不釣り合いな俺と彼女 (エロくない体験談) 11315回

2018/06/02 11:53┃登録者:えっちな名無しさん┃作者:あでゅー




 山の一本道、赤い外車がこちらを向いて止まっていた。そのかたわらで、俺の車に気付いて懸命に手を振る一人の女性。俺は見とれてしまって、少し行き過ぎて車を止めた。
「よかった、止まってくれて」
 女性は三十代後半のふっくらした面持ちで、とても嬉しそうに笑った。夏なのに紺色のスーツ着ていて、とても暑そうである。
「どうしましたか?」
「車を止めて風景を眺めていたら、エンジンが掛からなくなって」
「分かりました。見てみましょう」
 ボンネットを上げて故障個所を探した。どうやらオルタネーター(発電機)のベルトが切れて充電できずにバッテリーが上がったようだ。
「原因は分かりましたが、部品がないので直せません。でも、ストッキングがあれば代用できますが」
「え?」
 女性は自分の足元を眺めると、ちょっと躊躇して脱ぎはじめた。それも俺が見ている目の前で。日焼けしていない太ももが、俺をドキリとさせて下を向いてしまった。
「これでいいですか?」
「はい、大丈夫です」
 真っ赤な顔の女性からストッキングを受け取ると、すぐにオルタネーターのプーリー(滑車)とエンジンのプーリーを、ベルトの代わりにグルグル巻いた。気のせいかもしれないが、ストッキングはぬくもりがあって手が震えたのだが。
 仮の修理は直ぐに終わった。後は、俺の車のバッテリーをブースターケーブルで繋いでスターターを廻すとエンジンは掛かった。
「ありがとうございます」
 女性は、とても嬉しそうにそう言った。たぶん、この外車はお気に入りだろう。こんなとき、俺は喜びを感じる。
「まだバッテリーが充電してないから、一時間ぐらいはエンジンを切らないでくださいね。それから町に着いたら、ちゃんと修理してください」
「あの、お名前は?」
「俺? 俺のことは気になさらずに。はい、名刺です。井出モーターズ。もしよかったら、ここで修理してください。釧路市内から電話をしてくだされば、向かいに来てくれますから」
「それで自動車に詳しいんですね。えーと、佐藤隆明さんですね。よかった。私、釧路は初めてでどこに頼んだらいいのか分からなかったんです」
 安心した面持ちの女性は、汗で頬に貼り付いた髪をかき上げた。
 この時、俺はこの女性はどれくらい待ったのだろうかと考えた。この暑い中、喉が渇いているに違いない。だが、残念ながら俺の車には、飲みかけの飲料水しかなかった。
「もし喉が渇いていたら、この道を少し行くと、飲み物の自動販売機がありますよ」
「あれ、入ってますよね?」
 そう言って、女性は俺の車の飲み物を指差した。
「あれは、俺が飲んでいた奴ですが」
「おねがい」
 よほど喉が渇いていたのか、両手を合わせてお願いされた。仕方なく、飲みかけの飲料水を渡すと、女性は喉を鳴らして飲み干した。
「ああ、生き返った」
 あまりのことに、俺は呆然としてしまったが、女性は人心地付いたような笑顔である。
「それでは、お世話になりました」
「いいえ」
 それにしても、彼女は一体こんな田舎に何か用事があったのだろうか。しかし、理由を聞ける訳はない。俺は実家に行く途中なのだが。酪農をやっていて、盆と正月に帰らないと父から電話が掛かってきてどやされる。仕方なく行くと、壊れた機械を出して来て、修理させられるので嫌なのだが。
 俺は、女性の車が発進するのを見届けると、実家へ向かった。




