ニートからの出発 (オリジナルフィクション) 5991回

2015/12/23 18:36┃登録者:あでゅー◆UokxQKgo┃作者:あでゅー
20151217-『ニートからの出発』あでゅー


ある男がパチンコをしていた。余り出は良くないみたいだ。なけなしの最後の千円が吸い込まれてゆく。跡にはペンペン草も残らない。灰皿から吸殻を拾いシケモクを作りそれに火を付けた。
「あーあ、最後の千円が吸い込まれちまった。明日から何を食って生きてきゃいいんだ。あの千円でカップヌードルが10個は買えたのに」

男は自分のバクサイの無さと、めちゃくちゃツイてない運命を呪った。でも、自分の馬鹿さ加減は考えなかった。男に残された手段はもう強盗しかない。それもコンビニのようなセコイ所を。


男は目出し帽を被り、いざ出陣の時!と、なけなしの勇気を奮い立たせていた。と、その時だった。
「バッカじゃないの!こんな所襲ったって10万円にもならないわ。それで、前科者?バッカねー。どうせなら1億位の勝負をしなさいよ」
後ろから女子中学生がドヤしていた。
男は呆気にとられ、手にしていたモデル・ガンを力なく床に落としてしまった。
「ほら、強盗未遂で捕まるわよ」
何故か男は女に手を引かれ一目散に逃げた。

「ぜーぜー。何なんだお前は!?」
女子中学生は、右の口を上に吊り上げ、ネコ目を更に吊り上げて言った。
「口の利き方に気を付けなさいよ」
「何だと!」
と、その時だった。
男の鼻先に札束が突き付けられた。
「こ、これは」
勝ち誇った様に微笑む。
「あなたに上げるわ。でも、その代わり私の事をお嬢様と呼びなさい。良いわね」
少しのためらいと、それを凌駕する打算が口から出た。
「分かりました、お嬢様!」

何か知らないが、この女は凄い金持ちだ。それに、この歳でその金を自由に出来るんだ。これは、付いて行って手下になるしか無い。でも、何の手下だ?まさか強盗団のリーダーじゃないよな…。まあ、それはおいおい分かるとして、今は明日の飯だ。

男は漸く目出し帽を脱いだ。
「へー。目出し帽を脱いだら結構いい男じゃない」
「何言ってんだ。これはメザシ帽だろう?」
「くっくっくっく。馬鹿ね。これは目出し帽って言うのよ。これは学歴うんぬんより頭の出来が悪いのね。
それから、何なのその口の聞き方は。お嬢様、それはメザシ帽ではありませんか?だろ!」
そう言って女子中学生は札束を引っ込めてしまった。メザシ帽の間違いよりも札束に気を取られていた男は、心から言ってしまった。
「済みません、お嬢様。私が悪うございました。以後気を付けます」
こうして男は手下1号になった。


何で俺が中学生の手下になったかと言うと以上の様な事でした。
こうなる原因は、中学校時代に遡る。
ある日机の中にゴミが入っていた。俺は、馬鹿な事をする奴もいたもんだと、初めは歯牙にも留めなかった。次に教科書がマジックで読めなくなっていた。その時は、先生に言ってクラス会の議題に上げてもらったが皆は、
「まあ、それは酷いわ。可哀そうに。皆でお金を出して買ってあげましょう」
でも、その善意の裏には、俺が自分でマジックを塗って被害者面しているって事が囁かれていた。そして次の日には机毎無くなっていた。見つかった場所は焼却炉。

その時初めて分かったんだ。俺は皆に嫌われていると。その原因は3年後に分かったんだが、俺の『当り前』と言う言葉が頭に来たらしい。例えば、100点取って当り前、知ってて当たり前、持ってて当たり前、と言う言葉が俺の口から出ていたみたいだ。それは只の口癖だと言っても、相手には『何だ、コイツ。生意気』と取られたんだ。うん、今にして思えば生意気だった。たまたまだよ、とでも言っとけば良かったんだ。

そして、当時その事を知らなかった俺は、中2から登校拒否になった。だから、学歴は一応中卒だが、中学もまともに行ってない。しかし、俺は自分一人で勉強を続けて大検を取った。でも、対人恐怖症で人と上手く話せない。それも、同世代だと顕著だ。だから、当然の様に大学へは行けなかった。今では家を追い出されてバイトで何とか食っていたが、遂に所持金0になり、コンビニ強盗をしようとしてた。そして、俺に踏み止まらせたは中学生だった。

だから、この中学生の手下になったのも運命かもしれない。俺は、心の何処かにホットした自分を密かに感じていた。そして、ちょっと惚れていた。25才の俺が中学生に何馬鹿な事を、と思うだろう。しかし、その財力、あの猫目、その二つが俺に大きく作用した。付いて行け、と。



私、手下1号は朝からお嬢様の食事の仕度をさせて頂きました。本当は朝のお嬢様を起こす役目も申し受けたいのですが、それは危険だと判断されました。にっくき執事に。そんな事する分けないのに。ほんのちょっと思っただけです。

その執事は、年の頃は30才位の中肉中背の美形で、ちょっと凝った髪型をして居ります。それはワンレンです。別にゲイではなくて只のファッションですって。変ですよね?あれにスカートを履かせたらきっと似合うでしょう。要するに見た目はバイセクシャルなのです。きっとお嬢様が居なかったら惚れていたでしょう。男ですが。しかし、今となっては目の上のタンコブなのです。


