね」 
勇者「あんなに強くて魔物以上に恐ろしい姉がそうそうやられるとは思えませんよ」 
勇者「魔物なんかに……ね」 
仮面子「……」 
勇者「いや、そんな深刻な顔しないでくださいよ」 
仮面子「……すまない」 
勇者「……なんで謝るんですか」 
仮面子「……きっとお姉さんは生きているよ」 
勇者「ええ……絶対に生きてますよ」 
仮面子「だから……頑張れ」 
勇者「……はい」 

勇者「なんか辛気臭い雰囲気になっちゃいましたね。すみません」 
仮面子「いや……」 
勇者「そういえば仮面子さんのご家族はどんな人だったんですか?」 
仮面子「私の、か?」 
勇者「俺、仮面子さんのことほとんど知りませんし」 
勇者「色々聞かせてくださいよ」 
仮面子「……父は厳格な人だったよ」 
仮面子「一緒にいた時間が短かったから、それくらいしか私にもわからない」 
仮面子「母に至っては会ったことすらない」 
勇者「……事情は訊いちゃ、だめですよね」 
仮面子「……すまない。君はちゃんと話してくれたのに」 
勇者「いえ、いいんです」 

勇者「じゃあ、仮面子さんには兄弟はいなかったんですか?」 
仮面子「……」 
勇者「?」 
仮面子「……兄がいた」 
勇者「お兄さん、ですか」 
仮面子「兄も君のお姉さんと同じように破天荒な性格でな」 
仮面子「いつもバカ騒ぎばかりして他の人たちに迷惑ばかりかけていた」 
仮面子「そして私もそのバカに散々付き合わされてな」 
勇者「はは、俺と同じですね」 
仮面子「そうだな、ふふ」 
仮面子「何度命を落としかけたか分からんくらいひどい目にあったものだ」 
勇者「……それはすごいですね」 
仮面子「それだけズバ抜けていたんだよ、彼は」 

仮面子「他の人が絶対やらないようなこと、思いもつかないような危険なことに挑戦して」 
仮面子「周りの大勢を巻き込み、迷惑をまき散らしながらも必ずそれらのことを成功させる」 
仮面子「なにをやらせても必ずやり遂げてしまう」 
仮面子「悪運と才能が桁はずれだった」 
仮面子「だからこそ懲りもせずに次の挑戦に挑む」 
仮面子「それに付き合わされる私はそれこそ命がけだった」 
勇者「ははは……」 
仮面子「……だけどやはり楽しかったんだよな」 
勇者「……今、そのお兄さんは?」 
仮面子「……いなくなってしまったよ」 
勇者「……すみません」 
仮面子「ははは、さっきと逆の立場だな」 

マスター「なぁにお前らは辛気くせぇ顔して話してんだよ!」 

ドン! 

仮面子「マスター?」 
マスター「酒は楽しく飲むもんだぜ!」 
マスター「これは俺からのおごりだ。上等な酒なんだからよく味わって飲めよ!」 
仮面子「……ありがとう、マスター」 
マスター「はっ、いいってことよ!」 

仮面子「……マスターに気を遣わせてしまったかな」 
勇者「ですね」 
仮面子「まったく、マスターにはかなわないな」 
勇者「ははは」 

勇者「そういえば仮面子さんってなんでここで働くことになったんですか?」 
仮面子「ん?」 
仮面子「……マスターは父の古い知人でな」 
仮面子「働かせてもらってお世話になってるんだよ」 
勇者「あ……」 
仮面子「いや、いい」 
仮面子「本当にマスターには感謝しているよ」 
仮面子「私はマスターのことは父のように思っているし、マスターも私のことを娘のように思ってくれている」 
勇者「傍目には本当の親子のようですよ」 
仮面子「それは嬉しい話だ」 

仮面子「……ぅぅぅ」 
勇者「結構飲みましたけど、酔っちゃいました?」 
仮面子「……きもちわるい」 
勇者「仮面子さんってあまりお酒強くないんですね」 
仮面子「……われながらなしゃけない」 
勇者「呂律もちょっと怪しいですね」 
仮面子「ぅぅ……」 
マスター「今日はもうそいついいから、家まで送ってやってくれないか?」 
勇者「分かりました」 
マスター「ありがとよ。気を付けてな」 
勇者「はい」 
仮面子「しゅまない……」 

勇者「ほら、ちゃんと俺の肩につかまってください」 
仮面子「……ふぁい」 
勇者「なんでこんなになるまで飲むんですか……」 
仮面子「みょうにきょうはさけがすすんだんだ」 
勇者「俺の飲むペースにつられましたか?」 
仮面子「かもな」 
勇者「ははは……やれやれですね」 
仮面子「ふふふ……」 


勇者「……なんか仮面子さんって俺の姉に似てるんですよね」 
仮面子「ふぁ?」 
勇者「いや、姉もこうしてよく酔いつぶれて、俺が家まで連れて帰りましたし」 
勇者「ちょっと世話焼きなところも姉とそっくりです」 
仮面子「ははは、きみのおねえさんとか」 
仮面子「いわれてみれば、わたしもなんだかおとーとができたきぶんだ」 
仮面子「なんだかみていてあぶなっかしくてほっとけないかんじだ、きみは」 
勇者「俺って頼りないですか?」 
仮面子「まあ、しょうじきなところな」 
勇者「……ちょっとショックです」 
仮面子「だってきみはまじめそうにみえるが、いがいとずぼらでぬけてるし」 
仮面子「だからわたしがみていてやらないとだめだ、とかおもってしまう」 
勇者「……そういうところが世話好きで姉に似てるんです」 
仮面子「はは、そうか」 

仮面子「なんならわたしにあまえてもいいんだぞ、あねのかわりだとおもって」 
勇者「いや、いいです。恥ずかしいですし」 
仮面子「えんりょするなよ、このこの!」 
勇者「いたっ! ちょっと小突かないでくださいよ!」 
仮面子「てれてるのか? かわいいところもあるじゃないか」 
勇者「ああ、もう。この酔っ払いは……」 
仮面子「ははは、ジョーダンだ!」 
勇者「まったくもう……はは」 

勇者「そういえば仮面子さんって俺の名前、呼ばないですよね?」 
仮面子「ん? そうだったか?」 
勇者「そうですよ」 
勇者「大抵、『君』って呼びかけますし」 
勇者「どうしてなんですか?」 
仮面子「うぅむ、べつにりゆうなんてないが」 
勇者「ならそろそろ名前で呼んでくださいよ」 
仮面子「……ふむ」 
仮面子「いや、それはやめておこう」 
勇者「どうして?」 
仮面子「こうしよう。きみがりっぱなゆーしゃになったと私にみとめさせたらきみの名前をよぶ」 
勇者「……どうしてそうなるんですか」 
仮面子「なんかこういうノリってかっこよくないか? こころがふるえるというか」 
勇者「熱血とかそういう感じですよね、そのノリって」 
勇者「好きなんですか、そういうの」 
仮面子「ああ、だいすきだ」 
勇者「……面倒くさいです」 
仮面子「そういうな。はやくきみにつよくなってほしいというわたしのおもいやりだ」 
勇者「……思いやりなんですかね、これ」 

仮面子「ああ、ここだな」 
勇者「ふう、ようやく着きましたね」 
仮面子「なごりおしいか?」 
勇者「何がですか。酔っ払いの相手をするのは大変でしたよ」 
仮面子「そうつれないこというな」 
仮面子「……なんならあがっていくか? とまっていってもいいぞ?」 
勇者「はぁっ!?」 
仮面子「あははははは! なにをそんなにおどろいてるんだ?」 
勇者「え、いや、その……」 
仮面子「ああ、おもしろいなきみは……。ほんとうにおとーとにしたい」 
勇者「酒癖の悪い姉を二人も持ったら、俺がもたないですよ……」 

勇者「じゃあ俺は帰りますよ!」 
仮面子「すねるなすねるな」 
勇者「すねてませんよ」 
仮面子「からかいすぎたかな? それじゃまたこんどな」 
勇者「次の機会には絶対酒をあまり飲ませないですからね」 
仮面子「ははは、まあきょうよりはじちょうするよ」 
勇者「じゃ、おやすみなさい」 
仮面子「ああ、おやすみ――」 

ッドォォォォォォォォォォン!! 

仮面子「!?」 


仮面子「な、なんだいまのおとは!?」 
勇者「すごい音でしたね」 
仮面子「……ッ!!」 
勇者「どうしました、仮面子さん!?」 
仮面子「繁華街のほうが……燃えている」 
勇者「え……あっ!?」 
仮面子「……あそこには、マスターの酒場もある」 
仮面子「くっ!」 

ダッダッダッダ! 

勇者「あ、待ってください仮面子さん!!」 


仮面子「こ、これは……」 

魔物「グギャギャギャギャギャギャァ!!」 
魔物「ギャァァァァァァァァス!!」 
魔物「グオォォォォォォォォォォォ!!」 

町人「キャアアアアアアアアアア!」 
町人「うわああああああああああ!」 

仮面子「ま、魔物だとッ!?」 
仮面子「なんで町中に魔物がいるんだ!?」 

??「そりゃ俺たちが引き入れたからさ」 
仮面子「!? 君たちは――」 


マージ「はぁーい、お元気してたぁ? 変態女」 

ダッダッダッダッダ 

勇者「はぁ、はぁ、ちょっと仮面子さん、速いですよ。はぁ、はぁ」 
マージ「あ、勇者くぅん。こんばんちゃ!」 
勇者「え、あなたたちは……!」 
ユーシャ「ごめんねぇ、勇者くん。もうおねむの時間なのに起こしちゃったかな?」 
勇者「どうしてここにいるんですか?」 
ユーシャ「……決まってるだろ。テメェらをぶっ殺すためだよ」 
ユーシャ「いや、テメェらだけじゃねえ。この町のナメくさった連中もだ」 

仮面子「……そのために魔物を町の中へと招いたというのか」 
ユーシャ「そうだよぉ」 
ユーシャ「最近、この周辺の魔物の数が増えてるように感じてたからさ、調べてみたんだよ」 
ユーシャ「そしたらさ、魔物の軍勢がすぐそこまで来てやがったんだよ」 
ユーシャ「なんかあいつら、この町を襲撃するために斥候を出して下調べをしてたみたいなんだよ」 
ユーシャ「そこで俺たちがそのお手伝いをしてやったというわけだ」 
ユーシャ「魔物の中にも話が通じる奴がいるもんだな」 
仮面子「そんな簡単に侵入を許してしまったのか……」 
ユーシャ「門番や見張りも俺たちがのしちまったからな」 
ユーシャ「んで自警団も今頃気づいててんやわんやってところかな?」 
仮面子「……魔物と手を組んで、町を襲撃して」 
仮面子「お前たちには勇者としてのプライドがないのかっ!!」 
ユーシャ「プライド? あるよ、あるに決まってんだろ」 
ユーシャ「そのプライドを取り戻すためにここにいるんだよ」 
仮面子「勇者とは民を幸せに導くための存在だろうが!!」 
ユーシャ「民の幸せのため? ひゃっはっは! 流行んねえよ、今さらそんなの」 
ユーシャ「俺たちは正義の味方だぜ? つまり俺たちの立つ位置が正義だ」 
ユーシャ「そして俺たちには向かうお前らは逆賊だ。どぅーゆーあんだすたん?」 
仮面子「……外道が」 

ユーシャ「あれ? 怒っちゃった、仮面子ちゃん?」 
仮面子「……今すぐ魔物を連れて消えろ」 
仮面子「さもないと……」 
ユーシャ「さもないと、何?」 
仮面子「……」 
ユーシャ「おおっと。マジになるなよ」 
ユーシャ「まあ、落ち着いてこれを見ろや」 

センシ「おら、ちゃっちゃと歩け」 
マスター「……うう」 

仮面子「マスター!?」 

ユーシャ「……状況が呑み込めた?」 
仮面子「……お前ら」 
ユーシャ「そんなに睨むなよ。あんまり睨むと怖さのあまりこのオジサンを間違って殺しちゃうかもよ?」 
ユーシャ「だから、ね? 大人しくしてた方がいいよ」 
マスター「仮面子! 俺のことはいいからこいつらをやっちま――」 
ユーシャ「うっせぇよジジイ。ちょっと寝てろ」 

ドフッ! 

