桜咲いた。チョコは割れた。(エロくないバージョン) (エロくない体験談) 36020回

2011/01/20 19:01┃登録者:アニキ┃作者:アニキ
真実に基づく物語。
  
*
 
その日はいろんなことが起こった。
好きな女の子が困ってる時に、何もできない。
なぜなら俺のすぐそばで、救急車を必要としてる人が倒れてるから。
そんなときどうする?
 
*
 
俺モテないよ。冴えないよ。
でも、やっぱ仕事は大事だよ。
モテなくたって、仕事だけは真面目にやってるよ。
そしたら、きっかけ次第では、俺なんかに興味持ってくれる子もいたよ。
いたのに。
でも俺、結局そのときは何もできなかったなー・・・。

***
 
12月。
昼休み、職場近所のスーパーに食べ物買いに行った。
佐倉さん(25)がいた。

その頃彼女は、隣町の本社勤務。
俺は中途入社で、営業所に一年ほど勤めてたよ。
で、年明けから、本社に異動することになってたよ。

そのスーパーで彼女と目が合って、えっと・・・誰だったっけ?
ああ、そうだ本社の。
何回か見たことあるのに名前が、思い出せない。
何で今ここにいるんだろう。

彼女は買い物カゴは持ってなかったんだけど。
パンと、ペットボトルのお茶と、・・・生理用ナプキンを直接手に持ってた。
ああいうのって、普通に裸で持ってぶらぶらして平気なもんなの?
女の子は恥ずかしがるもんだと思ってた。

・・・いや、やっぱり彼女も恥ずかしいのか、あわてて後ろ手に持ち直したよ。
無頓着なのか何なのか。
気まずくなる前に声かけた。
だって目が合っちゃったから、無言で立ち去るわけにはいかんもんな。

「お疲れ様、です」

「広田さん、お疲れ様です」
彼女は俺の名前知ってたよ。
あ、よく電話に出てくれる子だって、かわいい声で思い出した。

「うん、えーと、本社の。総務の」

「あ、はい、佐倉です。すみません、今日は突然で、予定外なんですけど」

生理が突然来たことを、わざわざ俺に言い訳するの?
なんて、そんなわけなかった。
佐倉さんも失言に気付いたらしくて、顔赤くして、あわてて早口で言い直してきたよ。

「・・・!あッ、えっとすみません、予定外というのはですね、本社からの指示でして。
営業所の経理システムの打合わせを急に、午後からここですることになって、急遽お邪魔を」

「そうか、俺が本社に行って人が減るから、環境見直すって言ってた気がする」

「そうです。来月から本社ですよね、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

何か不自然な、あいさつの場になってしまった。
けど、天然ぽさがかわいくて、いい子だなあ、って印象に残ったよ。

あいさつした後は別行動だけど、スーパーから出るタイミングも同じで。
タイミング合わせたわけじゃないよ、たまたま。
営業所まで歩きながら、少し話せるかなって思ったんだけどな。

「すみません、先に行ってて下さい、私ちょっとトイレ・・・」

「あ、うん」

「あ・・・、えっと、“こっち”も予定外で。すみません・・・」

言わなくてもいいことをわざわざ報告して、彼女はテテテッ、と小走りで行っちゃったよ。
かわいかったなあ。
ショートヘアがキャリーマリガンみたいだ。
いつも事務的な対応を電話で聞くぐらいだったから、際どい?会話にどきどきした。

そのあと営業所でまた会うわけだけど、この打ち合せは俺、関係ないんだよ。
うちの所長と佐倉さんと、わざわざ営業部長も本社から来てて、その3人で打合せ。

営業所は小さいから、俺のデスクから見える範囲に3人ともいるんだけど。
仕事しながらふと目をやると、なぜか佐倉さんと目が合うんだよ、何回も。
あわてて目をそらすんだけど、絶対俺のこと見てた!

これは俺の自意識過剰じゃなくて、実際に観察されてたことをあとで知るんだけどね。
(俺に気があるという意味とは、ちょっとちがう理由があった)

この日佐倉さんが夢に出てきて、ゴニョゴニョなことしてくれた。
あまり眠れんかった。
モテない男はささいなきっかけで、女が頭から離れなくなってしまうことがあるのだ。
俺はモテない自覚が大きいから、こじれてストーカーになるタイプじゃないけど。
女性の方、気のない男性に関わる時は、程ほどに気を付けたほうがいいですよ。
 
 
***
 
 
1月。
本社に異動っていっても、転勤とか栄転とかいう大げさなものじゃなくて、配置換えって感じ。
隣町だから引越しもしない。
それほど大きな会社じゃないし、誰か辞めたりすると、こういうことはたまにある。

業種は伏せるけど、PCで製品の図面をあれこれするのが、俺のメインの仕事です。

営業所での一件で(一件って程、大した事じゃないが)、佐倉さんが気になってしょうがない俺。
しかし特に何があるというわけでもなく!
成り行きとは言え異動前に、生理トーク(?)もしたくらいなのに。

むしろ微妙に距離を置かれてるようにも感じたよ。
気まずかったのかも知れないし、まあ俺がモテないのはわかってるよ。
実際には俺、ちょっとわけあって女性不信が少しあるから、あんまり執着はなくなった。

