ある講師と女子大生の恋 (オリジナルフィクション) 9135回

2015/11/18 10:37┃登録者:あでゅー◆UokxQKgo┃作者:あでゅー
20151115-ある講師と女子大生の恋

小田カズオ 俺 講師ドイツ語
幸田サキ 学生
アンナ 無くなった元妻 アルメニア人
今井さえ子 同僚 講師英語
関根ミツグ 同僚 講師フランス語

あの人に初めて会ったのは、まだ肌寒い春の事だった。本屋で物色していたら声をかけられた。
「すみません。今月の工業機械って、もう売れちゃいました?」
まただ、店員と間違われた。出来るだけ優しく言った。
「もう、そこに無いんだとしたら売り切れですね。それから、私は店員じゃありませんから(スマイル」
「えっ!すみません(ペコペコ」
あまりも謝るもんだから、ネットで買えることを教えた。

好印象だ。サッパリした白いシャツにカーキ色のパンツ、そしてヒールの低いパンプスがよく似合っている。髪はショートでボブだ。メガネは掛けていないが多分コンタクトだろう。大きな目が印象的な女の子だ。化粧はしてなかったが、十分美しかった。
第一印象は良く、その時はそれで終わった。


「えー、皆さん。出席を取るのは時間が掛かるので名簿を回しますからサインして下さい。君よろしく(スマイル」
黒板に名前を書いて自己紹介した。小田カズオ、と。くすくす笑い声がした。元オフコ−スの小田和正とは一字違いだ。この年代でも知っているのか。
「あ、それから代筆した場合は、二人とも不可だから。気を付けてね(毒スマイル」

ドイツ語の教科書を開いて授業を開始した。一通り板書して学生を観察していると、本屋で私を店員に間違えた女の子を見つけた。私がにこにこ見ていたら、女の子がハニカミながら会釈した。授業が終わって退出しようとした時、あの女の子が駆け寄ってきた。私は嬉しかったが、平静を装って言った。

「はい、何ですか?」
なんて味の無い言葉だ。あがっているな。
「はい、私は幸田サキと言います。よろしく(ペコリ)。それで、この記号は何と言うんですか?聞きそびれてしまって」
いかにも申し訳なさそうに聞いた。良いんだよ。こっちが嬉しいから。
「ウムラウトです。この記号は良く出てきますから仲良くしてね(スマイル」
「有難うございます(ペコリ」

この子の親御さんの教育か、本当に礼儀正しい子だ。もっと話をしていたかったが、講師と生徒の関係は気をつけないと。別れ話から悪い噂が立って、講師を辞めざる負えない事があると聞く。しょせん我々講師は学生の奴隷だ。立場が弱い。今仕事を首になったら食っていけない。

そんなこっちの事情にはお構いなしに、授業を終わると決まって質問にきた。夏休み前になると胸は際どくなり、スカートはもはやミニではなく、申し訳程度に布がパンティを隠しているに過ぎず、私は上を向いて会話しなければならなかった。もっとも見せパンだったかも知れないが。

前期の授業を後数回残して、彼女の意図は分からないが念のために先に言った。
「いやー、講師の給料って安いんだよ。悪いね何時も熱心に聞いてくれるのに奢る事が出来なくて(ポリポリ」
それに対しての彼女の言葉が痺れた。
「安くても私の分のお給料を足すと人並みでしょ?」
唖然として彼女を見た。周りもざわめき出した。

しかし変だ。彼女に惚れられる事が全く思い浮かば無いのに、何故私に固執するんだ?この時から、彼女が怖くなって避けるようになった。相手も気づいて気色ばんで詰め寄ってきた。講義が終わって講義室の出入り口での事。
「何故私を避けるんですか?訳を言って!」
目に涙を貯めて必死だ。こっちはこんな事は未経験でどうすれば良いのか分からない。講義室を出た学生が面白そうに見ている中、出た言葉がこれだ。

「ごめん。こんな経験無くてどうすれば良いのか分からないんだ。あ、童貞とかで無く、講師と学生との関係ね」
何を言っているんだ、俺は。もう完全に押されてる。情けない。
「先生!私と付き合って下さい!」
ざわざわ。面白いことやってるぞ、と声が聞こえた。私はしどろもどろに答えた。
「分からないよ。何故君がそんなに思いつめたのか」
「そんな事私にも分かりません。気づいたら好きになっていました」
(ヒューヒュー、熱いね)

