田神 真22歳。都心の安居酒屋でヤケ酒をしていた。もう何度見たかわからないメール。 「今後の貴殿のご活躍とご健勝をお祈り申し上げます」--不採用通知。 「メール一発で不採用通知とは便利な世の中になったものですね」明らかにキャパ超えの椅子が並べられたカウンター席で呟く。 スマホを胸ポケットに突っ込む。 中学生の頃、事故で両親を亡くした真は北海道の叔父に引き取られ育てられた。 親代わりというには程遠い使用人のような生活ではあったが。高校を出て3年務めた工場が倒産し就職活動を始めて1年。そろそろ貯金も尽き果てようかというところ。正直こんなことをしている場合じゃないはずだが、今日は飲まずにはいられなかった。 「もう北海道に戻るしかないか…」。東京に一人で出てきた今、食わせてくれたことにだけは叔父には感謝している。だがあの使用人のような生活に戻るのは御免だった。朝早くから牛舎糞尿掃除、餌やり、そして日が落ちるまでの牧草の刈り取り加工。しかし戻れば食うに困る事態だけは避けられる。 無意識に強くジョッキを置いてしまう。ガチャンという音が響き、一瞬周りの会話が止まる。 「…あ、すみません」 カウンター越しに優しそうなおじさん店員が気を遣って「おかわりどう?」と声をかけてくる。 思わず財布を覗く、えーと、1800円あって、ここのお通しがたしか700円くらいでビールが…と計算していると、隣に座っていた女性がクスクス笑いながら声をかけてきた。 「一杯奢らせてよ」 ビールの注がれたジョッキが2杯、二人の前に運ばれてくる。 奢ってもらっていいものか、きょどっていると 「かんぱいしよ」 とジョッキをこっちに掲げる。真もビールを手に取りカチャンとジョッキを鳴らした。 そのまま飲まずに、ぐびぐびと飲む彼女を眺める。整ったキツめの顔にほとんど化粧はない。ロングの黒髪。酔っぱらったのかちょっと着乱れたシャツにタイトスカート。スタイルはいい。ぷはっとジョッキから口を離すと、見惚れる真の視線に気が付く。 「おいおい。れでーをジロジロみて。失礼だなぁ」と笑う。もう結構下地が出来上がっているようだ。頬が赤く上気している。 「泡消えちゃうぞ」 一口飲む。 「名前は?」 「たがみまこと」 「へぇ、あんたもマコトっていうんだ」と何かの物まね風に言ってクスッと笑う。 「あはは。私は金井真琴。本当に偶然だねぇ。びっくりしちゃった」 見た感じ、同じくらいか年下だろうか。やはり初対面の女性にいきなり年齢を聞くのは躊躇われた。 「やなことあった風?お酒は美味しく飲まないとね。かくいう私も今日はあまりおいしいお酒じゃないんだけどさ。同類ぽいのを発見したから声かけたってとこ」 「だから気にしないで遠慮なく飲んで」 普段はあまり話をすることが得意ではない真にとっても彼女はとても話しやすく、再就職に苦労していることや失敗した面談の話なんかを面白おかしく話す。 友人にもあまり話さない天涯孤独であることを話したとき彼女はふと視線を焼酎の入ったグラスに落とす。とても悲しそうに見えた。 「…そんなとこまで同じかぁ。私も両親居ないんだよね」 言葉に詰まる。「事故、とか?」首を振る彼女。 「2歳のときにね、いなくなっちゃったの」 暫くそんな話を続けて、二人ともろれつが回らない程度にお酒が回った。 「よぉし、天涯孤独同士今夜はいくぞぉ?」「ごめんなさいお金ないっすー」「きにすんなー!おじさんお勘定!」 見た目の細さと整った顔からは想像がつかないほど威勢がよくなる彼女。 2軒目のお店から出ると、彼女はまっすぐ歩けないほど酔っぱらっていた。肩を貸し、繁華街を駅へと進む。 半分寝ているような声で彼女が呟く。 「・・・心中するかぁ」なぜかギクッとする。行き詰った現状。どこかで死という可能性も考えていた自分に気が付く。 「今日会ったばかりの女性と心中したんじゃ天国の両親に申し訳立たないですよ」 「そりゃそうかぁ…」 「あたし、次生まれ変わるなら絶対に男がいいなぁ。真くんみたいなイケメンになるんだ」 「イケメンじゃないですよ。彼女いたこともないし。」 「えへへへー」と顔を緩めて笑う彼女。こういう顔をしてもかわいいかも。 「もうすぐ駅ですからね。しっかりしてくださいよ。ちゃんと家まで帰れますか?」 繁華街のメインストリートから脇道に入る。駅までの近道。薄暗くなり喧騒が遠くなる。 「変なことしたら殺すぞー」 もうどうしたものやら。と頭をかく。 「近道ですよ」 反対側の通りが見えてくる。通りに出る手前でふと人の気配に気が付く。細い通りの反対側にテーブルを置いて、座っている人影。 テーブルには小さい蝋燭が置いてあり、様々な小物が置いてある。露天商か。とその前を通り過ぎようとすると不意に声を掛けられた。 「もし」 思わず足を止める。 「面白いものがあるよ。みていかないかい?」低く柔らかい声が狭い路地に透る。 終電まではまだ時間もあるし、ちょっと覗いてみる。 机の上は、お香のようなものや飴、錠剤のようなものが並んでいる。一見して「これはヤバい奴だ」と思う。 「や、いいっす」 「今の君たちにちょうどいいのがあるよ?」という言葉に立ち去ろうとしていた足がとまる。 酩酊していた彼女が突然興味を示す。 「マジー?