若かりし日の話。 男友達の彼女に、かなり嫌なやつがいた。 とっても美しい人だったので、そのどす黒い感情を、初めは自分が彼女に嫉妬しているせいだと思っていた。 でも、仲間と集まって話している時に、そんな嫌な感情を抱いていたのが自分一人じゃないことに気が付いた。 「何だか、あたし達のことを蔑むように見るのよね、彼女。」と言うのはあきれた顔の女性陣。 「何かって言うと、『あたしとあの人、どっちが綺麗?』って言うのが口癖なんだぜ、彼女。」と言うのは辟易している男性陣。 挙句の果ては、当の彼女の彼氏でさえ、「初めは美人で優しいやつと思っていたけど、何だか最近疲れて来た。」と言い出した。 一緒に暮らす二人の部屋は、彼女が使うおびただしい化粧品や香水、洋服で溢れ返らんばかりだった。 いつも自分の美しさにこだわって、化粧直しのために5分ごとに席を立つ様は、まさに病的なほどだった。 それでも、彼はやはり彼女に惚れていたんだろう。ある日、「俺と結婚してくれ。」とプロポーズした。「世界で一番、君が綺麗だよ。」と。 何て素晴らしいことだろう。 ところが、何たること。 彼女は、「嘘!TVに出て来る女優さんに釘付けになっていたり、あたしの女友達にデレデレしたりするじゃない!何が世界で一番よ!」と言ったらしい。 そこまで歪んだやつだったとは、とあきれた。 当時の私たちの年代は世で言う結婚適齢期だった。元々、彼女が彼を愛しているかは疑問に思っていたけれど、見栄っ張りの彼女なら一番に結婚に飛び付くかと思ってさえいたのに、そこは意外だった。 最後に彼女は声を大にして言ったと言う。 「結婚すると家事をやって手が荒れて、皆おばさん臭くなるじゃない。あたしは一生綺麗でいなくちゃならないのよ。だから駄目!」と。 私はうな垂れて事の詳細を話す彼に頷きながらも、彼女が言ったと言うその最後の一言が妙に引っかかっていた。 「綺麗でいなくちゃならないのよ。」かあ・・・・・。 これは明らかに何かの強迫観念だ。 気がついたら彼女に電話して会う約束をしていた。 いつも高飛車な女王様のようだったので、この誘いは突っぱねられるかも?と思いきや、意外にも彼女は嬉しそうに待ち合わせ場所にやって来た。 「実はあたし、女友達から誘って貰えるのって滅多にないのよ。」と言う彼女は、これまた意外にしおらしかった。彼との別れで多少なりとも孤独を感じているのだろうか? たまには一緒に喋くりたいと思ってさ・・・と言うと、ますます彼女は嬉しそうにしてたっけ。 でも、そのメイクを見て、何だか、前にも増して濃くなっているなあと思った。 そして、色んな話をしているうちに、「あたしが綺麗じゃないから男と別れちゃった。」なんて事を言う。 ???? あなたが彼を振ったんじゃないか。 さらに話していると、幼い頃の生い立ちまでもを話し出してくれた。 両親の離婚。 まったく私は、この手の話と縁がある。(後の時代、私は彼女とそっくりな体験をした少女と出会い、その母親となるのであるが。) その時、彼女の父親は妹の方を連れて姿をくらましたと言う。 母親はノイローゼ気味になっていたせいか、問題と直面する能力を持たず、「お父さんが出て行ったのは、おまえが醜い子供だからだ。」とわけの分からないことを言って日々虐待したと言う。 「それ以外に母は自分のプライドを死守する術がなかったんだと思うの。お母さん、あの日、マスカラが涙で落ちて真っ黒な顔だった。ちっとも美しくなかった。でも、あたしも醜い子供だったから、あたし達はお似合いだった。醜い親子だったから捨てられたんだと思った。」 ところが、後に、世間一般から見たら元々器量が良かった彼女は成長するに従って、どんどん人目を引くようになる。 