お嬢様の朝食に話を戻します。
お嬢様はパジャマをいつもの黒のワンピースに整え、食卓に着きます。ココアにたっぷりのミルクを入れて半分飲み、次にココアのバウンドケーキを美味しそうに召し上がった後に残りのココアを飲み干し、最後にフルーツを頂きます。フルーツは桃缶かパイナップル缶がお好きなようで。

朝食の後は、軽くランニングをしシャワーを浴びます。再び黒のワンピースに袖を通し、そこからは家庭教師の授業のお時間です。そうです。彼女は学校に通っていないのです。既に高校の過程は終え、今は教授を家庭教師に着け学位を所得している所なのです。こんな事が許されるなんて日本も進みましたね。


さて、私はその間何をしてるかと言うと、格闘技と拳銃の訓練です。本当に日本なのかと思われるでしょう。しかし、国際警備会社として必要なのです。初め私は手下として雇われたと思いました。しかし、お嬢様に、国際警備会社にスカウトされたのでした。

可笑しいでしょ?ニートが警備会社にスカウトされるなんて。実は、虐められるのが怖くて格闘技を勉強してました。ネットで。そして、私の趣味であるモデル・ガンが生きてきました。先生にも褒められる位なのです。もう、そろそろ仕事だと言われました。えっへん。でも、お嬢様のお世話は止めませんけどね。



某年10月10日。初めての出動です。今日は総理大臣の警備です。勿論日本ですから拳銃は所持してません。私は警備のバックアップです。

「前方から中肉中背の男?いや、女かな。が近づいてきます」
出だしからいきなり緊迫した場面がやってきました。私も車から出てホシの背後から近づき、取り押さえる時を待っておりました。すると急にホシが振り向きました。

「執事!?」
「よ、手下1号」
私は構えを解いてしまいました。と、その時です。
右回し蹴りが飛んできました。
私は咄嗟にスエーしてかわし、軸足の左足に蹴りを飛ばしました。
執事は両足を空中にかわし、身体を錐揉みさせ、手套を首めがけて振り下ろして来ました。
その一瞬早く私の警備棒が執事の眉間を打ち付けました。
「それまで!」
「えっ!?」
警備部長が立っていました。一体何の事だと呆然としていると、倒したハズの執事が何も無かった様に立ち上がりました。

「君は合格だよ。おめでとう」
部長に握手されました。いぶかしんでいると執事が言った。
「卒業試験だよ。合格おめでとう」
「何で黙って…」
「そりゃそうさ。いきなり本番は無いよね、普通。それに、どこの世界に今から襲いますよ。いいですか?って言う奴がいるんだ?」

「…もし、これに落ちたら?」
「中東に行って貰って死んで貰うしか無かったよね。あははは。
まあ、合格出来て良かったじゃないの」
要するに、本番に対応できない奴は要らない。だが、訓練を受けさせて危険度をアップさせてしまった。もし、コンビニ強盗にでもなったら、始末に置けないから、と言うんだ。

血も涙も無いこの人たちとこれから一緒にやって行くのか、と途方に暮れた。だが、止めますとは言えない。言えば中東送りだ。選択肢は一つしかない。
「よろしくお願いします」
複雑な表情の新米警備員の出来上がりだ。



「あなた、合格したみたいじゃない。おめでとう」
しょんぼりと、おさんどんをしていると、お嬢様が声を掛けて頂きました。
「はあ…」
「何しょんぼりしているの。元気出しなさい。男の子でしょ」
「でも、もしも落ちていたら中東送りって…」
不意にお嬢様の手が私の頭を撫でた。
「仕方ないでしょ。それが掟だから。あんまりくよくよしないの。これからは、ずーっと一緒なんだから、あっ!」

お嬢様はそう言って真っ赤になって後ろを向いてしまった。
何?これはひょっとしてフラグ?
でも、経験が無い私はどうして良いか分かりませんでした。そうこうしている内に、フライパンのお魚のムニエルが出来ました。お皿に乗せマヨネーズを添えて出来上がり。

あ、そうか。私が何でお料理を得意としているか?それは、前にも言った通り引きこもりの間やる事が無いので、ネットでレストランの料理を真似て作っていたんです。安くて美味しくて、それでいて余り運動のしていない私がタラフク食べても良い物を。それが、お嬢様のお口にまさにドンピシャ!目出度くお嬢様選任の料理人を仰せつかったのであります。

「頂きまーす」X3人
「ぱく、もぐもぐ、ごっくん。いやー、今日のサンマのムニエル、マヨネーズが堪んないわよね。し・あ・わ・せ」
「お嬢様、マヨネーズの他にお酢とオリーブオイルのドレッシングを味わって下さい。きっとお気に召すでしょう」
「どれどれ。ぱく、もぐもぐ、ごっくん。うん、美味しい!この方がサッパリしている」

しかし、変だ。前々から気になっていたが、何故あの日強盗の寸前でお嬢様に止められたんだろう。気になって聞いてみた。
「お嬢様、何故あの日、私を強盗の寸前でお止になったのですか?」
お嬢様は、ホークとナイフを止めて、下を向いてしまった。
はっ、とした私は、
「済みません。決してお嬢様を疑ったり、非難するつもりは有りません。この話は忘れてください」

「良いわ、この際だから話しておくわ」
お嬢様は手を膝の上に置き畏まって、覚悟を決めた様子でお話しされた。
「手下1号、いや本名田辺トオル。お前は2年前の事故の事を覚えているか?」
「そういや、そんな事も有りました。いやー、あれは危機一髪だったな」
「私が事故で突っ込んでくる車に正に覚悟を決めた時、あなたは我が身を顧みず、私を抱いて空中高く飛び上がり、私を助けてくれました」