仮面子「やめろ!」 
ユーシャ「君が何もしなければこれ以上の危害は加えないよ?」 
仮面子「く……」 
マージ「きゃははははは! ほんじゃ、まあとりあえず一発っと!」 

マージは仮面子に杖で殴りかかった! 

仮面子「かはっ!」 
勇者「仮面子さん!!」 

マージ「うっせーよバーカ」 

マージは勇者に向けて炎の初級魔法を唱えた! 

勇者「うわあぁぁぁぁぁぁ!」 
仮面子「くそ……」 

ユーシャ「じゃあ、俺も参加するかな」 
ユーシャ「センシ、お前はそこでそのオヤジを見張ってろ。あの女が妙なことしたら躊躇なくやれよ」 
センシ「ああ、分かったよ。後でちゃんと交代しろよ。俺だってあの女に恨みがあるんだから」 
ユーシャ「分かってるって。じゃあ、ブトーカ、いくぞ」 
ブトーカ「へへ、腕が鳴るぜ」 

ユーシャ「おりゃ!」 

ユーシャが仮面子の顔面を力いっぱい殴った! 

仮面子「がはっ」 

ブトーカ「おらよっと!」 

倒れこんだ仮面子をブトーカが全体重を乗せて踏みつける! 

仮面子「がぁ……」 

ユーシャ「オラオラ、こんなもんじゃすまねえぞ!」 
ブトーカ「まだまだ寝るにははええぞ!」 
マージ「うっわ、ブーツに血が付いた……。ま、いっか。オラ死ねよ!」 
センシ「おい、俺の分も残しておけよ!」 

仮面子はじっと耐えている! 

仮面子「ッ…………」 

勇者「はぁ、はぁ……お前ら、やめろよ」 
ユーシャ「あーら、起きちゃった。気絶してた方が身のためだったのに」 
マージ「そんなボロボロの体で何する気?」 
勇者「うる……さい。とっとと仮面子さんから、離れろよ……」 
ユーシャ「そんな虫の息で凄まれても全然怖くないなぁ」 
マージ「また魔法を食らいたいの?」 
勇者「……くっ」ガタガタ 
マージ「……かわいそうに、そんなに震えちゃって」 
ユーシャ「泣いてもいいんだぜ、ボク?」 
マージ「キャハハハハハハハハ!!」 

勇者「……うああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」 

勇者はがむしゃらにユーシャに殴りかかった! 

ユーシャ「ちったぁ黙れよ、この雑魚がぁ!!」 

ユーシャは勇者の攻撃を軽くいなして殴り返した! 

勇者「ぎゃはぁっ!」 
マージ「わぁお、ちゃんとビビらず攻撃してこれたね。えらいえらぁい!!」 
ユーシャ「ただ、弱すぎたのが残念。ぎゃはははははははは!!」 
勇者「……チクショウ」 

ユーシャ「さぁて仮面子ちゃん。勇者くんが君を助けようと頑張ったわけだけど、どう?」 
仮面子「……」 
ユーシャ「うれしいよね、そうだよね。男の子が自分を守るために命がけで戦ったんだから女なら嬉しくないわけないよね?」 
仮面子「……黙れ」 
ユーシャ「たぶん彼は君のことが好きなんだよ? 惚れてるよ?」 
仮面子「黙れッ!!」 
ユーシャ「照れなくてもいいじゃない。とても素敵なことだと思うよぉ?」 
ユーシャ「だけど、ダッサいよねぇ! 初級魔法でボロボロとか生きてる価値ないだろ!」 
ユーシャ「こんなクソの価値もない奴から好かれて、いい気になってるテメェは惨めだぜ!!」 
仮面子「……どの口がそんなことを言っている」 
ユーシャ「ああん?」 
仮面子「毎度毎度、いの一番に気絶してたお前が一番ダサくて惨めだぞ」 
仮面子「他の仲間より早く気を失うとは、勇者失格なんじゃないのか? ははは」 

ユーシャ「……かっちーん。今のは頭にきた」 
ユーシャ「よぉし。マージ、あのガキを俺のところまで連れて来てくれ」 
マージ「えぇ〜、めんどい」 
ユーシャ「いいから早く!」 
マージ「……はぁい」 

マージ「おら、立てよ!」 
勇者「……うぅ」 

ユーシャ「ほんじゃまぁ、手始めに指を一本ずつ切り落としていきますか」 
仮面子「なっ、やめろ!」 
ユーシャ「ダーメ。自分の立場をわきまえないからこういうことになるんだよ?」 
仮面子「やるなら私にしろ!」 
ユーシャ「君にはこっちの方が効果的なようだから言うことは聞けないな」 
仮面子「やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」 

??「なにをしている?」 
ユーシャ「んあ?」 
??「部下の数が足りないから見に来てみれば、案の定だな」 
??「貴様らの誘いは断ったはずなのに、なぜ私の部下たちが貴様らに手を貸しているのだ?」 
ユーシャ「ああ、アンタか。魔将軍とか言ったか?」 
ユーシャ「アンタの人望がないからじゃないのか?」 
魔将軍「……どうせ貴様らが甘言でもって部下をそそのかしたのだろう」 
ユーシャ「さーて、なんのことやら」 

仮面子「……?」 

魔将軍「貴様ら人間など信用できないから貴様らに協力することはできないと言ったはずだ」 
ユーシャ「どうやら魔物全員がそう考えてるわけじゃないみたいだぜ」 
ユーシャ「功を急いて、使えるものなら何でも使う、なんて思ってる奴らも多いということだ」 
ユーシャ「もっと柔軟に思考しねえとな。頭固いんだよ、アンタ」 
魔将軍「……そんなことはどうでもいい。とりあえず部下は返してもらう」 
ユーシャ「返すも何もあいつら好き放題暴れてるだけで、別に俺が指示だしてるわけじゃねえぜ」 
魔将軍「こんな無駄にこちら側にも被害を出す方法は合理的戦術とは言えない」 
魔将軍「部下を連れて撤退させてもらう」 
ユーシャ「……それは困るな」 
ユーシャ「もうちょっと暴れてもらわないと俺たちの復讐が果たせない」 
魔将軍「貴様らの都合など知るか」 
魔将軍「貴様らで勝手に復讐とやらをしていろ。下らん私闘に私たちを巻き込むな」 

ユーシャ「……オーケー、分かった」 
ユーシャ「そっちがどうしても撤退するってんならこっちも考えるぜ」 
ユーシャ「つまりアンタさえ殺っちまえば問題ないわけだ」 
魔将軍「愚鈍で野蛮な考えだな」 
ユーシャ「そんな大口をいつまで叩いてられるかな」 
ユーシャ「こっちは天下の勇者パーティだぜ」 
ユーシャ「1対4でどこまで俺たちと戦えるかな?」 
魔将軍「……馬鹿が」 
ユーシャ「黙れよ。マージ、やっちまえ」 
マージ「しんじゃえ!」 

マージは氷結の上級魔法を唱えた! 
無数の氷の刃が魔将軍を襲った! 

ユーシャ「……はん、ざまあみろ」 
魔将軍「……何がざまあみろなのだ」 
マージ「んな!」 

魔将軍「思っていた以上に戦闘力はあるようだ」 
魔将軍「しかし、貴様ら程度の人間などこれまで凡百といたわ!」 
ユーシャ「マ、マジかよ……」 
ユーシャ「マージ! もう一度だ!!」 
マージ「くっそぉ!」 

マージは爆発の上級魔法を唱えた! 
魔将軍の周りで何発もの大爆発が起こった! 

魔将軍「……何度やっても無駄なこと」 
ユーシャ「るっせぇ!!」 
ユーシャ「ブトーカ! センシ! 陣形を組んで奴に突っ込むぞ! マージは魔法でアシスト!」 

魔将軍「……まだ分からぬか」 
センシ「死ねぇぇぇぇぇぇ!」 
魔将軍「……貴様らが死ねッ!!」 

魔将軍の攻撃! 
魔将軍の剣がセンシの鎧を切り裂き、センシの胸からおびただしい鮮血があふれ出た! 

ブトーカ「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 

魔将軍は閃光の上級魔法を唱えた! 
激しい灼熱の炎がブトーカを襲った! 

ブトーカ「ぎゃああああああああああ!!」 


魔将軍「他愛もない」 
ユーシャ「あ……あ……」 
魔将軍「……貴様は突っ込んでこないのだな。味方がやられたのを見て怖気ついたか」 
魔将軍「この程度のものが勇者か……。魔王様の世界征服もそう遠くはなさそうだ」 
ユーシャ「ざ、ざけんじゃねえぞ……」 
マージ「ダ、ダメッ!!」 
ユーシャ「うおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」 
魔将軍「さらばだ、弱き勇者よ」 

魔将軍の攻撃! 
魔将軍の剣が深々とユーシャの体を貫いた! 

ユーシャ「……ぐふっ」 
魔将軍「……あっけないものだ」 

魔将軍はユーシャの体から剣を引き抜いた! 

マージ「ッ!!」 

タッタッタ 

ユーシャ「げふっ……」 
マージ「しっかりしてよ、ねぇ!?」 
ユーシャ「……マージ。お前は、逃げろ」 
マージ「なに、言ってるのよ……。私たち、ここまでずっと一緒に旅をしてきたじゃない!」 
ユーシャ「……俺たちはもう、無理だ」 
マージ「バカなこと言わないでよ! センシも、ブトーカも、まだ助かるよ!」 
ユーシャ「いいから早く逃げろッ!!」 
マージ「そんな……」 
ユーシャ「……」 
マージ「ちょっと……マジであり得ないんだけど。目を開けてよ」 
マージ「あにき、……兄貴ぃぃぃ!!」 

魔将軍「……くだらん茶番だな」 
魔将軍「貴様もすぐに仲間のところに送ってやる」 
マージ「ひ、ひぃぃぃ!」 
魔将軍「苦しくないようにひと思いに殺してやる」 
マージ「た、たすけて……誰か助けてぇぇぇぇぇ!!」 

魔将軍の攻撃! 
魔将軍の凶刃がマージへと振り落とされる! 

ガキィィィィィン! 

