6〜7年前の俺は超絶クズのスロット狂いだったんだけど (ジャンル未設定) 63859回

2010/07/22 01:21┃登録者:えっちな名無しさん┃作者:名無しの作者
ホームにしてたパチ屋に「オアシス」ってあだ名の親父がいて、 
そいつから野球賭博を紹介されたのが俺のドン底暗黒期の始まりだった

野球賭博ってのは、簡単に言うとその日のペナントレースの勝敗を予想するギャンブルで 
その日の試合開始時刻までに自分が勝つと思った方へ銀行振込で現金を賭けるわけ。 
地方とか胴元によって細かいルールは色々あるんだろうけども、 
俺がドハマりしていた所のルールは 
「単純な勝敗を予想し、それが的中すれば賭けた金が倍になって戻ってくる」 
という形式だった。
で、野球賭博には胴元側に「ハンデ師」って人種がいる。 
このハンデ師が切る「ハンデ」という要素は、予想において相当な曲者になるんだわ。 

例えば阪神‐中日ってカードがあった場合。 
当然ニュースやらスポーツ新聞やらを見て予想するわけだけども、 
そこで次のような情報が得られた、とする。 

・阪神の四番は昨日頭部にデッドボールを受けて今日は精密検査で欠場 
・阪神の投手陣はインフルエンザでガタガタ 
・中日は順当なローテーションでいくと今日あたりエース登板 
・中日の四番の外人はここのところ毎試合ホームラン打ってる 

これ、どう考えても「今日は中日で鉄板だろ」と思うよな? 
けど、そこでハンデ師が「今日のハンデは阪神に4です」とか提示するわけ。

このハンデって要素。 
上の例でいくと「最初から阪神側に4点入ってるという計算で考えて下さいね」 
っつー意味なわけ。 

で、順当に中日が3-0で勝つとするじゃん。 
これ、勝ったとしても中日側に賭けてた人は負けなの。賭け金没収。 
なぜなら、ギャンブル上では阪神に4点のハンデが与えられているから 

中日3-4阪神 

という結果として見なされちゃうのよな。 

もちろん、中日が5点以上取って勝てば文句無しにハンデ以上の点数だから勝ち。 
4点の場合は引き分けなんだけど、引き分け(ハンデ含む)の時は、俺のところのハウスでは 
基本は胴が総取りだった。ので、これも結局賭け金没収。 
クソみたいなルールだろ?

そのクソみたいなルールに、だよ。俺らみたいなクズと一緒になって、 
医者やら大学教授やらのお偉いさんがドハマリしてたんだわ。 
なぜか。 

一つは「掛け金が(ほぼ)青天井だったから」だと思う。 
思う、ってのは、俺みたいなゴミが精一杯張ったところで掛け金なんてたかが知れてるんだけど 
胴は相当でかい筋から相当でかい勝負も受けてたみたいで、しかも聞いた限りでは 
掛け金のタカによる「お断り」は一切したことがないって話だった。 

二つ目。これ重要だと思うんだけど「清算は月曜日」という取り決めのせい。 
この月曜清算ってシステムもかなりの曲者だった。

月曜清算。 
このシステム、実際のとこは「月曜振込み」とか呼んだ方が話が早いんだろうけど。 
簡単に言うと、 
「月曜〜日曜まで、どれだけ勝っても金の振込みは次の月曜にしか行われない」 
という事。 

ちょっと考えれば分かるけど、これはギャンブル狂にとって結構やばいシステムだった。 
例えば月曜〜土曜までで500万負けたとするよな。そこでオケラになったとする。 
でも日曜にはまだ試合残ってる。しかも勝てば倍って事がわかってる。 
さあ、ジャンキーならどうする? 

借金でもなんでも、とにかく250万作ってきて、日曜にブチ込むよな。 

だって勝てば、ただ「ふりだしに戻る」で済むんだからさ。 
勝てば、の話だけど。

あと「月曜に有り金のほとんどを突っ込んで、結果大勝した」 
っていう逆の怖いパターンもある。 

月曜に勝った。それは良い。 
でも有り金のほとんどをそこで使ってしまったもんで、 
来週まで待たないと振込みがない。 
でも試合はあと六日ある。 
でも金は手元に無い。 
試合はある。 
金は無い。 
どうする? 

借金するしかないよな。借金して、新たな勝負をする。 
だってギャンブルの機会は待ってくれないんだから。 
三日後、いや下手したら明日にも鉄板の状況が生まれるかもしれないんだから。 
現金は「手元に無い」だけなんだから。 
言うなら、ホームランの打球が打者の下を離れてスタンドに到達するまでの滞空時間みたいなもんだ。 
その滞空時間にちょっとぐらいふざけた行動をしても、ホームラン自体には何も影響はない。 
得点は得点だ。 

ただ、ギャンブルにおいては、その「ふざけた行動」で相手に10点入る時もある。 
それを忘れちまってた奴は「勝っていたはずなのに」新たな借金を繰り返し、結果泥沼に陥る― 

そういう姿は、いくつか見てきた。

高校を卒業した俺は、親に「浪人する!学費アパート食費その他諸々自分で稼ぐ!」つって家を飛び出し、 
表向きは大学進学を目指して浪人中だけど裏では働いたり働かなかったりみたいなフリーター紛いの 
クズ的生活をおくってた 
「進学or家業を継ぐor die」みたいな部分があったもんで、 
結論とか決断とか、そういったものをただ先延ばしにして、そんで、その先延ばしにする事自体が 
生きる目的みたいになってた。 
要するにフラフラしてたってわけ。 

バイト先の先輩に誘われて、人生初めてのパチンコ屋に行ったのが確か6月とか7月の事だったと思う。 
「アツい!アツい!」が口癖の、エセギャル男みたいな先輩。

当時は「インターネット」って言葉がようやく世間に浸透し始めた頃で、 
だから当然まだパチンカスなんて言葉もなく、一般人にはパチの有害性が十分に伝わっていなかった。 
とは言え俺だってホイホイついていったんだから、心のどこかに多少なりとも興味があったんだと思う。 

あとはお決まりのコースだった。 
最初の負けにまずはびびって、でもなんか悔しくてもう一度。で、ビギナーズラックで大勝。 
4、5回目からは先輩と別行動になり、 
パチ屋へ行った回数が2ケタを越える頃には、バイト先のコンビニで自ら攻略雑誌を買うまでになっていた。


パチ屋、って言ったけど、当時アツかったのはスロットの方。 
サミーが「獣王」って機種をリリースした少し後ぐらいの時期だったかな。 
各社がでたらめな勢いで発表する爆裂AT機を、俺も、これでもかと言うほど打ちまくった。 