野次馬が煩い。今は構っている暇がないんだ。誰か俺を助けてくれ。全身から汗が噴き出る。彼女は涙をボタボタこぼしている。そのこうちゃく状態を破る人がいた。同僚の今井さえ子だ。バリバリの英語の同時通訳者で容姿はショートカットのメガネっ子だ。でもちょっと年が行ってて30才。

「何やってるの!!貴方もあなたよ。毅然と対応しないでどうするの!あなたは自分の立場を分かっているの?これ以上するとストーカーで訴えるからね!」
相手も負けていない。女の戦いだ。

「黙ってて下さい!今私と付き合うかどうか聞いているんです!」
二人はにらみ合ったままこう着状態になった。
「あなた、彼女と付き合うの?」
再びサイは私に戻ってきた。もうどうにでもなれ!
「分かりました。付き合います。…だけど友達からね」
「駄目です!ちゃんと付き合うか、そうでないか、ハッキリして下さい!」

しばしの沈黙があった。出した答えはこれだ。
「分かった。付き合いましょう!」
(おおおーーー!)
歓声が沸いた。拍手も聞こえた。その時さえ子が少し悲しそうな顔をしたのは気のせいだろうか?とにかく、わたくし小田カズオは幸田サキと付き合う事になった。

講義職員室でどかっと腰を下ろす。
「大変だったね」
後ろから同僚の関根ミツグが私の肩を叩いた。
「噂は聞いたよ。付き合う事になったんだって?羨ましい。なのに本人はこの体たらく。一体何が不満なの?カズオちゃん」
私は何も返事できなかった。今井さえ子と共に重い空気に包まれていた。


やっと週末になったのに気が重い。デートの約束をさせられたのだ。土曜だというのに9時に駅前で待ち合わせ。重い足取りで目印のピーポくんを目指した。だが、あと100mの所で足が止まった。足が動かない。帰ろうっかな…。足元をジッと見て迷っていると突然声を掛けられた。

「先生!何してるんですか?(怒」
怒った顔が、これまた可愛い。しかし、何を考えているか分からない。
「ご、ごめん。待った?(汗」
「さあ、行きましょう。先生」
腕をからませしっかりロックされた。まず、喫茶店に連行された。コーヒーが旨い。ようやく一息つけた。
「濃密な自己紹介しようか。まず私ね」

両親とおじいちゃんの4人暮らし。今はアパートの一人暮らし。おじいちゃんは元新聞記者、小さい会社だ。お父さんは公務員。お母さんはもと音楽の先生。私は小さい頃からピアノを習っていて美術大へ行こうとしたけど、理系が強くってこの大学へ来てしまった。好きな音楽はバッハ、好きな機械はエンジンと名の付く物。と言うアンバランスさだ。

私も自己紹介した。ドイツ語の先生をしているが、他にフランス語とスペイン語とイタリア語が話せる。ネイティブ並だ。他に機械が好きで何でも分解してしまう所がある。親は田舎に農業をしている父がいるが、母は小さい頃にガンで死んだ。だから今は二人っきりの家族だ。

「お互い一人っ子同士だね(スマイル」
「あ、何嬉しそうな顔してる。全く…(怒」
それから映画を見た後、もう帰れると思ったが。
「絶対にホテル行くんだから!」
何とかなだめて私の部屋へ行く事で決着した。


「へー、割と綺麗にしてるじゃない」
彼女は部屋を見渡していたが、突然あちこちの扉を開け始めた。
「な、何してるの?(オロオロ」
「ふーん」
次に引き出しを開け始めた。
「ちょ、ちょっと止めてよ(困り顔」

「ふー。点検したけど女っ気なしね。おまけにゴムの一枚も無い。成人男性でしょ。いざとなったらどうするの?全く…。でも私とする時は要らないわね」
「…」
おーい。あなたは学生ですよー。困るじゃないですか。なんて事は言えません。はい。取り合えず料理でもして間を持たせます。腹減ったし。