なんだけど、社内メールがきっかけで改めて、佐倉さんと話すようになったよ。

彼女は総務の仕事してる。
会議とか行事なんかの通知メールを作成して、全社に一括送信することがあるんだけど。

ある時、あるメールの内容が間違ってた(何かの日付が違ってた)。
たまたま着信直後に俺が気付いて、すぐ佐倉さんに指摘したんだよ。
そしたら思いのほか、かなり大げさに感謝してくれた。

前にも一度同じミスをして大混乱を招いたことがあるみたいで。
しかもその時は、先輩から渡された文書をそのまま送っただけ。
なのに全部彼女のせいにされてしまったらしい。

今回は迅速に訂正メールを送れたので、事なきを得たんだと。

「広田さん、ありがとう、ございます!」

深々とおじぎをした佐倉さんの、笑顔(八重歯)が最高にかわいい!
ちょっと調子に乗っちゃったよ。うれしくて。
普段叩かない軽口で。

「昔出版社のバイトで校正課長やってたから(嘘)、俺が見れば大丈夫だよ。
不安な時は全部に送る前に、俺だけに送ってよ。チェックしてあげれるし」

「バイトでも課長になれるって、すごいんですね!じゃあこれからもお願いします」

もちろんそんな冗談を真に受けて、雑務を押し付けてくるような、いい加減な子じゃなかった。
でもそれから、ちょっとずつだけど、会話が出来るようになったよ。

と言っても雑談の域にさえ、なかなかいかないし、仕事上の会話が嬉しいってぐらいだけど。
 
俺は、本社に来て間もないので孤立してたんだよ。
それを言い訳にしなくても、もともとマイペースで孤立しやすいタイプ。
いじめられっこではないよ。

でも佐倉さんはよく見ると、どうもいじめられっこ入ってるようだった。
真面目で一生懸命なところが空回りして、疎まれてるように見えたなあ。
かわいいし無口でもないのに、男性社員もなぜか避けているような・・・?
いつも1人で昼食をとっていたみたいだ。

性格が暗いってわけじゃないけど、お互い孤立しやすい人種って感じで。
少し連帯感が芽生えたように勝手に思ってたよ。

慣れない環境でわからないことは、おもに佐倉さんに聞くようになった。
そして、彼女に対する恋愛感情をはっきり自覚するようになった。
 
 
***
 
 
2月。
バレンタインデー。
女子社員全員からって名目で、男性に小さなチョコがバラまかれた日である。

少しは期待はするけど、佐倉さんから個人的に何か・・・あるわけないか。
・・・と思ったら、俺の机にはバラまきチョコとは別に、正方形の変な薄い箱が置いてあったよ。

佐倉さんがテテテッ、と俺のとこに来て(まさにテテテッ、て感じで)、小声で言った。

「広田さんには、チョコっといいチョコあげます。助けてもらったから」

「あり、ありありがとう・・・」
うれしくてどもってしまって、かわいいダジャレにツッコむタイミングを、逃してしまった!

「助けたって、先月のこと?俺たいしたことしてない」

「だからお礼も、たいしたことないってことで」

どっちかというと、俺の方が仕事で世話になってるので、恐縮しまくり。
で、あくまでお礼なんだなと考えて、変な期待はしすぎないように、って思ったよ。

でもうれしくて、話をしながら俺泣きそうになってた。
あとでこっそりトイレで泣いた。
自分でもびっくりした。

なんでかわからないけど、とにかくうれしさが込み上げてきたんだよ。
お礼としてチョコもらっただけだから、恋愛成就の喜びじゃなかったと思う。
ヤッター!、でもないし、幸せいっぱい!でもないし。
うまく言えないんだけど、好きな女子からチョコもらったっていう事実だけ。
それがただ、単純に猛烈に嬉しかった。

義理チョコはもらったことあるし、彼女いるときは本命チョコももらったよ。
でもこのときは、なんでかな。泣いちゃったなー。

でもさ、俺は奥手で、女心に鈍感で、無知で。
普通は包装を見ればピンとくるんだろうけど。
あの変な真四角の板チョコが、高級品だと知ったのは、ずーっと後になってからだった。

正方形が9マスになってて、MARCOLINIって9文字が、マスに1文字ずつ刻まれてる。
ピエールマルコリーニっていうらしい。
おいしかった。
 
 
***
 
 
3月。
27歳の俺は奥手で女性経験が少なくて、遊ばれるような形で短い期間つきあったのが2人。
その内1人は二股かけられてたんだよ。
軽い女性不信はそこから。

佐倉さんのことは気になるけど、何もできなかったよ。
食事に誘ったりアドレス聞いたり、さりげなくできる人がうらやましいよ。

彼女のプライベートなことはほとんど知らないし。
彼氏はいないようだったけど、怖くてそんなことハッキリ聞いたことはないよ。
でも、何でもない仕事の会話をするだけの毎日でも、特に不満はなかったよ。
特に彼女の笑顔(八重歯)が見れた日は。

そんな俺だが、ホワイトデーが近づいてたんで、何かお返しを、と考えておった。
そしたら佐倉さんに先手を打たれた。
先手を打たれたって、言い方おかしいか。まあいいや。

「お返しとかいらないので。その代わり、ちょっと手伝って下さい」

「うん、それはいつでもいいよ」

「あとでPCのメール見て下さい」

何だろう、と思って見たら、社内通知メールの校正依頼だった。
前に、チェックしてあげるなんて言ったけど、実際に頼まれるのは初めてだった。

>お時間のある時で構いませんので、校正お願いします。校正課長!
 