爆裂AT機ってのは、今は「射幸心を煽る」って理由の下に仕様で禁止されてるんだけど、 
ハイリスクハイリターンを絵に描いたような機種で、20万、30万勝つ事もざらにある機種だった。 
まあ当然、負ける時は10万持って行っても昼過ぎにオケラったりする事があったんだけど。 

そんなわけで、俺はいつしかバイトそっちのけで朝からパチ屋に並び、 
他の常連達とああでもないこうでもないと雑談しながら開店を待つのが日課になっていた。 
ネクタイをしめたサラリーマン達は、通勤中にゲロを見るような視線で俺達の事を見ていたけど、 
なんというか、その視線に妙な開放感というか高揚感を感じていたのは確かだ。 

で、その常連の中に、奴が居た


そいつはハゲ散らかった頭で、俺たちの雑談をいつもニヤニヤしながら聞いていた。 
ビヤ樽のような体躯で、年齢は40〜50といったところか。 
古参の常連からは「おやっさん」とか呼ばれてたんだけど、 
俺はそいつが時代に反抗するかのように「オアシス」って沖スロを打ち続けていたのが 
強烈に印象深かったので、敬意を込めて「オアシス」ってあだ名を付けた。 
オアシスさん、って早口で言えばおやっさんに聞こえないこともなかったし。 

オアシスは、他の常連からも軽んじられているわけじゃなかった。 
たまにオアシスがボソっと話す言葉は、そのほとんどが的を射ていたからだ。 
今日はあのシマが出るだろな、とか、某店のイベントは信用できる、とか、 
そういった類の言質ばかりだったけども。


で、常連連中のほとんどは職業不詳もしくは不定みたいな感じだったんだけど、 
オアシスもその例に漏れず、みすぼらしい身なりでド平日の朝から並んで打ってた。 
オアシスが俺らと違ったのは、いつもドル箱を積んでたってところ。 
俺たち常連のほとんどがトータルでベッコリいかれてて「負けオーラ」みたいなのが染み付いちゃってるのに、 
オアシスからは何故かそのオーラを感じる事はできなかった。 

俺のホームだったパチ屋では…というか、当時のパチ屋のほとんどで、沖スロは裏返っていた。 
「裏モノ」ってやつだ。 
ROMに改造を施されたそれらの機種は、 
爆裂AT機がハイリスクハイリターンならこちらはオールオアナッシングといった趣で 
イクときはケツの毛まで抜かれるという、遊びの要素が一切無い機種だった。 

そんな裏モノで、オアシスは勝ち続けていた(見る限りでは)。


雨の降る寒い朝だった。 
その日はホーム近郊にグランドオープンの店があるとかなんとかで、 
常連連中のほとんどが、そちらへ浮気したのだろう、並んではいなかった。 
いつもの時間にいつもの場所に立っていたのは、俺とオアシスの二人。 
「…はよざいます」 
「…おう」 
いつもは常連連中というクッションがあったせいで、俺がオアシスと一対一で話すのは 
実はこの日が初めてだった。 
ポツポツと、雨音のようなリズムで少しずつ言葉を交わした。 
オアシスからは、 
「若いうちからこんなとこ出入りするな」 
とか、 
「お前、普段なにやってるんだよ」 
とか、半分こちらの事を心配するような発言が多かった。 
尤も、自分のホームを若い奴に荒らされたくない―という気持ちからの発言なのかもしれなかったけど。 
あと、どうしてかよく分からないけど、俺はオアシスと二人で会話できた事が少し嬉しかった。 

その日、俺は久しぶりにハードボイルドという機種で万枚を出した。 
なんとなくオアシスのおかげかな、と思ったりもした。 
帰り際、偶然換金所でオアシスに会った時に向こうもニヤニヤ笑っていたので、 
きっとオアシスも勝ってたんだと思う。



それから俺とオアシスは、会えば軽く言葉を交わす程度の仲になった。 
自虐気味にホームの出なさを嘆いてみたり、 
どちらかがドル箱タワーで、どちらかがオケラに近い状態―俺は後者である事が多かったんだけど、 
そういう時は一方が一方に缶コーヒーを奢ったり、 
何時の間にか「気の置けないパチ友達」みたいな付き合いをするようになっていた。 
俺が最新機種、向こうが完全告知の沖スロ、というように、 
シマの棲み分けが出来ていたせいもあるんだろう。 
新台入替でオアシスが気まぐれを起こさない限り狙い台が被ることはなかった。 

ただ、互いのプライベートについて突っ込んで話す事は一切無かった。 
尤も、俺にはその時既に他人に話せるようなプライベートなど無かったのだけど。 

初めてパチ屋に足を踏み入れてから、ゆうに半年は経過していた。


削られるプライベートに反比例して、借金はかさむばかりだった。 
高校の時からチマチマ貯めていた貯金は四ヶ月ほどで吹っ飛んだし、 
友人知人からの借金は12月の時点で50万をこえていた。 
約半年で50万。いや、自分の持ち出しを考えるとそれ以上の金をパチンコ屋に「貯金」した事になる。 
大きく浮いた時もあるにはあったが、既に狂っていた俺は「タネ銭はあって困る事は無い」と 
返済を後回しにしていた。結果、返すあてのない借金が雪だるま式に増えていた。 

今から考えれば、あの時は意識して「冷静になる事を避けていた」気がする。 
借金や失った時間の事を真剣に考えると、まず間違いなく狂ってしまう―と無意識に思っていた。 
それまでごくごく普通の人生を歩んでいた俺が、初めて手を出した火遊び。 
いつしかその炎は、俺の理性すら焼いていた。 

余りにも急速な転落に、まず体がついていかなくなった。


一日一食、下手するとその一食すらタバコとコーヒーで済ませてしまう。 
もとより食の良い方ではなかったが、一体どこから活動エネルギーが供給されているのだろうと 
自分で首をひねってしまうぐらい、メシを食わなかった。いや、食えなかった。 
空腹を覚えていても、1000円あればHANABIで遅れを期待してしまい、パチ屋へ行く。 
完全なスロットジャンキーだった俺は、頻発し始めていた立ちくらみに気付かなかった。 
ふらつく頭と体を午前六時に無理矢理ニコチンで起こし、 
アツくなった頭と体を午前0時に無理やり酒で眠らせる。 
そんな悪しき生活リズムが完成されつつあったのも、この頃だ。