「あの時私も側に居ました。よく、お嬢様をお救いしてくれました。改めて、お礼を言います。田辺さん、ありがとう」
そうか、あの時ワンレンの美女がいたと記憶しているが、あれは執事さんだったのか。
「あれから、あなたを探しました。何せ、直ぐにびっこを引いたまま何処かに行ってしまって。でも、直ぐに見つけました。特徴的だったから。何せ、トラックスーツを着ていましたから」
「いや、あれは通販で買った奴で、ブルース・リーモデルだから」
私の話は無視されました。

「調べて見ると、ニートでは有りませんか。私は落胆しました。そして、二度と会うことも無いだろうと思っていました。あの時はたまたまあの近くに用事があって、あんな所へ来るのは滅多に無い事でしたから。
それが、1年後のあの日、トイレに寄っただけのコンビニであなたと再会しました。今、正に強盗しようと目出し帽を被っている所へ」

うん?偶然に再会って、もしやこれは運命の出会いではないか?
それにても、酷すぎる。運命の出会いのはずが、強盗しようとしていたなんて。やっぱり偶然の出会いで良い。そうしとこう。

お嬢様はブドウ・ジュースを一口飲んで話を続けました。
「これはほって置けない。どうにかしなければ。
それで、強盗団のリーダーを演じてあなたを手下とした訳です」
「手下にした時点で恩返しは済みました。今は雇用関係が成り立っています。以上」
食卓テーブルは、しーんと静まり返った。

私は考えていた。本当に雇用関係だけだろうか?もしかして、お嬢様は私に恋をしているのではないか。少なくともここに居る三人はそう思っているのではないか。お嬢様に聞いて見たいが、それをやってしまうとこの状態が崩れてしまって、もう一緒に居られないと言う恐怖感があった。漠然的ではあるが…。もう、この話は止めよう。

「お嬢様。これからもお嬢様のお世話をすることが私の喜びです。私はやっぱり手下1号が生に合います。これからも、どうぞよろしくお願いいたします」
「うん、手下1号、これからも宜しくな」
「さて、お料理が冷めてしまいます。さあ、頂きましょう」


今日は色々あって疲れた。ベッドに倒れこみ目を瞑って、2年前の事故の事を思い出していた。何故、あんな大胆な事が出来たのだろう。とっても自分がやった事とは思えない。夢だったんじゃないだろうか、そう思えてきた。そう、夢だったんだ…。何時の間にか眠ってしまった。

「誰だ!」
私のベッドに誰かいる。
私はベッドの電気を付けようとした。しかし、その手は柔らかな手に止められた。
「うっ」
柔らかい唇が私の口をふさいだ。
ああ、これはきっとお嬢様だろう。

「私が…、私が、18に成るまで待っててね」
そして彼女は行ってしまった。
18に成ったら抱けるというのか。だが、それには後4年余りある。私にはたった4年と思うけれど、あの年頃の女の子にとっては4年は長い。きっと、心変わりをしてしまうだろう。それでいいと思う。それは子供を思う親の気持ちかも知れない。私は、子供の親にはなった事が無いが、そう思った。ちょっと残念だけれども。明日も朝早いのに何時までも寝付けなかった。


「お早うございます、お嬢様」
「お早う。昨日のサンマはまだあるか?」
「はい、ございます」
「あれをお酢とオリーブオイルのドレッシングで食べたい」
「畏まりました。お嬢様」
どこか上気しているお嬢様は目が潤んでおりました。

今日は早くから本当の警備です。行ってきます、と言って屋敷を後にしました。



いきなり1週間の警備は疲れました。それも24時間体制の警備です。彼女、キャサリーンの警備は緊張の連続でした。ファンとパパラッチの板挟みで。
「フー、疲れたわ。ワイン持ってきて」
マネージャーがすぐさま用意する。それを一気に飲み干した。
「ところで、あの警備員は何て名前?」
皆一斉に私を見た。でも、私は黙って立ち続けた。マネージャーが班長に聞いた。

「あの男の名前は?」
「はい、名前は田辺トオルと申します。彼が何か?」
「あなた、可愛いのに影が有って良いわね。ステディは居るの?」
「おい、ここからはお前が直接話せ」
「はい、分かりました。班長」
私は壁際からキャサリーンの前に歩み寄り、口を聞いた。

「居ません。結婚もしてません。おまけに童貞です。以上」
そう言って元の配置に戻ろうとした時、手を握られた。
「ここに座って。話をしましょう」
仕方なく、隣のイスに腰かけた。すると、彼女の手が私の膝の上に置かれた。緊張する。また、対人恐怖症がぶり返すのでは無いかと冷やひやした。

「さっきは有難う。お陰で助かったわ」
階段でファンが投げたプレゼントを踏んで転びそうになった時、咄嗟に彼女を抱きかかえ下まで飛んだ。まるで、新婚さんが初夜を迎える時に、ベッドまで抱きかかえる様に。その事を言っているんだと思った。
「いいえ、あれは咄嗟の事で失礼しました。しかし、あなたを無傷で助けるには仕方がりませんでした」
「お礼にキスしても良い?」

何だ?このフラグは。お嬢様といい、キャサリーンといい…。もしかして、モテキが来たー!?いや、騙されないぞ。調子に乗るとまた昔に逆戻りだ。ここは冷静に
「口臭いですよ、私は」
「まあ…」
「口臭い男は配置に戻ります。いいですか?」
彼女は渋々承知した。恨めしそうに見ているが、一礼して元の位置に戻った。

我ながら、良い断り方を思いついたもんだ。次は、屁でもこきましょうか。大体、一エイジェントがあんな大物歌手と釣り合う訳が無い。遊ばれて捨てられるんだ。玩具の様に。

だが、彼女は諦めなかった。あの後すれ違いざま紙を渡された。
I love you! Come on bed tonight.
何と大胆な!いや、いや、これはいざ行ってみると、そこには毛むくじゃらの男が私の尻を狙っている場面が想像された。軽い吐き気と頭痛がして、直ぐに返事を書いた。
Bad I am gay.I love the man very very much. I'm sorry.

