サイキック×3 (エロくない体験談) 5723回

2018/02/10 21:08┃登録者:えっちな名無しさん┃作者:あでゅー
一 小学校時代

 小学校に上がったある日、牧草地で牛を追っていると、誰かの声が頭に響いた。振り返ると歳の離れた姉が文句を言っている。
(まったくお母さんには頭に来るわ。勉強すれって言いながら、家の手伝いをしなさいって。できる訳ないじゃない、そんなこと!)
 だが、姉の口は開いていない。僕は、不思議に思い聞いた。
「ねえ、おねえちゃん。いつ、腹話術なんて覚えたの?」
「なに、バカなこと言ってるの。はやく、牛をぼいなさい!」
 おかしい。腹話術じゃなかったらなんなんだ? 僕は、頭をひねりながら牛を追った。牛をぜんぶ牛舎に入れて、ほっと息をついていると母が僕の名前を呼んだ。
「公人(きみひと)、ありがとうね。もう上がっていいから」
(この子は、酪農は継いでくれないわね。頭でっかちだから……)
 またしても声が頭に響て来た。僕は、この独り言のような声に返事をしてしまう。
「頭でっかちで悪かったね」
 僕の返事に驚く母。そして、気味悪い者を見るように目をそらしてしまう。ああ、僕は頭に響く声に応えちゃいけないんだ。幼心にそう思った。
 それからは、頭に声が響ても知らないふりをした。そうしていると、頭に響くのは心の声だと分かった。皆言ってることと思っていることが違う。大人は、言ってることと本音は違うと言うが、このことだと分かった。僕は、面白くて頭に響く声をいつも聞いていた。だが、それにあきると、意識を遮断することを覚えて、ふだんは聞かないようにした。
 小学二年に上がる頃、僕のこの力は超能力と言うと知った。テレビでユリゲラーがそう言っていたから。そして、心の声を聞くのはテレパシーと言うものだと分かったが、ほかにも物を持ち上げる力=サイコキネシス、遠くへ移動する力=テレポーテーション、物を透かして見る力=透視があると言うが、それを試しにやって見るとすぐにできた。それ以外は残念ながらできなかったが、僕は面白くて夢中で練習して、しだいに力は大きくなっていった。
 だが、これを人に見せてはいけないことだと思うと、次第に能力をみがくことに意欲がわかなくなっていった。

 そんな、一九八三年春。小学校三年の時、転校生がやって来た。僕の生まれたところは、北海道の田舎で、小学校も中学校も一つだけしかなくて、一学年が二十数名の一クラスだけだった。その小人数の田舎の小学校に転校生がやって来たのだ。皆どんな奴が来るのか期待していたに違いない。もちろん、僕もその一人だった。
「皆さん、新しいお友だちです。さあ、自己紹介して」
 担任の前田明子先生に促されて、七三分けの彼は口を開いた。
「佐野司(つかさ)です。こんど帯広から母の実家にやって来ました。分からないことだらけだと思うので、どうぞよろしくお願いします」
 彼は、少し緊張したようにそう言った。だが、それと重なって、彼はテレパシーを僕に投げ掛けた。
≪やっと会えたよ。同じ力を持っている仲間と≫
 僕は、この時のことをよく覚えている。背筋に電気が走ったから。彼は人懐っこい思考を僕に投げ掛けたのだ。
≪お、驚いたよ。よろしくね≫
 僕は、彼のテレパシーを受けた瞬間に、ほっと安心したのだ。異常なのは、僕だけじゃないんだと。
「席は、百瀬(ももせ)さんの隣でいいわね?」
「はい、いいです。佐野くん、どうぞ」
「よろしくね、百瀬さん」
 佐野はそう言って、百瀬春香の隣に座った。彼女の家は、僕と同じ酪農家で、夫婦で経営している。佐野は、彼女のとなりに座ると、うれしそうに握手を求めた。
 この時の僕のざわついた感情は、彼にも伝わったのだろう。それ以降、なれなれしく彼女と会話することはなかった。

 その日、僕たちは人の来ない体育館準備室で話をした。
「それで、お前の名前はなんていうの?」
「僕は、日向公人(ひむかい・きみひと)」
「日向っていうのか。めずらしい名前だな」
「そうかなー?」
「まあいいや。ところで、お前テレパシーのほかにどんな能力があるの?」
「サイコキネシスだとか、テレポーテーションとか、あとは透視が少し」
「俺と大体同じだな。よし、どっちが上かやってみようぜ」
「まず、僕からね。最初はサイコキネシスね」
 僕はそう言って、両腕を前に伸ばすと、カゴの中のバスケットボールを一つ空中高く持ち上げて、左右に激しく振った。
「すげーな! 一人ドッチボールだ。次は俺の番だな」
 佐野の力は強かった。彼は、ドッチボールを天井にぶつけて、次に床にぶつけて、ボールを破裂させた。
「どうしよう? 先生に怒られる」
 彼の動揺は激しかった。まるで世界が終わるように。僕は、大丈夫と言って、証拠の隠滅を図った。やぶれたボールは、細かい破片になってやがてチリになった。この辺の後処理は日頃練習していたノウハウが効いている。
 次に、テレポーテーションをやって見せる。証明の方法は場所を決めてその場所に飛ぶこと。なにかあると、物と重なって死んでしまうので、物がないところへ飛んだ。二人とも上空に飛んだが、数回やってみたが、力は似たり寄ったりだった。
 最後の透視だが、最初は学校の壁を通しして見せ合ったが、しまいには近くの牛乳工場で鉄製の壁を透視したが、大体同じような結果だった。
 一とおり力比べをやってみたが、どの力もドッコイドッコイだった。ただ、佐野の透視能力はいくぶん鮮明に見えるようで、これならカンニングも楽勝だと思ったが、彼はそんなズルはしないだろう。力の使い道は、誰かを助けるためと言っていたから。

