札幌麦酒物語 (オリジナルフィクション) 5892回

2015/12/04 12:08┃登録者:あでゅー◆UokxQKgo┃作者:あでゅー
20151201-『札幌麦酒物語』byあでゅー


その異人は、私の前で麦酒という物を呑んで見せた。琥珀色に輝き白い泡を冠しているその飲み物は美味らしい。勧められて一口飲んで見た。何だか苦くて、それでいて舌の上でジワーと芳ばしい香りがする。私は一口で気に入った。
「ゴックン…、美味しいです。美味だ!」
「ソレハ ヨカッタ。ドウデス、ワタシノ クニ ドイツ、ベンキョウシニ キマセンカ?」
私は少々迷った。今は外国に出る事は禁じられている。しかし、今を逃したらもう行けないかもしれない。私は一晩悩んだ。

もう生きて帰れないかもしれない。私は父と母にご挨拶をしました。
「父上!母上!今生のお別れです。この中川清兵衛は日本の未来の為に、命を掛ける所存です」
「話はハリスさんから聞いた。是非日本男児の代表として命を掛けてくれ!」
「身体に気を付けて頑張るのですよ!」


1865年、17才の時に私は密航した。まず避難艇に隠れてお上の検査を逃れ、次に船底の奴隷に紛れて石炭を燃やす仕事をした。鞭が飛んで来る事は滅多に無く、食事に出てくるパンとスープは美味だった。

そして船はイギリスの何処だかの港に着いた。そこでの事は悪夢としか言いようが無い。私は本当の奴隷に間違われ売られていった。ハリスさんの姿はついに見えなかった。

私は身振り手振りで間違いだと知らせたが、通じるわけも無く、農奴として一生ここで暮らすしかないと、諦めて居りました。来る日も来る日も肉体労働をさせられ、何時しか私の腕は倍の太さになりました。

そして、そこからドイツのある農家に売られて行った時から1年後、そこにあの人が来たのです!青木周蔵さんが。

「君。元気かね?」
久々に聞いた日本語だ。思わず涙が込み上げてきた。
「はい。生きています。ううう」
ようやく解放された。この時の私はドイツ語を話す程度に覚えさせられ良い様に使われていたが、その1年の歳月は無駄ではなかった。

「君。何を勉強したい?」
「はい、私は麦酒を勉強しに来ました。是非、私に麦酒作りを学ばせてください!」
「合い分かった。頑張ってくれたまえ!」


そこは巨大な工場であった。ベルリン麦酒ティボリ工場!ここで私は今日も一生懸命勉強をしている。まず、大麦を発芽させ乾燥させる、粉砕して米などの副原料を混ぜた後ろ過する、ホップを入れて冷却する、そしてビンに入れて出荷する。

また、タンクの作り方も学んだ。材料、形、それと耐用年数だ。

私は2年物間、これらをコツコツ学び、そしてマイスターの称号を得た。私は初めて皆に拍手されて表彰された。外国人に称賛されたのだ!


日本に凱旋帰国した私は、真っ先に父母の待つ長野に向かったが、そこには変わり果てた故郷があった。もう、御用商人で無くなった家は店をたたみ父母は行方知れずになっていた。あの時、故郷を捨てなければ、今生のお別れを言わなければ。だが、後悔はしていない。故郷に再び帰る事は無いと、お別れを言った。亡き父母に。



1876年。私は日本で初めての麦酒作りを任された。その名も開拓使麦酒醸造所。そこの責任者が生涯の友となる村橋久成氏である。彼が居たからこの事業が成功したのだ。最初、政治的な理由で工場は東京に作られるはずだった。しかし、製造に必要な環境はこの札幌にありと熱心に嘆願してくれた。彼のこの働きが無ければ、麦酒作りは暗礁に乗り上げていただろう。

勿論私の麦酒作りに必要な麦芽、ホップ、真ちゅう、建物のレンガも、彼村橋久成が調達してくれた。正直、彼が居なかったらこの麦酒は出来なかっただろう。

そして工場着手から半年、ついに日本人による日本製ビールが誕生した!その味、苦み、コク、どれを取っても本場ドイツに負けないものが出来上がった。中川清兵衛の実に11年の苦労が遂に実ったのだ!
「遂に、遂にこの時が来たんだ!」
私は溢れる涙を堪える事が出来ませんでした。永い苦労が実ったのです。
「良くやったな!」
村橋次官が居たからだ。彼が居なかったらこの事業は成功しなかった。思わず、抱きしめる。
「村橋さーん」
二人は成功を噛み締めたのだった。

やがて、麦酒は製品化され全国のファンの元へ届けられた。近代的な製法で近代的な物を作って売る、と言う事が初めて成功した時だった。



しかし、1882年、開拓使は廃止され民間に払い下げされる。それの1年前、村橋久成は開拓使を止めてしまった。それ以降の彼の行方は分からなかった。

中川清兵衛も1891年。麦酒の世界から足を洗った。それは彼の手法がもう古くなっていたからだ。彼が麦酒作りの手法を学んだその翌年に、パスツールよって新しい手法が開発されたのだ。熱処理!その手法は、今までの賞味期限が短い物と比較して圧倒的な長い期間の貯蔵を可能にするものだった。

中川の麦酒の旅は終わった。晩年は妻と二人で慎ましく生きた様だ。


一方、行方知れずだった村橋久成は1892年、神戸の路上で発見させる。客氏だった。元開拓使判官だった黒田清隆は知らせを受け、彼の葬儀を丁重に行った。

しかし、中川清兵衛は参列しなかった。ダンディな彼の行き倒れた姿など見たくなかったのだろう。晩年、彼は言っている。
「村橋さん、もう直ぐあなたの所へ行くよ。よーく冷えた麦酒を持ってさ」


時代を駆け抜けた獅子と、一人の技術者の壮絶な一生であった。


(終わり)

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