父と私と。※修正版 (エロくない体験談) 9170回

2015/03/26 15:07┃登録者:とある高校生┃作者:名無しの作者
 夕暮れが迫る駅前で、彼女はひとりで立っている。
 ふと、駅の方へ目をやると、彼女のよく知っている顔を見つけた。
少し、仕事に疲れているように見えた。そんな父に駆け寄り、
「お帰りなさい」と声をかけ、彼女はニッコリと笑う。
少しでも父を元気にしたい、という理由もあったのだが、なにより、父が出張から帰ってきたという事実だけで、
彼女は笑顔を抑えられなくなる。
そして、涙も。

「ただいま」

 久しぶりの父の声。とてもとても優しい声。
彼女は、今にも溢れようとしていた涙を手の甲で拭い、父の胸に飛び込んだ。

(お父さんの匂いだ)

 父の胸に顔をうずくめ、そっと目を閉じる。昔から、父の胸でこうするのが彼女は好きだ。
「迎えに来てくれて、ありがとうな、唯」
父は、胸の中の大事な大事な宝物を受け止めながら言う。
「当たり前じゃない。ずっと、待ってたんだから」
父の胸から顔を上げたその顔は、再び笑顔で満ちていた。少し泣いたせいで、
彼女の頬には涙の跡が描かれていた。

娘の笑顔
―――――それは、父のつかの間の寂しさを満たすもの。
―――――また、父を安堵させるものでもあり、
―――――そして、父をこの世で一番幸せにするものでもあった。



 ふたりは駅を抜け、共に帰路につく。
「私、お母さんのお墓参りと仏壇のお供え、ちゃんとやってたんだからね〜」
唯のおどけた声に、父から笑みがこぼれる。
「そうか。唯は偉いなぁ。次から中学三年生だもんな」
 普段、活発でおしゃべりな唯に対し、父は物静かで、読書を好むタイプの人間だ。
だが、久しぶりの娘との再会。話をせずにはいられない。

「横山さんには、迷惑はかけなかったか?」
 唯には母親がいない。なので、父がいなければ、唯はひとりきりになってしまう。
そこで出張の間、昔から仲の良かった隣の横山さんの家に、唯は居候させてもらっていたのだ。
母の仏壇は自宅にあるので、唯は自宅と隣の家を行ったり来たりの生活をしていた。
「うん。多分ね」
チロっと舌を出し、片目を閉じておどけてみせる唯に、父は
『多分って…』と苦笑いをする。
「でも本当に、いろいろお世話になっちゃったなぁ」
いろいろ思い出すことがあるのか、遠くを見るような目になる唯。父は、
「今度、お礼をしないとな」
と言った。
 横山さんには、礼をしてもしきれないほどの恩を受けてしまっているのだが、
やれることはやっておきたい。
そんなマメな辺りも、また父の性格だった。



 ふたりは住宅街を歩き続ける。
 もう既に日は暮れ、歩く道には、周辺の住宅街に住む人たちの笑い声や、
バラエティ番組の音声などが響いている。

「ねえ。そういやさ、どうして私は唯っていう名前になったの?」

 単なる好奇心からの質問のようだが、父は答えに詰まってしまう。
別に答えが分からないのではない。知っている。ただ、その答えを
”言っていいのか”が分からないのだ。しかし、聞かれたならば答えるべきだ。
子供には『知る権利』があるし、親には『答える義務』があるからだ。
  
 そして、父は口を開く。

「唯。お前が生まれた時に、母さんが死んだのは知っているな」
唯の肩が、ピクン、と、少し震えた。
そう、唯は、母親を知らない。
「母さんが死んだとき、まだお前に名前は付いていなかった」
唯の方から反応がない。少し、唯のタブーに触れてしまっているのかもしれないと
思いつつも、父は話を続ける。
「母さんがいなくなってしまうと、俺には、お前しか残っていなかった」
唯は少し照れたのか、顔を少し赤らめ、人差し指で頭をかく。
「名前を決めるのにはかなり時間がかかったさ。お前が生まれた時に桜が咲いていたから『桜』に
しようとか、春に生まれてきたから『春香』にしようとか、いろいろ迷ったけど、」
父は、伝えることにまだ少し戸惑う。そのせいか、少しの間があった。
「けど、やっぱり、名前をつけた時の気持ちを、俺にはお前しかいなかったんだっていう気持ちを、
そのまま名前に込めたかった。何かに、刻みたかったんだ。自己満足かもしれないけどな」
父は、自嘲するように少し笑った。

「でも、俺にはお前しかいなかった。逆に言えば、唯一、唯一お前がいた。
だから、唯。『唯』だ。」

「だから、唯…か」
唯からそんな声がこぼれた。
 父の自己満足で決められた名前。それは、娘に理解できるものなのだろうか。
 父は後悔した。このことを話すと、ずっと、嫌われると思っていたからだ。
もう自分に、笑顔を向けてくれることはないと思っていたからだ。

 少しの沈黙の中を、二人は歩いていた。
唯はうつむいていた。表情は見えない。泣いているのかもしれないし、怒っているのかもしれない。
 そして唯は、ゆっくりと口を開き、一言だけ、静かに放った。


「ありがとう。お父さん」


 いつの間にか顔を上げていた唯は、夕暮れ時のような、嘘偽りのない、
満面の笑みを浮かべていた。そして、その目には涙が溜まっていた。
それもまた、夕暮れ時のように。

 再び、ふたりの間に静寂が生まれる。
今度は、父がうつむいていた。その肩は小刻みに震え、うまく言葉を発することができない。
時折、父から嗚咽が漏れる。その度に、唯は、歩きながら父の背中をさする。
もはやどちらが親か分からないが、逆に言えばそのくらい、ふたりの関係は強いものなのだ。

 やがて、父はしゃっくりのような嗚咽を深呼吸で整え、歩を止め、左へ向いた。
そして、同じように右へ向いた唯の首に両腕を回し、自分の胸に唯の顔を押し付け、思い切り抱きしめた。
唯も、黙って父の腰へ腕を回す。そして父は、唯の耳元で言葉を放った。


「こちらこそ、生まれてきてくれて、ありがとう」


 ふたりは抱き合いながら、共に大粒の涙を流す。
そしてしばらくして、ふたりは泣き合い、そして笑い合いながら、再び道のりを歩む。
ふたりの歩幅は揃っていた。

 オレンジ色のかかった外灯は、ふたりを照らす。
道路に映し出されたふたつの影は、いつの間にか、手と手をつないでいた。
 

出典:暇な授業中に
リンク:暇つぶし程度に書きました
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