遺書にはA男とB子に対する恨み言を書きます (修羅場の話) 63740回

2011/07/09 02:46┃登録者:えっちな名無しさん┃作者:名無しの作者
560 :恋人は名無しさん:2011/07/08(金) 22:13:33.40 ID:q83f5QdM0
ネットサーフィンしてたら修羅場体験談まとめブログみたいなの見つけて読みふけってました。 
思い出すのも自虐で、読まれた人も良い気持ちにはならないとは思いますが 
ずっと封じ込めてた悔しさ押し殺せない気分なので、よろしければお付き合い下さい。 
勢いだけで綴ります、あまり推敲してません。 

私 当時19歳 田舎育ちで世間知らず、大学進学で都会に。寮生活。 
A男 当時22歳 専門学校出で会社員。 
B子 当時18歳 高校生、私のことをお姉さんみたいと慕ってくれていた。 
C子 当時20歳 姉御タイプ、さばさばしていて頼れる人だった。 

私は電車もないような田舎育ちで、自分で言うのもなんですが 
人を疑うことを知らないような馬鹿でした。 
家庭環境は、父親母親と一人娘の三人暮らし。 
父親は私が幼いときに身体障害者になり、半身不随で介護必須でしたが 
元々プライドが超がつくほど高く、高慢な人だったので 
母親がどんなに献身的に尽くしても至極当然のように構えており 
家族よりも親戚への虚栄心のほうが大事なようでした。 
母が私や伯母(母の姉)に泣き言をこぼすと「家庭の恥を晒すな」と暴力を振るい 
私と母が部屋に逃げこむと扉を殴りながら「出て来い、殺す!」と喚きたてる人でした。 
母は家事、育児、介護、父が倒れたことで流産、後に兼業主婦になり 
疲労で一度胃がんになり早期発見だったのでそのときは手術で回復し、 
親戚中から離縁を薦められたようですが、私もまだ子供だったので 
母は耐えて家庭を守り通すことに全てを費やしていました。 
母も私も、父親の機嫌を損ねないように生きてきたので 
私は人の言うことを断れず、自分の意思を言えない人間でありました。 
あと、浮いた話に疎く、特に性的なことに関しては考えるだけで罪悪感を抱くほど 
ゆがんだ潔癖性があり、周りのカップルが「そういうこと」をしているということを考えるのを 
無意識のうちに拒絶しながら19まで生きてきていました。 


562 :560:2011/07/08(金) 22:25:48.65 ID:q83f5QdM0
大学まで進学する人も少ない田舎で、両親の期待に応えようと私は高校時代は勉学に耽り 
高校生では所持者が少ない資格試験にも合格し、偏差値はあまり高くないですが 
大学にもすんなりと合格することができました。母も涙を流して喜んでくれました。 
ただ、自宅からの通学は経済的にも距離的にも無理があったため 
私は下宿寮に入れさせてもらうことになりました。 
入学後、一日も授業に欠席せず成績も良好気味で大学一年時は何の問題もありませんでした。 
初めて地元を出たということもあり(電車の料金表の見方すら覚えたばかりでした) 
好奇心に駆られた私は暇があれば色んな場所を見に行っていました。 
図書館やショッピングセンターや、有名な公園や記念碑のあるところなど全てが新鮮でした。 
中でもゲームセンターは、不良の行くところだと思っていたところもありましたが 
元々家庭用ゲームが好きだったので興味本位で立ち寄ってみたところ没頭してしまい、 
学業にギリギリ支障が出ないほどに毎日通ってしまっていました。 
ある種のゲームには素質があったのか、自分でも上達が面白おかしく 
通っているうちに友達もでき、ここでB子とC子と友達になりました。 
自分の思い出の中でも本当に何の悩みも困惑もなくて楽しかった時代です。 