何時までも昔の苛めが脳裏に浮かんで私の行動を制限する。このままでは一生童貞だと殻を何度も破ろうとしたけれど、一歩が踏み出せない。何時まで続くんだ、この呪縛は。



次の日、どうも皆の目線が痛い。まさか、あれが皆に知れ渡った?
私は班長に呼ばれた。
「おい、お前」
「はい、何でしょう?」
どうせ、昨日のI'm gay.の事だろう。
「お前、まさか本当にそんな事を信じる奴がいると思っているのか。
もう少し考えて断れ。そうじゃなかったら、やってしまえ」
良いのか?班長がこんな事言って。でも、いざとなったら怖い。正直に答えた。
「班長。私はやっと対人恐怖症良くなって来たばかりですよ。女性とそう言う事はまだ出来ません、はい」
「そうか、まあ気長に行けよ。きっと良くなるさ」
そう言われ肩を叩かれた。班長も情けない奴だと思っているんだろな。私はその考えを飲み込んだ。

「キャサリーンさん。昨日は済みませんでした。本当は私はロリコンかも知れないんです。中学生を好きになっているのですから。だから、あなたとはお付き合い出来ません。済みません」
「まあ、あなた中学生とシテるの?」
「いいえ、いいえ、してません。滅相も無い」
「だったら良いわ。見逃して上げる。でも彼女に振れたら直ぐ教えなさいよ。あなたの童貞頂きに来るから。うふふふ」

いやはや肉食系は凄いのです。皿に乗せられ全部食べ尽くされるかも知れません。美味しそうに骨をしゃぶり尽す彼女を想像して身震いがしたのであります。そんなこんなで、無事任務は完了して帰路につきました。



1週間ぶりにお屋敷に帰って来ました。
…くんくん。何この臭い?
「お帰りなさーい。待ってたわよ」
「どうしたんですか、この臭いは?それにそのやつれ方は?」
「…」X二人

どうやら、二人はこの1週間の間に食べた物はカップヌードルだけ。そしてこの臭いは洗濯をしてない着物の臭い。
「どうして…」
「あなたが来るまでママがやってくれたのよ。それをすっかり忘れていて…」
「面目ない」
「執事ともあろうものが…。ところでそのママさんは?」

執事に話を聞くとこうだ。
ママさんは私が来たのでアメリカのパパの所へ行ってしまった。それまでは、お嬢様もアメリカに居たので問題は無かった。何故日本に住んで居るというと、それは私が悪いそうだ。
そう、私が英語を話せないので日本の事務所にしか入れなかった。だから、私と一緒に住むためには、お嬢様が日本に住むしかなかった。だから、お前が悪い…。

そしたら、メイドとか雇えば良いのにと言うと、身内以外は警備上家に置けないらしい。でも、私は他人だが…。それは、自分の身を顧みずお嬢様を救った事でどうやら惚れられたらしい。もう、身内同然。

それで全部繋がった。
「しかし、執事さん。あなた一体?」
「私は父違いの兄です」
「…お兄さん。そう呼ばせて下さい」
「まだ、早いよ」
「…」

話し合った結果、私の出動は最長二日だけと成りました。私の居ないときは作り置きか、弁当に成りました。何やら弁当が気に入ったようで明日からのお昼を楽しみにしています。アメリカは弁当という文化がないので。

そして、お待ちかねの夕食です。
「頂きまーす」X3人
「むしゃむしゃ、この芳ばしく焼いた鳥さんが素晴らしいね」
「ぱくぱく、あー久しぶりのココアのバウンドケーキ。愛してるわ」
「ずーずー、どう旨いでしょう。このスープも召し上がれ」
「どれどれ、ずーずー。ああ、柚子が染み入って身体が洗われる様だ」
「本当、これからも宜しくね」
「どう、もうお婿に貰ったら?」
「…」お嬢様、私(手下1号)
「あれあれ、二人して照れちゃって、可愛いー!」

こうして三人は、また仲良く食卓を囲むのでした。



某年12月31日。もう今年も終わろうとしていました。私は某要人の警護に付いて居りました。人がごった返している中、ガードするのは中々骨の折れる作業です。要人がお賽銭を投げ入れ、願掛けをしております。そうです。ここは○○八幡宮の境内です。やっと車に戻ってきてほっとした時、要人が私の顔を覗き込んで首を捻っています。

「もしかして、田辺君じゃない?違っていたら御免なさい」
ぎく、っとした。私はその呼び方に聞き覚えが有った。恐るおそる顔を見ると、中学時代の同級生だった。
「有朋さん…」
全身から血の引ける音がした。足の先まで冷たくなるのが分かる。そして視界がゆらゆらと揺れていた。
「田辺君?ねえ、どうしたの?」
言葉はもう聞こえなかった。しかし、手に暖かい掌を感じて意識が戻って来た。
「凄い汗よ。もしかして、これはあの時の…」
「ごめんね。あんな酷い事しちゃって。政治家の前に人として失格だわ」
そう言って要人、有朋サナエは涙を零した。