魔将軍「なに……」 
仮面子「はぁ……はぁ……」 


魔将軍「どういうつもりだ」 
仮面子「はぁ……はぁ……」 
マージ「なんで……守って……」 
仮面子「……さっさと消え失せろ」 
マージ「へ?」 
仮面子「さっさと私の視界から消えろって言ってるんだよ!!」 
マージ「ひぃっ!」 
仮面子「……早くどっかにいかないと、私がお前を殺すぞ」 
マージ「ぁ……ぁ……」 
仮面子「早くッ!!」 
マージ「ひ、ひぃぃぃぃぃ!」ザザ…… 

魔将軍「……どういうつもりだと聞いている」 
仮面子「……さあな。体が勝手に動いた」 
魔将軍「……つくづく人間というのはよく分からない生き物だ」 

マスター「……ううん」 
仮面子「!? マスター、気がついたのか」 
マスター「……仮面子」 
マスター「……あ、そうだ。あいつら!」 
マスター「!? テメェ、逃げるつもりか!」 
マージ「ひっ!」 
マスター「逃がさねえぞ!」 

ガシッ! 

仮面子「マスター!? そいつはもういいんだ!」 
マスター「いいわけねえだろ! 町をこんなんにしやがったんだぞ!」 
マスター「町の何人もの人が魔物に襲われて……死んだんだぞ……」 
マスター「絶対に逃がすかよ……」 
マージ「ひぃぃぃぃぃ! は、放して!!」 
仮面子「マスター、だからその手を――」 

マージ「放してって言ってんでしょ、ジジィ!!」 

マージは火炎の魔法を唱えた! 
高熱の火の玉がマスターの体に直撃し、マスターは炎に包まれた! 


マスター「ぐあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 
仮面子「マスター!!」 
マージ「こ、このオヤジが悪いのよ……私が放してって言ったのに……」 
仮面子「!? ……キサマァァァァァァァァァ!!」 
マージ「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」 

ダッダッダッダッダ 

仮面子「待てッ!!」 
勇者「仮面子さん!! まずはマスターを!!」 
仮面子「あ、マスター!!」 

マスター「ぐあああああああぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!」 

仮面子「今、助ける!!」 


マスター「ぐああ……あ……」 
仮面子「く、ひどい火傷だ……」 
仮面子「早く治療をしないと!」 

仮面子は治癒魔法を唱えた! 
しかし仮面の力で打ち消された! 

仮面子「くっそぉぉぉぉぉ、こんなものぉ!!」 

仮面子は近くに転がっていた大きな石を手に持ち、自分がはめている仮面に打ちつけ始めた! 

仮面子「壊れろよ、壊れろよぉぉぉ!!」 
仮面子「早く、早くしないと……」 
仮面子「壊れろ壊れろ壊れろ壊れろぉぉぉぉぉ!!!」 

ガンッガンッガンッ! 
しかし仮面はびくともしない! 

仮面子「くそっ!!」 

仮面子は今度は剣を手に取り、刃でもって仮面を斬りつけた! 

カキン! カキン! カキン! 
ただひたすら金属音だけが辺りをこだまする。一向に壊れる気配がない。 
仮面が壊れるより先に仮面子の額が裂けたのか、仮面子の顔は見る見るうちに紅へと染まっていく。 

勇者「仮面子さん……」 
勇者「……」 

ダッダッダッダ 

魔将軍「……無駄なあがきを」 
魔将軍「その仮面は特別な魔力を秘めているようだからその程度では壊すことができない」 
魔将軍「……それにもう、その男は助からない」 
魔将軍「……全く反吐が出る。これだから人間は信用できないのだ」 

仮面子「助からないことはない! まだ間に合う!」 
仮面子「クソ、クソ、クソ、クソ……」 
勇者「仮面子さん! その辺の民家から使えそうな薬草をあるだけ持ってきました!」 
仮面子「あ、……ありがとうっ!」 
勇者「でも、これだけ量があっても全然足りません」 
仮面子「少しでも症状が緩和されるならいい! 早く使ってやってくれ!」 
勇者「はいっ!」 

仮面子「くっ……壊れない……」 
魔将軍「……だから言っただろ。その程度で壊れる代物ではない、それは」 
仮面子「ならどうしろと言うのだ!!」 
魔将軍「その仮面に施された魔法を解くか、より強い力で破壊するか、だろうな」 
仮面子「ならお前がこの仮面を破壊してくれ!! お前の力ならできるだろ!?」 
魔将軍「……なぜ私がそんなことをしなくてはならない」 
仮面子「後生だ、頼む!!」 
魔将軍「断る」 
仮面子「この通りだ!!」 

仮面子は両手と額を地につけて必死に懇願した。 

魔将軍「……魔物にここまでして頼みごとをするとは、人も堕ちたものよ」 
仮面子「なんとでも思ってくれていい! だから頼む!」 
魔将軍「……」 
仮面子「……」 
魔将軍「……手加減はせぬぞ」 
仮面子「え?」 
魔将軍「全力で切りかかる。もし勢いあまってお前を殺してしまっても知らぬぞ」 
仮面子「え、あ……」 
魔将軍「やるのか、やらないのか。はっきりしろ」 
仮面子「……頼む」 

勇者「仮面子さん!?」 
仮面子「大丈夫だ……」 
魔将軍「いい心構えだ。ではそこに直れ」 
魔将軍「いくぞ……」 
仮面子「……」 
魔将軍「ハァァァァァッ!!」 

魔将軍の剣が仮面子の仮面に触れる―― 
その瞬間、仮面はまばゆい光を放ち、その直後なんと真っ二つに割れてしまった! 

仮面子「ぐぅぅぅあぁぁぁぁッ!!」 
勇者「仮面子さん!!」 
仮面子「だ、大丈夫だ……。少し額を切り裂かれただけだ……」 
仮面子「それより――」 

仮面子は治癒魔法を唱えた! 
マスターの体が温かな光に包まれる 
しかしその黒く爛れた皮膚は一向に回復する様子はない 

仮面子「もう一度!」 

仮面子は治癒魔法を唱えた! 
しかし結果はまったく同じ 

仮面子「くそぉ! もう一度!!」 


仮面子は何度も何度も繰り返し治癒魔法を唱え続けた! 
しかしマスターの体は依然黒く炭化したままだ 

仮面子「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 

仮面子は治癒魔法を唱えた! 
しかしMPが足りない! 

魔将軍「……諦めろ」 
仮面子「いやだ、いやだ、いやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 
仮面子「まだ大丈夫だ、死んでなんかいない! もうちょっと、もうちょっとなんだ!!」 
勇者「仮面子さん……」 
仮面子「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」 


仮面子「…………」 
勇者「…………」 
魔将軍「……残念、だったな」 
仮面子「…………」 
魔将軍「…………」 

魔将軍「……では俺はもう引き上げるぞ」 
魔将軍「先ほど使い魔を出して他の魔物にはすでにこの町から出て行かせたから、あとは私だけだけだ」 
仮面子「……すまなかったな、手伝わせて」 
魔将軍「ふん、別に大した労力ではなかった」 
魔将軍「単純に貴様の熱意と気概に感心しただけだ」 
魔将軍「敵だろうが味方だろうが、私はそういう奴には敬意を表することにしている」 
仮面子「……そう、か」 

魔将軍「……最後に、貴様の顔を、見ていいか?」 
仮面子「……?」 
魔将軍「覚えておきたい」 
仮面子「…………」 
魔将軍「……駄目か」 
仮面子「……いや、分かった」 

仮面子は治癒魔法を唱えた! 
仮面子の額の傷はみるみるふさがっていく! 

仮面子「……さあ、顔も拭いたぞ。よく見ろ」 
魔将軍「……思った通りいい顔だ」 

魔将軍「……ん?」 
魔将軍「お前の顔……どこかで見たような――」 
魔将軍「!?」 

魔将軍「あ、あなた、様は……!」 
仮面子「……」 
魔将軍「す、すみませんでした!!」 
魔将軍「こ、これまでのご無礼をお許しください!!」 

なんと魔将軍は仮面子に対して両手と額を大地にこすりつけ、平伏の姿勢で謝罪をした! 

仮面子「……私の顔を知っているのか」 
魔将軍「も、もちろんです!」 
魔将軍「昔はあなた様の御世話をさせていただいたこともありましたので」 
魔将軍「……魔王様のご命令で何年もあなた様のことをお探し申し上げておりました」 
仮面子「……そうか」 
仮面子「…………」 
魔将軍「どうなさいました?」 
仮面子「……私を、魔王のところへと連れて行け」 

魔将軍「ま、魔王様のところへ戻ってくださるのですか!?」 
仮面子「……もう、逃げないよ」 
仮面子「……逃げるわけにはいかないんだということが、今回のことでよく分かった」 
魔将軍「……」 
仮面子「さあ、早く私を魔王のところへ――」 

勇者「ちょっと待ってくださいよ!!」 

仮面子「…………」 
勇者「な、何の話をしてるんですか仮面子さん!?」 
勇者「魔王のところへって……、仮面子さんは魔王を知ってるんですか!?」 
仮面子「……すまないな」 
仮面子「できればこのことは誰にも知られず、そして私自身も忘れて生きたかった」 
仮面子「また君と稽古でバカバカしい応酬をしたり、酒で少し羽目をはずしてみたりしていたかった」 
仮面子「だけど……やはり私は君と住む世界が違ったんだよ」 
仮面子「ごめんな……こんなこと隠してて」 
仮面子「君はまた、構わず旅を続けてくれ」 

勇者「意味、分かりませんよ……」 
勇者「そんな説明じゃ、まったく意味が分かりませんよ!!」 

勇者「適当に言葉並べてきれいにまとめようとしないでください!」 
勇者「ちゃんと俺にも理解できるように説明してくださいよ!」 
勇者「じゃないと俺、納得できません!!」 
仮面子「……納得なんかする必要ないよ」 
仮面子「今から君と私は、他人同士だ」 
仮面子「何一つ私のことなど気にかける必要ない」 

勇者「ふざけるなっ!!」 

勇者「……一方的に話を進めて、一方的に話を打ち切って」 
勇者「なんだよそれ! おかしいじゃないか!!」 
仮面子「……」 
勇者「そっちがそうなら俺だって――」 

勇者はなんと剣を自分の喉元に押し付けた! 