 僕らは出会ってから、ひたすら能力のアップにつとめた。その能力は、ほとんどが小学校を卒業するまでに決まってしまったのだが、テレパシーは、障害物がない時は、百メートルくらいまで。テレポーテーションは、一〇キロくらいまで。サイコキネシスは、スクールバスを持ち上げるまで。そして透視能力は、厚さ十センチの鋼鉄の壁までで、鉛は透視できなかった。いずれの能力も、実用には十分だった。
 ただ、僕には佐野に教えていない能力が一つだけある。それは、物体を跡形もなく消してしまう能力だ。たぶん、異次元に消えてしまうのだろうが、この能力は偶然できた。最初は、テレポーテーションさせてしまうのかと思ったが、いくら戻れと念じても戻ることはなかった。
 超能力をきたえる合間に、僕たちは自分の境遇について話し合った。僕は酪農家の末っ子に生まれ、兄弟たちにもまれて育ち、その所為か同じ歳の子供とは頭一つ抜け出ていて、小学低学年から学級委員長をほとんどの学年で勤めている。先生に受けのいい、いわゆるいい子ちゃんだと自嘲気味に言った。
 やっぱりな。ずいぶん賢そうな顔してるし、そうだと思ったと佐野は笑った。
 佐野の話は小学生の僕には重たかった。佐野の父親は、腕のいい畳職人だったが、酒にすぐに飲まれてしまう人で、佐野が小学校二年の時、酒に酔って人を殺してしまう。そして、父親が刑務所に入っている間に離婚して、帯広から母の実家に移り住んできた。
 佐野自身は、成績は常にトップであったが、父親の所為でひどいイジメにあって、それ以来友だちは作っていなかったと言う話だ。
 僕は、この時ほどまっとうな親を持って生まれて来たことに感謝したことはない。だが、この考えは佐野にテレパシーで読まれてしまう。
「ほんと、バカな親父だよ」
 そう口に出されて言われてしまった。
「ごめん」
「いいって。かげで言わないのが、日向のいいところさ」
 佐野にそう言われて、少し救われたような気がした。きっと、いつか心を読まれて父親のことはバレてしまうと思ったから、先に自分の口から言ったのだろ。

 あれは確か小学六年の時だった。佐野を我が家に招いたのだ。僕らは、はじめてのお泊りに心沸き立っていた。スクールバスで十キロばかりの田舎道をゆられ一緒に家に着いて、佐野は母に丁寧に挨拶すると、さっそく牧場に行って牛を追った。僕は、日頃からやっていたのでつまらなかったが、佐野は楽しそうに牛を追ったり、時には牛に追われたりしてやたら奇声を上げていた。
 そして、ひと仕事終えると風呂に入って、母が作った料理を美味しい美味しいと言って平らげた。母は、いつもは作らない料理を本を見て作ったのだが、すこぶる美味かったことは驚きだった。それなら、日頃から作ってくれればいいのに、母はその日以来そんな料理は作らなかった。
 ごはんをたらふく食べて満足した僕らは、寝る前のほんの一時を星を眺めながら、誰が好きかって話をした。
「おい、日向。お前の好きな人は、百瀬だろう。違うか?」
「そうだよ」
「なんで告白しないんだよ? 百瀬もきっと好きだよ、お前のこと」
 その問いに対して、僕はシブシブ答えた。
「ダメなんだよ、どうせ高校で別々になるし。それに大学へ行っても好きでいられる自信がないよ」
 いや、本当は自分に自信がないのだ、特に身長が。だから、百瀬春香の心は怖くて読めない。この虚勢も、佐野には当然バレているのだが、彼は僕を傷付けないように、知らんぷりをする。
「なに? お前そんな未来のことまで考えているの。たくー」
「そう言う佐野は、誰とも付き合っていないな。なんでだよ、結構モテるのに」
「バカ言うなよ」
 そう言って佐野は、星から僕に目線を移し言った。
「俺は、犯罪者の息子だよ? 誰が好きこのんで付き合うと思う? それに、隠して付き合ったとしても、いつか言わなくちゃいけない時が来る。その時が怖いんだ」
 佐野は、つらそうに言った。その言葉は、星座のかなたへ消えた。

 田舎の夏の星空は美しい。天の川が無数の星をたずさえて、道を作っている。その中に、たまたま通り過ぎる人工衛星が運よく見えた。よく見ると人が動いているのが見える……ような気がする。何千キロも離れているのに不思議だ、そう思って眺めていた。行ってみたいが、距離が離れすぎて、テレポーテーションはできないだろう。
 その夜は、星に酔ったのか、ぐっすりと眠った。

二 中学時代

 僕は中学になって自動車の雑誌にはまった。エンジン、トランスミッション、シャーシ、サスペンション、電気系統。その一つ一つの部品が正確に機能して、車を走らせる。僕は、その機能美にはまったのだ。
 だが、自動車を分解するには重すぎるし、金がかかる。それで、まず手ごろなバイクを分解することにした。幸い整備不良のバイクは、親戚の家にごろごろ転がっていたから。しかし、この所為で勉強がおろそかになってしまうのだが。
 僕が、牧草地でバイクを転がして遊んでいた頃、佐野は陸上に汗を流していた。長距離をひたすら走っていたのだ。その光景は、まるで苦行にたえる修行僧のようだった。
 なぜ、そんな苦しいことをするのか聞いたことがある。いつか、誰かを救う時に体力は必要だからさと、誇らしげに言った。
 その時、はっきりと感じた。同じ能力を持って生まれたが、佐野と僕には大きな差があると。いつの日か、きっと彼の力は必要になる。彼こそは、救世主なのだと。