 盆が明けると、俺は日常に戻って行った。朝七時に起きて、七時五十分にツナギを着てアパートを出る。職場の井出モーターズには、徒歩十五分。工場へ着くと異常がないか点検してから、インスタントコーヒーを飲みながらスポーツ新聞を読むのが、楽しみである。
 ちなみに、俺の車はアパートの駐車場代が馬鹿にならないので、ここに置いてある。
「よお、佐藤。おはよう」
「おはようございます。上田さん」
 先輩の上田さんが、歩いて職場に現れた。四十になって頭とお腹を気にしている。
「佐藤はいつも早いな」
 佐藤さんは、そう言いながらコーヒーを入れて、俺と対面のソファーに腰掛けた。お腹を気にしている割には、砂糖を三杯も入れる。
「はい。家にいてもやることないですから」
「だから早く結婚すれって言ってるんだ。三十になってからが時間の経過が急に早くなるんだ」
「ははは」
「そうだ。盆休みに女性が訪ねて来たよ。オルタネーターのベルトとバッテリーを買ってもらった。売り上げ貢献ご苦労さん」
「よかった、ちゃんと修理してくれて。それでベルトが切れた原因はないですか?」
「ああ、張りが弱すぎてスリップしたのが原因だろう。ちゃんと調整したからもう大丈夫」
「バッテリーは、やっぱり過放電で痛んでいましたか」
「そうだね、あれじゃ夜は直ぐにバッテリー上がっちゃうよ」
「お手数をお掛けして、すみませんでした、上田さん」
「それよりあの人、佐藤よりはちょっと年上だけど色っぽいな。もろ、タイプじゃないのか?」
「いや、彼女はたぶん大学を出てバリバリ仕事をしている才女ですから、俺なんて」
「なーに、分からんよ。案外佐藤に惚れたかも。その証拠に、メールアドレスを渡してくれって置いて行ったよ。そら」
「どうも」
 名刺ではなく岡田芳子という名前とメールアドレスを書いただけの紙だった。俺はちゃんと修理してくれてよかったと書いて送った。
 それから就業時間となり忙しく働いた。メールの着信を確認したのは昼休み。仕出し弁当を食べ終わってお茶をすすっている時だった。
『岡田芳子です。この前はありがとうございました。とても助かりました。お礼に今度食事に行きましょう。いつがいいですか?』
 この返事に困ってしまった。俺は工業高校を出てこの修理工場に勤めて今まで過ごした。それ故、大学出の女性とは縁がなかった。もっぱら高校出の女性とお付き合いしてきた。だが、俺の性格が細かいことに気が付くたちで、いつも振られる。そんな俺が大学出の女性と食事? どんな罰ゲームなのか。だから、すぐに返信した。
『岡田芳子さま。そんなお気になさらずに。気持ちだけ受け取りました。ありがとうございます』
 こう返した。だが、岡田さんは中々納得せずに、同じようなメールが三日三晩行き来した。仕舞には私が歳だからかと言われて、俺はとうとう折れて食事の約束をした。