仮面子「な、何をバカなことをしているんだ!?」 
勇者「そっちが自分勝手にするなら、俺だって自分勝手にふるまわせてもらいます」 
勇者「このまま行っちゃったら、俺、自分の喉切り裂きます」 
仮面子「バ、バカか君は!?」 
仮面子「君はお姉さんを探さないと駄目なんだろ!? こんなところで死んでどうになる!?」 
勇者「じゃあそんなバカなことさせないでくださいよ」 
仮面子「……」 
勇者「言っておきますけど、脅しやはったりじゃないですからね」 

魔将軍「……あんまり調子に乗るな、小僧」 
勇者「……」 
魔将軍「貴様のようなガキにそんな覚悟があるわけがない」 
魔将軍「変なはったりをかますのはやめろ」 
勇者「……試してみます?」 
魔将軍「……」 

勇者は剣を持つ手に力を入れ、そして―― 

仮面子「もういい!!」 

仮面子「……全部、話すから」 
仮面子「だからそんなバカなマネは、やめてくれ」 
勇者「……」 
仮面子「すまない……一日だけ猶予をくれないか?」 
仮面子「彼に、すべてを話す」 
魔将軍「……分かりました」 
魔将軍「では明日のこのくらいの時間にここでお待ちしております」 
仮面子「ああ、すまない」 

仮面子「……」 
勇者「……」 
仮面子「……ここで立ち話もなんだ。私の家で話そう」 


仮面子「……ベッドに腰掛けてくれてかまわない」 
勇者「……どうも」ギシ 
仮面子「……」ギシ 
勇者「……仮面子さんの素顔、初めて見ました」 
仮面子「……」 
勇者「……やっぱりきれいな顔です」 
仮面子「……ありがとう」 
勇者「……」 
仮面子「……」 
勇者「……話してください」 
仮面子「……ああ」 
仮面子「……さてと、どこから話したものか……」 

仮面子「まず私と魔王の関係からか」 
仮面子「結論から言ってしまうと魔王は私にとって、育ての父であり、そして兄でもあった」 
勇者「え!? 父!? それに兄って……」 
仮面子「ああ……先ほど話した兄とは魔王のことだ」 
仮面子「もっとも、その頃はまだ魔王にはなっていなかったがな……」 

仮面子「私は覚えてないのだが、私は幼少のころ魔王によって拾われたらしい」 
仮面子「人間の私を魔王がどういう経緯で拾ったのかは知らない。訊いても教えてくれなかったからな」 
仮面子「私は魔王によって拾われ、育てられ、そして魔王と共に暮らしてきた」 
仮面子「つまり幼少のころより魔物に囲われて生きてきたのだ」 
仮面子「実際のところ、私は人と暮らした時間よりも魔物と暮らした時間の方が長い」 
仮面子「その長い年月を私と魔王はたくさんの時間を一緒に遊んだりして過ごした」 
仮面子「ちょっとした冒険をしてみたり、他の魔物にいたずらをしてみたり……」 
仮面子「魔王は私を実の娘のように、そして実の妹のように愛してくれた」 
仮面子「とても満ち足りた日々だった」 

仮面子「そんな日々にも終わりが来た」 
仮面子「一人の勇者が先代の魔王を討ち取ったのだ」 
仮面子「当然魔王城の中は大混乱に陥った」 
仮面子「その混乱に巻き込まれ、私は城内で孤立してしまった」 
仮面子「そのとき、偶然にも私はその勇者と遭遇してしまった」 
仮面子「その勇者は私を見るなり驚いた顔をしたかと思えば、すぐに今にも泣きそうな顔をして私に抱きついてきた」 
仮面子「そして彼は、何が起こったのか分からなくて当惑する私を、さらに混乱させるようなことを言ってきた」 
仮面子「『私は君の実の父だ』、とな」 
仮面子「当然は私は何を言われているのか全然分からない」 
仮面子「そんな私に有無を言わせず、彼は私を連れて魔王城をそのまま脱出した」 

勇者「……その勇者の人は、本当に実の父親だったんですか?」 
仮面子「……さあな。私には確かめる術などないからな、実際のところ分からん」 
仮面子「ただ、彼に言い分では、何年も前に子供が魔物にさらわれた」 
仮面子「そして魔王城に人間の子供が囚われているという噂を聞いたから、私が実の娘に違いない、だそうだ」 
勇者「……」 

仮面子「その後、魔王の座はすぐに現魔王が後を継いだ」 
仮面子「だから戦争は魔王を討伐することで終わることはなかった」 

仮面子「まあ、それから私は父と魔王城から遠く離れた戦火とは縁のなさそうな村で暮らすことになった」 
仮面子「そこで私は父から剣や魔法、旅に必要な知識などをを叩き込まれた」 
仮面子「魔王城での生活とはうって変わって遊んだりすることを許されない」 
仮面子「睡眠や食事の時間以外はほとんど稽古や勉強に明け暮れていたな」 
仮面子「『自分の身ぐらいは自分で守れるようになれ』、とか言われてな。はは……」 
仮面子「いきなり見知らぬ大人に実の父だと言われて、そんな生活を強要された私にとってそれは苦痛だったな」 
仮面子「それでも私には他にどうしようもなかったから、仕方なく従った」 
仮面子「もしかしたらいつか兄が、魔王が助けてくれるかもしれないと期待をしつつ」 
仮面子「そんな日々がしばらく続いた……だが」 

仮面子「魔物が群れがある日突然、私たちの住んでいた村を襲った――」 
仮面子「飛び交う魔法、ごうごうと燃える家屋、逃げ惑う人々……さながら地獄のような風景だった」 
仮面子「人を喰い殺していく魔物を目の当たりにして、私は驚愕し、恐怖した」 
仮面子「そこにいる魔物たちは私の知っている魔物とは全然違ったんだ」 
仮面子「その瞬間私は、魔物がすごく怖い存在んなのだと認識した」 
仮面子「だから私は勇者だった父がきっと戦ってくれる、この村を守ってくれると期待したのだが――」 
仮面子「そんな惨状を背に、父は私を連れて村から逃げた……」 
仮面子「全く魔物たちを交戦するそぶりもなく、ただひたすら魔物たちから逃げた」 
仮面子「魔王を倒した勇者なのにどうして戦わないの、と私が訊ねても父は悲しい顔を見せるだけ」 
仮面子「しかし魔物たちはどういうわけか私たちのことを追ってきた」 
仮面子「魔物の追走から逃げきれないと分かるや否や、父は私にこう言った」 
仮面子「『あの魔物たちは魔王がお前を取り戻すために放った刺客だ。お前はあれに絶対捕まってはいけない』と」 
仮面子「そしてこの剣とあの仮面を私に渡してきた」 

勇者「剣と、仮面を、ですか?」 
仮面子「ああ」 

仮面子「剣は私が自分の身を守るために、仮面は私の安全を確保するために」 

勇者「……なんで仮面なんですか?」 

仮面子「正体を隠すためだよ」 
仮面子「父が言うには魔物は魔王の命令で私を連れ戻しに来ている」 
仮面子「だから顔を仮面で覆い、素顔を隠して生きのびろ、ということらしい」 
仮面子「ちなみにこの仮面は父がどこぞのダンジョンで拾ってきたアイテムらしいな」 
仮面子「どうせならもっとかわいらしいものが欲しかったものだ、ははは」 

仮面子「……話がそれたな」 
仮面子「それで剣と仮面を渡した父は魔物たちと戦って、私が逃げのびるための時間稼ぎをしてくれた」 
仮面子「……私を逃がそうと必死に闘う姿を目にして、私は気づいた」 
仮面子「この人は、本当に私のことを守ろうとしてくれているんだ、と」 
仮面子「今まで、苦手だった父が、少しだけ好きになったよ」 

仮面子「私はその隙に父に向かうように指示された町へと逃げた」 
仮面子「もう私は、その頃には魔王の傍にはいれなかったから」 
仮面子「魔物が恐怖の対象となってしまったから……」 
仮面子「だから私は父に言われたとおり、その町に全力で逃げた」 
仮面子「そしてその町がここだ」 
仮面子「この町には父がかつてパーティを組んでいた仲間がいたからそこの世話になるように言われたんだ」 

仮面子「その仲間こそが……マスターだった」 
勇者「……」 

仮面子「……マスターは旅の途中で大怪我をしてしまって、戦闘を行うことができなくなってしまったらしい」 
仮面子「だからそのとき偶然近くにあったこの町で、以前からやってみたかった酒場のマスターになることにしたが」 
仮面子「喧嘩が頻発する酒場は負傷持ちのマスターにとっては大変だったということだった」 
仮面子「だから私が荒事専門の従業員としてマスターのお世話になることに決めた」 
仮面子「そして現在にいたる……かな」 

仮面子「長々と話してしまってすまないな」 
仮面子「これで私の話は以上だ」 

勇者「お父さんは今は……?」 
仮面子「……分からん。それ以降、会っていない」 
仮面子「だから生死すら……」 
勇者「……」 

仮面子「……今までの話を聞いて、どう思った? 正直に答えてくれていい」 
勇者「……」 
勇者「……今は」 
仮面子「ん?」 
勇者「今は仮面子さんは、人間側に立っているんですよね?」 
仮面子「……」 
勇者「……かつては魔王の側にいたのかもしれない。けど、今は違うんですよね」 
仮面子「……ああ、違う」 
仮面子「私が立つべき場所はこちら側だ。私はそう思う」 

勇者「じゃあ、魔王のところへ行くというのは……」 
仮面子「……安心しろ。君が心配してるようなことじゃない」 
仮面子「私は、けじめをつけに行くんだ」 
勇者「けじめ……」 
仮面子「実の父と暮らした村が襲われたとき、本当に恐ろしかったんだ」 
仮面子「私は幼少のころから魔物と共に暮らしてきた」 
仮面子「だから魔物が怖い存在だという認識は全くなかった」 
仮面子「魔王といつも一緒にいたから、彼らは私に対して優しかったからな」 
仮面子「でも、あの時の魔物は私の知ってる魔物とは似ても似つかない、異形のものだった」 

仮面子「私の存在がもし、魔物をあの異形の物へと変貌させ、あの惨劇を引き起こしたなら――」 
仮面子「私は自分の存在を隠さなければならない。今までそう考えてきた」 
仮面子「だから私は仮面で自分の存在を偽りさえすれば、それで周りの人が傷つくことはないと思っていた」 
仮面子「だけど違った。仮面で偽っていても私は大切な人を失ってしまった」 
仮面子「私は、マスターを……」 

勇者「でも、それは仮面子さんのせいじゃ――」 
仮面子「私のせいだ!!」 

仮面子「……全部、私がまいた種だ」 
仮面子「あの時の惨劇も、今回の悲劇も……」 
仮面子「……だから私一人が、逃げるわけにはいかないんだ」 
仮面子「魔王を、止めてくる」 
仮面子「……これが私のけじめだ」 

勇者「……」 
仮面子「……これで満足したか?」 
仮面子「君は早くこのことを忘れて、お姉さんを探してあげなきゃだめだ」 
仮面子「だから早くこの町から出て、冒険を続け――」 

勇者「俺も行きます」 

仮面子「なっ!」 
勇者「俺も魔王城へ行きます!」 
仮面子「何故だ! 君には来る理由なんてない! というか来るな!」 
勇者「いやです。行きます」 
仮面子「だから何故だ!」 
勇者「だって、一人で行かせたらもう2度と仮面子さんと会えない気がするから」 

仮面子「……まあ、会えないだろうな」 
勇者「そんなの嫌です」 
仮面子「……駄々をこねるな」 
勇者「嫌なものは嫌です」 

仮面子「どうしてそんなことを言うんだ!?」 
勇者「仮面子さんを失いたくないからです!」 
仮面子「!?」 
勇者「誰だって、大切な人を失うのは嫌です」 
勇者「仮面子さんも、そうでしょ?」 
仮面子「……」 
勇者「……俺だって嫌ですよ」 
仮面子「……だが君は他に本当に大切な人がいる。それを間違ってはいけない」 
勇者「確かに姉はすごく大切な人です。でも仮面子さんだってすごく大切な人ですよ」 
仮面子「だが、優先順位というものが――」 
勇者「両方大切です。どちらかを切り捨てるなんてできません。だから優先順位なんてつけません」 
勇者「これっておかしいですか?」 
仮面子「……」 
勇者「自分の立場に置き換えてみてくださいよ」 
勇者「大切な2人のうち、どちらか一方のために他方を切り捨てること、仮面子さんに出来ますか?」 
仮面子「……」 
勇者「……」 
仮面子「……そうだな。私にはできない」 
勇者「でしょ?」 
仮面子「……私たちは本当にバカだな」 
勇者「不器用だって言っておけば多少はかっこつきますけどね」 
仮面子「……ふふ、私の負けか」 
勇者「俺の仮面子さんへの思いの強さの勝利です」 
仮面子「……っぷ、なんだそれ。はははは!」 