 だが、彼を怖いと思ったことが、たった一度だけある。
 僕は、中学二年の時、イジメにあった。たまたま人数補充のために野球の大会に出場したのだが、僕のボンミスで負けてしまった。その時のピッチャーは末吉(すえよし)と言う奴だが、彼は一八〇センチはある本格派で、スカウトの目にとまることを望んでいたから、怒りは激しかった。そして、試合の翌日からイジメがはじまった。
 雨が降っている中、僕は休み時間に体育館でバスケットをして遊んでいた。すると、突然背後からバスケットボールをぶつけられたのだ。振り向くと末吉がにやついていた。そして、次々と思い切り投げつけられるバスケットボール。頭に来た僕は、奴に殴りかかった。だが、当時チビで痩せぎすだった僕に勝ち目などない。反対に体育館の床に叩きつけられ、鼻血を出した。それも、大好きな百瀬春香の見ている前で。本当にくやしかった。
 だが、突然どこからともなく野球ボールが末吉の左側頭部にあたった。一体誰だろうと皆振り向くと、そこには佐野が立っていた。そして、次の瞬間ものすごい剛速球を、末吉に向かって投げたのだ。
 その時、僕は一瞬の判断でバスケットボールを末吉に迫りくる野球ボールにぶつけた。大きくはじけるバスケットボールと、どこかへ吹っ飛んだ野球ボール。あたりは、バスケットボールの音だけが響いていた。
≪なにするんだよ! 死んじゃうじゃないか!≫
≪あんな奴、死ねばいいのに!≫
 僕は、その瞬間背筋が凍った。カッとなったら訳が分からなくなる人がいると言うが、佐野がそうだったとは。だが、佐野を人殺しにする訳にはいかない。なんとか止めなければ。
 そう思うと次の瞬間、僕は佐野の両手を握っていた。そうすると、能力が使えないのが分かっていたから。
≪まあ、モチつけよー、佐野ー≫
≪……。なにがモチつけだよ≫
 皆があぜんと見守る中、僕は佐野の手を引いて体育館準備室へと入った。
「佐野。目を閉じて深呼吸して!」
「えー!」
「いいから、さあ!」
「分かったよ」
 スーハーと二人の呼吸だけが聞こえる。
「いいかい、こんどからカーとなった時は、いったん目を閉じて深呼吸をするんだ、分かったか?」
「こんなの意味あるのか? それにしても末吉は許せないな」
「僕も悪いのさ。大事な試合でエラーしたんだから」
「お前は、頭に来ないのか?」
「佐野。僕たちがいちいち頭に来て仕返ししていたら、死人の山だ。そんな生き方、したい訳じゃないだろう?」
「日向は、人間できているな。以後、気を付けるよ」
 それじゃ、今まで何人殺したんだ? その思考は、すぐに頭の中から消した。
 これ以降、なるべく佐野と一緒にいた。そうすれば、末吉も僕に手を出さないし、佐野が暴発する時はすぐに止められるから。
 だが、これ以降佐野はキレることはなかった。あの時は、たまたま虫の居どころが悪かったんだと思った。

 あれからなにごとなく、僕たちは中学三年になった。あと一年ではじめての入試だ。なにせ、田舎だったから学校は小学校、中学校共に一つしかなかったから。僕は姉たちと同じように、六十キロ離れた釧路の高校へ越境入学すると決めている。その高校は、昔野球が強かった。そんなことより、僕を引き付けたのは屈斜路湖でたまたま見かけたキャンプファイヤー。渡辺美里の歌を肩を組んで合唱するさまは、まさに青春。僕は、その自由奔放な校風にほれたのだ。
 この高校に入学するためには、入試で五〇〇点中三〇〇点を取らなければならない。しかし、僕はあの頃、機械いじりにかまけて普段勉強をまったくしていなかった。そして、参考書を買って受験勉強をはじめたのが、一〇月になってからだ。それでも、集中力に自信があった僕には、楽勝だったのだが。
 一方、佐野は下宿する金はないと、はやばやと近くの高校に決めてしまう。佐野は四五〇点は余裕で取っていたから、越境入学して進学校へいければいいのに。世の中は、不公平だね。それが、佐野の口癖だった。

 卒業式の前の日、僕はわざわざテレポーテーションをして佐野を校舎の裏庭に連れ出した。
「実は、佐野にプレゼントがあるんだ。さあ、そのシートを取ってみてよ」
「なんだろ? ずいぶん大きいな」
 それは、十分に整備をした原付のバイクだった。すみずみまで手入れをほどこして、車検を取ればすにでも乗れる代物で、高校一年の誕生日から堂々と公道を走れる。そして、好きなところへいつでも行ける夢の乗り物なのだ。
「ありが・・」
 佐野の感謝の言葉は、最後のほうが涙に流されて、よく聞き取れなかったが、言いたいことは分かった。
「俺は、日向になにもプレゼントないよ」
「いいって。どうせ、趣味の産物だから」
「ひむかいー!」
 佐野の涙は、なかなか収まらなかった。そして、翌日の卒業式でも盛大に泣いた。
 僕は、佐野の涙をよく出るなと思いつつも、百瀬春香の涙も見逃さなかった。誰のための涙か気にはなったが、この頃は僕の身長が伸びなくてあきらめていたので、まったく意識を読まなかった。もし、意識を読んでほかの男が心にいたら自殺物だから。

 卒業式があった晩、僕は不思議な夢を見た。大好きな百瀬春香とセックスする夢だ。本来なら身長が伸びなかった僕など相手にされる訳もないのに、彼女は小さい頃から好きだったと言って、僕のすべてを受け入れた。
 一重の愛らしい目が静かに閉ざされると、彼女は薄く唇を開け僕の舌を吸った。僕の全身は電気が走り欲望のままに彼女の口腔を犯し、そして小さな乳房に貪り付いた。食べてしまいたいほど、美味しかった。そして、彼女の秘部に到達すると、僕は上に手招きされ、熱いほとばしりを彼女の秘部に挿入する。
 僕は入れただけで放出してしまい身体がぐったりしてしまう。しかし、すぐにさらなる快感を求め彼女の中を思いのままに蹂躙する。もう身体は自分の物ではないように勝手に欲望を貪り、そして果てる。それは、終わりのないマラソンに似ている。自分の限界以上に僕の身体は思いをとげた。

