誰かの復讐の物語 後編 (恐怖の体験談) 10794回

2011/10/19 14:37┃登録者:痛(。・_・。)風◆pvNbTqv.┃作者:名無しの作者
【箱】と呼ばれる建物に幽閉された七人の男女。
首には謎の首輪。
脱出するためにはそれぞれの機械に記された【枷】と呼ばれる条件をクリアするしかない。

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誰かの復讐の物語 中編の続きです
未読の方は先にコチラ(http://moemoe.mydns.jp/view.php/27488)をどうぞ
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各プレイヤーの【枷】について

 【悪】
「特に無し」
自分の機械を他の機械に偽装できる。首輪はしているだけで作動することはないし、いつでも外すことが出来る。

 【偽善】
「建物内でプレイヤーが三人以上死亡するか、建物内で三台の機械の破壊が確認される」
他の機械の特殊機能を無効化できる。

 【平和】
「自分の手で機械を四つ破壊すること」
『箱』内にある壊れていない機械の位置を表示することが出来る。

 【調停】
「三人以上が自爆装置を解除する」
カメラ機能がついている。

 【孤独】
「ゲームの終了する30分前まで生存する」
一度半径3メートル以内に入れたプレイヤーにメールを送ることが出来る
しかし一方的で相手は返事を返すことが出来ず、誰から送られてきたかを知ることは出来ない。

 【信頼】
「『箱』の内部のどこかに存在する球体を3つ以上開ける(箱の場所は各プレイヤーの機械の中に示してある、悪の持っている情報の箱を開けると腕輪が起動)」
メモを書き込むことが出来る。

 【絆】
「ゲーム開始時から三十分以内に指定したプレイヤー一人のゲーム終了30分までの生存」
指定した二人の位置を表示することが出来る。





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【VS Vice】 1

――――夕凪 春の精神は蝕まれ始めていた

 度重なる死を目の前に目撃し続けて、精神が段々と壊れてきていた。
もともとこの環境自体がよくない状況なのに、そこから更に人の死が積み重なっているのが最たる原因だろう。
それでも俺の精神がまだ壊れていないのは奇跡でも偶然でもなく、隣にまだ優花がいるからだろう。
多分優花がいなかったら俺の精神は壊れてさっきまでの湊の様になっていただろう。

 とは言っても最後まで湊は自分を全うできていたと思う。
途中で人を疑ったけれど、最後にはちゃんと自分らしくいられた。
最後まで自分らしくいられる人間なんてそうそういない。

 「もう……嫌……」
 
 ほぼ同時に訪れた初音と湊、二人の死は優花の精神をも確実に蝕んでいた。
地面にぺたんと座り込み、涙を流し続ける姿はとても見ていられない。
だけどそれに対して何も出来ない俺が一番目も当てられないな……。

 せめても、と思い俺は初音と湊の死体を隠すことにした。
俺は制服を脱ぎ、湊の首を胴体の元へと置く。
初音も同じようにして湊の横に並ばせ、湊が遊李にしていたように制服を被せた。
そして手を合わせて合掌、二人があっちで愛沢さんと会えていることを祈る。

 俺は後ろを振り向いた。
後ろで倒れている優花に大丈夫なんて言えないのが相変わらず情けないよな。
だけど何も言えないのではなく、何も出来ないから余計に悔しい。
無責任な言葉は人を傷つけることを俺は知っていたから、と言い訳をするのが精一杯だ。

 「ふざけんなよマジで……。何人がこの建物の中で死ねば気が済むんだっての……」

 そんな怒りの声にも力がまったく入ってない。
仕方なく俺は壁にもたれかかって、腰を落とす。
これから俺は何をすべきかを考えた。

 ――――華を助けてやってくれ

 ――――日乃崎を救ってやってくれ

 ――――二人共……生きて……帰れ

 湊の思いを全てクリアするとしたらとりあえずはあの二人に会うべきか。
それでちゃんと二人と話し合って、和解して、協力するべきだ。
無下に話さないと避けるのは得策とは言えないしな。

 虚はもしかしたら【悪】かも知れない。
と言うよりも湊なんかは虚が【悪】だと思っていただろう。
だとしたら俺はゲームとしては虚を救えない。
いや、むしろ優花を悠花の元に帰すために殺すかもしれない。

 だが、それがゲームの上でなく人間として救ってくれと言う意味であれば話しは変わってくる。
多分湊の言った救えは、虚の精神を救ってやれってことなんだと思う。
ゲーム的には救えなかったとしてもせめて改心させてやれと、そう言う意味なんだろうな。
だとしたら俺は虚を救えるかもしれない。
いいや違うな、絶対に救ってやる。

 だとしたらこれ以上しょぼくれてる暇はなかった。
確かに湊が死んだのは悲しい。
そしてそれ以上に辛い。
だけど、だからと言ってこのまま何もしない理由にはならないんだ。
俺達は生きて帰らなければいけないんだから。

 「優花立てるか……?」

 体を起こして優花に声を掛け、手をさし伸ばした。
しかし優花は首を横に振り、立ち上がろうとしない。
そして泣きながらに言葉を吐き出す。

 「もう嫌……。動きたくないよ……。もう……人の死ぬとこなんて見たくない……」

 そうか……優花はもう限界だったんだ。
蝕んでいるなんてレベルじゃなくて、限界だった。
男の俺でさえ優花が居なければとっくに壊れていた状態なんだから、頼るべき相手がいない優花は既に壊れていてもおかしくない。

 俺はこの時点でまだ折れていなかった。
いや、さっきまでの俺だったらもうここで折れてただろう。
だけど今の俺は、生きるための決意を持ち始めた俺は違うんだ。
生きて帰るから俺はあえて厳しい言葉を優花に言葉を掛けた。

 「優花……甘えるんじゃねえよ」

 「えっ……?」

 多分優花は俺に大丈夫、みたいなニュアンスの言葉を期待していたのかもしれない。
だけど俺はそんなことを言わなかった。
文字通り優花を甘やかしたくないから。
優花の肩を掴みながら俺は言う。

 「俺達がここで動かなかったら遊李や初音や湊は何の為に死んだんだよ! 俺達をこうやって足止めさせるためか? 違うだろ! だから俺達が今やるべきなのは恐怖で足を止めることなんかじゃねえ! 俺達がすべきなのは、三人の分まで生きることだ!」

 「だけど……私なんかが……」

 優花の言葉を聞き俺は少し息を吸って、最後のひとことを口にした。

 「安心しろ、お前には俺が着いてる!」

 ほとんど一気に言葉を口に出した俺は膝に手をつき、ぜえはあと肩で息をする。
調子に乗って喋りすぎたから息が切れた。
本当に慣れないことはするべきじゃないよな。

 その慣れない行為の報酬は……優花の笑顔だった。
既に涙をふき取って、優花は笑顔を見せていた。
それは作り物の笑顔なんかじゃなくて、心から笑っていることが表情から伺える。

 「はは、あはは! 本当に春ってば……」

 俺と優花は笑い合っていた。
さっきまで泣いていたのが嘘みたいな様子で馬鹿みたいに笑っていた。
これを守るためには優花が生きてるだけじゃダメだよな。
多分優花は俺が死んでも悲しむ。
それくらいに、優花は優しいから。
だったら生きてやりますっての!

 とそんなやり取りのお陰で優花の表情にも活気が戻っていた。
これで一つ心配が減ったなあ、とか言えるくらいに俺の精神にも余裕が出来てきているようだ。
いい傾向だな、少しずつ俺と優花は元に戻ってきている。

 これだったらあと数分もしたら、あの二人の元へ行っても大丈夫だろう。
優花の疲労も大分なくなってるみたいだしな。
交渉が良いように進めばいいな、なんて淡い希望を俺は抱いた。

 と、そこ招かざる客が訪れた。
いや、ある意味招いている客だけど。

 俺達から離れている方の教室のドアがガラガラと開かれる。
虚の襲撃かと予想し腰の銃に手を掛けながら振り向く。
そこにいたのは虚じゃなかった。
虚の方ではなかった。

 だとすれば教室に入ってきたのが誰だったかは直ぐにわかる。

 そう――――園影華だ。
手に持ったメモ帳に文字を書きながらこっちへと近づいて来る。
そしてそれを俺の目の前に迫った頃にに向けてきた。

 『その制服の下に隠れてるのは鏡峰さんと滋賀井さんの死体?』

 単刀直入なその問いに俺は少し言葉を渋りながら答える。

 「ああ……そうだよ」

 華の表情は至って冷静だった。
いや冷静と言うよりもその表情は……無。
目の前の二人の死体を目の当たりにしても、それをただの死としか捕らえてないようだった。

 と言うか……華は遊李の死体を見てショックを受けて俺達の元を離れていたんじゃなかったのか?
それなのに今は自ら死体を見て、自分から確認まで取ってきた。
じゃあ今まで華は……何をしていたんだ?

 『と言うことはさっきの音はこの二人の自爆装置の爆発と言うことでいい?』

 俺は首肯する。
無言で首だけでの返事は失礼かもだが、考え事と疑いがあったからそうは思わなかった。
流れをひっくり返すくらい、今の話に関係ない質問を投げかけてみた。
その質問は、俺の思考の結論でもある。

 「華はさ……もしかして虚と組んでいるのか?」

 その質問に華は一瞬眉を動かした。
思考を始めて直ぐにメモ帳に回答を書くことはない。

 一分ほどかかってやっと自分の中で回答が纏まったようで、メモ帳に書き始めた。
さて、俺の予想は……。

 『はい、私は今日乃崎さんと組んでいます』

 ……やっぱりか。
そう考えるとここに来たのも虚が俺達の様子を見てくるよう、華に頼んだからだろう。
つまり華は俺達の元に返ってこなかったんじゃなくて、返ってこれなかったのか。

 さて、こうなってくると疑問がまた一つ増えたな。
華は、最初から虚と組んでいたのか、それとも遊李が死んだ後のタイミングで虚と組んだのか。
これはどうでもいいようで重要だ。
華の人間性を確かめる上では凄く大事。

 湊に聞いた話だと、虚と湊の最初の出会いはなかなか衝撃的だったらしい。
初音と華を襲っていた虚を湊が逆襲したのが、ファーストコンタクトだったか。
つまりさっきの疑問の意味は、華は偶然襲われたのか、それとも故意に襲われたのかの追求だ。
それによっては……華も【悪】と言う可能性もあるからな。

 「いつから虚と組んでたんだ?」

 それに関しては予想していたようで直ぐに答えた。
隠す様子もなく、毒食わば皿までと言った感じか。
ん、使い方これで良いんだっけか?

 『入戸さんが死んだ後鏡峰さんが日乃崎さんを殴ってから、皆さんが教室から出た後くらいです』

 じゃあ虚に襲われたのも偶然だったわけだ。
これで華が【悪】、湊たちの実質的な敵じゃなくてよかった。
だからと言って可能性が0になったわけじゃないけどな。

 ともかく、二人が組んでると言うなら説得が同時に出来るし話が早い。
それに組んでいるというなら全員と敵対する気がない、つまり協力する気はあるってことだ。
これは悪くない。

 『ところで質問です。何故二人の自爆装置が作動したのですか?』

 「話すと少し長いから覚悟しろよ」

 少し冗談っぽく華に話し始めた。
思い出すと少し苦い思い出だが、これもしっかりと記憶に刻み込むと言うためには重要か。
所詮言い訳だけどな。

 『そうでしたか……。ありがとうございます』

 どういたしまして、と俺が華に話しかけようとした途端、華は既に動き始めていた。
そして二人の死体へと近づき、二人の衣服に手を突っ込み始める。

 「おい華、何やってんだよ!」

 華の肩を掴んでその動きを静止させる。
けど華は俺の手を振り払い、自分の目的の遂行を優先した。
俺はその行動にに驚く。
それは相手が女の子、しかも自分より年下だったのが手を出せない原因の一つでもある。

 俺が驚いている間に華は二人の死体から目当てのものを見つけたようだ。
それを構って目当てのページへと移動させる。
そして見つけたそれを俺と優花に見せ付けた。

 「これは……二人の機械か」

 華が手に持っていたのは二台の機械だった。
それぞれ表示されているのは、【絆】と【信頼】。
これで二人が正真正銘【正義】だったことが証明された。
まあ、それでなくとも信じてたけど。

 華はそれにポケットから出した自分のものであろう機械を取り出した。
それを二人の機械を操作したのと同じ要領で操る。
すると突然ピピッと音がして、それから立ち上がった。

 「……?」

 言葉こそ出せなかったが、華は頭の上に疑問符を上げていた。
納得いかないように、腑に落ちないように。

 そして華は何か区切りがついたかのように、歩き始めた。
俺に初音の【信頼】の方の機械を投げ渡すとすたすたと入ってきた方の教室のドアへと向かう。
それを俺は話だけでもしようとその体を引き止めた。
今できる説得を後にまわす必要はないからな。
虚の元に連れて行ってもらえるなら一石二鳥だし。

 すると華はあらかじめ文字を書いていた、俺にメモ帳を見せた。

 『鏡峰さんも滋賀井さんは【悪】じゃなかった。なのに、二人の自爆装置は起動した』

 俺が目線で読み終わったのを見計らって次のページを捲る。
そこにはさっき華が思ったのであろう疑問が書いてあった。
何故俺と優花はこれに気づかなかったのだろうか。
違う、何故追求しなかったのだろうか。

 『だとすれば……本当の【悪】は誰なんでしょうかね』

 俺と優花は無意識に理解していたんだろう。
俺と優花は無意識に追求してはいけないとわかっていたんだろう。
正確に言うと俺はわかっていた。
ただ、誰もを疑いたくなくて、自分に嘘を吐いていた。

 それだけを俺達に見せるとさっきまでと同じように手を振り払い、教室を出て行った。
俺はもう一度引き止めることが出来ないくらいにその言葉に衝撃を受けていた。
そんな俺を他所に華は部屋を出て行く。

 本当だ……湊の機械に示してあった球体で初音の自爆装置が起動したのに、湊は【悪】じゃなかった……。
だとしたら誰が湊の機械に示してあった球体と、【悪】の機械の球体を摩り替えたってんだよ。
俺は優花に眼を向ける。

 もちろん優花が【悪】だと言いたいわけじゃない。
だけど……だけど、もしかしたらありえなくもないから一応確認するだけだ。
大丈夫だ、俺はまだ優花を信じているんだから。
だから――――優花を信じていいはずだよな?

 「優花じゃ……ないよな?」

 俺の言葉に優花は動揺した。
短く声を上げて、瞳から再び涙がたまり始めている。
その表情は自分の隠していることがバレたと言うわけではなく、自分が疑われていると言うことに対して驚いているようだ。
優花の反応を見て、俺は自分の失言をやっと理解し訂正する。

 「あ、いや、違う! 別に優花を疑ってるわけじゃないんだ! むしろ――――」

 「――――それが……春の本音なんだね……」

 既に遅かった。
自分の言ってしまったことに後悔するのが遅かった。
もっと早く、それこそ言う前に気づいていれば話は変わっていただろう。

 さっき言ったとおり俺は優花を完全に信じている。
だからと言ってそれが優花も俺を完全に信じていると言うことにはならない。
一方通行であって、循環ではない。
その勘違いが、俺の『確認』を『疑い』へと変化させた。
  
 「もう……やだ……」

 俺は取り返しのつかないことをしてしまった……。 
仲間がいないとこのゲームの勝ち目なんてない。
それなのに俺は一瞬でも優花を疑ってしまった。

 「違う、違うんだ優花!」

 「やだやだやだ! もう何も聞きたくない! 信じたくない!」

 耳を子供の様に両の手で塞ぐ優花。
それを見て再び優花の精神状態を思い出す。
何度も人の死を目撃して壊れかけていて、それをなんとか持ち直したところだじゃねえか。
それなのに俺が再び裏切りまがいのことをしてしまったせいで元に戻ってしまった……。
俺は……なんてことをしてんだよ……。

 それは謝って済むレベルではない。
フォローをして済むような問題ではない。
それでも俺は説得を試みる。
だけどどうなるかはわかっていた。

 「頼むから、話だけでも聞いてくれって!」

 「うるさいうるさい! どうせ春は私が【悪】だと思ってるんでしょ!? もういいから私を一人にさせてよ!」

 あ、あ、う、とだらしない言葉が俺の口からあふれ出す。
己の醜さに、己の不甲斐無さに、俺の弱さに何も言えなかった。
優花の言い分は間違っている。
だが、正しい。

 矛盾しているようだが、これは矛盾していない。
ただ間違っているけど正しいだけなんだから。
俺は優花のことを【悪】だとは思っていないが、思ってしまおうとしていた。

 こうなってしまった時点で修復は不可能だった。
優花は感情を閉ざし、俺を拒絶している。
話しさえ聞いてもらえないんじゃ、俺の言葉が届くことはない。
ははは、と引きつったような自嘲の笑いすら出てこなかった。

 「そうか……そうだよな……」

 今更悔いても遅い。
遊李の死から裏切りの虚しさを知ったのに。
初音の死から信じることの凄さを学んだのに。
湊の死から生きていくための意思を持ったばかりなのに。
何故あんなことを言ってしまったんだッ……。

 仲間を失い、幼馴染とは実質的な決別。
愚かとしか言いようがなかった。
仲間は仕方ないことだったにしろ、幼馴染との決別は愚かとしか言いようがない。
こんな俺が出来ることは一つしかない。

 「わかった。じゃあな、優花」

 俺はその言葉だけ残して、ドアへと向かう。
それを止める声はない。
もちろん俺は止められることを望んでいるわけでもない。
むしろ声なんて掛けて欲しくなかった。
掛けられたら俺の意思が薄くなってしまいそうだったから。

 俺はドアを開けて教室から退出した。
廊下には既に華の影さえない。
静寂に包まれている廊下はいつもの数倍は静かに騒いでいるようだった。
響いているのは優花のすすり泣く声。
それをBGMに俺は廊下を歩き始めた。

 だんだんとBGMは小さくなっていき、階段に差し掛かった頃には消えた。
それが距離を取ったからか、優花が泣き止んだからかは定かではない。
どちらでも同じことだ。

 「さーて……今日の春くんはいつもと一味違いますよっと」

 このクソッたれなゲームに対していい感じに頭に来てますからね。
クソ運営共が……俺と優花の仲を裂いた代償は大きいぜ。
見つけたら一回殴ってやる、もちろんグーでだ。
作られたかのように静かだった廊下に俺の手の平と拳が重なった音がパチンと響く。

 そして俺は虚と華を捜すために階段を上がった。 


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【VS Vice】 2

――――日乃崎 虚は不満そうに眉を吊り上げた。

 園影が帰ってきてからその話を聞いていて俺は自分があからさまに不満そうになっていることに気がついた。

 園影に下の階で騒ぐ声が聞こえたから見に行ってもらっていた。
それで待つこと約十分。
帰ってくるなり園影は俺に機械を投げ渡した。
機械の画面を構ってみると、そこには【絆】の文字が書いてあった。
これは園影の機械とは違う。
じゃあ誰のだ……?