 釧路のレストランはたかが知れている。それでも失礼がないように一応スーツを借りて約束の日に職場で待っていた。皆が忙しく働く中、一人ソファーに座っているのは、酷く居心地が悪い物だった。
 約束の時間どおりに岡田さんはタクシーに乗って工場に現れた。服はこの前見た時と変わらず紺色のスーツを身にまとっていたが、しっかり化粧をしていた。この方がずっと色っぽくて俺はドキドキしてしまった。
「佐藤さん、お待たせしました」
 岡田さんはそう言って、事務所の窓から眺める社長たちに会釈をしてタクシーを出した。
「このスーツ、借りものなんです。変じゃないですか?」
「いいえ、ちっとも。私は、普段来ているスーツを着て来ましたが、ドレスの方がよかったかしら?」
「止めてください。よけい緊張するから」
「そうですね。よかった」
 この時、微かに香った香水が俺の鼓動を早まらせた。
 レストランに着くと、俺は否応なしにエスコートをした。慣れないのでとても緊張したが、紳士になったようで気持ちがよかった。
 岡田さんがあらかじめオーダーしたメニューは、不案内の俺には分かるはずもない。だが、味は美味かったように思う。なにせ、緊張と彼女との話に夢中になっていたので。
 話題はもっぱら俺の仕事について聞かれた。どこで身に着けたのか。どれ位でできる仕事なのか。将来の夢は。
 自分を飾ってもすぐにメッキが剥がれるので正直に答えた。不良が大勢いる工業高校で基礎を学び、二年間修理工場に勤め、二級自動車整備士の資格を取った。これは、車の整備全般を任される資格だ。取るのは苦労したが、機械が好きで中学の頃からバイクを弄っていたから、いやになることはなかった。
 将来の夢はレストアの工場を作って、老後はそこで仲間たちと古い車を直すことだ。当然、利益は出る訳もなく、カツカツだろう。
「こんな話、聞いても面白くないでしょ。それよりも、俺は岡田さんの仕事の話を聞きたいな」
「私の仕事はつまらないわよ。クレーム処理だから。お客の所へ行って、ひたすら頭を下げる仕事なんだ」
 そう言って、岡田さんは「ふふふ」と笑った。目がなぜか泳いでいた。だが、それは思い出したくないことがあるのだろう。俺は、話題を変えた。
 その後は、映画、音楽、スポーツ観戦、などに話を広げた。思ったよりも趣味が似ているので、食べるよりも会話に夢中になった。
 だが、デザートが来ると彼女は無口になった。アイスを美味しそうにほお張る彼女は、歳よりも若く見える。俺と同じ三十歳だと言っても通用するだろう。と言っても、三十代後半は推定年齢であるが。
「今日は本当に有難うございました。いい思い出になりそうです」
「私も、こんなお店で食事するのは初めてなんです」
「またまた。岡田さんだったらお誘いも多いでしょう」
「そんなことありません」
 岡田さんは寂しそうに笑った。俺は、気になってお別れを言うことはできなかった。
「そうだ。これから俺の行きつけの店に行きませんか? ここから歩いて行ける距離です」
 岡田さんは、こくりとうなずいて、カードで支配をすませた。
「ごちそうさまです」
「いいえ」
「さあ、こちらです」

 歩いて向かった店はちょっと分かりづらい路地裏、小さいプレートが掛かっているバー。名を『heaven』と言う。その脇の重い扉を開けると、チリンと音がする。中に入ると照明が薄嫌いので、目が慣れるまで時間が掛かる。俺は、いつも行っているので慣れたが、はじめの頃は足元ばかり見ていた。
 このバーは、とてもナンパできる雰囲気ではない。大人しく飲むのがルールみたいになっている。
「隠れ家みたいで、素敵なお店ね」
「そうでしょ」
「それにこのマルガリータ、とても美味しいわ」
「だってさ。マスター」
「有難うございます」
 マスターはそう言って、作り笑いをした。あご髭を生やして、一重の見えない目には眼鏡を掛けている。
 マスターは一度だけ俺に話したことがある。妻を交通事故で失って、その時に彼は視力を失ったのだと。元々バーテンだった彼は、慰謝料でこの店をはじめた。だから、この店は妻に守られているようで安心するのだと言う。マルガリータの作者の人生に少しだけ似てると思った。
 俺から見たら亡き妻の亡霊に憑りつかれているように思え、痛々しく感じるのだが。だから、放っておけない。それは、酪農をやっている実家に置いて来た弟の代わりなのかも知れない。
「マスターから見たら、私は何歳ぐらいに見えるかしら」
「すみません、ご婦人。私、目が見えないので」
「え! ごめんなさい。そんな風には見えなくて」
「いいんですよ。よく言われますから」
 マスターは、よく客に誘われる。だが、目が見えないと言うと、皆ごめんなさいと言って尻込みをする。どう対処したらいいか分からないのかも知れないが、マスターの気持を思うと辛くなる。だから、そういう時は、馬鹿な話をして皆を笑わせるのだが。
「佐藤さんには、いつも助けられています。それで、ホモだって間違われて」
「それはマスターがかわいいのが悪い。これで髭を剃ったら大変なことになるから」
「そうですか?」
 話を聞いていた客は、皆うなずいた。俺は、その反応をマスターに報告すると、両手を上げて降参した。
 この店は、多くの人に守られている。俺が気にしないでもいい位に。
 だが、彼と人生を共にするような女性は中々現れないのが実情だ。だから、俺は放ってはおけないのだ。
「いいお店ね」
「よかった、ここに連れて来て」
「そして、あなたもね」
 いや、そんな俺は大したもんじゃないと言ったが、笑って受け流された。
 それから、タクシーを呼んで岡田さんを送った。そのタクシーの中で彼女の家にどう言って上がり込もうかと考えたが、学歴がブレーキになって言い出せなかった。やはり、俺には不釣り合いな女性なのだ。
 岡田さんのアパートへ着くと、今日は楽しかった。それじゃと言って、大人しくタクシーに戻ろうとした。
「実は、実家から送って来たバースデー・ケーキがあるのよ。私一人では食べきれないの」
 岡田さんはそう言って、恥ずかしそうに笑った。その言葉で俺のブレーキが外れた。
「誕生日おめでとう」
 俺は、そう言ってタクシーの料金を払った。