仮面子「……しかし、君が来たところでどうするつもりなのだ」 
勇者「え?」 
仮面子「正直、何の役にも立たないと思うが」 
勇者「……痛いところつきますね」 
勇者「でも、何かの役には立てますよ」 
仮面子「根拠は?」 
勇者「そんなものないですよ」 
勇者「何とかと鋏は使いよう、ていうじゃないですか」 
勇者「仮面子さんが俺のこと、うまく使ってください」 
仮面子「……あれだけ大見栄切って他力本願か」 
勇者「優れたリーダーに判断をゆだねるのは当然じゃないですか」 
仮面子「勇者の君を差し置いて、私がリーダーとはな」 
勇者「……信頼してますからね」 
仮面子「……ああ」 

仮面子「……ふぁぁ。なんか話し終えて一気に疲れが来たな。正直もう瞼が重い」 
勇者「俺もなんだか眠気がどっと噴き出してきました」 
勇者「俺の取ってる宿、壊れてないかな……」 
仮面子「……なんならここで寝てもいいぞ?」 
勇者「……はい?」 
仮面子「別に遠慮などしなくてもいい。ベッドの他に布団も一式あるから」 
勇者「……それはどうなんでしょう?」 
仮面子「……なんだ? なにかやましいことでもする気か?」 
勇者「なっ!? し、しませんよ!!」 
仮面子「ははは、分かってるよ。冗談だ」 
勇者「……」 
仮面子「ならいいじゃないか」 
勇者「……じゃあ、お言葉に甘えます」 
仮面子「ああ、そうしろ」 


翌日 

仮面子「……」 
勇者「……」 
魔将軍「……その者は?」 
仮面子「一緒に行くことになった」 
魔将軍「……さようですか」 

魔将軍「では、転移魔法にて一気に魔王城までとびます」 

魔将軍は転移魔法を唱えた! 
3人は光に包まれて一瞬のうちに魔王城まで移動した! 

勇者「……ここが、魔王城」 
仮面子「……変わらないな」 
魔将軍「では城門をくぐって中に入りましょう」 

魔将軍「しばらくここで待っていてもらえますか。魔王様との謁見の準備をしてまいりますので」 
仮面子「……ああ、分かった」 
魔将軍「では、後ほど呼びに来ますので」 

すたすたすた 

勇者「……思ったより小奇麗なんですね」 
仮面子「……意外だろ?」 
勇者「ええ、まあ……」 
仮面子「あまり魔王らしさとかに囚われないんだよ、彼は」 
仮面子「少なくとも就任前は次期魔王の威厳とか、そんなものを一切持ち合わせていなかった」 
仮面子「……まるで子供のような人だったから」 
勇者「……そうですか」 

仮面子「……なあ」 
勇者「なんです?」 
仮面子「本当にこんなところまで来て、後悔はしてないか?」 
勇者「してません」 
仮面子「そう、か……」 

仮面子「君にこれを渡しておく」 
勇者「……これは」 
仮面子「私が付けていた仮面だ」 
仮面子「割れてしまっているがまだ魔力が多少残っている。ある程度なら魔法をはじいてくれるはずだ」 
仮面子「だからお守り代わりに持っていてくれ」 
勇者「どうして俺に……?」 

仮面子「おそらく、今日無事には済まない」 
仮面子「最悪の場合、魔王と戦うことだってあるかもしれない」 
仮面子「……君に死んでほしくない」 
仮面子「これ以上誰かに傷ついてほしくないんだ」 
仮面子「だから、持っていてくれ」 
勇者「……分かりました」 

仮面子「……もしものことがあっても私が絶対に君を守り切るからな」 
勇者「……そのセリフ、俺が言えたらかっこよかったんですけど」 
勇者「今の俺ではとても言えないですね」 
仮面子「……そうだな。君からそんなこと言ってもらえる日を迎えられなかったことが残念だよ」 
勇者「……生きてここから出られれば、言える日もきっと来ますよ」 
仮面子「え?」 
勇者「いつか言ってみせます」 
勇者「だから、頑張りましょ?」 
仮面子「……そうだな」 
仮面子「まあ、そのためにはたくさん修行しないと駄目だけどな」 
勇者「えぇ〜、それはやだなぁ……」 
仮面子「ははは!」 
仮面子「……言ってもらえるその日を楽しみにしてるよ」 
仮面子「だから、2人無事にここから出よう」 

魔将軍「準備が済みました。私についてきてください」 
仮面子「……行こう」 
勇者「ええ」 

魔将軍「この扉の向こうに魔王様がいらっしゃいます」 
魔将軍「……お久しぶりの再会ということで、お喜びになっていますよ」 
仮面子「……そうか」 

魔将軍は眼前にある両開きの荘厳な扉をゆっくりと開いた! 
仮面子と勇者はその向こうへと足を踏み入れる! 

魔王「……」 
仮面子「……」 

魔王「……何年振りだろうな」 
仮面子「……さあ」 

魔王「……私はこれまで何百年という年月を生きてきた」 
魔王「しかし、ここ数年ほど時間の流れを遅いと感じた時はなかった」 
仮面子「……」 
魔王「久しぶりだな、勇子」 
魔王「我が娘であり、我が妹、そして――」 


魔王「我が嫁よ」 

勇者「は、はぁ!?」 

魔王「……なんだその貧相な顔のガキは」 
仮面子「私の……仲間だ」 
魔王「……ふぅん」 

勇者「仮面子さん! 今のどういうことですか!?」 
勇者「勇子って? それに嫁って……」 
仮面子「……すまないな。今まで黙っていて」 
仮面子「この仮面子という名は偽名だ。仮面をつけたその日から名をも偽ってきた」 
仮面子「……嫁云々に関しては知らんが」 

魔王「つれないこと言うなよ、勇子」 
魔王「昔はずっと言っていただろ、将来は俺のお嫁さんになるって」 
仮面子「……そんなもの、子供の時分だけだろ」 
仮面子「そのころの発言など知らん」 
魔王「俺はそのころからずっと本気にしてたんだけどな、カハハハハハハ!!」 

勇者(……なんなんだこの魔王) 
勇者(……仮面子さんの言ってた通り、魔王らしい威厳がない) 
勇者(なんか、思ってたよりくだけてて、怖くない……?) 

仮面子「……なにをバカなことを」 
魔王「バカなものか」 
魔王「俺は本気でお前を妻として迎えるつもりだ」 
仮面子「……意味が分からない」 
魔王「……なら分かるように、もっとはっきりと言葉にしてやろう」 

魔王「勇子、お前が好きだ。結婚しよう」 

仮面子「……ッ」 
勇者「……俺、全然話の流れがつかめないんですけど」 
仮面子「安心しろ。私もだ」 
仮面子「まるで話がかみ合っていない」 

魔王「カハハッ! 照れるな照れるな!」 
仮面子「……調子が狂う」 

仮面子「……本気で言ってるのか?」 
魔王「冗談を言ってるように見えるか?」 
仮面子「ああ」 
魔王「ふむ……それは困ったな」 
魔王「じゃあ、ちょっとだけまじめな話をしようか」 

魔王「お前がこの城から出て言ったのが10年ほど前か」 
魔王「そのあと俺は親父のあとを継いで魔王の座についた」 
魔王「そうすると当然、それまでのように遊んでばかりもいられない」 
魔王「後継ぎを生むために嫁を探すように周りがうるさくなった」 
魔王「しかしな、見つからないんだよ。俺の目に適う奴が」 
魔王「というかな、俺はそのころお前を失った失望でいっぱいだったんだよ」 
魔王「それだけお前の存在が俺にとっては大きかった」 
魔王「だから他の女になど、ほとんど興味を持たなかったというのもあるのだが」 

魔王「……なあ、勇子。なんで俺がお前を拾ったと思う?」 
仮面子「……知らない」 
魔王「それはな、お前の魂に惹かれたんだ」 
魔王「俺たち魔族にとって人の魂は普通食らうもの」 
魔王「我ら魔物にとってはごちそうに等しいのだ。見れば垂涎するような代物」 
魔王「だがお前の魂は他の人間の魂とは違った」 
魔王「それはまるで飴細工のオブジェのような美しさと繊細さを持ったものだった」 
魔王「おいしそうでありながらも、それを食べることがもったいなく思わせる」 
魔王「……一つの芸術作品のように見えた」 
魔王「俺はその魂を一目見て、虜になった」 
魔王「ここで食らったり、他のものに食らわせるにはあまりに惜しい。ずっと近くに置いて眺めていたい」 
魔王「そう思ったからお前を拾った」 

仮面子「……」 
魔王「他の女相手にあのような恍惚にも似た感情を持つことなどありえぬのだ」 
魔王「お前以外に私の隣にふさわしいものなどいない」 
魔王「……だから勇子。俺の嫁になってずっと俺と一緒にいろ」 
仮面子「……つまり私は観賞用の愛玩品だということか」 
魔王「馬鹿が……そんなわけがないだろ」 

魔王「お前と暮らした日々の中で、お前とはいろんな冒険をしたよな」 
魔王「例えば天上高くそびえる塔に住む神竜の卵を一緒にこっそり盗みだそうとしたよな」 
仮面子「……うっかり見つかって半殺しにされたけどな」 
魔王「けどなんとかひとつだけ持ち帰ることができた」 
魔王「他にも、地底深くに眠る地獄の帝王に喧嘩を売ったこともあった」 
仮面子「……あのときほど死を覚悟した時はなかった」 
魔王「俺もだ。だけどなんとか地底へと再び蹴り返すことができた」 
魔王「……なんだかんだでドキドキしたり、ワクワクしたり、楽しかっただろ?」 
仮面子「……」 
魔王「……これらすべてがお前と俺の思い出、だ」 
魔王「お前の容姿や立ち振る舞い、その稀有な魂、そしてお前と過ごした数々の日々……」 
魔王「これら全部ひっくるめてお前が好きだと言っているんだ」 
仮面子「……歯が浮くようなセリフだな」 
魔王「だけどこういうの気障ったらしいの、嫌いじゃないだろ?」 
仮面子「……」 
魔王「何年お前と一緒にいたと思ってるんだ。なんでも分かってるよ、お前のことなら」 
魔王「……お前だって俺のこと、好いてくれてるんだろ?」 

仮面子「……私と共に過ごしたあの時の、子供のようなあなたは好きだった」 
仮面子「でも、今のあなたは違う」 
仮面子「魔王として数々の人間の街を滅ぼし、人を絶やそうとするあなたは、かつてとはあまりにかけ離れすぎてる」 
仮面子「……なぜあなたは魔王になってしまったのだ」 
仮面子「私が好きだった、あの頃のままでいてくれなかったのだ……」 

魔王「……無茶を言うなよ、勇子」 
魔王「俺だって好き好んでこんなことしてるわけじゃないんだぜ」 
魔王「……だけどよ、俺は魔王の家に生まれついちまったんだからしょうがないじゃねえか」 
魔王「生まれたそのときから、その宿命と、配下の魔物の期待を背負ってしまってるんだから、放棄するわけにはいかねえだろ」 
仮面子「……今のあなたと一緒になどなれない」 
仮面子「あなたがあくまで人間の敵だというのなら私は、魔王、あなたを倒す!!」 

仮面子は剣を構えた! 