あるとき、A男という人に声をかけられました。 
確かC子の友達グループの一人ということで初めて知り合ったのだったと思います。 
別にかっこいいともダサいとも何の印象も持たず(色恋沙汰に疎いので、異性の外見に好みなどがありませんでした) 
ただのゲーマーの一人だという認識でいました。 
メールアドレスの交換も、当時は何の危機感も持っていなかったので教えると、 
であって三日ほどで「(私)ちゃんのこと最初見たときから気に入ってたんだけど、 
彼氏いないなら付き合ってくれないかな」というメールをよこされました。 



565 :560:2011/07/08(金) 22:37:35.96 ID:q83f5QdM0
三日やそこらで?という疑問は僅かながらありました。 
卑屈すぎるほど自尊心がなかったために「私そんなに可愛い人間じゃないですからw」 
「それに、恋愛とかまだよくわからないので(汗)」などと、困惑と、内心浮かれた気持ちを隠しながら 
YesともNoとも取れない返事を返してしまいました。 
それでもA男は食い下がらず「ならこれから経験すればいいじゃない?」 
「交際してみれば色々分かるよw」などとチャラけたことを言っていました。 
普通ならこういうことが「軽い」と察せそうなものでしたが、本当に心底世間知らずだったので、 
また、生真面目なのも災いし、自分なら軽い気持ちで言えることではないのだから 
A男もちゃんと考えて言ったことなのだろう…と思い、「わかりました」と返してしまいました。 
生まれて初めて自分に訪れた「浮いた話」に、好奇心やら照れくささやら、 
でもこんな駄目な自分でも好きと言ってくれる人もいるんだなぁと嬉しくて 
言いふらしはしませんでいたが、ちょっと誇らしくも思ってしまいました。 

交際から三日ほどは普段どおりゲーセンで会い、ゲームで対戦をしたりして 
その後食事をおごってもらったり、俗に「デート」とでも呼ばれることでしょうか。 
自分が動揺しているのを必死に押し隠そうとしているのが今の自分から見れば涙ぐましく感じます。 
三日を過ぎたころからスキンシップが激しくなって来ました。 
卑屈すぎるせいで人と握手すら苦手だった自分は避けようとしてしまいましたが 
「恋人なら普通なこと」と言い聞かされ、克服するつもりで頑張りました。 
触られるのが苦手なところに触れられても、「普通なことなんだ、拒絶すると…嫌われる」と 
好意というよりも強迫観念になっていることにも気づかず、「普通」であろうと努めていました。 

交際から一週間ほど経ち、生まれて初めて、肉体関係を要求されました。 



568 :560:2011/07/08(金) 22:51:58.15 ID:q83f5QdM0
「さすがに早すぎる!」と思いましたが、ここで自分の疑念を信じ切れなかったのが 
私の人生最大の過ちだったと、文字通り死ぬほど後悔しています。 
「そういうことは結婚してからでは?」とビクつきながら逃れようとしましたが 
「誰だって結婚前からやっていることだよ」「『好きだったら』したいと思うことだよ?」という言葉に、 
拒絶したら嫌われてしまう…という不安感に負け、私は許してしまいました。 

性的なことに対しては、最初にも述べたとおり異常な潔癖性があり 
私の合意があったとはいえ、世間に顔向けできないことをしてしまった、という罪悪感に陥り 
それから暫くノイローゼ気味になりました。 
親に顔向けできない、でも、この人に嫌われれば誰にも必要とされなくなってしまう、 
人を見る目がない私は、情けないことにA男に心底依存していました。 
それからも度々体を要求されるようになりましたが、あーだこーだと理由をつけては 
出来る限り避けようとしていました。 
行為が嫌だということもありますが、一般常識に外れたことも要求されるからです。 
A男の会社の業務が終わって人気がないときに連れ込まれ、ここでヤりたいだとか、 
カメラを持ち出し卑猥な格好を写真に収めたいだとか。 
ここでもし撮影を承諾していたら、私はもう生きていられなくなっていたかもしれません。 