「兄ちゃん、年末年始は休めよ」 
オアシスから呟くようにアドヴァイスされたのは、そんな折だった。 
近しい友人や親からの心配には一切聞く耳を持たなかった俺だが、 
オアシスからの助言はなぜかすんなり受け入れる事ができた。 
「…あ、はい。…でもどうしてですか?年末年始は営業時間も延びるし、イベントも打つみたいですけど」 
「盆と正月はパチ屋にとって回収時期なんだよ。だからイベントもほぼガセだ」 
「はあ。そんなもんですか」 
「うん。それに、兄ちゃん最近顔色悪いからな」 
「…」 
二つ目の文言を意図的に無視した俺は、ふと思いついて聞いてみた。 
「オアシっさんも年末年始はお休みですか」 
「そうだなあ。ここにはいないかな」 
「へえ、そうですか」 
ここにはいない。どこか引っかかる物言いだったが、その時は特に気に留めなかった。 

助言に従い、その年の年末年始は自分のアパートでひたすらFF10をやっていた。 
どこかに行く金も無かったので、遊びの誘いは全て断っていた。中学校の同窓会すら断った。 
なんだか何もかもが面倒になっていた。


で、焦がれていた年明け。 
おめでたい頭の男がおめでたい飾り付けの店内に勇んで入ると、 
そこには何故か肌の色が若干黒くなったオアシスが居た。 
「今年もよろしくっす」 
「おう、こちらこそ」 
「…なんか日焼けしてません?」 
「ああ、ハワイ」 
「!?」 
ハッハワイ!? 
この胡散臭い親父とハワイか… 
どう考えても結びつかなかった。でも確かに言われたのだ。ハ・ワ・イ、と。 
「言う事は全て言った」的表情で沖スロへ向かうオアシスに何か釈然としないものを覚えつつ、 
俺は首を傾げながらサラリーマン金太郎のシマへと向かった。 

いやいや…しかしハワイて…。 
左上段青7を期待しつつ、しかし打ちながら考えてしまうのはその事だった。 
オアシスとハワイ。 
並べてみると何だか爽やかな印象を受けるが、片方はただの親父だ。 
ただ、咄嗟に返したジョークにしては、「ハワイ」という単語はあまりにも突拍子過ぎるものがあった。 
オアシスは本当に正月をハワイで過ごしたのだろうか。 
だとしたらなぜ。どうして。どうやって。 
俺も含めて、ここいらの皆はドン詰まりで汲々としているのにハワイ。 
見たところスロットしか生活行動をとっていない親父がハワイ。 
とすると、やはりオアシスは―プロとかいう存在、なのだろうか。 

そんな事をグルグルと考えていたら、ハッピを何度か取りこぼしてしまった。


「…あの、この前ハワイって言ってましたけど」 
「うん」 
次にオアシスと会話したのは、ハワイ発言から二日後だった。 
「それってマジで行ったんですか」 
「そりゃ行ったよ」 
オアシスは、フフ、と笑いを漏らし、俺の疑問を読み取ったかのように補足を継いだ。 
「毎年、『野球』でその年を勝ち越したら、ハワイに行く事にしてる」 
「はあ…ヤキュウ、ですか」 
「そう。野球」 
俺にとっては全く補足にならない補足だったが、 
とりあえずヤキュウという単語がキーワードである、という事は理解できた。 

勿論俺だって野球ぐらいは知っていたが、 
オアシスの言う「ヤキュウ」と俺の知ってるベースボールを結びつけて考える事は 
この時はまだできなかった。

で、それからしばらくはハワイとかヤキュウの事は忘れていた。 
忘れていた、と言うより、他に考えなければいけない事が多過ぎて、頭の隅に追いやられていた感じだ。 
なにしろ年が明けてすぐに、俺のホームには悪名高き「ミリオンゴッド」という機種が新台として投入されたのだ。 

ミリオンゴッド。 
爆裂AT機ブームの、ある意味では象徴とも言える機種だった。 
1/8192という確率をクリアすれば、その時点で10万円以上分の出玉が確定するという 
文字通りのモンスターマシンである。 
初打ちでこの確率をあっさりクリアしてしまった俺は、これは神の機種ではないだろうかと 
本気で考えたりしたものだ。 
液晶が消灯し、フリーズし、「GODを揃えて下さい」と表示されるあの瞬間― 
睡眠より、食事より、射精より、はるかに「生」を実感させてくれたあの瞬間を味わいたい。何度でも。 
兎にも角にも必要なのは、金であった。 

結果的にはその欲望が、俺を更なる泥沼へと引きずり込む要因となってしまう。 
ミリオンゴッドは文字通り神であったが、しかし神は神でも、俺にとっては死神だった。 

余談だが、ミリオンゴッドのやりすぎで首が回らなくなって自殺したジャンキーの話― 
「ミリゴ自殺」の話をチラホラ聞くようになったのも、ちょうどこの頃だった。


しかし、信用を担保に金を引っ張ってこれるような友人知人は俺にはもう残されていなかった。 
社会的に死んでいる19歳の若造には、金を貸してくれるサラ金も皆無であった。 
それでも俺は打ちたかった。ミリオンゴッドを。 
ゲーム、CD、本、服、果ては貞操に至るまで―売れるものは全て売り払い、 
それによって得た小銭をあるだけ神にお布施した。 

が、最初の一回以降、神が俺に微笑む事は無かった。 
今ならはっきりと分かる。初打ちの際の僥倖は、悪意の込められた気紛れであったのだ。 

いよいよ金策に詰まった俺は、いつしか上を向いて歩くようになっていた。 
「50万円まで即融資!」「10分スピード審査!」 
そこらじゅうにあるボロボロのビルの窓には、ヤミ金融の胸躍るような文言がこれでもかと張り出されていた。 
一線を越えてしまっていいのか。 
流石に悩んだ。



眼前では、一目で違う世界の人間だと分かる男がニコニコ笑いながら俺に契約の説明をしていたが、 
俺はとにかくもうなんでもいいから一刻も早く現金を手にしたかったので、ただハイハイと返事していた。 
10万円の貸付という話だったが、実際手にできたのは7万5000円だった。 
「あ、紹介料として2万5000引かれてるから。君○○ローンから言われてここに来たでしょ」 
そう言って、金の入った封筒をポンとこちらに放ってきた男の悪魔的な笑みは今でも夢に見る。 

ウチじゃ君に貸せないけど、貸してくれる所を紹介する事はできるよ― 
一線を越えるのは驚くほど簡単だったが、向こうはもっと簡単だったに違いないのだ。 
カモがネギ背負ってたらい回しにされてるんだから。 

ともかく現金を手に入れた俺だったが、その三時間後には手持ちの半分も溶かしていたと思う。

ヤミ金の返済日が迫ってくると、とりあえず利子分だけをどうにか捻出し、入金し、スキップする。 
並行して、スロットを打つための金を寸借詐欺紛いのトークで借り入れる。 
人間クズの下地としては中々上等だったんじゃないかと思う。 
そんなこんなで、春の萌しが感じられる頃には、借金は100万アップの大台に突入していた。 