魔王「……あらら、フラれちまったよ」 
魔王「……だが悪くねえ。恋にトラブルをつきものってな」 
魔物「何が何でもお前を俺の女にしてやるよ!!」 

魔王も剣を引き抜いた! 

仮面子は大きく跳躍して、魔王に斬りかかる! 
しかし魔王は己が剣でそれを受けた! 
二人はつばぜり合いをしながら対峙している! 

魔王「……腕を上げたな、勇子」 
仮面子「……く」 
魔王「今まで俺が戦ってきた勇者と比べても群を抜いている」 
魔王「まあ、俺と数々の死線を潜り抜けたからそれは当り前か」 
仮面子「……それと父から厳しい訓練を受けたからな」 
魔王「父? ……ああ、お前の実父のことか」 
仮面子「……」 
魔王「思えば、あの男のせいで俺と勇子は離ればなれになったんだよな」 
魔王「いや、それ以前にあの男が親父を倒さなかったら俺は魔王になっていないな」 
魔王「カハハハハハ、そう考えればあの男こそが諸悪の根源じゃないか」 
仮面子「父は正義のために戦ったんだ!」 

仮面子はバックステップで魔王から距離をとった! 

仮面子「……父のことを悪く言うのはやめろ」 


魔王「……なるほど。勇子はあの男のことを尊敬しているのか?」 
仮面子「……人の幸せのために命をかけて魔王に戦いを挑んだのだ」 
仮面子「たとえそれが私たちにどんな影響を与えたとしても、それは素晴らしい功績だと私は誇りに思っている」 
魔王「……まあ、確かに勇者としては俺の知る限りでも最高の男だった」 
魔王「しかし、父としてはどうかな?」 
仮面子「……どういう意味だ」 
魔王「……一つ昔話をしてやろう」 

魔王「昔々あるところに、一人の勇者がいました」 
魔王「その勇者は冒険に冒険を重ねてメキメキと実力をつけ、魔王討伐を目指して魔王城に向っていました」 
魔王「しかしその勇者は、冒険の途中でしばらく滞在した村の女に恋をしました」 
魔王「女もその勇者に惹かれ、二人はめでたく結ばれたのですが――」 
魔王「そしてなんとその女との間に子を作ってしまったのです!」 
魔王「しかし勇者はその女に対して 
   『自分は魔王討伐の旅に出なくてはならない。だからすぐに旅に出なくてはならない』と告げ、 
   女と生まれたばかりの子供を置いて去ってしまいました」 
魔王「その数ヶ月後、その村は魔物の襲撃を受けてしまいます」 
魔王「自分たちを守ってくれるはずの父を持たぬ女とその子供ははてさてどうなってしまったでしょう?」 

仮面子「……その話は?」 
魔王「俺が部下に命じてあの勇者のことを調べさせた」 
魔王「そうしたらこんな話が出てきてな」 
仮面子「……」 
魔王「……あの男は勇子、お前とお前の母を見捨てたんだよ」 
魔王「正義や信念とやらのためにな」 
魔王「お前たちのことなどなんとも思っていないのだ!」 
仮面子「……く」 
魔王「勇者としては立派だ。だが父として、夫として、男としてはどうだ!?」 
魔王「最低の屑じゃないか!?」 
魔王「そんな人間、尊敬する価値あるか?」 
仮面子「……」 

魔王「実はな、俺もその村の襲撃の際に、その村にいたんだよ」 
仮面子「!?」 
魔王「親父に戦場を知ってこいとか言われてな」 
魔王「でまあ、偶然にも勇子を見つけたわけだが」 
魔王「俺が見つけたときにはお前の母はすでに息絶えていて、お前は魔物に食われる寸前だった」 
魔王「そこを俺がすかさず華麗に助けたわけだがな」 
魔王「……分かるか。お前は一度マジで死にかけたんだぞ?」 
魔王「お前を直接殺そうとしたのは魔物であり、俺の配下だ」 
魔王「だけどな、その状況を作り上げたのはお前の父だ」 
魔王「父とは家族を守る存在じゃないのか?」 
魔王「その役目を放棄した男を敬うのはやめておけ」 
魔王「そんな男に義理立てして、人間の側に立つなどやめておけ」 

仮面子「……」 
魔王「……お前が今日ここに来た理由は分かっている」 
魔王「……この戦争を止めたいのだろう?」 
仮面子「……ああ」 
魔王「なら俺のもとへ来い。俺と一緒にこの戦争を止めよう」 
仮面子「……それは魔王軍の勝利という意味で、だろ」 
魔王「無論だ。ここまで泥沼化してしまえばもはや和解などありえぬ」 
魔王「どちらかが勝利をつかむまではこの戦争は続く」 
魔王「だから、俺と一緒にこれ以上無駄な犠牲を払わせないためにも、とっととこの戦争を終わらせ、平和を築こう!」 
魔王「俺たちならできる。俺たちはなんだってやってきたじゃないか!」 
仮面子「……私は」 

勇者「……あー、少し言葉をはさんでもいいですか?」 

魔王「……なんだ、まだいたのか貴様」 
勇者「一応……」 
魔王「貴様などお呼びじゃない。とっとと帰れ」 
勇者「……残念ながら一人じゃ帰れないんで」 
魔王「なら、使いの者に――」 

勇者「仮面子さんと一緒じゃなきゃ、帰れないんで」 
魔王「……」 

勇者「……仮面子さん、相手に引きずり込まれないでください」 
勇者「相手の口車にまんまと乗せられてしまったら、ここまで来た意味がないじゃないですか」 
仮面子「……しかし」 
勇者「大丈夫、仮面子さんはお父さんに愛されてましたよ」 
仮面子「……え?」 

勇者「だってお父さん、先代の魔王を倒した後に住んでた村が襲撃されたとき――」 
勇者「仮面子さんを全力で逃がしたじゃないですか」 
勇者「魔物と戦うのを避け、仮面子さんを逃がすことに専念した、て仮面子さん言ってましたよね」 
勇者「これって、勇者であることより仮面子さんの父であることを選んだってことですよね?」 
仮面子「あ……」 
勇者「仮面子さんが魔物に連れ攫われたと知ったとき、きっとお父さんは後悔した――」 
勇者「だからそのときお父さん同じ過ちを繰り返さないために仮面子さんを守った」 
勇者「俺はそう思いますよ」 

魔王「ふん、何を言うかと思えば」 
魔王「そんなのはただの妄想話だ」 
魔王「それに仮のその話が正しかったとして――」 
魔王「多くの村人を犠牲にしたその男は、もはや勇者とは言えない」 
勇者「……だろうね」 
勇者「だからその瞬間にお父さんは勇者であることを捨て、父であることを選んだ」 
勇者「多くの人を救う以上に、仮面子さんを救うことが大切だと思った」 
勇者「他の人にとってはそれは誉められたことではないし、非難されてもしょうがないのかもしれない」 
勇者「でも、仮面子さん。あなただけは、お父さんのこと、理解してあげてください」 
勇者「……仮面子さんしか、理解してあげられないんですから」 

魔王「ふん……よくもまあ、べらべらとはったりでそこまで舌が回る」 
魔王「まるで詐欺師のような口上だ」 
勇者「……それはこっちのセリフだ」 
勇者「さっきから聞いていれば、なんて奴だ。仮面子さんを精神的に追い込んだところで口説きにかかるとはな」 
勇者「なるほど……これは確かに魔王だ。甘言を駆使して人の心を弄ぶ。汚い、これは汚い」 

仮面子「私は……」 

勇者「なにを迷ってるんですか、仮面子さん!!」 
勇者「あなたが立っているのはどっち側なんですか!?」 
勇者「こっち側、人間の側でしょ!?」 
魔王「いや、お前はこちら側の存在だ!」 
勇者「黙ってろ!! 魔王!!」 

勇者「あなたの大切な人を奪ってきたのは誰です!」 
勇者「あなたのお母さんやマスター、町のみんなを殺したのは誰です!」 
勇者「魔物であり、魔王でしょ!?」 
勇者「なんでそんな奴の言うことなんて信用するんです!」 

魔王「……貴様には分からんよ。俺たちの絆など」 
魔王「それこそ、どうしてこんな知り合って間もない奴のことなど信じるのだ!」 
魔王「勇子の本名すら今の今まで知らなかったような奴のことなど!!」 

仮面子「私はッ!!!」 

仮面子「……私は、やはり人間だ。魔王、あなたの傍にはいれない」 
仮面子「あなたを父と呼ぶことも、兄と呼ぶことも、……まして伴侶となることなどできない」 

魔王「…………」 

仮面子「だから私はッ! 人間に仇なす魔王、あなたをここで討つッ!!」 

仮面子は再び剣を構えて魔王へと踏み込む! 
しかし魔王の目があやしく光り、魔王から放たれた強烈な波動が仮面子の体を後方へと吹き飛ばした! 

仮面子「あぁっ!」 

魔王「……何故だ、仮面子」 
魔王「なぜそこまで頑なに人間にこだわる」 

仮面子「……私は、人間が好きだからだ」 

魔王「人間が好き、だと……」 
魔王「……ふざけるなッ!! 人間など醜悪な生き物じゃないかッ!!」 
魔王「自分勝手な正義を振りかざし、それに逆らう者には鉄槌を下す!」 
魔王「それこそ正義という名の仮面で偽った独善を貫く傲慢な生物じゃねえか!!」 
魔王「目を覚ませよ、勇子ぉッ!!」 

魔王は手を上にかざし、魔力を溜める! 
たまった魔力はやがて大きな火球となって、部屋の中の気温を砂漠のような暑さへと変えた! 

仮面子「……」 
魔王「……」 
仮面子「……いいだろう」 

仮面子もその手の剣へと魔力を供給する! 
やがて刀身はまばゆい青の光に包まれ、バチバチと爆ぜる音を立て始める! 

魔王「俺とマジでやり合おうって言うのか?」 
仮面子「……」 
魔王「……おもしろい」 
魔王「なら力づくでも分からせてやるよぉぉぉぉぉ!!」 

両者は一斉に魔力を放出した! 
お互いの魔法がぶつかる―― 
ドッゴォォォォォォォォン!! 

魔王「……まだまだだな」 

仮面子の魔法を押し退け、魔王の放った火球が仮面子に迫る! 

仮面子「……やはり私じゃあなたには勝てないか」 
魔王「……ちょっといたいだろうが我慢しろ。すぐに回復してやるよ」 
仮面子「…………」 

勇者「あぶなぁいっ!!」 
仮面子「えっ……」 

勇者が仮面子を横へと突き飛ばした! 
仮面子は火球の射線上から外れ、代わりに―― 

仮面子「ゆ、勇者ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 

仮面子「あ……あ……」 
魔王「……あーらら、死んだか?」 
仮面子「……」 
魔王「……いい加減、目を覚ませよ」 
魔王「お前がそばにいると、人が死ぬ」 
魔王「お前はそっちにいてはいけなんだ」 
魔王「だから、お前がいるべきところはこっちだ」 
仮面子「……」 

勇者「……勝手なこと言ってんじゃねえよ」 
仮面子「えっ」 
勇者「……この程度で死ぬわけねえだろ」 
仮面子「……あっ」 

勇者は懐にしまってある壊れた仮面を仮面子に見せた! 