・・・お花見開催についてのお知らせメールであった。
お花見と言っても外じゃなくて、桜並木のそばの店で宴会といったところだね。

こういうのは大体、全社まとめての行事じゃないし、全然重要事項じゃないよ。
社長とかは参加しないし。
わざわざ人にチェックしてもらうほどのものじゃ、ないのになあ。
と思いながらも、佐倉さんの頼みなんで、真剣に見たよ。

すると最後の一文にひっそりと、こう書いてあった。

>いっしょにお酒飲むの初めてですね。楽しみです。
 
これは!
背筋がゾクっとして(いい意味で)、思わず佐倉さんの席に顔を向けた。
一瞬目が合ったように思えたけど。
彼女はすぐに席を立って、どこかに行ってしまった。

これはあれか、いわゆるフラグか!
どうする、どうしたらいいかわからん!
何か気の利いたことを返さなければ・・・。

変に力んでしまったけど、結局うまいことを思いつかんかった。

>>通知内容は問題ないと思います。あと僕はお酒が飲めません。
 
そっけない返信になってしまった。
佐倉さんからの返信は・・・、その日はなかった。
会話する機会もなかった。ちょっと後悔したよ。
ちょっとくらい調子に乗ってもよかったのにな。
 
・・・俺が奥手になった理由の1つは、今までフラグってものに騙されてきたから。
気のある素振りとか、どう見ても誘ってるよな、とか思うことあるでしょ。
でも俺の場合はまず外れ。アテにならないよ。

モテないのに女の子の意味ありげな言動に浮かれたりして。
で、あとで大恥かくなんてしょっちゅうだったよ。
だからこの時も、浮かれたくなかったんだよ。
ちょっと後悔しつつも、これでいいのだ!と自分に言い聞かせておった。
 
*
 
翌日、佐倉さんからメールが来ていた。

>校正ありがとうございました。
>2次会を企画できないかと考えています。
>ご意見がありましたらよろしくお願いします。
 
・・・もともと宴会は好きじゃないし、2次会まで出ようとは思わんし。
なんだかめんどくさくなって、返信しないで放置してしまった。
あとで結局、直接話したけどね。

「2次会って普通、その場のノリで行きたい人だけ、集まるんじゃないのかな」

「あ、あの、お酒飲めない人のために、何か別のことできないかなと」

「飲まない人結構いるんだ」

「・・・私の知る限り、その、広田さんだけですけど」

「俺1人のために2次会って(笑)。1人で2次会するってこと?」

「あ、あ、当然幹事も参加、しますよ」

「幹事って、誰・・・」

「・・・それはその・・・私が」

「あ、それって、えっと」
 
そんなに雑談できるほど暇でもないので、気まずいまま会話が終わってしまった。

これもあれか、いわゆるフラグか!折れてなかったのか。
でも今までの経験からして、まだ浮かれてはいけないのだ。
佐倉さんの言いたいことは、ニブい俺でもわかったよ。
誘ってくれたんだよね?それ以外の意味にはとれないよね?

俺まともにモテたことないから。
こういうとき、どんな顔すればいいかわからないよ。笑えばいいの?

ヘタレだからまだ疑っちゃうよ。
ほんとに誘ってくれたの?どうなの?

彼女はあまり積極的なタイプじゃないと、思い込んでたけど。
ほんとに誘ってくれたんなら、案外男慣れしてるのかも?
そうなら、俺はまた、からかわれて恥かいて終わりかも?

いやひょっとしたら、勇気を振り絞って、俺なんかにアプローチしてくれたのかも?
でも俺なんかがモテる理由が、わからないよー。
社内ではそこそこ良好な関係だとは、勝手に思ってるけど。
それだって、たまたまきっかけがあったからっていう、だけのことだし。

・・・こんな風に、ごちゃごちゃ考えて、行動しない理由を探すのがモテない男ってもので。
モテる人にとっては、こういうのってほんとイライラすると思うよ。
ごめんなさい。

それ以来佐倉さんとは、少しぎこちない関係になった。
会話が少なくなったっていう程度だけど、ちょっと気まずい感じで。
 
 
***
 
 
4月。
お花見の当日になった。
・・・俺は参加しなかったよ。

ちょっとしたトラブルがあって、残業することにした。
と言っても、どうしてもその日の内に、処理しなきゃいけない仕事じゃないよ。

でも、もともと酒の席苦手だし。
佐倉さんとも気まずくなったから、話せそうにないし。
他の人の雑務も引き受けて、1人で残ることにしたよ。

上司の指示で、会場近くの営業所で1人で作業することになった。
(以前に俺がいた営業所とはまた別の小さなオフィスね)
食べ物を詰めて、差し入れに誰か行かせてやる、と言ってくれたんで。

せっかくのお花見だからと、上司がそんなふうに取り計らってくれたわけで。
正直ありがたくも何ともないんだけど。
気遣いは素直にうれしかったから、言うとおりにしたよ。

