エピローグ 千佳と『春菜』。 俺の出会った最高の女性が持つ、ふたつの顔。 似て非なるふたつの存在。 誰もが幾つもの顔を持ち、それを使い分けながら生きている。 特別なことではない。 ただ、キャバクラという場所が、それぞれの顔を際だたせる舞台だったということに過ぎない。 俺は俺であり、課長であり、Eさんであり、ふっくんでもある。 『京香』さんも京子ちゃんであるし、田上さんもたーちゃんだったりする。 小西は未だに『リサ』で居続けているし、極めて裏表の少ない平田だって、クライアントの前では「宣伝営業部2課の平田」になる。 いまひとつ頼りない部下の小林だって、家に帰れば2児の父として、頼もしい存在振なのだろう。 誰だってそんなものだ。 年内一杯で千佳は『春菜』であることを辞め、そして、春には斉藤千佳から江口千佳に名前が変わった。 今でもたまに田上さんの付き合いで『エンジェル』に行くことがある。 『京香』さんが仕切り、アヤちゃんがその片腕として店をもり立てている。 もう、そこで『春菜』に逢うことは、ない。 最後の日、千佳は泣いた。『春菜』との別れを惜しんで。 ゴールデンウィーク。 先月逝った千佳の父の墓前へ、ふたりで赴いた。 「お父さん、私、お母さんになるの」 愛おしそうに下腹をさすりながら、千佳が報告する。 俺は無言で手を合わせた。 そう遠くない将来、千佳の母も呼び寄せ、生まれてくる子と4人で暮らすことになっている。 千佳は、妻としての顔と母としての顔、さらに娘としての顔を使い分けることになるのだろう。 俺も「お父さん」と呼ばれる、新たな顔を持つことになる。 幸せだけど、不安だらけだ。 そんなとき、ふと『春菜』に逢いたくなる。 「どうしたの?」 神妙な顔で突っ立っていた俺に、千佳が声を掛ける。 「ん。ちょっとね」 ふと、突拍子もない考えが脳裏を過ぎった。 「名前さ」 「え?」 「女の子だったら『春菜』がいいなあ、俺」 「……馬鹿じゃないの?」 そう言いながらも、千佳は笑っていた。 俺の大好きな、とびきり明るい笑顔で。 「春菜ちゃん」 まだ見ぬ『娘』に、そう呼びかけてみた。 ここまで拙い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。 出典:萌えちゃんねる リンク:過去ログ |
投票 (・∀・):481 (・A・):82 →コメントページ | |
|
トラックバック(関連HP) トラックバックURL: http://moemoe.mydns.jp/tb.php/18766/ トラックバックURLは1日だけ有効です。日付が変わるとトラックバックURLが変わるので注意してください。 |
まだトラックバックはありません。 トラックバック機能復活しました。 |
Google(リンクHP) このページのURLを検索しています |
検索結果が見つかりませんでした |