Last-resort (アニメキャラの体験談) 2245回

2022/12/21 22:50┃登録者:えっちな名無しさん┃作者:87

書いた……オーケー、text形式40kb前にブッタ切ったZE!
ただいま酒入ってるんで、明日にでも推敲して……
いや、推敲しないで今、うpった方がイーのか、な?
どうでしょう、ねぇ……ホント、たまにはテキーラ入れてよスーサン


Last-resort


 陽光降り注ぐ空の下、僕は何故かベンチに横たわって水を飲んでいる。
「ぬる……」
 上からは陽光、下からは熱砂。
 辺りは砂浜、景色は陽炎、目前には海と呼ぶらしい果てしない塩湖。
 そんな環境下、僕は水着姿で傾いたベンチに身体を預け、妙に細工の凝ったワイングラスに水を入れ、リゾート気分を感じて……いないわけで。
「マスター、風速の加減は如何でしょうか?」
 傍らの日陰から大団扇でそよ風を送ってくれているメイド姿の相棒が、此方の気分を察してくれたのか、会話を試みてくる。あー、しかしそっちは涼しそうだねぇ……ビーチパラソルってホント〜に、一つしか残ってなかった?
「……アルファ、後どんくらい?」
 僕は心に膿まれた衝動を、同じく生まれた疲労感で相殺しながら、本日何度目かのタイムリミットを尋ねてしまう。
「はい、曖昧な表現を御要求と判断しました。ただちに記憶層と言語野から適切な表現を検索します・・・"もういやだ"」
 声帯模写、というヤツだったろうか。アルファはなぜかデジタルっぽい僕の声で口真似を披露してくれる。見れば団扇も足下に置き、両手の平を上に向けて、お手上げのポーズをとっていた。どうやら僕への対応については順調に学習しているらしい。無表情なのは意図したものか。
「……時間、お願い」
「残り02:29:21です、マスター」
「もういやだ……」

 さて、ここで状況説明をしておきたい。
 いや、その前に自己紹介だろうか。
 僕の名前は……今のところ決まっていない。
 前の街を離れるときに捨ててきたからだ。
 そう、僕は郷里の街に自分の墓を建て、過去の自分というヤツから逃げ出した。
 不幸だったから、というわけではない。
 昔の僕は分不相応なまでに恵まれていた。
 安定した生活に、安定してしまった仕事、そして集まりすぎた財産。
 僕は選んだ職業において、或る程度の成功を勝ち得てしまった。
 それは一生分の幸運を尽くしてまだ足りないほどの筋道を通った結果でもある。
 死を日常とする賞金稼ぎを生業として、およそ在り得ないくらいの結果。
 それは僕という取るに足りない存在にとって、本当に身分違いの結果。
 だから僕は怖くなった。僕は幸せの先を考えてしまった。
 たから僕は勘違いした。僕は先の先を求めた。
 贅沢な話だと思う。罰当たりな話だと思う。
 けれど僕は見てみたいとも思った。
 自分が世界だと思っていた、その先を。
 ………。
 と、いうことで僕は今、郷里を含む大地を取り囲んでいた山脈の外にいる。
 こんな僕と同行する羽目になった相棒、アルファと共に。
 現在地点は今もって不明。人工衛星のサポート範囲外なのか、BSコントローラは沈黙。脱出手段として使った古代戦艦"ティアマット"のデータベースも、地軸及び地形変化における現在までの流動推移について情報が決定的に不足しています、とかで移動距離ぐらいしか特定できなかった。
 ただ、今現在において滞在を余儀なくされている建築物その他の名称らしき表記は既に見つけている。丁度、モスキートがエンストしたところの道端に、看板らしきジャンクが突き刺さっていたからだ。
 "真熱海"……アルファがいうには『しんねつうみ』と読むらしい。それは零式に積んであったCユニットのOSなどで、改良前に少し見掛けた言語表記でもあった。ティアマットの地名検索を使えば詳細なども分かるかもしれない。
 そう、ティアマットの浮上地点まで戦車も無しに帰ることができれば、こんな苦労はしていなかった。