 次の日、目が覚めて感じたのは妙に現実感のある夢だったとうことだ。だが、いつものように夢精のあとがないことが気になった。それに、妙に長い黒髪が一本だけ肩についていたのが不思議でならなかったが、春休みに入れた芝張りのバイトの忙しさにいつのまにか忘れてしまう。

三 高校時代

 うららかな春の日に、僕は家から六十キロ離れた釧路の高校へ向かった。少し歳の離れた姉に車で送ってもらって、トランクから荷物を持つと下宿先に入って行った。
 下宿の居心地は快適だった。日当たりのよい窓から流れ込んで来る春の風は、僕の心配を吹き飛ばしてくれた。美味しいごはんは、僕の身長を伸ばしてくれた。近くの銭湯は、すみずみまで僕の身体を清潔にしてくれた。
 そして、ちょっと古い高校の校舎は、やさしく僕たちの成長を見守ってくれた。まじめそうな先生。ちょっと厳しい先生。やさしい保健の先生。そんな人たが、僕らの成長を手伝ってくれる。
 そんな中で、高校最初の一学期ははじまった。

 なにごともなく一年を終え、二年の夏になった。部活を終えた僕は、汗を拭きつつ下宿への帰り道を歩いていた。
 ふと、流れ込んでくる不思議な思考。たどって行くとそれは、一人のさびしいさに満ちた高校生のものだった。たぶん、僕と同じ能力者であるようだが、ひどく弱々しくて今にも消えてしまいそうに感じる。僕は、警戒して思考を投げ掛けた。
≪ねえ、どうしたんだよ?≫
≪えっ! もしかして、能力者?≫
≪ああ、そうだよ≫
≪うれしいなー、はじめて僕と同じ能力者に会ったよ≫
≪こんなところで、なにやっているの?≫
≪それがさー、家に入れないんだよ。どうしてだろう?≫
 思考の先を見ると、誰もいない。もしかして、僕は幽霊とテレパシーを使って会話しているのか? 僕は、激しく動揺する。だが、その動揺が彼に伝わってしまう。
≪そうか、やっぱり僕は死んだのか≫
≪ごめん……≫
≪なに謝っているのさ。ごめんと言わなければいけないのは、僕の方さ。驚かせて、ごめんね≫
≪ねえ、なんで死んだの?≫
≪僕、小さい頃から身体が弱くってさー、高校に入ってから体力作りにボクシングの部活に入ったのさ。そして、この前試合で負けて控室で休んでた。しばらくしてから目覚めると誰もいないから、一人で歩いて帰ってきた。そしたら、なぜか家に入れないんだ、カギは掛かってないのに。もう、七日になるのよ≫
≪よかったら、僕のところへ来る?≫
≪いや、やめてくよ。君に迷惑が掛かるから≫
≪これから、どうするの?≫
≪うん。あの光のところに行ってみるよ≫
≪そうか≫
≪ありがとうね。それじゃ、さよなら≫
≪さようなら≫
 そうして、彼の思考は消えてしまった。たぶん、残留思念だろうが、肉体を失っても残り続けるなんて、よほど強い能力者であったに違いない。もしも、生きて出会ったなら友だちになれただろうが、残念でならない。僕は、とぼとぼとまた歩きはじめた。

 高校三年にあがった年に、休み時間の教室で誰かが寄付を呼び掛けた。友だちが妊娠して下ろさなければいけないと言う。なぜ避妊をしなかったんだと言う疑問があるが、それは若い衝動でやってしまったことと勝手に思った。僕は財布からちょっときつい金額を寄付させてもらった。他人事とは思えなかったので。すると、彼女は驚いてこんなことを言った。
「まさか、日向くんがお金をだすなんて思わなかった。まじめそうに見えるのにね」
 そう言って、彼女は僕にありがとうとお礼を言った。
 同級生が困っている時は、僕だって手助けしたい。ただ、その下ろされるだろう子供に同情する。この世に生まれ出ることなく、無残に子宮の中で頭をつぶされて、身体を掻き出される。その魂は果たして救われるのだろうか? そう思うと、寄付した僕はその子供を殺す殺人者だと言わざる負えない。そのできごとは、未だに僕の心の中に冷たい塊となって残っている。

 色々あったが、僕の高校生活はほとんど超能力を使うこともなく、平凡だがそれなりに充実した時を送った。休みの間、佐野はバイトが忙しいのでついに会うことができなかった。僕がプレゼントしたバイクを使って、大学の学費を稼いでいると、彼の母親が言っていたから。

