先生 (オリジナルフィクション) 10063回

2015/12/10 13:25┃登録者:あでゅー◆UokxQKgo┃作者:あでゅー
20151130-『先生』byあでゅー


その人を僕は先生と呼んでいる。と言っても、夏目漱石の『こころ』のパクリじゃない。別に先生の資格を持っていっる訳でも無いが、良く物を知っていた。例えば銀行は業績不振の時でもなぜあんな高い給料を払っているのか?それは急に給料を下げると取り付け騒ぎが起こるからだ、と教えてくれた。そんな訳で僕もその人を先生と呼んでいた。

先生は仕事をしてなかった。働く必要が無いからだそうだ。しかし、暇でしょう?と言うと
「君。働くって言う事は自分の時間を売る事だよ。なぜ、お金があるのにそんな事をしなくちゃいけないの?」
そう言って先生は今日も古本屋で何か漁っている。獲物は小説だったり、古い歴史書だったり、古地図だったりする。何でそんな物漁るのかと言うと
「金が掛からないだろう?それにあれの中にはお宝の隠し場所が書かれている事があるんだ。どうだい、暇は潰れる、金は掛からないし、おまけにお宝が手に入るかもしれない。一石三鳥だろう?あははは」
そう言って今日も先生は古本屋を漁っている。


・徳川埋蔵金

ある日、先生から珍しく電話があった。
「遂に見つけたよ!」
かなり興奮している。嫌な予感がした。
「一体何を見つけたんですか?」
「聞いて驚くなよ。徳川埋蔵金だ!」
また、いつもの悪い癖がでた。僕は嫌々言った。
「その地図が見つかったんですか。おめでとう御座います。でも今度は行きませんよ、僕は」
「ああ、そんな事言っていいの?もうドイツ語訳さないからね」
「…」
どこまで姑息なんだ。このオヤジ。

そう、先生は外国語も趣味としている。但し、暇を持て余しているからだからであり、それゆえ話す事は金が掛かるので出来ない。英語、ドイツ語は大学で学んだからか喋れるが、フランス語、イタリア語、スペイン語は読み書きは出来るが全く喋れない。それに加えスワヒリ語、チベット語も少々読み書きが出来る。全く勿体ない話だ。

「分かりました。その代り20ページ只にして下さいよ」
「良し。早速行こうぜ!」
後期が始まってテストがようやく終わった所なのに、僕は一体どこに連れて行かれるんだろ。自分の語学力の無さに落胆した。


先生は上機嫌で珍しく新幹線に乗った。
「どうしたんですか?新幹線なんて珍しい」
「たまにはブルジョワジーの気分を味わいたくってねえ。それに今日は秘密兵器を持ってきたから。重いんだこれが…」
何かを持ってくれと暗に催促されたが知らんぷりした。
「どうも有難うございます。僕の分まで」
「…うん。付けとくから」
「…」
ちぇ、この糞オヤジどこまでもセコイんだ。仕方なしに秘密兵器を持たされた。ズシリと来る重さだ。お米位は有りそうだ。
複雑な気分で新富士を目指すのだった。


「先生!起きてください!着きましたよ!先生!」
「ううん、えっ!ヤバイ!」
もう少しで乗り過ごす所だった。
「ふー、勘弁してくださいよ。いくら呼んでも起きないんだから」
「ぜーぜーぜーぜー。ちょ、ちょっと休ませてよ。ぜーぜーぜーぜー」
日頃、本ばかり読んで運動しないからだ。冷たく言った。
「置いてきますよ?」
「ぜーぜー鬼!ぜーぜー」

僕たちはバスに乗り本栖湖を目指した。先生はぐったりしている。僕は移り行く景色に心が躍っている。バス乗るなんて久しぶりだ。高校の頃を思い出す。そういや痴漢に間違われて酷い目にあったなー…。急に嫌な事を思い出し暗くなった。

そう言ってるまに本栖湖が見えてきた。綺麗だなー。だが途中ドラム缶があった。あのXXX真理教が人を焼いた物…な訳無いのだが。いつの間にか先生は起きていて、僕たちは手を合わせ拝んだ。


バスは目的地にようやく到着した。さあ、鍾乳洞探検だ!
注意を聞いて鍾乳洞に入った。僕たちは初め頃は大人しく案内に沿って歩いていたが、途中から隠れて脇道へ入った。
「きっとこの辺のハズだ」
そう言って秘密兵器を出した。
「先生、それは何ですか」
「ふっふっふっふっ。振動破壊機だ!こんな硬い地盤もほら」
キューーーーーーーーイン!ボン!

驚いた!壁が崩れて新しい洞窟が姿を現した。
「さあ、急ごう!お宝はもう直ぐだ!」
この日の為にクスねてきたヘッドライトを装着して、未知の世界に足を踏み入れた。そして遂に見つけた!
「やった!やっぱり有ったじゃないか!」

そこには無数の千両箱が積まれていた。
「おい、開けてくれ!」
非力な先生は僕に力仕事を頼んだ。こっくり、と頷き無心でカギを壊した。ガチャ。
僕たちは息を呑んで蓋を開けた。
「………」

言葉が出なかった。中は空だった。他の千両箱も振ってみたけど、中は空の様だった。どうやら、中身だけを持ち去ったらしい。僕たちはしばらくの間動けなかった。初めに口を開いたのは僕だった。

「どうして、もう一本鍾乳洞が隠れていると思ったんですか?」
先生は古地図を僕にほおって来た。そこにはこの脇道が書かれていた。
「それは1850年頃に書かれたんだ。そして1855年に安政の大地震が起こる。それで隠れされたんだな」
なぜ隠されたと分かったのかと言うと、それは今の鍾乳洞の形を覚えていたかららしい。何たる記憶力。やはり只者では無い。