「マスター、営業時間の終了を確認しました。本日の数値は31ゴージャスとの事です」
 馴染んだ声に目を開ければ時刻は夕方だった。
 遠のいた意識が戻ってくるにつれ、程よく焼けた肌からムズ痒い刺激を感じ始める。ヒリヒリとヒリヒリと。
「お疲れ、アルファ……監視の方はどう?」
「外周ユニット群は配置・戦力共に変化無し。内部ユニット群は一部を除いて節電モードへと移行した模様。地下車庫における巡回ユニット群・セキリティ機能は引き続き沈黙中。状況は昨日までの周期と変わりありません」
「了解。んじゃまた始めます、か」
 まずは未だ熱保つベンチから身体を引き離し、全身に塗りたくった日焼け止めジェルを適当に手で落とす。
「マスター、失礼します」「……いきなりだね、アルファ」
 間を置かずに寄ってきたアルファの手には、不自然なまでに白いタオルが握られていた。僕はそのまま彼女に全身を拭いてもらう。
「マスター、ただいまの行為によって+2ゴージャスが追加されました」
「……監視ユニット無しで?」
「勝手ながら、私の内臓端末よりホストサーバに通達させていただきました。現時点において、デメリットを促す要素は皆無と判断しての行為ですが……差し出がましい行動だったでしょうか?」
「えと、全然そんなことないから、どんどんやってみて」
「了解しました、マスター」
 一連の会話についてはさておき。
 未だ熱すぎる砂を踏まないようタイルの覗いた地面を選び、"海の家"と表記された建物の残骸目指して歩みを進める。
 そのまま裸足で、ガレキの上に歪んで敷かれた赤絨毯を踏んで進み、地下へと降りる梯子を伝って、ゴムボートの上へ。
「それでは参ります」
 海水で半ば満たされた地下通路の中を、天井も気にせずにオールを漕いでくれるアルファを頼りに小さな航海。
 終点手前の梯子まで移動し、そこを上に、スロープを右に。
 ぬめりの取れない地面をひた歩くこと少し。目当ての空圧式大扉に近づいたところでアルファの足は止まった。
「マスター、内部に動体反応2。パターン:生態構築群・小型四足にて体内熱源多数――データベースに該当個体無し。未知の生物です」
 分析結果は矢継ぎ早に示された。彼女の記憶層にはBSコントローラを引き出しに僕の戦績等々全てが把握されている。つまりは僕にとっても未知の物となる。
「マスター、御指示を願います。経験則から判断するに敵対生命体です」
 やっと目が慣れてきた暗闇の中、彼女は僕の方を見ずに告げる。
 引かれていた僕の手には、彼女の緊張が握る力となって伝わっている。
「武装は?」「近接戦は可能です」
「僕用の銃器は?」
「動体の速度と地形から判断して、跳弾の可能性が見つかりました」
 彼女は此方を見ない。握る力も先ほどより緩んでいる。更にはこの物言い。
 ここで胸の内に不満を覚えない人間なら、或いはこんな旅にも出なかったろう。
「アルファ」「……はい、マスター」
 返事を聞いたが合図に、僕は彼女の身体を弄り始めた。
「マスター?」
 とりあえず胸。まずはさておき胸。何はなくとも胸、胸、胸。
「あ……マスター……私をお求めでしょうか?」
 早速硬い物発見。アルファの胸は収納にも便利なようだ。
「ぅ、あ……マスター、その、状況と比較して……いえ、過去のマスターの類的行動と比較して……その、これは、経験にない……未知の状況下――マスター?」
 電気銃発掘――弾倉に問題無し。
「マスター!」
 いきなりだった。
 武装を確かめていた僕に対し、アルファは滅多にない強い口調で言い放つ。
「マスター、たった今、私はあなたに質問したいという欲求を覚えました。その感覚は稀有と判断します。つきましては、このアルファX02Dに関する経験学習機能を有意義とすべく、私の質問をマスターにぶつける許可を願います」
「あ……うん、はい」
 この後のことはよく覚えていない。
 気付けば地下の駐車場で愛車の修理を終えていた。
 大破状態だった筈のエンジンが稼動するまでに作業は進んでおり、シャーシの装甲についても或る程度の目処が立っていた。
 そして傍らにはとっても上機嫌なアルファ。
「マスター、当該施設の監視機能が再起動するまで後五時間となりました。急ぎ宿泊設備に移動することを提案します」
 何だか彼女にしては珍しい言葉を次々耳元から吹き込まれる内に、先ほど起こったという記憶がどんどん空白になっていくようで。
「なぁ、アルファ……さっきいたモンスターは……」
「既にその懸念事項は解決済みです、マスター」
 そう告げる彼女の表情はいつもと変わりない。
 声に仕草に調子に気配に、何時も通りと見受けられる。
 だというのに彼女を上機嫌と分かる僕。直感ゆえの結論。
 そう、だからこそ――なにかおかしい。
「いや、そうじゃなくて、質問って……しかも返事を2回したからとか何とか」
 断片と消えてゆく脳裏の光景には、その他にもナイフ両手に駆け出していく彼女や、そこらへんの石柱を背負って肉片一つ余さず……と、えーと、何だっけ?
「それは、精神的重圧が及ぼした短期間の記憶障害という判断で、マスターも御了承されたと記憶しています。そのような些事は別として、急ぎ提案の実行を」
「精神的、重圧?」いきなり不穏当過ぎる単語が頭の上を通過した。
「先ほどマスター自らが仰られたことです」
 ……憶えてない。まるで憶えてない。
「ってゆーか、記憶障害なんて自分で分かるわけ――」
「マスター、私は頭蓋より引き出される情報に沿って、その、マスターの疑問に応えているのでして」
 困った。アルファが困っているという顔をした。
「……アルファ?」
 知らず覚えた罪悪感が彼女の名として口に出た。
 それは僕という存在を主人と認識してしまい、様々な辛苦を共にして今に至る彼女への、その存在理由すら疑ってしまったという罪への気持ち。
「ごめん、アルファ。君が僕を騙す理由なんてないのに……」
「いえ、マスター。今回は此方の不備もありました。そのような状況下で従者に頭を下げられては私としても納得いたしかねます。不躾ですが、どうか御気になさらぬよう願います」
 こうやって、愚かな僕に対しても、彼女は真摯に対応してくれる。
 僕は本当に分不相応な出会いを遂げてしまったと、痛感する。
 結んだ関係が偶発的とはいえ、僕を主人として敬い、影に日向に立ててくれる彼女は今もなお傍にいてくれている。
 そう、そんな彼女に疑いを持つなどとは全く以って――「"失礼だ"」
「うん失礼……え?」
「マスター、本日は常日頃と異なる疲労も見受けられます。どうか――」
「うん、うん……そうだね。じゃあ行こうかアルファ」
「はい、マスター」
 考えてみれば先のような提案を彼女の方から言い出すというのも確かに珍しい。
 僕は今日、とても疲れている。だから今日は――「"アルファと寝よう"」
 ――その夜、僕がどれだけ彼女を必要としているか、とても実感できた。