遅くまで黙々と作業してたら、ある女子社員がほんとに差し入れ持ってきてくれた。
その人が佐倉さんだったら、話がおもしろくなるんだけどね。

現実にはそんなことは・・・・・・、あった。

「広田さん、お疲れ様でえす・・・」

佐倉さんは静かに酔っ払ってたよ。
折り詰めに宴会の食事を詰めて、持ってきてくれてた。

「つまらないし、疲れました。差し入れを口実にして抜けてきました」

疲れたのは本当みたいだな。
彼女はイスに座ってぼんやりと俺の作業を見てた。
見られてるとドキドキするなー。

「お花見はもうすぐ終わりますけど。それ、まだ終われませんか・・・?」

「今日全部やる必要ないんだけど・・・1人だと集中できるから、つい」

「じゃあ、今日来れたんじゃないですかあ・・・」

「あ、うんでも、仕事がその」

「もう、何でそんなに真面目なんですかー。広田さんと話が、したかった、のに」

「え・・・?」

気が付くと佐倉さんは、ぼろぼろと泣いていた。
仕事してる手が止まったよ俺。

「ほんとはいい加減な人だと、ずっと思ってたのに・・・。ズルいです。そうやってN子さんも・・・。
真面目なフリして騙して、捨てちゃったんじゃ、ないんですか・・・」

「え、ちょっと待っ、え?何で知って・・・って捨てたつもりは」

・・・N子、というのは、俺が前に付き合っていた人の名前。
彼女、という言い方はしたくないよ。
N子には俺以外に本命の彼氏がいたからね。

・・・佐倉さんは、俺が入社する前から、N子を通じて俺のことを知っていたんだと。

ちょっとややこしいんだが・・・
佐倉さんの元彼の、お姉さんの親友がN子で、よく話す機会があったみたい。
俺から見ると、昔付き合ってた女性の友人の、弟の元彼女が、佐倉さん、ということになる。

とにかく一言で言えば、N子と佐倉さんは知り合いだったってことだよ。

元彼と別れてからの佐倉さんは、N子とは会いづらくなったようだけど。
それまでは、お互いの恋愛話で盛り上がることもあったらしいよ。

N子が前に付き合ってた男として、俺のことを話したみたいなんだけど・・・。

N子が言うには、まず、とにかく浮気性。
そのくせ嫉妬深くて、束縛しようとする。
仕事の愚痴が多いけど、聞いてる限り全部自業自得で。
いい加減だけど何だか憎めなくて、好きではあった。
でも、ある浮気疑惑を追及したら、今度は本気だからと言われた。
で、捨てられた。
名前は広田G太郎。前に同じ会社で働いてた。
 
・・・最後以外まったく違うと思うんだけど。
名前まで話すかよ普通・・・。
まあとにかく、佐倉さんはある日、自分の会社に俺が入社したことを知るわけだね。

「こんな変な名前他にないですし、履歴書見たら前の会社、N子さんと一緒ですし」
(人事課はなくて総務課が兼ねているので、佐倉さんは履歴書を見ようと思えば見れる)

「この人がN子さんを捨てた男かー、と思って、注目してたんですよ。
私も元彼の、浮気で別れましたから。だから、許せない男だと思って。そしたら」

勤務先は違うけど、聞こえてくる俺の情報は、真面目なだけが取りえの冴えない男で。
電話で話すのは取次ぎのやりとり程度、あとは、たまに俺が本社に来たとき見かけたり。

12月に営業所にきたとき、俺をチラチラ見てたのも、観察?警戒?が理由らしい。

見てると、物腰のやわらかい草食系で、頼りなさげだけど優しい感じ。
見る限りではどうしても、女グセの悪い男とは思えない・・・でもネコかぶってるだけかも。

気にかけている内に、聞いた話と現実とのギャップのせいで、いい人に思えてきたみたい。
営業所近くのスーパーで偶然出会った時も、なぜか気楽に素で話せてしまったと。

そして俺が本社に来てからも、“隠してるかも知れない本性”は、まったく見えてこないと。
それどころか・・・。

「メールのまちがいを教えてもらったこと、あるじゃないですかあ。あの時、あの、とき・・・。
ふ、うふう・・・」

酔ってるせいもあると思うけど、何かが高ぶったのか、佐倉さんがまた泣き出した。
ぼろぼろ、ぼろぼろ泣く。
どうしていいかわからん俺。

「あの時、う、嬉しくて、こっそり泣いちゃったんですよう。あ、でも、それぐらいで?
って、思い、ますよね・・・?私ちょっと、あんまり、みんなに、良く思われてないから・・・。
前にミスしたときも、私のせいじゃないのにネチネチひどいこと、言われて。だから・・・。
広田さんがあ・・・」

やっぱり酔ってるみたいだよ。
こんなにたくさんしゃべるのは、見たことないよ。泣いてるのも。
俺ももらい泣きしそうになってきた。ええいああ。

「広田さんのおかげで助かって、なんか嬉しくて。そのあとから、少しずつ話すようになって。
そしたらやっぱりいい人で・・・。聞いてたことと全然違って、優しいからあ、ちょっと好きに・・・」