 俺の疑問を解決するように園影はメモ帳に文字を書き始めた。
気になるからそれを書き終わるのが待ち遠しい。
ただ待つだけなのも癪だから少し考察をしてみることにした。

 ――――まず【絆】の機械の『枷』は……ゲーム開始時から三十分以内に指定したプレイヤーの自爆装置の解除だったか

 これが遊李の機械だと言うことはない。
何故なら遊李の機械は、【調停】で確定しているからだ。
その理由は遊李がカメラを使っていたからだ。
それは間違いなく【調停】の特殊機能だ。
でも何故か春も暁も気づいていなかったようなんだよね。
湊が起きていたなら気づいていたと思うけど。

 だとすればあの四人いや、三人の誰かか?
そして機械を持ってくるとしたら理由は二つ。
機械が必要なくなったからクリアの為に渡したからか……持ち主が死んだかか。

 【絆】の持ち主がクリアしているとしたら誰を条件にしていた……?
それは恐らく……【信頼】だ。
この時点でクリアできるのはそれしかいない。
【平和】は機械の数がどう考えても足りないから。

 だけど下の階から聞こえた騒ぐ声を考慮するなら、後者の方が有力だ。
その理由は誰かが死んだから叫んだと自然な考え方が出来るから。
あの四人は幼馴染二組なんだから、誰かが死ねばその相方が叫んだりするのも充分に考えられるだろう。
となるとこっちの意見で俺の考えは纏まった。

 じゃあ問題は誰が死んだかだ。
正確には春と暁、湊と滋賀井のどちらの二人が死んだかだ。
俺の希望的には春と暁の組が死んでいてくれることが、理想的。
そうすれば、俺と湊の直接対決へと思い描く形に持っていきやすくなるからね。

 とは言っても希望と理想は、絶望と空想であることが多い。
多分【信頼】の機械の持ち主は滋賀井だ。
それはミニゲーム前の揺さぶりで湊が動いたことから予想できる。
だからそれで滋賀井の相方である湊が死んだと考えるのが自然だからね。

 考えているうちに華は文字を書き終えたみたいだ。
さて俺の嫌な予想はあってるかな……?
外れてくれてるといいんだけど。

 『鏡峰 湊と滋賀井 初音は死亡した。原因は自爆装置の作動。【信頼】の機械の持ち主だった滋賀井 初音が【悪】の球体を開けたのが原因で滋賀井 初音の自爆装置が起動。それで【絆】の機械の『枷』で指定していたプレイヤーが死んだことで鏡峰 湊の自爆装置も作動。そして死亡した二人の機械を確認したけどどっちも【悪】じゃないみたい。それは夕凪 春と暁 優花の証言からもわかった。明らかにあの四人が一緒にいる時間は二時間を越えていたから偽装の線も薄い。』

 やっぱりか……。
それに二人共が自爆装置での死亡が原因なら、春と暁を騙しているという可能性もないか。
と表面上は冷静に俺は目の前の文字を整理する。

 ――――今下手に動揺したら園影に主導権をとられるね。あくまで冷静に装わなくちゃ……。

 正直俺の内心は穏やかじゃなかった。
直接の対決を望んでいたのに、【悪】の妨害によってそれを回避されたのがもの凄く頭にくる。
これは本当に許せない。
どんな殺し方をされても文句を言えないくらいに、【悪】のやつは超えてはいけない一戦を超えた。

 とかなんとか思ってても今このときだけは園影の前で冷静でいるべきだ。
さて俺はこれを何分抑えられるかな?

 『貴方にとって鏡峰 湊が死んだのはショックだったと思う。いや、残念だったと言い換えるべき? だけどこれで貴方の、【偽善】の『枷』はクリアしたことになる』

 ああ、そう言えばそうだね。
入戸、湊、滋賀井が死んだから自爆装置を外してもいいのか。
だけどそれを信用のあるべきものにするためには機械を一台破壊した方がいいんだよね……。
俺だって危ない橋は極力渡りたくないから。

 と、俺が考えていると園影はスッと機械を一台差し出してきた。
それはさっき俺が見た、【絆】の機械。
もしかして園影は……俺のためにこの機械を盗んできた?

 だとしたら湊の機械である【絆】を持ってきたのには二つの意味を込めていたのか……。
それは俺に湊の死を知らせるためと、俺のクリアを確かめるための二つ。
あとこれは推測だけど、湊の機械を俺に壊させることで間接的に湊を殺した気分を味あわせるためもあるのかも。
どうにせよ、ありがたいお世話だね。
俺は機械を受け取る。

 「園影ありがとね。じゃあありがたく壊させていただくとするよ」

 まったく躊躇いを持たず俺は機械を床へ落とし、それを足で思い切り踏み潰した。
もちろんそれで機械は破壊され、間もなく俺の機械からアナウンスが始まる。

 『【絆】の機械の破壊を確認しました。日乃崎様の『枷』は既にクリアしています。機械の『枷』の欄の操作方法を確認して、自爆装置を解除してください』 

 改めて機械からのアナウンスで自分の『枷』をクリアしていることを確認した。
このイライラする自爆装置ともおさらば出来ると思うと、少し気分がよくなる。
アナウンス通りに機械を操作し、『枷』の欄を表示した。
すると、さっきまでは存在してなかった新しい説明が追加されていた。

 説明を読んでみると『あなたは『枷』をクリアしました。もう一度このページをタッチすることで自爆装置を解除することが出来ます』だそう。
これを拒否する理由はないから、さっさと画面をもう一度タッチした。
すると自爆装置がサイレンのような警告音を鳴らし始める。
とは言っても音量は部屋の中にいればギリギリ聞こえる程度のもので、廊下の外へは伝わっていないと思う。
と言うかこの部屋自体に響音対策がしてあるらしく、音が極端に響かない。
まあなぜかはある程度推測がつく。
そして突然音が切れたかと思うと、機械からアナウンスが鳴った。

 『自爆装置の解除が終了いたしました。どうぞお外しください』

 試しに自爆装置を引っ張ると抵抗すらなく、あっさりと外すことに成功した。
なんとも呆気のないクリアだ。
おっと、一応はまだクリアはしてないんだっけ?
自爆装置を外しただけじゃクリアにはならないからね。

 特に自爆装置の解除に感動しているわけでもなかった俺の意識を、ペンで机を叩く音が持っていく。
振り向くとそこにはメモ帳をこちらに向けている園影がいた。

 『自爆装置の解除おめでとう。こんなときに言うのはよくないかもしれないけど、これからは契約どおり私を守ってくださいね?』

 それは契約通りのことだ。
言われなくても守るつもりだった。
俺はやろうと思ってたことを言われたからやる気がなくなった、とごねる餓鬼じゃないからね。
だけど……湊が死んだ今、それを果たす意味はあるのか?

 園影と一緒に行動しているのも、湊を怒らすため。
もしくは敵意を向けられるためだ。
だけど湊が死んだ今これに意味はなくなっている。
それに、園影が春たちに「私は日乃崎に無理矢理協力関係にある」とか言ってたら意味ないどころか、俺の身が危ない。

 こう考えると……今後も園影と組むメリットは俺にあるのか?
いや問答する必要もないかな。
間違いなくメリットはない。

 まず園影 華と言うプレイヤーは初めからハンディキャップを負っている。
それは喋れないということ。
メモ帳がなければコミュニケーションが取れないのはまだいい。
問題は伝えたいことに齟齬が出てしまうのが問題なのだ。
メールなどと同じと考えてもらっていい。

 だからと言って身体能力が高いわけでも特別頭がいいわけでもない。
正直に言ってお荷物以外のなんでもないんだよね。
切り捨てるならこの辺が頃合かな……。
丁度今なら理由もあるしね。

 「あはは、ありがと園影。正直に受け取っておくことにするよ。じゃ、これからもよろしく」

 と、俺はフレンドリーに手を差し出す。
それに園影も薄く微笑んで、俺の手を掴んだ。
俺はその右手をギリッと少し強めに握りながら、俺は左手を自分のベルトへと伸ばす。
左手をベルトに指してある拳銃、ジャッジへと伸ばす。
装てんされている弾丸は四発、目の前の無防備な少女を殺すには充分すぎる弾数だった。

 そして引き金に手をつけたところで俺は園影と繋いでいた右手を思い切り払う。
驚いている園影を無視して、右足で一発蹴りつけた。

 「……!?」

 声を発せないため、無言で驚きを表現する園影。
まあ叫んだところでこの部屋の中じゃ響かないから意味ないだろうけどね。

 そんな油断しきっている華に向けて銃口を向けた。
そう、この部屋がこんな響音対策している理由は簡単だ。
こういう風に銃を撃つことを想定されている、一種の処刑部屋なんだろう。
叫んだところで一切助けが来ない上にこの部屋は入り口の場所からして見つかりにくい。
つまり園影の命はこの時点で詰んでいる。

 「バン」

 口で銃声を真似してから左手の指で引き金を弾く。
一時間ほど前に滋賀井に向けてしたのと同じような感覚が左手を伝い全身をしびれさせる。
だがあの時と圧倒的に違うところがあった。
それは――――銃弾が人体に吸い込まれたことに他ならない。

 「……!? ……!」

 銃弾が当たった衝撃と痛みで園影が後ろへ飛ぶ。
打ち抜いたと思われる左脇からは深紅の液体が園影の薄い色の制服を染めていた。
痛みでそこを押さえる。
だが声は出ないため、音が苦しそうな音楽を奏でるだけだった。

 「なーんちゃって。君と組むなんて嘘だよ。あはは、ビックリした?」

 そう言いながら赤色の中心点、つまり着弾点を思い切り蹴る。
するとさっきと同じような言葉にならない悲鳴を上げながら教室の壁へと飛んでいった。
表情を伺ってみると、さっきよりも辛そうだ。
今に死んでもおかしくないくらいに。

 「いや、正確には嘘じゃないのかな。俺がこうなったのは湊が死んだからだしね。だから安心して、最初は約束を守る気はあったから」

 心にもない言葉を適当に口ずさみ、園影の左脇を蹴り続ける。
どぷどぷと血が流れだして俺の黒の靴はその黒を深くしているような気がした。
それにさえも構わずに容赦なく蹴り続ける。
メモ帳に文字を書く暇も力も内容で、ジェスチャーで「やめて」と表現するのみだった。
それがまた愉快でたまらない。

 「最後に言いたいことってある? 遺言ってやつだね。あるなら聞いてあげるよ」

 蹴る足を止めて園影の言葉を待つ。
だけど一向に返事は返ってこない。
まあ返ってくるはずがないんだけどさ。

 「ああ、そっかぁ、喋れないんだっけぇ? あははははは!」

 そして再び蹴りを再開する。
涙が溢れ出しその表情を絶望と苦悩で染めていく。
それに俺は更に興奮して、蹴りの勢いを強める。

 足が疲れてきたところで蹴りを中止した。
そして顔を覗くとその表情に生気はまるで見えなかった。
まるでもう魂はここにないかのように、この世に絶望した表情をしていた。
瞳には色が宿っておらず、口の端から唇を切ったのか血を流している。

 ――――なんで私がこんな目に?

 多分そんなことを今園影は思っているのだろう。
15に満たない少女がこんなところに連れてこられて、しかも誰かも知れない人間に殺される。
しかも即死なんてものじゃなくて、拷問の様に傷口を蹴られ続けて。
そりゃあ絶望もしたくなるよね。
可哀想にね。
って、ああ、やってるの俺か。

 「それじゃあ言いたいこともいろいろあるけど……」 

 本当は言いたいことなんて一つもない。
微塵もない。
さっさと殺してしまいたかった。
さっさと園影も【悪】も春も暁も全員殺してしまいたかった。
だから俺は最後の言葉を口にした。

 「さよなら」

 そして銃弾を園影の心臓目掛け放った。
綺麗に命中とは言わなかったが園影の体の中心辺りを打ち抜き、その衝撃で再び壁へと衝突した。
これで即死とは言わなくても終了を迎えるまでに死ぬだろう。
それも医療キットなどがなければの話だが。
まああっても人体の中心辺りを打ち抜かれて生きているなんてのは厳しいとは思うけどね。

 「ん……?」

 俺が銃弾を撃った直後に、ほんの一瞬眼を離した隙だった。
気づくと園影の姿が消えていた。
逃げたなんてありえないことはさすがに考えない。
だけどこの一瞬で姿が見えなくなるなんて……。

 もしかして、この壁か?
一定の以上の衝撃を加えると、後ろの空間と入れ替わる回転扉と同じような原理がこの壁にあった、とか。
それもありえない話じゃなかった。
そもそもこの部屋自体かなりイレギュラーな空間だからだ。

 最初に俺が寝ていたりした、教室の掃除道具箱を開けたら偶然にもこの部屋への扉があった。
そこは見ての通り他の教室とはまるで違う部屋だ。
窓はあらず、それどころか俺達が入ってきた一つしか扉もない。
同じものと言えば、壁紙の色くらいのものだ。

 「まあ考えても無駄か」

 園影の状態を考えれば放って置いても数時間で死ぬだろう。
左脇のダメージは言うまでにないにしろ、体の中心を打ち抜いたのもかなりのダメージのはずだ。
簡単な医療キットなどでは治せるはずもない。
と、俺は園影は諦めて残りの二人の命を狙うことを決めた。

 湊を殺したのは二人のうちのどっちかだ。
だとすればそれを殺すのは俺の役目。
まああれだ、敵討ちってやつ。

 「俺は――――いややっぱり……『僕』の方が落ち着くね」

 自分の心境の整理ほどにしか使ってなかった一人称を元に戻す。
入り口のドアへと歩み寄る。
左手に持ったジャッジを元にあった場所に戻し、逆のベルトに掛かっているパナーチの感触を右手で確かめた。

 ――――さーて、あとは全員殺して賞金アップでも狙うとするかな

俺は残りの二人を探すためにドアノブに手を掛けた。



 一人の正義は戦うことを決意した。
悪を倒して、幼馴染を日常に帰すための決意を。
その代償に捧げるのが自らの命だったとしても……正義は止まることをしない。

 一人の純粋なる悪が終末を望む。
全てを壊したとしても悪は後悔も、未練も、後味の悪さも残さない。
そこに残るのは、虚無と、絶望と、最悪と……。

 正義と悪の最終決戦がここに始まろうとしている。
正義と悪の衝突。
その先に待ち受ける未来は……。




-----------------------------

【VS Vice】 3

――――夕凪春はベルトに差してあるジャッジを確認した

 これから俺は虚と華の元に交渉へ行く。
それが平和なままで終わるとは虚の性格上考えづらい。
だから最悪の場合、『これ』で脅すことも考えなくちゃいけないかもしれない。
タイムリミットは刻一刻と迫っている。
残りは確か……五時間程度だ。