 その建物は巨大な行楽施設だった。
 中心は三件の高層ビルを幾数ものパイプ型通路で結んだ複合建築物。
 周りには数多のレジャー施設を揃え、眼前に望む入り江では水浴に備えた環境を用意。外周には野良戦車の一団さえ寄せぬほどのレーザー砲を並べて高圧電網を配備し、内部では給仕と護衛の役を兼ね備えた様々な自動機械が昼夜問わず活動。ビル三本の中心より地下に存在するという管理システムはその全てを統括すると共に、発電所の制御を軸とする施設のライフラインを確保、運営を継続させる上での考慮を第一としたソフト的進化も怠らないという。
『本日ハ当施設ニ御出デ下サリ・真ニ有難ウゴザイマス』
 そんな途方もない場所に僕たちが辿り着けたのは、単に舗装が良い道を辿ってきた結果に過ぎない……のだが、果たしてこれが幸運だったのかどうか。
『装甲車両ヲ押シテ来ラレタ方ハ・・・失礼・前例ガアリマシタ』
 僕たちはそこで出遭った案内役の機械を通して管理システムと交渉し、最初は料金を支払う形での宿泊、及び車両の修理を受けようと思ったのだが。
『大変申シ訳アリマセンガ・当方・"金"デノ御清算ハオ断リシテオリマス』
 支払いを可能とする交換材料が足りなかった。
 外とは通貨が違うのでは、というアルファの意見も採用して、通常の金銭に加えて金のインゴットまで備えていた僕の配慮も足りてなかった。
『近隣ノ"プラント"ヨリ調達シタ分ガ倉庫ヲ圧迫シテオリマスノデ』
『デスガ・当施設ハ代物ノ清算ニツイテモ滞リハアリマセン』
 遠まわしの拒絶すら使いこなす管理システムこと"支配人"は、こちらの失望も待たずに妥協案を示してくれた。
 彼は施設を発展に繋がるモノならば、有象無象いかなるモノとて引き取ると豪語する。
「とにかくアルファは駄目です……こっちの筋肉メダルならイーですけど」
 その言葉は本当だった。交換したメダルについては、愛車に似合わぬ主砲の反動を抑える為、やむなく積んでいた重石の一つだと言い訳しておく。
 そんなわけで僕たちはその奇天烈な(彼曰く)芸術品によって、駐車施設の利用と食事等のサービスを利用できるようになった。
「私という事物の価値は、マスターの認識によってしか左右されないと自負しております」
 ただ、個人的に、対物交換の本質は互いにどれだけ納得できるかに掛かっていると思ってはいるのだが、今回は別の意味で納得できるかどうか難しいところだった。宿泊までの交渉は面白いまでに難航する。
『・・・一応ハ不当廃棄トイウ形デ決着シテオリマスノデ』
 修理部品については駐車場にあるというジャンクの山を代替することとなった。遺失物扱いとなって久しいそれは、しかし元はお客様の持ち物ということで期限が切れているにしても職業倫理により扱えないのだと、彼は言った。弾薬や燃料についても同等。
「後は部屋代……一日二日じゃ全然足りないから助かるけど、半額で、しかも無期限ってのは実際どうなんだろ」
『"スウィ〜ト"以下ヲ御用意デキマセンノハ当方ノ不備デスノデ』
 そう、残るは当座の宿泊料金。
 けれどそれは丸々半額にしても賄えるものではなかった。
 ここで我が相棒が借金のカタになると言い出し、議論は更にこじれる。
「マスター、武装の補填が最重要という事態は何も変わっておりません。また、近隣に生息する生命体の内、対人兵装を主とする個体も既に確認しています。ゆえに此方で修理を完了させ、その後はマスターお一人で近隣を捜索。支払いと成り得る品物を収集されるその間は、私が借金の保証として詰めさせていただきます……如何でしょうか?」
「確かにそれならアレだけど……けど僕はやっぱりアルファと……」
『当方ト致シマシテモ只今ノ提案ヲ是非ニ議論ヲ収束シタイト存ジマス』
「あー……借金のカタを別なものに変えられないかな……アルファと戦車以外ならホントに何でもイーからさ」
 拝み倒す構えは熟練のそれ。僕は土下座も辞さない心意気で最後の交渉に入った。
 対する彼はしかし淡々と告げた。
『他ニ拝見シタ品物全テ併セテモ負カリマセン』
『此方モ慈善事業デハアリマセン』
『滞在ヲ望ム当方トシテ・御部屋ノ御利用ハ基本事項デス』
『駐車場ニ寝泊リナサレル方ヲ・オ客サマと扱ウワケニモ参リマセン』
『何ドデモ申シ上ゲマスガ・私ドモモ商売ヲサセテ頂イテオリマス』
『其方ノ御不都合ナラバ・遺憾ナガラ御引取リ願ウ事モ吝カデゴザイマセン』
 正論だった。清々しいまでの正論を言い渡された。
 後払い制という余り馴染みのない料金方式を起用している異邦の宿泊施設においても、金の無いヤツ泊めらんない、な完璧な論理は存在した。
 議論は終結する。僕は断腸の思いというヤツをつくづく痛感しながら、アルファの提案を口約することとなった。
 膝は実際についた。旅路での疲労感に敗北感が重なったおかげか、はたまた安息の道が開けたという気持ちの現れか。
「マスター」
 案内役が気付くより先に身体を支えてくれる彼女の好意も、この時ばかりは辛かった。僕は彼女を質に入れるという案に賛同してしまったのだから。
「ごめん、アルファ……やっぱり僕は――」
「アナタはマスターです。だからこそ私は提案しました。それに私はマスターの運転技術について、確かな認識を得ております。ですからそう長くは掛からずまた二人で……いえ、予断になってしまいました。申し訳ありません」
 言葉の端々に目移りする。これくらいなら僕にも見抜ける。
「……アルファ」
 たしなめるアルファ、はげますアルファ、照れ隠すアルファ。
 こんな形で裏切った僕なんかを、彼女は少しも変わらず気にかけてくれている。
「はい、マイ・マスター」
 こーなるともう何というか男冥利に尽きるということなのかどうか。
 前略、アルファさま。君のためなら砂漠に山に、ストームドラゴン何のその。こんな装備の豆タンだって、停めてみせますティアマット。
 つーか武器と戦車が満足に揃ったところで一緒にバックようか、逃避行再び〜って感じで――なんて考えまで浮かんできたわけです。
「いや……ありがとうアル……アルファ、アレ、何かな?」
「自立式多脚砲台に工作用マニピュレーターを付随した物と思われます」
 ただまぁそんな考えも、余りに巨体かつ重武装なレッカー車?が僕の戦車を宙吊りにして丁寧に持っていったのを見て、雲散霧消と消えてしまったわけです、はい。
「アルファ――あのフォートレスっぽい?アレ、なんかこう、間違ってないかな?」
「そうかもしれません。外観の観察から、荷重対策として接合部の溶接に硬さが見られる反面、作業用の稼動部が分離する先端その他に集中しているので、遠隔操作方式と判断しましたが、運搬中に生じる振動について緩衝材以外の吸収が認められます。独立した半自動式機構という可能性も否定できません」
「……いや、そういうんじゃなくて、もっとこう、豆タンとはいえ戦車を宙で抱えて持っていくとか、なんであんなに対空砲つけてんだろうとか」
 それはヤドカリの化け物だった。ハサミの部分が凹型に空いたり閉じたりすると説明すれば中々笑える機械でもあったろうが、片方のの巨大さでもマウス一台入ってしまうのではないかという代物と説明すれば真に笑えない。巻貝の部分に高射砲が二門ずつ三つも縦に並んでいるとなると、それはそれは笑えない。
「斜角は高低に30度と推定。三箇所に分けられる砲塔部分それぞれに完全旋回可能と思われる隙間を確認できます。最上部にある尖塔中部にも稼動痕跡有り。おそらく情報収集用の装備を内臓しているかと」
 いや、そんな感想は聞きたくありませんよアルファさん。さっきまでの甘い空気も雲の彼方に遠のいたんですかアルファさん。これじゃあ単なる妄想男じゃないですか……何ですかその"アナタは堕落しました"って言いたげな半円の白目は。
 そうじゃないでしょう、そうじゃ。
 僕ぁもっと普通の……
 ――変……なんだけど、どっかで見たような気、するのよね。
 ――お兄ちゃん、これって昔ジャンク山で作ってなかったっけ?
 ――ボク、ソレ手伝った記憶とかあるな〜
 ――殿方の浪漫とは難しいのですね……
 そうそう、男の浪漫は……じゃなくて、
 ――見掛け倒しっぽいけどなぁ……死角取り放題だし。
 ――戦車は下から。何時も通り斬り込めばいい。
 ――隙間に三つブチこんでやるさ。爆破すりゃもっと簡単だろ。
 いやいや、平坦路面に油まくとか、地盤の柔らかい泥地とかに誘い出して……ってそういうゴツい感想でもなくて、
 ――メンテは大変そうね……地形を選ばないといっても何処まで動くかしら?
 ――アイデア自体は昔からあったみたいですけど。問題は姿勢制御ですか。
 ――六本それぞれ動くとなるとかなり面倒だな。あとは制御回路の中身か?
 ――生態工学の即時流用では限界がある。経験次第といったところか。
 そこなんだよな……結局。同時制御で憶えさせるのって無闇矢鱈に面倒臭いんだ……一応ソレ系の機械モンスター捕獲してもらって調べたこともあったけど、なんてゆーかメカの本能?って感じのヤツが殆どで一部流用どころか参考にもならなくて……
 ――なんにしろ、このルルベルを侮辱したようなデザインは戴けないわね。
 お嬢様は鼻で笑いますか。お笑いになられますかね、この車体フリークは。
 ちなみにワタクシめが作ろうとしたのはカニで、こっちはヤドカリ。
 古い図鑑参照なんでアレですけど、僕のはカニの目をこう、電気式の特殊兵装で結ぼうとした……イーや、空しくなってきた。
 回想終了。
 僕たちはホテルに入って、ついでに管理システムを見学。
 そこでまたアレコレ話し合って、不意に出た話題でサービスの色々を語りだし、管理システムが長年考えてきたという"エレガント"な接待方法をモニターするという提案が生まれて、アルファのお質入りは何とか回避されるに至ったと。
『当施設ハ"リゾート気分"ヲ最重要課題トシテオリマス』
「私はマスターの身の回りを御世話させていただく仕様となっております」
「そんな僕は接待とか慣れてないんだけど……修理に当てる時間も欲しいし」
『ハイ・其処デ今回ハ短時間デノ"プラン"ヲ検証シタイト考エマシタ。マタ・並行シテ現環境ニオケル人体ノ生理的認識ヲ再調査シタイトモ考エテオリマス』
「マスターの生活周期ならば或る程度は認識しておりますが」
「いや、アルファ、多分そういうことじゃなくて、多分僕が心地良いと思えるかどうかってコト……なんじゃないかな?」
『ハイ・マタ・ソノ逆モ然リ・デス』
「……逆?」
 そんなこんなで五日間。
 僕はなぜか疲労と忍耐の狭間の中にいる。