綺麗だねと言われる度に、もっともっと綺麗になろうと決心したと言う。孤独が癒えて行くのを感じたと言う。 美しければ愛情も得られる。 賞賛される。 孤独じゃなくなる。 皆、もっとあたしを見て。 誰よりも美しいあたしを見て。 私は奇異な存在として見ていた彼女に親近感を持った。奇異だと思っていたその言動は、実はちっとも奇異ではなくて、むしろ誰もが持っている愛されたいという願望の現れだった。 それだけのトラウマを持っていたら、これだけ強い強迫観念に見舞われて当然のこと。そして、美しさに過剰なまでの価値観を置いても仕方がないと思えた。 彼女は悲しいほどに真っ当な人だったのだ。 「だけど、彼が言った言葉が耳に焼き付いて離れない。『いつも綺麗?って訊いてたけど、いったいおまえは誰より綺麗でありたいんだ?人と愛し合えないやつの綺麗に、いったい何の価値があるんだ?』って言われたの。」 彼女は、図星だと思ったが、幼い頃から自分が頼りにしていた価値観を捨てられるはずもなく、ますます化粧に熱を入れた。 こうやって何かを失う度に、一枚一枚、素顔の上に仮面を塗り重ねて来たのかも知れない。 分かっていてもどうしようも出来ない。 そんなある日、事件が起こった。 彼が都内のある大きな道路で、事故に遭ったのだ。 バイクで走行中、カーブを曲がっている最中に、大きなダンプに巻き込まれた彼は、全身の骨が折れてぼろぼろになった。特に、肺に至っては、折れた肋骨が突き刺さり破れて血が溜まった状態だった。 駆け付けた仲間や家族は、泣きながら彼の手術が終えるのを待った。 そして結局私たちは2度泣くはめになる。 一度目は、事故直後、その手術が行われている廊下で。 二度目は、一命を取り留めたものの、十数回に渡る手術の後、彼が身障者になってしまった時に。 彼は仕事を失った。片足は一生動かないと宣告された。在宅酸素の適応となって一生酸素ボンベと共に行動しなくてはならなくなった。 先々のことを思うと、あまりにも痛々し過ぎて言葉にならなかったが、元恋人である彼女は違っていた。 彼に近づいていって真正面から見据え、こう言った。 「あたし、綺麗?」 !!!!!! こいつ!こんな時まで、あたし、あたしなのかよ!と皆一瞬思ったが、事態は違う方向に流れた。 「綺麗だよ。一番綺麗だ。」と彼は車イスから彼女を見上げて言う。 「だったら、あたしと結婚して!」と彼女は屈んで彼に抱き付いた。 「あなたにとって綺麗なら、あたし、それだけで存在価値がある。それだけで、世界一幸せ。」と泣き出した。 彼もまた大粒の涙をぼたぼた零していたが、精一杯彼女を振り払おうとしていた。 「こんな身体の旦那を持ってどうするんだ?経済的にも苦しいと思うし、俺はおまえの荷物になるのは嫌だ!」と。 「あたしはあなたが好きなの。あなたにとって綺麗でいたいの。」と、もはや彼女はそれしか言わなかった。 六月のある日、彼女は美しい花嫁となった。 ダレ ノ タメニ キレイデ イルノ? ナンノ タメニ キレイデイルノ? 彼女は答えを見つけて、世にも美しい花嫁となった。 綺麗であると言うことは確かに素晴らしい。 でも、この世にたった一人でもいい。 誰かに思われ、誰かに愛されると言うことは、綺麗であるということの何百倍も尊い。 この世にたった一人でもいい。 そんなふうに愛し愛される人と巡り逢えるということは、綺麗であるということの何千倍も尊い。 披露宴での彼女の顔は、泣き濡れてメイクがボロボロだったはずなのに、その美しはは、いつまでもこの胸に焼き付いて離れない。 |
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