私のおさんどんを後ろからジッと見ている。緊張するなー。エビクリームのパスタが出来た。
「はい、でけた。召し上がれ(どや顔」
「パク。モグモグ。ゴックン。美味しいー(ルン」
「チュー。ムシャムシャ。ゴクン。そうだろう(ルン」
ゴックン。赤ワインが合う。その後ただひたすらホークを口に運んだ。

「あー。美味しかった」
「どういたしまして。ジャー」
洗い物も自分でしました。はい。食後のコーヒーを飲んでくつろいでいると
「ねえ」
「はい」
「どうして誰とも付き合っていないの?こんなに優良物件なのに」
「それはお給料が安いからです(キッパリ」
これ以上ない明確な答えだ。

「でも通訳のお仕事でボーナスが入るでしょ?それは何処へ消えるの?」
ちっ。仲間に裏切られた。チクったのは一体どいつだ?こんちくしょーめ。
「それは海外へ旅行をすれば直ぐ消える」
「やっぱりヨーロッパだよね。ドイツ?それともフランス?(わくわく」
「アルメニア」
「…何で危ないとこ行くの?」
「言いたくない」
「えーーー!ここまで話して言えないだなんて、きつー。気になるなー。…ねえ教えてよ」
「減るから言わない」
セックス所じゃ無くなった。さっきから考え込んでいる。
それはとても大切な思い出、そして傷だ。


私には死んだ妻がいる。

あれは10年前。私がまだ学生でヨーロッパを貧乏旅行をしていた時だった。国の事情とかは一応調べていたが、こんに奥が深いものだとは知らなかった。

スペイン、フランス、ドイツ、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、トルコ、そしてアルメニア。

どの国でも隣の国を悪く言う。正直憎んでいる。それは有史以来のあつれきから、現在に至るまでの暴力による差別まで、ずーっと続いている。中でもアルメニアは酷かった。なぜアルメニアまで行ったかというと、好きなギター曲にアルメニア民謡というのがある。悲しいけど美しい曲だ。一度行ってみたいと思ってた。あれはアルメニアの哀しみを歌った曲なのだと改めて知った。

それでも今までの国でしてきたように、クラッシック・ギターでその国の曲を弾いた。3曲目を弾き終えると店じまいしようかと片付け始めたら少女が声を掛けてきた。
「どこの国の人?」
私は地図を広げて、ここと指さし
「東洋の小さな国から来ました。私は小田カズオ、カズと呼んでね。あなたは?」
「アンナ。とっても気に入ってる名前よ(ニコ」
年の頃は16才位か。この国の女性は美しい。ヨーロッパでは侵略された時に、ブスは殺され美人は犯されるらしい。だから弱い国程美人が多い。確かに美しいが、悲しい事だ。

「何か聞きたい曲があればリクエストして下さい(スマイル」
「さくら」
驚いた。日本の文化は遠く離れた辺境の地でも行き渡っているか。
(音符)
「良い曲よね。日本へ行ってみたいわ。いいえ、日本に住みたいわ」
少女は熱い目線で私を見つめた。これは答えないといけない。だが、慎重に。
「年は?結婚できる年齢は?パスポートは?それから私の事を好き?」
「18よ。結婚だって自由に出来るわ。さあ、私をこの国から救い出して!好きよ!」
熱いキスを食らった!完全に私の負けである。身も心も捧げよう。美しい人に。

それからの私の行動は早かった。まず、教会で牧師に賄賂をつかませ結婚式を挙げた。市役所に連れて行って貰い、婚姻届けを出した。大使館へ行きパスポートを手配した。そして航空券を取った。

私たちは次の日、結ばれた。甘く切ないセックスだった。アンナは何度も私の名前を呼び、私もアンナと何度も呼んだ。あたかも短い時間を埋めるように、二人は激しく求めあった。

何も事情は聞かなかったが、この国に居たくない理由があるのだろう。彼女には普段通りに生活してもらった。そして予定日。彼女は来なかった。
殺されたのだ。
きっと出て行く事がわかり身内に殺されたのだろう。私は近づけなかった。危険だからだ。葬式も遠くから見ているだけだった。

