真冬の山道に佇む半袖ワンピース女 (修羅場の話) 78466回

2011/04/30 21:47┃登録者:佐助◆5q6F8vCQ┃作者:名無しの作者
もうずいぶん前、大学生だった頃
当時の彼氏とドライブしていたら喧嘩になって、それで山奥で下ろされた。
12月の寒空の中で、時間は深夜11時頃。しかも平日だった。

まあ、今になって考えてみれば
単に体目当てで甘い言葉で近づいて来ただけの男なんだろうから
むこうは彼女とは思ってなかったのかもしれない。

その日も、ホテル誘われて拒否ったら喧嘩になって
それで、私にここまでの仕打ちするような男だったし。

当時、携帯は持ってなくて、持っていたのはPHS
山奥じゃ繋がらない。
電話するためには山の麓まで歩かなくちゃならない。
麓の町までの距離は、確か20〜30キロぐらいだったと思う。

無名だったけど、高校までずっと長距離やってたし、
その日はちょうどスニーカーだったから
いけない距離じゃないんだけど
それでも、真っ暗な山道を一人歩いて帰るのかと思うと泣けてきた。

それでも、一人山奥に突っ立てるのも怖いから
麓を目指して歩き始めた。

山奥の道は、たまに思い出したように街灯があるけど、
基本、街灯なんてない。
街灯のないトンネルなんて足元さえ見えないぐらい真っ暗で
トンネル通らなきゃならないときは、マジ泣きした。

最初はショックが大きくて
茫然自失のまま何も考えず歩いてたけど
歩き始めてしばらくして頭も回るようになったら
今は、とんでもない危機的な状況なんじゃないかって思えてきた。

性犯罪者が女性を襲うとき、人気のないところに連れ込んだりするけど
今いるところは、最初っから人気なんてない。
つまり、性犯罪者の行きたい場所に一人いる状態。

逃げようにも、舗装された道からちょっと外れると凄い坂で
月の光の届かない森の中を懐中電灯もなしに走り回るなんて無理。
そんなことしたら滑落して死んでもおかしくない。
逃げ場なし。

ちょうど山奥だし、
襲われるだけじゃなくて、
口封じに殺されて埋められるってのも
簡単にできる状態。

たまたま通りがかった悪人に目を付けられたら、
もう終わりだと思った。

貞操と命を守るために私のとった行動は
「幽霊のふりをする」だった。

当時、ジーンズの上にワンピ着て
その上に薄手のブラウスとか何枚か重ねるのが流行ってたんで
私もそんな格好してた。

そのままじゃ、幽霊っぽくないんで
ちょっとだけ道から外れて森の中に入って、
ジーンズやらブラウスやらニットやら
着ていた服を何枚か脱いで
半袖ワンピ一枚になった。

師走の時期に季節外れのワンピで、
しかもかなりレトロなワンピだったら
かなり幽霊チックだし
きっと悪人もビビッて声なんて掛けないだろう。
そのときの私はそう考えた。

ちなみに、当時のワンピは、母が若い頃に来ていたもので
単品で着ると昭和の高度成長期?そのまんまなんだけど
ジーンズと一緒に着て、ブラウスのしたから裾を出すと
レトロチックなプリントのアクセントがいい感じだった。
だから、私が母にお願いして貰ったものだった。

高度成長期のファッションとかよく知らないけど、
とにかく、昔の映画で女優さんが着てるような感じの
古臭いワンピだった。

その日は大学帰りだったので
脱いだ服は通学用の大きめのトートバックに押し込んで
ワンピの上にコートだけ来て、また歩き始めた。

山奥だし、平日の深夜だったんでほとんど車なんて通らなかったんだけど
歩き始めてしばらくすると、麓から上がってくる車のライトが見えた。

普通に歩いてたら幽霊っぽくないから
話しかけられるかもしれない。

ちょうど100mぐらい先にトンネルがあったので
ダッシュでトンネル内に移動して
幽霊に見せるための演出の準備をした。

「普通に道を歩いてるよりも、
真っ暗なトンネル内で一人ボーっと立ってる方が不自然で
より幽霊らしい」
当時の私はそう判断した。

コートを脱いで、
トートバックにコートを無理矢理ギュウギュウ押し込んで
電灯のないトンネル内の真ん中辺りで車を待った。

準備は出来たけど、
考えているよりもかなり遠くの車を見つけたらしく、
車はなかなか来なかった。

真っ暗なトンネルで一人立ってるのはホント怖くて
また涙が出てきた。

できれば車は来てほしくなかったけど
そのときは早く来てほしかった。

待ってるうちに、また私の悪い妄想が湧き出てきた。
今着ているのはワンピ一枚だけ。
脱がそうと思えば簡単に脱がせられる。
絶対、絶対に、失敗できない。
確実に幽霊と思わせなきゃやられる・・・

不安は募るばかりだった。
またあれこれ小細工を思いついた。

背筋をピンと伸ばして立ってたら、
健康的過ぎて幽霊らしくない。

そのときは髪を縛ってたけど、
グシャグシャの髪の方がいいんじゃないか。

泣きそうな顔を見られると余裕がないことが丸分かりだから
顔は隠した方がいいんじゃないのか。

トンネル内の端っこで道路側を向いて立っていた私は、
肩から提げてたバッグは足元に置いて
髪を解いてグチャグチャして
思いっきり猫背にして、真下を見るように顔を伏せて
それで、垂れ下がってくる髪で顔を隠して
両腕をダラーンと前に垂らした姿勢で
車を待つことにした。

