【都市伝説を科学する】九州の将兵は最強か? (エロくない体験談) 7574回

2014/10/06 07:34┃登録者:えっちな名無しさん┃作者:名無しの作者
2014.9.30 05:00更新 

【都市伝説を科学する】
(問)九州の将兵は最強か? (答)YES!


離島上陸訓練を重ねる西部方面普通科連隊の隊員。伝統に培われた精鋭が集まる=長崎県佐世保市(大森貴弘撮影)

 
 広く流布した話ではないが、関係者に根強い伝説がある。いわく「九州の将兵は強い」。九州は古代から、わが国防衛の最前線であり、先の大戦をはじめ、勇猛ぶりは敵将をさえ驚かせた。現在の自衛隊を見ても、「最強」の呼び声も高い部隊が集まり、南西防衛を担っている。「九州最強説」はどのように生まれたのだろうか。(九州総局 大森貴弘)

 「拉孟(らもう)において、騰越(とうえつ)において、日本軍の発揮した善戦健闘に比べてわが軍の戦績がどんなに見劣りするか。予は甚だ遺憾に堪えない」

 元大本営参謀で戦後、参院議員も務めた辻政信氏の著書「十五対一運命の戦場」によると、昭和19年、日本軍と戦っていた中国・国民党の蒋介石は、全軍にこんな訓示をした。

 蒋介石がたたえた日本軍こそ、九州出身者で構成された第18師団(通称菊兵団)と第56師団(通称龍兵団)だった。中国・ビルマ(現ミャンマー)国境において、拠点を守り、わずか数百から数千の陣容で、万をはるかに超える敵兵を、4カ月に渡って釘付けにした。

 このような例は、枚挙に暇がない。なぜ九州の軍隊は強いのか−。


理由(1) 国防意識

 「古来、九州は日本の防衛の最前線だった。古代は防人(さきもり)、中世には元寇。九州には、日本の平和のために戦ってきた武人の誇りがある」

 陸上自衛隊西部方面総監の番匠幸一郎陸将(鹿児島県出身)は常々、こう説く。

 白村江の戦い(663年)に敗れた後、北部九州は、唐・新羅の侵略に備える最前線だった。

 当時、大和朝廷の危機感は強かった。

 九州一円や遠く関東から「防人」と呼ばれる兵士を集め、九州沿岸や島嶼部に配置した。任務終了後も少なくない東国出身者が九州にとどまったという。


 「遠の朝廷(みかど)」と呼ばれた重要拠点・大宰府を守るために、周辺に水城を建設し、大野城(福岡県大野城市)や基肄(きい)城(佐賀県基山町)など山城を築いた。

 異国からの侵略は決して夢物語ではない。

 平安時代の1019年には、中国東北部の女真族(満州族)が対馬や壱岐、筑前を侵略した「刀伊(とい)の入寇(にゅうこう)」が起きた。鎌倉時代の1274年と1281年には、元・高麗の連合軍が博多湾に押し寄せた。いわゆる元寇もあった。

 九州は、大陸や朝鮮半島からの脅威に絶え間なくさらされてきたといえる。必然的に培われた防衛意識が、将兵を鍛えたという説は納得だ。

 陸自第4師団(福岡県春日市)広報室長の坂田公力3佐(熊本県出身)も「歴史的な背景から、九州は国防意識が高く、軍隊や自衛隊に対する理解もあると感じます」と語った。

 実際、九州7県出身の自衛官は多い。平成25年10月現在、九州出身の自衛官は6万人。九州の人口は全国の10%だが、自衛官定数の26%にも達する。


理由(2) 教育

 近現代の九州出身将兵の強さの源泉には、戦国〜江戸時代に培われた藩校教育をはじめ、その土地ならではの「武士道」があるのではないだろうか。

 熊本県境にある鹿児島県西北端の城下町、出水市は薩摩・島津藩の時代から武道や武勇を重んじる「尚武の地」として有名だ。

 九州以外の出身者に怒られるかもしれないが、やはり、日本男児といえば、九州男児、九州男児といえば薩摩隼人、薩摩隼人といえば出水兵児(へこ)というほど「男の中の男」を自認する。