「・・・!」

「あ、あ、あの、ちょっとです、ちょっと・・・!私騙されませんから・・・!ちょっとだけっていうか。
ちょっと、話す機会が欲しかったとか、それぐらいですから!」

佐倉さんがツンデレ風になってしまった。
どうしていいかわからんけど、やばいよ、かわいいよ、ぎゅーってしたいよ。
 
*
 
うれしいやら疑問符ばかりやらで、ここまでほとんど黙って聞いてしまったけど。
ようやく俺の話をしたよ。
2年ほど前、俺が前の会社にいた時のことである。

N子は俺の後輩に当たる人だった。
少し年上だけどN子は中途入社で、成り行きでおもに俺が、仕事の流れを教えておった。
年の差が逆転してるかと思うくらい、オドオドした、腰の低い人だったな。

でも恋愛依存というか、恋人がいないと全くダメなタイプで。
彼氏と別れたっていう話をしてきたあとから、急に俺にベタベタするようになったんだよ。

思えば、女性の方から積極的に迫られたのは、それが初めてだったと思うな。
モテない俺はバカだからそれが嬉しくて、流れで男女関係になってしまったのだった。

程なくして、実はN子は彼と別れてなかったことが判明。
浮気性の彼が許せなくて、距離を置いたってだけのことだったよ。

怒りの感情よりも、急激に熱が冷めてしまったことで、俺から別れを告げた。
初めて女の人をフッたんで、いろいろ悩んだりもしたけど。

それでも俺は、その後も会社では割り切って、仕事仲間として付き合える自信はあったよ。
でもN子はそうじゃなかったみたいで、ちょっとおかしくなって、会社を辞めてった。

そんなことがあったわけだよ。

「そんなわけだから、佐倉さんが聞いた話は、もう1人の彼氏のことじゃないかな・・・」

「それ、ほんとですか・・・?」

「・・・証拠があるわけじゃないけど。N子がどういうつもりでウソついたか分からないし。
俺を恨んでたか、その話をしたとき酔っ払ってたんじゃないかと思うけど」

「騙してませんか・・・?」

「騙す理由がないよ。でも別に、そう思いたかったら思ってても」

「思いたくないです・・・!」

「・・・」

「・・・」

「・・・あの、あのさー、二次会には、参加しようかな・・・」

「あッ、はい、それはもう、あのその」


誤解が原因だったけど、その反動で俺に好感を持ってくれたわけで。
何がどう転ぶか分からないのが世の中だなあと思ったよ。

でもとにかく嬉しくて、彼女を抱きしめたくなったよ。
急展開過ぎてそんな度胸も出てこないんだけど。
あ、まだ好きって言ってない・・・。

とにかく、泣き止んでもじもじし始めた佐倉さんと、“二次会”の相談をしようと思った。
その時であった。
 
*
 
突然オフィスに2人の人がきた。

お花見に参加してた人。もう終わったらしい。
営業部長の松村さん(男性・太い)と、佐倉さんの先輩で総務の柳原さん(女性・小太り)。

この2人がいい仲なのかは知らないけど、大きな体同士をくっつけて肩組んで入ってきた。
あ、柳原さんがぐでぐでだからか。
どっちも結構酔っ払ってて、柳原さんは前後不覚なようにも見えたよ。

「トイレ借りに来た!やばいやばい」

宴会が終わって、帰り道にガマンできなくなったって感じかなー。
松村さんは、柳原さんをイスに座らせて、小走りでトイレへ。

小さなオフィスで、トイレは共用で1つしかない。
松村さんが用を足し終えるとすぐ、今度は柳原さん。
口を押さえながら、太い体を揺らしてトイレに駆け込んでった。

松村さん「ちょっと、飲ませすぎちゃったなあ・・・。広田君、1人でお疲れさんね」

俺がここで仕事してるのは、松村さんは知ってたわけだけど。
酔ってるせいか、佐倉さんがいることに気付いてない?・・・あ、気付いた。

松村さん「おお、璃子ちゃんがいる!」

璃子ちゃんていうのは佐倉さんの名前。
俺も璃子ちゃんて呼びたい!

松村さん「そう言えば途中からいなかったねえ。何でここに!2人きりで!」

えーと、何と言い訳すれば・・・。
って、普通にほんとのこと言えばいいのか。

俺「差し入れ持ってきてくれたんですよ」

松村さん「ふうん、そうなの?」

佐倉さん「あ、はい、持ってくように言われて、ですね、その」

松村さん「そう、まあいいや。今から一緒に飲みに行こうよ」

佐倉さん「え、今、今からですか」

松村さん「うん、こないだの案件のことも、もう少し話したいし」

うわ、仕事を絡めてきやがった、こういうの断りにくいよ・・・。
どうする、どうすればいいの?

松村さん「広田君は忙しそうだし、柳原はアレだともう帰した方がいいし、いいだろ、行こうよ」

あーっ、この人、佐倉さんと2人きりで飲みに行こうって言ってるのか、ますますいかんし。
どうする?俺はどうすればいいの?
もう仕事終わったから俺も行きます、て急に言うのも何か不自然だし。

佐倉さん「でも今日は、あのその」

穏便に断ろうとする佐倉さんだけど。
性格上、仕事の話を持ち出されたら、松村さんについてってしまうかも。

松村さんの悪いうわさは聞いたことない。
穏やかだけど面白くて頼れる人で通ってるよ。
佐倉さんが何かされちゃうとか、心配しなくていいかも知れないけど。
あ、でもこの人酔ってるから、どうなんだろう?
いやだ、心配だ!
なんにしてもこのタイミングで、佐倉さんを連れ出そうとしなくても、いいじゃないかー!