 この夜は、緊張してたせいか、前戯もぎこちなく、本番に至っては中折れで、散々だった。「ごめんね」と言うと、「いいのよ、誕生日を祝ってくれてありがとう」と言って抱きしめてくれた。
 一人の誕生日ほど、寂しいものはない。たとえ、いくら歳をとっても。

 この時、とても珍しいことに気が付いた。岡田さんの手は、しっとりと湿っているのだ。まるで、緊張しているかのように。
 彼女の話では、普通の人は緊張した時に手が汗ばむのだが、どういう訳か、彼女は常に手が湿っているのだと言う。本人は、気にしているが、そのことで身体の具合が悪いとか、なにか困ったことがある訳でもないので、極力気にしないようにしているそうだ。
 俺からしてみれば、あの湿った手を握りしめると、まるで身体が溶けあったようで幸せな気分になる。実に、不思議な体験だった。




 翌朝、俺が目覚めると隣には岡田さんが眠っていた。穏やかな吐息が俺の胸に掛かってくすぐったい。
 昨夜の話では、岡田芳子三十七歳ちょうど。帯広で生まれて、札幌の大学を出てデパートに勤める。はじめは製品のバイヤーを任されたが、歳を取りクレーム処理に回された。そして今は釧路に来てその仕事を続けている。生きるって大変なのねと岡田さんは寂しそうに笑った。俺は、そんな笑顔さえ、いとしさを感じざる負えなかった。
 岡田さんはそれか少しして目覚めた。彼女は時計を見てあわてた。
「こんなにぐっすり眠ったのは久しぶりだよ。送っていけなくてごめなさいね。それじゃ、またね」と言って、あわただしく車に乗って出て行った。俺は、タクシーをひろって自分のアパートへ戻った。

 それから、俺たちは中々都合が合わなくて一か月が過ぎた。工場の食堂で、昼休みに弁当を食べてお茶をすすっている時だった。
「おい、佐藤。この前の女の人がテレビに映っているよ」
 同僚の言葉に驚いてテレビの画面を見た。それは、事件の記者会見だった。岡田さんが弁護士として、逮捕は不当だと訴え掛けている。それも、ヤクザの。
 俺は、この光景をシーンと静まり返った食堂で黙って聞いた。そのニュースが終わっても、重たい空気は変わらなかった。俺は、いたたまれなくなって席を立とうとした。
「おい、佐藤。あれは、仕事でやっているんだよ。いくら嫌でも、あれが弁護士の仕事なんだ。きっと、そう言うもんなんだ」
「上田さん、分かってますよ」
 だが、いつまでも重いしこりは拭い切れなかった。俺は、ヤクザの弁護しているよりも、弁護士として働いている才女だと言うことを気にした。偏差値五十にも満たない俺は、偏差値六十以上の大学を出て司法試験を受かっている女性には、きっとチンケに見えるだろう。
 それでも、岡田さんは俺と一緒に眠って、ぐっすり眠れたと言った。その言葉を信じたかった。