 長いとは思うが、ゆっくりとしてはいる理由にはならない。
一分一秒でもこの首輪を外せるに越したことはないからな。

 「にしても……虚たちどこに居るんだ?」

 俺の【平和】の機械の特殊機能は『箱内の壊れていない機械の位置を表示する』だ。
だから虚の場所は直ぐにわかる、はずだった。
だけど俺が虚と華を探し始めて一時間が経っている。
場所がわかっているのに、見付からないのなら理由は三つだ。

 一つ目は機械の特殊機能。
まあ機械というか【偽善】の機械限定だけど。
【偽善】の機械の特殊機能は『機械の特殊機能の無効化』だ。
それは誤解しかけていたが【悪】にだけ限定したものじゃあない。
だから俺の特殊機能は無効にされているかもしれない。
これが第一の可能性だ。

 そして二つ目は機械だけを置いてどこかに隠れている可能性だ。
そうすれば俺の特殊機能を無効化することなく、身を隠すことが出来る。
その機械を相手に奪われる可能性もあるが、自爆装置を解除していれば問題がない。
この状況で自爆装置を解除できるプレイヤーがいるとすれば【偽善】と【悪】。
どちらも確認していないため、可能性はある。

 最後の三つ目は、隠し部屋の可能性か。
地図上では表示されているが、その部屋は隠し扉でしか入れないと言う場合だ。
建物上の謎の空洞を作ることは可能なため、ないとはいいきれないだろう。

 さて……どれが有力か。
正直どれも可能性としてはありえるんだよな。
否定できる理由がない以上、どれも真実になりえる。
ただわかることが一つある……。

 ――――どれにせよ虚はまともにこのゲームを終わらせる気はなさそうだな

 一にせよ、二にせよ、三にせよ、どれにせよ誰かを騙すのが目的だろうからな。
隠れるのが手段で騙すのが目的なのか、騙すのが手段で隠れるのが目的なのかは定かじゃない。
問題なのはそれがクリアのためにしていることなのか、それとも賞金アップのためにしているかだ。

 虚の機械は消去法で、【悪】か【偽善】。
じゃあ華の機械は虚の機械ではないほうの機械だ。
どっちがどっちにしても、この二人が組んでいる理由はない。
【悪】と【偽善】なんて特に相手の機械がわかればその瞬間にでも殺したい相手だろうしな。
だから二人共が今まだ生きているとはとても考えにくい。

 だとすれば今生きているのはどちらだろう、と言う話になる。
俺を騙しているのはどっちか、でもいい。
とりあえず、華が俺達と会った一時間半前くらいまでは生きていたのは確かだ。
しかしそれ以降になると予想のしようがない……というわけでもない。
常識的に、良識的に考えて華が虚を殺せるとはとても思えないからだ。
話を整理すると、一時間半以前にどちらかが死んでいるとしたら虚、それ以降ならば華ということになる。
あくまで仮定の話だけどな。

 そして俺は機械の表示がある教室へと入る。
もちろん人影はない。
少なくとも俺の目の届く範囲には。

 二の場合、つまり機械を置いてどこかに隠れている可能性があると考え教室の中の机などを調べてみることにした。
まずは机の中かね。
一つ一つ大雑把に確認する。
要した時間十分、成果はなし。

 次は後ろの個別ロッカーかな。
数は目測で……30かな。
明らかに机の数とあってないが、多分ロッカーの方は後からつけたものだからだろう。
根拠は簡単、普通ロッカーは教室にない。

 ロッカー探しに要した時間はまた十分。
成果も……まあ察して欲しい。

 さてあとは掃除用具箱くらいかな。
後ろから廊下側の壁を伝って、掃除用具箱へと歩く。
時間は数えるまでもない。
そして後二歩圏内に掃除用具箱が近づく。

 直後俺の鼻先を風が切った。

 「んあ? ……はぁッ!?」

 一瞬何が起こったか理解できなかった。
そして一瞬を過ぎるとそれが何かを理解する。
弾丸だ。
銃弾。
あからさまな殺意が俺の目の前を通り過ぎて行った。
俺を貫こうとしてどこからか飛んで来た。

 「誰だッ!?」

 俺はベルトに挿してあったジャッジを廊下へ向ける。
そこにいたのは……虚だった。
銃を構えてこそいるものの、表情は恐怖に染まっていた。
「相手を恐れる余りつい撃ってしまいました」ってか?
虚に限ってそんなことがあるのか?

 「な……なんだ、春か。よかったよ」

 緊張で固くなっていた肩の力が抜ける虚。
俺に撃って来たと思われる銃口から煙の上がっているジャッジをベルトへと差し込む。
さて、これは演技か、それとも本音か……。
多分演技だろうな。

 「えーと……これはどういうつもりかな?」

 だから俺は虚の額にジャッジを向けた。
言うまでもなく虚は危険だ、だから優位に立つべきだ。
主導権を虚に握られてはいけない。
俺の本能だか、理性だかがそう言っている。

 「何故いきなり撃ったか説明してもらおうか?」

 そもそも虚の言葉と行動は矛盾している。
俺のことを【悪】と思って動いていたのなら、それはそもそも基盤からしておかしい。
何がおかしいって、機械を隠していることがだ。
【悪】相手に機械を危険に晒すなんてのは自殺行為他ならないからな。

 逆に俺を【悪】だと思っていなくて撃ったなら普通にこのまま虚を撃ち殺した方がいいだろう。
それは虚が【悪】である可能性が高いからだ。
だけど本当に撃つつもりはまだない。
まだ、今はな。

 「そ、そりゃ相手が誰かわからないから威嚇射撃のつもりだったんだよ」

 「それは違うな。今生存しているプレイヤーは、俺と優花と華と虚だ。だから誰かわからないなんてことはありえない」

 俺も優花も華も虚も全員が体格は似ていない。
俺と虚ならまだ有り得たが、それは有り得ない話だ。
嘘を吐いたことで、虚は一歩追い込まれたな。

 と、そこで俺は虚と俺の違いに気がついた。
それは外見的には小さな差だが、ゲーム的には大きな差だ。
質問するために俺はジャッジの銃口を虚から逸らした。

 「いやそんなことはどうでもいい。何故虚、お前は……自爆装置が外れてるんだ?」

 突然俺がそんなことを言ったのが予想外だったのか、虚は疑問の表情を浮かべた。
けどすぐにいつもの表情に戻り、自分の首筋をなぞる。
そして不敵に微笑む。
しまった……これは主導権を握られてしまったか?
だとしたらまずいな……。

 「そりゃ――――外すことに成功したから、外してるんでしょ」

 そう言ってどこかから取り出した自爆装置を指でくるくると回し始めた。
回して勢いをつけそれを俺へと投げ飛ばす。
それを反射的に俺は回避した。
これが作動しない保障もないからな。

 カランカランと自爆装置が床を転がる。
作動する様子はまったくなかった。
心配も杞憂に終わったわけだ。

 「じゃあさ、頼みがあるんだけど聞いてもらっていいか?」

 俺の言葉を聞くと虚は、待ってました、といわんばかりの笑みを浮かべる。
やっぱり主導権は握られているようだ。
俺だけじゃあ虚を簡単に言いくるめるのは難しいとは思っていたけど、ここまでとはな。
湊の苦労がよくわかる。

 「頼み……ねえ。いいよ、聞いてあげる。でも、僕が聞ける範囲でお願いね」

 冗談っぽく笑う虚。
だが目は笑っていなかった。
獲物を見つめる鷹の様に貪欲な目。
本当に俺が獲物にならないように気をつけなきゃな。

 「恐らく聞いてもらえる範囲だろうと思う。虚が自爆装置を解除してるなら、俺に機械をくれないか?」

 「へえ……なんでかな? 理由次第ではあげてもいいよ」

 と俺は条件を提示しながら内心、虚が【悪】か【偽善】のどっちなのかを考えていた。
この時点で、と言うよりも俺と優花の機械が【平和】と【孤独】な時点で虚と華の二人の機械が上記の二つなのはわかっている。
その二つはどちらも今の時点で自爆装置を解除することが可能だ。
だから虚をどちらの機械の持ち主だったかを絞ることが出来ない。
もし虚が【悪】の機械の持ち主だとすれば俺の命が危ないから、この判断は早くするべきだ。
いや俺の命だけじゃない、優花の命も危ない。

 虚に頼んだこれには俺の【平和】の機械の解除に使うのと同時に、虚の機械、同時に華の機械を暴く意味もあった。

 「理由は単純に俺の機械【平和】の『枷』に必要だからだ」

 と言いながら俺は虚に機械を見せた。
それを見て虚はうーんとうねりながら指を顎に当てる。
迷うような問題ではないはずなんだけどな……。

 「ごめんけど、それは出来ないかな」

 「はあ? 何故だ?」

 虚の解答に俺は眉を吊り上げる。
やっぱり虚は……【悪】なのか?
ジャッジを持った右腕を徐々に上に上げていく。
それに気づいたのか虚は弁解の言葉を紡ぎ始めた。

 「ちょっと待ってよ! これにはちゃんとした理由があるんだ。僕の機械がこれだからさ、もう自分の手で壊しちゃったんだよ」

 そう言って俺に向けた機械は【偽善】だった。
【偽善】の『枷』は「建物内でプレイヤーが三人以上死亡するか、機械を三台以上破壊されること」だったか。
だとすれば前の条件、建物内でプレイヤーが三人以上死亡するを満たしているため、自爆装置を解除していることに納得が行く。
それにクリアを確かめるための条件に機械の破壊も含まれているから、機械を壊していると言うのもありえなくはない話だ。

 「じゃあ、お前のその【偽善】の機械は俺にくれてもいいだろ? ダメか?」

 俺の『枷』に必要な機械は四つ。
だけど俺は既に【調停】の機械と【信頼】の機械を所持している。
それに一応優花のもあるため、あと一つの機械で俺の『枷』はクリアできる。
二つあるに越したことはないが、一つでもあるだけいいだろう。

 「うーん、やっぱりこの【偽善】の機械は【悪】と戦う上で武器になりえるからね。だから簡単に渡すわけにはいかないよ」

 そう来たか……。
確かにそれは正論でおかしいことを言っているわけじゃない。
それでも俺は機械を手に入れないわけにはいかないんだよな。

 ……というか、華はどこにいるんだ?
確か虚と組んでいると言っていたはずだ。
なのに一緒にいないどころか、虚がそれを話題に出すこともしない。
俺はなんともいえぬ違和感を抱いたが、それを疑問へと昇華させることは出来なかった。

 そう言えば華は湊の機械【絆】を持っていっていたはずだ。
だから虚と華は【偽善】、【悪】、【絆】の三つの機械を持っている。
そのうち一つが壊れていて、もう一つは恐らく掃除箱に隠してあって、最後の一つは華が持っている。

 もしかすると華の持っている機械が本当の【偽善】の機械という可能性もあるし、華の所在を虚に聞くことにするか

 「……わかった。あと、もう一つ質問してもいいよな? 華はどこにいったんだ?」

 「えっ? ああ、そう言えば春と暁のとこに華は行ったんだったね」

 それから話しを聞くと、華は俺達に会った後虚の元に帰ってきて、そして直ぐにどこかへ行ったんだという。
だけどそれは嘘だ。
いや、正確には虚が俺に伝えていない部分があるのかどうかでそれが嘘かどうかは決まるんだけどな。

 それは、華が機械を持っているのかそれとも持っていないのかだ。
虚は今少なくとも一つの機械を壊し、一つの機械を所持している。
その最低の個数しか情報がない今、『華が機械を持っているなら俺の機械に表示されるはず』なんだ。
だけど優花のものと俺のものを除外すると今機械の地図に表示されている点は一つしかない。
しかしそれは虚の【偽善】のものではない。
じゃあ――――掃除用具入れに入っているのは誰の機械なんだ?

 「なあ虚、華は機械を持っているか?」

 「ん?」

 俺の質問の意図がつかめないのか、虚は素っ頓狂な疑問を上げた。
これは演技なのか?
にしてもは自然すぎるタイミングでの言葉だった。
このままでは話が進まなそうだったから、俺は仕方なく具体的な質問に言い換える。

 「だから華が虚に機械を預けたり、なくしたりした話は聞かなかったか? じゃなきゃ色々と説明のつかないこともあるんだ」

 「ああそういうことね。確か華はそこの掃除道具箱の中で何かしてたから、もしかするとあるかもしれない。解答はこれでいいかな?」

 「……ああ、それでいい」

 虚の方を見ながら後ろの掃除用具箱へと近づく。
そして掃除用具箱のドアを開いて、中を確認する。
すると中には箒が五本とちりとりが二つ、そしてバケツが置いてあった。

 裏返してあるバケツをひっくり返すとその中には機械があった。
画面をタッチして、その機械の名称を確認する。
華の機械は、虚の機械は【悪】か【偽善】かどっちだ……?

 「え?」

 その画面に表示された文字を見て俺は驚きを隠せなかった。
画面に表示された文字は【孤独】。
それは優花の機械のはずじゃ……?
いや違う、これは【孤独】に偽装した【悪】の機械か!?

 直後、俺のわき腹に衝撃が走った。
鋭く鈍いその痛みに俺は口から酸素を吐き出しながら、吹き飛ばされた。
何があったかを把握するよりも早く俺の体は壁へと激突した。

 「がはっ」

 さっきまで俺がいた場所を見るとそこには足を降ろした虚の姿があった。
間違いない、俺を蹴ったのは虚だ。

 「どういう……つもりだ……?」

 「どういうつもりもないよ。こういうつもりさ」

 床に落とした【孤独】――――じゃなくて【悪】の機械を拾う虚。
そしてそれをポケットにしまう。
入れ替えるように手にジャッジを持ち銃口を俺へと向けた。

 不敵に微笑む虚と苦痛に顔を歪ませる俺。
俺の優位はとっくに返されていたようだ。
まったく……本当に食えないやつだな。

 「華は……虚が殺したのか……?」

 「そうだよ」

 即答だった。
悪びれもせずに、即答で自分の否を認めた。
虚を良く見てみると、いや虚の靴を良く見てみるとうっすらと血が着いているのがわかった。
それは恐らく華の血だろう。
クソ……、既に華まで死んでたのか……。

 俺は痛むわき腹を押さえつつ立ち上がる。
膝がくすくすと笑って震えていた。
一字的なものだろうし、直ぐに直るだろうが、今直ぐに動けないのはまずい。
銃口を向けられている今動けないのは……まずい。

 「まあこの際誰がどの機械だったとかどうでもいいじゃん? どうせ死ぬんだしさ」

 バンと渇いた銃声が教室銃に響く。
そして俺の横に着弾する。
耳がキーンと耳鳴りを鳴らした。
銃弾が俺に当たらなかったのは本当に偶然だっただろう。

 「なんで……こんなことするんだよ……。なんで俺達をこんな目に会わせるんだよっ!」

 虚は【悪】で確定した。
それは=で俺達をここに連れてきたのも虚で確定だろう。
じゃあなんでこいつは俺達をここに連れてきたのか、それだけが気になってしょうがなかった。

 俺の質問に虚は少し笑顔を見せた。
だけどその間にも銃口は決して俺から逸らさない。

 「なんで……ね。こういうことをすることに理由がいるのかい?」

 虚の言葉に俺は反論しようと思ったが、ダメだ。
言葉が出ない。

 「だって人が人を殺そうとするのは、当然のことじゃん? 日常ではみんな抑えて堪えてるけど、こんな非日常で抑える必要はない。こんな言葉(リリック)で考えることも、論理(ロジック)で考える必要も、詐術(トリック)で考えることもない。ましてやそこに好み(ライク)もないし、悪意(ダーク)もないし、選択(テイク)もない。ただ人間の本質の偽っている(フェイク)が邪魔しているだけさ」

 語る虚の様は実に楽しそうだった。

 詭弁、偽論、藁人形。
あらゆる要素が虚を構成している。
あらゆる悪意が虚を形作っている。

 「だから正直になろうよ。自分に正直に、自分の本心に正直になろうよ。そうだね僕みたいに――――悪になるってのはどうかな?」  

 まさか……それを試すために俺達をこんなとこに連れてきたってのか……? 
人間の本心、人間の本性、人間の醜さ、人間の愚かさ、それらを俺達に思い知らせるためにこんなことをしたってのか?
そのために四人は死んだってのか……?