例えば1000ゲーム以上の大ハマりを食らい、込み上げて来る吐き気に必死で耐えている時。 
例えば携帯のバイブにいちいち心臓を鷲掴みされる時。 
例えば「もう取り戻せない」と分かっているのに夜八時から現金投資をしている時。 
例えば「もう取り戻せない」と分かっているのに「まっとうだった自分」を思い起こしている時。 
そういうクソみたいな時間をどうにか飼い慣らして、やっとやっと生きていた。 
でも決して積極的に生きていたわけじゃない。 
毎晩寝る時は「明日の朝、目が覚めませんように」と神(ミリゴ以外の)に祈って目を瞑った。 
自分で死ぬ事もできないゴミ。当時の俺は、まさにそんな感じだったと思う。 



ところで話は変わるが、俺には知的障害を持つ弟が居る。 
ある日、その弟の事で実家から呼び出しを受けた。



「弟が施設を移る事になったので、お前が引越しに付き添ってやってくれ。私らは用事が入って行けない」 
両親からの依頼は、要約するとこんな内容だった。 
正月に実家へ顔を出さなかったという負い目もあって、俺はこの依頼を受けた。 

俺は昔から弟と過ごす時間が嫌いではなかった。 
言葉のキャッチボールは出来ないが、意思の疎通はなぜかできる。 
その不思議さが結構楽しかったりした。 
疎ましかった時期もあったが、幸い、俺の友人知人は皆理解のある奴ばかりだったので、 
弟の事で逆に俺がたしなめられてしまう、といった事も多々あった。 

そんな素晴らしい、そして今はもう合わせる顔が無い友人知人の事を思い浮かべつつ、 
ともかく俺は、まず弟を迎えに現在入居している施設へと足を運んだ。


久しぶりに会った弟は相変わらずで、アウアウ言ってはいたものの俺と会えた喜びを全身で爆発させていた。 
転居及び施設移動に関する面倒な手続きは予め両親が行っていたようで、 
俺がやるべき事は、弟と弟の荷物を無事次の施設へ送り届ける事のみだった。 
新しい施設は少し離れた地域にあったので、電車を使った。 
久しぶりに過ごす弟との時間は、ほんの一時、俺にギャンブルの熱とクズな社会的立ち位置を忘れさせた。 

ふと思いつき、電車の中で、弟の荷物に簡単なチェックを入れた。 
着替えや座布団など、かさばるものは予め新しい施設に送ってあったので、 
歯ブラシやタオル、保険証等の「いつでも持っていていいもの」だけが大きめのデイパックに収まっており、 
俺はそれらの生活必需品を一通り確認していた。 

そして、そこにはもちろん、弟の通帳もあった。



通帳を取り出し、何の気なしに―そう、この時はまだ、本当に何も考えずに―それを開いて眺めた。 
236万と少し。その残高を目にした瞬間、俺の心臓が早打ちを始めた。 
障害者年金というのだろうか、割とまとまった額の入金。 
母親からの毎月少しずつの入金。 
そして―弟が何がしかの作業で得た、ほんのわずかの賃金。 

その全てがここにあった。



「○○君は責任を持ってお預かり致します。お兄さんも、ご苦労さまでした」 
「…いえ。弟をよろしくお願いします」 
新しい施設の職員と挨拶を終え、弟との別れも早々に、そこを後にした。 

帰りの電車の中で、ブルゾンのポケットに突っ込んだ通帳の手触りをそっと確かめた。 
間違いない。確かにある。ここにある。 

やっちまった。 

パチ屋に入った時も、ヤミ金から金を借りた時も感じなかった、ものすごい「やっちまった感」だった。 
ご丁寧に、母親の字で「番号は○○○○です」というメモ紙まで挟んであった。 
母親の字を見た瞬間むしょうに泣きたくなったが、グッと堪え、頭を振った。 
泣くには早い気がしたからだ。 

「これを元手にして、俺は借金を返す。返す。返す。返す…」 
電車から降りてすぐに駅のトイレの個室へ向かい、小さく声に出して何度も呟いた。 
なぜだかそうしたくなったからだ。 

どうやら俺は、俺が思っている以上にギリギリだった。



アパートに帰って即座横になった俺は、自分の顔がまだ火照っている事に気付いた。 
ひどく疲れていた。A-400タイプを終日打ち切った後より疲れていた。 
このままゴロゴロしつつ今後の方針をゆっくりと考えたかったが、 
しかし通帳の持ち出しはいつバレてもおかしくなかった。 
(とりあえず10万だけ降ろして通帳を戻し、様子を見ようか―) 
そんな思いが浮かんだが、すぐに頭を振って消した。 
焼け石に水だ。お前ただ10万のタネ欲しいだけちゃうんかと。 
(じゃあいっそ借金分全額降ろして返却・返済し、様子を見ようか―) 
そのアイデアにも首を振る。 
がっぽりと穴のあいた通帳が発覚した際、疑われるのはまず俺だ。 

どうにも考えが纏まらなかった。 
しかし、こうしている間にも時間はどんどん経過していくのだ。 
たまらず俺は立ち上がり、通帳は家に置いたまま、「閉店チェック」を行う為 
ホームのパチ屋へと向かった。


「閉店チェック」という行為について詳しく説明するつもりは無い。 
要は、今日はどの台が出たかまたは出なかったか―という、データ収集のようなものだ。 

閉店時間間際の閑散とした店内でデータロボを操作し、気になった台は実際見に行ったりもして、 
データをメモに書き付けていく。そういうアホみたいな行為を、俺は結構マメに行っていた。 
ただ、はっきり言ってその日は全く集中できなかった。大事の後の小事だったからだ。 
何だか全てのデータが意味の無いものに思え、こんな事をしていてもどうしようもないんじゃ…と 
ため息をついたその時だった。 

俺の肩に、ポン、と手が置かれた。


「よう」 
「…あ、どもっす」 
オアシスの胡散臭い顔がそこにあった。若干上気しているように見えたが、 
「今日、万枚出たぞ」という二の句を聞いて、ああなるほど、と思った。 
「良かったっすね」 
「うん。…なんだ、邪魔したな」 
「いや、俺ももう帰るとこです」 
「そうか」 
「ええ」 

それじゃあ、と俺が言うより早くオアシスから飛び出したのは、それまでに無かった提案だった。 

「じゃあ、飲みにでも行くか?」 
「…え?」 
「あーいや、何か辛気臭い顔してるからよ。奢っちゃるぞ」 
「えーと…」 

俺は正直戸惑っていた。 
他の誰ならともかく、オアシスと「そういう付き合い」をする事は絶対に無いのだろうと勝手に思っていたからだ。 

どうしてあの日に限ってオアシスがそんな事を言ったのかは、今もって分からない。



「倍になる」 
俺ではない、どこか遠くを見ながらオアシスはそう言った。 



結局その日、俺はオアシスについて行く事にした。 
色々な事があり過ぎて―と言うか、自分で起こしすぎて、それをどこかで吐き出したかったのかもしれない。 
消極的だった自分はどこへやら、今までにないくらい俺は良く飲み、良く喋り、そして良く聞いた。 
思えば、オアシスは俺が抱えている諸々を吐き出すのにうってつけの相手だった。 
二人を繋いでいるのは「パチンコ屋」という細い細い線でしかない。 
だからこそ気兼ねなく話せる事があり、またそれはその時の俺のほぼ全てだった。 