なぜ一緒に居なかったのだろう。なぜ安全な場所へ避難しなかったのだろう。誰も居ない墓地で涙を流して悔いた。明け方まで墓地で泣いた。そしていまだに墓参りに行っている。結婚記念日に。

これが私の傷である。
誰にも話せない傷である。



その時から私は女性と付き合えなくなった。手を出そうとしたら、あのアンナの熱い目線を思い出すのだ。そう息子が立たないのだ。だから彼女、幸田サキとも付き合えないのだ。だが、あの時は付き合うと言ってしまった。なぜ、断らなかったのだろう?いまだに分からない。

「こんにちは、先生」
「ああ、おはよう。昨日は眠れた?」
「全く、眠れる分けないじゃない(プンプン」

構内を話しながら歩いていると、人が面白そうにジロジロ見てくる。さながら客寄せパンダの様だ。だがそんな事は直ぐにどうでも良くなる。こっちは彼女の対処でテンテコ舞いなのだ。仕方ないな本当の事をちょっとだけ話そう。
「実はあの国に凄い美人が居て、毎年話に出かけてるんだ」
墓にね。
嘘は言っていない。

「…」
彼女は無言でジッと私を見つめた。
「彼女は死んだのね」
!足が止まった。下を向いたまま一歩も動けなかった。核心を突かれたからではない。彼女が死んだ、と言う事実を改めて突き詰められたからだ。
「…そう、彼女は死んだ。でも私はいまだに信じられない。昨日まで元気だったのに。当然私の前から居なくなった」

私はいつの間にか涙を流していた。
ふっと柔らかい胸に抱かれた。居心地が良い。涙が収まるのが分かる。幸田サキの胸に抱かれ
「ごめん。服汚しちゃったね」
「いいのよ。思う存分泣きなさい」
「うん。でも涙は止まったみたい。お礼は何が良い?」
「私の目を見て」
そこには熱い目線があった。そうだ。私はこの目にやられたのだ。アンナと同じ目に。私たちは抱き合って初めてのキスをした。


彼女は日曜になると、決まって私の家でドイツ語を勉強している。
「そうだ!君もやってみる?通訳」
「えー、連れてってくれるの?」
「一度勉強のために行ってみる?」
「嬉しー」

実際、彼女の語学の進歩は著しい。日常会話程度ならネイティブ並だ。後は専門を増やして、それ専門に欠かせない人になれば良い。まず自分の専門分野のドイツ語と英語の訳。英語は当然知らなきゃ話にならない。その上でフランス語やイタリア語が生きてくるんだ。

覚えるのは、はっきり言って同時が一番効率が良い。と、あの神聖ローマ皇帝であったハプスブルグ家のカール5世も言っている。彼の母国語はフランス語でスペイン語、ドイツ語等を同時に覚えていった。まあ、それ程領地が広かったという分けだが。

「それらを全部覚えると、もう気分は神聖ローマ帝国の皇帝だ(笑い」
「あなたは喋れるんでしょ?その位」
「うん…。だけど貧乏だけどね」
くすくす。



今日から夏休みの一週間、通訳業へ行く。二人で。場所はドイツだ。そして専門は機械だ(航空機だというのは秘密だ)。

フランクフルト空港に降り立った。サキはパスポートの提示で緊張していたが、女の子には優しい。笑顔で無事通過。タクシーに乗り込みホッと一息ついた。

「ボディ・チェックされなくて良かったね。ドイツのは又の内側まで見られるんだ(ニコニコ」
「…(ゾー。ブルブル」
「さあ、これから荷物を置いたら早速仕事だ」
「はい(コクリ」



「はー疲れたー」
サキはソファに倒れこんで天井を見つめている。
「良くやったね。初めてにしては上出来だった。食事はこの部屋で取る?」
「うん、そうしてくれる?」
電話で食事を適当に頼んだ。

「パクパク。このハム美味しいね。何ハム?」
「チッロールシンケンだよ。これからは食べ物の名前も覚えないとね。そうだ。明日は午後から暇になるし、買い物に出かけようか?」
「うん。行こう。パクパク」

食事を取るとベットに倒れこみそのまま寝てしまった。時差に慣れていないから仕方が無い。私はサキの寝顔をしばらく眺めていたが、いい加減飽きてきた。一人ラウンジでビールを頼んだ。