そして「避妊具をつけるのが嫌だから、病院行ってピル貰ってきて呑んで。費用は出すから」とまで言われ 
相変わらず断れない私は未成年なのに産婦人科に赴くことに。 
台の上でカーテン越しに下半身に何やら色々と器具を突っ込まれた痛みはまだ忘れられません。 
それから律儀にピルを服用するようになり、A男も喜んで生でするようになった、ようです。 
避妊の重要性なども殆ど理解がなかった私はどんなに愚かだったかと。 
そんなこんな状態がまた数日続き、体調が優れなくなった私は実家に数日帰りましたが 
その時に産婦人科の薬の袋を母に発見され、何かと問い詰められ白状してしまうと、 
母が声を殺して泣いていました、本当に愚かとしかいえない娘です。 



574 :560:2011/07/08(金) 23:05:40.05 ID:q83f5QdM0
罪悪感がありながらも、ここで自分が間違っていたと思ってしまえば 
そのときの私の理念上、生きていられないと思うほどの絶望感に陥っていたでしょう。 
私はA男を好きでいようと思いました、もはや純粋な好意などは全くなく 
抱いた疑念を、過ちを認めてしまえば狂ってしまいそうだと、おかしくなりかけていました。 
体の要求は、承諾半分拒否半分で何とか耐えていました。 
B子やC子という歳の近い相談相手が居てくれたから、頑張ることができていました。 
二人とも私に前向きにとらえるようなアドバイスはしてくれていました。 
遊ぶ約束をしていたB子が突然「今日用事が入っちゃって無理になりました;」とか 
ドタキャンするようになってくるようになるまでは、頑張れていました。 


そして学校が夏休みに入って暫く経った頃、夜中にA男からメールが来ました。 
「言わなきゃいけないことがあるんだけどー」 
直感的に嫌な予感がしました、でも目の前に突きつけられすぎていて避けられません。 
「何?」と送り返すと、すかさず返信がありました。 
「B子ちゃんとえっちしたの〜」(原文ママ) 

浮気だの二股だの、そういう概念よりも、私は貞操観念の崩壊で一気に半狂乱になり 
すかさず電話をかけ、自分以外の寮生は里帰りで静まり返った寮で夜中に泣き叫びながら 
怒鳴り散らしました。気持ちは覚えていますが何と言ったのかは殆ど思い出せません。 
気づけば私は定期券だけ持ち、寮の窓から裸足で飛び出し(玄関は施錠されているので) 
A男を深夜の街中に呼び出して、どこかの草むらで朝まで罵倒していました。 
多分、3時間くらい?泣いて、喚いて、初めて人に平手打ちを食らわした気もします。 
A男は「ごめん…」と言うばかりでそれ以外に何の弁明もしてきません。 

「今日も仕事があるから」なんていう理由にも、私は馬鹿みたいに 
仕事に差支えが出れば他の人に迷惑がかかる…なんて考えて、A男の帰宅を許可、 
朝5時くらいだったでしょうか、朝7時くらいまで裸足で、生まれて初めて深夜の都会を歩き回りました。 
締め切られたデパートの入り口で座り込んだり、端から見たら危ない人だったことでしょう。 



579 :277:2011/07/08(金) 23:27:30.72 ID:q83f5QdM0
それから三日三晩ほど一睡もできず、朝も夜も分からない日が続き、 
十日ほど前に終わったはずの生理がまた始まりました。 
いえ、生理というよりショックからきた不正出血だったのかもしれません、 
異様なほど真っ赤で鮮やかな血だったのを今でも記憶しています。 

今まで他の人が書かれていた体験談でもあったように、追い詰められると 
逆に冷静になれたりする瞬間もあるようです。 
そのとき本当に信用していられていたC子にメールで泣きつき、 
いつものゲーセンに行って、ずっと裏口で泣いて慰めてもらっていました。 
それから数日、楽しかった思い出を渡り歩くように行きつけのゲーセンやお店に 
何をするわけでもないのに出入りを繰り返しました。 
(お店の人には本当に迷惑をかけてしまったと思います) 
それまでは「思い切ったこと」なんてできなかったのに、私は、 
その数日後、友達がいない間に、私はゲーセンで手首を切ってしまいました。 
ゲーセンの店員さんが、犯罪者を見たみたいに慌てふためいて警察を呼び 
私は二十歳の誕生日の数日前に、警察署に連れて行かれました。 
話を聞きつけたC子が飛んできてくれました。 
C子は「あんたのせいでこんなことになってるんだぞ!」とA男を呼びつけてくれたようですが、 
A男は警察署に一瞬姿を現したもののすぐ「仕事があるから」と言い帰りました。 