『オハヨウゴザイマス』
 起床は何時も七時だった。
 僕は常日頃では意識しない時計に頼る生活に未だ慣れていない。
「おはよ……支配人さん」
 宿泊者の都合を考えないベッドメイクがまた始まる――そう思って急いで身支度を整えようと寝台の上で着替えを始める。
「おはよ……? アルファ?」
 ここで毎回、こんな新婚生活もアリだな、とか思わせてくれる相棒の愛妻分が足りてないことに気付く。
 そして手紙を見つける。
『"アルファ"サマハ先ホド出掛ケラレマシタ』
 起き掛けだというのに心臓が高鳴るのは何故だろう。
 意識が目覚めれば、昨日の日焼けが依然として治ってないことにも気付いてしまう。その他、色々とどうでもいいことに気付いてしまう。
「手紙、ね」
 僕は上から下まで全てを普段着で整えた。砂と油と鉄粉が綺麗に落とされたそれは新品同然の着心地だった。
 続いてクローゼットの中から装備を取り出す。
 ジャングルブーツが踏み込む絨毯の上は相も変わらず柔らかい。
『読マレナイノデスカ?』
 凝った装飾に満ち溢れた室内上部より余計な音声が流れてくる。
 僕はそれを聞き流す。まずはナイフ、次に電気銃。発煙・焼夷・閃光・音響……携帯できる小型爆弾もベストに差し込んでいき、最後にメインとなるイングラムに弾倉を叩き込む。
「ねぇ、支配人さん」
 ゴーグルを掛ける片手間で僕は質問を返そうとする。
 視線は自然、手紙の表に。そこには"α"という印。
『ナンデショウ?』
「コレはどういうイベント?」
 何をどうしてどう勘付いた。
 それはもう違和感としか言い様のないものなのだが。
『ドコデ気付カレマシタカ?』
 別に朝を共に出来なかったから、という事態に直接の理由を感じたわけではない。起き掛けに彼女がいないという事態は前にも色々あった。思い出すには危険が伴うため、記憶を例に確かめることはしないが、彼女は別に事の後だろうと関係なく、必要と判断すればいなくなる。
 もちろん必要と感じたなら、僕を起こす事も躊躇わない筈。
「手紙は、貰うのは初めてなんだ」
 大体、今回のそれに限っては違うところが多すぎた。
 彼女はこんなことで手紙など書かない。彼女が僕に事後判断を仰ぐなら、それは帰ってきてからのこと。しかも、誰の手紙かぐらい直ぐに分かるという状況で、合理的を胸とする彼女がわざわざ他人にも分かるような印をつけておくだろうか。
「もしかしたら、愛想尽かされちゃったかとも思ったけど」
 更に言えば、彼女がこの場所で僕を一人にするという状況事態が分からない。
 彼女が僕を置いて行動するという前例は、馴染み深い場所に限ってしかない。
 彼女は自分自身が安全だと判断した場所でしか、僕を無防備なままにはしない。
「けど、アルファは僕の保護者みたいな仲間でさ。不満があれば正面から言うような頑固者でさ。この銃を構える時のクセだって、彼女に言われて直されちゃって……先生だったり姉だったり恋人だったり……だけど、僕は思うんだ」
 逃げ出した時、僕は誰にも別れさえ告げなかった。
 仲間にも家族にも大事な人全てにだって、僕は一言も漏らさなかった。
 逃げ出そうと決意した時から今日まで、僕は誰にも決心を告げていない。
 そんなだというのに彼女は一つ二つの言葉だけで、僕の傍にいてくれる。
『ドウゾ先ヲ』
「うん、僕は、本当はアル――」
 朝いきなりの告解はそこまでだった。いきなりの轟音が言葉を打ち消す
「――支配人!」僕は叫んでいた。
 音は下から来ていた。
 倒壊を免れた階下28個より下から順に、それは震度を加えながら迫ってきている。
『・・・認識・急ギ避難ヲ』
 彼の言葉も半ばで消されてしまった。下から比べれば遥かに近い横の一室で扉が吹き飛んだようだ。反射で銃口が動く。
『オ待チ下サイ・オ客様・緊急避難モード・デス・安全装置・ヲ・オ切リ・ノ上・此方・ニ・オ乗リ下サイ』
 やってきたのは食事などを運搬するために用いられていたボックス型の駆動式ロボットだった。形状は大型サイズの荷物を運べるようにと、上部及び正面――二箇所の面が開いており、僕はその中に入る格好を求められたようだ。
「えっと、重心とか大丈夫なの?」
 冷蔵庫の下に車輪を付けたようなそのロボットが、侵入して来た際に勢い余ってドリフトしたのは極々最近過ぎる記憶だった。それは揺れがどうとかでは済まない傾きっぷり。
『姿勢・ヲ・低ク・願イマス』
 乗った後で尋ねたのも何だったが、急発進して廊下を爆走する中で答えるのも何だと思った。僕は乗せられるままに突き当たりまで連れて行かれると、明らかに何所へも繋がっていないと思われる非常口の前で倒され降ろされる。
『此方・ガ・パラシュート・デス』
 非常口の隣で非常用器具を入れた嵌め込み式の収納スペースが口を開ける。
 僕はそれを取り出すまでの間、この蓋って我が家の電子式オーブンのそれと似てるなぁ、なんて感想が浮かぶ。
『ソレ・デハ・ドウゾ』
 非常口が空いた。続く先にはガラスとして割れたチューブ型通路の残骸が少しと、28階分の高度で望める贅沢な景色。あぁ、昇る太陽が見えるってコトは、つまり東側なんだな、ココ。
『オ早ク・願イマス』
 現実は待ってくれない。ただ、コレに似たようなコトは以前にもやっている。
 思い出す。あの時ロジャーの爺さんはコッチの待ったも聞かなかった。
「豆タン! アルファ! いってきます!」
 僕は自慢の空挺戦車と他ならぬ女神の名前をそれぞれ叫ぶことで最後の一歩とする。
「アアアアアアああああぁぁあぁああぁあっぁぁぁ!!!!!」
 落下感、後に浮揚感。
 掛けたままだったゴーグルの頑丈さに感謝しながら、割と遅く流れる景色の色合いを見て、パラシュートの紐を引くまで踏ん張る。
「……へ?」
 二回引いた。三回目は間に合わなかった。
 僕はとてつもない衝撃を受け、そのまま意識を失った。