勇者「ええ、仮面子さんの仮面の加護のおかげですよ」 
勇者「ボロボロですけど、なんとかまだ生きてます」 
仮面子「……すまない」 
勇者「謝らないでくださいよ。俺が好きでやったことです」 
仮面子「でも……」 
勇者「『俺があなたを絶対に守ってみせます』」 
勇者「……思ってたより早かったですけど、今なら言ってもいいですかね?」 
仮面子「……バカ」 

魔王「……おいおい。眼前で俺の嫁といちゃつくとはいい度胸じゃねえか、ゴミ虫」 
勇者「……だからお前の嫁じゃねえよ」 
魔王「……なるほど。お前を殺せば、全部丸くおさまりそうだな」 
魔王「お前さえいなくなれば仮面子を惑わすものがいない」 
魔王「お前が仮面子を人間の側へと引きとめているのだな」 
仮面子「なっ!」 
魔王「なら、まずお前を殺すとしようか」 

勇者「……なんかあいつを倒す秘策とはないですかね?」ボソッ 
仮面子「……そんなものがあったら私が知りたい」ボソッ 
仮面子「……すまない。君だけでもなんとか無事にここから出したかったのだが――」ボソッ 
勇者「そんなの、今はどうでもいいですから、考えてくださいよ」ボソッ 
仮面子「……」 
仮面子「……秘策というほどではないが、奴に隙を作らせればなんとかなるかもしれない」ボソッ 
仮面子「魔王を一瞬でも無防備にさせられれば、私がなんとか――」ボソッ 

魔王「……おいおい、仲よく内緒話か? 妬けるじゃねえか」 

勇者「……俺が何とか隙を作ります。だから――」ボソッ 
仮面子「できるのか?」ボソッ 
勇者「……やるだけやってみます」ボソッ 

魔王「作戦会議か何かか? 小賢しいな」 
勇者「……いくぞ」 

勇者は剣を引き抜き、魔王へと駆け抜けた! 
魔王は迎え撃たんと剣を高く振り上げ、そのまま勇者に向けて振り下ろした! 

勇者「はっ!」 

勇者は大きく横に跳び、なんとか魔王の攻撃をかわした! 

魔王「……ほう」 
勇者「仮面子さんッ!!」 

仮面子がすかさず魔王に剣を突き立てんと突進した! 
だが魔王が下から剣を振り上げて仮面子の剣を弾いた! 

魔王「……この程度で俺を倒せると思ったか? 甘く見られたものだ」 

魔王は仮面子に足払いをした! 
仮面子はその場にすっ転んだ! 
魔王は仮面子の首筋に剣をあてた! 

魔王「……まだ分からないか? お前たちは俺には勝てないんだ」 
仮面子「……」 

勇者「……くそっ!」 

勇者が魔王の側面から攻撃を仕掛けた! 
しかし魔王は横蹴りを繰り出して、勇者の体は大きく後方へ吹き飛ばされ、壁に強く打ちつけられた! 

勇者「が……は……」 

魔王「……哀れだな。弱すぎる」 

勇者「まだ……だ」 
魔王「ふん……上等だ。かかってこいよ」 

勇者「ハァァァァァァ!!」 

勇者は一気に魔王に駆け寄り、大きく飛んで全体重を乗せた袈裟斬りを放った! 
しかし魔王はなんとその攻撃を指二本で受け止めてみせた! 

勇者「なっ!」 
魔王「……これが俺とお前の差だ。いい加減理解しろ」 

魔王は受け止めた剣から手を離し、そのまま勇者の首を鷲掴みし持ちあげた! 

勇者「がぁ……」 
魔王「このまま楽にしてやるよ」 
勇者「ぁ……ぁ……」 

勇者の首がみしみしと音を立てている! 
勇者の口端から真っ赤な血が滴り落ちる! 

仮面子「やめろぉぉぉぉ!!」 

仮面子は魔王の足首を狙って剣を振り抜く! 

魔王「おっと」 

魔王は片足をあげてそれを避けた! 
仮面子は間髪入れず勇者の首をつかんでいる魔王の手首を狙って剣を振り上げた! 

魔王「うおッ!」 

魔王は思わず勇者の首から手を放した! 

勇者「げほっ、げほっ!」 
仮面子「大丈夫か!?」 

魔王「……今のは悪くなかったぞ」 

仮面子は勇者に治癒魔法をかけた! 
しかし勇者のHPは回復しない! 

仮面子「くそっ、回復の邪魔だ!」 

仮面子は勇者の懐から仮面を取り出して放り投げた! 
勇者の体が急速に癒えていく! 

勇者「……すみません。何の役にも立てなかったですね」 
仮面子「……いや、君は十分やってくれたよ」 
勇者「……でも、全然あいつには歯が立たなかった」 
仮面子「もう一度だけ、頑張れるか」 
勇者「……え?」 
仮面子「……一度だけ、試したいことがある」 
仮面子「もしかしたら、魔王の虚を突けるかもしれない」 
仮面子「思いっきり賭けになるが……」 
勇者「……」 
仮面子「もう一度だけ、やってくれるか?」 
勇者「……言ったでしょ。仮面子さんが俺をうまく使ってくださいって」 
勇者「……何か思いついたのであれば、俺はそれに従います」 
仮面子「そうか……ありがとう」 

魔王「……そろそろ仕舞いにしよう」 
仮面子「……ああ、そうだな」 
勇者「仮面子さん……」 
仮面子「……先ほどと同じように突っ込んでいってくれ」 
勇者「え?」 
仮面子「私を信じろ」 
勇者「……はい」 

勇者は剣を構えて魔王の方へと走り出した! 

魔王「先ほどと同じ手か。芸がないな」 

魔王は余裕の笑みを浮かべて剣を構えて迎え撃とうとする! 

勇者「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!」 

勇者が剣を振りかぶったそのとき―― 

仮面子「今だッ!! “なげ”!!」 

勇者「……え?」 
仮面子「“なげ”!!」 
勇者「……ッ!?」 

魔王「攻撃の内容をバラしてどうするッ」 

勇者が魔王と十分に接近し、振りかぶった状態から横から斬り払う! 
魔王がそれを後ろに避けて反撃に転じようとしたそのとき―― 
なんと勇者の剣は勇者の手から離れて、その切っ先は魔王へとまっすぐに迫ってきていた! 

魔王「なに!?」 

魔王は慌てて剣から手を離し、飛翔してくる剣を素手で受けた! 

魔王「こ、小賢しい真似を――」 

その刹那の間にいつの間にか勇者の背後から仮面子が飛び出して来ていた! 
その青き閃光を纏い、魔力に満ちた剣をまっすぐに魔王の心臓へと突く! 

魔王「こ、こんなことでやられてたまるかぁぁぁぁぁぁぁ!!」 

魔王は腕を振り上げて反撃しようとした! 

仮面子「……ごめんね。そして、さよなら、兄さん」 
魔王「……え?」 

ザクゥッ!! 

魔王「ぐおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」 

仮面子の剣に込められていた魔力が魔王の体を蝕む! 
バチバチと音をたて肉を焦がし爆ぜさせ、傷口をえぐるように広げている! 

仮面子「……すまないな、魔王」 
仮面子「……自分でも分かっている。今私がしたことは最低だ」 
仮面子「……結局は私もあなたの言う独善的な人間なのだよ」 

魔王「勇子、ゆうこぉぉぉぉぉ……」 

仮面子「……」 
仮面子「……私を拾ってくれて、私を育ててくれて、ありがとうございました」 
仮面子「いくら感謝しても感謝しきれません」 
仮面子「……安らかに眠ってください」 

魔王「あ、……あ……」 
魔王「……」 
魔王「……はは」 

魔王「はははははははははははっははははははっははははは!!!」 

魔王「……そうか、貴様もしょせんは人間だったということか」 
仮面子「……」 
魔王「……目障りだ、とっとと俺の視界から消え失せろ!」 

魔王は転移魔法を唱えた! 
仮面子は光に包まれる! 

仮面子「え?」 

魔王「……さっさといなくなれ」 

仮面子の体は一瞬にして部屋の中から消失した! 

勇者「仮面子さんッ!!」 
魔王「がはっ……心配するんじゃねえよ。この城の外まで飛ばしただけだ」 
魔王「死にかけの俺の魔力じゃ、あまり遠くに飛ばせなかったがな……」 
勇者「どうして……」 
魔王「……俺をぶっ殺しておいて、ただで城から出られるわけ、ねえだろ」 
魔王「他の魔物に囲まれて殺されるのがオチだ」 
勇者「あ……」 

魔王「俺は……もう死ぬ」 
魔王「無駄に生命力があるからすぐには死なんが、まあ長くは持たんな」 
魔王「きれいに心臓を貫いてくれたからな」 
魔王「……だから貴様はその間の話し相手として付き合え」 
勇者「……いや、あんたと話すことなんてないよ」 
勇者「それに俺だって早く逃げたいんだけど」 
魔王「……バーカ、今さら逃げたって遅いっつーの」 
魔王「テメェはここで魔物に食われて死ぬんだよ」 
魔王「……なら今更どうしようと関係ねえんだから、ちょっとくらい付き合えよ」 
魔王「……同じ女に惚れた男同士だろ?」 
勇者「……」 

魔王「それにしてもこの俺が負けるとは、な……」 
勇者「……いいことを教えてあげようか?」 
魔王「あ?」 
勇者「俺、今まで魔物を倒したことがないんだ」 
魔王「……は?」 
魔王「一匹も?」 
勇者「一匹も」 
魔王「……ざけんなよ。じゃあなんだよ。俺が、この魔王が一匹目のモンスターかよ」 
勇者「そうだな」 
魔王「……この俺がスライム扱いだと」 
勇者「経験値をくれる分、スライムの方がましだけどね」 
魔王「……言うじゃねえか」 

魔王「だがな、言っておくが俺を倒したのはお前じゃなくて勇子だ」 
勇者「……分かってるよ」 
魔王「……思えば俺はあの女に人生を左右されたんだよな」 
魔王「……勇子ばかり追って、他に女を作らなかったから跡取りもいない」 
魔王「魔王一族も俺の代でおしまい、か」 
魔王「……一族最大の恥さらしじゃねえか、俺は」 
勇者「……愚痴るなよ」 
勇者「そんなもの、惚れた方が負け、だろ」 
魔王「……はは、そうだな。死に際までカッコ悪いな、俺」 
勇者「……敵の俺が言うのもなんだが、ここまで一人の女性を思えるっていうのはすごいんじゃないの?」 
魔王「……貴様なんぞに慰められるとは、いよいよもって俺は魔王の恥さらしだ」 

魔王「……もう行けよ。お前と話しててもやっぱりムカつくだけだ」 
勇者「言われなくても行くよ」 
勇者「……それじゃ」 

勇者は扉を開いて出て行った! 

魔王「……」 
魔王「……ああ、何も見えなくなってきやがった」 
魔王「……目の前が真っ暗だ」 
魔王「……勇子」 

魔物「クケケケケケケケケケェェ!!」 
勇者「ぬわぁぁぁぁぁ!!」 
魔物「アンギャァァァァァァァ!!」 
勇者「うゎあぁぁぁぁ!!  

勇者は魔物の攻撃を避け続けている! 

勇者「……ま、魔物の数が多すぎるな」 
勇者「さすがにきつすぎる……」 
勇者「でも、何とか生き延びてみせる」 
勇者「……俺の自慢の逃げ足を、見せてやるよ!」 


魔物「グモォォォォォォォォォォッ!!」 

魔物の攻撃! 鋭い牙が勇者を襲う! 
勇者は頬に攻撃をかすめつつ、何とか避ける! 