 「……ざけんなよ」

 「ん?」

 「ふざけんじゃねえって言ってんだッ!」 

 俺は叫んだ。
目の前の元凶に向かって思い切り言葉をぶつける。
今までは目の前の敵が見えなくて小さく嘯くしか出来なかったが今は違う。
俺は言える、目の前のクソ野朗に俺の本音をぶつけることが出来る。

 「何が本音だ! 何が本性だ! そんなの知ったことじゃねえ! そんなテメエのくだらねえ妄言虚言の為に遊李は! 初音は! 湊は! 華は死んだって言うのかよ! そんなのが許されてたまるか、そんなのが認められてたまるか!」

 わき腹が痛むとかそんのは関係ねえ。
今動かなくていつ動くって言うんだよ。
今こいつを殺さずに俺はいつこいつを殺せるって言うんだ!

 言ってたよな湊、『悪なんて人間じゃなくてただのゴミだ』って。
じゃあ俺がこいつを殺してもそれは約束を破ったことには……ならないよな?
いや、そうだと言ってくれよ……。
だって――――

 ――――俺はこいつを救うなんて出来ない

 「あはは、変なことを言うね春! 僕は許してもらおうなんて思っていないよ。僕は認められようなんて思っちゃいないよ。僕はもう許されてるし、認められてる。他でもない僕自身に」

 「テメエが許そうが認めようが関係ねえし、知ったこっちゃねえ! 俺が絶対にテメエを許さねえ!」

 俺はジャッジを構えた。
銃口はもちろん虚を狙っている。
しかし虚は俺に銃口を向けていない。
向けれないんじゃなくて、向けていないだけ。
つまり虚は、『夕凪 春程度に日乃崎 虚は殺せない』と思ってるわけだ。

 「冗談じゃねえぞ……。本当に俺はお前を撃てる」

 「そう……だな。確かに春は俺を撃てるよ。撃てないんじゃなくて撃たないだけ」

 銃口を向けられてなお虚は語る。
怖気ず、恐怖せず、焦らず。
いつもの調子でただただ言葉を吐き出す。

 「春自身もわかってるんじゃないの? なんで今自分が撃たないかを。だって『僕を撃って外したらその次はないから』ね」

 そうだ、俺はこのチャンスである一発を外せば間違いなく次の銃弾を放つまでに殺される。
俺が殺されるのは全然……ではないけど問題はない。
だけどそこじゃないんだ。
俺が殺されれば次に虚が殺すのは優花。
それを許すわけにはいかない。

 だが俺はこの一発を100パーセントに命中させれるとは思えなかった。
銃を構えたの自体始めてだし、撃ち方の練習もしていない。
そんなドブの初心者が当てられるとはとても思えなかった。
外した代償が俺と優花の死ともなれば緊張も数倍だ。

 「まあそれでも撃つなら構わない。さあ僕を殺せ」

 両手を広げて無抵抗の意思を見せる虚。
だが俺はそれに対しても引き金を振り絞ることが出来なかった。
手が俺の意思とは無関係にぶるぶると震えている。

 なんでこんなときにブルってんだよ!
俺は優花を守るんじゃなかったのか!
所詮そんなもんなのかよ、夕凪春ッ!
違うだろうがッ!

 「ほら、撃てない。わかりきっていたことだけどここまではっきりすると興ざめするよ?」

 虚の挑発にさえ俺はなんにも言葉を返せなかった。
情けない、とは思わなかった。

 「だからさ、一回チャンスをあげる。僕の前から一回逃げなよ」 

 「はあ!?」

 「よく考えてみなよ、僕の目的は【正義】の全滅じゃないんだ。僕の目的はゲームを楽しむことさ。だって僕は【正義】を全滅させる必要はないんだからね」

 確かに【悪】の勝利条件に【正義】の全滅は入っていない。
つまり虚は嘘は言っていないんだ。
だからと言って俺がここから逃げるなんて……。

 「もう一度言う、逃げなよ。このままじゃ君は僕に殺されるよ? だからチャンスをあげるよ、僕の前から一回逃げて僕を殺す準備を整えると良い」

 「そんなの……出来るわけ――――」

 「――――ぐだぐだ言ってないで早く逃げろよ。暁も一緒に今殺されたいか?」

 「ッ――――」

 俺は言葉を返さず虚の居るドアとは逆のドアから教室を抜け出した。
そして真っ先に優花のいる教室へと向かう。
逃げるわけじゃない、守るためだ。

 さっき別れたばっかりでいきなり会いに行くのは少しかっこわるいけど、そんなことを言っている場合じゃなかった。
一刻も早く優花の安全を確保しなけりゃ、俺が虚に勝つことは出来ない。
勝つ意味がない。

 教室の前へ辿り着き、ドアを開けて開口一番に優花の名前を叫ぶ。
もうこの建物で生きているのは三人だけ。
そして恐らく虚は直ぐには襲ってこない。
だから声を出すのに遠慮はしなかった。

 「……え?」

 教室はもぬけのからだった。
人の気配はない。
優花はいない。

 だけどだからと言って交戦があったようには見えなかった。
じゃあ……優花はどこに言ったんだ?

 「そうだ、特殊機能! 俺の特殊機能で見れば直ぐにわかる!」

 俺はポケットから機械を取り出し、特殊機能を発動した。
だが地図のどこにも優花の姿はない。
違う、どこにも優花の機械の反応がない。

 「どういう……ことだよ……?」

 何かの拍子で機械が壊れたとかか?
だけどなんで壊れた?
まさかッ――――

 「あの掃除用具箱に入っていた機械は【悪】じゃなくて……本当に【孤独】の機械だったのか……」

 だとすればまだ説明がつく。
虚から逃げるために機械を犠牲にして逃げた。
何故機械を置いて逃げたかと言うと、【悪】の機械を持っていると思われる虚から逃げるためだろう。
【悪】の特殊機能で偽装する機会を【平和】にすれば、特殊機能で他のプレイヤーを探索できるからだ。

 いやダメだ、それじゃあまた説明がつかないことが出来てくる。
何故逃げている間に俺に鉢合わせなかったのか。
なんで俺はずっとあの掃除用具箱のある教室の前にいたのに優花に出会わなかったのか。
じゃあなんなんだよッ……!?

 と考えていたときに突如機械が鳴り出した。
メニュー画面へと移ると、そこにはメールの受信を表す表示がされていた。
そこをタッチすると次のようなメッセージがポップアップする。

 『あと五分後に追跡始めるから、逃げといてね』

 文面から判断するに、これは優花からじゃなくて虚からだろう。
さっき丁度【悪】の特殊機能で偽装していたしな。

 優花のことはまた逃走しながら探すか。
とりあえず……無い脳みそ捻って策を考えるとしますかね。
最後はもちろん――――ぶん殴って終わらせるでフィニッシュだ。

 だけど武器がジャッジ一丁しかないのは辛い。
それに対して虚はジャッジ+機械を数台、そして謎の拳銃をもう一丁だからな。
元の身体能力と知能も違うのにこれは不利すぎる。
流石主催者、不平等はお手の物ってわけかよ。

 「ん……?」

 と俺は一つの机の上にキラリと光るものがあるのを見つけた。
それに近づいていくにつれてだんだんと正体がわかってきた。
これは……

 「銃……? にしては少し異質な見た目だけど」

 なんと言うか一般的な拳銃とは一味違う感じの銃だった。
そもそも銃と呼んでいいのかもわからない形状だ。
その横にはこの銃専用と思われる、銃弾も置いてあった。

 弾も含めてまるで子供のおもちゃだ。
と思って手に取ると思いのほか重量があった。
多分ジャッジよりも重いな、これ。
銃の下には説明が書かれた紙も置いてあり、それを手にとって読むことにした。

 『照明弾ピストル モデルM。文字通り照明弾を発射することが出来る。照明弾が直接当たれば重度の火傷を負う。しかしその真価は目暗ましとして使うことである』

 これはどうやらおもちゃなんて馬鹿に出来ない効果を持っているみたいだな。
重度の火傷って……。
それに照明弾か、これは使えそうだ。
これで大分選択肢は増えてきたな。

 そろそろ行くか、と廊下へと足を進めるとまたもや、金属の煌きを持つ何かが目に入った。
足を進めて床に落ちて、いや置いてあったそれを手に取る。
これまたおもちゃみたいな銃だな。
だけどそれもまた、一緒に置いてあった説明書きによって払拭された。

 直接的な戦力には結びつかないが、それでも選択肢を増やすには充分だ。
まあどうにせよ武器は多い方がいいからな。
これで俺の武器は、ジャッジ、モデルM、それと『コレ』。
よし、これだけあれば互角以上に戦える。

 「さて、気合入れていきますかっ」
 
 三つの武器をそれぞれ取り出しやすい場所に入れて肩をぐるっと回した。
コキコキと小気味良い音が鳴って、俺の気分を高揚させる。
さて、終わらせてきますか。

 俺は教室のドアを開け放った。

-----------------------------

【VS Vice】 4

――――夕凪 春は

 ――――日乃崎 虚は

 ――――暁 優花は

 ――――自らの感情の赴くままに自分を執行し始めた。

 俺は教室から出るとまず機械の特殊機能を起動させた。
まあこれで見付かるとは思ってないけど、運がよければ位の気持ちで試してみる。
結果は機械の反応は一つもなく誰がどこにいるかもわからなかった。
当然と言えば当然の結果だな。

 こっちがあっちの位置を知る術がなく、あっちにその手段がある状況で無闇に動くのは自殺行為。
だからと言って動かないよりは、自分から攻めていくほうが効果的だろう。
その判断した理由は少し複雑だ。

 まずあっちにある機械の中でも【悪】の機械は群を抜いて強力だ。
何故なら実質的に虚は【正義】の全ての機械を持っているのと同じになるんだからな。
つまり虚は全ての特殊機能を使える。
それはもちろん俺の【平和】だって例外じゃない。

 だから俺の位置なんて筒抜けも同然だ。
動かずにいても、動いていてもどちらにせよ大した違いは無い。
それならこっちから積極的に攻撃していく方が精神的にも余裕が出るし、なによりあっちの動揺を誘える可能性もあるからな。
さて……あとどれくらいで交戦が始まるかな。
俺はジャッジを手に構えた。

 「――――そこだッ!」

 開戦の合図は俺の叫びだった。
次に続いたのはジャッジの銃声。
廊下の壁が銃弾によって削られる。
人には当たらない。
銃の反動で後ろにひいた体を左足で踏ん張って相手の反撃に備える。

 「あははははははは」

 狂気じみた笑いが廊下に木霊し、やかましいオーケストラを奏でた。
コーラスを続けたまま、俺に向かって虚は真っ直ぐに直進する。
もちろん狙いを定めさせないように直進ではなく、蛇の様にうねりながらの走行だ。
距離が十メートルに迫ってきたところで俺は正面からの戦闘は無理と判断し、後ろ足で階段へと逃げるために左足を後ろへ伸ばす。

 出したその直後銃声が響き、俺の左足の靴の先をかすかに貫く。
幸い――――いや、威嚇の為なのか俺の指先にはダメージはまったくなかった。
だが距離はしっかりと詰められている。
これはまずい。

 ――――なんでこいつこんなに戦いなれてやがるんだよッ!?

 そんなことを考えている場合じゃない。
俺も苦し紛れの薄い弾幕を張り、虚との距離を取った。
一瞬の隙を突き階段へと駆け上がり、更に距離を離す。
逃げる間も視線は後ろのままに、ジャッジを構えることをやめない。

 「はあ……はあ……」

 緊張と急激な運動のせいでいきなり息が切れ掛かっていた。
運動不足なわけじゃなかったはずなんだけどな。
近くにあった教室の中へと入り、壁へと背中を預けた。

 ジャッジのリボルバーを外して、残りの弾数を確認する。

 ――――1、2……あと二発しかねえのかよッ

 俺の殺傷可能な武器は残りこれだけだ。
他の武器は殺傷ではなく、奇襲の用途でしか使うことは出来ない。
クソ……これじゃあ勝ち目が薄い……。

 廊下にカツンカツンと足音が響く。
通り過ぎるまでは息を殺す。
心臓がドクドクと脈打っている。
その音はとても小さいのに世界を震わすかのような錯覚に見舞われた。

 足音が俺がいる教室を通り過ぎる。
安堵のお陰で口から息が洩れる。
音を立てないように静かに立ち上がり、モデルMを手に握った。

 廊下へと立ち、虚の背中をモデルMの銃口で狙う。
呼吸と同時に手が震え、狙いが定まらない。
いや、モデルMは攻撃用の銃じゃないから別に人を狙う必要はないんだったな。

 ――――今なら気づかれてねえんだ……。いける……

 引き金を抑える。
ギリギリと少しずつ後ろへと引く。
そして引き金を引ききった。

 それと同時に虚は横へと飛んでいた。

 「何ッ!?」
 
 直後光が爆ぜた。
ポシュと音を立ててモデルMから飛んでいった照明弾は勢いをそのままに虚がいた虚空を切り裂いて光を爆発させた。
廊下に光が溢れ俺の視界をも奪う。
虚は直前に教室へと飛んでいたため、この光を直接見たかは定かじゃない。
だけど恐らく……直前で避けただろう。

 これで虚が【悪】の機械を【平和】に偽装しているのはわかった。
だからって言って俺は何をすればいい!?
逃げるか、逃げるしかねえ!

 俺は教室のドアを思い切り閉めて再び階段へと向かい逃走する。
チクショウ! これじゃあジリ貧じゃねえか!
実際今ので照明弾が一発減っちまったし、そして何よりもう奇襲は使えねえ。
どうする、俺!

 階段を登っている途中にも下の階の廊下から歩く音が聞こえる。
当たり前だが音の感覚は短い。
俺は一層足の力を強める。
ふくらはぎに乳酸がたまってきているのがわかった。
運動不足が原因かもわからない。

 教室に隠れるのも無駄。
奇襲は通じない。
正面から攻撃したら負ける。
じゃあ勝ち目なんてねえじゃねえかよ!

 考えろ、考えろ!
俺にも考えることは出来るはずだろうが!
馬鹿でも、アホでも、運動が出来なくても!
それでも俺には考えることだけは出来る!
だから考えやがれ俺!

 口から洩れる息の量がだんだんと増えて行く。
体の中の酸素がどんどん減少して、疲労のペースが速くなる。
何もない廊下の一面でバランスを崩す。
体力の限界は近いらしい。

 まず考えるべきなのは俺の敗北条件だ。
俺がどうしたら負けるのか。
それを理解しないことには俺の勝ちなんてものは見えてこないからな。
俺の敗北条件、それは優花が死ぬ、虚を殺せない。
このどちらかに当てはまってしまった場合だ。

 優花が死ぬ、これは正確には敗北ではないが、俺が虚と戦う理由がなくなるから負けで構わない。
俺が虚を殺すのも優花を守るためなんだからな。
だから俺は優花が死んでも、虚が殺せなくても負けだ。
負け、つまり死だな。
俺は死ぬわけにはいかない。

 後ろを向く。

 すると突然、狙ったようなタイミングで虚の姿が現れた。
そして俺の姿を見るなりダッシュ、直ぐに立ち止まった。
何故? と疑問を示すよりも早く虚は行動を始める。

 虚は拳銃を構え、発砲を開始した。
一発じゃなくて、乱発。
てことは手に持っているのは最初に全員がもらっているジャッジじゃなくて、遊李の機械の情報の球体から得た拳銃と言うことになる

 ――――おいおい連射も出来るなんて聞いてねえぞ!

 銃弾から回避するために俺は教室に身を隠した。
乱射は直ぐに終わり、廊下に静寂が戻る。
次の連射が来る可能性も考えたが、考えても教室内に入られたら詰みなため弾切れと判断し廊下へ飛び出す。

 俺の判断通り連射は来なかった。
だが既に廊下に残された爪あとは大きく、壁は削られ、床は抉られていた。
命中地点が大幅にずれているところから狙いはつけられないみたいだな。
と言ってもこれだけ連射されれば致命傷は受けるだろうけど。

 身の危険のせいで話が逸れたが、次に勝利条件だ。
俺の勝利条件はもちろん優花を守ること、そして虚を殺すこと。
つまり俺の勝利条件と敗北条件は真逆に位置するわけだ。
まあ当たり前か。

 俺はいかにして虚を殺すかを考えなきゃいけない。
撃つ覚悟を、殺す覚悟を、終わらせる覚悟を、守る覚悟を今ここでつける。
全てをここで終わらせる。
俺が優花を助ける!