 時間は少しだけ遡る。
 場所はビルの地下三階に位置する駐車場。
 そこは体積に車両一千台の余裕を持たせた広大な立体形式を採用していた。
 けれど度重なる地盤の変動にアスファルトは適さない。面積の大部分は液状化現象によって使い物とならなくなり、今では下層と上層を結べる一角に猫の額ほどを残すだけの場所となっていた。
 現在唯一の客として部屋を取っていた二人組みの車も其処にある。
 その二人組の片方であるアルファという存在もまた、其処にいる。
「最終要項、確認。OS"ゲイツXX"、機能状況確認。最終チェック開始」
 彼女は車の機能テストを行っていた。
 [C:\PRO^\No%18\18.bat・・・ver.1.21・・・・・・Pass:Y/N]
 座る位置は車体内部の運転席としていた。周りには幾本もの配線。
「・・・"a love"」
 [Succeed!]
 手には小型のキーボード、膝の上には小型の端末機が置かれている。
 そしてその表情には今朝初めての微笑みが宿っていた。
「本当に……遊びの過ぎるマスターです」目元には柔らかな輝き。
 彼女はそこで手を休ませる。それは機能テストを進ませるマシンのスペックが貧弱だという事実以外にも理由があった。彼女には早朝から今に至るまでの過程について、もう一度考えたいという欲求があった。
「それでも、いえ、それでこそ、私に、必要な……私の、私だけのマスター」
 その日の朝、彼女は本来離れてはならない状況下での単独行動を実行した。
 理由は簡単。発端もまた簡単。
 彼女は当該施設の管理システムに取引を持ちかけられ、それを受諾した。
「マスター自身に露呈してはならない。これはシステムの提示した条件。そう、これは致し方ないこと」
 ――今回ハ人体ノ抱エル感情ニツイテ少々手荒ナ実験ヲ行イタイノデス
 システムが示した今回の企画。それは人間の感情に関する調査の一環とも言えた。それは愛情という感情が関わった際にと限定した、人間の行動心理を調査する為のプランとされた。
 そのためにシステムは提案した。彼女に不在を望んだ。
 彼女の不在が続くに対し、彼女の主人がどう行動していくかを観察させてほしいと、彼女は要求されたのだった。
「私にはマスターの期待に応える義務が――そう、今はその代償」
 彼女はそれを受けることでシステムに車両の修理を請け負わせた。
 システムはそれを請ける代わりに、短時間の別離を彼女に了承させた。
「マスターは戦車の早期修理を望みました。これは、しかしこれは」
 提案は朝方早くに伝えられた。彼女が事の余韻に浸っていた時の出来事。
「いえ、マスターは、今現在における長時間の拘束を望んではいないようでした……これは、妥当な……」
 そのとき彼女は告げられている。
 事の終わりを早める事態を。
 今の彼女が終わる予告を。
「マスターにとっても、妥当な判断と推察……します」
 システムは明かしている。
 ティアマットの再起動を。
 そう捉えるに値する、脅威と為し得る情報を。
 ――昨夜未明・地殻観察ヲ目的トシタ音響式探査装置ガ確認シマシタ
 ――比較ノ結果・オ二人ガ移動手段トシタ地中潜行物ニ相違ナイカト
「あの方たちと、お会いしたくないと、それがマスターの御意向と推察……判断します……断定します……私は、アルファは」
 この時、音が鳴った。合成音が一つ鳴った。
 しかし彼女は手元を見ない。膝の上で一つ、作業の終了を伝える一節が映し出されていることに彼女はまるで気付かない。
 彼女は両肩を抱いていた。俯いたまま、震えるように。
「私には確かめる術が在りません……アナタは答えてくれませんでした……私はマスターに尋ねたいと、しかし敢えて願いはしませんでした……私は、しかし、このままでは良くないと考えます……だというのに、考えが行動に、結びついてくれません……解析困難なロジックが……二律背反……障害と……しかし……」
 提案を呑んでしまってから今まで、彼女は暇を見つけてはこうやって独り口ずさむように思考を進めていた。その表情はというと――
「ハッ――マスター?!」
 ここで時間は追いついてしまう。
 彼女は頭上に破砕の音を聞き、また落下物が戦車に当たる異音を耳にし、ようやく事態を理解する。
「強制アクセス・・ビジ――独自開始します」
 状況は拙速を金とした。彼女は試運転も満足でないエンジンに過負荷を強いて馬力を上げ、走輪の接着も待たずに加速を急いで発進させる。
 それから遅からず車両は動いた。車内では急な加速に反応して端末機やキーボードなどが座席足下から背後に回る。
「やはり間違いだったのでしょうか」
 彼女はハンドルを離さない。上部砲塔の楕円に沿う形で移動する外部モニターを背後から前方へと回し、カメラモードを暗視用に切り替える。
「しかし、ここまで施設を破壊しての対象調査という推察は……」
 地下一階への途上、前方に瓦礫で為した障害物を見つける。
 彼女は状況から主砲による即時排除を選択。砲弾には炸薬を減らした鉄鋼弾を使用し、反動は車体を後退させる事で吸収。そのまま砲首を瓦礫と反対側に向けて空砲を一発撃ち。瓦礫の凹凸を越える為の加速を車体に与える。
「マスターの嗜好に合わせた装丁でしたが。私が参考とする日が来るとは」
 彼女は思う。己のマスターの特異性を。
「――上手くいきません。やはり私にはかのマスターが必要です」
 車体の姿勢は壁面にぶつけることで制御。再始動は車輪に任せる。
 その合間、彼女は後方となった地下より音を拾う。
「推定震度6強・・地盤沈下による浸水の可能性含む」
 崩落は始まっていた。目指す前方にも落下物が増えてくる。
 そんな中を彼女はただ前進する。出口へ向けて、主人の愛車が傷つくのも構わず、彼女はひたすらに車輪を進ませる。
「母艦のサポートを受けられたなら……見えた!」
 脱出口である三枚の機動式開閉扉は全て開かれていた。
 ついで陽光を感知したカメラがシステムに頼ってモードを切り替える。
 一瞬の視界閉鎖。彼女はその合間にもまた、悪寒を感じさせる音を拾った。
「――!」
 距離にして数キロ。彼女はその遠間を一瞬で縮める砲弾の切り裂き音を車体の振動から聴いた。身体は既に動いている。
「――マスター!」
 地下の搬出口から出た先は更地となった何もない広場。
 かつては天に聳えるほどの高さを誇っていたホテルの跡地にて、彼女は銃座から空を仰ぐ。落下する人影を視認する。それだけで車内に戻り、運転を再開する。
「衝撃による横転・・落下地点計測完了――高加速形態・点火!」
 小柄な戦車両の後部中央より下から方向性を伴った爆破音が連続した。
 車輪全てが追いつかないまま、車体は落下する人影を追い抜こうとする。
 至る直線までには障害物は無かった。ただ、横行する小型機体の群れを一つ二つ吹き飛ばしたのち、進路は徐々に蛇行していく。
 [2.bat ・・running!]
 [cont rock hand」
 彼女は振れるハンドルに固定制御の機能を使って対処した。車両の帰還を主目的としたプログラムを曲げて備えた仕込みはもう一つ、自立運転の各個制御をユニット内に組み込まれている。
 [wil stop A 200/sec]
 後ろで拾ったキーボードに打ち込みを終えた彼女は、加速の重圧そのままに上部デッキから身を乗り出す。受ける風圧の中には既に小ぶりの落石も混じっている。
「逆光、問題無し――」
 触角が揺れ動いて止まらない。視点は人影の軌道しか追っていない。
 彼女はただ一つ残った高層建築物の中央に風穴が開いた事実を無視していた。
 ゆっくりと、しかし確実に折れて落ちる巨大な質量については考えない。
「――今!」
 彼女は車体を蹴る。蹴って飛ぶ。
 その人影に追いつこうと、彼女は間々ならぬ宙で懸命に手を伸ばす。
「マスター!」
 軌道の並行は完璧だった。しかしこれからの落下を考えれば抱える速さが若干遅れている。彼女はそんな意味をもって主人の呼び名を叫んだ。
 だというのに彼女の主人は意識を失くしている。
 彼はまるで幸せそうな夢を見ているという様子で、穏やかな寝顔に微笑みを交えて晒していた。
 それを間近にした彼女は次の瞬間――
「マスター……!」
 表情を同じくした。