二杯目を頼んだ時、目線に気が付いた。軽く瞬きすると、その女はこっちへ近づいてきた。
「やあ。ごきげんよう」
「ハーイ。お互い暇ね」
「連れが寝てしまって退屈してたんだ。私は小田カズオ。よろしく」
「アルミネよ。よろしく」
その名前聞いて私は嬉しくなった。アルメニアに多い名だ。

「もしかしてアルメニア人?」
「ええ、そうよ」
「僕の話を聞いてくれ」
名前は伏せてアンナの話をした。すると、彼女の表情がみるみる暗くなっていくのが分かり、途中で話を止めた。
「その人の名はアンナね?」
しまった!知り合いだったか。
「私はアンナの妹です。お兄さん」

第一に出たのはこの言葉だった。
「済まなかった(日本式の謝罪」
「…グッスン。いいえ、こちらが謝らないと。アンナを殺したのは父です」
それで納得がいった。なぜアンナがアルメニアを出たがっていたかを。父とそういう関係になっていたんだ。

別れ際、彼女は
「新しい恋人と幸せになってね。アンナもアルメニアの花畑の中から祈っているわ」
コクリとうなずいて別れを告げた。


部屋に戻るとサキが不安そうに待っていた。
「どこ行っていたの?一人にしないでよ」
私の胸に飛び込んできた。
「ごめんよ。余り暇だったからビール飲みに行っていた(スマイル」
「まさか現地妻がいたりしないでしょうね?許さないんだから(プンプン」
「それより、今日懐かしい人にあった」

私はラウンジでの出来事を話した。
「ねえ、私をアンナに合わせて」
「…分かった」
次の日の仕事が終わって航空機でアルメニアへ飛んだ。


幸田サキはアンナの墓に手を合わせて祈っている。最後にペコリとお辞儀をした。
「なんて祈ったのさ?」
「初めまして。私は小田カズオの新しい妻です。これからは私が面倒を見るので心配しないで下さい」

唖然として見とれた。そうか、もう墓参りはもう終わりにしないといけないのか…。それも良いかも知れない。お別れを言おう。
「アンナ。私はもうここへは来ないよ。お別れだ。アデュー」
私とサキは二人手を握ってアンナの墓を後にした。


あれから私たちは順調だった。セックスも出来た。付き合いだして2年目になる時、突然私にモテキが来た。皆、私に彼女が居るのを知っているのにだ。本当迷惑な話だ。

「先生!前から好きでした。もし、別れたら付き合って下さい(ヒッシ」
「私なんかを取り合うのは可笑しいよ。ほれ、あの男の子の方がよっぽど顔も良いし、頭も良いし、性格も優しいからね。私みたいな短足男より彼をお勧めするよ。うん、私が女だったら間違いなく彼を選ぶよ(笑い」
「そんなー。私の方があの子より料理も出来ます。掃除も好きです。それに次女です。駄目ですか?(ヒッシ」
「料理も掃除も私も好きだよ。だから間に合っているよ。じゃあね」

ふー。朝から大変だ。一体どうしたんだ?しかし、次女にはちょっとだけクラっときたけど、それは内緒(シー)。講義職員室にやっとたどり着き一息ついてコーヒーを飲んでいると、今井さえ子が近づいてきた。
「あのー。話があるんですが…。講義が終わったら時間くれませんか?」


「どうしたんですか?あ、私はコーヒーね(ニッコリ)。で、話って何ですか?」
「実は…。この度お誘いがあってですね、MITから」
「凄いじゃないですか!そうかMITか。給料は一体幾ら位なんでしょ?」
「週10、000ドル。年に400、000ドル。四千万位ですね」
「ヒュー。日本じゃ考えられない。良かったじゃないですか。それで、肝心の相談とは?」
「先生!」
「はい」
「一緒に行きませんか、私と。いいえ、是非私と来てください!(ヒッシ」

話は大変な事になっている。今このバリバリの英語同時通訳者は、もしかして私に告白している?それもMITの試験を受けろって言うことだ。確かに30は行っているが昔ミス上智に選ばれただけある、美しい。そんな美女が今、短足の私に告白している。嬉しいが、サキのためにもキッパリ断らなくちゃいけない。