「すみません。こちらこそお騒がせして。気にしないで下さい。偶々2年半ぶりに発作が起こっただけですから。今配置を変えますね」
だが、彼女は手を離さない。私は身動きが出来なかった。
「ちょっと彼を借りていいかしら?」
「はい、どうぞ」
「ありがとう。ちょっと間二人きりにして」
「分かりました」
そう言って皆車の外に出てしまった。
私はまだ緊張している。何で出て行くんだよ、と声が出そうだった。

「ねえ、今警備員をしているって事は、格闘技をしてるのね」
「はい、10年やってます」
「そう。随分立派になって。身長は?」
「180丁度です」
「驚いたわ。大きくなって。で、大学は?」
「行ってません。中卒です。一応大検取りましたが」
「…」

絶句していた。私の境遇が垣間見えたのだろう。彼女はごめんね、ごめんね、を繰り返して大粒の涙を流し続けた。
「どうしたら、許してくれる?言って」
彼女も余りの影響力に恐れ慄いたのだろう。そう、彼女が私を虐めた張本人。そして、彼女も心を痛めていたのだろう。
そして、大変な事を口にする。
「ねえ。あなたが許してくれるなら何だってするわ。あなたに抱かれても良いわ」

そうだ。この女を抱けたらきっと全てのわだかまりを払拭できる。そうしたら、もう発作で苦しむ事も無いだろう。きっとそうすれば私は一からやり直せる。しかし、心の端に引っかかっていた。お嬢様の事が。
「僕には、そう僕には大事な人が居るんです。愛しています。誰よりも」
一呼吸はいて
「あなたの気持ちは受取りました。その気持ちだけで十分です。ありがとう」

「はー振られちゃったかな?そりゃそうね。あんな事したんだもの」
彼女は涙を拭い無理して笑って言った。
「私はあの頃、あなたに嫉妬していたの。何で造作も無く何でも出来るのって。そしてあなたが学校から去った時初めて知ったの。私はあなたを愛しているって。子供っぽいかもしれないけど、好きで嫉妬していたから、虐めちゃったのね。だから、あなたが学校を去った時に私は自殺未遂したの。死ねば良かったのにね」

「そんな事言うなよ。死んだら悲しむ人が君には沢山いるんだから」
「ありがとう。ねえ、キスしても良い?」
少々迷ったがしてもらう事にした。

二人目を見つめ合った。何年振りだろう。彼女とこうして目を見つめ合うのは。そして二人同時に目を瞑った。鼻息が荒くなっていないか気になった。その直後、彼女の唇が私の唇に当たった。初め彼女は唇をなぞっていたが、やがて唇を分け入って来た。僕の舌を求めて彼女の熱い舌が蠢く。僕は堪らず欲望のままに彼女の胸を揉んだ。柔らかい。彼女の息が荒くなった。僕は股間を押し付けた。したい。

はっ、と我に返る。私は何をしているんだ?
その時、車の窓を叩く音がした。班長が
「それくらいにして下さいよ。後は帰ってから二人でお好きなように」
助かった。もう終わりにしよう。
「それじゃ」
「行くの?」
名残惜しそうに目が訴えている。あそこまで行って逃すなんて、悔しいと。そして寂しそうに言った。
「それじゃ、またね」
「もう、会う事も無いと思う。今日はありがとう。お陰で自分を取り戻せそうだよ」
縋り付く彼女の手を放し、私は車を後にした。そして、バックランプを最後まで見送った。明日はきっと違う世界がまっているだろう。手の震えも無く勃起だけが心地いい夜だった。

こうして、私の対人恐怖症が治ったのでした。思えば、この15年。何時も何かの怯えていたようで、今は霧が晴れて快晴になった気分です。それから、一度家に帰りたいと思います。今まで苦労を掛けてごめんね、と。

後、副産物として、私のあそこが元気に成りすぎて困っています。それに加え、お嬢様が日にひに身長も伸びてグラマーになってきて…。約束の日まで、後2年有りますが、とても我慢出来そうも有りません。もう、頂いて構わないですよね?童貞だけど…。



その日も何時も通りにお屋敷を出た。事務所に行くと何やら暗い感じがして、これは何かあると覚悟していました。
「何でしょう部長?」
「実はお前に辞令が降りてな…、スイス支店に栄転だ」
「…」
言葉が出ない。もし、命令に逆らえば中東送りだ。黙って続きを聞いた。
「悪いな。社長からの命令だ。…身体に気を付けろよ」
語尾が涙声だ。その言葉で覚悟が出来た。いや、ずっと前から覚悟していた。社長が大事な娘をニートにくれてやる分けはない。おまけに未だ高校生なのだ。私が親でもそうしていただろう。色々言いたい事は有ったが、それを全て飲み込んで私は身支度をした。心残りは、お嬢様にさよならが言えなかった事だ。

部長直々に私を送り出してくれる。だが、裏を返せば日本屈指の格闘家が私を飛行機まで監視する。逃げ道は無いのだ。大人しく成田を後にした。眠ろう。きっと明日からまた訓練の日々だ。