それから、警察に母が呼び出されました。 
母も私と同じく全然都会慣れしていない人だったので、伯父と伯母に連れられて、 
もう立っているのがやっとなくらいボロボロに泣き崩れていていました。 
事務的な手続きなどがあったかどうかはわかりません、が 
きっとドラマや漫画でよくあるように書類にサインとか、あったのでしょう。 
伯父と伯母に連れられて、母と私は泣き続けて、自宅に強制送還。 



581 :560:2011/07/08(金) 23:38:42.09 ID:q83f5QdM0
すいません>>579だけ名前が違う数字になりました。 
続きます、長くてすみません。 


生まれて初めて、母と取っ組み合いの喧嘩もしました。 
洗いざらい吐かされた私に「どこの男なのか教えなさい!」と詰め寄る母、 
でも愚かな自分は頑なに黙秘していました、初めて母に殴られもしました。 
一週間ほど家に軟禁状態でしたが、「私はもう大丈夫だから!」と強引に家を飛び出し 
また寮に戻りました。大丈夫なわけなかったのですが、精神的にピークでハイになっていたようで。 
それと、まだ「自分が騙されてたわけなんてない」「そんな悪い人がいるわけがない」「何かの間違いだ」なんて 
まだ、他人のこと、信じようとしてたようです。実の親よりも他人のことを。 

戻った私を一番に慰めに来てくれたのはC子でした。 
ここから先のことは、出来事の記憶ははっきりしていても順序が曖昧です。 
ただ、信じられないくらい明るく振舞おうとしていました。 
「もう大丈夫だよ!心配かけてごめんねC子ちゃん」とアピールするかのように、 
C子に誘い誘われるがままに、ショッピングやゲーセンに一緒に行ってもらってました、一緒に居てもらいました。 
A男ともB子とも音信不通でいました。 
だけど偶然とは非常なものです。 
C子につれまわしてもらっているうちに、A男とB子のデート現場に遭遇してしまいました。 
立ち尽くす私たちに気づくと、二人はそそくさと逃げて行きました。 
C子も動揺しているのが分かりましたが、私に「A男ぶん殴ってきてあげよっか?」などと言ってくれて、 
私は「ううん、いいよいいよ好きにさせておこう」なんて、本位じゃないこと言いましたね。 

腹が立つ、悔しい、という気持ちよりも。 
自分が、気丈でいなければ、崩れてしまえば全てが終わると必死でしかありませんでした。 



587 :560:2011/07/08(金) 23:54:19.30 ID:q83f5QdM0
客観的にあのときの私を見つめ返せば、とうに精神的には壊れていたと思います。 
無駄に完ぺき主義だったと言いましょうか、「挫折を知らない」生き方をしようとしていました。 
「私が後悔すれば母もC子も悲しませてしまうでしょう?何とかして元に戻さなきゃ。」 
"元”とは何なのか、現実を見られなくなった私の顛末です。 

B子とも、元の関係を戻したく思っていました。 
B子もメールで何度かやり取りをしましたが、細かいことを思い出せません。 
ただ、二股の内容を要約すると、A男と私が一緒にいるときに一緒に遊んだりしてるうちに 
A男に興味を持ち、横恋慕になってしまうということが分かっていたけれど 
抑えきれずに気持ちを伝えてしまったら、A男が快く受け入れてくれた、とのこと。 
下賎な言い方をすれば、交際を申し込んだ相手が好きにヤらせてくれない状態で 
自分のことが好きと言ってくれる相手が飛び込んで来たら、ラッキー♪としか思われませんものね。 
B子は私と違って「今時の女子高生」的な考え方だったのでしょう。 
何ていうか、交際経験はなかったそうですが、私とは違いファッションにも浮いた話にも関心のある 
「今時の女子高生」ですから、「好きな相手に操を捧げる」ということに、憧れでもあったのかもしれないですね。 