『先の倒壊を招いた決定打、あれは私どもが使った長距離砲による砲撃です』
 聞き慣れぬ声だった。僕は記憶の直前を思い出し、意識を覚醒まで持っていく。
『砲弾には信管を抜いた小口径のものを使いました。ただ、電磁気の出力調節に不備があったようで、結果あのような次第となってしまいました』
「レールガンによる砲撃でしか、打開の道はなかったと?」
 起き抜けに上半身を上げると、聞き慣れた声の持ち主が近寄って来た。
 あぁ、やっぱり彼女がいないと僕はもう、一日の始まりも実感できない。
『複雑に移動する一個体生物群を初撃で滅ぼすという目的に徹してしまいましたので、長距離砲の弾速と着弾予測に行き着いた際には運命すら感じまして』
「おはよう、アルファ」「おはようございます、マスター」
 前に後ろにと聴こえる奇妙な声に構わず、朝の挨拶を済ませる僕たち。
 周りを見れば配線。肌に感じる冷気はおそらく精密機械を冷却する為のもの。
 僕は顔を上げて横に、奇妙な声の主を見つける。
『何分、急な襲撃でしたので判断を誤ったとも思えますが――』
「初めまして、なのかな? 支配人さん」
 透明質の円柱が一つ。床から天井までを巡る巨大な配線の群れを集めて樹木のように佇んでいる。その中心部には曇る材質の影に一つの何かを備えており、それをもって中枢とするシステムが僕たちを包んでいる。
『この姿ではお初に。お客さま、改めまして私、当リゾート施設を預かります責任者、名前は"シナル"と申します』
 其処は以前に入ったジッグラトやティアマットの内部より、設備が整然としていなかった。いや、色合いとして映すならば、青白いコアの明光に逆らわない内装の統合性は慎ましくも穏やかなものといえた。
『私めの姿、驚きになられなかったお客様もこれにて二組目、でしょうか』
「いや……一応、かなり驚いてはいるんだけど、ねぇアルファ?」
「マスター、私は以前にも此方の施設中枢と同形式の存在を知識とした事があります」
 振った話題に共通性を与えてくれないアルファさん。
 その顔は此方を向いているも、常と変わらず表情を読ませない。
「アルファ……もしかして、何か怒ってる?」
「いえ、マスター。私には感情といったものを内より表す機能とて与えられませんでした」
 そうは言っても気まずいワケなのだが。
「ん〜……シナルさん?」『はい、お客様』
 僕は左右頭上に位置するらしい音源の声より中央に尋ねる。
「僕ってどうやって助かったの? 渡されたパラシュート、全く全然本当に開かなかったんだけど」
 記憶が言う。僕は倒壊するビルの28階から落下して色々、どう考えても助かりはしない状況で意識を失った筈だと……いや、夢の中では昨夜からの続きとして、何やら古めかしいメイド姿のアルファが……"貴方をマスターです"……とか何とか……指を回したり手をかざしたり額のアレを振り子に……
『・・・確認しました。長距離砲の観測映像に貴方と思われます動体の落下を見つけました。これは当施設の過失規定に沿い、最大限の補――』
「"ちょっと待ったー!"」
 ここにいない者の声がした。それで管理システムの音声が止まる。
「……アルファ?」
「勝手ながら音声の模倣をさせていただきました」
 遮った声の方を向けば、そこには仁王立ちしたアルファの姿がある。
「あれ? アルファその格好……」着ているメイド服はどこともなく汚れていた。
「無作法については後ほどお申し付け下さいますよう――シナル」
『はい、アルファさん。どうなされましたか?』
「私に敬称は無用と以前にも言いました。そして、シナル。マスターが受けた被害については此方で対応します。アナタは責任と今後の対策を考察するだけで結構です。賠償補償、その他については後日ということで――マスター、宜しいですね?」
 話はまるで見えなかった。
 ただ、アルファが何か急いでる様子だというのはなんとなくだが分かる。
「アルファ、何かこう、急ぐコトとかあったっけ?」
「御報告が遅れました。マスター、ティアマットの再度潜行が感知されたとの事です。これはデータリンク範囲内に存在を確認したという私のログとも一致しています。マスター、彼らは貴方を追って来ているのです。もう、すぐそこまで」
 僕は何気なく尋ねた質問の答えを聞いて、しばらく思考が停まってしまったようだった。
 彼らは、追って、すぐそこまで。
「マスター」気付けばアルファに抱きしめられている。
 それはとても暖かい抱擁。するはとても愛おしい彼女。
「シナルさん」『……はい』
 一瞬で決めたことを口にしようとしている。
 何も考えないまま、それを彼に伝える。
「もう行くよ」