 高校を卒業した僕は、身長が思いのほか伸びて一七〇センチにたっしてようやく人並みになれた。そして、一浪してどうにか千葉にある理科系大学の機械科に拾われた。佐野は、同じく一浪して京都大学の経済学部に受かった。まあ、佐野の頭だったら当然だろう。
 僕は、入試を無事終え晴れ晴れとした気持ちで故郷に帰った。空港で母の車を待つ間、偶然にも百瀬春香と遭遇する。軽く会釈をすると応えてくれて、僕はそれだけで満足だった。
 やがて、春香の母親が迎えに来た。だが、小さな女の子を連れている。そして、春香に抱っこされるとうれしそうに笑った。きっと、春香の母親が生んだ子供だろうが、それにしても歳が離れすぎている。僕は、その光景を微笑ましく眺めていたが、同時に少し不自然に映った。
 その時、女の子が僕の方に振り向き、テレパシーを発した。
≪こんにちは、私は海(うみ)って言うのよ、よろしくね。私と同じ能力者よね?≫
 そのテレパシーは、ハッキリと僕の頭に響いた。驚いた僕は、あわててテレパシーを返した。
≪驚いたよ。しかも、まだ小さいのに、このテレパシーの強さとは≫
≪あなた、名前は?≫
≪ああ、悪い。僕は日向公人。お姉さんとは同級生だったよ≫
≪もしかして、私のおとうさん?≫
≪え? いや、それは絶対にないよ。だって、君は春香の母親の子供だろう?≫
≪それは違うわ。本当は春香ちゃんの子供なの。意識を読んだら分かるわ≫
 僕は、あわてて封印していた春香の思考を読む。確かに、海を思う気持ちは母親の思考だ。
≪もしかして、中学の卒業式のあと、変な夢を見なかった?≫
 その問いには答えらえなかった。あまりに恥ずかしくて。
≪やっぱりね≫
≪なにが、やっぱりなんだ?≫
≪あなたも鈍いわね。きっと、佐野に仕組まれたのよ≫
≪佐野が、なぜそんなことを……≫
 だが、頭のスミで疑っている。彼なら、やりかねないと。すごく真面目だけれど、衝動に駆れてなにをやるのか分からないから。僕は、激しくいきどおった。
 と同時に、この子に生まれ出ることを許した春香に感謝した。よくぞ、僕の子を下ろさないで産んでくれたと。
≪フーン。そうして私ができたってことね。納得したわ≫
≪佐野から思考を読んでいないってことは、奴とはテレパシーのやり取りはしてないのか?≫
≪うん。彼は、危険だから正体を隠しているのよ≫
 僕は、この時佐野にバイクをプレゼントしたことを後悔した。きっと、これはバイクのお礼に佐野がやったことだろうと思って。
≪そうかー。私は、あのオンボロバイクのお礼に生まれたってことね……≫
≪すまない≫
≪でも、春香おかあさんは、あなたのこと好きだから、本望だよね≫
≪えっ! そんな訳は≫
 僕は、読まないようにしていた春香の深層意識を急いで読んだ。焦っている時は、読みたい思考はなかなか捕まらなくて、イライラする。
 と次の瞬間、突然流れ込んでくる春香の甘い思考。ああ、めまいがする……。
≪ねえ、本当でしょう?≫
≪うん≫
≪ああ、それからママは今年から札幌の大学へ行くからね≫
≪そうか、札幌かー≫
≪さあ、もう行かなきゃ。それじゃまたね、パパ≫
 春香たちは、僕に会釈をして行ってしまった。
 この時、どうやって春香たちに話したらいいのか考えたが、いい考えは浮かばなかった。その内に、僕の母が車で迎えに来た。自動車の免許が取りたいんだけど、いい? そう言って、車に乗り込んだ。
 その時に、僕の目標は決まった。大学を卒業したら、百瀬春香と結婚すると。そのためには、まずは春香となんとかして接触する。そして、バイトをして結婚資金をためる。僕は、目標に向かって歩きはじめた。

四 大学時代

 千葉の大学は、ハッキリ言って田舎にある。電車の車窓からのどかに畑が見えるその風景は、どこか北海道の田舎と重なる。しかし、別海から遠くのぞめる阿寒岳はひょうひょうとして、僕はこちらの方が好きである。
 川沿いの駅を降りて橋を渡ると、僕の行く大学の建物群が見えてくる。広々とした敷地には、高さ四階の打ちっぱなしのビルが立ち並び、これから来る学生を待ち構えている。その奥の敷地で入学のオリエンテーションがはじまった。
 一泊一晩の退屈なオリエンテーションが終わると、僕は大学からさほど遠くないアパートへ引き上げた。二階建ての新築のアパートは八畳ほどの大きさで、高校の下宿と比べると広々としており、横になって伸びを打つとやたら気持ちがいい。それに、備え付けのトイレとお風呂は掃除が厄介だが、いつでも使えるというのがたまらなくうれしかった。
 講義がはじまって学校生活にも慣れたころ、アパートの大家さんの呼びかけで親睦会が開かれた。僕らは、なにも持たずに大家さんの家におじゃますると、そこには食べきれないほどのお料理や、僕ら未成年には禁断のお酒が封を切られて置いてあった。無礼講と言うなにやら分からない音頭で親睦会ははじまった。
 しばらくすると、上の階に入ったキュートな女の子が、僕におしゃくをしに来た。恐縮しながら酒をそそいでもらうと、その女の子は質問して来た。
「北海道から来たんですって?」
「はい。東の方のなにもないところで育ちました」
「もしかして、釧路とか?」
「ええ。釧路から六〇キロの牧草地で酪農をやってます」
「いいですねー」
「それほど、よくはないですよ?」
「まーた、あははは。それで、夏休みに旅行を計画しているんですけど、もしよかったら家に泊めてもらえませんか?」
 なんて大胆なことを。僕は、ビビってしまいシドロモドロする。まさか、こんなに人が大勢いる前でアプローチと言うことはないだろうが、この子を実家に連れて帰ったら大変なことになる。百瀬春香と結婚すると決めた僕には、残念だけど断ることしかできなかった。
「うちは家が古くて、とても人さまにお泊りしてもらえるようなところじゃありません。ごめんね」
「そうですか……」
 もしかして、僕が物欲しそうに二階を見ていたからかも知れない。彼女に悪かったと心の中で謝り、反省する僕だった。