なになにー?」 「人生を変えられる呪術を施した秘薬だ。」 「どれどれ!」興味津々の彼女。 すると露天商はテーブルの下から細長いアルミにくるまれたチョコレートのようなものを取り出した。 「これを人生を変えたい男女で半分づつ食べると―」 言い終わる前に彼女ノリノリで言った。「わはー。私たちにぴったりだねぇ。いくら?」 「今日は特別にただで上げるよ」 「ぇえ!ただだってー、真くん食べるでしょ」 食べないよ。そもそもこの店、品ぞろえが怪しすぎるよ!。ここで買ったものなんか食べたらどうなるか…。 という真の考えなんかほったらかしで、露天商から商品を受け取ると、さっさと半分に割り自分の口に放り込む。 「あまぁい」 目を閉じうっとりする顔をする。 「うん。普通においしいよ。おじさんありがとー」 と陽気に手を振る。「これ真くんの分。」手のひらに押し込んでくる。断るのもややこしいことになりそうな雰囲気だったので、受け取ってポケットに突っこんでおいた。 彼女を駅まで送ると自宅に向けて歩く。駅とは反対方向なので元来た道を戻る形。さっきの露天商はもういなくなっていた。 部屋の扉を開け、カギを閉めズボンだけ脱いで丁寧に吊るし、ワイシャツのままベットに倒れこむ。 HDDレコーダの電源を入れて、適当に再生する。撮り貯めたアニメを消化しないと。見始めて30分あることに気が付いた。 「失敗した」と呟く。そういえば連絡先も何も聞かなかった。可愛らしい人だったな。また会えるだろうか。 うつ伏せになった胸元に違和感。そうだ。さっきのチョコレート。有名メーカーの名前が薄く刻まれた銀紙に包まれたそれ。 「秘薬が○ッテ製かよ。」 と笑い、口に放り込む。多分チョコの中でも一番甘い奴だ。横になって一気に酔いが回ったのか、そのままあっという間に眠りに落ちてしまった。 歯を磨かないと…と思いながら。 カーテン越しの明かりが天井を照らす。もう朝か。寝た気はしないけどスカッと目が覚める。起き上がりんーーっと伸びをする。 昨夜はあんなに飲んだのに二日酔いもない。逆に体が軽いくらい。しかし何か違和感がある。 周りを見回す。趣味で貼った控えめのアニメポスター。程よく片付いた部屋。いつものベット。口の中がいつもより甘い。 ああ。昨夜寝入りに食べたチョコのせいかな。 立ち上がり、背の低い冷蔵庫の扉を開け、前かがみになりミネラルウオーターに手を伸ばす。 胸が、重い。違和感が増幅される。そのまま周りを見渡す。お香なんか炊いたことないのにいい匂いがどこかから香る。 冷蔵庫の横に立てた姿見の鏡が視界の端に入る。そこに違和感の正体を見つけ、「ひっ」と息をのむ。 そこには見覚えのある女性の姿。だれだっけ…あ、昨日一緒に飲んだ…真琴さんの姿が。 なんでうちに…え、なんか間違い…やっちゃった?混乱する。 …よかった。連絡先聞いてなかったけどすぐ会えた。って、違う! 慌てて両手で頬を押さえてみる。鏡の中の金井さんも頬を押さえる。顔は驚愕で固まっている。 ゆっくりと視線を下げる。昨日から着たままの白いワイシャツ。その胸は二つの大きな膨らみ。ゆっくりとその膨らみの右側に手を添えてみる。 胸に触られた感覚があり、ビクッと手を離す。 「…俺の…?」 もう一度ベットに腰をおろし、ゆっくり現状を考える。 昨日飲んだ子が俺になっている。や。俺が昨日飲んだ子になっている?俺の体が彼女の体に? 余計に混乱する。 ふと思いついてガバッとワイシャツの下に履いたブリーフに手を突っ込んでみる。 ない。 胸の膨らみとは逆にそこにはあるはずのモノがなかった。 手を抜き頭を抱える。 原因は一つしか考えられなかった。あのチョコレートだ。 暫く呆然とテレビのニュースを眺める。 慌ててもしょうがない。こういうとき、やっぱり後で後悔しないように、できることはやっておくべきだと思う。 もう一度体を見回す。縊れた腰、男物の(もちろん自分の)ワイシャツに膨らんだ胸。 口の中が乾く。ゴクリと唾をのむ。 スーッと息を吸い込み恐る恐る声を出してみる。 「あーーーーー」 予想通り。鈴が鳴るようなきれいな透き通った女の子の声。 やっぱり。これは…。 もう一度ゴクリと唾をのむ。 「カラオケに行っとくべきでしょう」 憧れだったあのうたも、この歌も、この声なら原音で超かわいく歌えるはず! それに、街に出ればもう一回真琴さんに合えるかもしれない。 問題の解決はさておき、とりあえず現状を受け入れることを最優先とした。 最初の難関。服。女子が来ててもおかしくなさそうな服…。 ジーパンやTシャツトレーナーを並べて試してみるが、どれもだぼだぼ。 きつくて履けなくなったジーパンを裾を折りたたんで、ベルトで絞めてぎりぎり。 これは何とかなった。 上はTシャツにパーカーをだばっと羽織る。 鏡の前に立ってみる。 「あ。見れないこともない?」 少なくとも街には溶け込めそう。 ウキウキとガボガボの靴を履き家を出る。 まず、靴を買おう。 出典:[真と真琴]1.プロローグ リンク:http://desiremax.blog.fc2.com/blog-entry-38.html |
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