 ここまで状況がはっきりしたら何か策が思い浮かぶかと思ったが、まるで浮かばないな。
やっぱりそこまで簡単な話じゃないか。
クソ……やっぱりリスクが高くても、無茶をして正面から特攻するしかないのか?
確立は低いわけじゃねえけど……高いわけでもねえからな……。

 ――――こんなとき……湊が生きてたら俺にどんな策をくれるんだろうな……

 って、ダメダメ!
もしもの仮定の話は今しても仕方がない。
俺は今の俺で出来る最良の解答を選択できるはずだ。
信じろ、自分を。

 だんだんと端へ追い詰められてしまっていた。
少し距離は詰められてしまうが階段を下りるか。
あんまり取りたくない手段なんだけどな。
階段を二階のステップで飛ぶ。
それはこのゲームの開始前に優花が見せていたあの動きに似ていて、少し皮肉っぽかった。

 踊り場に着地に成功したとき機械が電子音を奏でた。
俺は走り回りながらあわただしい手つきで機械を操作する。
すると今の音声はメールが来たことを知らせた電子音だったようだ。

 ――――このタイミングで誰が? 俺の行動を遅れさすために虚がしたのか?

 だけどそれは有りえない。
何故なら虚は今【悪】の機械の偽装は【平和】になっているからだ。
まだ規定の時間に達していないから解除したと言うのもありえない。
じゃあ誰が?

 ――――まあ……優花しか考えられないよな

 俺はメールを開いた。
そこにあった文章は……。

 「へえ……。そうかいそうかい」

 俺に新たな選択肢を浮かべさせた。
いや、俺のすべき最良の行動は決まった。
俺の未来を切り開くための一手はこれだ。
さて、つまらねえ鬼ごっこはここで終わりにしようか、虚!

 俺は廊下の端へと走ると立ち止まった。
虚もそれにあわせてか俺の前で立ち止まる。
お互いに銃口を向けず睨みを利かせあう。
まるで先に動いた方が死ぬ、と思わせるかのように鋭い眼光が狙う。

 「どうしたよ、撃たないのか?」

 「どうした、撃たないの?」

 「なんだ、ビビッて引き金も引けないってか?」

 「なんなの、自分の怯えを隠すために虚勢を張るって? そういうのは僕の専売特許だよね」

 お互いが言葉の弾丸を撃ち合っていた。
それがもたらす効果は動揺。
一瞬の動揺がもたらす結果は死。
俺達は見えない凶器で互いの心臓に銃口を向けていた。

 「なあ、もう一回たずねさせてくれよ。なんでこんなことしたんだよ?」

 なんで、こんなゲームを開催したかについて、俺はどうしても聞きたかった。
それだけが気がかりで仕方なかった。
なんでこんな共通点のない俺達に殺し合いをさせようとしたかが気になった。
何の目的があったかが気になった。

 「理由がない、とは言わないよ。多分僕はね、」

 虚は一度呼吸を入れた。

 「退屈だったんだ。日常が、この状況が、全てが」

 そのときの虚の表情は珍しく辛そうだった。
悲しそうでもあった。
今言っているのはいつもの虚言ではなく、本心からの思いのようだ。

 「だからさ、僕は湊という可能性に賭けていただよ。もしかしたらこんな僕でも変えてくれるかもしれないってね」

 多分、今の虚を撃とうと思えば撃てる。
いや撃たないけどな。
それくらいに虚は珍しく語りに入ってるってことだ。
自己の防衛を忘れるくらいに集中していた。

 「だけど結果は見ての通りさ。正直がっかりしちゃってさ、つい園影を殺しちゃった」

 あはは、と笑う虚。
表情は笑っていても目はけして笑っていなかった。
笑っていないどころか、どこを見ているのかもわからない虚ろな目だ。
その目はどこを見ているのだろうか。
世界をどんな風に見つめているのだろうか。

 「でさ、春は気づいてた? 園影と湊の関係に、園影のもう一つの名前に?」

 「え?」

 その瞬間、俺は虚の言葉に意識を奪われた。
一瞬油断してしまった。
俺が気づいたときには既に虚は銃口を俺に向けていた。
反射的に俺もジャッジを握る。

 「遅いよ!」

 「ぐあああああ!!」 

 銃弾が俺の左腕を貫いた。
血塗れた叫び声が廊下どころか校舎中に、いや『箱』中に響く。
痛みに俺は両膝を床に着いた。
左腕からドクドクと血液が流れ出す。
着弾点がだんだんと熱を持ち始め、意識が朦朧とし始める。
 
 「油断したね。ダメじゃん、詭弁や虚言は僕の得意技じゃん?」

 「虚ォォォッ!」

 俺はジャッジから持ち直したモデルMの銃口を虚へ向けた。
そして間髪いれずに発砲
廊下に二つの銃声が鳴り響く。

 一つは虚の撃った45ロングコルト弾。
それは俺の頬を掠めるだけに終わった。
ついでに少量の髪の毛も持っていったが大した差ではない。

 そしてもう一つは俺が撃った照明弾。
それは虚の正面辺りで爆ぜ、周囲に光を撒き散らした。
虚はこの光を直接見たはずだ。
だが俺は眼を閉じて光を見るのを回避していた。

 「うおおおおおお!」

 そして虚に向かって走り、思い切りグーでパンチを打ちつけた。
虚は後ろへと飛び、廊下に無様に転がる。
それに乗りかかり更にもう一発グーでパンチ。
虚が反撃に腕を上げようとするが、それを足で押さえつけて停止させた。

 俺は何度も何度も虚に殴りかかる。
怒りを込めて、恨みを込めてひたすらに殴る。
虚の口から血が流れ始めた。
それでも俺は殴ることをやめない。
ひたすらに殴り続けた。

 ――――俺、何やってんだ……?

 これが俺がやりたかったことなのか?
いや、これが俺がしなくちゃいけないことだ。
わかってる。
わかってるはずなのに、違う気がするんだ。

 これは迷う問題じゃないはずだ。

 俺の頭の中に疑問が浮かんだその瞬間、俺の体が、虚の体に持ち上げられた。
体が浮いた一瞬の隙に虚は自由になった両足を器用に伸ばし俺の脳天につま先を当てる。
突然の一撃に俺の体がぐらりと揺らぐ。

 そして俺の体が揺らぐと虚は俺のマウントから抜け出し、立ち上がった。
未だに座った体勢のままの俺の体に思い切り蹴りが入った。
空気を吐き出しながらさっきの虚と同じように転がった。
お返しと言わんばかりに虚が俺のマウントを取った。

 ――――まずいッ!

 まずは俺の顔面にブロウが浴びせられた。
そしてラッシュ。
さっきまでの俺がしていたのとまったく同じことを、虚は俺にしていた。
藁人形の呪いのように、同じ痛みを俺に返していた。

 口の端が切れて血が流れ始めた。
だけどラッシュはやまない。
次は頬の内側の肉が切れた。
口の中に血の味が広がる。
それでもラッシュはやまない。

 左腕の痛みと同時に作用して、俺の意識がだんだんと奪われていく。
思考が強制的に停止を余儀なくされる。
目の前がだんだんと黒に閉ざされていく。
わずかに瞳に移るのは虚の悲しそうな表情だけだった。

 「はは、ははは、ははははは……」

 壊れたオルゴールみたいにひたすら同じ音だけを繰り返す虚。
虚ろな瞳で空虚な世界を虚しく叩き続けていた。
目的なんてないだろう。
目論見なんてないだろう。
目録なんていらないだろう。
虚が、全てが虚空にしか見えない世界を見ることになんて。

 でもな、虚。
お前にとってはそんな風に世界が見えなくてもよ、俺には見えるんだよ。
優花や悠花が笑って暮らせる世界の全てがよッ!

 俺は右の袖口に隠していた最後の切り札、もう一つの武器を手に握った。
ミニリボルバー。
大きさは掌ほどのサイズで、重さも100グラムほど。
あってもなくても同じような存在感の銃だ。
どう考えても致命傷に至らすのは難しい威力しかないリボルバーだ。
だけど、なかなかの貫通力を備えてんだよ。

 こんな近距離で撃てば隙が出来るくらいの威力はよ!

 俺は引き金を引いた。
銃弾が、22ロングライフル弾が銃口から飛び出す。
弾丸は虚の背中を抉った。
虚の着ていた学ランを掠め取り、肌をも削る。

 「あああああ!?」

 不意打ちに、その威力に虚は後ろに飛びのいた。
俺への攻撃をやめて廊下を転がる。
不思議と無様だとは思わなかった。
ただ、人間らしいな、と思った。

 「なあ虚、世界ってさそんなにつまらないかよ? そんなに興味を向けるものがないかよ?」

 俺はミニリボルバーを再び袖の中へと収め、代わりにベルトに挿していたジャッジを構えた。
銃口を虚に向けながら、俺は言葉を続ける。

 「自分を諦めちまうほどにこの世界は楽しくないか? こんなことをしちまうくらい虚しい世界か?」

 痛む左腕を動かして口についた血をふき取る。
口の中に溜まった血を唾と一緒に廊下へ吐き出す。
少しずれた気がする顎を閉じたり開いたりして無理矢理強制した。

 「俺はさ、この世界を捨てたもんじゃねえって思える。こんなに人間が生きるために必死な世界を俺は拒絶することなんて出来ねえよ」

 そして俺は引き金に指をかける。

 「だからよ、俺はまだお前を諦めたくないんだよ。だからさ、最後にお前の答えを聞かせてくれよ。お前はこの世界に生まれてよかったって思えないか?」

 既に虚は背中の傷を痛がっていなかった。
俺の言葉を聞いて、自分の思考をまとめているようだ。
何を見ているかもわからない瞳で答えを必死に探していた。

 虚の唇がうっすらと開く。
そして言葉を吐き出す。

 「僕はさ、この世界に生まれてこれてよかったと思ってるよ。この世界に生まれなかったら、湊に会えなかった。自分を変えれるなんて微塵も思えなかった。春に出会えなかった。こんな感情になることもなかった」

 声が震えている。
泣いて、いるんだろうか?
俺にはよくわからない。
日乃崎虚と言う人間が。

 「僕は……もっと生きていたいと思っちゃったんだよね……。もっと早くこの世界の素晴らしさに早く気づけばよかった……」

 すうはあ、と虚は息を吸って思い切り叫んだ。

 「僕は死にたくない!」

 俺はその言葉が聞けただけで満足だった。
いや、俺というよりも湊は、か。
湊も虚からこんな言葉が聞けたって聞けば満足してくれるよな。
こんな虚を見れたならば、湊も喜んでくれるよな。

 「もっと生きていたい! この世界でもっと楽しく生きていたい! 僕はまだこの世界について何も知らない! だから知りたい!」

 そんな虚の言葉を聞いても、俺の意思は変わらなかった。
虚は【悪】だ。
だから殺さなきゃいけない。
でも……殺したくない、と少し思ってしまった。
変わらないけど、思ってしまった。

 「だからさあ……死んでくれよォォォォォッ!」

 虚は俺に向けてジャッジを構えた。
その刹那、銃声が廊下に木霊する。
俺の手にしていたジャッジじゃない。
もちろん虚のジャッジでもない。
煙が上がっているのは、虚の背後からだ。

 虚の背後にいる優花のジャッジからだ。

 「あ……あ……」

 バタン、と虚は床に倒れた。
着弾点は心臓の付近。
そこから流れ出した血液が次第に床に赤いキャンパスを作り始める。
真っ白な床が赤色が埋め尽くして行く。

 「そうか……僕は……死ぬんだね……」

 いつもと変わらない虚ろな瞳でどこかを見つめる虚。
俺は黙って、ジャッジをベルトに挿した。

 俺が会談から飛んだときに優花から受け取ったメールの内容はこうだ。

 『日乃崎の後ろにずっと私はいる。いつでも撃てる。だから春はやりたいことを精一杯やって。私が守るから』

 まったくよ……守るのは俺だっての。
でも実際は俺が守られたことになるのか?
まあそんなのはどうでもいいや。

 「そうだ……虚、お前は死ぬんだ」

 「そう……か。残念だね」

 その声はどこか嬉しそうにも聞こえた。
もしかすると今虚は、世界が色づいて見えているのかもしれない。
それを良かったと、言えるかは微妙なところだ。

 「じゃあさ……最後に遺言を言わせてよ。いい……よね? 勝手に言うよ、湊と園影には本当に何か関係があるみたい……だよ。直接じゃあないかも……だけど……ね。もしかしたらさ、ここにいる全員が直接じゃないにしろ関係があるのかも……ね」

 死ぬ直前のはずなのに、虚の言葉はいつものように飄々としていた。
死ぬ前だから強がっているのかもわからない。
どうにせよ、虚は死ぬ。

 「言い残したことは……もうないか?」

 「……僕もさ……もうちょっと……まともに……生きれる……未来もあったはず。なんて思ってた……んだよ」

 「そうか……」

 虚はもう耳が聞こえていないようだ。
俺の言葉に対する会話が成立していないのが良い証拠だ。
多分目ももう、見えていないだろう。
せっかく見えた世界ももう見えていないだろう。

 「ああ……最後まで……くだらない……人生だったなあ……」 

 「そんなこと――――」

 「――――でも……生きててよかった」

 そして虚の体がガクッと倒れた。
もう起き上がることは二度とない。
つまり、日乃崎虚の人生はここで幕を閉じた。

 「虚……じゃあな」

 俺は別れの言葉を呟いた。

 こうして、日乃崎虚と言う人間の幕が閉じたと同時に、俺達は生き残った。
【正義】が【正義】を殺した場合、自爆装置が作動する。
優花は虚を撃ったが、自爆装置は作動しなかった。
つまり、虚は【悪】だったんだ。

 俺達はあと、四時間と少しで……日常に帰れる。
アホな友達や悠花の待つあの日常へ帰れる。
あと、もう少しで。

そこで俺の意識は途切れた。






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【VS Vice】 5

 目の前に優花がいた、悠花ちゃんもいた。
だけどなんか小さい。
見た目的に八年くらい前の二人かな?
ちっちゃくて可愛い時期も優花にあったんだな。
こんなの優花本人に聞かれたら絶対に怒られるな、はは。

 ――――ねえ、春くんはしょーらい何になりたいの?

 小さい頃の……と言うか今も小さいけどね。
まあ八年前の悠花ちゃんが俺に尋ねたことだ。
なんて答えたかは……まあうろ覚えだけど一応は覚えている。
確か、

 ――――優花ちゃんと悠花ちゃんを守れる正義の味方になりたい!

 ……おいおい、あの頃の俺恥ずかしすぎるだろ。
まあガキのときも、今も、その目的だけは変わってないな。
俺は今でも優花と悠花ちゃんを守りたいと思ってるから。
命に代えても守りたいと思ってる。

 ――――ふんっ! 春なんかが私たちを守れるわけ無いじゃない!