 空砲が三連、後ろで木霊した。
 僕は振動に揺れる車両の上で、射撃の主に手を振る。
「頼んだよ〜!」
 遠い地点、ヤドカリの化け物もまた、ハサミを振って挨拶としてくれた。
 ソイツはそのまま、僕らが最初に来た道路へと六本足の内輪を向ける。
「……宜しかったのですか?」
 銃座より降りるさなか、上部ハッチを閉める僕に運転席の彼女は言う。
「何が?」僕は彼女の手に重ねてハンドルを握った。
「皆様にお会いせずとも宜しいのですか?」
 彼女はそれを振りほどき、ギアを外して席を立つ。
「今は、ね。一応、名前も手紙も残してきたし……酷いねホント」
「名前を捨てることはできないと判断します、マスター」
 席を立って、彼女は止まる。後部に行かず、そのままに。
「死ねば亡くなると、思ったんだけどさ」
「名前は亡くなりません。たとえ……たとえ、マスターが命を失ったとしても」
「アルファ……僕は何で旅に出たのかな?」
 外部モニターには断崖に沿う形で曲がりくねる道が映っている。
「それは、マスター御自身にしか分からないことかと」
「うん。そうなんだけどさ……そうなんだけどさ」
 左には沈下した崖、右には落下する崖。
 僕はハンドルを右に切った。速度は、あと二秒といったところ。
「マスター!」
 彼女はそれを左に戻した。手遅れになる前にブレーキも踏んだ。
 僕はそのどれにも関わっていない。
「こういう、コトなんだろうね……」
「マスター、これは自殺願望というものでしょうか?」
「……うん、そうとも言えるし、そうでないとも言えちゃう、かな」
 僕は今、考えてものを喋っていない。
「今、僕はアルファが止めてくれると思って、こんなことをしてしまった……うん、多分、自分は死なない、なんて考えてのことだろうね」
「マスター、それは破滅願望というものでしょうか?」
「そう、だね。でも、コレは楽しくなかった」
「……マスター」
 手は動く。座れば足も動く。僕は車を再発進させる。
 アルファはそれを止めなかった。僕の妄言は続く。
「僕はね、アルファ。多分、死ぬ可能性のない生活ができると知った時点で、終わった気分でいたんだ。何かを終えた気分、かな」
 僕は脳裏に隣人とは違う彼女を思い出し、笑う。
「そりゃあ、たまには名を上げたいっていうヤツも殴り込んで来たけど……それは違うような気がしてさ……なんていうか、前の彼女やアイツみたいなのと比べたら……蚊に刺されて死ぬ、みたいな感じがしてさ」
 かといって、後ろに行ってしまったヤドカリの化け物が惜しいとは思っていない。彼女のようには、思えない。
「平穏が嫌いってワケでもないんだ……そりゃあ、日焼けや水攻めは大変だったけど、アルファも一緒にいてくれたし、僕は中々楽しかった……けど、昨日あたりモンスターが出て、今日になってアルファがいなくなっただろ? 実をいうと――」
「マスター、お辛いのならもう」
 辛いと彼女は言う。いや、僕が辛そうにみえたというのだろうか。
「……辛そう?」
 僕はそこで、彼女に辛そうと見えないような表情で会話を続けようとして、止めた。代わりに一つ、告白をする。
「アルファ、僕はね……死ぬときはキミの手――」「マスター!」
 告白さえ遮られた。今の僕はアルファの内にある。