「とても残念だけど、勿体ないお化けが出そうだけど、その話お断りするよ。MITも魅力的だけど、私は日本の為に働きたいんだ。だから、MITへは行けないよ。ごめん(フカブカ」
「そうですか…」
沈黙が二人を包んだ。

「あの…、私を抱いてくれませんか?」
えっ!抱けるの?遺憾いかん。断って置いて抱くなんて、人間性を疑われる。
「駄目ですよ。あなたみたいな美しい人がそんな事言っちゃ」
「…」
空気が重い。誰か助けてくれ。

突然凄いことを言われた。
「私、…バージンなんです」
ブー。飲んでたコーヒーをぶちまけた。店員呼んで謝って拭いてもらった。
「笑っちゃいますよね。この歳でバージンなんて。ヒック、ヒック」
泣き出してしまった。私の分のおしぼりも渡した。

「良いんじゃないですか。そんな事きにしないで。好きだったらまず身を任せる事です。それからですよ。どうするか決めるのは」
新しく入れてもらったコーヒーを一口くちに含み
「私だってこの前まで経験一回切りの童貞みたいなもんでしたから」
「それって外国人の」
「ええ、そうです。一週間の妻でした」
「まあ、それで?」
「会って一週間目に殺されました」
「えっ!…申し訳ありません。人の心にズカズカと入り込んで(アセ」

「良いんですよ。あなたは私に全てをさらけ出した。だから、私も正直に答えた。ヒィフティー、ヒィフティーですよ。大丈夫。あなたは美しくてとても誠実な方だ。きっと見つかりますよ、大事な伴侶が。さあ、上を向いて行こうじゃありませんか。あなたの未来にはきっと良い事ばかりだ(スマイル」
「はい!頑張ります!」


家に帰るとサキが勉強をしている。邪魔しないようにそーっと上着を脱いでハンガーに掛けた。今日は珍しく買ってきたお惣菜がある。のんびり電子ピアノでも弾こうか。
(音符)
「なに弾いてるの?」
私のヘッドフォンを外して耳に当てた。途端に聞こえなくなった私は弾くのを止めたので、サキには聞こえなかった。

「サティだよ。ジムノペティ」
「他に何弾くの?」
「月光とか歌謡曲とかだよ。そう、早いのは弾けない(笑い」
「歌謡曲何か弾いて」
ヘッドフォンのジャックを外し、少しボリュームを絞って弾いた。松田聖子の会いたくて。編曲が好きで良く弾いている。
「へー。中々聞かせるよ。ねえ、この位聞かせられればクラブで弾き語り出来るね(フフフ」

「それでは先生に弾いて貰いましょう。どうぞ!」
「ふふ。じゃあね。こんな曲は?」
(音符)
ふったまげた!いきなりベートーベンの熱情だ。私も好きだが、如何せん速すぎる。超絶技巧だ。しかも冷淡に歌っている。本物だ!

「ブラボー!パチパチパチ。次はラフマニノフのピアノ協奏曲第二番」
「えー。意味分かってるよね?」
「うん(ワクワク」
「仕方ないわね(フー」
(音符)

キッチリ三十三分の見事な演奏だった。私は拍手も忘れて呆然とした。
「はっ、いかん。呆けていた。何かコンクールは出たことある?」
「あるよ。国内コンクールで三位だった。国内で三位じゃ客呼べないでしょ。だから、あきらめて機械工学の道へ進んだの。その程度よ」
「そりゃその道で食ってくのは大変だろうけど、トライしたのは一度だけ?」
「うん」
「悪い事は言わない。もう一度だけトライしてよ(真剣」
「うーーん。私も少しそう思っていたの。…分かったわ。もう一度だけやってみる。但し、国際コンクールよ」


目指すコンクールはポーランドのワルシャワ、その名も「ショパン国際ピアノコンクール」。五年に一回の開催だが、運よく今年2015年に行われる。これに落ちたらあきらめもつく。後二か月だがエントリーに間に合った。

「絶対に本選でピアノ協奏曲第一番弾くんだから(フン」
凄い集中力だ。でもそれってノダメの影響か?って聞いたら、
「そうよ!何か悪い?」
いいえ。悪くありません。どうぞお続けください。
「ねえ。ピアノ、本当に電子ピアノでいいの?」
「この方がグランドピアノよりも集中できるのよ。黙っていて!」