 子供の頃から随分と毒舌だよな、優花は。
俺の精神は擦り切れるくらいでしたなーあはは。
まあそんなことガキの頃の俺は考えては無かっただろうけどな。

 そのときは何て返したっけか?
さすがの俺でも覚えてないな。
いや、どんな俺ですか、ってなるけど。

 ああ、そうだ。
なんとなくだけど思い出したや。
いつも思い出すときはなんとなくだけど。
確か、俺は……

 ――――なんか……柔らかい感触が頭の近くに……

 「は?」

 眼を覚ますとそこには優花の顔があった。
もちろん八年前の幼い優花ではなく、18歳の大人びた雰囲気の優花だ。
俺が起きたのに気が着くと、優花の表情は突然真っ赤になった。
そして情けなく言葉を口から漏らし、ながら頬を更に紅に染める。

 そこでようやく俺はどういう状況にいるか気がついた。
膝枕。
多くのカップルが当たり前のようにして、彼女を持たない男子諸君の憧れの的のあの行為だ。
俺の場合、相手が彼女じゃなくて幼馴染なのが少しアレだが、羨ましい状況なのに変わりはないだろう。
さて、どうしてこうなった。

 「あーと、えーと、なんと言うか……ありがとう?」

 「もうっ!」

 ぷいっ、優花はそっぽを向いた。
その仕草だけは八年前とまったく変わらないから少しいいものだな、とか感動。
いつまでもその表情を守って生きたいな、と思った。
ああ、柄でもないこと言ってんな俺。

 それからゆるく時間が流れていった。
他愛もない雑談を繰り返し、笑ったり、怒ったり、まるで日常に帰ってきたようだった。
そこにもう一人悠花ちゃんが加われば日常の完成だな。

 だけど俺達は笑っているだけじゃいけない。
俺達は、この『箱』の中で閉じてしまった五つの人生を背負わなくちゃいけないんだ。
決して忘れちゃいけない。

 入戸遊李。
いつも偉そうで、でも子供っぽくて、でも自分の人間像はしっかり出来てるやつだった。
一人称が私様ってのはなかなかのインパクトだったな。
しかも最初から俺たちに対して偉そうな態度で、でも言葉遣いはそれなりに丁寧だったか。
一緒にいた時間は短かったけど……憎めないやつだったな。

 滋賀井初音。
いっつも湊の傍にいたって印象しかないな、正直。
でもなんだかんだ言って初音も結構中心にずっしりとした芯を持ってたよな。
湊におんぶに抱っこってわけじゃなくて、自分の選択を出来るタイプだった印象って思っておこうか。

 鏡峰湊。
湊には俺は何から何まで負けていたと思う。
頭の回転、運動能力、そして意思の強さ。
何からなにまで湊には負けっぱなしだったよ。
だけど完璧ってわけじゃなくて初音の死の瞬間には動揺してた。
でもそれも人間らしく見えてよかったな。
なんか死ぬ間際をよかったとか言うと少し不謹慎っぽいけど。

 園影華。
最初見たときは果敢なげな印象を持ったな。
でもゲームの途中で自分から虚と組んだり、死体に自分から触ったりと結構度胸もあったこともわかった。
そう言えば虚が最後に湊と華がなんとか〜って言ってたけど結局なんだったんだろうな?
まあ、今となってはそれも関係ないか。

 日乃崎虚。
正直最初の印象は危ないやつ。
……振り返ってみるとずっとそんな感じだったな。
聞いた話によると湊たちを襲ったりもしてたみたいだし。
それに華を殺したのも虚なんだっけか。
最後のあの姿を見てからだと、そのことも、虚が俺達をここに連れてきたことも考えにくいんだよな。
だけど、虚自身が肯定していたし、そうなんだと思うしかないか。

 全ての元凶は虚で、全てはもう解決したんだよな……。
そうだよな。

 俺はこの五人のことを絶対に忘れない。
忘れちゃいけない。
忘れられない。
生きようと必死にもがいていた五人のことを。

 「なあ優花、あとどれくらいで首輪を外せる?」

 途切れた会話の流れを無理矢理に繋ぐために優花にたずねた。
その質問に優花は言葉を返さなかった。
……そんなに返答に困るような問題だったか?
わからないなら、わからないって言ってくれればいいんだけど。
もしかして、機械が壊れたとか?
いや、それはないか。

 「ええと……えと……。うん、そだね」

 「ん、どうした? 何か慌ててるのか?」

 「違う! 違うの、違うから……」

 やっぱり優花の様子がいつもと違う。
様子がおかしい。
こんなに慌てるなんていつもの優花らしくもないな。
俺の怪我を気にしてるわけでもないだろうし……。

 って怪我で思い出した。
そう言えば俺、虚に左の二の腕撃たれててたんだっけ。
その箇所を見てみるとちゃんと包帯で処置がされていた。
優花、こんなことも出来たんだな……。
なんか意外。

 「多分……あと十分くらいね」

 「十分、か」

 随分とピンポイントで時間を指定してきたもんだな。
何を根拠に言ってるんだか。
まあ、俺には知りえない優花なりの根拠があるんだろう。

 「えっとね、春」

 「ん?」

 突然優花が俺の名前を呼んだ。
一文字だけの返答を反射的に返して優花の返事を待つ。
けど優花はもじもじとしてなかなか言葉を口に出さなかった。
本当に今の優花、なんかおかしくないか?

 「春はさ……私のことどう思ってる?」

 どう、か。
いきなり言われてもなんて言えばいいんだろうな。
幼馴染、じゃちょっと物足りない。
親友、じゃちょっと違う。
家族、じゃちょっと温い。

 じゃあなんなんだろ?

 「多分……初恋、なんだろうな」

 「え?」

 「え?」

 やばい思考が口から洩れた。
正直少し気まずいんだが、どうしよ?
いやー少しまずくない?
これぶっちゃけ告白みたいじゃん?

 「それって……好き、ってこと?」

 「あー、いや、えー、あ、まあ」

 上手いフォローの言葉が思い浮かばない。
いや、なにをフォローするんだって感じだけどさ。

そうだな。
もう言い訳する必要もないか。
逃げるのはやめよう。
正直に俺は、思ってもなかった自分の本心を口にした。

 「そう、俺はずっと暁優花のことが大好きだった」

 「……え?」

 「だった、じゃねえか。これからもずっと大好きだ」

 優花は頬を赤めると言うのを越えて唖然とした表情を浮かべていた。
驚きって言うのが一番近いか。
まあいきなりこんなこと言われちゃ驚きもするよな。
だって言った本人の俺でさえ驚いてるし。
てか顔が茹蛸状態。

 「じゃあ聞き返すよ。優花は俺のことどう思ってる?」

 俺が笑顔でそう聞くと優花は突然泣き始めた。
え、なんで?
俺もしかして優花泣かせちゃった?
うわーやべ、どうしよ。

 「もう……」

 泣きながら優花は嗚咽を交えながら喋る。
両手で涙をいくら拭っても涙は止まっていない。
緊張が解けたってのもあるのか?
よくわからんね。

 「もう……本当に……卑怯だよ……」

 卑怯、初めて言われた。
少しショック。
これを好き好んで言わせていた虚ってもしかして凄い神経してるんじゃね?
今となっちゃ確認のしようないけどさ。

 「春は……いつもこういうときだけ……そんな良いこと言ってさ……。本当に卑怯だよ……」

 「男ってのは少しくらいずるい方がかっこいいのさ」

 さりげなく卑怯をずるいを変えたのは秘密ね。

 俺はとりあえず優花を後ろから包んだ。
いきなりこんなことして引かれないかと思ったけど、大丈夫みたい。
それどころか優花は俺の手に手を重ねた。

 優花の手は絹の様に柔らかかった。
でも冷たくて人形のみたいでもある。
零距離で接すると、手が震えてるのがわかった。
何に、震えてんだろ。

 「……どう……私が……」

 なんて言ったかは小声だったため上手く聞き取れなかった。
声も震えていた。

 そして時が止まった。
俺が優花の体を包んで、優花が俺の手を握ったままで時間が止まる。
何もせずに、何も起こらずに。
このまま全てが終わればいいのにな、とか思ったりする。

 「……ありがとね、春」

 時が進むのはまた突然だった。
急に優花が俺の手を振りほどいた。
俺は特に驚かずに、優花から距離を取る。

 「そろそろ、自爆装置外してもよさそうかな」

 優花は独り言のようにそういうと機械を操作し始めた。
最早手つきに最初のような、危うさはなく、完全にマスターしているようだ。
これが日常に帰ってからも役にたつことがあるのかなあ。
あればいいな。

 ガチャン、と音がして優花の自爆装置が外れた。
外れて少し余裕が出来た自爆装置と首の間に指を差し込んで、それを外す。
忌々しそうにそれを遠くに投げ捨てた。
これで、優花はクリアか。

 「じゃあ、優花機械をくれ。それを壊せば俺も四個の機械の破壊でクリアだ」

 最初から持っていた、【調停】、【信頼】。
そして優花が虚の死体からあさったと言う【偽善】。(何故か【悪】の機械はなくなっていたらしい)
それに、優花の機械で四つ目だ。

 これでやっと帰れる。
忌々しい自爆装置から開放される。
もう、殺し合いをする必要は無い。

 「ごめん……」

 だからこそ優花の答えは意外だった。
意外というか一瞬自分の耳を疑って、次は聞き間違いを疑った。
だって、おかしいじゃねえか。
なんで優花がこの頼みを断るんだよ?

 「なんでだ? まだ【孤独】のクリアに何かいるのか?」

 「違うの……。だから……ごめん……」

 「謝ってばかりじゃわからねえよ。なんでだ? 教えてくれ」

 さっき泣き止んだばっかりなのに優花はまた泣き始めた。
今回ばかりは本当に話しがわからない。
どういうことだ?
今、何が起こっている?

 そして優花は俺にジャッジの銃口を向けた。

 最初は冗談かと思った。
まあ冗談にしてはかなりきついが。
だけど違う。
優花の目は本気だ。
本気で引き金を引ける目だ。

 「……なんでだ?」

 「私は春とは一緒に帰れないの……」

 優花は泣いていた。
表情が、心が。
悲しみに濡れていた。

 このとき俺の頭の中には一つの仮説が立っていた。

 虚が【悪】を【孤独】にしたのは明らかに俺の動揺を誘うためだろう。
だとしたら、【平和】に偽装するまでの時間が早すぎなかったか?

 華が虚と組んでいた理由も説明がつかない。
どっちがどっちの機械だったにしろ、最初から組む理由がないんだ。
あとから裏切るとかじゃなくて、最初から殺すべきだったはずなんだ。
なのに組んでいたのは何故か。

 それはどっちも【正義】のプレイヤーだったからじゃないのか?

 どうして俺が虚から逃げてきたときに優花の機械が俺の特殊機能にひっかからなかったんだろうか?
その理由は優花が機械を持っていなかったからじゃないことはわかっている。
じゃあ何故だろう?

 【偽善】の特殊機能を使える状態だったんじゃないか?

 それらが意味することはただ一つだ。
俺の頭を冷静に考えさせるために、全員の機械を当てはめていけばいこう。

 【調停】、入戸遊李
 【信頼】、滋賀井初音
 【絆】、鏡峰湊
 【偽善】、日乃崎虚
 【孤独】、園影華
 【平和】、俺、夕凪春

 【悪】、暁優花

 「私が……【悪】だから」

 教室が凍った。
俺の思考が停止した。
いままで考えまいとしていたことが頭の中に流れ込んできた。
わかってしまった。
わかっていた。

 優花が【悪】のプレイヤーかもしれないってことを。

 「なあ……嘘だろ? それ、嘘なんだろ? 嘘って言ってくれよ……」

 俺は天井を見上げたまま喋る。
わずかな希望を口にして、微かな望みを口にして。
だがそれも簡単に打ち砕かれる。

 「嘘じゃ……ないの。私が……【悪】なの」

 「ふざけんじゃねえっ! なんで、なんで優花が!」

 「そんなの! ……わかんないよ……」

 嘘だろ……?
優花が俺達をここに連れてきた真犯人だってのか……?
虚を殺したのもあいつに罪をかぶせるため?
いや、だけどそれだと虚の言動に説明がつかない。

 まさか……虚がずっと言っていたのは、人を殺すことについてだったんじゃねえか?

 そう考えても会話の流れ的にはおかしくない。
いや、むしろ会話の流れを考えればこれが自然じゃないか。
じゃあ本当に優花が俺達を……?

 「私……ちゃいけないの……」

 「何をだ……」

 俺は内心わかっていた。
優花が【悪】なら俺になにをするかを。
何をしなくちゃいけないかを。

 「私、春を殺さなくちゃいけないの」

 頭が痛くなった。
何が優花と一緒に帰るだよ。
何がもうすぐで日常に帰れるだよ……。
ふざけんじゃねえよッ……。

 「その前によ……一つ聞かせてくれよ」

 「うん」

 優花の涙は止まらない。
俺は口の内側の肉をギリッと噛む。
切れて口の内側から血が流れてきた。
こんな痛み、優花の痛みに比べれば軽いもんだ。

 「なんで、こんなゲームを始めたんだ?」

 「それは……知らない」

 「は?」

 一瞬頭の中が真っ白になった。
知らない?
何故?
どうして【悪】の人間がこのゲームを始めた理由を何故知らないんだ?

 もしかして……【悪】が真犯人じゃないのか?
じゃあ誰が……?
いや、候補は一人しかいないか。
あいつしかありえないよな。

 「そうか……。じゃあ優花もこのゲームに巻き込まれただけなんだな?」

 「……うん」

 「じゃあ――――俺を殺せよ」

 「え?」

 俺はそれだけが聞ければ充分だった。
それだけ知れれば満足だった。
優花が俺達をここに連れてきた犯人じゃないってことがわかればそれだけで充分だ。
もし、優花が犯人で俺達をここに連れてきた人間だったとしたら、俺はむざむざ殺されてやるわけにはいかない。
むしろ相手が優花であろうが殺す気でいた。

 だけど、優花が犯人なら違う。
優花も同じ被害者なら日常に帰るべきなのは、優花の方だ。
俺は帰っても何もない。
だから優花は悠花ちゃんの元に返るべきだ。

 「だから俺を殺せって。ジャッジの弾丸はまだあるだろ?」

 「いや、え? なんで……?」

 「俺はさ、お前に生きていて欲しいんだよ。お前に生きて悠花ちゃんの元に帰って欲しいんだよ、わかってくれ」

 「わからないよそんなの! 私だって春に帰って欲しい……」

 二人が一緒に帰ることなんて出来ない。
だからどっちかが死ななくちゃいけないんだ。 
その死を俺が背負う。
それでいい、それでいいんだ。

 それでいいから、俺は優花を守りたい。
どんな理由でも、どんな犠牲を払ってもいいから。
ただ優花を守りたかった。

 「俺なんてどうでもいいんだ。じゃあ天秤に掛けてみろよ、俺と悠花ちゃんを」

 「そんなの……できるわけないよ!」

 あー、まあそうだよな。
今の質問はよくない。
じゃあなんて聞くべきだろ。
うーん、思いつかん。

 「いいからさ、早く俺を殺せよ。もうあんま時間もねえだろ?」

 俺は優花に嫌われる覚悟でいた。
ずっと酷いことを言って、嫌われた上で殺されるつもりだった。
俺が嫌われるだけで優花が生きれるなら安いもんだ。
いくらでも嫌われてやる。

 と、頭ではわかっていても心がずきずきと痛い。
嫌われることを嫌がっている。
まったく俺って意思弱いよな、本当に。

 やろうって決めてもどっかで不安がってびびってる。
マジでチキンだな、俺。

 でも一つだけは引けないことがある。
これだけは絶対に、びびっても引けないことがある。
それが優花だ。
絶対に優花だけは守らなくちゃいけない。
悠花ちゃんの元に返さなくちゃいけない。

 「だからさっさと俺を殺せ!」

 優花は葛藤していた。
自分と戦っていた。
優花の生き残りたいって言う気持ちと、俺を殺したくないって気持ちが戦っていた。

 本当だったら俺が自殺できればいいんだけど……。
俺はそんな度胸はもちあわせてないんだよな。
それにそんなことをしたら優花は中途半端な気持ちで悠花ちゃんの元に帰ることになるし。
だからしっかり最後は優花自身に決めて欲しかった。

 「……わかった。じゃあさ、後ろ向いてくれないかしら? 流石にこっちを見られたままで撃つってのは……ちょっと気が引けるし……」

 「ああ、いいよ」

 俺は優花に背を向ける。
そしてそのまま両手を上げて無抵抗の意思表示。
まあ抵抗する気なんて微塵もないけどさ。

 後ろで優花がジャッジを手に取る音が聞こえた。
そしてカチッと言う音が鳴る。
優花が手をガチガチと震わせているのがわかった。
俺はゆっくりと死ぬまでのときを待つ。

 一分が経った。
未だに銃声は鳴らない。
三分が経った。
俺の死はまだ来ない。
五分が経った。
死神の表情はまだ伺えない。
十分が経った。
俺はまだ生きている。

 優花は未だに俺を殺せていなかった。

 「春、最後にもう一回だけ私のわがまま聞いてくれない?」

 「いいぜ」

 そういうと優花は俺を後ろから抱きしめた。
さっきの優花がしたように俺もその手を握り締める。
こんなに近くにいるのに。
こんなに暖かいのに。

 もう、二度と触れられなくなるなんて。

 どうしてこんなことになったんだろう、なんて考えるのはもうやめた。
するだけ無駄だから。
でも思ってしまう。
どうして……どうして……。

 「春、こっち向いて」

 優花が俺を抱きしめる手を体から離した。
そして俺の肩を掴んで俺に向ける。
なんとなく、次の行動が読めた。

 その刹那、俺の唇に優花の唇が重なった。
俺は今の状況を忘れる。
何をしていたかも、何があったかも全て忘れた。
全部どうでもよくなった。
今、優花とキスをしているのが嬉しかったからだ。

 何秒間それが続いたかはよくわからない。
一分かもしれないし、三分かもしれないし、五分かもしれないし、十分かもしれない。
どれだけ短くても、どれだけ長くてもこの瞬間こそが幸せだった。

 優花が唇を離した。
表情は……なんともいえない表情だ。
笑顔でもないし、泣き顔でもない、なんともいえない表情だった。
それで決心を決めたように、俺に再び後ろを向かせる。

 さっきと同じような音が後ろから鳴った。
だけどさっきと違って今は手が震えてないみたいだ。
さっきのキスで緊張が解けたのかな。
俺は……ある意味緊張したけど。

 「それじゃ撃つわよ」

 俺は終わりを確信した。
俺は死を実感した。

 「じゃあね……――――春」

 バン、と銃声が鳴った。
どこに着弾したんだろうか?

 頭?
いや、痛くないし何よりこうやって考えられてる時点で違う。
じゃあ……

 心臓?
違う、そんなところから痛みは感じない?

 じゃあどこなんだよ……。
俺のどこを撃たれたってんだよ。
……オイ、まさかッ!

