競馬好きの女性の大勝負 (その他) 59660回

2011/11/30 02:15┃登録者:えっちな名無しさん┃作者:名無しの作者
11月2日水曜日

「○○君(俺の名前)。今週の金曜日って空いてる?」
仕事が終わって帰ろうとしていた時、俺は上司のIさんに話しかけられた。
Iさんは年齢30過ぎ。
仕事がバッチリできてユーモアのセンスもある、頼りになる女上司だ。
「ええ、特に予定はありませんけど…何か?」
「そう、良かった!絶対空けといてね!明日の競馬で勝って、御馳走してあげるから!」

Iさんの趣味、それは競馬だ。
ハタチの時に始めたというから、競馬歴はもう10年以上になるのだろうか?
週末は必ず、全レースを予想して馬券を買うというんだから恐れ入る。
しかし。
「本当ですか?」
このIさん、競馬は大好きだが、今までに大金を儲けたという話を一度も聞いたことがない。
俺は思わず、疑いの目をIさんに向けてしまった。
「絶対大丈夫よ!今回に関しては絶対に絶対の自信があるわ!」
しかしいつになく自信満々のIさんは、スポーツ新聞の競馬欄を俺に見せ、ウキウキと解説してくれた。

レースの名前はJBCクラシック。
木曜日の祝日に東京都にある大井競馬場で行われる、ダート(地面が砂のことだ)レースのチャンピオン決定戦という位置づけらしい。
Iさん曰く、出走する馬達の中で2頭の力が圧倒的に抜けているとのこと。
1頭は、昨年のこのレースのチャンピオンで、その時以来負け知らずのスマートファルコン。
もう1頭は、今年世界最高峰のレースで2着し、前回は日本の大レースを勝ったトランセンド。
どっちの方が強いかは分からないが、ワンツーフィニッシュは間違いない、というのがIさんの見解だった。

「うーん…」
話を聞く限り、確かに2頭とも圧倒的な強さを持っているというのは分かる。
しかし競馬において、強い馬同士の決着は得てして配当金が安い。
この2頭がIさんの予想通りに来たとしても、御馳走できるほどのお金になるのか?
考えられるとすれば、相当な額をつぎ込むということぐらいなのだが…。
「ちなみに、いくらいくんですか?」
「馬連1点、80万円よ!」
「はい!?80万!?」
「例え1.1倍だったとしても、8万は儲かるわ。十分すぎる額だと思わない?」

俺はぶったまげてしまい、しばらく言葉を失ってしまった。
俺でなくてもぶったまげるだろう。
80万ですよ、80万!
いくら俺より稼ぎが多いとはいえ、簡単に右から左に出せる額じゃないんじゃないか?

「いやでも、リアルに危険じゃありません?万が一ってことがあるんじゃ」
いくら強いといっても、レース中にケガをしたり、騎手が馬から落ちて失格になる可能性はあるはずだ。
しかし、Iさんは自分の意見を曲げなかった。
「確かに100%じゃないわよね。でもね、アクシデントの可能性を考えていたら、いつまでたっても勝負はできないわ!」
「99.99%間違いないと思ってる。なら、ここで勝負するしかないじゃない!」
「競馬歴10年の集大成よ!ここで勝負しないでいつ勝負するの!」

Iさんの意思の固さに、俺は説得するのは不可能と悟った。
「…御武運を」
俺に出来るのは、Iさんに不安混じりのエールを送ることだけだった。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

11月3日木曜日

気がつけば、時計の針は午後9時を回っていた。
Iさんが80万円を賭けたレースはナイターレースで、確か午後8時過ぎのスタートだったはず。
今パソコンで調べれば、レースの結果は簡単に知ることが出来る。
しかし、俺は結果を知るのが怖かった。
当たっていればそれでいい。
でも、もしIさんの馬券が外れていたら、俺は明日どんな顔で会えばいいんだ?
勇気を出して結果を見ようか、それとも…。
思考は堂々巡りを繰り返し、悩みに悩んだ結果出した結論、それは。

『明日直接Iさんに聞こう』

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

11月4日金曜日

「おはようございます」
事務所のドアを開けるのにこれほど勇気がいるのは初めてだったかもしれない。
俺は気合いを入れて踏み込むと、Iさんはすでに到着していた。
さあ、結果はどうだったんだ?

「ああ、おはよう…」
Iさんの声には…………張りが無かった。
表情にも素振りにも、水曜日に見せていたウキウキ感も力強さも全く感じられない。
そんなIさんの様子を見て、俺の顔から一気に血の気がひいていくのが感じられた。
力なく、俺はIさんに問いかけた。
「ダメ…だったんですか」

ところが、返答は予想外のものだった。
「いいえ、当たったわよ…」
「え、当たった!?」
「スマートファルコン1着。トランセンドが2着。完璧に読み通りだったわ…」
俺は訳が分からなかった。
どういうことだ?
当たってるのに、何でIさんはガッカリしてるんだ?
しかし次のIさんの言葉で、俺は全て納得がいった。
「でもね…配当が1.0倍だったの…」
「え?あ…」

1.0倍。
競馬において、あまりにも人気が集中し過ぎてしまうとたまに起こる現象だ。
こういう倍率になってしまった場合残念なことに、当たっても賭けたお金がそっくりそのまま戻って来るだけ。
つまり、賭け金=配当金という結果になってしまうのだ。

「そ。80万円賭けて、80万円返って来たの。1円たりとも儲からなかった…」
それからIさんはぽつりぽつりと、言葉を紡いだ。
「昔からの夢だったの。大好きな競馬でお金をいっぱい儲けて、そのお金でいつもお世話になってる人と一緒に豪遊する」
「でも知っての通り、私には競馬の才能がないみたいで…」
「今回が最初で最後のチャンスだと思ったんだけど…」
「ごめんね…。あんな大見えを切っておいて、結局はこのザマ…」
「本当にごめんね…」
肩を落として、ガックリとうなだれるIさん。
そんなIさんに、俺は思った通りのままに言った。
「Iさんは完璧に力関係を読み切って、大金を賭けて、しかも当ててるんです。競馬の才能はありますよ」

確かに結果は残念だったかもしれない。
1.0倍ということは、当たって当然レースだったのかもしれない。
だが、そこに80万円という額を入れるのはそうそう出来ることじゃないと思う。
自分の信念を貫き通し、的中させたIさんは本当にすごい!
俺は、心底思った。
そして、俺は言葉を続ける。
「またチャンスが来ますよ!大勝ちした時は、ぜひ一緒に豪遊させてください!楽しみにしてます!」

後から考えると、結構恥ずかしいことを口走ってしまったような気もするが、多分気のせいだろう。
すぐにじゃなくてもいい。
でも、いつの日か必ず。

Iさんの夢がかなう日が来てくれる事を、俺は心から願わずにはいられなかった。

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