日がな一日、年がら年中パチ屋に出入りしている俺を、この親父は知っているのだ― 

そういった無意識の思いは、俺をひどく饒舌にさせた。 
喋らなくていい事まで喋ってしまうほどに。 

はじめはあの台がアツい、面白い、だとか、この店のそのイベントは信頼できる、とか、 
そういったパチンコ・パチスロ関係の話でそこそこ盛り上がっていた。 
そこで止めておけばいいものを、気が付くと俺はポツリポツリと身の上話を始めていた。 

大した目的も無く学校を卒業し、親に隠れてクズみたいな生活をおくっている事。 
借金で汲々としている事。そのせいで信用や信頼を失った事。 
いっそ死んでしまいたいが、それすら踏み切れないという事。 
そして―つい今しがた弟の通帳を手に戻ってきた事。 

そういった諸々を、今まで誰にも言えなかった約一年間の俺の生活を、 
初めてオアシスと二人で話したあの日とほぼ同じリズムで、もしかすると少し泣きながら、話した。 
オアシスは、その一つ一つに緩やかな相槌を打つだけで、口を挟む事はしなかった。 

ひとしきり話し終えた終えた俺がタバコに火をつけるのを確認した後、オアシスが重々しく口を開いた。 
「はっきり言うが、兄さんはまだ戻れる」 
「…はあ」 
話疲れたせいもあって、俺は即座聞きモードへ突入した。 
「…なあ、俺なんか見てみろ。ろくでもないだろ。こういう大人になりたくないんだったら、 
 兄さんは今すぐ親に、なんだ、その、今俺に言った事と同じ事を話すべきだと思うがな」 
「…いや、それは」 
「普通の生活に戻りたいはずだよ、兄さんは。まだこっちに染まりきっていないんだから」 
「…」 
「とは言え、それはひどく勇気のいる行為だ」 
言い切って、オアシスがジョッキで口を濡らす。 
それが合図であったかのように、俺とオアシスは、しばし沈黙という名のハマリを享受した。 

そして数瞬の沈黙の後、奴は唐突にこう言ったのだ。 
「倍になる」と。



「倍、ですか」 
「そう、倍だ。…なあ兄さん」 
オアシスが薄く目を瞑りながら、言った。 
「兄さんだって分かってるはずなんだよ。何が一番良い方法か。 
 仕切りなおしたいんだろう?人生」 
「…」 
「でもその一歩が踏み出せない。なあ、俺が思うに、兄さんに必要なのは金じゃないんだよ。 
 目が覚めるような機会、そう、機会だな。それが必要だ」 

何を言っているのか良く分からなかった。 
それと、先の「倍になる」がどう繋がるのかも。 

「…あのう、言ってる事がよく」 
「覗いてみるか?桁の違う世界を」 
「…?」 
「パチンコだスロットだなんて子供の遊びじゃない、もっとドギツイ世界を体験してみないか、と言ってる」 

ごくり、と喉を鳴らしたのは、俺だったか、それともオアシスだったか。 

「うまくいけば借金が全額返済できてお釣りがくる。 
 悪くしても荒療治にはなる。そうなると兄さんはいよいよ親に頼るしかなくなるからな」 
「…ちょっとその、話が見えないと言うか…」 
「ギャンブルだよ」 
ニヤ、と引きつった笑いを浮かべながら、オアシスは言葉を継いだ。 

「―野球賭博、って知ってるか」


「アウトー!アウトです!ゲーム、セット!ジャイアンツ、今日も阪神に勝てませんでしたー!」 
実況のがなり声がブラウン管の向こうから聞こえる。 
俺は小さく息を吐き、手元のノートに『5/1 巨人1−3阪神』と記入した。 

ここのところ、巨人は立て続けに阪神に負けていた。 
個々の能力はそれなりに高い筈なのに、なぜかチームとして見るとちぐはぐ― 
野球に関してはズブの素人である俺をしてそう言わしめるのだから、 
世の巨人ファン達は俺以上に歯痒い思いをしていたと思う。 
実際、今の試合だってそうだった。 

阿部が4打数3安打と頑張っていたのが目を引いたぐらいで、 
得点は初回に後藤が挙げた1点のみ。 
阪神の先発である藪がそれほどキレていたわけではないのに、 
何故か打線が繋がらないのだ。 
阪神がナチュラルに持っていると言われる「開幕補正」を差し引いて考えても、 
どうにも釈然としない試合であった。 

俺はその日なんとなく賭けず見(ケン)に回っていたのだが、正解だったな、と思った。 
一応ハンデを確認する。案の定、巨人に2― 
恐らく、今日は相当数がハンデに殺されたのだろう。 
まったくよく出来たシステムだった。 



野球賭博を始めて約一ヶ月。 
あの日、オアシスの誘いに乗らなかったらどうなっていたんだろう、と、ふと思った。


「勝っても負けても、世界がひっくりかえるだろうな」 
怪しげなマンションの一室から出るなり、オアシスは俺にそう言った。 
奴なりの気遣いだったのかもしれないが、俺はどうとも答える事ができなかった。 
世界がひっくりかえる前に、まず緊張で俺の胃がひっくりかえりそうだったからだ。 

「飲み会」の次の日、オアシスと待ち合わせた俺が案内されたのは、 
高そうなマンションの一室だった。 
バーカウンターとテーブルがいくつか、そして、巨大なスクリーンが一つ。 
中に居た小男が「いらっしゃいませ」と気取った仕草で 
俺達にお辞儀した。 
「新しい客だよ」 
オアシスが、顎で俺を指しながら言った。 
「左様でございますか。…お客様、何か身分を証明できるものはお持ちでしょうか」 
「…あ、はい」 
請われるままに差し出した運転免許を両手で受け取り、失礼ですがコピーを取らせて頂きます、と、 
小男は奥へ消えていった。 
「…言わば、ここは受け付けさ」 
「受け付けですか」 
オアシスは、目を細めて部屋の中を睥睨しながら俺に言った。 
「いくつかの書類にサインして、ルールの説明を受けりゃそれで終わり。そんなガチガチになるな」 
「あ、はい」 
どう考えてもアンダーグラウンド的な臭いしかしないその場所に、実際俺は少しびびっていた。