佐倉さんも俺が何か言ってくれるのを待ってるみたいだ。
なんとかしなきゃー。

俺「あ、あの、柳原さん出てこないですね。まずくないですか」

松村さん「ああ、ほんとだね。広田君ちょっと様子見てきて」

俺「はい」

佐倉さん「あの、私が」

松村さん「いいからいいから、広田君頼むよ」

これで時間稼げるかな、その間に考えなくちゃ。
何とか柳原さんを松村さんに預けることができれば・・・。

トイレをノックした。返事がない。
あれ、これほんとにまずいんじゃ・・・。

呼びかけても返事がない。ドアノブを回したら鍵はかかってなかった。
ちょっと躊躇したけど、恐る恐るドアを開けたよ。

・・・柳原さんは便座の前にぷよっと座り込んで、前かがみにグッタリしていた。
動かない。
ゆすってみた。重い。叩いてみた。反応ない。とりあえず息はしてる。
寝てるだけ?ほんとにやばいの?

もう何だよう!えーっと、えーっと。
とりあえず戻って、松村さんに任したほうがいいであろう。
オフィスの方に戻った。

「松村さん、・・・」
 
あーっ、いない!
佐倉さんは?佐倉さんもいない!
何これ、まじかよ!何でスキをみて逃げるような連れ出し方するの?
やっぱ下心があったってことかー!

佐倉さんも何でついていくんだよう!
外に出てみた、見える範囲にはいない。

俺パニック。あわわ。
えーとえーと、電話!
あー、俺佐倉さんの電話もメールも知らない!

いつでもいいから、聞いておけば良かった、奥手な自分を恨んだ。
もう俺、涙目。ちがう、もう泣いてた。

松村さん!松村さんの営業用の電話!
固定電話に短縮ダイアルか何か入ってるはず。

あ、ここ本社じゃなかった。電話の型式が違うからわからん!
あーもう!

あーそうだ、柳原さんが起きれば松村さんの電話わかるかも。
あれ?柳原さんが起きないからやばい、って松村さんに伝えるために、柳原さんを起こす?
もうわけがわからんよう!

泣きながら、佐倉さん、佐倉さんてつぶやきながらパニック状態。

急性アルコール中毒!突然頭によぎった。死ぬ人もいるって聞いたことある!
柳原さんやばいやばい。

救急車呼ぶ?呼んだ事ないけど。
とにかくもう一度トイレに行って、様子を見る。
柳原さん、さっきと姿勢が少し変わってるな。
でも、やっぱり呼びかけても反応ない。

もういいや、とりあえず119番しよう。
どんな症状になるとやばいのか聞いて、必要なら来てもらおう。

携帯から電話した。

《はい、119です、火災ですか救急ですか》

「あのあの、酔っ払って動かない人がいて」

《どんな様子ですか、吐瀉物は、意識は》

柳原さん「わー!」

「うわ、突然起きました!」

《意識はあるんですね?》

「えっとえっと」

柳原さん「大丈夫だからー!」

「あの、すみません、元気みたいです、すみませんでした」・・・プチ。

何だよもう、初めて救急車呼ぶかもってドキドキしてるのに。
いきなり大声で目覚めてくれちゃって。

何この人、元気だよ。まだ酔っ払ってはいるようだけど。
2人でオフィスのほうに戻った。

柳原さん「あービックリした。救急車呼ぶとは思わなかったよ〜」

俺「だだ大丈夫なんですか?」

柳原さん「だいぶフラフラするけど、死ぬほどじゃないよ〜」

このとき俺はまた、混乱してぽろぽろと泣いてた。

柳原さん「あはは?私が心配で泣いてくれちゃったの?」

俺「いやその、佐倉さんが。佐倉さんが」

柳原さん「松村さんと行っちゃったんでしょ」

俺「あれ何で知って」

柳原さん「璃子ちゃんいなくて泣いちゃったの〜?大好きなの〜?」

俺「わわ、はい、いやあのそのあの」

柳原さん「大丈夫だよ〜、心配いらないよ〜。だから、白状しなさい!」

俺「でも、何で、あの、心配で」

柳原さん「好きだからでしょ〜?」

俺「は、はい。すみません」

柳原さん「なんで謝るの(笑)。ま、よしとしよう」

携帯電話を取り出した柳原さん。
泣いてる俺を尻目に電話をかけ始めたよ。

柳原さん「もしもしそっちどう?うんうん。あ、やっぱり!よかったね〜。うん、こっちはね・・・。
広田君がこわれちゃったよ〜。かわいそうだから、もう佐倉さん返してあげて(笑)」

何がなんだかわからない俺、にやにやしながら俺を見てる柳原さん。
しばらくして、佐倉さんと松村さんが戻ってきた!