勇者「……はぁ、はぁ」 
勇者「……まだ、まだぁ」 
勇者「……くっ」 

魔物「ウオォォォォォォォォォ!!」 

魔物の攻撃! 巨大な金鎚を振り回した! 
勇者は肩にその攻撃を受けてしまった! 

勇者「ぐああああぁぁぁぁぁ!」 
勇者「……こんなところで、やられてたまるかぁ!!」 

魔将軍「待て!!」 
勇者「!?」 

魔将軍「その者の命が私が貰い受ける!」 
魔将軍「貴様らは去れ!」 

魔物「グギャギャギャギャ!」 
魔物「ギャーーーーーース!」 

魔将軍「……なんだ不服か?」 
魔将軍「上官の命令だぞ! ただちにここから消え失せろ!!」 

勇者「……」 
魔将軍「……外で勇子様が戦っている」 
魔将軍「どうやら貴様を助けに来ているらしい」 
魔将軍「……とっとと行け」 
勇者「え?」 

勇者「……どういうつもりだ」 
魔将軍「……これ以上勇子様に暴れられたら迷惑だと言っているのだ」 
魔将軍「とっとと連れて帰ってくれ」 
勇者「……魔王の敵を討とうと思わないのか?」 
魔将軍「……討ちたいさ」 
魔将軍「今すぐ貴様を八つ裂きにして臓腑を食らってやりたいくらいに憎い」 
勇者「……ならなぜ」 
魔将軍「……貴様を殺したら勇子様が決死の覚悟で我らを殺しに来る」 
魔将軍「……そうなれば私だって勇子様と戦わざるを得ない」 
魔将軍「私は勇子様を殺したくないし、他の者に殺されるところを見たくない」 
魔将軍「たとえ、それが魔王様の遺志に逆らうことになっても」 
勇者「……」 
魔将軍「……だから私は貴様を逃がすことにした」 
勇者「……そうか」 
勇者「……感謝する」 

タッタッタ―― 

魔将軍「勘違いするな」 

勇者「え?」 
魔将軍「貴様を許すという意味ではないからな」 
魔将軍「……いつか、必ず貴様の命を奪いに行く」 
魔将軍「私の心は復讐の炎に焦がされている」 
魔将軍「これは貴様を殺さぬことには決して収まることはないだろう」 
魔将軍「だから、貴様をいずれ殺しに行く」 
魔将軍「……せいぜいそれまでに強くなっておくのだな」 
勇者「……」 

タッタッタッタッタ…… 

魔将軍「……」 
魔将軍「……魔王様」がくっ 
魔将軍「うっ、うっ、くっ……」 

仮面子「ハァ!」 

仮面子は雷撃の上級魔法を唱えた! 
暗雲が立ち込め、聖なる雷の一撃が魔物の群れに放たれる! 

魔物「「「「ギャァァァァァァァァス!!」」」」 

仮面子「散れッ! 木っ端ども!!」 
仮面子「私は勇者を助けにいくんだ!!」 
仮面子「一人でおめおめ逃げることなどできない」 
仮面子「私は、彼と一緒に帰るんだ!!」 

仮面子「……はぁ、はぁ、はぁ」 
仮面子「魔力が、もう尽きてしまったか……」 

魔物「ギャギャギャギャギャギャ!!」 

魔物の攻撃! 鋭い爪が仮面子を襲う! 
仮面子はすんでのところで横に飛び込んで回避した! 

仮面子「くぅっ!」 
仮面子「……剣もないままに行けるか?」 
仮面子「いや、行くしかない」 
仮面子「ここで諦めるわけにはいかない」 
仮面子「私は、もう……」 

仮面子「大切な人を失いたくないんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 


勇者「仮面子さん」 


仮面子「……え?」 
勇者「心配をおかけしました」 
仮面子「あ……あ……」 
勇者「さあ、帰りましょ?」 
仮面子「あ……ああっ!!」 

勇者「……でも、どうやって帰りましょうか」 
仮面子「……これだけの魔物を撒くのは厳しいな」 
勇者「……ここまで来てバッドエンドはないですよ」 
仮面子「……くっ」 

魔物「プギャアアアアアアアアァァァァ!!」 

魔物の攻撃! 棍棒を力任せに振り回した! 
仮面子と勇者はその場を飛び退ってかわした! 

魔物の追撃! 勇者の方へ大きく飛び跳ねて体当たりをした! 
勇者は転倒した! 

勇者「うわぁぁぁぁぁ!」 
仮面子「大丈夫か!?」 

仮面子は勇者に駆け寄った! 

仮面子「しっかりしろ!」 
勇者「……」 

勇者は気を失ってしまった! 

仮面子「……ここまでなのか」 

魔物の群れが攻撃を仕掛けてきた! 
全方向から迫りくる攻撃を避ける術は無い! 

仮面子「……くそッ!」 

そのとき、仮面子と勇者の周囲に激しい電流が走った! 
仮面子たちを攻撃しようとしていた魔物はその電流により弾き飛ばされた! 

女勇者「大丈夫か、お前ら!?」 
仮面子「……え?」 
女勇者「私たちは魔王を討伐にきたんだが、なんだって城の外にこんな魔物が大量にいるんだよ?」 
仮面子「ま、魔王ならもういない」 
女勇者「なんだって!? もしかしてお前らが倒したのか?」 
仮面子「あ、ああ……」 
女勇者「なんだよ畜生、先こされちまったのか……。ここまで来たのは無駄骨だったってのかよ」 

女勇者「……まあいいや。それよりあんた。逃げるよ!」 
仮面子「え?」 
女勇者「こんな所にいつまでもいるわけにゃいかないだろ!」 
女勇者「ほら、私たちが手伝ってやるから、あんたはそこのノビてる奴背負って逃げろ」 
仮面子「す、すまない」 
女勇者「あんた、ずいぶん疲労してるみたいだが、ちゃんと背負えるか? なんならうちのパーティの男に背負わせるか?」 
仮面子「……大丈夫だ。彼は私が背負っていく」 
女勇者「……そうかい。じゃあそうしな」 
女勇者「……ん? 何かそいつの顔、見覚えがあるような……」 
女勇者「……まあいいや。じゃあ行くよ」 

女勇者は雷撃の中級魔法を唱えた! 
ほとばしる電流が魔物の群れを蹴散らす! 

勇者「……ん。あれ、ここは……?」 
仮面子「あ、気がついたか」 
仮面子「ここはとある町の宿屋の中だ」 
勇者「仮面子さん……」 
勇者「て、あれ!? なんで俺無事なの? 確か魔物に体当たりされてそのまま……」 
仮面子「偶然魔王討伐に来ていたパーティに助けてもらったんだ」 
仮面子「この町まで送ってもらって、すぐにどこかへ旅立ってしまったが」 
勇者「あ……そうだったんですか」 
仮面子「……」 
勇者「……」 
仮面子「……終わったんだな」 
勇者「……生きて、帰ってこれました」 
仮面子「……」 

勇者「……仮面子さん。泣きました?」 
仮面子「え? いきなり何を?」 
勇者「泣いてないですよね」 
仮面子「……私は泣かない」 
勇者「泣いておいた方がいいですよ」 

仮面子「……どうして」 
勇者「今泣かないでいつ泣くんですか?」 
勇者「マスターの時も泣かなかったし」 
勇者「……溜めこんじゃったら心に毒ですよ」 
仮面子「……」 
勇者「全部終わったんです。仮面子さんのしがらみは全部取り除かれたんです」 
勇者「だから、気持ちの整理」 
勇者「都合がいいことに、僕の胸、空いてますよ?」 
仮面子「……なんだそれ」 
勇者「こういう歯が浮くセリフ、好きなんでしょ?」 
仮面子「は……ははは……」 
仮面子「……う……くっ!」 

仮面子は勇者の胸に飛び込んだ! 

仮面子「うあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 
勇者「……」 

仮面子「……すまなかったな。君に甘えてしまって」 
勇者「いえいえ。むしろ甘えてくれてうれしいです」 
仮面子「そうか……」 
勇者「……」 
仮面子「……」 
勇者「……仮面子さんはこれからどうするんですか?」 
仮面子「……とりあえず父を探してみようと思う」 
仮面子「父はまだきっとどこかで生きているはずだ」 
仮面子「だから私は父を見つけ出してみせる」 
勇者「……そうですか」 
勇者「じゃあ、俺と一緒に旅をしませんか?」 
勇者「同じ人探しってことで協力し合いましょ」 
仮面子「……いいのか?」 
勇者「僕が頼んでるんですよ?」 
仮面子「ああ、すまない」 
仮面子「……ああ、ぜひとも君と旅がしたい」 
勇者「じゃあ決まりですね」 

勇者「……おなかが減ったので、ご飯でも食べに行きませんか?」 
仮面子「そうだな」 
勇者「それじゃ、行きましょ、仮面子さん」 
仮面子「あ、その前にちょっといいか?」 
勇者「え?」 

仮面子「もう、その『仮面子』という名で呼ぶのはやめてくれないか?」 
勇者「……」 
仮面子「その仮面子という名は、偽りの名前だ」 
仮面子「しがらみ、過去、そういったものから逃れるための仮の名前」 
仮面子「……もうそれから逃げる必要はない」 
仮面子「私はもう、自分を偽る仮面をかぶらなくていいんだ」 
仮面子「だから、君には本名で呼んでほしい」 

仮面子「だから改めて自己紹介させてくれ」 
仮面子「……私の名前は勇子だ」 
仮面子「これからもよろしくお願いします」 
勇者「……じゃあ、俺も」 
仮面子「え?」 
勇者「俺の名前は勇者です」 
勇者「これからもよろしくお願いします」 
仮面子「……?」 
勇者「魔王戦でせっかく呼んでくれたのに、また『君』に戻ってます」 
仮面子「あ……」 
勇者「だから、ね?」 
仮面子「……ああ、すまなかった」 

勇者「……よし、じゃあ飯食いに行きましょ、勇子さん!」 
勇子「……ああ、勇者!」 



おわり 





番外編


勇者「そういえば気になっていたんですけど」 
仮面子「ん?」 
勇者「結局、あの仮面って呪われてたんですよね?」 
勇者「あんなに強引な方法でしか取れなかったわけですし」 
仮面子「……まあ、な」 
勇者「ならなんで仮面子さんは呪いじゃないって言い張ってたんですか?」 
仮面子「……つまらない理由だ」 
仮面子「あの仮面を父が私にくれたとき、父がこう言ったんだ」 
仮面子「『この仮面には、勇子のうっかりで外れてしまわないように、《おまじない》がかかっている』とな」 
勇者「……おまじない、ですか」 
仮面子「今聞いたら笑ってしまうようなセリフなんだがな」 
仮面子「お呪いと呪い、意味的としては同じ」 
仮面子「でも、この《おまじない》という言葉のかわいらしい語感に、どことなく父の愛情のようなものを感じていたのだ」 
仮面子「だから私もこれは呪いじゃなくておまじないなんだって思い込むようにしていた」 
仮面子「子供みたいだろ?」 
勇者「……素敵な話だと思います」 


















出典:勇者「その仮面、呪われてるんですか?」
リンク:http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1242040198/l50
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