だが、オアシスの言う通り「会員手続き」は呆気無いほど簡単だった。 
賭けるチームによって振込み先が違うので、それを間違えない事と、 
受け付け締め切り時間を過ぎてからの入金は一切払い戻しがきかない事、 
その二点に関してしつこく念を押されたぐらいで、 
他は流れ作業で全ての手続きが終了した。 

「参考までにお尋ねしたいのですが」 
記入した書類をチェックしながら、慇懃無礼といった感じで小男が俺に話し掛けてきた。 
「最初はおいくらからスタートされるご予定ですか?」 
「150万だ」 
俺より先に答えたのはオアシスだった。 

150万― 

それは、昨日の飲み会でオアシスと俺が散々に話し合った結論として出てきた数字だった。 
丸々150万浮けば、俺の背負っている借金はチャラになり、プラス数十万の現金が残る。 
負けた場合は通帳に残った全額を再度賭け、巻き返しに期待する。 
言わば、二段構えの背水の陣であった。 

(…ひゃく、ごじゅうまん) 
心の中で呟いてみると、その重さがはっきりと自覚できた。 
150万を一勝負に注ぎ込む。勝てば倍。負ければ― 

まず尿意、そして、やや遅れて緊張感が、さざ波のように全身に広がっていくのを感じた。 
マンションを後にしても、しばらくそれが消える事はなかった。


野球の事を全く知らない素人が、一回の野球賭博に150万を突っ込む。 
今思えば狂気の沙汰としか言い様が無いのだけど、その時の俺は実際狂っていたんだから仕方がない。 
数回に分けておろした150万の現金を抱え、俺は喫茶店で、振込先が記入された紙とにらめっこしていた。 

どうせ考えたって分からないなら、一番真っ白な試合に賭けてみようか― 
どういう思考を辿ってそういう結論に至ったのかは思い出せないが、ともかく最終的に、 
俺はその日、野球賭博最初の一発目を「真っ白な試合」に賭けようと思い立った。 

振込み先が記入された紙をたたんでしまい、試合の日付一覧表をかわりに取り出した。 
今日の分のハンデは予め聞いてある。真っ白な試合、真っ白な試合―小さく声に出しながら、目当てのカードを探す。 
程なくしてそれは見つかった。 

ベイスターズ―ジャイアンツ戦。ハンデ0。 

これだ、と思った。


いくら野球に関して素人とは言っても、流石に前年度の優勝チームぐらいは知っていた。 

朝のニュースやパチンコ屋のスポーツ新聞を眺める限りでは、確かジャイアンツは 
前年度に原という新監督が就任し、あれよあれよとそのまま日本一になってしまったチームだった。 
松井という、ジャイアンツの中核を為していた打者がシーズンオフに大リーグへ行ってしまったため、 
今シーズンはぺタジーニという打者をヤクルトから引っ張ってきた― 
俺の知識ではここまでが限界だった。 

さてどうするかと自問したが、馬鹿らしくなってすぐに考えるのをやめた。 
ここまできて、今更何を考える事があるのか。 
目を瞑り、昨日のオアシスの言葉を反芻するように思い出した。 

『俺が思うに、兄さんに必要なのは金じゃないんだよ。 
 目が覚めるような機会、そう、機会だな。それが必要だ―』 

そして、俺はジャイアンツに150万を託した。






端的に言えば、その試合、いやそのギャンブルは、今まで打ったどのスロットよりもアツかった。 

今更遅いと分かっているのに、少しでも多くの情報を得ようと全身を耳に、また目にし、 
俺は自分の部屋で小さなブラウン管にかじりついていた。 

例えば一回裏にジャイアンツが1点を先制した際は、うおお…という声にならない叫びが漏れた。 
例えば五回表にベイスターズが1点を返した際は、自然息遣いが荒くなり、手足の震えを自覚した。 
六回。ペタジーニが2ランホームランを放った瞬間、俺は「ッペタジーニ!!」と、今度は声を大にして叫んだ。 
ガッツポーズすらとった。 
が、七回、八回とベイスターズに追加点が加わり、3−3の同点とされる。俺はトイレで胃液を戻した。 

そして同点で迎えた九回裏、ジャイアンツの攻撃。 

バッターは後藤という名の男。俺は固唾を飲んで、食い入るように後藤を見守っていた。 
なんだかギリギリうるさいなと思ったら、自分の歯軋りの音だった。 

後藤… 
後藤。 
後藤。後藤、ごとうごとうごとうごとうゴトォー…っ!! 

まったく不意にブラウン管から「カン」という乾いた音が響き、瞬間、俺の全身に鳥肌が立った。 
視界の全てがスローモーになっていた。 



酸欠状態の頭で、今起きた事を必死に受け止めようとする。無意識の内に俺は呼吸を殺していたらしい。 
後藤のサヨナラ弾だった。




頭をブン殴られたような衝撃から立ち直ると、まず興奮、ついで歓喜、そして不安が、 
ジェットコースターのように次々と降ってきた。 


150万って俺。 
…や、いやいや、確かに150万取ったぞ。ほらほら今リプレイやってる!その瞬間のリプ!後藤!リプ!後藤リプ! 
神懸り過ぎだろ後藤…!って言うか俺も…!いやむしろ俺こそが…!? 
いや待って、いやいやちょっと待って、おいおいこれってもしかして… 
借金全額返済できるじゃん!ヒャッハー!俺は汚物じゃなかった! 
マジ凄くね!?あー最高!最高過ぎるこれ!生きててよかったー! 

…でもちょっと待って、なんかコレ話うますぎない?本当に150万勝ったの俺? 
メダルとか玉とか、そういうなんつーか目に見える感じじゃないからすげえ不安なんだけど… 
いやいやあの小男は何か最終的には実は結構ちゃんとしてそうな感じだったけど… 
あ、でもあいつ自身が胴元ってわけじゃないだろうしな… 
やっぱヤクザとかそういうのなんだろうか…あー俺若造だからこれ踏み倒されるっぽくね…? 
つうかオアシス…あいつこそが神…?いやいやそれはない、ハワイに神はいないだろ… 


その日から四日間、つまりシステムを信用するなら勝ち金の振込みがあるであろう次の月曜まで、 
俺の頭の中では上記2パターンの思考が延々とループされていた。


月曜。 
¥3,000,000の入金を確認した俺は、震える手で弟の通帳へとその半分を戻し、 
できるだけ何食わぬ顔を装って施設にそれを届けた。 
弟に会うことはできなかったが、担当の職員は弟の通帳が無くて困っていたらしく 
「今日にでも実家に電話しようかと思っていたところなんですよ」と告げられ、非常に嫌な汗をかいた。 
本当にギリギリだった、という事らしい。 
通帳の「受け渡し」が遅れてしまった事を丁重に侘びた後、即座トンボ帰りでアパートに戻った。 
金を貸してくれていた友人知人に片っ端から電話をかけ、返済に都合の良い時間をメモる。 
そっちの目処がある程度立ったら、今度はヤミ金だった。 
提示されていない法外な利息やわけの分からない支払いを吹っかけられるのではと内心ビクビクしていたが、 
どこも額面通りで完済という運びになり(それにしたって、今から考えれば過払いもいいところだが)、 
そこでようやく一息つけた。 