熱い練習は続きました。私はその間食事と雑用をやらせて貰いました。それから授業は休学届けを出しました。でも出席が足りなくてもテストでいい点獲ったら単位をくれるという話でありがたい。なにせショパンコンクールだから大学側も熱の入れようが違う。


無事、書類選考をクリアして、コンクール予選の日になりました。私は講義があるので行けませんでした。だから電話でのやり取りです。
「はい、もしもし。サキ?どうだった?」
「やったわ!見事本選進出よ!(ドヤ顔」
「凄ーい!電子ピアノの会社に電話しないと」
「…何言ってるの?」
「いや、良い宣伝になると思って。駄目?」
「全く…。それよりも本選は明日よ。何かオマジナイをして」
「大丈夫。君より可愛い子はいないよ。だから思いっきり第一番弾きなよ」

本選当日、私は何も手に付きませんでした。大好きなコーヒーも、この日は気づいたら冷めていました。夜になってとうとう発表の時間になりました。時計は深夜5時。電話が鳴りました。すぐさま携帯のボタンを押しました。

「サキ。どうだった?」
「カズオ。…駄目だった」
「それでも第一番は弾き切ったんだね?」
「うん」
「上出来だよ。本選に残れるなんて。すんごく名誉な事だよ。誇っていいよ」
「ありがとう。で、私これからどうしたら良い?」
「それは帰ってから考えようよ」
「分かった。帰ったら慰めてよね。それじゃ」



日常に戻った。サキは本選通過と入選しなかった事を大学に知らせた。中途半端な結果に周りもどうして良いか分からず、困り果てた。唯一元気な人がいた。電子ピアノの宣伝部長だ。

「ぜひ、我が社のCMに出てくれませんか?一年契約で一千万で」
当の本人はやる気なさそうだ。
「それでCDのアルバムの契約も内でお願いします(ペコリ」
CDの話は初耳だ。サキは俄然やる気を見せた。
「好きな曲を選んでも良いんですよね?わー、楽しみだ(ルン」


撮影とレコーディングは急いで土日に行われた。なぜCDにこだわったかと言うと、
「良い記念になるし、可愛く撮ってくれるって言ったし」
だそうだ。とにかく一千万とサキの記念アルバムが手に入った。私たちは祝杯を挙げて祝った。ドンペリで。


ようやく生活も落ち着いて来た頃、事件が起こった。それは急にCDが売れ出したのだ。初めは一万枚でも多すぎる、千枚で十分よ、と言っていたが。あれよあれよと十万枚を超えて二十万枚をうかがう勢いだ。
「どうしちゃったんだろうね?」
「これは悪の結社の仕業よ。騙されないわ」

そんな事を言ってる暇はなかった。音楽雑誌社から特集記事の依頼が数社入った。
「どうやら私の美貌と才能に気づいたのね。遅いわ(カラカラ」
「おかしくないよ。だって君のピアノは誰よりも輝いていたもの」
「そうよ。審査員が耳が変だったのよ。今に見ていなさいよ。ヨーロッパを征服するんだから。行った国でその国の言葉を話してやるわ、ネイティブ並みに。おほほほ」

結局、百万枚には届かなかったが、異例の九十万枚を売り上げた。TV出演も決まった。曲はショパンのピアノ協奏曲第1番。その出演のおかげで目出度く百万枚を超えた。そして次作の打診が来た。

「良いのかしら、こんなに売れて」
「良いんじゃないの。でもいつまでも続かないよ。いつか終わりが来る。そういう世界だ」
「そうね。だから大学は出ておくわ。勿論、語学の勉強も続けるわ。そして…、私はあなたを離さない。だってアンナと約束したもの。あなたを私に任せてと」
「…サキ。いやーいつ捨てられるかってビクビクしてたよ。良かった(ホッ」
「何言ってるの。わたしこそ、あなたに人生を切り開かせてもらったのよ。あなたは幸運の女神よ。愛しているわ」
「サキ」

二人は末永く幸せに暮らすことを願いました。


(終わり)

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