 大学の勉強とバイトに精を出して、ついに最初の夏休みが来た。僕はすぐに実家に帰った。佐野は、バイトが忙しいのか帰省していない。ほっとして、すぐさま百瀬春香の女友だち前田花に、取ったばかりの免許を懐に入れて姉の車で会いに行った。そして、百瀬を呼び出してほしいと頼んだ。ついでに、妹の海も呼び出してほしいと。前田は、不敵な笑いを浮かべて僕の願いを聞いてくれた。
 前田の車が百瀬春香と海を拾って僕の待っているデパートへ来たのは、お昼前。ハテナ顔でおじぎをする春香。花が咲いたように微笑んで手を振る海。主導権は海が握った。
「ねえ、春香おねえちゃん。このお兄ちゃんと歩くー!」
「よお、ひさしぶり、百瀬。僕は、かまわないけど?」
 すかさず、海は右手を僕に、左手を春香に。仲良く手をつないでデパートを見て回った。前田は、彼氏と待ち合わせあると、集合時間を決めてどこかへ出掛けた。
「こうしてると、まるで親子だね、百瀬?」
「えっ……」
 目が泳ぐ春香。あまり言うと泣き出しそうで怖い。しかし、この関係に慣れてもらわないと。
「あ、パパ! あのヌイグルミがほしいー!」
「どれどれ。よし、買ってあげよう」
「わーーい!」
「ごめんね、日向くん」
「いいって。バイトのお金がたんまりあるから、気にするなよ。しっかし、海ちゃんはかわいいなー」
「本当よねえ。誰に似たんだか……」
 思わず、それは僕だと言いそうになった。あぶない、あぶない。
 それから、僕は大きなヌイグルミを背中に抱いて、デーパートの中をまたグルグル見て回った。そして、お昼を少し過ぎた頃、海はかわいく僕にさえずった。
「パパー。お腹すいたー」
「よーし、ごはん食べようか? 海は、なに食べたい?」
「パンケーキ!」
 三人の目の前に積まれた、アイスとチョコレートが乗っている特大のパンケーキ。海と春香は、わき目も振らず格闘している。僕は、途中で降参して、残りは海と春香が食べた。
≪ああ、しあわせ。ありがとうね、パパ≫
 海は、右手にホークを持って、左手には大きな熊のヌイグルミを大事そうになでた。
≪いいえ、どういたしまして。しかし、海はナイスアシスト、ありがとうね≫
≪このあとは、二階のジュエリーショップね。ママがほしいイヤリングがあるから≫
≪分かった。サンキュー≫
 このあとの春香のよろこびは、すさまじかった。思わずキスをしそうな勢いで。そして、うるんだ瞳が今日のデートの成功を示していた。それ以降も、海のナイスアシストはとまらなかった。さんざ楽しい時を過ごして日が暮れる頃、僕たちは再会を誓ってそれぞれ帰路に就いた。
 そうやって、僕と春香は大学が休みの時に、徐々に距離を縮めて行った。

 大学二年目の一九九五年の夏休み。めずらしく佐野が連絡を取ってきた。何事かと、僕は会いに行った。
 誰もいないなつかしい中学校のグランドで、僕たちはひさしぶりに再会した。彼は、口ひげを蓄え、精悍(せいかん)な顔付になっていた。そう言う僕も、身長がずいぶんと伸びて、いっけん誰なのかも分からないだろうが。
 佐野は、まず僕に謝った。
「ごめん、俺が軽率だった」
「本当に、なにしてくれるんだよ」
 そう言ったが、しっかり意識を分散せて、海が超能力を持っていることを隠した。
「俺は、ただ告白をする機会を作ろうとしたんだ。それが、まさかあんなことになるなんて」
 普通はそう思うが、若いエネルギーを持て余している僕らには、とめられなかった。また、それを考えなかった佐野が、一番悪いのだが。
「まあ、終わったことはいい。いずれにせよ、謝りには行けなんだから」
 もし、そんなことをしたら、僕たちが能力者であることがバレてしまう。そうなったら、ひどく生きづらくなると、小さい頃から感じていた。僕たちの能力は、傷に入り込むハショウフウ菌のように、すぐにワクチンを打たれて死んでしまうような存在。たとえ、一時的にもてはやされても、いつかうとまれてしまう存在なのだ。そんなことは、僕よりも頭のいい佐野には、分かっているはずだが。
 それよりも、僕は佐野がずいぶんと痩せすぎなのを心配した。
「それよりも佐野、この頃眠れないのか?」
「そうだよ、あの震災以来ずっとなんだ」
 この言葉のあと、黙って佐野の悩みを、読み取ることにした。

 佐野は、阪神淡路大震災が起こった時、僕があげたバイクに乗って、いち早く救出に行った。しかし、町全体が無数の悲鳴に包まれて、なかなか救助ははかどらない。無理もない。助けを求める思考がいくつも重なって迫って来る。その中で、さらに人に見られずに力を使い救出するなんて、考えただけで躊躇する。しかし、佐野はその困難な任務を寝る間も惜しんで続けた。その結果、小さい子供に力を見られてしまう。その子には、誰にも言わないように約束したが、その子は母親に話してしまう。そして、カッと頭に来た彼はその親子を殺した。まるで火事に巻き込まれた人のように。
「まさか、あんなことになるなんて……」
 さも、偶然のできごとのように言った。だが、僕たちが力を使えば、いつか起こる事。必然なのだ。そのことが、今回のできごとでよく分かった。
 僕は、佐野になぐさめの言葉も、非難の言葉も掛けれなかった。救助に行かなかった僕には、そんな資格はないと思っていたから。ただ、僕には殺せないと思った。たとえ、そのことで自らが破滅したとしても。僕の考えはあえて隠さなかった。
 僕に、打ち明けていくぶん気持ちが軽くなったのか、佐野はまた京都の日常に帰って行った。

 大学もなんとか四年になり、あと少しで卒業となった。僕は、小さな機械メーカーに就職が決まった。そして、百瀬春香にプロポーズをしてOKをもらった。とても、ハッピーだ。
 一方、佐野は就職がひとつも決まらないと、最近普及したメールで言って来た。成績は、オールA+だと言うのに。
『一体、なにがいけないんだろう?』
 佐野自信、その答えは薄々分かっているだろう。僕も、知らないふりをした。世の中は、犯罪者の身内を嫌う。それは、特に大手企業には顕著であるようだ。
『なあ、二人で会社を立ち上げないか?』
『……悪いな。僕は、小さな会社でチマチマやっていくよ』
 僕の心は、もう決まっていた。卒業を機に百瀬春香の家にお願いに行って結婚を申し込むと。だから、不安定な仕事には着きたくはなかった。平凡だが、安定を選んだのだ。たとえ、友を見捨てることになろうと。
 それきり、佐野はだまってしまった。そして、悪かったなと言ってメールは途絶えた。