さよならお嬢様。さよなら日本。



スイス、チューリッヒ空港。それは緑豊かな場所にある。私は飛行機の中で覚えた片言のドイツ語で話をした。
ドイツ語「ども、お迎え嬉しい。私田辺トオル。よろしこ」
「ふふふ、日本語で話せよ。まだ来たばっかりだろう。まあ、気楽にやろうぜ」
その金髪短髪の190男は、流暢に日本語を操った。
「いやー、助かります。私は語学は苦手で。で、あなたのお名前は?」
「ラルフ・ハイケン。車を待てせてある。さあ、付いて来い」
「ラジャー」

車に乗ってスイス支部へ向かった。
「お前、お嬢様と出来てるんだって?その噂は全支部へ流れてるぜ」
「め、滅相も無い。まだ、手は出してません」
「ん?その口ぶりだとキッスはしたんだな?中学生相手に、このロリコン野郎。あははは」
良かった。良い人で。

それから、語学の習得と、拳銃の実射訓練のスケジュールを聞いた。かなりハードな内容だった。特に語学が気が重たかった。
車はアウト・バーンを東に向かって行った。眠気まなこに朝日が眩しかった。時差を身体で感じた。

支部について挨拶をした。仲間内で撃つ合わない様にだ。
「My name is Toru Tanabe.I came from Japan. Nice to meet you.」
ざわざわ。何やら不穏な雰囲気だ。
ラルフ・ハイケンが小声で言った。
「おい、お前がロリコンだって言ってるぜ。中学生をヤッテルって」
私はため息を付いて、吐き出すように言った。
「I kissed her. But I do not have sex. I am cherry boy. OK?」
途端に場の雰囲気が柔らかくなった。眉を下げて
「I'm sorry.」
根は良い奴ばかりだと思った。私は皆と握手とハグをした。
どうやら私の英語でも通じたらしい。ほっとした。だけど、ヒヤリングは全く駄目だが…。


私は語学と拳銃を主にやった。

語学はまず、英語、それからドイツ語、そしてフランス語だ。フランス人は母国語しか喋らない人が多いので注意が必要だ。そしてStop! Hold it. harry up. Hit the dirt.等の緊急単語が先だ。私は頭が痛かった。語学は昔から駄目なのだ。それに、長年のニート生活で授業を受けた事が無いので、ヒアリングが全然だめで苦労した。手元に縄が有ったら首を吊っていたかもしれない。

後、拳銃だが、これは相手を殺す気で撃てなければならない。正直やりたくない。しかし、躊躇していては命を落とす。さもなければ、仲間が死ぬ。生き抜く為にはやらなければならなかった。



一か月の訓練を終えた。私は何とか合格点を貰い中東送りは回避した。そして、今日初めての警備を任された。今日の警備はフランスの大統領補佐官だ。人員は4人。隊長のカール、セバスチャン、ハンナ、そして私だ。ハンナはこの世界では珍しく女性隊員で黒髪だ。ショート・カットが良く似合っている。そして、何処となくお嬢様に似ている。

車で移動中、お嬢様を思い出していた。きっと、アメリカに帰っているんだろうな。そして私の事など忘れてしまっているだろうな。でも、その方が助かる。私はお嬢様の幸せをひっそり願っていました。

その時、一発の爆弾が爆発しました。幸い、直撃は免れたようで。次に、機関銃が連射されました。私は防弾ガラスに守られて、銃穴から三発の銃弾を放ちました。弾は命中し賊は倒れました。

ああ、今撃ったんだな。そして人が死んだかも知れない。
でも、私のは実感が有りませんでした。一発でも私に当たったら別ですが。どうせ当たるなら頭に当たって、撃たれた実感も無く死にたい物だ、そう思いました。

すると、ハンナが私の頬に触れました。
「大丈夫?」
私はいつの間にか涙を流していました。それは死に行く者への懺悔でしょうか、それとも恐怖からの涙でしょうか。私は涙を拭い
「ありがとう。大丈夫」
ちょっと声が震えていましたが、初めての人殺しです。こんな物でしょう。
ハンナは私を気遣って肩を抱き続けてくれました。
ああ、暖かい。人間って暖かい物だな。


任務を終え寛いでいました。ここは支部のアパート、飲食店、バーが揃った完全に支部の人専用の施設です。だって、そうでしょう。もしも酔っぱらって、部外者に警備内容をしゃべったら拙いでしょう?

私は食事を終え、今日有った事を忘れる為にバーで飲んでおりました。すると、何時の間にかハンナが隣に座って飲んでいました。
「やあ、ハンナ。今日はありがとうね」
「ううん。初めてだもの。仕方無いわ」
「そうだ、ハンナにフランス語を教えて貰おうかな?」
「私のはイスラエル訛りよ。それでもいい?」
「うん、良いよ。それじゃ行くよ」

仏語「初めて会った時から君のことが好きだった」
仏語「実は私もなの。ねえ、キスして」
仏語「ごめん。よく分からないよ。だって、俺童貞だもん」
「ぷっ、あははは」
「どう、うまく話せたかな?」
「うん、上出来よ。これなら…」
彼女の唇をふさいだ。
「ねえ、ゴム持ってる?」
私は1ダースのゴムを出して見せた。
「あははは。可笑しい。…ねえ、行きましょう」


ハンナが寝息を立てている。今まであんなに激しく愛し合ったのに。疲れが溜まっていたんだな。そう思うとより一層愛おしく感じた。そっと額にキスして私も眠りについた。



ハンナは何時も微笑んでいた。私を見つめ微笑む。鉢の小さな花を見入って優しく微笑む。朝日を眩しそうに見上げ微笑む。そして私を組み敷いて怪しく微笑む。何時の間にか、彼女の表情が私の安らぎになり、私は安心するようになる。目を瞑ると何時も彼女の微笑みが浮かび上がる。それは幸せな事。そして私だけに許された時間。