佐倉さん「広田さん、あ、ほんとに泣いてる。すみません大丈夫ですか・・・」

俺「何、何?何が起こったの?」
 
*
 
こういうことであった。
突然やってきたこの2人は、俺と佐倉さんをくっつけようと、どっきりを仕掛けたらしい。

俺は社内で目立つ関係じゃなかったつもりだけど、実は。
俺と佐倉さんは、少なくともこの2人には「あいつら妖しい!」と思われてた。

松村さんに言わせれば、佐倉さんと話してるときの俺は、顔つきが全然違うらしい。
柳原さんに言わせれば、俺と話してるときの佐倉さんは、もじもじ落ち着きがない。

てっきり付き合い始めるかと思ったら、そんな様子は全然見えない。
あ、こいつら2人ともクソ真面目でオクテなのかと。
面白そうだからなんか仕掛けてやるかと。

で、宴会の時松村さんは、つまらなさそうにしてる佐倉さんを見て思った。
広田くんがいないからか?と。
部下を通じて、佐倉さんが俺に差し入れを持ってくるように仕向けた。

普通ならそこでほっときゃいいものを。
この大型コンビは、様子を見に来なければ気が済まなかったみたいで。
しかもせっかくだからヒヤヒヤさせてやろうと。

佐倉さんの方は、松村さんにオフィスの裏に連れていかれた。
でまあ、そこで松村さんは事情を話して謝って、ただのいたずら心だよ、すまんと。

佐倉さんも素直だから、問い詰められたらすぐに、気持ちを認めてくれたみたい。
 
*
 
そういうことでしたか。
ほっといても、くっつくとこだったんだよう!
大きな2人の大きなお世話というべきか、いや、でも一応きっかけは作ってくれたんだな。
感謝するべきかな。

何だかもう、嬉しいやら恥ずかしいやらで。
ほっとした俺はまた少し泣いてしまった。

柳原さん「さっきから泣いてばっかりだね〜。璃子ちゃん、こんな泣き虫でいいの?」

佐倉さん「あ、えっと、塩分補給すれば大丈夫だと思います」

柳原さん「何それ(笑)。まあ問題ないってことか〜」

で、このコンビ、勝手に盛り上がって。
改めてここで告白しろとか、チューしろとか言ってきて、佐倉さん顔真っ赤だよ。

そんなことできるかー、と思って、仕事の続きに取り掛かった。フリをした。
この大型コンビ、まだ帰らない(笑)。
目的を達成したからか、酔いもあって、ご機嫌で話をしてくるよ。

松村さん「俺らの見込み違いで、君らが全然そんな気がなかったら、どうなってたと思う?」

俺「え?えーと・・・」

なんと流れによっては、酔った勢いの柳原さんに、俺が食べられる筋書きもあったらしい!

柳原さん「あくまで可能性ってだけだよ〜。広田君ちょっとかわいいからさ〜」

俺「怖いこと言わないで下さいよう・・・」

一方松村さんに下心はあったのかどうか。

松村さん「広田君には悪いけど、全くなかったと言えばウソになるよ。でも実際にはなあ。
璃子ちゃんに手を出すと、ちょっとねえ」

俺「?」

松村さん「広田君、これから大変かもよ」

俺「何で、ですか」

柳原さん「この子、みんなからちょっと冷たくされてるの、知ってるでしょ、それはね。
社長が伯父さんだからなんだよね〜」

俺「あ、そうなんですか。でも何で」

佐倉さん「柳原さん、それ別に言わなくても・・・」

うちの社長というのは、ばっしばしに仕事に厳しい人である。
佐倉さんは一応、伯父さんが社長をやってるというのは知ってて、入社したわけだけど。
コネではないよ。

一方社長は、何年も見てなかった姪が、きれいになって入社してきたと後から知って大喜び。
で、あからさまにひいきをするようになったのである。
総務課の中でもまだ若いのに、結構な権限を与えられたりして。

総務というのはいろいろと、書類やら報告やらを営業なんかに求めるわけだけど。
佐倉さんみたいな小娘にあれこれ指示されるのが、気に食わない人も多いみたいで。

でも社長のお気に入りだから、強く反発できないし。
同期のあいだでも、何あの子、社長の姪だからっていい気になっちゃってさ、フン!
みたいな空気はあるんだと。

松村さん「俺は気にしないけど、やっぱり少しは意識するんだよ、社長の身内だから、って」

柳原さん「目立ついじめはないけどね〜。みんな良く思ってないよ。アレもあったし」

アレというのは、結構大きな取引先の人に関わることらしい。

柳原さん「璃子ちゃんを口説こうとする若造くんがいてね〜。これが意外としつこくて。
フラれたせいか分かんないけど、仕事を持って来なくなっちゃったんだよ〜。
嫌がらせならそいつも情けないけどね。
うちの担当君はそれで成績が落ちたもんだから、璃子ちゃんに少しあたるようになってたね」

ひょんなことでそれが社長の耳に入ってしまったのだった。
担当君は、いろいろ理由をつけられて社長に怒られたあと、降格。
で、社長は何やら先方さんとも話をつけて、仕事を取り返したらしいけど。

これで、社長が佐倉さんをかばってるとか、佐倉さんをいじめるとクビになるとか。
そんなふうに思われるようになって、みんなに避けられるようになったと。

でもみんな気に入らないから、目立たない範囲で嫌がらせしたりする。
だからと言っても佐倉さんは佐倉さんで、真面目に役割を果たそうとするだけ。
何かあっても、社長にチクったりするつもりはないんだけど。