はっきりと覚えてないですけど、B子は聞いてもいないのに馴れ初めを教えてくれました。 
初めては何処でヤったとか、これまで何回くらいしたとか、彼の会社でもしたことがあるとか。 
会社でするとか非常識とか言ってはぐらかした私への、勝ち意識だったんですかね、なんて…。 
ここまで勝ち誇ったように見せられながらも 
「私はA男さんのこと諦められません、でも(私)さんとも仲良くしてたい」と必死そう。 
私はニコニコしてました。ブチ切れてしまったほうが楽になれたでしょうに。 



589 :560:2011/07/09(土) 00:13:12.40 ID:Pq88u2Eo0
普通なら自分を追い詰めるような話題からは逃れたいと思うものなのでしょうか。 
私は何がしたかったのか、表向き平然としながら色んな人から、A男とB子の 
逢引やら何やらについて情報を聞き出したりしていました。 

B子のクラスメイトで共通のゲーセン友達であったD子曰く、 
「B子は初体験のことを嬉しそうに報告してきた」 
「A男とツーショットのプリクラを見せてきた」 
「(私)さんが一人でいるのに、A男さんとB子が別のゲーセンで一緒に遊んでるのを見たことがあった」 
「そのときC子さんがA男に対して怒っていた」ということも。 

あれ?C子も前からA男とB子の関係を知っていたの?と疑問に思い、聞いてみたところ 
結局、事件が発覚する前からこの二股を察してはいたが、 
事実を突きつけると私がショックを受けると思い、伏せていたとのこと。 
C子は私よりずっと前からA男の知り合いだったので、過去のことを知っているそうですが、 
それまでにA男は何度も女性問題を起こしたことがあって 
うち一人は私と同じく相当ボロボロになってしまったとのこと。 

ここまで親身になってくれた友達も初めてだったので、C子のことは本当に大好きでしたが、 
これを聞いてから「どうして分かってたなら教えてくれなかったの?」という気持ちが根付き 
次第にC子とも疎遠になっていってしまいました。 

順序は時系列でどこに入るか分からないのですが… 
最後にA男と話し合いをしたときは、お約束の台詞を言っていました。 
「(私)のこともB子のことも好きだから、選べない」みたいに。 



592 :560:2011/07/09(土) 00:32:14.88 ID:Pq88u2Eo0
すいません、感情的になって来てますちょっと。思い出し泣き真っ最中です。 

私は寮にいながらも引きこもりになって行きました。 
同輩もずっと慰めてくれていたので、学校も石にかじりつく気持ちで 
一年ほどは続けていけましたが、次第に欠席するようになりました。 
それでも自分を追い詰めることだけはやめられません。 
B子とA男のブログをひそかに読み続けていました。 
結局二人はお互いに飽きたのか関係はすぐに終わったようでしたが、 
B子はめでたく高校を卒業して短大に入学し、日々楽しいという日記を書いていました。 
A男は、私のために周りから白い目で見られるようになったからでしょうか、 
真っ黒な壁紙に空白の日記を書いており、反転すると、何百もの「死ね」という字が出る日記を書いていました。 

大学まで来れた、母も喜んでくれた、卒業して就職できれば 
そのうちありふれた恋愛でもできるかもしれない、 
自分に自信ないけど結婚もできればいいな。 
大学は意地でも最後まで遣り通さないと、学費だって借金なのに。 
ああ、でも私本当に立ち直れるのかな? 
だってもう自分は潔癖じゃないんだから。 
嫌われるのが怖かったという理由だけで体を許してしまって、 
挙句の果てに用済みになって捨てられて。 
もう自分が理想としていた自分には二度と戻せない。 
不潔、駄目人間、落ちこぼれ。 
部屋に鍵をかけて自傷を繰り返し、自覚する間もなくメンヘラ街道まっしぐらで突き進んでいました。 
ここまでどっと精神的に滅入った理由は、裏切り云々よりも 
貞操観念の潔癖さが頑固すぎたところにあったと思います。 
レイプされたわけではないのに…いえむしろ「合意してしまった自分」が汚らわしくて 
何を呪っていいのか分からないまま頭をかきむしり続ける日々でした。 