 嫌な予感がして俺は後ろを向く。
後ろを向くと、優花が倒れていた。
血の池が優花の体を中心に広がっている。
そうか、優花は自分自身の心臓を撃ったんだ。
自分で、自分を撃った。

 「優花! お前……何してんだよ!」

 「あ……ごめん……ね……春。私……春を殺すこと……出来ないみたい……」

 「だからってッ……!」

 だからって、自分を撃つことないだろッ!
適当に俺の両足でも撃って自分を殺させないようにすれば、制限時間が来るだけで勝ちになるんだから!
俺を殺せないにしても、自分で死ぬことは無いだろ!

 「だからね……最後に……お願いがあるの……。聞いて……くれる?」

 「ああ、聞いてやる……、聞いてやるから、だから最後なんて言わないでくれ……!」

 「それは……無理……」

 優花はもう助からないと、素人の俺が見てもわかった。
間違いなく死ぬ。
こっから助かるなんてことはありえない。
当たり前の様に、死ぬ。

 「悠花を……守って……。私の代わりに……私のために……」

 「いくらでも守ってやるよ。だけど一緒に、だ! 代わりになんて許さねえ! だから生きろ!」

 「もう……本当に春は……わがままなんだから……」

 「わがままなんかじゃねえよ! ただのお願いだ! ただの希望だ! 願って何が悪い! 望んで何が悪い!
醜くても、汚くても、おぞましくても! 何度でも何度でも言ってやる! 生きろ! 死ぬな! 俺と一緒にここから帰れ!

頼むから、死なないでくれ!」

 また優花は涙した。
悲しいわけじゃない。
嬉しいからの涙だ。
嬉しいから泣いている。

 俺も泣いていた。
嬉しいわけじゃない。
悲しいからの涙だ。
悲しいから泣いている。

 俺達は泣いている。
理由はいらない。
相手が泣いているから泣いている。

 「ああ……生きたい……でも……もう…………ダメ……みたい……」

 「諦めるな! 最後の瞬間まで希望を捨てるな! 目の前の現実から、目の前にある生から眼を逸らすんじゃねえ!」

 「春……ありがと……」

 優花の目はもうどこも見つめていなかった。
どこも見ていなかった。

 優花の耳はもう何も音を拾ってないようだ。
何も聞こえてないようだ。

 「春……ごめんね……。春……本当にごめんね……。悠花……ごめんね。悠花……ありがとね……」

 「感謝なのか、謝罪なのかはっきりしろよ……!」

 「春……悠花……あり……が……と…………」

 「優花……?」

 ぷつんと糸が切れたように優花の動きが止まった。
突然、動きが停止した。
そして目が閉じる。
息が止まる。

 もう……死んでる。

 「嘘だ……。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! うわぁぁぁぁぁぁあああああ!!」

 俺は優花を、もう動かなくなった優花を抱きかかえた。
動かなくてもそれは確かに優花だから。
優花がこの世にいた証だから。

 優花の体を震わすと、ガチャっと音がした。
床に機械が落ちた音だ。
俺はそれを拾う。
そして立ち上がる。

 機械を床へ思い切り投げつける。
しかし機械が壊れたかははっきりと確認できない。
俺は機械の上に思い切り脚を振り落とす。
これで機械は壊れた。

 続けて元々持っていた三つの機械を床へ投げる。
それを思い切り踏み潰す。
思った以上にあっさりと壊れた。

 ピーピーと機械が鳴る。
俺はズボンから機械を取り出す。
そしてアナウンスが鳴り始める。

 『【平和】の機械の枷をクリアしました。自爆装置を解除します』

 そして数回の警告音の後に自爆装置が緩む。
それを手に掴み一番遠くの壁へと投げつけた。
チッと、舌打ちをして教室のドアを開ける。

 「全てを……終わらせに行くか……。俺は……絶対に生きて帰る!」

 俺は諸悪の根源の元へと向かった。

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【HELLDROP】

――――夕凪 春は全てを理解した

 俺は誰もいない廊下を歩く。
つい数秒前に届いたメールに従い、とある部屋を目指していた。
そこにいる人間こそがこのゲームの真の主催者だ。
俺達をここに連れてきた真犯人。

 俺は階段を上がりながら同時にこみ上げる怒りを抑えていた。
もしかしたら、俺は出会ったら真っ先に殴りかかるかもしれない。
優花を殺されたことだけじゃない。
全てに対しての怒りが抑えられる自信がないからだ。

 呼び出した人間が誰かをある程度――――いや絶対の確立で確信している。
恐らくだが、そいつがどうして俺達をここに連れてきたのかもわかった。
わかったのは殆ど偶然みたいなもんだったけどな。

 悠花ちゃんがこの件には大きく関わっている。
悠花ちゃん自身は絶対に理解してないが、絶対に関わっている。
まずは悠花ちゃんが入院する原因になった事故を詳しく思い出そう。

 実は悠花ちゃんの事故には大きな秘密があった。
精密には事故の相手に秘密がある。
その事故の相手は一般人ではなく、芸能人だった。
しかもその頃に丁度売れていた少女だ。
その少女の芸名は、素影 なのは(そかげ なのは)。
バラエティーを始め、ドラマや映画、舞台にまで足を広げている正真正銘の売れっ子だった。

 そんな売れっ子相手に事故をしたのに、暁家の名前はニュースなどに上がらなかった。
もちろん偶然ではない、とある理由があったのだ。

 とある人物の情報操作。

 そのとある人物が事故の直後、優花の元に話を持ち掛けてきたのだ。
「この事故に関しては全て暁の名前も写真も出さない。代わりと言っちゃなんだけど、僕と会ったことは内緒にしといてもらいえるかな」みたいな内容だったらしい。
もちろん優花にとってはローリスクハイリターンなため、もちろん引き受けたらしい。
お陰でニュースなどでは暁家ではなく他の家庭が、そして写真等もまったくの別人に差し替えられていた。
そして問題は、その人物の正体だ。
今の今まで忘れていたがさっき悠花ちゃんの事故を思い出した際に同時に思い出した。
その人物の名前は……

 ――――日乃崎(ひのざき) 定(さだめ)

 恐らく、いや絶対にこいつは虚の親だろう。
そして同時に思い出したのは、なのはが勤めていた事務所のライバル事務所の社長の名前だ。
その人物の名は……鏡峰(かがみね) 奏(そう)。
つまり湊の父親だ。

 それであれば虚が言っていた言葉にも納得がいく。

 こうして三つの点が繋がった。
暁と日乃崎と鏡峰のつながり。
だけど他の三つのつながりだけはわからなかった。

 それを聞くためにも、俺はいきなり怒ってはいけない。
嫌でも、我慢しなければいけない。
全ての謎を暴くのが俺に託された、最後に生き残った俺に託された役目だからだ。
俺は全ての謎を暴く義務がある。

 そして俺は扉の前に立つ。
全ての真実を知る者がいる部屋の前に立つ。
俺はドアに手を掛ける。

 すうはあ、と軽く息を吸う。
緊張で心臓がドクンドクンと鼓動を繰り返す。
建物の中に俺の心音と呼吸の音だけが響き渡る。
俺の持っている武器を確認し、ドアを開いた。

 「お久しぶりだね、夕凪春くん」

 部屋の中にいる少女は静かに俺の名前を呼んだ。
声の主を探すと部屋の主は机に座っていた。
まるで部屋の王のように、建物の支配者のように偉そうに机に腰掛けていた。

 「と言うか、この姿で会うのは――――いや直接見られるのは初めてかな」

 少女の姿は制服ではなかった。
黒いローブを着て、服は殆ど隠れている。
ローブの間から見える顔は綺麗に整っているように見えた。
髪は黒。
ローブの色と合わさって、まるでその空間だけ闇に連れて行かれたみたいだ。

 「ああ、そうだな。素影 なのは……いや――――園影 華……」

 そう、俺達をここに連れてきて、殺し合いをさせた真犯人は華だ。
俺が絞った理由はただ一つ。
華だけ殺された瞬間を目にしてないからだ。
他のプレイヤーは全員死ぬ瞬間を目にしたにも係わらず、華だけは虚から間接的に聞いただけで死んだのを確認していなかった。
だから俺は華を犯人だと断定した。

 「うーん、園影華も僕にとってはもう捨てた名前だからね。だから僕のことはクッカ、と呼んでよね」

 クッカ……?
なんかそれどっかで聞いたことあるな。
確か学校とかの授業で……

 ああそうだったか……ドイツ語で華か。
へえ、洒落てるじゃねえの。
自分の捨てた名前と掛けてるわけね。

 「で、クッカ。俺には、お前に聞きたいことがある。聞いてもいいよな?」

 「ああ、構わないよ。僕に僕の知りえることならば、なんでも聞いてくれよ。僕の知りえることであるなら答えるからさ」

 クッカは今まで見せなかったような笑顔を俺に向けた。
今までは無表情を貫いていただけに、その表情の変化は少し驚いた。
それどころか、そのギャップは逆に気持ち悪いくらいだ。

 やはり今までの園影華は全て演技だったようだ。
喋れないことも、キャラも、人格も、表情も。
関係さえも全てを、誰もを騙していた。
流石、元役者ってね。

 「俺が聞きたいのは……」

 すうはあ、と深呼吸。
心臓がドクドクと脈打っている。
怒りを堪えているのと、緊張を抑えている二つの意味でだ。

 「何故こんなゲームを開いたのか、そして何故俺達が選ばれたのか、だ」

 俺の言葉にクッカは相変わらず笑顔を崩さなかった。
全てを知っている者ならではの、余裕のある笑みだ。
ギリリと歯を噛み締めた。

 「このゲームを始めたのはね……ただの復讐だよ」

 「復讐……か」

 なんとなく予想はついていた。
自分の人生を、家族を滅茶苦茶にした復讐に俺達を殺し合いをさせた。
だけどそれじゃあわからないこともある。
目的がわかっても理由がわからない。

 「だってだよ、僕の親は実際日乃崎の父親達に殺されたみたいなもんだよ? だって日乃崎 定が計画したプランに、鏡峰 奏が乗って、暁(あかつき) 彩香(あやか)と暁(あかつき) 邦科(ほうか)によって事故に会わされた。
僕の家族は何もしてないのに! 僕達はただ幸せになりたかっただけなのにだよ!? こんなの酷いよ、こんなのないよ……」

 そしてクッカが涙する。
話の内容はある程度予想は出来ていた。
そしてクッカの言いたいこともだいたいわかる。
しかし俺の疑問は解決されない。

 「だからさ……そいつらにも僕が受けた同じ苦しみを……同じ家族を失うって言う悲しみを味あわせてやりたかったんだよ! そのためにいろんなことを準備してきた!まだ小学校を創業しない頃から必死に努力してきた! 汚いこともやってきた! 溝鼠みたいなこともしてきた! それでやっと、やっとここまですることができたんだよ!」

 涙を振り払うような勢いで咳を切り言葉を振りまくクッカ。
俺の心にそんな言葉は届かない。
そんなちっぽけな意思じゃ俺の心は振るわない。

 「途中でゲームを盛り上げるために、鏡峰湊の球体と暁優花の球体を入れ替えたりしたね。あれは中々はらはらしたよ」

 ああ、そう言えばそんなこともあったっけか?
そんなことはどうでもいい。
俺が聞きたいのはそんなことじゃねえ。

 「こんな僕だけじゃあこのアイデアはなにも思いつかなかったかもしれないけどさ、ネットって言う便利なものがあればさ、色々な情報が手に入るんだよね。だからネットでみんなから意見を貰ってさこんなことを計画できるようになったんだよ! はは、僕の努力は凄いでしょ! 僕の恨みは凄いでしょ!」

 それからクッカは、「まあ聞く話によるとそれ自体もなんかのゲームから貰ったアイデアらしいけどね」とつけたした。

 ああ、そうだな。
確かにそれを聞いて実行できる度胸は凄いよ。
それを実行に移せる計画を作る知能もかなり凄いと思う。
だけどよ、違うんだよ。
でもさそれだけじゃないだろ?
もっと大事なことを説明してないだろ?

 「これが僕の人生の全てだよ! これが僕の人生全てをかけた復讐劇の全てだよ! あははは、これで満足?」

 説明してないんじゃなくて、ないんだな。
俺が納得するだけの理由がないんだな。
そうかいそうかい、よくわかったよ。
クッカの人生全てがさ。

 じゃあ言ってみようか。
怒りも何も投げ捨ててただの本心そのままに。
他人の意思に流されず、さんはい。

 「それで?」

 「は……?」

 俺の言葉にクッカは意外そうに声を出した。
言葉じゃなくて、反射的な声を出した。
そりゃそうだろうな。
自分の人生を力いっぱい涙も流しながら説明したのに、俺に「それで?」なんて言われたんだからな。

 「だからさ、それで? だから俺達を誘拐したって言うのかよ?」

 「それでって何なのさ! そうだよ、それでお前達を誘拐したよ!」

 「ふざけんじゃねえ!」

 時の止まった校舎が俺の叫び声で震える。
声は高く響き、反響し、残響する。

 「まさかテメェのしょうもない、復讐のためだけに俺達を誘拐したってのかよ? 俺を! 優花を! 遊李を! 湊を! 初音を! 虚を! ふざけてんじゃねえぞ! そんなものが許されると思ってるのか! テメェのちっぽけなことに他人まで巻き込んでんじゃねえ! テメエのクソみたいな目的に俺達を巻き込んでんじゃねえよ! もしかするとテメェにとっちゃかなり大事なことだったかも知れねえ。だけどそれに俺達を巻き込んで良い理由なんてあるか! 調子に乗ってんじゃねえ! それによ、それは虚と湊の親だけの問題じゃねえか! それに子供が巻き込まれる理由なんてねえ! 他の全員なんてまったくの無関係じゃねえか! 無関係なみんながなんで死ななきゃならねえ! 答えろクッカ! 答えてみろよクッカ!」

 俺の言葉にクッカはたじろぐ。
だが流石にこういうのにも慣れているらしく、直ぐに表情を冷静に戻した。
しかし声だけは荒げたままだ。

 「そりゃそのクソッたれな親に僕と同じ目にあわせるために鏡峰湊や日乃崎虚を誘拐したんだから! それに入戸遊李は僕を直接虐めていたんだから仕方ないよね? 君と滋賀井初音は鏡峰湊と日乃崎虚に絶望を与えるための死に駒にしか過ぎなかったんだから関係なくても当たり前さ、関係する必要がなかったからね! 暁優花が巻き込まれただけなんて寝言言わないでよね。あいつの親も僕の親を殺した一員なんだからさ!」

 悪びれもしない本心を吐き出すクッカ。
その言葉のどこにも嘘はなかった。
その決意に偽りはなかった。

 全ては自分の人生を取り戻すため。
全ては入れた俺達を地獄に落とすため。
地獄が誘い忘れた俺達を振り落とすため。

 全てはそれだけの為に。

 「そうかよ、だったら俺はお前を理解出来ねえ! 地獄に落ちるべきなのはテメェの方だ! 俺達なんかよりテメェのがよっぽどの悪人だろうが!」

 「そんなことはわかってるよ! 悪人にでもなれなくちゃ、こんなことやってられないよ! 善人のままで復讐なんて出来るわけないよ!」

 どうやらクッカはクッカなりの葛藤があったようだ。
だけど俺の意思は変わらない。
俺は、俺は、こいつだけは絶対に許さない!

 どれだけ悩んだ結果で選んだ選択肢がこれだったとしても、俺は絶対に認めない。
こんな方法が最良の選択だったなんて。
人を五人も殺したこの手段が最善の手だったなんて、とても思えない。
思えるわけが無い。

 例えば最高の手段ってのはさ、警察に訴えてそいつらが受けるべき罪を受けるべきだろうよ。
それで悲しみが消えるわけじゃねえがそれも忘れるほどに楽しい日々を送るって手段はダメなのか?
そういうのを親も願ってるんじゃねえのかよ。

 どこの親がこんな復讐を娘に願うってんだよ!

 こんな、人が疑い会うような最低最悪のゲームの果てにある復讐をどこの親が望むっていうんだよ!
そんなことを望む親はもう、その時点で親じゃねえ!
ましてや悪でもねえ!

 ただの地獄に落ちたクズだ!