ある日、彼女が私の目を見詰め言った。
「ねえ、生きてるって素晴らしい事じゃない?私もあなたも生きてるって感じている」
「だけど、そう感じるのは人間だけだよ」
「そうね。でも私は生きたいの。出来るだけ長く生きたいの。そう、よぼよぼのお婆ちゃんになるまで。だから、あなたも生きて。そして私は子供を産むわ。私の生きた証として」

その夜、ハンナはゴムをさせてくれかった。もしも子供が出来たら結婚して一緒に育てようと言って。私は彼女を尊重した。それがハンナの望みならば。

そして、子供が出来た。私たちは妊娠を喜んだ。入籍も済ませた。そして支部に報告に行った。
「おめでとう、ハンナ。それで式は何時挙げる?」
「それより何時までするの、仕事?」
「次の仕事で最後にします」
支部は祝杯ムードに包まれた。何時も悲しい知らせばかりの支部もこの日は妙に浮かれていた。


「それじゃ、ハンナ。気を付けて」
ハンナは元気に手を振り最後の仕事へ出かけた。私は別の仕事でフランスへ向かった。知らせが入ったのは19時過ぎ。一本の電話が私を凍り付かせた。私は仕事を変わって貰って駆けつけた。病院には無残な遺体があった。機関銃で撃たれた傷だ。私は何も出来ず只泣く事しか出来なかった。

何故、妊娠が分かった時に仕事を止めさせなかったのか。
何故、入籍した時に
何故、今朝仕事に行くときに
何故、
何故、

彼女を何時も尊重していたが、単なる他人任せではなかったか。
そう、あの日ゴムをしなかった事さえ。
後悔の念は何時までも消える物では有りませんでした。

それからの私は生きた屍のように、只仕事をこなしました。銃撃戦で撃たれた時さえ痛みは感じませんでした。
そして、私は長期の入院を強いられました。

カウンセリングの先生の言うには、私は極度のストレスから来る鬱だと言うのです。あんなに生きたがっていた彼女は死んで、生きる事にどうでもいい私が生きている。それが、許せないのだ。何故、神様は私を生かしているのですか?その答えは今も帰っては来ません。そしてカウンセリングも答えてはくれません。只時が過ぎるのを待つしか無いのです。

二か月後、私は復帰しました。首にハンナの写真をぶら下げて。そうする事により死のうとする事は避けられると先生にがペンダントにしてくれました。何時も一緒。その支えが私を生きさせていた。



スイスに来て2年。私は支部長に呼び出さました。
「よく頑張ったな」
そう言って私は肩を叩かれた。
「日本に帰れるよ。おめでとう」
そう言われても、私には何の感情も有りませんでした。むしろ、ハンナの匂いのするこの場所に居たいと思いました。だが、命令には逆らえません。私は辞令を受け取り、身支度を始めました。

開け放たれたドアを叩いてラルフ・ハイケンが入って来ました。
「何だ、何も言わずに出て行くつもりか?冷たいねえ」
「ラルフ。君にはお世話になったね。ここに来た時は君が居なかったら、私は後ろから撃ち殺されていたよ。ありがとう」
「お、少しは生きたいって思える様になったんだ。…ハンナは残念だったな。でもお前の中に生き続けてる限り、ハンナは居る」
「ありがとう。そうさ、何時も一緒さ」
私は胸のペンダントを握りしめた。

「それじゃな。達者でな」
「たまには、遊びに来いよ。じゃあな」
私たちは空港で別れた。見送りはいいって言ったのに、わざわざ車を出してくれた。その心が有りがたかった。

さようならラルフ・ハイケン。さようなら皆。さようならスイス。さようならハンナの愛した町。さようなら。



懐かしい建物が見えて来た。もう2年になるのか。私は静かにドアを開けて入った。
「お久しぶりです。部長」
がっちりと握手をされた。
「おお、よく無事に帰えって来たな。嬉しいよ!」
皆は、海外から初めての無事帰還を、自分の事の様に喜んだ。今まで行った者は、全員生きては帰って来なかったから。

それから、私はマネージャーにアパートの手配を頼み、早速仕事に出た。帰ってアパートに着くと誰か居る。お嬢様だった。
「手下1号。無事に帰って来たじゃない」
「お久しぶりです。お嬢様」
「何故、屋敷に帰って来なかったの?お陰で腹ペコよ」
「…。済みません。しかし、もうお世話は出来ません」
「どうして?お父様が怖いから?それは厳重に怒って置いたからもう大丈夫よ」
「違います。私はもうあの頃とは違うのです」
私はペンダントを握りしめた。
それに気づいたお嬢様は
「何よ。幾ら愛してたってもう死んじゃったじゃないの。私は生きているのよ。そして誰よりも、そうそのハンナって言う人よりも、愛しているのよ」

絹ずれの音がする。振り返るとそこには、18才になったお嬢様が何も身に着けずに居た。
「ねえ、私を抱きなさいよ!」
「ごめん。出来ない」
「そんなにあの女の事が忘れられないの?」
「そうです。彼女に持っていかれました、心を」
「もう要らないの?私の事」
「すまない。今君を抱いたら、彼女の事が全部なかった様に今君を抱いたら、残酷だと思うんだ」
「いいの?あなたこれからも一人でいいの?」
少し微笑んで、ペンダントを握り締め言った。
「一人じゃないさ。ここにもう一人いる」
「うわーーーーーん、うわーーーーーん」
お嬢様は大声で泣いた。私は彼女の肩にオーバーを掛け、表の執事を呼んだ。執事は黙ってお嬢様に服を着せ部屋を出た。私は済まない、済まないを口の中で繰り返していた。