 大学を無事卒業して、僕は故郷に帰った。そして、同じく大学を卒業した春香が待っている百瀬の家へ行った。なにごとかと、身構える春香の両親。そして、こんど小学二年生になる海が息を飲んだ。
「おとうさん、おかあさん。大切なお願いがあります」
 一人だけ、きゃーと叫ぶ海。それは、そうだろう。これから一世一代のセリフを吐くのだから。
「春香さんを、僕にください!」
 これだけでも、動揺する百瀬家族。なにせ、中学生で誰の子かも分からない子供を身ごもり、春香の母親の子として育てていたのだから。もし、それがバレたらと思うと、激しくドキドキしていた。だが、僕はそんな動揺をもぶっ飛ばすことを続けて言う。
「それから、海ちゃんを、どうぞ僕の家族に!」
 僕の横で一緒になって頭を下げる春香。よろこんで僕に抱き着く海。はっとなる春香の母親。
 だが、春香の父親は真っ赤になって怒った。
「やっぱり、お前だな! 春香をはらませたのは!」
 その瞬間に、僕は横殴りに張り倒された。
「やめてよ、じいじ! パパー! ねえ大丈夫? パパー!」
 薄れゆく意識の中で、僕が春香の父親に殴られるのは当然と思った。中学生で同級生をはらませ、大学を卒業してもらいに行く。どうみても、言い訳は許されるものではない。少なくても、春香の父親にはそう映ったのだろう。まあ、実際のところそうなのだが、マリアさまのような処女懐妊でないことは事実だ。
 僕が意識を取り戻したのは、春香家族が夕食を取っている時だった。
「ねえ、ママ。パパが起きたよ」
 その言葉によって、春香に優しく抱き起される僕。それにしても、海ちゃんはいいところでナイスフォロー。あとで、好きなものを買ってあげなければ。
「本当に、すみませんでした」
「もう、いいから。めし食べなよ」
「はい」
 海以外は、少々の疑問や怒りが残っていると思うが、百瀬家の人間はみんな笑顔で食事を続けた。

五 社会人時代

≪ねえ、パパ。起きてよ、朝よ≫
 頭に響く海の声に、僕は枕元の時計に手を伸ばす。
「えっ! もうこんな時間だ」
≪まったく、二度寝なんてするから≫
≪……もしかして、聞いていた?≫
≪それは、もうバッチリ≫
≪ひえー≫
 僕は、海にテレパシーを飛ばしながら背広を着る。三十歳を前にして少しお腹が出て来て中性脂肪が気になる今日この頃、朝食の美味しそうな香りがそれを忘れさせる。
「パパー、起きてー!」
「はーい、起きてますよ、ママ。おはよう、海。おお! 朝から餃子だ。美味そうだなー。いただきます」
 僕は、口いっぱいに頬張って朝ごはんをかき込む。幸せに包まれて。
 その時、不意にテレビのニュースが聞きなれた名前を読んだ。
「このIT企業は、最近強引な買収で恐れられていますが、CEOは京都大学を首席で出た佐野司と言う人物です。本人は、素性を隠していましたが、北海道野付郡別海町の出身で、母親と貧困生活を送ったようです。父親は、殺人事件を起こして服役していましたが、最近亡くなりました。次に、ニューヨーク市場の……」
 そのニュースを僕と春香と海は、箸を止めて聞いた。はじめのうちは、インターネットで時代のちょう児と持てはやされていたが、ついに叩かれはじめた。それも、父親のことまで材料に使って。
 次のニュースに話題が移った時、不安そうに春香が僕に言った。
「佐野くん、大丈夫かしら?」
「さあ、大丈夫なんじゃないかな」
 僕は、この時佐野の心配よりも、買収相手に同情した。今はルールギリギリのところで買収しているが、いずれ能力を使って命を脅かすに違いない。そのことを予見していて、なにもしないなんて……。だが、今の安定した生活を誰にもじゃまされたくはない。僕は、ひきょうにも見て見ぬふりをしようとしている。
 海は、僕の考えを読んでいたが、黙ってごはんを食べて中学校に行ってしまった。今年で、中学一年になるが、能力はもう僕をうわまっている。しかし、異次元空間に物体を飛ばす能力は持っているのか、まだ分からないが。僕は、海が能力を人前で使わないように気を付けて見ている。
 その日は、時間がなかったので、バスではなく車で会社へ向かった。

 車を運転しながら、僕は春香のことを考えていた。あの一世一代のセリフを言ったあと、春香は一度もあの夜なにがあったのか聞いてこない。もしかして、僕の能力に気が付いているんじゃないかと思う。しかし、僕が春香を思う気持ちに黙っているとも考えられる。いずれにせよ、いつか言わなければならない。それは、十年後か、二十年後か、それとも四十年後かは分からないが、僕はその日が来るのが怖い。

 二〇〇四年九月。ついに佐野の会社の不正が明るみに出た。負債を隠して資金調達をして、買収を企てたのだ。だが、それだけではなかった。その不正隠しの責任を取って、一人の若者が首を吊った。
 僕はこの時、すぐに不可解に思った。どうみても、責任を取るのはその若者ではなく、佐野だと言うことに。
 だが、それでも僕は動けなかった。小さな機械メーカーに勤めて、ようやく責任ある仕事を任されるようになっていたから。そして、春香と海の幸せを願ったら、僕は佐野と戦う勇気は湧かなかった。ただ、台風が過ぎ去るのを静かに待っていた。

 二〇〇六年四月。僕の思いは虚しく、ついに佐野は買収相手の責任者を次々と消しはじめた。騒然とするマスコミ。だが、そのマスコミにも死人が出て、誰も声を上げる者はいなくなった。そして、佐野の会社の資産は一兆円をゆうに超え、十兆円をうかがうまでにふくらんだ。それに対して、冷え切る景気。株価はどんどん下がって、もはやその影響は僕の会社まで及んだ。もはや、このままでは日本はダメになってしまう。