準備を終えてから2、3分して
ようやく車が到着してトンネル内に入ってきた。

でも、トンネル内で一人立っている私を見つけたらしく
車はトンネル少し入ったところで急停止。
しばらくそのままこちらの様子を伺ってたけど
そのままバックしてトンネルを出て
片側一車線の狭い道だというのに
トンネル入り口付近で必死にUターンを始めた。

「よかった。
幽霊だと思ってくれた。
無事にやり過ごせた。」
と思ってホッとしたんだけど、
ここであり得ない現象が起こった。

足元さえ見えない真っ暗なトンネルの中、
私一人しかいないはずなのに
誰かに足首捉まれたような感触があった。
何かが触ったとかじゃなくて
ガシッと足首一周に何かが触れた感触がはっきりとあった。

今考えると
誰かを脅かそうとする人は、誰かに脅かされるという
因果応報なんじゃないかと思う。

その一瞬で、貞操守るとかは
もう完全にどうでもよくなって
とにかく助けを求めるために
無意識のうちに車の方に走り出した。

幸い、足首を掴んだ何かに足を取られることもなく
すんなり走り出すことができた。

思わず叫び声出しちゃったけど、
最初は「ハッ」とか「ヒッ」みたいな
声にならない声みたいな音しか出なかった。

ようやく叫び声が出たのは、車のすぐ近くまで来てから。
でも「キャーー」みたいな高音で可愛げある声は
残念ながら出なかった。
恐怖の中で必死に搾り出した出らしく
「グワッ…アッ…アギャアアアアアアア」みたいな
女らしさの欠片もない絶叫だった。

音階も、彼氏とお化け屋敷入ったときに出すような高音じゃなくて
普段の話し声通りの低音。
やっぱり、本当に恐怖を感じたときって
地声になるんだね。

だけど、車に乗ってた人は
駆け寄った私の絶叫を聞いても
助けてくれることはなく
それどころか、車の後部を
トンネル入り口にぶつけながら無理矢理Uターンして、
凄い勢いで逃げて行ってしまった。

近づいたときの車内の明かりで分かったんだけど、
車に乗ってたのはヤンキーぽいカップルだった。
車内も電飾で、なんか青っぽく明るかった。
助手席の女の人は、恐怖で目を見開いて
絶叫して走り寄る私を見てたけど
あのときのあの顔は、今でも憶えてる。

まあ、今になって冷静に考えれば
そうなるのは当然かと思う。

あのカップル視点で見れば
人気のない山奥の真っ暗なトンネルに
季節外れで時代遅れなワンピ着た女が
うつむいて、力なく手を前に垂らして立ってて
その女がいきなり叫び声上げながら
髪振り乱して迫って来たんだ。

もし私が彼らの立場なら、
私だって全力で逃げるだろう。

でも、そのときは
そんなこと考える余裕なんてなかった。

結局、車も走り去ってしまい
私は、また一人取り残された。

コートやPHSの入ったバッグも
トンネル内に置いたまま逃げ出しちゃったんだけど
真っ暗なトンネルに一人回収しに行く勇気もなく
仕方なくレトロなワンピ一枚で、
手持ちの財布も、連絡手段のPHSもないまま
山を降りることにした。

さすがに12月の山奥でワンピ一枚じゃ寒かったので
昔の部活を思い出して、走って降りた。

途中から寒くはなくなったけど、暗い山道を一人降りるのは
ホント怖かった。
降りるまでには電灯のないトンネルもいくつかあって
そういうトンネルを通るときは「ワーーーー!!!」
って絶叫しながら走った。

何台か車と遭遇したけど
色々考えて、結局助けを求めることはしないで
幽霊のふりしてやり過ごした。

最初の車の様子から、下手すると
発狂したドライバーに轢き殺されるかもしれないと
心配になったので
次からはガードレールの外で
また、棒立ちのまま猫背にして
顔を真下に向けて髪で顔を隠して
腕をブラーンと前に垂らすポーズでやり過ごした。

そんな私を見て、
急ブレーキしてUターンする人が多かったけど
中には対向車線まで大きくはみ出して
迂回しながら通る人もいた。

その後は心霊現象などにも遭わず、夜明け前には、
なんとか麓のコンビニまでたどり着くことが出来た。

そこで、店員さんから携帯借りて
兄に連絡して迎えに来てもらった。

明るいコンビニの店内で、
真冬に半袖ワンピ一枚で兄を待ってるのは
すごく恥ずかしかった。

トンネルに置いて来ちゃった荷物は
兄に取りに行ってもらった。

元彼とはそれっきりだったけど
顛末を兄に話したら激怒して
後日、私に土下座させてくれた。

ラガーマンで、
顔も練習のときにつけた細かい傷が沢山あって
腕や首なんかも無駄に太くて熊みたいで
全然格好よくない兄だけど
こういうときはホント頼りになる兄だ。

兄の結婚記念にカキコ

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