次の日、私は中東行きを命じられた。お嬢様かお父様か分かりませんが、何れにしても私には同じ事でした。只生き抜く事、それだけが目的でした。部長は申し訳ない、申し訳ないを繰り返し、事務所にはすすり泣く者さえ居ました。
「今生のお別れじゃないんだから。きっとまた生きて帰って来ます」
「…」
部長も分っています。生きて帰って来た者など無いと言う事を。

その日、私を空港まで連れて行ったのは、部長じゃ有りませんでした。入って1年目のぺーぺーです。せめてもの情けで逃げてくれと言っているのでしょう。私はその気持ちだけ受け取りました。後何年生きられるか分かりませんが、死ぬまで生きる。只それだけです。

皆さん。長々とお付き合い下さり有難う御座いました。
ここからは書けません。皆さんに危険が及びますから。
それでは、皆さんお元気で。さようなら。
















皆さん、お元気ですか?
私は…一応生きてます。
左腕を無くして無事?解放されました。

あれから、もう5年。私は何とか生き延び、左腕を無くして漸く国際警備会社を首にされました。もう危険性は無いと判断されたのでしょう。

しかし、多額の保険が下りて、店を持つだけの金を手にしました。それで喫茶店を始めたのです。小さいお店ですが、残りの人生を過ごすには十分でしょう。


ある日、店に執事が現れた。
彼は暫く黙ってコーヒーを飲んでいた。そして、他の客が出て行った時口を開いた。
「久しぶりだね手下1号、いや田辺トオル。元気にしてたか?って言えないか。片腕になったんだから」
「いえいえ、これでもこの義手は中々優秀でね。殆どの事は出来ます。だから、心配には及びません」
「そうか、それは良かった。…でも、アカネは何も話さない…」
「アカネって、まさかお嬢様が!?」
「そうだよ。アカネ・ニュートン。彼女の本名だ。…アカネはあれから何を見ても笑わない。何もしゃべらない。生きた人形なんだ。アカネの心は崩壊しているんだ。あんなに頭が良くって、あんなに明るかったのに…」
執事は押し出す様に言った。

あの後そんな事になっていたなんて、知らなかった。私は死んだ人間を大事にして、生きた人間を奈落の底に落として、見ないようにしていたのか?何て馬鹿だったんだ。大馬鹿だ!

私は彼にすがり付く様に言った。
「どうすれば、どうすれば良い?教えてくれよ」
私の手を払い除け、私の襟を掴み眉を下げて言った。
「だったら、だったら今すぐ来てくれ!」
「お前しか居ないんだ!」
「頼む!頼む。頼む…」
執事は途中で入って来た客にもはばからず涙した。精一杯の願いを込めて。




「お嬢様。今晩は何をお作りしましょう?」
車イスを押しながら庭園のバラを眺めて居りました。
「そうね、サンマのお酢とオリーブ・オイルのドレッシングが食べたいな。それから、ココアたっぷりのバウンドケーキも忘れずにね」
「畏まりました。お嬢様。では、私は今から作りますので車イスは執事に代わります」
「だめ、行っちゃいやだ!」
「分かってますよ。この執事が手下1号の側に車イスを付けますから」

お嬢様は今日もご機嫌だ。しかし、ちょっとでも私の姿が見えなくなると泣き出してしまう。さながら、私は彼女の母親の様だ。あんなに毛嫌いしていた父上も、今では私を受け入れてくれている。

しかし、こんなに成ってしまったお嬢様や、ましてや中卒のニートで片腕の男に会社の経営は無理だった。今は執事、河野タケルが毎日必死で
経営哲学を学んでいる。きっと、雇われる側にとって良い経営者になるだろう。


楽しい食事の後は
「さて、今日は何をやって遊びましょう?」
「手下1号。何時ものアレして」
「分かりました」
お嬢様、アカネを抱き寄せ唇にキスをする。
すると、アカネの舌が私の唇の隙間に分け入って、足を絡め私をアカネの蜜に誘い込む。
「ああ、嬉しい。やっと帰って来たのね。もう、離さないわ。私の王子さま!」
「ただいま、もう何処へも行かないからね。アカネ。愛しているよ」

もしかして、アカネはもう正気を取り戻しているかも知れない。しかし、それを私が知ったら、また何処かへ行ってしまうと思っている。だから、私は分からない振りをする。それで良い。誰も傷つかず、誰にも憎まれず、只日々を送る。それが大事なんだ。

そして、何時かアカネに子供が出来たら、皆でピクニックへ行こう。大好きな食べ物をバスケットに沢山詰め込んで。私はアカネが赤ちゃんにお乳をやる所を羨ましそうに見てるんだ。そして、お腹一杯に成ったら皆でお昼寝。それが今の私たちのささやかな望みです。

それから、ペンダントは捨てていません。まだ、私の首に掛かっています。彼女もそれを受け入れてくれました。私の人生の一部として。…だから、私には愛している妻が二人居ります。そして、生まれる前の赤ちゃんが一人居ります。皆私の大切な家族です。今までも、そしてこれからも…。



(終わり)

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