アパートへの帰り道、ホームであるパチンコ屋の前を通った。 
懐にはまだかなりの現金が残っていたが、不思議とそこへ入ろうという気は起こらなかった。 
それよりも。 

帰って、野球中継が観たかった


まがりなりにも借金を完済した俺は、それからしばらく身軽で平穏な日々を過ごしていた。 
と言って、勿論完全にギャンブルと切れていたわけではない。 
スロットにはあまり行かなくなったものの、野球ではチマチマと遊んでいたし、 
定期収入が欲しいと考え、新たに始めたアルバイトも場末のパチンコ屋の店員だった。 

しかし、同じギャンブル漬けの生活と言っても借金があるのとないのでは、 
生活―というより、人生に対する気の持ちようがまるで違ったのだ。 

まず笑えるようになった。 
そして、ビクビクしなくなった。 
メシも美味くなったし、なんとなくポジティブに物事を考えられるようになった。 
もしかすると、それは単に「元通りに」なっただけなのかもしれなかったが。 

朝の七時半から昼過ぎ、二時頃まではパチンコ屋で働き、夜は野球観戦。 
ごくたまに2万円ほどを握り締めて、レバーを擦りに行く。 
大体そんな感じで毎日を気楽に過ごしていたと思う。 
賭けずとも野球を観てデータを取るのは楽しかったし、 
張るとしても2、3万かそこらで充分満足だった。 
バイトは想像以上に体力仕事で面倒な時もあったが、 
ダメ人間はダメ人間なりに、それなりな人生を楽しんでいた。 

ただ、気がかりな事が無いわけでもなかった。



オアシスの事だ。 
入り口まで手引きしてもらった癖に、150万を張った勝負の結果は 
オアシスに一切伝えていなかった。 
と言うよりも、マンションに付き添ってもらって以降、俺は一度もオアシスに会っていなかった。 

多分俺はこの時、無意識のうちにオアシスを避けていたんだと思う。 
ホームからかなり離れたパチンコ屋をバイト先に選んだのも、 
心のどこかでオアシスとの接触を恐れていたからだ。 

なぜか。 
答えは簡単だ。オアシスを失望させたくなかったからだ。


オアシスは、150万を張った勝負で俺が負ければ良いと思っていたに違いなかったのだ。 
あえて確認するまでもなく、表情や言葉の端々からそれは明白に感じ取る事ができた。 

紹介した野球でボロッカスになるまで俺が負け、そして親に泣きつき、 
なんだかんだと親が俺の借金を肩代わりし、 
そして俺は一切ギャンブルと手を切った真っ当な生活を歩み始める― 
オアシスの描いていたストーリーは、恐らくそういう類のものであるはずだった。 

多分、奴は奴なりに俺の事を心配してくれていたのではないか。 
緩やかな下降線を辿っていくスロットでの負けよりは、 
直滑降で急斜面を滑り降りるような野球賭博での負けの方が、落差がはっきりと感じられる。 
落差は恐怖だ。 
恐怖を俺に見せ付けることで、そしてその恐怖で俺を荒療治する事で、 
もう一人の自分―こうなるはずじゃなかった自分、というやつを、希望を、 
奴なりのやり方で俺に託したのかもしれなかった。 
年齢や境遇こそ違えど、俺とオアシスは、パチンコ屋を介した鏡のような関係だったのだから。 

だからこそ、俺は「勝ってしまった俺」をオアシスに見せたくなかった。 
中途半端にギャンブルに染まってしまった俺を。 

勿論、これらは全て平和ボケしていたこの時の俺の妄想だ。 
と言ってそんなに的外れってわけでもないのじゃないか、と、今でも思うのだけど。


そう、俺はあれほど心臓を絞られたのに、ギャンブルへの熱がまだ冷めていなかったのだ。 
胸のうちで燻っている爆弾は、いつ爆発してもおかしくなかった。 
ただ、狂いに狂った経験から、どうにかその爆発を先延ばしにする術を得て、 
それを実行しているに過ぎなかった。 
この時期の中途半端なギャンブルは、言わばガス抜きのようなものだった。 

だから金銭感覚は、常人のそれと比べて相当おかしかったと思う。 
あっさりと数枚の万札を溶かしたその足で見切り品の弁当を選んだり、 
ゆうに一年分の国民年金が賄える額の現金を無造作に部屋に散らかしていたり、 
そういった概念に対してのネジや物差しは狂い放題だった。


自分に関するデータはこれっぽっちも見えていない癖に、 
自分の興味がある事に関してのデータは、目を皿のようにして収集する― 
生来持っていたのであろう自分のそういう性質を、はっきりと自覚したのもこの頃だ。 

初っ端の勝利からこっち、野球の方ではもっぱら巨人を追いかけていた。 
俺の住んでいた地域において、民放でそれなりに試合がカバーされるのは 
ジャイアンツ戦だけだったからだ。 
それに俺は― 
俺は、自分の人生がひっくり返った勝利、そして平穏をもたらしてくれた巨人に 
ロマンや夢などといった青臭いものを見出していた。 

ただ、気持ちの出所がどうであれ「1つのチームを軸にして賭ける」というやり方は、 
野球賭博ビギナーの取っ掛かりとしてはそれほど悪くない方策であったように思える。


勿論、色々なチームの情報を把握しておくに越した事はないのだろうが、 
それまで野球に興味の無かった俺にとって、また、ある程度のデータを 
揃えないと勝負に出られない俺にとって、その理想的方策はあまりにハードルが高すぎた。 

だからして、対戦カードの両チームを比較しての相対評価、 
またそれに基づいた推理というやつは、その時点ではあまりできなかった。 
どうしても「ジャイアンツは好調か不調か」という、巨人を軸にした絶対評価になってしまう。 
けれどこの頼りないやり方が、その時の俺の野球賭博における唯一の武器だった。



巨人について調べれば調べるほど、またデータを集めれば集めるほど、 
前年度のシーズンオフに大リーグへ行ってしまったそれまでの主砲、松井の事が悔やまれた。 
穴埋めとしてヤクルトから獲得したペタジーニは悪くない働きをしていたが、 
しかし何と言うか、一つのチームとして考えた場合には、 
ペタジーニでは個性が強すぎるきらいがあったのだ。 
「チームメイトの信頼がそのまま力になる」という少年漫画理論を展開させてもらうならば、 
その時のペタジーニにはまだまだ友情パワーが足りていないように思えた。 