 久しぶりのデートは、あのバー『heaven』で待ち合わせた。
 岡田さんは硬い表情でバーに現れた。俺は、カウンター席から、ボックス席へ移動した。
「久しぶりだね。元気してた?」
「ねえ、テレビ見たでしょう?」
「うん。キレイに映っていたよ」
「茶化さないで」
「ごめん」
「私のこと、嫌いになった?」
「いや、嫌いになりはしないけど、なんだか遠い人みたいで。頭は良さそうだとは思ったけど、まさか弁護士さんとは。どこの法学部出たの?」
「ガリ勉して北大。この目はコンタクトなの」
 そう言って、岡田さんは自分の目をまばたかせた。
「すごいな」
「これでも、昔は正義感に燃えていたのよ。そのお陰でいつのまにか国選弁護人の仕事しか来なくなって。窃盗の常習犯とか、ヤクザのね。あの記者会見だって……」
 岡田さんは、そう言って顔をおおった。その後に彼女の言いたかったことは、たぶん『本当はしたくなかった』だろう。
「大変な仕事なんだね。でも、そんな才女がどうして俺なんか?」
「その目よ。なんの悪意もなく優しく見つめてくれるから……。ねえ、こんな私だけど一緒にいてくれる?」
「岡田さんこそ、俺でいいのか? 偏差値五十以下だよ」
「そんなこと気にしないで。あなたもガリ勉したらきっと北大でも入れると思うわ」
「なんだか、そう思えて来た」
 そう言って、自分を励ますしかなかった。
「よーし。今夜はとことん飲みましょう」
 その夜は、軽いカクテルにはじまって、バーボン、そしてビールを飲んだ。岡田さんは酒に強いみたいで、俺は正体なしにあと一歩だった。
「岡田さん、それ位にして、タクシー呼びましょうか?」
 マスターが心配顔で、ブレーキを掛けてくれた。
「ごめんなさいね、こんなに酔って。お会計お願いします」
「有難うございます」
 俺は、岡田さんに肩を抱かれタクシーに乗った。
 その夜、俺はリミッターが外れた車のように、衝動のままに岡田さんを抱いた。弾力のある唇を楽しみ、酒で鼓動が早くなった大きな胸を両手で揉みしだき、しっとり濡れた熱いワギナの愛液を吸い、いつも湿っている手を握りしめながら、俺の熱いペニスで何度も貫いた。そして、彼女のワギナの奥深くにすべてを放出すると、俺は力尽きて眠ってしまった。




 年末。雪が強い風に吹きだまりとなって、毎日のように除雪をする季節となった。俺たちは、実家に帰らずに二人で過ごすことに決めた。一緒になって、岡田さんのアパートの大掃除して、蕎麦を食べ、紅白を観て、除夜の鐘を聞いた。まるで、夫婦のようだと思ったが、それは言わずに飲み込んだ。
 弁護士と整備士。それは、あまりにもかけ離れている。そんな二人が結婚して、果たして上手くやっていけるものなのか。
 しかし、今の所、会話で違和感を覚えることはない。それでも、岡田さんの選ぶ話題が、俺のレベルに落とされているのかも知れないが。
 だが、映画を観て、同じ場面で一緒に笑い、一緒に泣き、一緒に感動したのは確かだ。
 そして、セックスも非常に相性がいいみたいだ。俺の愛撫に嬌声を上げ、ペニスの抽送(ちゅうそう)でなんども失神するさまは、もはや演技ではない。もしそうなら、岡田さんはどんなAV女優よりも演技が上手いことになる。
 そんな相性がいいセックスでも、まだ子供はできないようだ。この年末年始で子供ができなかったら、不妊症を疑るべきだと思うが、岡田さんの年齢を考えると、自然の摂理として受け入れるべきか。
 子供ができなくたって、上手く行っている夫婦はたくさんいると思う。いざとなったら、子供を引き取って育てればいいのだ。
 俺は、こんなことを考えながら、徐々にプロポーズへの心の準備をしていった。