 その日。
 多角経営推進体"シナル"は自身を中枢とする企業における、業務縮小を余儀なくされた。
 宿泊施設の全壊という、自らの失態を理由に。
『馬に蹴られるというのは、本当でしたね』
 シナルは誰もいなくなってしまった地下の一室で独り言ちていた。
 ただし彼の視点はその一室にはない。その頭上、通過する一群に向けてある。
「な? やっぱ言った通りだろ? お嬢さま方よ?」
「ですがシャーリィさん、あちらの道を車両でとなると――」
「カール、ぐずぐずしないで。アナタもよ、カウガール」
 最初に来た四人には断られた。
 何を、といえば勿論、彼の商売に関する申し出。
「土建屋っていったって――大体、今はそんなヒマないんだってば!」
「………zzz」
「俺ぁ別に構わねぇんだけどよ……なぁミズ=グレイ、アンタ運転できるか?」
「できないことはない。ただ、修理もとなると、キミに任せるのが良いようでな」
 次の四名にも断られた。
「へぇ〜、ボクは構わないけど、みんなはどう?」
「俺も構わんな。先の連中が追いつけば、それでいい」
「わたくしなどはお気遣いなく……ポチさま?」
「ハッフッフ――ワン! ワンワンォ〜ン!」
 次の一組は惜しかった。まさか犬に反対されるとは、シナルも思わなかった。
 そして最後の団体組。
 これは家族連れとのことだったので、シナルも提案しづらかった。
 改装予定という旨だけを伝え、彼らを見送る。
『しかし、まさかそれほどに人口が残っていたとは……』
 彼は考える。
 元々この場所は住宅密集地より遠く離れた場所に造られた余暇施設だったと。
 同時に、もし人間があの大破壊より生き延びることができたとて、彼らはこの危険極まりない地域を巡ってまで生活の場を広げようとはすぐにも思わないだろうと。
 彼はこれからを考える。
『冒険……賞金首……ハンター……なるほど。これならお客を呼べそうです』
 彼は今後のプランを実行するべく、土木班・建築班・工作班の編成にかかった。
 まずは、と彼初めての自作であった自立式多脚砲台に追跡の命令を出して。

「マスター、とても良い雰囲気を妨げる存在、群れで探知」
「……ティーガーとパンター? それにバギーがチェイスかけて――アルファ、急速発進!」
「了解です、マスター。ステルス機能はどうなさいますか?」
「ステルス?! 何時の間にそんなモノ――」
「昨夜の内に備えさせていただきました。ただ、迷彩装甲はほぼ剥がれてしまいましたので、内部からの音響遮断・電波妨害などしか――」
「任せた! あと射撃補正立ち上げて!」
「……はい、マスター」

「撃ちま――閃光音響!」
「――耳に来やがったか!」

「モニターが――セバスチャン!?」
「大丈夫でございますとも、お嬢さま――この老体にお任せを」

「コンパクトな造りだったな……成程、さすがは少年」
「ちょっと! 全然見えないし聴こえないんだってば!」
「この程度でヤラれて機械屋ができるかっての。さ――ってオイ!?」
「……zzz」

「ウ〜……ハッハッハッハッ」
「前は派手だね〜……あ、一応カエデさんは隠れててね」
「今この時という戦場に……皆様、本当に申し訳ございません」
「いや、此処ではどうせ何も出来んさ。精々、流れ弾に――伏せろ!」

「砲門二つに機銃三つ……それに対戦車ライフル2丁って何だよ! オマエら本気過ぎだ!」
 銃弾砲弾が飛び交う中、彼女は終わりを感じていた。
 来てしまったと、追いついてしまったと。
「マスター、進行方向に段差、過重による沈下の可能性大」「煙幕装填!」
 けれど彼女は冷静だった。そして冷たく感じていた。
 こんな、こんな殺意のない戦いに意味などない、と。
 時が来れば必ず彼女の主人は捕らえられるだろう。
「マスター、上方に飛来物多数」「爆薬で吹き飛ばす気か――アルファ、冷却弾準備!」
 そのとき彼は喜ぶだろう。
 仲間たちとの再会に、結局のところ彼は喜ぶに違いない。
 そんなとき彼女はどうするだろう。どうするのだろうと、彼女は考える。
「マスター、地表との固着が未だ充分ではありません」
「――アルファ、今ので崩れたところに上へ行ける高さは?」
 彼女は何の為に、彼の生存を隠蔽したまま、今ここまで彼の旅に付き合っているのか。
「マスター、ゲームは終了したようです……」
 彼女は主従という関係を敢えて考慮に入れなかった。
「……そうだね、アルファ」
 彼女は見る。目の前の、愛しい相手の表情を。
「申し訳ありません、マスター」
 その困ったような笑顔に向けて、彼女は一つ、手の平を振った。
 それで乾いた音が一つ、車内に深く響き渡った。
「アルファ……?」彼は驚いていた。
「私は、マスターにとって、必要とは、思えません」
「アルファ、それって……」彼は二回驚いた。
 そして三回目。
「私は、此の身は、マスターのために、マスターのためだけに存在しています……ですがそれは、私は、マスターを盲信するという行為のためだけに創られたのでしょうか? 私は、しかし今の……アナタを私は……」
「……アルファ」
 彼女は言葉に詰まっていた。彼は彼女の頬を拭うことでそれを止めた。
「これは……マスター?」
「うん、今回の報酬みたいだね。それと、僕からは謝罪を」

 自然、近づいていた二人は……と、いったところで今回の話は終わる。
 彼は結局何を欲したのか――彼女は結局何を望んだのか――そんな二人を語るとすれば、また別の機会がいるだろう。
 そんな二人を戦車より引きずりだすため、今まさに突入せんと得物を振りかざす集団についてもまた、また別の話となる。
 それはこの後の話――彼が仲間と再会して少し――全治三週間とも三ヶ月ともいう長期の療養に入ることとなる後日談についても同様といえる。
 ただ、彼女が頬に触れたというソレが何かについては、
「はい、マスター」
 後ほど彼に教えてもらった――とだけ、付け加えたい。

[Anecdote\MS\Last-resort・・・・・・end]

出典:MetalSagaエロパロ保管庫
リンク:http://mseroparo.schoolbus.tv/
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