「あーあ、とんだ骨折り損だったなー。帰りは高速バスね。安いから」
これも奢ってくれた。お礼にPAでソフトクリームを奢った。
今回も不発終わったが、後ちょっとの所で逃した感がある。先生について行けばきっと何時かはお宝にありつける。ちょっとは大事にしようと思った。


・芥川龍太郎

昨日、先生の名前を知った。芥川龍太郎。なんでも芥川龍之介の曾孫(ひまご)らしい。下宿のおばさんが教えてくれた。どうせ偽名だと思うがそれとは無しに聞いて見た。

※子供→孫(まご)→曾孫(ひまご)→玄孫(やしゃご)

「先生。芥川って言うんですか?」
「そうだが。それが何か?」
「まさか文豪芥川龍之介の曾孫(ひまご)って話は嘘ですよね?」
「嘘を付いてどうする。本当だよ」
「…」
まだ、信用できない。そんな人がこんな安下宿に長年住み着くはずは無い。

先生は何やらゴソゴソと引っ張り出してきた。
「ホレ」
その雑誌には芥川賞の選考委員の写真が載っていた。その端に先生が憮然と座っていた。
「先生。これは!」
「良いよ。信用しないのならそれで。大体変だよね。その曾孫がロクに働きもせずに、日がな一日を古本屋漁りとはね」

先生はぽつりとぽつり話してくれた。先生は作家をしていたが、自分の才能の無さに落胆して、隠居を決め込んだらしい。その先生を落胆させた人が、夏目夕子だ。勿論、例によって夏目漱石の玄孫(やしゃご)なのだ。

漱石は龍之介の師だったから、因縁は深い。その漱石の玄孫(やしゃご)に馬鹿にされたのだ。先生は落ち込んで文壇から足を洗った。どう馬鹿にされたのかは分からない。


僕はその夏目夕子に会いに行った。どうしたら先生が立ち直るか、ヒントを得る為に。
「初めまして。僕は先生、芥川龍太郎の弟子です。ぜひ彼を立ち直せる方法を教えてください」
夏目夕子は困った顔をした。
「彼には悪いことをしたわ。あんなに打たれ弱いなんて」
しばらく彼女は考えて
「本当の事言うと、彼が好きであんな意地悪を言ったのよ。私を気に留めてねと。でも、失敗しちゃった。もう、無理ね。関係を修復するのは」
最後に、
「彼は今も古本屋で漁っている?」
「それはもう、はい」
「それじゃその中にこの本を紛れ込ませて。彼ならきっと分かるはずよ」
そう言って夏目夕子は講義へ行ってしまった。

早速、古本屋に彼女の本を紛れ込ませた。
次の日に、先生は晴れやかな顔で言った。
「ねえ、君。女心とは分からない物だねえ。そして幾つになっても子供っぽい所は変わらないんだねえ」

あの本、夏目漱石の『こころ』には一枚のメッセージが挟まれていた。

虐めてごめんね。でも好きだったのよ。そんな子供っぽい女心が分からないなんて。やっぱり、あなたは鈍感ね。今度、遊びにお出でよ。可愛い弟子を引き連れてさ。じゃあね。

恋はいつでも初舞台、か。
好きな女の子を虐めた過去の記憶が蘇る。初恋の女の子に思いを馳せる僕だった。夏目さんもそんな昔を思って、思わず虐めちゃったのだろう。作家の前に、一人の女の子だったのだろう、彼女も。

しかし、100年前に『こころ』は書かれたのか。僕には到底書けない作品だ。もう一度読み返してそう思った。だから、同じ土俵では戦わない。SFか短編小説しかないと改めて思った。それでも破たんするんだよな…。文才の無さに途方にくれる僕だった。


・先生の作家復帰

先生は急にやる気を出して精力的に作品を書き始めた。それは贅肉の無い100ページ余りの物だった。先生は出版社に作品を出すと言っている。きっと、この作品は文壇に新たな息を吹き込むだろう。僕もいつかは…。

「何であの作品を書いたんですか?」
先生はしばらく考えてから言った。
「僕はこれまで子供を題材にした物は書いていなかった。しかし、夏目さんの告白で、子供の心を書いてみる事にした。心の動きを詳細に描いてさ」
先生の目は遠くを見ていた。その澄んだ目には何が映っているんだろう。投影して見たいと思った。


夏目夕子さんが訪ねて来た。先生の新しい作品を持って。
彼女の目はもう恋する乙女だった。
この前は、心が弱い、と言って冷めたと言っていたのに。
この作品で改めて、惚れ直したようだ。

「先生!素晴らしいです!次の作品も期待してます」
そこで少し間を置いてから彼女は意を決して言った。
「先生!先生の子供が欲しいんです。私を嫁にして下さい!」
見事な攻めだった。それに対しての先生の答えは、
「そ、そんなー。私の方こそよろしくお願いします」


先生は作家復帰と嫁の獲得の両方を得た。幸せそうな顔を見てると、少々心配になった。もう、お宝探しから足を洗わないかと。
「何言ってるのさ。私からあれを取ったら気の抜けたビールになっちゃうだろう」
僕の稀有だった。

また新しい古地図を見つけて、先生と一緒にお宝探しの旅に出よう。そう思い、また僕は古本屋を漁っている。僕の旅はまだ終わっていない。僕がまだ終わりだとは思わないから。そして、いつか先生の子供とお宝探しが出来る日を夢みて。


(終わり)

出典:オリジナル
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