一年と少したった冬、私は、志を貫き通すこともできず退学し 
茫然自失のうちに、自宅で殆ど寝たきりの日々を過ごすことになっていました。 



596 :560:2011/07/09(土) 00:52:08.38 ID:Pq88u2Eo0
ぐちゃぐちゃで申し訳ないです。 
結局、それから数年、母が支え続けてくれて通院を繰り返して 
昔のように明るく、溌剌としていることはできなくなりましたが、 
今度は、誰よりもこの母のためなら立ち直らなきゃなぁ、と 
バイトを始めたりしました、飲み込みが悪いと遠まわしに首にされましたけど…。 

修羅場とは関係ない話なんですけどね、この後日談は。 
何で今更、恨み言を言いたくなってしまったか、って、 
本当に後味の悪い話で、何の救いもないオチでしかないのですけど。 
去年の暮れ、ずっと自分を慰め支え続けてくれた母が亡くなりました。癌の再発でした。 
助かる見込みのない膵臓癌でした。見つかってから二ヶ月でした。 
最期の数日は血をげぼげぼ吐き続けて、真っ白になってガタガタ震えながら 
モルヒネで意識を混濁させながらの尊厳死でした。 

修羅場体験談のまとめブログを読んでいて、 
軽い気持ちで二股三股をした人たちに天誅が下ることを 
悪いやつには天罰があるんだと、羨ましいと思って夢中になっていました。 
にっくき相手をざまぁと思えて、自分の力にできた人が羨ましい。 
自分は結局泣き寝入りしかできませんでした。 
そしてもっとも失いたくないものを亡くして、 
あの頃、傷つき泣き崩れていながらも、まだ立ち直る道があったかもしれないのに 
立ち直るのが間に合わなかったこと、悔やんでも悔やみきれません。 
ごめんなさい、別スレ向けの話でもう支離滅裂なんですが上手くまとめ切れなくて。 
次で最後にしてまとめます、ここまで読んで下さってた方、本当にありがとう…。 



598 :560:2011/07/09(土) 01:08:54.94 ID:Pq88u2Eo0
他の人の体験談をたくさん読んで、私と同じような目に遭っていても、 
それを力にできた人も多くいるんだなぁと、思わされました。 
自分の修羅場の顛末は何の救いもなく、 
もし他人事だったとしても、読んで苛立つだけの話でしかありません。 
母のことは、書き込みの最後に明かそうかどうか考えていませんでしたが、 
数ある「修羅場話」の一つとして、私のように、死んでも消えなさそうな 
後味の悪いだけの話もあったと、うっすらと考えてもらえれば幸いです。 

昨今の世の中、「自然消滅」なんて言葉もよくあるように 
交際なんて何度あっても別段おかしくないかもしれません。 
ですが、稀に自分みたいに生まれてくる時代を間違ったような不器用なタイプもいるかもしれません、 
私よりよほど器用に生きられる人が多いとは思いますが 
どうかこんな結末だけはないように、ぼんやりと、祈っています。 

最後には、少しでも読んで下さった方のために、前向きな発言もしたいのですが 
今はまだ、死別の辛さから抜け出せていないもので、正直、これ以上建前すら考え付きません。 
かっこつけて〆たいんですけどね、なんだかもう指先に力入りません。 
また後日見直したら何てこと暴露してるんだろうと思ってしまうのかも。 

後味悪いでしょうから後ろめたい気持ちで書き始めましたけど 
善意的に見て下さった方が多いようで、救われました。 
本当に、ありがとうございます。 

最後の最後に笑えないジョークを一つだけ言わせてもらえるのでしたら、 
遺書を書くことがあれば、A男とB子に対する恨み言を書きます、以上ご精読ありがとうございました。

出典: 
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