 三月になって、少しずつ暖かい陽気となって来た。それでも、まだ雪が降り積もるのだが。
 仕事が終わってコンビニ弁当を食べ終わった時、電話が鳴った。出て見ると、岡田さんが深刻な声で言った。バー『heaven』で待っていると。俺は、急いでコートを羽織ってタクシーをひろった。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは、マスター。バーボンを」
「かしこまりました」
 カウンターに座ると、岡田さんは俺の手を握った。いつものように湿っている手だ。
「岡田さん、どうしたの?」
「うん」
 そう返事して、岡田さんはマルガリータを口にした。なにか悪いことがあったのは電話の声から分かっていた。俺は、彼女の手を強く握りしめて、これから言うことに身構えた。
「私、四月から帯広に転勤なの」
「え!」
「私の所属する事務所では、定期的に入れ替えがあって、ずっと前から実家のある帯広へ移動願を出していたの」
 俺は、お尻に火が着くような思いで、この岡田さんの話を聞いていた。
「だから……、お別れしましょう」
「待って。待ってよ」
 なにを言うのか、俺の頭は整理できていなかった。そして、この言葉が口の中から出た。
「行っちゃ駄目だよ。君は、俺と結婚するんだから」
 岡田さんの目は、見る見るうちに涙があふれて来た。
「嬉しい」
 俺は、声をあげて泣く岡田さんを抱きしめた。彼女の涙が、俺のコートを濡らした。
 やっと、泣き止んで涙を拭いていると、カクテルが二つ、俺たちの前に置かれた。
「おめでとうございます。これは、お二人の祝福のカクテル『永遠の愛』です。どうぞ」
 それは、生クリームの中に苺の赤が溶けていて、その上に色々なプチフルーツが乗っていた。普段なら頼まないが、今なら飲める。
「乾杯」
 そう言って、俺たちはグラスを合わせて、味わった。

 後で打ち明けてくれたのだが、四十を前にして中々プロポーズしない俺に業を煮やした岡田さんは、もしもこの時プロポーズしてくれなかったら、あきらめて実家のある帯広へ行こうと思ってたらしい。
 この話を聞いて、俺は岡田さんの決断に感謝した。とても、俺にはとてもできないし、もしも俺に合わせていたらダラダラと年月を浪費していただろう。

 それから、すぐに結婚の準備をはじめ、岡田さんの三十八歳の誕生日に結婚式を挙げた。このとき、すでにお腹に子供がいたが、まだ、小さかったのでウエディングドレスのサイズは変えずにすんだ。




「おい芳子、起きろ。大変だ。もう八時だ!」
「え! 公彦ー!」
 そう叫びながら、芳子はあわてて子供部屋へ駆けて行った。
「なに騒いでいるの。僕は、とっくに起きてパン食べているよ」
「なんで、起こさないんだ、公彦?」
「あなた、そんなこと言っていないで、早く支度をしないと」
 妻の芳子は外車に乗ってあわただしくアパートを出た。俺は、パンをかじる暇もなく工場へ向かおうとして、息子とガールフレンドの会話を聞いてしまった。
「佐藤くん、おはよう」
「おはよう、君島さん」
「佐藤くんの家って、いつもあわただしいわね。どうして?」
「それはね、よく眠れるからだって、おかあさんが言っていたよ」
「もしかして、未だにラブラブ?」
「はー、考えたくもない」
「でも、いいじゃない。向井さん家にみたいに離婚しなくて」
「それはそれで、大変だなー」

 小五の公彦は、これから反抗期を迎えるだろう。俺みたいにグレてしまわないことを願っている。でも、弁護士になりたいと言うのには、芳子は反対している。いずれにせよ、思ったとおりに生きて行って欲しい。
 ガンバレ、息子よ!
 そう心の中でエールを送って、俺は井出モーターズに駆けて行った。


(終わり)

出典:星空文庫 あでゅー
リンク:http://slib.net/a/18416/
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