「それじゃ、行ってくるね、春香」
 僕は、いつもの朝のように家を出ようとしている。だが、僕はこれから佐野と戦わなければならない。いつ決着が着くのか、どちらが勝つのか、それは僕には分からない。だが、僕は覚悟を決めていた。佐野を殺したら、僕も死のうと。それが、僕たちの運命だと思った。だから、僕は春香を抱き寄せ口付けをした。そして、高校一年の制服がういういしい海にテレパシーを送った。
≪海。ママを守ってね≫
≪パパ……≫
 僕は、いつまでもバックミラーに映る春香と海を見ていた。その姿は、曲がり角で視界から消えた。

 東名から首都高に乗って南青山で降りると、駐車場に車を止めてゆっくりと巨大なオフィスビルに入って行った。受付で名前を名乗ると、最上階へのエレベーターに案内された。きっと、僕が来ることを予測したのだろう。予知夢は、僕たちには見えなかったのだから。
 最上階に止まってエレベーターの扉が開く。そこは、大きな窓から下界を見下ろす天上界のようだった。
「よう、日向。やっと来たか」
 佐野は、平然とした顔でそう言う。
「佐野。もう、やめろよ」
「日向。俺は、ただ証明したかったんだ。俺は、超能力なんて使わなくても、日本を支配できるって。そして、お前ら俺を排除したことを後悔しろと」
 どんなに悔しかっただろう。せっかくいい大学を首席で出たのに、どこの会社も犯罪者の息子として、受け入れなかったのだから。
「俺の仕掛けた罠にはまってつぶれて行く会社を見ているのは、愉快だったよ。しかし、ある時一台のダンプが俺に突っ込んできた。超能力を使えばいいのに、俺は躊躇してしまった。その結果が、この足さ」
「佐野……」
 ズボンをあげると、佐野の両足は膝から下が義足だった。テレビでは全然分からなった。
「俺は、もうろうとした意識の中で運転手の思考を読んだのさ。すると、そいつは『調子に乗って買収するからだよ。バーカ』そうハッキリ言っていたのさ。だから、俺はそいつを消した。それ以降は、誰が見ていようとも能力を使ったのさ」
≪そして、見た奴はぜんぶ消せばいい。たった、それだけさ!≫
 佐野は、僕の頭に強烈な思考を送り付けた。狂っている。もはや、人間ではない。
 僕は、彼のその思考を最後に、意識を遮断した。

 僕たちは、まず申し合わせたように、テレポーテーションを繰り返した。もしも、ビルの最上階で戦ったなら、建物はくずれ落ちそのうち報道ヘリがなにごとかと集まって来るから。いくら能力を見た奴を殺せばいいと言っても、切りがない。だからなのだ。
 空中でテレポーテーションを繰り返して、ようやく人のいない原っぱに出た。たぶん、どこかの会社の予定地だろうが、岩がごろごろしておあつらえ向けだ。僕たちは、息を整えると戦いはじめた。
 サイコキネシスで無数の石を相手にぶつける。サイコキネシスで空高く岩を持ち上げて相手に落とす。サイコキネシスで相手を沼に投げ込む。サイコキネシスで相手の心臓を止める。あらゆることを試みた。普通の人はとうに死んでしまうだろが、僕らには通用しない。瞬時に、テレポーテーションして逃れてしまうからだ。
 だが、徐々に僕に疲れが出はじめた。このままでは、いずれやられるだろう。骨さえも残らないが、仕方ない。僕は最後の力で、異次元空間を中空に作った。そして、佐野を閉じ込めた。もがく佐野。だが、僕は異次元空間を閉じた。そこには、慈悲などない。佐野をほうむらなくては、ただその思いだった。

 戦いを終えて、僕が地べたに手を着いて息をしていると、突然海がテレポーテーションして現れた。
「なぜ、こんなところへ?」
「着けて来たのよ。ねえ、パパ。佐野を殺して、パパも死ぬつもりなんでしょ?」
 いくら思考を隠そうとしても、海には読まれてしまう。
「いい? ここで待ってて、絶対よ!」
 海はそう叫ぶと、突然姿を消してしまった。テレポーテーションではないようだがいったい起こったか。いても立ってもいられず、思わず叫ぶ。
「うみー! おーい、うみーー!」
 だが、返事はなかった。呼び疲れて座っていると、突然海が佐野を連れて現れた。僕は、目をむく。
「な、なんで、佐野が!」
「私が連れ帰ったのよ、異次元空間を破って」
 せっかく、佐野をしとめたのにどうしてくれるんだ? もう、戦う力は残っていないのに。僕は、激しく動揺した。
「安心して。もう、こんなバカなことはしないって約束させたから。もちろん、約束を破ったらそく異次元空間に行ってもらうわ」
 驚いた。まさか、これ程の力とは……。
「それで、これから佐野をどうするんだ?」
「山岳警備隊に入って、人の命を救うのよ。最低、佐野が殺した人数だけ」
 これには、うなってしまった。これだけの適材適所があるだろうか? 足だって、他人にばれないように歩けるのだから。
「佐野も、それでいいのか?」
「ああ、仕方ないよ。海ちゃんには逆らえないから」
 そう言って、佐野は力なく笑った。きっと、異次元空間から出ようとして、無駄に体力を消耗したに違いない。しかし、佐野の眉間のしわが取れて、穏やかな顔になっているのも事実だ。
 それから、僕たち三人は久しぶりに同窓会をしようと、小田急線に乗って春香の待っている家に帰って行った。

 その後、僕たち家族は佐野司と共に北アルプスへ移り住んで、多くの登山家の命を救った。

<終わり>

出典:あでゅー
リンク:http://slib.net/a/18416/
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