まあとにかく、社長の気遣いが仇になって、佐倉さんは少々窮屈な思いをしてたらしい。
そこで、事情を知らない俺が本社にやってきたと。
N子うんぬんのこともあって、佐倉さんにとって俺は、何だか拠り所になりつつあったと。

なんだかよくわからん。プレッシャーもあるけど、受け止めて見せようじゃないか!
・・・などと大きなことは言えない俺。

柳原さん「みんながみんな、冷たいってわけじゃないからね〜。私と松村さんは応援するし」

俺を食べようかとも考えてた人に言われたくないんだけど。
でもまあ感謝すべきであろう。

で、俺と佐倉さんのことを、くっつきそうでくっつかない、と冷やかしたこのコンビ。
それはそのまま自分たちにもあてはまることであった。

もともと仲のいい同僚(友人)同士であったこの2人。
この日のことがきっかけで、重量夫婦誕生への道を歩きだしたのであった。
2人あわせて推定150kg。
 
***
  
なんだかもう“二次会”どころじゃなくなった。
でももういいや。
桜並木を、佐倉さんと2人で歩いて帰った。満開だった。
桜咲いた!ついに俺にも春が!

佐倉さんが言った。
「N子さんのことで誤解してて、すみませんでした。これからも迷惑かけるかも知れないです」

「何で?」

「私と関わってたら、広田さんの立場が悪くなるかも」

「気にしない。俺、真面目に仕事するしか能がないから。やることやるだけで」

いや少しは気にするけどね!
社長に知られたら俺、どうなるのかな。
でもそんなこと考えたってしょうがないよ。

「何かあったら頼ってもいいですか・・・」

上目遣いで言われて、もちろん、と答えながら、なぜかまた涙が込み上げてきた・・・。
恋愛って、うれしかったり、もどかしかったりで、泣いちゃうもんなんだな。
俺だけか。

「広田さん泣き虫だったんですね(笑)」

「俺も初めて知った。ごめん。相手が佐倉さんだからだと思う・・・」

「私のためだったら、泣き虫でもOKですよ」

「でもごめん、さっきのがもし、松村さんたちのどっきりじゃなかったら、結局俺さ。
泣いてばっかで何もできなかったよ、そのまま佐倉さん連れていかれてたよ・・・」

「いざとなったらちゃんと逃げてましたから。心配いらないですよ。これからも」

「あ、うん。俺も心配いらない。浮気とかも、できるほどモテないから」

「信用はしますけど。柳原さんにはモテてたじゃないですか(笑)」

「大丈夫。あの人は重くてモテないから」

「ぷふー!広田さん意外とおもしろいですね」

「あは、そうかな。つまんないってよく言われるけど、がんばるよ」

「ギャグはがんばらなくていいですよ。これからよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

初めて会話した時の、不自然なあいさつを思い出したよ。
佐倉さんもあの時の気まずさを思い出したのか、2人で笑った。
 
***
  
それから。
2人とも真面目で奥手なんで、なかなか進展しなかった。

仕事が忙しいのを言い訳にしながら、初めてデートするまで2ヶ月かかった。
社内ではいいとしても、社外で璃子ちゃん、Gさんて呼び合うまでさらに2ヶ月かかった。
璃子ちゃんが敬語じゃなくなるまでは、そんなにかからなかった。

クリスマスは仕事で、本格的なデートはできなかったよ。
でもその日、初めてキスした。
だからえっと、初めてキスするまで7ヶ月かかったんだな。
また泣いてしまった。そのときは、璃子ちゃんも一緒に泣いたよ。
 
*
 
2月。
バレンタインデーに、璃子ちゃんはチョコをくれなかった。
何でかって言うと、そのあとの週末に、初めてうちに来ることになってたから。

チョコはそのときにもらった。
去年ももらった、ピエールマルコリーニの板チョコだったよ。

で、璃子ちゃんがチョコを出してくれて、何を思ったかばっきばきに割り始めた。
正方形の9マスの板チョコ、きれいに9コに割ろうとしたみたいだけど・・・。

「ごめんなさい、ばらばらに割れちゃった・・・」

「何かするの?」

単に食べやすくしてくれたのかと思ったけど。
不恰好に割れたチョコのかけらを4個選んで、璃子ちゃんが並べた。
M・A・R・C・O・L・I・N・I、の9文字の中から。
 
R I C O
 
・・・。りこ。
こんな演出しなくていいのに・・・。

「はい、いいよGさん、食べて」

不覚にもまた泣いてしまったのだった。
うれしくて。
もううれしくて、4個のかけらをいっぺんに口に入れた。

璃子ちゃんにたしなめられた。
「ああ、もう。味がわからなくなるよ」

「うん、ちょっとしょっぱい」

「あは、それくらいで泣くからだよう」

璃子ちゃんも少し涙目だったけど。

・・・さっきの「食べて」は、「私を食べて」の意味?
って今頃になって考えてしまった。・・・。
璃子ちゃんはそんな、サインのつもりだったのかな・・・。
でもどっちにしても、今日はそのつもりで来てくれたはず!
 
*
 
璃子ちゃんもしょっぱかった。
 
*
 
終わり。


出典:エロいバージョンは
リンク:需要次第で
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