また、投手陣も総じてよろしくなかった。 
松坂世代として後にその名を轟かせる木佐貫も、新人であるこの時点ではイマイチな感があったし、 
エース上原も好不調の波が激しく、登板しても安心して試合を見守れるというのには程遠い状態だった。 

4月、5月、そして6月頭までの巨人を総評するなら一言で片がつく。 
「微妙」だ。



しかし俺の野球賭博の方は―と言うと、軸として考えているチームの成績とは裏腹に、 
そこまで成績は悪くなかった。 
なにせ巨人しか見えていないのだ。 
巨人が不調とみれば、相手チームに賭ければそれで良かった。 
勿論ひどく盲目的なやり方ではあったが、逆に考えるなら、それは初心者ならではの強みでもあった。 
悪ければ、見切る。 
贅肉のようなデータを意図的に入れなかった分、決断は早かった。 
尤も、掛け金だってたかが知れていたのだけど。 

そう、本当にこの頃のジャイアンツは、素人目にも好不調の波が丸分かりだった。 

例えば5月6日の神宮球場、対スワローズ戦。 
巨人に切られたハンデは何と、破格の6。 
これにはひどくたまげた記憶がある。 
だって野球において6点という数字は、相当に大きいものであるはずなのだ。 
にも関わらず「観る」「予想する」事にかけてはプロであるハンデ師が「6」を提示した。 

恐らく、賭博者達は相当悩んだに違いない。 
その時のスワローズの状態がどうであったかは分からないが、 
ハンデ6でようやく拮抗するほどの差とは一体どれほどのものなのか― 
スワローズに賭けるとするならば、スワローズは7点以上の差をつけて 
ジャイアンツに勝たなければ、勝利とはみなされないのだ。 
常識的に考えて、これは結構難しい事のように思えた。 
いくら最近のジャイアンツが「微妙」とは言っても、最初から6点ももらってるなら― 

そういう思考の下、この試合ではジャイアンツに賭けた連中が相当いたはずである。


であるからして、この試合の 

巨2-13ヤ 

というアホみたいな結果で殺された連中も、相当数にのぼる事だろう。 

一方、その試合に関して記録されている当時の俺のノートを開いてみると、 
「ベイリーよくやった!」とかいう文が記入されているのだ。 
ベイリーとは巨人の中継ぎである外人投手で、この試合において彼は 
五回だけでヤクルトに5点を謙譲するという獅子奮迅のダメっぷりを見せてくれた。 
続く六回でもヤクルトは更に5点を加えており、初回に叩き込んだ3点という痛烈な 
先制パンチを加え、だから都合13点である。 

そして、巨人だけ見ていた俺からすれば、この試合はある意味では鉄板だった。 
だから「ベイリーよくやった!」の下に走り書きしてある 
「¥50000ウマー」という文にだって、何もおかしなところは無い。 

巨人を軸にして考えるのと、巨人を応援するのでは、天と地ほども違うのだ。


そういったふうにして、ケチな博打に勝ったり負けたりしつつも、 
この年の春は比較的穏やかな日々をおくれていたんじゃないかと思う。 

だが、今にして思えばそれは単なる「凪」であったのだ。 
不穏な気配は、不穏な感触と共に、まったく突然やってきた。 

メキッ、というとてつもなく嫌な感触を足の裏に感じたのは、 
そろそろ本格的な夏の到来が見え始めていた6月のある日だった。 
パチンコ屋の仕事が休みだった俺が起床したのはその日の夕方、4時過ぎ。 
徹マン明けでぼんやりする頭を振りながら、シャワーを浴びようとベッドから下に降りた瞬間、 
転がっていた携帯電話を見事に踏み抜いてしまったのである。 
やべえやっちまった、と顔をしかめつつ、それでも一縷の望みを託して 
そろそろと携帯電話を摘み上げてみると、期待通りにそれは「元携帯電話であった残骸」へと 
姿を変えていた。 

どうせ0円携帯だったし、ちょうど新しい機種に変えようと思ってたんだよ― 
シャワーを浴びながら必死で酸っぱい葡萄理論を展開し、 
どうにか立ち直れた俺が次に考えたのは野球の事だった。 
広島市民球場で行われる対カープ戦の三戦目。 
携帯電話を失ってしまっては、今日行われるそのカードのハンデが聞けないのである。 
電話帳に「ハンデ」という名前で登録していた大阪の市外局番は 
これっぽっちも記憶に残ってなかったし、 
「会員登録」の際に渡された書類はとっくのとうに燃えるゴミに出していた。 
(修理だの機種変だのが、間に合ってくれるといいけど…) 
少し焦りながらバスルームを出た俺は、髪も乾かさずに携帯ショップへと走った。 

こういう時の不安が必ず悪い方に的中するのは、一体どうしてなのだろうか。


「一時間後に取りに来てください」 
やたら化粧の濃い携帯ショップの店員が俺に告げた時刻は、 
無常にも試合開始の30分前だった。 
どうにか生きていた電話帳等のデータ類はそのまま新しい機種へと流せるようだったが、 
たった30分ではハンデを加味した考察ができない。 

ジャイアンツはこれまでにカープと9戦し、そのうち6つの試合をとっていた。 
そういうふうにトータルで考えれば対カープにおいてはそこそこいけそうな感もあったが 
しかしここ最近の二戦、昨日一昨日の試合内容はどうにも気にかかるものだった。 

一昨日はカープにハンデ1で、結果は2−1の勝ち。ハンデ込みだと引き分け。 
昨日は巨人にハンデ2、結果2−6で負け。ハンデ込みでも負け。 

一勝一敗ではあったが、しかし辛勝の次に結構な穴をあけられて負けているという事を考えると 
流れはあまり良いとは言えなかった。 
しかも「今日は桑田が1軍復帰して先発なのでは」という、キナ臭い噂まで流れていたのである。 

ここ二戦を見に回っていた俺は、今日こそ賭けに出たかった。 
ハンデの切り方によってある程度の戦力予想をしよう、ベットはそれから― 
俺の目論見は、しかし他でもない俺のヒューマンエラーによって崩れてしまった。



つづく

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あの頃の話・・・。.. (Gポケット) 2010/07/22 23:42
勿論俺だって野球ぐらいは知っていたが、 オアシスの言う「ヤキュウ」と俺の知ってるベースボールを結びつけて考える事は この時はまだできなかった。 で、それからしばらくはハワイとかヤキュウの事は忘れていた。 忘れていた、と言うより、他に考えなけれ..


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