 「違うだろうが! テメェの選択肢は悪人になるか善人になるかじゃねえだろうよ! そんなことよりももっと原初的な方法があるだろうが!」

 「そんなものない! ないからこんな風になってるんだよ!? 適当言うなよ、僕がどれだけ考えたうえでこの手段を取ったと思ってる! 」

 「そんなの考えたに入らねえ! そんなのただの他人に身を任しただけじゃねえか! どうしてもその意見を変えないつもりならテメェの悪意はここで消す! 俺がテメェを殺す!」

 俺はジャッジを構えた。
その銃口をクッカに向ける。
だけどクッカはまるで表情を変えない。
自分の優位を信じたままだ。

 撃たれない。
夕凪春には撃つ度胸がない。
クッカはそう確信してるんだろう。

 多分それは虚との戦い。
それに優花を目の前にした俺から判断した結果なんだろう。
心の底は優しいから人を殺せるはずがない。
そう考えているんだろう。

 まあ、確かに優花が死ぬまでの俺だったらそうだったんだろうな。
引き金を引くなんてことは出来なかっただろう。
人を殺すなんて口では言っていてもそんな度胸なんてなかった。
そんな覚悟なんて無かった。

 ――――でもな、今は違うんだよ

 今の俺が優花が死ぬまでの俺とまったく一緒だと思ったら大違いだぜ?
今の俺はよ……最大にキレてるんだよ。
人の命を冒涜されて、
人の価値を踏みにじられて、
人の人生を滅茶苦茶にされて。
全てにキレてるんだよ。

 そんな切れてる人間に不可能はない。

 「ほら、どうしたよ? 撃たないの? 僕はここにいるよ?」

 けらけら、と笑うクッカ。
少女の特有のあどけない感じの笑顔。
そこにクールで知的でミステリアスなイメージだった華の姿は見る影もない。
なら、余裕だ。

 正直俺が一番恐れていたのは、クッカがここでルール外のなにかをしてくる可能性だ。
復讐だって言ってるんだから、それもありえなくはない。
なのにそれをする様子はない。
恐らく……そこまでの協力をするような仲間もいないんだろう。
そういう意味でクッカは本当に孤独だから。

 俺は撃てる。
今の俺なら撃つことが出来る。
今の俺なら引き金を引ける。

 「ほらほら早く僕を撃って――――」

 「――――ほらよ」

 俺は引き金を引いた。
銃弾は狙ったとおりに、クッカの右腕に吸い込まれる。
その衝撃を受けてクッカは机の後ろに倒れた。
近くにあった机は吹き飛ばされていた。
そしてクッカのだらしない叫び声が上がる。

 「ぐあああ!? あああ、ああああ!? 痛い、痛いよぉ!」

 その声は本当に少女のようだった。
甲高い、聞き様によってはやかましくも聞こえるその叫び声。
それを聞いても不思議と俺の心は動かなかった。
驚くくらいに冷静だった。

 「痛い、か?」

 「あああ……。うう……あああ……」

 「痛い、だろ?」

 俺は倒れているクッカに近づいた。
撃たれる心配はしていない。
そのために右腕を撃ったんだからな。

 そして俺は数メートルしかない距離に立つ。
上からの角度でクッカを睨む。
逆にクッカは俺を見上げる角度で倒れている。
しかしそのままではまずいと思ったのか、片膝を着きながら立とうとしていた。

 「これがな……優花たち死んだ五人と同じ、いや五分の一の痛みだ。そしてこれが五分の二だ」

 次は左腕を撃ち抜く。
さっきよりも痛そうに後ろに倒れるクッカ。
その叫び声はもう、俺には届かない。
俺の瞳は光を失っている。

 「痛いよぉ……。なんで……こんな目に……」

 「五分の三」

 クッカの右腿に銃弾が吸い込まれる。
渇いた叫びが建物に木霊する。
それにも、「ただの声」としか思えなかった。
心が既に冷めてる……。

 「やめて……もう……嫌だよ……。痛い……痛いよ……助けて……」

 「これで五分の四だ」

 逆の足にも銃弾が吸い込まれた。
叫び声はどこにも吸い込まれない。
もう……俺もダメかもしれない。

 優花が死んだ時点で俺の精神は限界が来たのではなく崩壊していた。
守るべきものを失い、帰るべき日常の一部を失った。
それはまさしく崩壊だ。
等しく決壊だ。

 だけどそれだけだったか?
俺の日常はそこだけだったのか?
なんか優花と約束をしたはずなんだけどな……。
ダメだ、思い出せない。

 「あ……あ……ああ……。嫌……死に……たく……ないよ……。僕は……まだ……死ぬの……?」

 「死にたくなくても死んだやつがこの建物に何人いると思ってるんだッ……。お前のわがままで何人死んだと思ってる……? 甘えてんじゃねえよ! 何人がお前のわがままで死んだと思ってるよ!? それが今更死ぬだ? はあ!? ふざけてんじゃねえよ!」

 俺はクッカの胸倉を掴み持ち上げる。
今更反撃なんて警戒は微塵もしていない。
そんなことじゃない。
俺は何かを思い出さなきゃいけなかった気がする……。

 「遊李は死を見投げて別の生に希望を向けた! 初音は他人を信じて希望を残した! 湊は自分を信じて俺達に希望を託した! 虚は命への渇望を残しながら世界に希望した! そして優花は――――」

 ああ、そうか。
思い出した、思い出せた。
優花は俺に託したんじゃないか。
俺に自分が出来なかったことを託したんじゃないか。
 
 「優花は! 俺に悠花ちゃんって言う日常を俺に託して希望のバトンを俺に渡した! みんな生に渇望していただろうが! なのになんでテメェはそんなに簡単に生を諦めるんだよ! なんで直ぐに希望を無くすよ!? テメェの命ってのはそんな安っぽいもんだったのかよ!?」

 そうだ、俺はこの手で悠花ちゃんを守らなくちゃいけないんだ。
俺はこの手に残った日常を手の内から零しちゃいけないんだ。
だから俺は自分に期待する。
自分の両腕を希望で満たす。
俺は何も捨てちゃいない。

 自分も、未来も、過去も、全てを。

 俺は全ての清算のために、
この建物で会った惨劇を終わらせるためにクッカを殺さなくちゃいけない。
希望で溢れたはずのこの腕を血でぬらさなくちゃいけない。
それが希望を得るための手段なはずなのに、俺はそれをしなくちゃいけないんだ。
矛盾してる。
けどそれが真実だ。

 「なあ、答えろよ! テメェは生きたいのかよ!? それとも今すぐここで死にたいのか!?」

 俺はクッカの額に銃口を突きつけた。
クッカは最早悲鳴も上げない。
それはもちろん余裕があるからじゃなくて、余裕がないからだ。
自分に問いかけているから悲鳴を上げている暇すらない。
クッカは自分で生きたいのか、生きていたくないのかの答えが出てない。

 「答えろ! さあ!」
 
 俺は引き金に指を引っ掛けた。
両目はクッカの人形のような瞳を睨んで離さない。

 クッカの人生の一回目の分岐点は両親の死だった。
そこから復讐に生きるか、普通の女の子として生きるかの選択があった。
そこでクッカは間違った選択、復讐に生きる選択に流れた。
だから今、こんなことをしている。

 そして二回目の分岐点はここだ。
生きるか、死ぬかの二つの選択肢。
どちらを選ぶかはクッカ次第だ。

 ここで元の人生に戻れるかはクッカの選択することだ。

 「選べよ、今すぐ地獄に落ちるか! それともドブの底を這いずり回って日常に帰れるように必死に努力するかを! さあ選びやがれ!」

 クッカはその小さい体を精一杯震わせていた。
奥歯をガチガチと噛み締めていた。
初めて選ぶ選択の前に恐怖している。
それを滑稽だと俺は笑わない。

 俺は選んだことは一度もなかった。
この建物に来て俺はなんども選ぶ機会があった。
だから俺はもう選ぶことを躊躇わない。
ただ、そこにある答えだけを手に掴む。
俺が出来る精一杯をするだけだ。

 「僕は……僕は……」

 「ブルってねえで早く言えよ! 生きたいのか! 地獄に落ちたいのか!」
 
 「僕は……まだ生きたい! 汚くても溝鼠みたいな生活に戻っても、つまらなくても辛くても、死に掛けても生に絶望しても! 死ぬその瞬間まで生きていたい! 僕は地獄に落ちたくない!」

 そうだ……それでいい。
生きたいと思うなら、それを邪魔する権利なんて誰もない。

 俺はクッカに背を向けた。
そしてそのまま教室から離れる。
ジャッジを教室の端に投げ捨てた。

 「え……僕を……殺さないの……?」

 「誰が殺すかよ。お前と違って俺にはまだ帰る場所がある。だから殺さねえ」

 五人に悪いと思った。
だけど悪い気はしなかった。
だってよ……お前達もこんな終わりを期待してたわけじゃないだろ?
だからさ、終わりじゃなくてまだ途中でいいじゃねえか。
まだピリオドを打つ必要はねえじゃねえもんな。
クッカにはまだ生きてもらうべきだ。

 クッカにはまだ辛さを味わってもらわなくちゃいけない。

 苦しいかもしれないがそれでも耐えてもらう。
死ぬような思いを何度も味わうかもしれないがそれでも生きてもらう。
それが生きているってことだってわかるまでは、死んでもらうわけにはいかない。
甘えた認識のままで死なすのは、誰もが許さない。

 「お前がまだ生きていたいなら……必死に生きろ。そして誰かに生きてもらえ。俺から言えるのはそれぐらいだよ」

 俺は教室のドアに手を掛ける。
教室を見て、クッカを見て、そして最後に声を掛ける。

 「精々、地獄に落ちんなよ」

 俺は教室を出た。
そこには音も、人影もなくただ静寂が包むだけだ。
この狭い『箱』と言う世界はやがて閉じる。
俺と、クッカの人生はまだこれからだ。

 緊張の糸が切れた俺は教室を出て直ぐの壁に寄りかかりながら倒れる。
ああ、疲れたなあ。
疲れた、それもまた生の実感か。
生きているって言うのは素晴らしいな。
生きているってのは凄く辛い。

 でもそれもいいなあ、と思えた俺はもういままでの俺じゃない。
昨日までの俺と、今の選択が、未来を変えて行く。
それが人生ってものだ。
俺達は、人生を作って生きている。

 人の生を実感しながら生きている。

 意識が薄くなってきた。
これは俺の精神だけじゃないな。
多分、何か薬が建物全体に流れているようだ。

 「明日……来るかなあ……」

 俺は未来に期待をして、俺は眠りについた。






-----------------------------

エピローグ【守るべきもの】


 ――――夕凪春は眼を覚ました。

 眼を覚ますと目の前には真っ白な天井が広がっていた。
あの建物――――『箱』の中だ。
まだあの悪夢は終わっていなかったのか!?
俺は急いで飛び上がる。

 「きゃっ……!」

 「ん?」

 俺が起き上がるのと同時に横から叫びに似た悲鳴が聞こえた。
だがその声音は大きくはない。
驚いた、程度の声だ。

 俺はその声の元を見てみた。
そこには真っ白な服に身を包んだ、少女がいた。
背の丈は座っていているが確実に低く、髪は辺りの光を全て吸い込む黒、目はつり目気味で瞳は髪と同じく黒。
背丈以外の特徴は優花とまったく同じだった。

 「優花ッ!?」

 「え……? 私は悠花だよ……?」

 「あ……」

 本当だった。
目の前にいたのは優花ではなく、悠花ちゃんだった。

 暁 悠花。
俺が守ろうとしていた暁優花の妹。
たった一人の家族。
そして俺に残された全ての意味。

 「お兄ちゃんやっと起きた……。お兄ちゃん三日くらい、いきなり消えてたと思ってたらいきなり入院して来るんだもん……。ビックリしちゃったよ……」

 辺りを見渡してみると、『箱』と同じく真っ白の壁紙だったが、病室だった。
窓はきちんとあり、そこまでの広さはない。
それに横に悠花ちゃんがいるのも大きな違いだった。

 それにしても三日か。
多分あのゲームで『箱』に閉じ込められて、ゲームが終わって帰ってくるまでが三日間。
そして俺が入院してきた。
てことは……俺は事故でもした扱いになってんのか……。

 じゃあ、優花たちの扱いは……?

 「ねえお兄ちゃん……。お姉ちゃんは……?」

 優花が世間的にどういう扱いになってるかを俺は知らない。
もしかして事故に会って死んだことになってるかもしれないし、行方不明扱いになってるかもしれない。
どちらにせよ……優花の死が直接知らされることはないだろう。
そんなの……ひでぇよ……。

 だけど俺は今聞かれている以上、悠花ちゃんになんらかの答えを出さなくちゃいけない。
嘘でも、偽りでも、逆に真実でもいい。
それでも答えを出さなくちゃいけない。

 「優花はな……。少しお金を稼ぐために、海外へ留学しに行ったんだ」

 「留学……?」

 俺は嘘を吐いた。
汚くも、醜い嘘を吐いた。

 「そうだ留学だ。アメリカにな、今とは違うことを勉強しに行ったんだ」

 「そうなんだ……。いつ帰ってくるの……?」

 「多分……五年位かな」

 これでまた五年後に嘘を吐くことが決まった。
もしくはそのときには話せるのかもしれない。
あの建物であったことの真実を。
話さなくてはいけなくなるかもしれない。

 そのときには悠花ちゃんがもう事実を受け止められることになってると思うから。
だから……俺は真実を話す。
けど、五年後までは真実を隠しておこうと思う。
俺が決意出来るそのときまで。
俺が決心できるそのときまで。

 「あ、そう言えばお兄ちゃん……。お兄ちゃんが寝ている間に誰かがお見舞い持ってきてたよ……」

 そう言って悠花ちゃんが指差した先にはトランクケースのようなものがあった。
大きさは結構でかい。
それの正面にベッドを立ちあがり俺の体を置いた。

 そしてそれを悠花ちゃんに中身が見えないように少しだけ開ける。
中には……数え切れないほどの札束が入っていた。
多分コレは二億五千万円なんだろうな。

 二億五千万円。
それはあのゲームの賞金だった。
あのゲームで生き残った俺とクッカで五億を割って二億五千万円。
そう俺は予想した。

 だが予想よりも金額は多かった。
五千万だけ多かった。
それであわせて三億円。
丁度悠花ちゃんの手術の費用だ。

 ――――クッカが気を利かせて増やしてくれたのか……?

 答えはわからない。
だけど、そういうことにしておこうかな、と思った。

 そう言えば……これからどうしようかな。
これからの未来は何をしていこうか。
とりあえず悠花ちゃんを守っていくのは確定として、それをしながら何を目標にしようかな。

 優花もいない学校に行くのはどうしようかな。
いや、それでも俺には大切にしていた日常の欠片がそこにはある。
優花って言う一つのピースは欠けていても、まだパズルの台座はそこにあった。

 だからそれを欠かすわけにはいかない。

 世界は一つのピースを欠いても今までどおりに回っているのだ。
止まらないし、止まれない。
たった五つ程度のピースが欠けても平気で世界は回る。

優花と言う俺にとっては重要なピースが欠けても、
湊って言う尾崎高校にとって重要なピースが欠けても、
初音って言う湊にとって大切なピースが欠けても、
虚って言う日食高校にとって良くも悪くも大事なピースが欠けても、
遊李って言うとある女子グループにとって大事なピースが欠けても

 世界はそんなことでは止まらない。

 でも、影響は出る。
俺と言う人間の人生に、
悠花ちゃんと言う人間の人生に、
名前も知らない誰かの人生に。

 例えば俺は一生五人の死を引きずるだろう。
楽しいことをするときも、悲しいことにあったときも、常に五人の死の瞬間を思い出す。
それが悪いことではない。
思い出すのは悪いことじゃあない。

 俺はあの五人、いや六人を忘れない。
忘れちゃいけない。
それが俺の義務だから。
それが生き残った俺に残された義務だから。

 開いていた窓から冷たい風が吹き込んだ。
その風が俺の頬をゆるく撫でる。
それが昔を思い出して少し感傷にしたる。

 「お兄ちゃん……?」

 「えっ?」

 気づくと俺は涙を流していた。
そうか、俺が思い出したのは優花と昔遊んだのを思い出したからなんだな。
無くしてそれの大きさに気づくとはよく言ったものだが、俺の場合はそれが特に大きい。
無くして初めてじゃない。
無くして改めて気づく。
俺が守れなかったものの大きさに。

 俺が救ってやれなかった他の日常に対して、俺が何が出来るだろうか。
俺のちっちゃな掌で何が出来るだろうか。
俺が出来るのは……。

 「悠花ちゃん。俺は絶対に、悠花ちゃんは守るからな」

 「え……?」

 「あはは、気にすんな!」

 俺が出来ること。
それは俺の元に残った日常を守ることだろう。
俺の決断で世界は返られないだろうけど、誰かの日常を守れるならそれでいい。

 世界は今でも回ってる。
地獄に落ちるべきやつらもこの世界に残ってるけど回ってる。
正義も悪もごっちゃ混ぜの世界だ。
そんな世界を俺は生きて行く。
悪の手から悠花ちゃんを守って行く。

 俺は生きる。

 死ぬその日まで、
地獄に落ちるその日まで。
俺は自分の日常を護り続けよう。
俺の元に日常があり続ける限り、俺はそれを守り続けよう。

 世界が、緩やかな風が、俺の決意に答えるように頬をなぞった。




【完】





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