 その薩摩藩最強の武士団が幼少時から骨の髄までたたき込まれたのが、「出水兵児修養掟(しゅうようおきて)」だ。兵児とは男性、特に青年男性を指す。


 「士は節義を嗜(たしな)み申すべく候」で始まり、「上に諂(へつら)わず、下を侮らず…」と続く。大まかな意味は、「武士は(人としての道を説いた)節義を心がけねばならず…」「地位の低い者を見下さず、地位の高い者にこびず…」といったところか。

 1600年、天下分け目の関ヶ原の戦いで、敗れた西軍に属しながら、わずかの兵で敵中突破し、徳川家康を恐れさせたのは島津軍だ。その少し前の16世紀後半、朝鮮出兵で獅子奮迅の活躍をしたのも島津軍だった。こうした島津軍の強さの背景に、出水兵児修養掟に代表される武士道教育がある。

 鹿児島出身の陸上自衛隊幹部は、戊辰戦争を共に戦った長州藩と違い「薩摩武士は明治維新後も政治に首を突っ込まないところが長所でもあり短所である。だが、武士、軍人としてはその分強いと思っている」と胸を張る。

 ここでは薩摩藩を例に挙げたが、九州には福岡黒田藩、加藤清正、そして細川家と連なる肥後藩など雄藩が多い。九州の将兵最強説を支える歴史と伝統がそこにあると言っても過言ではなかろう。


理由(3) 精鋭集結

 海洋進出を活発化させる中国、政情不安定な朝鮮半島など、今後、国防の最前線として九州の重要性は高まるばかりだ。

 冷戦期、ソ連を仮想敵国とし、北海道に陸自主力部隊を置く「北方シフト」から、陸自は現在、多くの離島を抱える南西諸島防衛を意識した「西方シフト」の傾向を強める。

 西部方面隊は平成14年、米海兵隊をモデルに離島防衛の専門部隊である西部方面普通科連隊(西普連)を創設した。長崎県佐世保市の相浦(あいのうら)駐屯地に本拠地を置き、現在の隊員は約600人。平成30年度までに3千人規模の水陸機動団を新編する。


 水陸機動団を輸送するための準備も着々と進む。陸自に導入される垂直離着陸輸送機MV22オスプレイ17機について、防衛省は佐賀空港(佐賀市)への配備を計画している。沖合の艦船から、海を渡って上陸できる水陸両用車「AAV7」52両も水陸機動団に導入予定で、佐世保市の崎辺地区へ配備する。

 ハードだけではない。隊員らを指揮する西部方面隊のトップはいずれも、「エース中のエース」(防衛省関係者)だ。西部方面総監の番匠陸将、幕僚長の金丸章彦陸将補、幕僚副長、吉田圭秀陸将補、同河本宏章陸将補ら、壮々たる武人が居並ぶ。

 隊員の評判もすこぶる高い。陸自は米海兵隊と共同訓練を実施する機会が多いが、ある幹部は「ヘリ降下や射撃訓練など、個々の兵士の技量は米海兵隊員より陸自が格段に上だと米側が感心していた」と語る。

 南西防衛シフトで、九州には「強い武人」がさらに集まってきた。伝説が真実になる日は近い。


【投稿者からの補足】
出水兵児修養掟

 士は節義を嗜(たしなみ)み申すべく候

 節義の嗜みと申すものは口に偽りを言わず身に私を構えず心直にして作法乱れず礼儀正しくして上に諂わず(へつらわず)下を侮らず人の患難を見捨てず己が約諾を違えず甲斐甲斐しく頼もしく苟且にも(かりそめにも)下様の賎しき物語り悪口など話の端にも出さず譬(たとえ)恥を知りて首刎ねらるるとも己が為すまじき事をせず死すべき場を一足も引かずその心鉄石の如く又温和慈愛にして物の哀れを知り人に情あるを以て節義の嗜みと申すもの也」



出典:産経ニュース
リンク:http://www.sankei.com/politics/news/140930/plt1409300002-n1.html
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